第80話『迷走』
*ファーネリア
「あーあ……上に戻ったらとりあえず洗濯だな……」
「コウキくさーい。近寄らないで」
シルヴィアが鼻を抓んで手をシッシッと振り払う。
本当に歯に衣を着せない人だ。
「ぐあっ! 遠慮なく言うな! 俺だって好きで腐臭漂わせてんじゃないんだぞ!」
コウキが振り返ってブンブン腕を振る。
それが自分のせいなのが分かっているので苦笑いする事しかできなかった。
謎の部屋に階段が下りてきて、次の階へと進めることになった。
理由は不明。
階段を上った感覚で言えば三階だがもう大分上がってきたような気がする。
階段毎回50段ぐらいある。
天井が高いから次の階が高いのも頷ける話なのですが。
「しっかし多いよゾンビ。もう多すぎて慣れてきたぞ……」
「じゃ、コウキはゾンビ担当ってことで」
「いいけどゾンビしか出て無いだろここ!」
つまりシルヴィアはここでの戦闘はほぼ丸投げにするということだ。
まぁコウキとわたくしの法術で今の所は足りているので別に構わないといえばそうなのだが。
わたくし達が疲弊した場合彼女に任せるしかなくなるのだがそのあたりは考えているのだろうか。
「もう次出てきたらいっそアレで一掃しようか……」
慣れたといっても参っているようで溜息を付きながら右手を剣にかける。
「それはやめてくださいコウキ。地下ですから崩れたら大変な事になりますよ?」
洞窟の時もそうだったが落盤は殆ど避けようが無い。
「わかってるってっ。
シィルも無理に戦えとは言わないけど、たまには手伝ってよ」
意外と不服らしくプゥッと頬を膨らませるコウキ。
ちなみにわたくしは手伝ってますよ? 法術で。
「はいはい。コウキが目の前からいきなり消えたりしたらね」
「はははは。
案外、落とし穴とかにはまって」
ガタンッ
「下
の
階
に
落
ち
る
ぅ
|
|
|
|
|
|
!
!」
「コウキ!?」
「あんたバカでしょっ!?」
ぎゃアアアっと叫び声が聞こえて、覗き込んだ落とし穴が閉じた。
追いかけないと……!
「シルヴィアっ追いかけましょう!」
「はいよ! ……って開かない!?」
コウキと同じ場所に立ってもその落とし穴は稼動しない。
「う、うそ!? アタシゾンビ担当!?」
「いえ、それよりコウキが問題なのですが……」
「大問題よ! このまま行けないっ! 下の階に迎えに戻るよっ!!」
割と大声でヘタレ発言をしている事に気付いているのだろうか。
ホントに気の強いだけのアキに見えてきた今日この頃。
息荒く歩き出した彼女に少し笑ってわたくしも行こうと立ち上がった。
ガタンッ
アレッ?
急に足元がなくなって、身体が中に浮いた。
わたくしを中心に人一人分横たわっても落ちれるぐらいの穴が口を開けた。
今とさっきとで違うのは、ひとりで乗っていたか、そうじゃないかぐらい。
つまりこの穴は……ひとりで落とすための穴なのだ。
「きゃ――」
心臓が高鳴る。
コウキと同じ穴に落ちるのだけれど、彼女を置いていく事になる。
光り役はわたくしで、彼女は――?
「ああああっっ!」
見えなくなる寸前、彼女がわたくしの声に振り返った。
炎がわたくしにあわせて下にずれる。
ランプ代わりのその光の玉は地面に付くと一瞬明るく燃え広がって――消えた。
手を伸ばす。
彼女の驚いた顔が見えた。
最後に、彼女の名前を呼ぶ。
「――アキ――……!!」
それは、わたくしたちが守れなかったヒトの名前だった。
*NoMaster
神言語とは。
神の全意思であり、世界である。
本来ならクラス1位の神にのみ許される、世界を束ねる言葉だった。
だが――世界にたった一人、その言葉を与えられた者がいる。
その言葉はこの世界におけるどの場所でもどの位置でもどの時間でも平等。
世界が平行しようが、その場所が
その場所に、彼の言葉を再現する。
*シルヴィア
「――だから……!!」
辺りが真っ暗になった。
明るかった視界が急に暗くなる。
夜目ではない今は更に暗い。
不安と焦燥がアタシを支配する。
何が起きたのか、何でこうなったのか。
そういった止め処ない事ばかりが思考で巡る。
別に戦場で見える相手と戦うのは苦じゃない。
夜戦だって任せてと自信を持って言える。
一対多は大得意だ。
ただ。
道が複雑な場所とか!
ヨクワカラナイモノが出る場所とか!
法術が必要な場所とか!!
謎解きがある場所とか!!!
そういう場所にアタシを置き去りにするなっっ!!
アタシはそういう担当じゃない!
別にモンスター倒すとか運がよければクリアできるとかそういう場所ならまだしも、
罠だらけで迷路でヨクワカラナくて法術が要るここにアタシを置いて行くとはどういう了見だっっ!
「こんな時に……っ!!」
壁殴ってもいいだろうか。
ガゴッッ!!
拳一個きっちりめり込んで壁が派手にひび割れたようだ。
「アンタが居なくてどうすんのよクソエルフ……ッッ!!!」
歯を食いしばる。
落ち着け……落ち着けアタシ……!
こんなにも腹立たしい。
こんな時に光を出すのはあいつで、そもそもアイツは罠に一つも引っかからなくて、
それがとても面白く無いのだがアタシの保身にもなるのでまぁいっかななんておもっ
てたりした。そもそもアタシにこれからどうしろって言うのよ! 地図はファーナだ
し動けば迷うこと間違いないしそもそも見えないし! 動かないで待っているなんて
まだ攻略しきっていないこの階の敵をアタシに集めるだけだし無理だし! 自分が不
甲斐ないなんて分かりきっているがこの状況をどうやって……!?
「どうしよう……どうしよう……!?」
光が出るものなんか持ってないしそもそも進めない。
同じ穴に落ちる……? そんな事はできない。アタシに着地の手段が無い。
普段飛び上がるのは精々5メートルで倍以上の高さから落ちて足が無事なわけが無い。
足を捻って二人の迷惑になるなんて以ての外。
感覚で敵を察知しても距離がイマイチでアウフェロクロスで何処まで戦えるだろうか。
「光りが……っ」
端的に考えている言葉が口から漏れる。
本気で混乱していた。
しかもこんな時に限って――
敵。
ズルズルヒタヒタと嫌悪感のある音はアタシが担当するはずじゃなかったアレ等の音だ。
ああ嫌だ。
倒せなくはナイだろうが距離を詰めなければ。
数もイマイチヨクワカラナイ。
――キィィッッ……!
フワッ
視界が、広がった。
眩しくて一瞬目を細めた。
「――な、?」
何が起きたのか理解できない。
ただ、その光を――
懐かしいと思った。
「ヴァンツェ……!?」
その使用者の名前だけ浮かぶ。
あいつの出す光はチョットだけ青白い。
それは彼の術式ラインの色と良く似ている。
光の向こうに、先ほどまでと同様嫌悪感の有る死体たちが歩いてくる。
安心はしていられない。
まだ、やるべきことがある。
光があるのなら……!!
ダッッ!! ガッ!
宙返りするように壁に飛んで、更に壁を蹴って飛び上がる。
数は5体。
道いっぱいに広がってズルズルとこちらに向かってきていた。
――っ一気に片付けてやる……っ!!
ザワッっとマナが身体を流れる。
髪の色が赤から青に変わる。
心が冷静に、闘志が湧き上がらせる。
「
ジャララララッッ!!!
ブレスレットから鎖が伸びて大剣が出現する。
刀身はブルーで、自分と同じぐらいの丈があった。
この剣には色々な使い方がある。
中距離で戦うのは一番安全だから。
投げても引き戻せるし、掴まれても消せる。
その剣の柄を持って思いっきり振りかぶる。
「
ガゴォォッッ!!!
剣が集団の中心を貫き、一帯がゴォッと衝撃を受け抉れる。
ビリッと衝撃で空間が揺れたが気にせず第2撃に移行する。
そしてその剣の勢いと重さに乗じて自分もその中心に降り立った。
着地の態勢から剣を消す。
「
ジャラララララッッ!!
手を翳して、グルリと回る。
鎖がアタシの身体の回りを一周。
更に二週三週と高速で回転する。
そして、視界が鎖で埋め尽くされた瞬間。
ガシャァァァアアアアアアアアッッ!!
破裂したように鎖が円形に広がる。
アタシを中心に発生した衝撃波のように鎖に押されて弾け飛ぶ敵。
ガシャッ!! ゴシャッッ!!
鎖の音に鈍い音が混じる。
フワッと舞っていた髪が降りて、ジャラっと音がして鎖が消えた。
シンとした空間が戻ってくる。
「――ふぅ……」
溜息が出た。
あんなに混乱して焦っていた脳は考えるのをやめて戦う事だけに集中していた。
それは効果的で、落ち着いた思考を取り戻すことができたようだ。
抉った後から光りの手前まで戻って振り返る。
死に体からいくつか古びた剣などを見せているが剥ぎ取る気にはならなかった。
辺りをみて、もう動いているモノが無いことを確認するともう一度光を見た。
「――ヴァンツェ?」
聞いてみた。
答えが返って来る期待はしていない。
姿がみえないのだから。
ちょっとだけ間を置いて光が上下に動いた。
「え……? ホントヴァンツェ?」
また上下に動く。
「そこにいるの? 出てきなさいよ!」
そう言うとまた間を置いて光が左右に揺れた。
「なんで!?」
聞いても光しかないので答えることは出来ない。
グルグルと訳のわからない動きをするとまた止まった。
「……はぁ……もう最悪。なんでこんな目に……早くファーナ達と合流しないと……」
溜息を付いて道を見る。
もうすでにこの階の階段までの道がよくわからない。
「アンタは道分からないの?」
光はふよふよと浮いて暫くすると――動き出した。
「あっ! ちょっとっ何処行くの!?」
アタシの言葉に答えることは無い。
いいから付いてこいと光が言っているようだった。
*ジェレイド
「ジェレイド何アレ何アレ!?」
「蛍とちゃう?」
拳大で白熱球なみの光を放つそれに向かって言い放つ。
「光ってるけど!! あんな大きな虫だったら嫌だよっ! ホントアレ何!? 火の玉!?」
アスカはギュウッと更にワイの腕に引っ付いてくる。
普段が普段だけに可愛いぞこいつ……あかんあかん。
もう一度目を細めて光に目をやった。
「いや、アレは法術やな」
「えっ? 誰かの……? もしかして、先に行ってるって事!?」
「いや、めっちゃ動いとるしな……怪しいもんやで?」
もう少し近づけば――視える。
この眼を使えば視えないものは無い。
「――ヴァンツェの法術みたいやな。
空間が平行して重なって見える……お、タケヒト等もそこにおるぞ」
半透明が重なったような空間がいくつも見えてコウキとファーナ以外は目視できた。
なんだか無性に目が痛くなったので思わず途中で眼を閉じてしまったが。
「ジェレイド……」
「……何や?」
最近、迂闊に振り向くのを止めた。
能力を使わないために。
でもたまに彼女の顔を見たいが為に振り向くのはエゴか。
「……壱神君に聞いてみてもいい?」
「コウキに? 何を?」
聞きたいことがあるなら聞けば良いのに。
「――ジェレイドの眼の事」
「……? ワイの目の事を何でコウキに聞くんや?」
そもそもコウキが天眼について何か知っているとも思えない。
「壱神君ならっ……力になってくれると思うから……」
「ああ……まぁ……そやな。迷惑掛け通しやけど」
そろそろ、勿体無いと思うようになった。
――天眼。
天眼は目に宿る呪いだ。
他人の記憶、思い、レベル、意味、名前、何だって思いのままに視る事が出来る。
――その代わり、視た事への代償が要求される。
それは大抵の場合が寿命だ。
生きる時間を削ることによってその能力を発動し続ける。
自分にその能力がその条件で付いた場合貰ったようなもんだがそうじゃなかった。
ワイへの代償は五感。
味覚、触覚、嗅覚、視覚、聴覚……。その五つが徐々に失われている。
味覚は殆ど無い。
視覚が段々と落ちて、最近嗅覚もヤバイ。
聴覚と触覚はもう時間の問題だ。
能力は自分の意思とはほぼ無関係に発動する。
だから最近は人気の無い夜に動くしアスカ以外との触れあいは無かった。
ただ……ここに来る前の昼食会を除いて。
アレは楽しかった。
視力を失ってでも見ていたい。
コウキやキツキ、タケヒトと言ったシキガミ連中と一緒に居るとアスカはとても楽しそうに笑った。
本当に仲のいい四人やと思う。
コウキも相変わらずオモロイし、シキガミ4人集まればバカ騒ぎだ。
まぁ元々結構つるんでたみたいやし。
学校とかそんな場所で4人が楽しくバカらしくやってるのを沢山視た。
ただその結末がああなってしまったのは報われなさ過ぎるやろうけど……。
でも昼のように皆で騒げるんなら――この目はずっと見えていたほうが良い。
最初は別に仕方の無いことだと割り切っていた。
生まれた時からの呪いなんて、どうしようもない。
神が与えた試練だとかそう言われて来たけど直った奴なんて聞いたこと無い。
だから諦めた。棺桶に入る前の遠い話だ。
血なんてものを吸って生きて、疎まれるばかりだった時代。
当時城主だったワイの主は千年モノの本当の化け物だった。
ヴァンパイアになってすぐ。
太陽の下に生きれなくなった自分に絶望した。
元は人間だったらしい。
本当に唯の、一般人。
何をやっていたかは覚えていない。
ヴァンパイアになる前の記憶は当時のヴァンパイアの城主に消された。
それが当時普通の事だった。
その後は普通にヴァンパイアとして生きる。
だが、ヴァンパイアになった当初の記憶はある。
大概の場合身についていた常識が残っている。
他人を見れば食料に見えるようになった自分を何度殺そうと思ったか。
まさに死ねばいいのにってやつだ。
自分が嫌いで仕方なかった。
無限の時代を生きることになって気が狂いそうだった。
あと、何百年ヒトに罵られ続けるのかと。
嘆き、苦しんだ。
そんな時、ラティスがワイに試練を与えた。
かの城主を殺せと。
そうすれば救われる、と。
速攻で殺った。太陽に溶けたと思われる。
東向きの城壁にはりつけて置いといたからなぁ……ははは。
ヴァンパイアの根本改革にはワイが城主になる必要があった。
やからワイが世代の主としてアイツを倒した事で自分とその系統は棺桶の中で新種として生き始めた。
満足げに眠りに付くと、以後アスカが来るまで寝てたことになる。
寝ていた間は、自分らの種について説明された。
運命を共にするモノが来るまで起きる事は無い。
今まで通り永遠に近い生き方をするが、伴侶が死ねば自分も死ぬ。
太陽の下で生きれる。
その言葉に、感動した。
また――暖かい世界で生きれるのだと。
――やっと自分を嫌いだった理由が無くなった。
アスカと一緒に歩く世界は、楽しい。
太陽が好きで暖かいと感じるのが好きだ。
そんな中で彼女が笑ったり怒ったりしているのが楽しい。
そんな彼女を好きだと思うから。
そのための努力ぐらいしてみようと思った。
*コウキ
「――ああああああっ!」
叫びながら色々ポーズを考える。
今日の着地ポーズは――
「凄いシコ踏んでみるぜ!!」
ドスコォォイッッ!!!
きっと効果音が有ればそんな音がした気がした。
シャレじゃない。むしろオシャレだ。
両足は全く衝撃をいなす気が無く同時に着地。
こんだけシコ踏めば力士も逃げ出すだろ。
塩とか欲しいね。景気良く撒けそうだ。
いや、勿体無いから撒かないけど。
見事に一階落ちてきた。
しかも光が無いから暗いんだけど。
「あー……どうしよ」
罠だらけのここを暗いまま歩いて生きていられるだろうか。
光り落ちてこないかなぁ。
とは言ってもファーナが光り役だったのでどっかで自分で何とかしないと。
自分で出せる光りと言えば。
「炎陣旋斬……いや、紅蓮月でも光るな一応……」
赤い光はちょっとどうかなと思うが。
「……あ! そうか裂空虎砲ならめちゃくちゃ光るじゃん」
めいあーんと手を打ってみた。
「だめですっっ!!!」
ドゴォォッッ!!!
その声がいきなり上からしたかと思うと、俺の上に落ちてきた。
再び衝撃緩衝術式が働き青白い光が俺を中心に展開する。
だが地面や壁につくまで発生しないので思いっきり俺は踏み潰された形だ。
辺りが暗くて見えないのですぐに彼女は炎の玉を出して、俺を振り返った。
「コウキ! こんな所でそんな技使わないでくださいっ」
両手を丁度俺の肩に当ててファーナはお腹の上に乗っている。
「うぅ……ナイス突っ込み……でもファーナ……速度低下は……?」
「コウキが真下でしたのでっ」
グッと拳を握って笑顔を見せた。
で。って。
「クッション扱い!?」
「その方が早いですから。変な事をするのも防げますしっ」
ツッコミ代わりだった。
「裂空虎砲は冗談だよっ! というか退こうよっ」
何気に押し倒された風な状態。
妙に顔も近いので何となく恥ずかしい。
「……あ、申し訳ありませんっ」
彼女は素直に謝って退いた。
俺も立ち上がって砂を払う。
「ふぅ……あれっシィルは?」
照れ隠しに言葉を捜して一人居ない事に思い至った。
「上です。多分落ちてこないとは思いますが……」
「なんでさ?」
「二人だと落とし穴は反応しませんでした。
一人だと彼女は着地の術を持ちませんから……」
「そっか……一応チョットだけ待ってみるか」
上を見上げて待つ。
クッションとして……。
チョット悲しくなった。
「……落ちて来ないな」
「……そのようです。では戻りましょう。きっと待っています」
そうだ。
ファーナが居るから光がある。
彼女には……無い。
知らない迷宮にひとり。
まだ未開拓の場所だから敵もいる。
「もう……手遅れなんて嫌ですから……っ」
ファーナが呟いて歩き出す。
きっと――その独り言はあの時をさしている。
俺だって嫌だ。
仲間を失うのは嫌だ。
だから。
俺達はその道を走って戻ることにした。
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