第83話『デーモンズカースト』

*キツキ

「んじゃ俺が前で」
「そうですね」
「キツキガンバレー!」
「はいよ」

俺とヴァンさんの立ち位置が変わる。
まぁ仕方無いんだ。
2、3歩進んで二人を振り返る。
「ちょっと下がってて」
「はい」
「うん!」
二人を下げて再び前を向く。
ったく……面倒くさいな実際の迷路って奴は。
罠の感知に関してはヴァンさんより俺のほうが早い。
一般人だったら一番下の階で余裕で死んでるよなホント。
俺は武器である薙刀――に近い形をした槍を持つ。
薙刀売ってないんだよな……。
オーダーメイドとかしたら高いだろうし作るのにも時間が掛かるだろう。
まぁでも手に馴染む武器を作っておくのはいいことだろうな。
今度マジメに検討してみよう。
そんな事を考えながらもう数歩歩いた時。
ガガ……
ブロックが音を立てる。
右の方から音がした。

タンッ!!
反射的に飛び上がる。
ここら辺はほぼカンだ……!

フォンッッ!!

いきなり足元に刃が飛び出す。
さび付いた物だが威力は十分だろう。

罠の間隔は結構ある。
大体、棺の部屋にたどり着くまでに3箇所ぐらい。
罠があるときは一箇所に集まっている。
あまり当てには出来ないが今のところそんな感じ。

丁度今その部屋の前の最後の難関と言った所か。
俺は着地して距離を測る。
刃渡り80センチぐらいか。
にしても曲剣まがいの刃物がいきなり飛び出すなんて物騒な迷宮だ。
エジプトの王の墓に通じるものがあるがそれよりは洋物っぽい。

反対側からは刃物は出ないのを確認して左側の壁沿いに二人を呼び寄せる。
慎重にやらないと本当に死ぬからな。
多分次は法術系のトラップだ。
慎重に進むと両側の壁に一気に謎の文字が描かれていく。
「――……! 転移……! キツキ! 敵が来ます!」
言われた瞬間、壁から剣が振り下ろされた。
間一髪それを避けると俺を囲むように敵が現れた。
コレは――この槍じゃキツイか……!
「ティア! 金剛孔雀!」
「うん!」

『短縮唱歌<ショートライヴ>:失われぬ黄金の光我が宝刀! 金剛孔雀!』


ジリジリと身を焼くような感覚から――その手の先に出現する物を感じ取る。
コウキの炎月輪、タケヒトの青雨。四法さんの蒼雹矛双。
そして俺の金剛孔雀。
全員の中で俺が尤もリーチが長い。
威力云々は知らないが、コレは俺にとって使い慣れた武器だ。
コレを持った時点でこの身はティアの武器。
俺が取るべき行動は唯一つ――全力で蹴散らすのみ。

――ブォンッッ!!!

一周、長めに柄を持ち回る。
ゾンビ達の最前列が真っ二つになって崩れ落ちた。

「――ふぅ……」
呼吸を整える。
落ち着け。
生理的にアレな物体だが、唯のモンスターだ。
テレビゲームと同じ。
あいつ等ほど無感情に戦う事は出来ないが――生きるための最善を尽くせば同じような行動を取らざるを得ない。
「ヴァンさんは壁を作ってティアを守って!」
「了解しました。
 収束:1000 ライン:右腕の詠唱ライン展開
 術式:氷光の壁プリドジュール!」

敵と二人の間に氷の壁が出現する。
何度見ても収束と展開が凄い速度だ。
ティアとヴァンさんは壁の外。
ティアが壁にぶつかってきているゾンビにベェッと舌を出している。
はしたないですよ、と優しく止めるヴァンさんと似合うなと思ったのは間違いじゃないはずだ。
まぁコレで敵を倒す事に集中できる。
俺は敵に囲まれた敵中のど真ん中。
ここから抜け出せないようでは――意味が無い。

「術式:閃光……!!」

ヒュッと横向きに薙刀を振りかぶる。
ミシミシと筋肉に力が行き渡るのを感じながら――全力で縦に切り下す。

「閃ッッ斬!!」

――ィンッッ!! ズバアアアアンッッ!


高速で振り下ろした一撃が床を裂く。
その直線上に居たゾンビたちが真っ直ぐ軌跡どおりに裂ける――。
後ろから迫ってきているであろうもう一団体を意識してトンッと跳んで壁を蹴る。
案の定俺の居た場所に剣が振り下ろされていた。
三角に跳んでモンスターたちの一番後ろに着地する。
この場所に来たのは都合がいいから。

俺は金剛孔雀を強く握り、敵を見る。



「――術式:鏡光ノ瞬<きょうこうのまたたき>――」


宣言の瞬間、目の前に光の四角い枠が現れる。
続いて、光の板がゾンビの間を縫うように現れた。
その数は――数十。何れも金色の光を帯びている。
その枠に金剛孔雀を持ち、飛び込む。
ブワッと景色が移り変わり、目の前がゾンビだらけ。
――フォッッ!
躊躇うことなく、刃を通す。
光の板の枚数だけ、それを繰り返す。

ヒュッヒュッヒュッ!!!

――ザリッッ!

そして、着地。

「――え?」
驚きの声を上げたのはヴァンさん。
ティアはコレをもう何度も見ているから慣れてるのだろう、笑って俺に手を振っている。
俺もそれに笑い返して金剛孔雀が手から消えた。
金剛孔雀を持っていたのは一分にも満たない短い時間。
そういう顔をされても仕方がないだろう。

同時に、ゾンビが砕ける。
文字通りだ。
刃の通った部分が斬れて落ちる。
一閃じゃない。いくつもの形に分解した。
漫画みたいだって思う。
でも出来るんだ――やるしか無いだろ?

今使った技は――戦女神に貰ったもの。
初めに踏み入った光の枠から、ティアたちの前まで、秒に満たない時間だったと思う。
それまでは出現した光の板を渡った。
鏡に映るように――最初の光の枠から反射するように光の板を移り、最後この場所の枠まで。

「――今のは貴方の技ですか」
「ええ。まぁ原理は知らないんですけどね」
この世界の原理とか仕組み的なものはヴァンさんのほうが良く知ってるだろうし。
ただ鏡に反射するような速度で移動しひたすらその直線上のモノを斬るそれだけ。
「見たとおりの技です。発動した枠から枠までの光の板を高速で移動できます。
 本当は一対一とかのほうが効果的なんですけどね」
出発と終了の光の枠は直線上に無くてはならないが
反射する板は間にいくつでもいいし多少ずれて居ても構わないのだ。
光の板は俺の意志次第で何枚でも出す事ができる。
ほう、と小さく頷いて難しい顔をしているがそれほど攻略の難しい術だと自信を持っていいのだろうか。

さて――今のは大きい罠だった。
もう扉は目の前。
俺たち三人は扉をくぐった。


「――また何にも無いよキツキー」
ティアがグルグルと部屋を回って俺の下に帰って来る。
危ないからやめろっていうのに。
「ああ。俺たちはまだみたいだな」
俺は四角い部屋を見回して言う。
前回と同様俺達の部屋には何も無い。
平行世界で誰か他の人が戦っているのだろう。
「仕方が有りませんね。キツキ、今回は誰が戦っているのでしょう?」
「えっと――」
俺は耳に集中力を傾ける。
その音と声はすぐに聞こえるようになった。

俺は声を聞いて、耳を押さえた。
その姿を見てヴァンさんが一瞬思考し、すぐその理由に至ったようだ。
「…………? あっアスカさんですね」
「――御明察」








*アスカ



「いーーーーーやあああああああああああ!!」
絶叫。
あたしこっちにきて何度絶叫したんだろ。
もう、ダメ。
ここだけはホント。
「ほーらぁ! アスカ!! きたぞ親玉!!」
目の前に現れる死体死体死体。
棺桶から仰々しくせりあがって来た甲冑が見事中身がホネだ。

「ホント大人しく死ねばいいのにーーーーーーー!!」
ゾンビの群れと奇妙な甲冑。
今度のボスの担当はあたし達のようだった。

前に何も起きなかった四角い部屋。
暗いだけの部屋の中心に一つだけ四角い棺が置いてあった。
2メートルほどの大きな棺でジェレイドがええなぁなんて言ってた。
問題はそこじゃない。
その中身は――ジェレイドみたいなヴァンパイアではなかった。
「ほ、ほほ、ほねーーーーーーーーー!!」
「骨やなぁ。あ、こいつ肋骨ボロボロやぞ。肺ガンか何かで死んだんやな?」
「ホネの病状とかいいよ!
 っていうかアレ最初にもいたしっ!!」
トールドバークのお城の時。
階段を上ってきたのはあんな感じの甲冑で、中身が死体だった。
「えかったやん。なれてる相手やぞ」
「倒したのジェレイドじゃん! あのときみたいにさっさとやってよ!!」
「血ぃ足りんし。おっと! 来るでアスカ!」
「やだやだやだ! ルーちゃん」
「キュー……」
「阿呆! 抱え込んだら逃げられんやろ! 危ない!」

言われて慌ててルーちゃんを放して逃げる。
矢が何本か風を切ってあたしの近くを通った。
見れば、ボウガンのようなモノをもって兵士がアタシを狙る。
そして、そのゾンビが下がると妙に動きの速いゾンビが出てきた。
生きてる人みたいだが――違う……!
振り下ろされた剣を避けて迫ってきた倍速であたしが下がる。
すぐに壁に当たって後退が出来なくなった。
「カゥゥ!」
ルーちゃんが障壁を出し、ゾンビの進行を防ぐ。
シキガミ様今のうちに攻撃を! とあたしを囃し立てる。
「でででもっっ」
槍を両手で握って震えるあたし。
生理的に、無理!
「キュウ! カゥカゥ!」
シキガミ様! 出来ないと皆が進めないです!
ルーちゃんに怒られた。
なんだか凄く悲しい。

確かにそうだ。
さっき見た氷の板に書かれた文字は確かにみんなのものだった。
最初は弐夜君が戦って、次への道が開いた。
ここはあたし達の番。
あたし達が進めなければ皆が進めない……!

それに……悔しい。
自分が怖がりなのは分かってる。
こんな世界だから、直さないといけないのも分かる。

それでも、あたしの腕はこんなにも震えていて、足は進まなくて、男の子達のように勇敢にはなれない。

壱神君は、本当に強い。
一緒に戦った事の有るあたしにはよく分かる。
高速で行われる戦闘と、統率力の高さからの圧倒的な連係プレイ。
普段からは考えられないほど戦闘においては天才的にも見える。
弐夜君もそうだ。
元々の肉体の強さからか、あの大きな剣をオモチャみたいに振り回す。
力の強さが群を抜いていて、薪集めで一撃で木を切り倒すという芸当も見た。
そして八重君。
一度だけ――その力をみた。
金色の薙刀を振り回す技巧、戦略。
本当に巧い戦闘をする彼。もっと秘めた力も感じる。
あたしも歌さえあればそこそこ戦える。
歌があれば進める。
それでも――歌の力なんか無くても……彼らは強い。

嫌。
強くならないといけないのはあたし。
それにジェレイドは――甲冑と戦闘している。
本当はあたしが武器としてあっちに居ないといけないのに……こんな所で震えている。


なんて、情けない。


自分の冷たい声が響いた。
涙が出そうになった。
「貴女は弱くない」
戦女神の声。
自信を持て。
モンスターだって、本気を出せば普通に倒せる。
思い出して。


ルーちゃんの壁にヒビが入る。
単純に圧力で迫ってくる敵。
――やるしか、ない……!
アタシは震えを無理矢理押さえ込んで足元だけに視点を落とした。
おぞましい姿を見るのを止める。
吐き気を催す臭いを我慢して矛を振るうのだ。

――パキィッッ!
ルーちゃんの出した障壁が音を立てて割れる。
限界だ。

ザザンッッ!!

二歩で間合いまで踏み出して、あたしは矛で敵を薙ぐ。
ズルッという嫌な感触。
矛を握っている手から鳥肌が立った。
ああ――だめだ。
死体の体の中で止まった矛。
「――あっ!」
それは敵に容易く掴まれて武器を奪われる。
ジェレイドは部屋の主と法術で激戦を繰り広げている。
ルーちゃんもあたしには見えない位置で戦っていた。
一方あたしは――

隅に追いやられた。
武器を奪われた。
戦う術が無い。
鼻につく腐臭に吐き気。
涙がボロボロ零れる。

何。
アレ、
最悪。死ねばいいのに――

ジリジリとあたしを追い詰めて様子でも見ているのだろうか。

「――アスカぁ!」

ジェレイドの声。
――でも、部屋の主に遮られてこちらには来れない。
すぐに、ゾンビの群れのせいでその姿は見えなくなった。

あたしを助けてくれる人は、居ない。

ああ、こんな事なら血ぐらいあげとけばよかった。

ゾンビの兵士が武器を振り上げる。

さび付いた剣。

それでも斬られたら痛いだろうな。

いや、

いや――

痛いのは嫌だ。

怖いのも嫌だ。

嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!

剣が振り下ろされた。


一瞬、ヂリッと脳内でその光景が再生された。
走馬灯――それは戦女神の言葉だった。

『――貴女は武器。
 意志を持った武器。
 武器の敵は武器以外ありえない。
 アルマの敵はアルマしかありえない。
 シキガミの敵は、シキガミしかありえない。
 見回せ、その周りに、そのシキガミたる貴女に勝る物があるか――』

あたしは迫り来る武器に劣るのか。

あたしは死に体風情の劣るのか。

あたしはあの人たちと並んでいる事が出来ないのか――


あたしには――自分すら守る事ができないんだろうか。


い、や、だ…………!!




ここに来て気になる心のモヤモヤ。
あたしは他のシキガミ三人に劣る。その事実。
きっと壱神君も弐夜君も八重君もこんな境地なんかすぐに逆転してしまう。
それは三人の能力以前に、覚悟があたしとは違う。
壱神君はこの世界に来てどう考えていた。

どうやって生きるか。だ。

あたしはどうやって帰るとかどうやって逃げるしか、考えた事は無かった。
だから、壱神君は強い。
モンスターを殺すという事を生きるための作業として割り切った。
生きるために賢い。
そういうこと。
じゃぁ、今あたしはどうやって生きればいい?

あたしが目の前のモノに劣る理由は無い。
それはたった一つのあたしの臆病さだけが彼らを優勢に立たせている。
言ってしまえば相性が悪い。
だったらどうなればあたしがソレに勝ち得る。
ジェレイドの歌が無くとも、体が勝手に動くようになればいい?

もっと単純に、考えろ。
もっと単純。
ここは何処。
あたしは誰。
あたしは、何なのか。

「……っっ!」

ギリ……。


もう一度戦女神の言葉を反復する。

――あたしは武器。
意志を持った武器。
武器の敵は武器以外ありえない。
アルマの敵はアルマしかありえない。
シキガミの敵は、シキガミしかありえない。
見回せ、その周りに、そのシキガミたる貴女に勝る物があるか――


「――無い――!!」


目を見開いて叫んだ。
剣の影が目の前に。


――瞬間。
脳内に、余計な思考が消えた。

――戦女神と初めて会ったときのような、綺麗な物を見上げて唖然としたような心の空白。

ただ、その中において許された戦いの為の思考。


シキガミのカードが光る。

光によって描かれた文字は――



狂鬼神化<デーモンズ・カースト>




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