第77話『探索』

*コウキ

ゴツゴツ荒く削られた岩肌。
それでも時々落盤の跡がある以外は綺麗に整えられていたと思う。
整った坑道。
地図はもう意味を成さなくなった。
何でか――?

突然道が動く事が多々あった。
これ以上バラバラになるような事は無かったが――どこかに導かれるように。
神子とシキガミをセットで綺麗に分割してるんだ。
何かあるに決まってる。

「――こう……工作するんならはじめっから同じ場所に落とさなきゃいいのに……」
俺は足場の悪い道を進みながら言ってみる。
後ろにはファーナ。
一番後ろはシィル。
特に罠のような物が有るわけでもなく、ただひたすら下ってもう一時間はたつんじゃないだろうか。
「そうですね……まぁ試練にも意図がある、としか言いようがありませんけれど」
ファーナの灯した炎の光は俺の4歩前をフワフワと浮いている。
前に影が来ると邪魔なので炎だけ俺たちより更に先行してもらっている。

モンスターは出ない。
油断するのも怖いので張り詰めてはいるのだが一向にそんな気配は無い。
というか、カードが言ってたゾンビパラダイス的な話が頭から離れなくて油断でき無いんだ……。


更に数十分。
「――お?」
俺は前に見えたものに声を上げた。
「どうかしましたかコウキ」
俺は振り返って二人を視界に入れる。
「うん、なんか、道が綺麗なところが見える」
言ってその先のほうを指差す。
「――?」
「あ、ホントだ」
二人は揃って首を傾げる。
特にいやな感じも無い。
俺達は足早にそこを目指した。






「――ここは……」
洞窟が急に綺麗になった。
壁は古くてくすんでいるが綺麗な大理石が埋められている。
床も真っ直ぐになりさらにタイルで敷き詰められていた。
「どういうこと――?」
シィルが壁に触る。
地震のせいだろうかひび割れている壁。
だが整えられた綺麗さは失われる事無く形を残している。
「……でもとりあえず行くしか無くない?」
俺は二人を見る。
「ま、そだね」
シィルはコンコンと壁を叩いて俺達を振り返った。

皆で少しだけその道を歩き出す。
数十メートル行くと早速道が分かれた。
無機質な空間で道は再び入り口と同じく3メートル。
ただ天井が高く、10メートルぐらいあるんじゃないだろうか。
縦長の空間の――迷路、そんな感じだ。

「よっし。ファーナ、地図再開だな」
「そうですね。そうしましょう」
ファーナが手早く紙とペンを取り出して記入を始める。
慣れたようですらすらと道の情報を書き込んでいく。
最初のT字路。
ここから迷路の探索を始める事になる。





迷路っていうのはマーキングとマッピングが頼りになる。
……ようだ。
何と言っても初体験だし、わくわくしっぱなしで仕方ないんだけどっこう……!
ほら、アレだ。
冒険してるぜ!
道を考えて、意外と優柔不断なシィルに笑いながら道を考えてもらう。
ぶっちゃけ間違えたって関係ない。
間違えたら戻って別の道。その繰り返し。
ただそれに竜運を持ってる人にあやかろうとしているだけ。
――……シィルがそういう体質なのかは知らないけど、外見は相変わらず運が良さそうなままなのだし。

「……コウキ」
「うん?」
シィルが歩いてる途中声をかけてきた。
何となく不穏な感じが漂い始めた迷宮。
――白い壁肌がどんどん不気味に思えてきた。
なんで?
――それはずっと同じ景色に見えるからだ。
マップは確実に進んでいる。
でも何だろう……そろそろ、来るぞ。
ゾクゾクと背筋に悪寒が来た。
「――来たよ。モンスター。後ろから」
シィルが言って後ろを振り返った。
静かにしていれば確かに足音みたいなのが聞こえる。
「みたいだな」
剣を抜いて備える。
「……行こう」
また前に進む。
なるべく戦わない。
どんな奴わからないし、正直この悪寒はやな感じ。
なるべく進んで追いつかれたら戦おう。
緊張が走る。
無駄な緊張が伝わっているのだろうか、ファーナも更に手早く地図を書き込むようになった。
パパッと書いて次。
ファーナが喋らないのは歩測しているからだ。
歩数で距離を測り、なるべく正確な地図にする。
喋りながらマップ作れるって一種の職業マスターだと思う。

――だが、彼女がすぐに喋らないといけない事態が後ろから迫っていた。



初めに感じたのは嫌な予感、と言うよりは嫌悪感。
こんなにも不快なのは初めてだ。
冷蔵庫が豪快に腐ったみたいな腐臭。
一歩一歩の音がズルズルと引き摺るような足音で本当に最悪だ。
ホラー映画だってそうするように、怖いための演出をしているかのように。

「――おでましだよ」
「来たな……!」

アンデット……ゾンビって奴だ。
うめき声のような声を上げてズルズルと近寄ってくる。
動きは速いわけじゃない。
むしろ愚鈍で、逃げれない訳無いという速度。
きっとこういう奴にやられるのは正真正銘のビビリってことだ。
逃げれば勝ちってこともあるのに留まったりするからだろう。
そういう正論的な思考をめぐらせて――耐える。
いや……一人だったら絶対追いつかれる前に逃げてるけど。

「ああいうのは、専門外だねぇ……!」
「お、俺もちょっと遠慮したいな……っ」
剣士二人は――ぶっちゃけ引いていた。
奇妙なうめき声なのかただ筋肉が軋んでいるだけなのか、聞いているだけで苦痛な音が聞こえる。
あとはやっぱものすごい腐臭が……。
アレを切るって言うのがとっても嫌な行為だ。
特に俺は切る時に接近しなくちゃいけない。
――ガチで嫌だっ!
ああ、でもこの女の子パーティーで一人男なんだから根性見せるしかないのかっ!?

「――わたくしがやります」

凛とした声が通った。
俺たち二人は少しだけ左右に道を開ける。
――その間に手を翳して真っ赤な術式ラインを浮かべるファーナが居た。
やべ――すっげぇカッコいいぞ……!

「収束:200 ライン:右腕の詠唱展開」

ィィィィンッッ!!!
右腕のラインは複雑に分岐し法術陣を宙に描く。

「――術式:紅蓮の踊りバムゥバウンド!!」

ボゥッッ!!

オレンジよりずっと紅に近い赤がモンスターに襲い掛かる。
炎はそのモンスターを食べるように包み込んで吹き飛ばした。
「おおっ!」
燃えていくのが見え、青い光を放って消える。
……法術ってやっぱすげぇ!
見慣れているはずのその技に感嘆する。
「あはっさっすがっ! ……でも気分は微妙だねー」
「そうですね……」
シィルとファーナは微妙な顔で勝利を喜ぶ。
「どうする? 見に行く? 焼けた死体だけかもしれないけど。
 アレ系って必ず死体残るから嫌いなんだよねー」
「……遠慮したいけど、役に立つもんあるかもしれないし行くよ。
 チョットだけ戻るけどファーナ大丈夫?」
「はい。大丈……三十二……はいっ!」
歩数を忘れないように口に出したな……。
ここから少しカウントダウンしてもらって光の届く位置で止まる。
――きっちり骨になっているその残骸。
「……すげぇ火力だったんだな……」
「骨も燃えそうな勢いだったもんね」
元々腐ってた身体だしな……。
生々しくなくてまださっきより見れる。
「……何か持ってるわけじゃ無さそうだけど……」


『――あんたらかい、倒してくれたのは?』
「うおっ? 誰だっ!?」
声が聞こえた。
グルグルと辺りを見回してもその姿は見えない。
その声は男の声だったので必然的にファーナとシィルの2人ではない。
「ど、どうしましたかコウキ?」
ファーナとシィルも警戒して辺りを見回す。
『ふん、今マナから解放された』
「声が――聞こえる」
耳に手を当てて声を聞く。
――怪奇現象なんだろうけど……この程度じゃもうビックリできないぞ。
「ええええええっ」
「わっ怖い事いうなっ」
ファーナがシィルに抱きつく。
「だって聞こえるんだ。今マナから解放された――って……コレか?」
俺は思い当たるものを見下ろした。
――それは所々黄色く見えているが殆どがこげ茶に焦げた人骨。
「きゃああああああっ嫌です! 聞きたくないです!」
ファーナが耳を押さえて嫌がる。
でもその死んだはずの奴でも声が聞こえるんだ。
『あんたはシキガミだな――』
「そうだよ。坑道からここにきたんだ。ここは何処なんだ?」

『――ここはドワーフの遺産「王に捧げる大迷宮」……。
 オレたち盗賊団はこの迷宮に殺された。
 ま、最ももっと昔の話だがな。
 気をつけな、目に見える道は迷わせる罠だ。
 この迷宮は、初めから侵入者を殺す事しか考えてねぇ――……。
 あんた達も――目的を見失わないように、な』

「それって、どういう……?」
……返事は返ってこない。
「あー……」
ちょっと話しただけだけど……悲しい気分になった。
「こ、コウキ」
ファーナが近くに来る。
俺は顔を向けて――笑った。
「ヒント貰った」



何度か道を行き来を繰り返す。
壁を調べたい、と言ったのは俺。
「目に見える道は罠、ですか……」
ファーナが首を傾げる。
「……あ゛ーっ」
シィルが奇声を上げる。
考えたくないらしい。
「……んと、とりあえず壁とか調べながら行こうぜ」
「あーっもう! こんな時に居なくてどうするんだあいつはぁっっ!」
シィルのフラストレーションが爆発する。
広いような広くない空間に存分に響き渡った。
「ヴァンのこと?」
「そうよ! こんな時に役に立ってもらわないとただのストレス発生装置でしょ!?」
「どっちかって言うとシィルのストレス発散装置って感じになってるけどね」
「いいじゃん!」
本人はいいだろうな……。
「ほら、すぐここ押したら道がありますよとかっ! 見えてるみたいに言うじゃんあいつ!」

バンバン壁を叩く。

ガガガガガガッッ!!

ガゴォォンッッガゴォンッガゴォンッ!!


「……あったね」
「ありましたね」
俺とファーナがその大きく開いた道を見る。
十メートルある壁が一気に押し下がり、階段が出来上がる。
シィルは壁を叩いた勢いのまま床に倒れている。
「大丈夫ですかシルヴィア」
「いつつ……うー」
彼女は起き上がりながら砂埃を払う。

「さすがシィルっ」
とりあえずその苦労を労おうと声をかけた。
「絶対褒めてないでしょっもー!」
「褒めてるって」
「褒めてない!」
「いや、凄い事だよ? 中々見つけられない道をすぐ見つけちゃうんだからさ」
「あえてコケたことに触れてないだけでしょ!」
「あとコケても面白いぞ」
「チクショウ!!」
「ね? さすがシィルっ」
「……うるさいっ!」
「さすがシィル!」
「あーもう! わかった! アリガト!!
 ファーナっコウキってこんな意地悪なの!?」
シィルは怒りのやり場を無くしたのかファーナに向き直る。
「たまに……」
ファーナがジト目で俺を見た。
「褒めてるだけなのに意地悪じゃないだろ〜?」
「そういうのが意地悪なんだよ!」
「褒めてるのに……」
「恥ずかしいでしょうがっ! そんなの見て楽しむのは良くないよ!」
「えー。シィルだってよくファーナでやるじゃんか」
「アタシはいいの!」
「あはははっずるいぞそれは! 俺もやりたいんだっ」
「じゃぁファーナでやろうよ!」
「あ、うん。そうする」
ガッッと固い握手を交わしてファーナを見る。
「な、何でそう纏まるんですかっ!?」
「あははっ! んじゃ、行こうぜファーナ!」
「そそ、こんな所で時間取ってる場合じゃないよ〜」
シィルと笑いながら階段を上り始める。
「ちょっと! お二人とも待って下さいっっまだ終わってないのですっ!」




「――……下はまだ序の口だったようですね」
ファーナはそう言って、壁を見上げた。
そこには10メートル四方に渡って壁画が描かれている。
古代の文字がつらつらと書かれていて、人や獣人、モンスターなどが並ぶ絵がある。
「み゛ゃーーっ!」
またシィルが雄たけびを上げる。
「だーーかーーらぁーー! ここに居なくてどうすんのアイツはぁああ!!」
「ヴァンのこと?」
「決まってんでしょ! 何のために年取らずに生きてるのかって言うとこういうの読むためでしょ!?」
いや、違うと思うけど……。
かなりヴァンが恋しいらしい。
今からかうとさっきの二の舞だし、後で本人が居る時にしよう。
そう考えつつ俺も壁画の方に視線を移した。
「ん? あ、ねぇねぇ」
「はい?」
ファーナがすぐに反応して俺のそばに寄る。
「俺読めるよこれ」
「マジで!?」
シィルがなんでか全力で驚く。
「えっとー動物もそうだけど、そいやぁ言語の壁って無いんだってね俺」
自分で言って納得する。
そっかそっか。
文字が古かろうが新しかろうがギャル文字だろうが読めるのだ。
ペタッとその壁に触れて読み出す。
「えっと……『その、壁に触れるものに災い来たれり』」
「コウキ!?」
「『その者の名を呼ぶものにも同じく災いを受け』」
「ああっ! 何やってんの二人ともっ」
「『叫ぶもの皆同じ災いを受ける』」
「やっちゃったーー!!」
シィルが頭を抱えて叫んだ。
「っていう嘘なんだけど」
「ばかあああああああああ!!! コウキのバカーーー!!!」
シィルに思いっきり罵倒されながらちょっと膨れたファーナからチョップを受ける。
咄嗟にやってみたオチャメにしては上出来だと思わない?


『大地を纏める王に捧ぐ大迷宮。
 その大地の深くに我等ドワーフが納めよう。
 王が隠すのは自らと自らの宝である。
 墓を荒らすものには容赦なく迷宮は牙を剥く。
 王を守るのは四人の守護者。
 王の安息の為に生き続ける者達なり。
 墓を荒らすものよ、見えぬ恐怖に畏怖しその灯火が消える前に立ち去れ。』

「……下におろされたのは、ここを上らせるためかっ」
「――なるほど……本当に手が抜けない所になってきましたね」
ファーナがさっきの階の地図を見下ろして小さく溜息を吐く。
この地図で分かった事は――

大体2km四方の大空間。
道の大きさはずっと一定で所々にトラップがある。
割と古典的に頭の使ってあるトラップで性質が悪い。
……まぁそれは盗賊思考の話でだけど。
この際、なんら変わりはないだろう。
「……アタシ宝とかに興味無いから罠免除とかにならないかなぁ」
「わたくしもできればそれがいいですね。
 ってコウキ、邪悪な笑いがもれてますよ?」

「……ふふ……じゃぁ、そいつを持って帰れば……もう食費の心配しなくていいんだなっ!?」

グッと俺は強く拳を握る。
これほどの好条件の迷宮はないだろう。
「ちっちゃいわねー……」
ささやかな幸せの何が悪いというのか。
「まぁ……コウキですからね」
「うはっ! テンション上がってきた! いくぞっっ!」
意気揚々と先頭を歩き出す。
とりあえず壁画沿いに左に歩き出した。
「男ってゲンキンねー」
「まったくです」
言いながらシィルとファーナが動き出す。

「ぎゃああああああ!! 来た!!」
数十歩先を行っていた俺が急にダッシュで引き返してきたのを見た二人が身構える。
「もう少し落ち着いてくださいコウキ」
「いやいや!! 見ろって……!!!」
俺がダッシュで戻った理由は――そいつらの数にある。
さっきは一人だけだったんだけど……!
「二十か三十はいるね……っ」
「ファーナ!」
「ハイッ」
ファーナが構えて一度深呼吸する。
落ち着くためだ。
その姿を見て、俺もほっとする。
武器以外の遠距離はファーナしか使えないのだ。

カッとその真紅の眼を開いて詠唱を開始する。

『血より燃え上がりて真紅、月より舞い降りて聖円』
「ぎゃあああああ!! 俺が行くのか!!?」

体が勝手に準備を始める。
「わたくしの武器でしょうっ!」
「なんか生理的に無理だろあれっっ!! 俺もナマモノだって事をぎゃあああ!」
『魔を絶つ銀の刃』
両手に炎月輪が出現し、淡く炎を走らせる。
脚が走り出す体制をとり、シィルが笑顔で小さく手を振っているのが見えた。
チクショゥ!!
「いーーーっっってきまあああああああああああす!!!」
『炎月輪!!』

「おおおおおおお!!」
俺は自分に気合を入れる意味で思いっきり叫ぶ。
ファーナが歌う間体が今までに覚えた武術を存分に踊り始める。
一人目を吹き飛ばして、真ん中に道をあけるとそのまま死体の群れに突っ込む。
息を止めてその生理的な嫌悪感に耐えつつある程度まで行くと当然囲まれる。
「術式:炎陣旋……斬!!!」
ゴォッッ!!!
鋭い剣戟と炎が飛ぶ。
炎月輪で使えば、炎はいつもの倍ぐらいの長さで威力は倍以上。
――アルマと言うものがいかに凄い武器なのかが分かる。
死体は青白い光を一瞬放って、崩れ落ちる。
だがその後ろから更に別の死体が現れるこの恐怖。
「連式:炎陣旋斬!!」
流石に二十や三十というモンスターに囲まれると全部に届くわけじゃない。
もう一度回転して炎を走らせる。
だが最初の斬撃で斬れただけのゾンビは上半身や下半身だけでズルズルと寄って来る。
「こ、こっちくんな!! ぎゃーー! 掴むなああああれれ連式:炎陣旋斬!!」
地面に剣を這わせてその表面に炎を走らせる。
どうやら炎は弱点に当たるらしく、青い光はモンスター化からの解放の光りらしい。
だが斬られただけでは腕だけになっても動くそれに――
「連式:炎陣旋斬んーーーーーーーーー!!!」

ビックリするぐらいビビリプレイだった。


「はぁはぁ……っ」
終わって目を回しながらその嫌な汗を拭う。
正直こんなに短時間でこんな汗掻いたの初めてだ。
「お疲れ〜」
揚々と現れるシィルを恨みがましい目で睨みつける。
「やー。さすが男の子! 頼りになるね〜」
「ちっきしょー……覚えてろよ!」
「アタシを恨むの?」
「ファーナを恨んでも、結局俺は出動権を握られてんだよっ」
言った俺にニヤリと笑って彼女はポンとファーナの肩を叩いた。
「ファーナ、次もお願いね」
「はいっ」
誰か俺に人権をぉぉぉ……!
そんなことはお構い無しに、奥へと探索が続くことになった。


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