第82話『迷える小竜注意報』

*コウキ




暗闇の先が光っていた。

「――あそこに、光が見えます」
「おっ?」

見覚えのある、少しだけ青白い光り。
でも、その光りに見覚えがあるだけで、使用者の姿は見えない。
「ヴァン……?」
「ですが姿は……」
「……でも、シィルはいるよね。
 シィーーーーーールーーーーーー!!」

ブンブンと手を振る。
こっちにも光が――炎がある。
だから見えるはずだ。
「――コウキ!?」
すぐに気付いて彼女も俺たちに手を振る。
「うはっ! よかったー! 無事だったー!」
「――そっち行くから動かないでよ!?」
彼女は俺達を指差して叫んだ。
「お? でも――」
罠とかこの地図に書いてあるから別に俺達が行けばいい。
ワザワザ危険な事をさせるわけには――。
「いいからっっ!!」
言って、シィルは光の下からすぐに駆け出した。
彼女が走り出すのを見送って、青白い光は消えた。
なんだったんだろうか、アレは。
今はそれより走ってくるシィルが……!

「シィル! 左の壁からそこ刃物が――!!」
言った瞬間――
ジャギィンッッ! 
鋭い音を出して壁の間から刃物が飛び出す。
「――ふんっっ!!」
アウフェロクロスで受け止めて彼女はそれを壁に押し込む。
「シ、シィル! そこ矢が降って……!!」
ダンッッ
彼女が床を蹴って飛ぶ。ふ、振ってくるのに跳んだら……!
ジャラララッッ
彼女の剣の鎖が舞った。
身体全体を覆って矢を全てその鎖が受け止め、彼女が一閃すると折れて飛び散った。
動作が凄く洗練されている。
狭い空間なのに、迷い無く技を使う。
ちょっとだけ見ほれて、次の罠を言うのが遅れた。
「あっ……! そこ踏むと天井が降ってくる――!!!」
あのマークのついた床を踏むと、天井が真っ直ぐ落ちて壁ができる。
ガゴォッッ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
天井が一気に落ちてくる。

ズドォォッッ!!!

壁がそこにできてしまった。
今立っている瓦礫も同じような仕掛けがあって、来る時に炎月輪で壊したものだ。

「大変です……! コウキ!」
「おう!」
『血より――』
ファーナが詠唱を始めたその時。


『あああああアアアアアアアァァァァ!!!』



ビリビリと壁の向こうから殺気じみたものがザクザクと俺達に襲い掛かってきた。
それは俺達に向けられているのではなくて、壁に向けられている。
だから、壁の向こうに居る俺達が危ない。そういう話だ。
ファーナが怖気づいて詠唱を止めた。
――声が出なくなるほど、禍々しいものだった。
「ファーナ……!」

『邪魔・すん・なァァァァァッッ!!!』

壁の向こうから、咆哮が聞こえた。
ファーナが俺を見て、同時に頷いた。
多分、次に取る行動は通じた。

『術式:降り注ぐ流星の如くスティ・ラグマ・テンスターッッ!!!』

ドゴォォォッッ!!
壁の向こうで何かが起きている。
興味的な意味で見たいが、命を大事にする意味で見たくない。

「隠れるぞっ!」
「はいっ!」

ミシミシと壁は限界の悲鳴を上げ、上からパラパラと石の欠片が降ってくる。
俺はこの迷宮自体が崩れない事を祈った。


『術式:竜王の踊るが如くドラグ・フォン・ヴィーヴァァァーーーーッッ!!!』


ガンッッ!!
ドゴッッ!!
バガガッッ!!
ドルルルッッ!!
ガガガガッッ!!!

何が起こっているのか想像し難い。一回ドリったぐらいだ。
ああ、でも間違いなく言えることが一つ。


「やりすぎだシィルーーーーーーーーーーーーー!!」


ガァァアアアアンッッ……!!



大きな音と共に空間が揺れた。
それ以上何も起きなかった。
「ファーナ、大丈夫か?」
とりあえずファーナを庇って抱えていたのだが……。
「は、はいっ大丈夫ですっ」
最後の音と同時に瓦礫の山から飛び降りた。
――……ファーナをしっかり抱きかかえた状態で床に二人転がっている。
こんな時になんだが、
……女の子って柔らかいよな。
「ふぉあ!? 悪い!」
謝ったのは、きっと自分の思考のせい。
「あ、ああのっ」
ファーナがワタワタと手を動かす。
身振り手振りでは現せないようだ。

ザッザッザッ!!
荒い足音が聞こえる。
瓦礫の山の向こう側。
咄嗟に二人で正座して瓦礫の山を見上げた。


その瓦礫の頂上――俺たちの前にユラリと青い髪の女性が現れる。
長い髪が前に垂れていて怖い。
「……ひとつ……」
小さく低く呟く。
ガタガタとファーナが震えている。
シィルなのが分かるがお怒りな感情がむき出しなのが恐い。
「道が複雑な場所」
ジャリッと一歩進んで近寄ってくる。
「……ふたつ……」
妙な重圧。
ファーナの震えが止まらない。
「ヨクワカラナイモノが出る場所」
ジャリッジャリッと確かな重みを持って瓦礫を踏み歩く。
「……みっつ……」
彼女は少しだけ顔を上げた。
「法術が必要な場所」
この語りは何を意味しているのだろうか。
最後まで聞けば分かる事だが。
「……よっつ!」
大きな声にビクッとファーナが跳ねる。
「謎解きがある場所!!」
カッと目を光らせて、いや、実際は光ってないがこっちをしっかり見て指差した。

「アタシをんなトコに置いてくなああああああああ!!!」


うわぁ……
俺は唖然と仁王立ちする彼女を見上げた。

「……ゴメン」
思わず謝ってしまう。
俺が悪いんだよな?
……発端的には。

――彼女の実力は凄い。
何ていうか……多分桁違いだ。
今何があったのかは定かじゃないが、シィルが立ってた空間は普通の5倍は広い道になってる。
爆発したんだな。うん。
一人でも多分迷宮を突貫する勢いで何とかするだろう。

――でも、一人だからそうする。

だって無駄じゃないか。ゴールが分からない迷路を真っ直ぐ突き進むだけなんて。
もっと、効率がいい方法ってある。
ちゃんと彼女の力を生かす方法は存在する。
ただ、彼女と言う人を知らないからこういう結果がでるだけ。
だから――
ああ、だからこういう時のヴァンなのか。
戦闘スタイルが、少し見えてきた。

やっと、チョットずつ彼女を分かってきた。
アキとシィルは全然違う。

戦舞姫<スピリオッド>――……

彼女はとんでもない存在かもしれない。




「ところでシィル」
「なに〜?」
再び3人でテクテクとダンジョンを歩く。
なんか……所々気になるところがあるので聞いてみることにした。
「何で所々横穴開いてるの?」
丸く、壁に穴が開いていたりする。
ぶち破ったって感じとは少し違う。破片が無いからな。
「ああ、光がね、壁に入ってくから」
あっはっはと笑いながらパンチの仕草をしてみせる。
……やっぱりぶち破ったのか……?

小竜光線プチブレス使ってね、道作ったの」

プチブレス。
説明を聞くに、名前とは裏腹に凶悪な技だ。
くわっと彼女は気の抜ける声を出したと思うと、
丁度彼女の体をすっぽり覆えるぐらいの真っ白なエネルギー球体エックスが体の前に出現し、
壁をプチ壊す。
あくまでもプチ。しかし瓦礫も残らないエネルギー。
本気でやるとそのエネルギー球体エックスがもうちょっと膨らんで前進するらしい。
ドラゴンブレスの劣化版とは言うけど……。

……ホント……ドラゴンだこの人。

アキの起源。
アキのおじさんも相当強かったけど……この人も無茶苦茶だ。
どの辺が戦舞姫の“舞姫”部分を担当してるのか気になるがそれは気にしたらプチブレスだろうか。
もしかしてアキってとんでもない力を持ってたのか……。



「シィル、これからは温存な」
「うん。いいよ」
とっても聞き分けの良いシィル。
誰かが手綱を握っていないと唯の暴走竜。
そうか、うん……そうか……。
「俺、ヴァンみたいに竜に乗れるかな……」
胸を押さえて遠くを見る。
空が見えてりゃ飛行機に乗る前のパイロットみたいな雰囲気を出せたと思う。
「コウキが頑張ってくれなきゃ迷宮吹っ飛んじゃうぞ〜ギャオーあははは!」
何故かご機嫌な感じになっているシィル。
俺には彼女がヨクワカラナイ。
この気持ちを歌った方がいいんだろうか?
そんな俺たちを見てファーナが溜息を吐いた。
「……わたくし達は無事にここから出られるでしょうか……」
ポツリ小さく呟いた。
……俺だって無事に出たい。
「まぁ大丈夫だよ〜。もうアタシ殆どマナ使っちゃったし」
あはは〜と手をヒラヒラさせるシィル。
「……え?」
「アタシ単発系しか使えないからさ〜一回一回が消費激しいの。
 だから、もうさっきの“竜王の踊るが如くドラグ・フォン・ヴィーヴァ”で殆ど終わりかな」
見ては無いんだけどアウフェロクロスを使う最上級の技の一つなんだってさ。
まぁ高密度エネルギーを纏わせたアウフェロクロスを振り回す技だって簡単に教えてもらった。
「か、考え無しぃっ!」
「置いてくのが悪いのっ。それとも迷宮斜めにプチ抜いて欲しかった?」
なんでだろう理不尽なのに逆らえないこの感覚。
なんつったて俺とタケも同じ事最初に言ったしな。
……ホントこの人は……。
「……大丈夫です。戦闘が出来ないわけではないでしょう。
 今までどおりでお願いしますシルヴィア」
「はーい」




まぁ、マナって何もして無いと回復するみたいだし。
大きい技が連発できないだけで、戦えないわけじゃないみたいだ。
はぁ……コレで俺がゾンビ突撃なのは決まったようなもんだな。
いいけどな……!
プチブレス使えるなら最初から使ってくれればいいのにとかは考えない事にした。

その技でプチ抜かれた道を進んでみる。
「えっと……ここがこう……」
ファーナが大変そうだ。
道が増えたからな……。
元の場所にはコレを辿ればつけるらしい。
「ていうか何でこんな変な道順でプチ抜いてんの?」
「追ってた光が壁に入ってくんだもん」
「変なの……ってかアレってヴァンのやつじゃないの?」
そういえばまだ聞いてなかった。
アレはヴァンの使う法術にとっても似ていた。
「うん。多分ね」
頷いてシィルが髪を揺らす。
「多分? でもヴァンいないよね」
「居るけど居ない」
「何その不思議展開!?」
「ホントだって。ちょっと。光れヴァンツェ」
ビシッと何処か虚空を指差す。
「何処に向かって言ってんの!?」

カッッ!!

「光った!! めっちゃ光った!!?
 眩しーーーーいっっ!!
 眩しいよヴァン! もういいって!」
作業用の電球みたいなハイビームが俺達の目の前でいきなり光った。
俺が悶えながら言うと光は消えて言った。
「め、目がぁ……! 目がぁ!!」
結構目に焼きついた……暫くついてまわるな……。
「ちょっとっっ手加減もわかんないのクソエルフ!!」
シィルもファーナも目を押さえて悶えている。
閃光もバカに出来ない。

「…………っん? 氷の壁……?」
「……それは間違いなくヴァンツェのものですね」
涙の出る目を押さえながらその氷に目をやる。
「――あ、文字が書かれていきます」
「なるほど……

 『親愛なる皆様へ
 平行空間の一つから皆様の無事をお祈りしております。
 皆様は別の別次元の空間に、同時に存在して居ます。
 よって、場所は平行していますが姿は見えず言葉も聞こえません。
 この空間を越えるのはクラス第一位の法術、武器、肉体などです。
 今の所分かっているのはコレだけです。
 私の法術は神言の詠唱を使うと空間を越えるようです。
 もしコレを見たならここに名前を書いてみてください。
 ヴァンツェ・クライオン』」

なるほど……アルバイト連絡ノートみたいだな。
見たらちゃんと名前を書こうな?
「コウキ……っとついでだからパーティーで書いとくかっ」
ガリガリと果物ナイフで削っていく。
ファーナとシィルの名前を書いてまるで三つを囲む。
暫くしてタケとシェイル、アスカとジェレイドとルーメン、キツキとティアとヴァンでサインが纏まった。

――全員の情報が氷の板で伝わる。

さすがヴァンだ。
「――皆さん、無事なようですね」
その氷の文字を読んで一度安堵の溜息をつくファーナ。
やっぱ、皆が心配だったようだ。

「タケのところにエロって付けよ」
「何下らない事を……」
ファーナが呆れた目で俺を見ているがガリガリとタケの名前の上にエロが付け加えられた。
「あ、コウキにバカってついたっアハハッ」
それを見てシィルがケラケラ笑う。
「誰だコラ! キツキか!? キツキにはメガネだ!」
キとキを太目のアンダーフレームメガネでまとめてめがねっぽく仕上げる。
「俺じゃ無いと返事が来ましたよ」
見ると隙間に矢印とメッセージが書かれている。
「あっ! キツキ聞こえてやがるな!?」
アイツの耳のよさは天恵だって言ってたしな……つまりクラス1位能力なら大丈夫ってことか。
つか、ヴァンとキツキ一緒かよ! なんかズルイぞ!
「ああ……なんだか滅茶苦茶になってきました」
ファーナがこめかみを押さえて溜息をつく。

……その板は最後、何者かによって砕かれた。



その後何枚か出現した氷の板で大抵のあったことを説明された。
迷路の形はそれぞれ違う事。
最初の部屋は
俺のセクシーポーズのお陰じゃない事。
シィルの運がいいわけでもない事。
四法さんの為に階段が開いたわけでもない事。
……つまり皆で勘違いしながら進んでたって事だ。
今クラス1位作用をしているのはヴァンの神言語による法術と、キツキの聴力、ティアの羽。
……全部固まってやがる……なんか羨ましかった。
見えてるぞ、と誰かが端っこに書いてたが誰だろうかコレ。怪奇文だな……。

とにかく、これで全員が繋がった。
俺たちは4組が全員役割を果たして、やっと次の階に進む事ができる。
それなら――頑張らないとな。
「それに、ボスが分割設定なのが嬉しいな」
「……まぁそうですね。当たってしまった人達が勝てばいいのですから」
「今回も休みならもうチョットシィルも回復するし」
「ちょっとぐらいはね」
「まったまた〜」
「アタシはお酒飲んで食べて寝たら元気になるの」
「それ明日になっちゃうよね!?」
んなの誰だって元気になるわっ。

――よっし。
俺はガリガリと氷の板に書き込む。

『幸運を祈る! 行ってくる!』

それは俺から皆へ。
キツキ、タケ、四法さんがサインを入れて――砕けて散った。
結構今ので時間を使ったし、シィルも回復しただろう。
「行くかっ」
「はいっ」
「はいよっ」

皆で気合を入れ直して俺たちはまた迷宮を歩み始めた――。


前へ 次へ


Powered by NINJA TOOLS

/ メール