第85話『暴走珍道中』
*コウキ
「よっしゃー! 今何階?」
なんか上がってるような横に長いような迷宮。
冒険真っ只中な俺たちは今地下フロアで何階なのかよくわからない。
「上に上がった階数でしたら3階です」
3階って事はもう結構上ったのか?
いや……でも洞窟降りた感じでは地下20階ぐらい降りたよな絶対……。
全く……デパートとかなら階段のそばに階段だから超楽に上れるのに。
まぁ迷路がそんな親切設計でも逆に戸惑うけど。
「最初がタケ、今戦ってたのが四法さん。
まだ俺とキツキが戦ってないから……まだまだかぁ……」
「順番が良くわかりませんね。いつでも戦える心構えで挑みましょう。
お二人とも気を抜かずにっ」
『はーいっ』
俺とシルヴィアが元気よく手を上げる。
「では行きましょう」
「めんどくさいんだよねー……プチ抜いていい?」
そういって斜めに見上げるシィル。
「ダメです。さっき力を温存しろと言われたばかりではありませんか」
「むー。楽でいいと思うんだけどなぁ」
「でも何処に部屋あるかわかんないし。
マジメに探すのが一番だよ」
色々と変な博打よりは堅実な方が危険も少ないし良い。
「じゃぁそうするわ。コウキ行って良いよ」
「おうっんじゃ出発……!」
俺は頷いて前を振り返って踏み出す。
「コウキ?」
「そっちは壁ですよ?」
開始五メートル。
早速なんかオカシイ。
「いや……うん」
「疲れているのですか?」
あ、あれ……? オカシイな……。
俺はもう一度振り返って目の前の道を見る。
ただ真っ直ぐに伸びた道。
そこに一歩を踏み出す。
「よ、よしっしゅぱーあああっあるぇぇぇ!?」
ぐるーんと世界が回って右を向く。
な、何だコレ!?
「こ、コウキ?」
「大丈夫? 頭とか足とか」
「何で頭の心配が先なんだよぅ!
っていうかおかしいぞここ!?」
俺はちゃんと道を向き直った。
目の前に道が見えた。
一歩を踏み出した。
目の前が壁だった!
あっれ!?
「ったくもーしっかりしてよ」
「いや、おかしいって!」
「頭が?」
「道が! どうして俺をおかしくしたがるのさ!」
「だってコウキだし」
「チクショウ! ここは俺じゃなくて道がおかしいのっ」
俺はファーナと同じ位置まで下がって道を指差す。
「ほんと〜?」
シィルが試しにと俺と同じ場所に立つ。
「なんともないじゃん?」
キョロキョロと周りを見て両手を挙げた。
「一歩歩いてみてよ」
「あっはは。そんなのかーんたああああれ!? 壁になったよ!?」
一歩踏み出した瞬間、グルッと回って右側を向く。
俺と同じだ。
「ほら!」
「……コレは法術の罠ですね。このままでは進めません……」
ファーナがペンと紙を持ったまま腕を組んだ。
シィルもオカシイなといいながらこちらに戻ってきた。
「走って突っ込んだらどうなるんだろ?」
「それは右の壁にぶつかってしまうかもしれませんね……」
ファーナが言う横でぐいぐいと準備運動をする。
「コウキ、悪い事は言わないので止めた方が……」
ファーナが俺を振り返る。
どうやら俺のやらんとしていることはお見通しのようだ。
「ものは試し! ぃぃっいやっほぅ!」
「……はぁ……」
わかってはいたんですが、と後ろで溜息が聞こえたが気にしないことにした。
助走はほぼ無いが進行方向の道に向かって飛びつく。
「プッ!!」
案の定――。
俺は壁にぶつかってズルズルとずり落ちる。
ジャンプしたのに何故か右の壁の方を向いて飛んでいた。
どうやら本格的に法術のようだ。
「アタシも! アタシならいける! いやっほー!」
シィルが勢い良く踏み出す。
「な、何故っ?」
流石にファーナが突っ込んだ声が聞こえたが――
「ぎゃんっ!」
「おふっ! ま、まだ俺いるのに……ぐふっ」
俺を壁と強烈な体当たりで押しつぶす。
「ファーナ〜アタシでもダメだったよ。
でも当初の目的は果たしたっ」
そして彼女は何事も無かったかのように頭をさすりながらファーナの元に戻っていく。
どうやら俺を潰す気満々だったらしい。
俺は壁に張り付いた状態で放置される。
「ええ……。そのようですね。運の良し悪しではありませんねここは。
コウキ、何を遊んでいるのです貴方も考えてください」
「扱いが酷い……っ」
そういいながら壁からはがれると埃を払う。
もう少々汚れてもびくともしないくらい汚れている。
「全く、自業自得でしょう」
「そうそう。コウキもしっかりしないとダメよ〜?」
「はい……つか、シィルもやっただろっ」
「アタシはいいの。しっかりしてるから」
「して無いよ! むしろ一番子供っぽいし!」
俺より子供だ! 姉御っぽいって思ってたシィルは何処!?
「ガキっぽく無いっアタシゃ自然体なのっ」
それじゃ余計にガキじゃん……。
だって飛ぶ前アタシもって言ったし。やりたかっただけじゃん!
俺もだけど!
*ファーネリア
「で、どうする? 志向を変えて斜め四十五度に突っ込んでみる?」
左側を斜めに指差してコウキが言う。
「何の志向が変わっているのですか?」
結局壁に向かう方針が変わっていない。
「いや、必ず九十度曲がる障壁ならそれでいけるじゃん?」
確かにその考えはなかった。
「なるほど……? では試してみてください」
言う前にまた準備体操らしき行動を取っているので行かせて見る事にした。
「うっし! そいやあああ!!」
言ってコウキが走る。
そして無駄に跳ぶ。
受身が取りづらいから止めればいいのに――コウキがその場で百三十五度回転して右に突っ込む。
ビチーン!
「ぷもっ!」
距離が取れたせいか盛大にまた壁にぶつかりズルズルと落ちるコウキ。
そんなコウキを見てシルヴィアがプッと笑った。
「コウキっておバカ〜」
「シルヴィア……貴女は何をしようとしているのですか?」
体を伸ばすシルヴィア。
それはそう、さっきのコウキと同じ走る準備に相違ないと感じた。
「正面の壁に突っ込むと右に行くんなら……左の壁に突っ込めば正面に行けるに決まってるじゃん!」
満面の笑みでそう言い切る。
「なるほど……? では試してみてください」
そうも自信たっぷりに言われては否定でき無い。
「あはは! 簡単簡単っっ!!」
今度はシルヴィアが走る。道幅は5メートルほどだが助走としては結構な物になる。
ビターン!
「ぷむっ!」
そして、分かっていた音を立てて壁にぶつかるとズルズルと落ちた。
何も見なかった事にして私は壁を振り返る。
「さて困りましたね……どちらも壁にぶつかるのでは向かって行く事は無意味なようです」
向こうへ向かえば右へ。左に向かえばそのまま壁。
後ろ向きになって入ってみるなんて変な考えが浮かんできたが却下する。
『じゃぁ戻ればいいんだ!!』
パァンッと両方の壁際で手を打つ音が聞こえる。
驚くほど息がピッタリだ。
何を思って確信したのか道を戻ると選択した。
「アタシが先!」
「俺が行くっ!」
『うおおおおおおおおお……!!』
二人が階段を下りていく。
どたどたと騒がしく、さらに言い合いも続いている。
何時の間にあの二人はあんなに仲が良かったかと考えたが、
いつも誰とでも仲の良いコウキにソレを考えるのは無意味なのだと最近気付いた。
そんな訳ですぐにそんな事を考えるのはやめて、障壁を見上げた。
試しに一歩踏み込んでみて、右を向くという現象を確認した。
手を通しても何もおきないが足を出せば右に行く。
手だけなら進めるのかとも考え、試しに境界の向こうに手を付こうとしたがソレも右側に変わっていた。
向こうに進むための行動が全て右に変えられてしまうようだ。
むぅっと考え込む。
そしてさらに数十秒後――
『た……ただいま……はぁ……はぁ……』
二人が息を荒くして帰ってきた。
「お帰りなさいお二人とも」
さて、と腕を組みなおして二人の前に立った――。
「テンションで暴れるのは結構ですが時と場所を考えてください。
貴方達が居なくなると困るのだと何度言えば分かるのですっ」
『はい……』
コウキとシルヴィアが正座で俯いている。
この光景は何度目か……。
ああ組み合わせはいつも違うけれど必ずコウキはいた。
閃き方としては頭が悪いわけではない。
頭の回転は速いし、行動も早い。
成る程……頭がいい、と馬鹿というのは意外と仲良く共存してしまうようだ。
だから紙一重というのですね……。
「まぁそれはもういいです。
それより早くここから抜けましょう」
「ぶっちゃけヴァンに聞けば早いんじゃない?」
どうやらアンサーを出してしまうようだ。
一緒に居て然るべきかの賢人に聞いてしまえば答えはすぐに出る確信があった。
「あ、そっか! おーーーいっ! クソエルフ〜!」
遠慮なく呼ぶシルヴィア。
そういえばシルヴィアの前でだけあの人は元の性格を見せる。
それだけ仲がいいということだろうか。
するとすぐ氷の板が現れた。
どうやらここに留まってくれているらしい。
何となくホッと一息つく。
『教えてあげますね。
まぁこの程度思いつくと思って傍聴していたのですが
どうやら思わぬバカドラゴンのせいで手間取っているようですのでお教えします。
まずこのトラッ』
シュバッッ!! バリーーーーンッッ!!
急に光が板を砕く。
「くわーーーーーっっ!! 誰がバカドラゴンだクソエルフぅぅ!!」
クワッとシルヴィアからプチブレスが出たのだ。
モチロン今砕けたのはヒントか答えかの氷の板。
「お、落ち着いてくださいシルヴィアっ折角書いてもらっていたのに!」
「ふん! もういいよ! あんなの知るかっ! アタシ等だけで解くっ!」
シルヴィアが怒り散らかして暴れている。
「あ、あの解けないから聞いているのですが……
というか、空間越しにまでケンカしないで下さい」
「ふん、いいって。実はすぐ解けるんだよっ」
再び氷の板が出現し、ホッとする。
『そうですか。では、頑張ってくださいね。
そろそろ、お先に失礼しますね。
貴方達以外は皆進んでますよ? では』
唖然とした。
その文字を読みきってコウキと眼を合わせてパチリと同時に瞬きをした。
そしてもう一度氷壁に目をやって文字を読み直すが何度読んでも――
「み、見捨てられたーーーー!」
コウキが叫ぶ。
こうもあからさまに突き放されるのは初めてで色々戸惑う。
「ヴァっ、ヴァンツェ!?」
『PS.実は意外とすぐそこにヒントがあるので。
頑張って下さいねお二人とも』
すでにその板はわたくしとコウキしか見ておらず、シルヴィアは壁を前に首を傾げていた。
見えているのでは……?
とも思ったが素直にそのヒントに感謝して消える氷壁を見送った。
「すぐそこにヒント……壁とかかなぁ」
コウキがすぐ動き出す。
こういう所は流石だ。
私も炎を人数分に増やしてそれぞれの作業をしやすいようにする。
コウキが壁にいくなら私は足元を調べてみようと火を動かしながら床を見て回る。
「んー? なんか埃で埋まってたみたいだけどなんか書いてあるぞここ」
コウキが何かを見つけたようで手でバサバサと壁を綺麗にしている。
「えっ! マジ!?」
シルヴィアが飛びつくようにソレを見に行く。
「マジマジ。えーと……」
私もソレを見に行こうとして、触っていた床の異様な感触に視線を戻した。
床も砂埃などによってやはり砂っぽいのだ。
この迷宮のせいで随分と汚れた手袋で砂を払う。
するとガラスのような半球体のものが現れた。
「二人とも、ここにも何かありますっ」
「え、ホント? 法術鏡ってやつ?」
「鏡――ですね」
言われて見れば確かに自分は球面に映っている。
「えっとこっちに書いてあることと併せるとそれにマナを同時に注げばいいらしいよ」
「同時?」
「二つあるみたい。えっと……反対側だから――あ、ここか」
「ついでですっコウキ、掛け声を出して触ってください」
「あ、うん。せーのっ!」
キィィィンッッ!!
甲高い音が鳴って障壁が青白い光を持った。
パキィン!
その障壁に真っ白なヒビが入ると、ガラスのように散る。
細かく散り散りになりまるで花が散るように綺麗だった。
そして眩しさに眼を閉じて、もう一度開くと目の前には元と同じ空間。
コウキが一歩踏み込んで「進めるっ」とこちらを振り返った。
「開きましたっ! 本当に簡単でしたねっ」
思わず大きな声でコウキと喜ぶ。
手の込んだ法術罠は初めてだ。
ダルカネルの塔でもいくつかあったが計算された物理とラップの方が多かった。
コウキに掛け声をやらせたのはコウキがマナを常に放出する人間だという事を利用したのだ。
……まだ制御方法を習得できていない。
一度習ってはみたが感覚がさっぱりらしく全く制御できないらしい。
まぁそんな彼と併せてこの鏡にマナを放出し、トラップを解いた。
「おーっすげっ!
で、何でそんな落ち込んでるんですかシルヴィアさん」
コウキが壁際で落ち込んでいるシルヴィアの肩にポンと手を置いた。
「アタシ……全く役に立ってない…………」
ズーンという効果音と共に読めなかった文字の前で俯いていた。
「…………」
「…………」
思わず無言でコウキと見合わせる。
「だ、大丈夫ですよっシルヴィアはこれからですっ」
「そ、そうだって。まだ折り返したばっかじゃん」
二人で言って慰める。
「そうだよ……そうだっアタシはこれから役に立つっ! うん!」
そう言って立ち上がる。
良かった。すぐに元気になったようだ。
実はあんまり落ち込んでないだけだ気付くにはもう少し時間が掛かったが。
「よしっぐずぐずせずに行くよっ」
そう言って彼女が道の先を指差すと――急に氷の壁が出現した。
『ドンマイ』
急にそう描かれた氷の壁――。
モチロン氷の壁に言葉が刻んであるのではなく、
氷自体でその文字を作り出して宙に浮いていた。
指差す手がプルプルと震えるシルヴィア。
「あ、あの、シ――」
「くわあああああ!!」
チュオオンッッ!!
彼女の口辺りから高エネルギーの術が放出され、その氷を消し去る。
割と本気で撃ったらしくプチブレスは勢い良く直線を描いた光線となった。
彼女は肩でフーッと怒った猫のように息を荒くし、術後の薄い湯気のような煙が出ている。
「クソエルフぅぅぅぅ!! 出て来い! 消してやる!!」
どうやら本当に犬猿の仲のようだ。
シルヴィアは誰も居ない空間に向かって叫び続ける。
そうやって叫んでもキツキにしか聞こえていないのに……。
「ヴァンって……絶対反応が面白いからやってるよな」
コウキが虚空に向かって怒り散らかしている彼女を見ながら言う。
「……でしょうね……空間越しに笑っているのが見える気がします」
きっと壁を叩いて笑いを堪えている。
ああ、きっとそうに違いない。
「まぁまぁ。シルヴィア、どう考えても空間は越えれません。
だから攻略してから文句を言いましょうっ」
個人的に、見捨てられたのは少し効いた。
まぁこれも後で主張するべきだと思う。
「あああもう! 絶対ボッコボコにしてやる!
ほらっ行くよ二人とも! もうアタシが前でいい!?」
「いいよー。飽きたら代るよ」
「よしっ! 待ってろクソエルフ!!」
そう言って彼女は小さく走り出すように進み始めた。
私もコウキと笑いあってその後に続く。
「ぷっ!?」
数メートル後、彼女はまた右側の壁に激突していた。
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