第81話『お土産』

*タケヒト

「タケヒト」
シェイルがオレにそう振って来た。
ランプの光に照られて、整った顔がこちらを向く。
そういえば美人なんだよなと思うが顔に似合った性格が冷たすぎて困る。
第一声をタケヒトで放つことが多い彼女はオレに惚れているらしい。らしい。
わかるか?
まぁクレバーな彼女はこんな時に惚気るほど恋愛に溺れる奴じゃない。
よくわからんその問題は後回し。
いつもそんな感じだ。

最近チョットだけ面白いと思うことがある。
それは話しかけられる瞬間に彼女の表情でふざけているのかそうじゃないのか分かる。


「どうしたシェイル。あ、光ってんぞあそこ」
呼ばれた理由に気付いて先に声に出した。
「迂闊に近寄るなと言っているだろう」
「いや、お前の横に居るオレを何だと思ってるんだ」
まだ全然動いてないんだが。
「タケヒト」
「分かってるなら無駄に忠告すんなよ! あっどっか行ったぞ光っ」
「我等にはランプがある。気にするな」
……こいつにはオレが光による虫かなんかに見えてるのか……?
たまに彼女の言動に謎を覚えるがまぁ今に始まった事じゃない。
オレはその話題を流して進むことにした。

さて……広さがさっきの階と同じなら三階の中間ぐらいだ。
「光は……なんだ。元来た道の方行ったな」
「ああ。後ろに気をつけて歩かねばならんな」
それもそうか。
オレ達は光が曲がった角の逆方向へと進み始める。
道は暗く、ランプで照らしてもあまり遠くまで見えない。
「はぁ……罠が無けりゃ楽なんだが」
「そうも言ってられんだろう。試練だというのに罠が無ければただのハイキングではないか」
コイツも最近冗談と言うのを覚えてきたらしい。
「こんな洞窟の奥底にハイキングに来る奴が居るならみてみてぇよ」
「そこに穴があれば潜ると男は言うではないか」
「はははっ」
そりゃ違う意味だ。
とは言いがたいので笑って流しておく。
そっち方面で疎い彼女は大して意味も無くそういう爆弾発言をする事が多いのでホントドキドキものだ。
道を歩いて数メートル。
ガタンッとオレが何かを踏んだ。

ゴォッッ!

「うおっと!」
右側の壁がオレ達を潰そうと迫ってきた。
咄嗟に両手で受け止め――その壁を止める。
重いっちゃ重いが……!
「うらあああああああっっ!!!」
陸上部ナメンナコラ!
貸してもらってる分も実力だっ!

ガガガッッガコォォンッッ!!!

一気に壁を押し戻して元通りはめ込んだ。

「……最早馬鹿力とも言い難いなそれは」
呆れた顔でシェイルはオレに言う。
「じゃ何ぢからなんだよ」
「我に問うな」
「なんだよ。あんまり期待してねぇから言っちまえよ」
「……決めた。貴様の力は『ラブエンジェリックタケヒト』だ。今度から叫びながら使うといい」
「想像以上のが来た!?」
ラブもエンジェリックも全然欠片も力と関係ねぇ!
その上言うのも恥ずかしい代物だ。
「フフッ楽しみだ」
「楽しみにすんな! 言わねぇから!!」
「言え。言わなければ私がお前の事をラブエンジェリックと呼び続ける」

妙に綺麗な顔でそんな事を言う彼女。
――やりかねん。



「うおおおおおお!!!
 食らえオレのラブエンジェリックタケヒトォォォォォ!!!」







*キツキ


「くっっはははははははっっ!!」
妙にツボにきて爆笑してしまう。
当然ヴァンさんとティアが訝しげにこちらを振り向いた。
「どうしましたかキツキ。羨ましいほど楽しそうですが」
「いやっっははっ!! ちょっとっ! タケが面白くてっ」
「タケヒトがですか?」
「いきなり『ラブエンジェリックタケヒトォォ』って叫びだしてっははははっ!」
いきなり聞こえてくるんだから防ぎようも無い。
何があったのかは知らないが後でからかうか。
「いいなー。キツキいいなー! ティアも聞きたい!」
「いや、無理だってっ……くはははっ」
「いいなーーっ!」
強調されてもどうにも出来ない。
本当に羨ましそうに地団駄踏むとバサッと羽を広げた。
「あっこら。こんなとこで広げるなっ」
「うん? キツキ! キツキ! 今ねっ何かに当たったよ!」
ティアはすぐに羽を消して俺に引っ付く。
「あ、それシルヴィアさん」

『あたぁ……もう! 何なの一体!? 敵!? 罠!?』

シルヴィアさんの声はちゃんと聞こえた。
「……羽も空間を越えるんだ」
「一応金羽ですしね……第1位クラスに相当するものなら空間の平行は無視できるようです」
ヴァンさんは光を横に振りながら答える。
シルヴィアさんは混乱する一方だ。
これ以上見えている光が信用を失う前に余計な事せずに進む方が利口だな。
俺とヴァンさんはお互い顔を見合わせて頷くとまた道を歩き出した。
――コウキ達の声のするほうへ。












*ファーネリア




――スタスタと足音だけが響く。
どのぐらいを歩いたか。
わたくしたちはやっとシルヴィアの居る階に再び足を踏み入れた。
「ファーナ、あそこに罠があったよな」
「はい。足元にあります。気をつけてください」
よしっと彼は再び気合を入れて歩き出す。
マップもよく役立っていて、やっと自分が役に立っていると嬉しくなる。

「……ファーナ?」
不意に彼がわたくしを振り返った。
「はい?」
何かと次の言葉を待ち、首を傾げる。
コウキはうーんと唸りながら身振り手振りだけをしてその右手を顎で止めた。
「何か、なんかじゃない?」
「はい??」
質問が質問じゃない。
再び首を傾げてコウキを見る。
「こう、うーん? なんか不安に思ったりした?」
「いえ? コウキが居るので特に不安に思うような事はありませんが……」
「うーーん? うん、じゃぁいいやっ
 頑張ろうぜっ」
「はいっ」
彼は小さく、気のせいか、と言って前を向いて歩き出した。
……
……
――……危なかった。
コウキの言う不安のような物は今のわたくしには無い。
ただ、少し……いや、もっと醜い感情が心の奥で浮き上がってきそうだった。

――何故、シルヴィアやアキの為に彼はこんなに必死になるのか。

醜い感情なのは分かっている。
ただの――……嫉妬。
彼女らの為に真っ直ぐひたすら走る彼を恨めしくも思う。
たまに、ほんの少しだけ、気になる。
唯の独占欲。
だからわたくしはそれを心に深く仕舞いこむ。
こんな自分は見て欲しくない。
そんな自分は認めたくない。

ただ――少しだけ思う。
自分がピンチになれば、彼はもっと必死になってくれるのでしょうか――?

背中に伸ばした手を元に戻して小さく握った。
今は――シルヴィアを探す事が先だ。









「あ、そういえばっ」
「どうかしましたか?」
罠も一通り落ち着いた道に着いた。
ここからは比較的易しい罠で構築されているので余裕が出来た。
「アイリスがさっ」
「……アイリスが?」
自分でも驚くほど不機嫌な声だった。
「な、なんで不機嫌なのさ?」
「いいえ。特に意味は御座いませんが。
 アイリスがどうかしましたか?」
何かと思えばアイリスだ。
一番今聞きたくなかった。
……現実から目を背けたかった。
コウキと二人……そう、今わたくしはコウキと二人なのだ。

そうするとどうしてもアレが出てくる。

あの約束はアイリスとしたものであり、恐らく彼女の性格的には有言実行されるはず。
つまりアレです。
明白に告げることです。
思いを告げてしまうことで白くなるアレです。

「アイリスのお土産を思い付いたんだ」
わたくしの考えを他所に無邪気に指を立てて提案する。
「思い付いた?」
「そう。冒険に行きたいって言ってたろ?」
「そうですね」
「でも、俺たちが出来る事なんて話をするか物を買っていくかぐらいじゃん?」
「まぁ……そうなりますね」
「だからさっ」
「はい」

「皆を連れて帰ろうっ」

鼻息荒くグッと拳を握る。
「は、はい??」
――何を、言い出すのだろう。
あの人達は――
「キツキとタケと四法さんとー」
「コ、コウキ」
確かに、その人たちは貴方の友人だろう。
シキガミと言う立場を除いてしまえばの話。
「キツキが一緒ならティアも来るだろうし、ジェレイドも来てくれ――」

「いい加減にしてください!!」

叫んだ。
彼は私の言葉には止まらなかったから。
貴方がそういう人格をしているのは知っている。
だけど履き違えないで欲しい。
今は戦わなくていい・・・・・・・・・だけで、いつかは敵になってしまうのだ。
何故そのような人たちを――私の妹に会わせなければならないのか。
「……」
コウキは黙って俯く。
「……」
「……」
私も怒ってしまった手前言葉が出なくなった。
気まずい空気だけが私達の間を流れた。
「ゴメン……悪かった」
コウキが謝って前を向く。
違うのに。
そんな顔をして欲しくないのに。
それでも――彼女は私の大切な家族だから、譲れなかった。


「さ、行こうぜっ」
いつもの笑顔で振り返った。
でも全然笑ってるようには見えない。
「コウキ……も、申し訳ありま――」
「いいよ。今悪いのは俺。今はシィルが先だもんなっ」
空元気に罪悪感が募る。
きっと、私は彼の大切な友人を信用しないと一蹴してしまった。
それは状況だけが私の判断を正しいと証明させるが――心情的にはどちらが悪いのだろう。
……きっとそれは私のはずなのに、彼は謝らせてはくれなかった。
泣きそうになる。
私はどういう判断を下せばいいのだろう。

「コウキ、待ってくださいっお願いですっ謝らせてください――」
コウキは歩みを止める。
振り返った。
その瞳は酷く寂しそうな色で私の炎を映し出していた。

「――ファーナが正しいんだ」
「コウキ……っでも……っ」
「ファーナが、この世界での俺の基準で、俺の歯止め役。
 自信を持ってて欲しいよ。ファーナは正しい」
でも、それはあまりにも道具の意見で――

自分を剣だと割り切れと言っているようにも聞こえる。

コウキは、こんなにも感動されない人間に見えたことがあっただろうか。
私が弱くなったんだろうか。
分からない。
分からなくなる。
もっと辛い立場に居るのは友達を敵だと言わないといけないコウキなのに……。

タンタンッ
コウキが先に出た。
先行させている炎を避けて罠跡の瓦礫を上った。
そして私を振り返る。
腰に手を当てた姿勢でその顔は――いつも見ている、爽快な笑顔だった。

「でないと……

 ぜええええええんぶっ友達にしちまうからな!


 味方も! 敵も! 動物も! 神様も!! 全部繋げちまうぞっ!!」


風が吹いた。
洞窟の中だと言うのに爽快で、ジメジメとしていた嫌な空気では無かった。
それはきっと心情ゆえのもの。
――何と言う、規格外のシキガミを持ってしまったのだろう。
確かに私が止めなければ彼はやってしまいそうだ。
でも、それを止める権利なんて私には無い。
その姿は私が憧れる彼そのもの。
『コウキらしい』行動。
彼が辿る道は何時だって輝いている。
彼が目指すものは何時だって光に見える。
だから、許せてしまう。
呆れているに近いのだろうか。
だから、自然と私も笑った。

「……もぅ……好きにしてください」

素直にそういえる。
いや、素直じゃないというべきなのだろうか。
「あはははっやったー!
 さすがファーナっ」
「呆れているだけですっ」
そういう私にコウキは手を広げて自分の考えを言う。
「皆で遊びたいんだっ!
 友達が増えればもっと楽しいっ
 旅の話は俺たちでも話せるけど、友達が増えればいっぱい聞けるっ」
確かにそうだ。
関係もそれぞれ。
一緒に旅する人種もそれぞれ。
別の話から、同じ話を違う視点からも聞くことが出来る。

「世界は広いんだっ俺達の歩いてない場所を皆は歩いてる。
 だからさ、みんなで友達になりたいんだ。
 そうすれば、本なんかより楽しく世界を知る事ができる。
 歴史なんかより詳しく今の国の状態がわかる。
 そっちのが断然お得だと思わない?」

コウキは、ずるい。
やっぱりずるい。
私には否定できないでは有りませんか。
お城で一人だった辛さを知っているから。
初めて出来た友達の嬉しさを知っているから。
接してくれる、大事さを知っているから。
あの子の辛さを、知ってしまっているから……っ。
否定できない。
コウキが言うなら、そうだと思う。

「――……だから、貴方はずるい……」
「えー? 何処がだよぅっ」

私も瓦礫を上ってコウキに並んだ。
コウキとは背が頭一つ分ぐらい違う。

彼と、歩く事を決めた。
 それは何時の話だったか。
  彼の行動にはたった一つの曇りもなく――
 ただ信念のみが彼の道に光っていた。
真っ直ぐに進む。

彼のようになりたいと、私は思うのだ。


彼を見上げる。
「?」
何かあるのかと彼は首を傾げていた。
心無しか照れてくれているのだろうか、顔がチョットだけ赤くなった。
かわいい。
男の子に対してそう思うのは失礼なんだろうか。
それよりも、照れてくれているのが少し嬉しい。
私は笑顔で彼の頬に手を伸ばし――

「みゅっ」
抓んで伸ばした。
「わたくしは、アイリスの姉です」
「ふぇい……」
「彼女を危険に晒す事はできません」
「ああ……みゅんっ!?」
ぺチンと彼の頬から手を放して見上げるだけになる。
「姉として、心配なのです。
 わたくしが彼女に迷惑をかけるわけにはいきません。
 ――……彼女はあの国の王女なのです」
王女としての立場。
私はそう見えるように振る舞うだけでよかった。
彼女は、その立場を継がなくてはいけない。
孤高のあの場所に――立ち続けなくてはならない。

彼女はお母様の賢さと、お父様の力を持っている。
だからきっといつかは――国の為に自分を諦める。
今あの子に必要なのは友達だと思う。
たった数時間でも、あの子は必死で遊ぶ。
忙殺されそうな日常から逃げて孤独に遊ぶ。

それは間違いだ。


――だから、コウキが正しい。



「でも、貴方やアキと居て学んだ事があります。
 友達というのは一緒にて楽しい人ですっ
 だから刹那でも……彼女にその幸せを知ってもらいたいです。

 あの笑顔を、ずっと覚えていて欲しいです」

私はあの子の姉なのに、あの子には何もしてやれない。
唯一あの子と遊んでゆく存在だったのに、私は彼女の傍に居る事はできない。

――私は、あの城に……居る事が許されない。

きっと訪れる未来は、お母様やお父様のように忙しい生活になってしまう。
何故自分ばかりがそうなってしまうのか。
それを悲しく思うのは当たり前だけれど、彼女はそんなことに悩むほど小さな王女ではなかった。
もっと、遊びたい。私達と冒険してみたい。
彼女の今の言葉が真実。
もしかしたら、私の言葉だったかもしれないのだ。
そうだ。やるにしても、今しかない。
しかし危険ゆえ彼女には出来ない。



だから、せめて。私達の物語おとぎばなしを。


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