第84話『隷従』

世界が赤く染まる夕昏。

「楽しそうですね」
「やはり現界の楽しみはこれだからな」
そういってクツクツと笑う戦女神。
最近彼女は人に溺れているのでは無いのかと危うく見える。
「ラジュエラ、あまり付け入りすぎるな」
「わかっている。だが我はお前のように剣になってやることが出来ない。
 ……次に与えるべきも無いに等しい。
 ならば――せめて見届けるのが我の務めだ」
無表情の中に憂いを感じる。
オルドヴァイユはその感情を理解する事は出来ない。
故に――聞いた。
「何故――貴女はそうやって人間に尽くすことができるのです?」
彼女等にとって人は食料に等しい。
彼らの戦いの感情が食事も睡眠も取らない彼女等の唯一の欲求。
それを満たすのはヒトの役目。
加護している人の感情は現界などしていなくとも感じ取ることができる。
彼らに力さえ与えておけば後は彼らが勝手に自分達に食事を振る舞ってくれるのだ。
それに現界している分の力が無駄。
オルドにとって、ラジュエラの行動は不可解以外の何者でもない。
ラジュエラが彼女の質問に少し眼を閉じた。
「オルドヴァイユ、お前は何故彼に剣を与えた?」
そして質問に答えず質問を返した。
「……私は彼に必要な力だと思ったから私を貸したまでです」
少し表情を変えてオルドは答えた。
「ああ。そうだな――そうだった。我もそう思って自分を剣聖に渡した」
懐かしそうにそう呟いて目を開く。
剣聖ノヴァ――彼が駆るラジュエラと銘を持つ剣はこの世界に一つしかない。
それ以上の存在を許されない。

「――その選択は間違いだったのだよ。我は間違えていた。オルドヴァイユ」

遠い昔を見るように目を細めた。
「間違えた? ――剣聖にまでなった人間を作っておいて?」
「ああ。ノヴァはもう……輪廻を超える事が出来ない」
「何故?」
「もう、ノヴァは世界に挑む」
「……! 剣聖が神になると言うのですか?」
「ああ。
 ――ノヴァはもはや人ではない……」
声のトーンを落として彼女は言う。
その感情は――悲しいともとれた。
「我の責任なのだよ。

 100度の転生で100度我の双剣を持った天才。

 宿命だと誰もが感じるだろう?

 だから、彼を屠るものを探すのも我の使命だ」

オルドは視線を落とす。
「それが彼だと――?」
作られた空間を行く赤い少年を見る。
勇敢に双剣を振る彼確かに小さいが大きな物を感じる。
「さぁ、そうなってくれると我の苦労も報われるというものだが」
「――そうですか」
言ってオルドは目を閉じる。


「それは、彼でなくとも良いと言う事ですね」



オルドの言葉にラジュエラが視線を彼女にやった。
銀を纏う戦女神。
重い濃い紫の彼女の髪が容易く風に揺れているのが不思議に見える。
ただその揺ぎ無い視線だけをラジュエラに向けて薄く笑った。

「――ほう?」
金色の髪を靡かせて愉しそうにラジュエラが笑う。
多少の感情の動き。
それとは違って本当に愉しげに笑う。
かの――崩れ行く世界での彼女のように壮絶に。
つまりオルドの言葉、それを――

『敵意』と取った。

「では、お前の加護者が?」
「ええ。タケヒトがやります」
一転の曇りも無く彼女は言う。
自信に満ちた言葉は確信に近いものを持っていた。
「なるほど……確かに可能かもしれんが――まだまだだな」
「そうですね。私達に勝てなくてはそもそも話しになりません。
 ですが、彼にはそれだけの器と力がある。

 ――逆に、貴女の見ている彼には……どうしても辿りつけない訳があるではないですか」

ラジュエラは一瞬だけ眼を見開いてオルドを見た。
でもすぐに元通りの顔に戻って小さく頷く。
「……ああ」
彼女の言葉を肯定する。
コウキには“足りない”のだ。
誰が見ても明らか。
でも――
「なのに――なのに、何故貴女はそんな眼をしている……!
 私達を見縊<みくび>っているのですか!?」
オルドが吼える。
彼女の発した完全な敵意にも微動だにしないラジュエラ。
「見縊ってなどいないさ」
視線を交差させて尚、敵意に笑う――。

「だが……貴様の方こそ計り違えている」

言って、少し――人に近い笑顔を見せた。
「ははっ……つまらん!」
高い空に声が響く。
「そんなものはつまらん言い訳だ!」
彼女は笑いながら両手を広げる。
「足りない? そんなものすぐに補って彼はノヴァの前に立つ。必ずな」
自信に満ち満ちた眼。
金色の髪が靡いて、あまり開かれない眼を珍しく開いて風の訪れと共に笑う。
普段表情など意味がない。
こんな時でも大した意味はない。
でもその表情にオルドは絶句した。
「理屈じゃない!

 壱神幸輝はオカシイ! あははっ!」


無垢な少女のように――ラジュエラが笑った。
オルドに戦慄が走る。
怖気に近いソレは久しぶりに背中を突き抜けた。
神となってソレを恐れる事など稀。
何故ここに来てラジュエラがこうも笑うのか。
彼を信じてしまっているのか。

「貴女は……!

 戦女神を降りる気ですか……! ラジュエラ……!!」

声は返らず――彼女はただ笑っている彼女を見た。







*ジェレイド







「――デーモンズ・カースト――!」


その声を聞いた瞬間、

アスカがアスカではなくなった――。

「ナンやアレ……! ルーメン! 壁出せるか!」
「カゥ! クゥゥ!」
「ああっ! それでええわ!」
数十秒しか持たないそうだがそれで十分。
あとは大ボスに仕掛けてきた足止めもそれほど持たない。

アスカの後ろに浮くカードが100という数字を表示して赤黒く禍々しい光を放つ。
ゾンビたちの前に立つアスカは先ほどまでと違い、動く事を止めた。
目の前にいるボスらしいやつに眼くらましをかましてアスカの方へと走り寄る。
「づっ……! デーモンズカーストやって……!?」
痛みの走る眼を押さえてそのカードを“視る”。



デーモンズ・カーストは狂鬼神化または鬼神身分と呼ばれる――シキガミ制御術。
第一段階は隷属・神子隷従化。
第二段階は平属・狂化。
第三段階は竜属・感情制御化。
第四段階は神属・狂神化。
攻撃百回を基準に変化、第四段階以後は変化しない。
尤も第四になればシキガミの暴走と言っても過言ではなく、視界に入るもの全てを壊す。



酷使した眼を押さえて薄目にでアスカに目をやる。
カードの奴もうちょっと手加減して情報を渡せや……っ!
一気に流れ込んできた情報を脳みそで理解するのに数秒。
だがすぐに取り戻して舌打ちが出た。
「チィッ……メンドイ術を発動させよって……!
 アスカ! 血ぃ頂戴!」
「はい」
「うわぁお! きもちわるっ! 『はい』ってキモッ!
 えっ!? つかマジか!?」
ぞわっときた肌をさすりながらアスカを見る。
こいつがこんな素直なわけ無いっ!
つーことは本当にコレは――第一段階ってやつか……。
手を差し出すのかと思いきやカバンをゴソゴソ漁りだす。
「はい」
小さい瓶を取り出して渡してくる。
なに? と思いつつ受け取るが――ああ、血……って!
「おまっ! んなモン持ってたんか!」
「持ってた」
小瓶に入っているのは鮮血。
空気と一緒に入れると凝固するし管理が意外と大変な血。
その為に鮮度を保つ術式を思い出して小瓶に書き込んだ……大変やった。
大っっ分前渡してたのだがコレが今頃!?
「はよ渡せや! ありがとなぁ!」
「次は?」
全くこっちから視線を外さないで聞いてくる。
こ、怖いなこの状態。
「あ、ああ……戦うで?
 ゾンビ殲滅っていけるか……?」
「はい」
ぞわっと鳥肌が立つ。
「あ゛あ゛あ゛っ! 行って来いアスカぁ!
 短縮唱歌:黄昏の月に杯を掲げ満ちる聖水を刃に変えよ!
 蒼雹矛双<そうひょうむそう>!!」


――ズォッッ!!

気迫が満ちる。
コレは殺意か――!
純粋な殺意に満ちて

「了解――神子様」

そんな声が聞こえた。
なぁ、正直言うで?
毎日毎日キモイやら死ねやら近づくな言うあいつがこうも従順な態度やと……
気っっ持ち悪いだけやぞ!?

アスカは双頭の矛を持って構える。
「ルーメン! 壁を解除!」
「カゥ!」
言うとすぐにルーメンは壁を解く。
多分今の状態のままだと自ら壁を砕きかねん。
障壁が消え、ゾンビたちが一気にこちらに向かってくる。



「――死ね」



いつもの声が、いつもの言葉を吐く。
だが、こんなにも重かっただろうか――?

「術式:万華氷刃倍化――!」
ガギギギギギッッ!!
氷の刃の登場。
一気に最前線にいたゾンビが串刺しにされ後退する。
ブォッッ……!!
いつもよりずっと重い音を出して矛が動き出す。

ィンッ……真横のカードの数字が98になる。


「連式:無想蓮華<ムソウレンゲ>!!!」

アスカが連式を叫び走る。
倍化された氷の刃が部屋の中を所狭しと舞い踊る――。
刃の大きさは氷によって5倍ほど。

フォンッ――ズシャァァァ!!
一閃で前半分のゾンビが吹き飛ばされ、崩れ落ちる。
アレを目の前にしても彼女は一歩も引かない。
アスカは飛び上がり、果敢に敵の渦中に飛び込む。
そのまま空中での一撃――
フシュッ――ゴシャァァアアッ!!
地面を容易く抉る巨大な斬撃。
無想蓮華は威力の増大――。
倍化のように物理化しないが彼女の非力さを補うもう一つの術式。

フォンッズシャッッビュゥゥッ……!
繰り出される連撃。
ゾンビは近づく事もできずに
その傷口から凍りつき、動きを失っていく。
それに――
――ィンッ!!
最後の一薙ぎ。凍りついたゾンビを砕く容赦無い一撃――。

本当に容易く、その戦いは終わってしまった。

カードの表示は90。
一撃ごとにマイナスしていく計算だろうか。
百手も要らなかった……たったの十手。

あっけなさ過ぎて、笑える。
強いやん、アスカ――。


『オオオオオォォォオオォォオォ!!!』


ビリビリと声が響く。
あの――ホネが足止めを解いたようだ。
「やばっ……アスカ!」
「了解」
殲滅を終えたアスカが一気に走り寄る。

ガヂィィッッ!!

氷の刃が骨の表面に当たり――止まる。
は、さっきから単発でちまちまやっとったが全くきかへんかったのはそのせいか……!
アスカはそれに戸惑うことなく身を一端引くと距離を取ってまた同じ場所に攻撃を繰り出す。
ああ、あれがきっと正しいのだろうがあのままでは埒があかない。
カウントが80、70とすぐに減っていく。
次の状態は“狂化”だったか。
……いやな予感しかしない。


キュッ……
小瓶の蓋を開ける。
掌の半分にも満たない本当に小さな瓶。
実はあまり血は好きじゃない。
なんつーか血やし。
まぁ……ヴァンパイアとしてどうよとはよく言われる。
あまり血に馴染まなかったせいか、種族改変前も最弱の城主だった。
だが――少量でも血を飲めば。

……ゴク……ン――

「ぷはっ、アスカの血ぃ飲みやすくてええなぁ」
瓶に蓋をしてポケットに入れる。
「アスカもがんばっとるし、ちょっとだけワイも頑張ったるか、な」
顔がにやける。
この感覚。
背筋からジワジワと溢れるマナを感じ血が沸き立つ感覚――。


左目を瞑ってボスへと近づく。
「アスカ、さがってええで」
「――了解」
その後の行動は早くかった。
斬りつけていた場所を変え、身体の中心を思い切り突いて相手を引かせると後ろ跳びに身を引いた。
カードのカウントが8を記録した。
危なかったようだ。
解除条件はイマイチ不明だがひとまずは引いていてもらうか――。

骨はアスカにしか意識が行っていないらしくそのままアスカを追う。


「収束:800 ライン:右眼の詠唱展開
 夜の牢獄<ノックス・アバディーン>!!」

ガシャアアアアアッッ!!!

真っ黒な闇の格子の檻が骨を囲む。
そう、先ほど足止めをしていたのがこの術。
敵の周りを闇の属性をもった檻で囲む。
「悪いなぁ。さっきまでは本気やなかったわ――」

ガシャガシャと格子を掴んで暴れる骨。
解体すれば骨のひとつひとつなら出れそうだが。

「収束:5000 ライン:左眼の詠唱展開――
 血食王の晩餐<ヴィン・ドール・ブラン・ディア>!!」

格子の真下に血のように真っ赤な空間が広がる。
煉瓦の床を侵食するように丸く広がって格子全体を覆った。
中のあいつは危険を感じたのか更に格子を強く揺さぶる。

パチンッと指を鳴らす。
「……侵食<エイメン>」

ズズズズッッ!!

赤い幕が檻を覆って半円の真っ赤な球体になる。
まるで血の中で暴れているようだ。

だがそこにいれば徐々にその力を無くしていくぞ――……骨の守護者。

――そう、動くための力――マナを吸い取られている。
大昔の魔法か何かは知らないが、必ず動くためにはマナが必要。
アルマの発動にマナが必要なように人が動く、モンスターが動く事にもマナが必要なのだ。
用はソイツを無理矢理取り除けば――そいつは動けなくなる。
ヴィン・ドール・ブラン・ディアという四節の法術は場所固定のマナを吸い上げる術式。
よって敵を動けなくする檻の法術と併用したのだ。

術式は節が多ければ多いほど強力で難しい術になる。
この術は収束五千以上五千百未満で術を行使しなくてはいけない。
それ以上は意味がなく、自分のマナを食われる。
逆に少しでも足りなければ発動せずマナを食われる。

『オオオオオオオオオオォォオオォォ!!!』

骨の守護者が雄たけびを上げて術中から飛び出してくる。
まぁ……そんなもんやろう。

「アスカ」

再びアスカが飛び出し氷で倍化した矛を振る。

ブンッッ!! ガシャアァアア!!!

右腕の骨が勢い良く飛び散る。
当然だ。
自分の硬度を保っていたマナを吸い上げられたのだ。
よって――アスカに攻撃されていた場所はモチロン、全体の硬度はあの氷に劣る――。
カードの数字は残り7。
「――ハッッ!!」
アスカが勢いに乗って連撃を繰り出す。
足を狙ったなぎ払いは避けられたが、剣を弾き左手を砕く。
カードの数字は残り2。
「アスカ引け!」
「はい」
そして、アスカを引かすと立ちすくむ骨の守護者。
次は何をする?
イタズラ心、次の手を待ってやる事にした。
「ほれ、最後や、なにする?」

『ガアアアアァァァァ!!!』

突進。
捨て身の最後。
「……なんや。そんなもんかい守護者――」
何百年前の迷宮かは知らないが、そこまで術式は施されていないという事か。
「興醒めやなぁ――」

ブンッッガキィィインッッ!!

氷の刃がソイツを止める。
鎧は名のあるアルマなのだろうかマナを吸われて尚氷の刃は通さないようだ。

――カードの数字は1。

手を翳す。

「収束:5000 ライン:眼の詠唱展開
 夜の紅い斬風ノックス・ウェントルベラ

アスカがそいつの元から離れると守護者の周囲は闇に包まれる。


赤い風は隙間さえあれば何処にだって入るし刻める。
骨の着た鎧など斬ってくれと言っているようなものだ。
そして紅い斬風が舞った――。








夜の空間が消えると同時にガゴンッと階段が降りてきた。
「ういしゃー。終わったでーアスカぁ」
そのタイミングでアスカを振り返ってみる。

「ふぇ? あっ? えっ!? ゾンッ……!? 女神様!?
 終わったの!? あれっ!? なんでこんなの持ってるの!?」

絶賛大混乱中。
面白いほどキョロキョロとしている。
「大活躍やったなぁさすがアスカ!」
なんていいながらパンパン肩を叩いてみる。
「え、あ……うん。ま、まぁね……?」
不思議そうな顔でとりあえず返事をするアスカ。
ふーん……戦いが終わった、となればその効果が切れる……と。
そのときの記憶はシキガミには残らない訳だ。
なるほど。これなら甘ったれのシキガミでも強制的に戦わせれる。
先ほどまで全面に会ったのは闘志、もしくは殺意。
隷従の間は言うこと聞いてくれるやろうけど狂化は怖い所やな。
発動条件はまたラティスにでも聞いておくか。
「な、何……?」
アスカをジロジロと見ていたので何となく不満そうな顔をするアスカ。
「あ、そや。ありがとなこれ」
そう言ってポケットから小瓶を出して渡す。
「……あ! な、何でソレジェレイドがっっ! 死ねばいいのに!」
「いや、くれたのアスカやし」
「嘘っ!?」
「だって持ってたんアスカやろ?」
「そ、そうだけど……っあれ……っ?
 ルーちゃんあたしおかしいよ? あれっ?」
「カゥっ」
律儀に大丈夫かと聞き返すルーメン。
「ルーちゃん……うん。大丈夫。ルーちゃんも大丈夫だった?」
「キュゥゥ」
「かわいいーっうん。まぁいいよね倒したんだしっ。
 もうあたし達戦わなくていいしっ!」
「現金な奴やな。ちょい時間食ったしとっとといこか」
「わかってるって! ルーちゃんいこーっ」
そう言って上機嫌に階段を上っていくアスカ。
まぁはしゃぐ気持ちは分からなくも無いが
まだ迷宮は終わってないとちゃんとわからせんとダメやなぁ。
溜息付いて階段を上る。
さて、次はどんな事があるやら。

「ぎゃあああああああっっ! ゾンビぃぃいぃぃぃ!!」

結局、またくっついて移動する事になるようだ。



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