第86話『全力と危険』

*ファーナ


 ――順番に意味があるのかどうかは知らない。
 だが出てきた順番に考えれば4人と言われた守護者のうちの2番目に強いと思われる存在。
 古い世の守護者とは言え、王の守護ならばなんら特別な能力を持って居てもおかしくない。

「次は俺ら?」
「みたいだね〜」

 部屋に入ってすぐ、コウキが東方の剣を抜いて構えた。
 その部屋の中心に妙に違和感のある石棺が一つ照らし出された。
 シルヴィアも警戒している為、髪の色が青く変色する。
「そうですね。気を引き締めていきましょう」
 自分もそう言って剣を引き抜いた。
 西方の剣が気を帯びて微かに赤く光りだす。


 ――そして、部屋の主が自らの石棺を開いた。


 ……此処に来てからなるべく心を殺すようにしている。
 何も感じないふりをする。
 生理的に気持ち悪いものの集まるこの場所では本当にそうしないと踏破できない。
 今更何を見たところで怖気づく事はなかったが――別の意味の厄介さを感じた。
 全身鎧の騎士。くすむ事も無く輝きを見せるあの甲冑は間違いなくアルマと呼ばれる存在だろう。
 そしてその武器は剣ではなく槍。
 その姿は――なんとなくグラネダの騎士のひとりに似ているかなと感じた。
 王国騎士隊の隊長である彼女も槍に精通した使い手だ。

 そんな鎧に臆することなく二人が立っている。
 何か考えているのだろう同時に一度視線を外してコウキは一つ息を吐いた。
 そしてシルヴィアと目を合わせて頷く。
 何故かここに来て妙に気の合うようになった二人はアイコンタクトで通じているようだ。
 そしてわたくしにも視線を送ってくる。
 役割は決まっている。
 わたくしは援護に徹する……術士としての役割を果たすのだ。

 頷くと同時、コウキがフロアを蹴った。
 シルヴィアも高らかに振り上げた剣を目標に向かって投げる。

「ふんっっ!!!」

 ガゴォ!!

「うりゃああっ!!!」

 ガギィィッッ!!


 二人の振るった剣はその鎧に阻まれる。
 そしてさらに声をそろえた。


『硬っっったあああああああああッ!!!』


 勿論の事勝利の宣言ではなく、その強度に叫んだのだ。
 シルヴィアは剣を引き、コウキもすぐにこちらに戻ってくる。

「術式:火狐の三爪<イングニヴェルペス>!!」

 その攻撃の間をわたくしの放った術が駆ける。
 焔の精度が上がってきたのか最近の術は赤が濃くなり中心は殆ど青。
 コウキに言わせれば完全燃焼と言うらしく炎としてはいい状態らしい。
 三つの焔は地を駆け鎧に迫ったが槍に大きく薙がれ、かき消される。

「ファーナ! 滅茶苦茶固いぞ!」
「……そのようですね……。特にシルヴィアの剣が止まったということはかなりの代物のようです」
「でもアイツ法術避けたし。法術は効くよたぶん」

 シルヴィアが言ってアウフェロクロスの鎖をジャラジャラと伸ばす。
 ――戦闘では基本的に落ち着いている。というか彼女のテンポは変わっていない。
 元々戦争に生きていた人間だからだろうか。妙に彼女を頼もしく思える。

「コウキ。なるべく足止めして。捕まえるから」
「わかった。んじゃ右からなるべく邪魔にならないようにしないとな」
「そそ。アタシの活躍に華を添えてよねー」
「任せてよ。来い骨!」
「そんなんじゃ挑発になんないし。もっと屈辱的に貶さなきゃ」
「えー」
 コウキがそういうとシルヴィアはスッとコウキの後ろに立つ。

「ハァッ! とっとと掛かって来いクソノロマ骨野郎が!
 そのチン○も付いてない身軽な体だけがウリだなんだろうが!!
 それともビビッてんのかッああッ!?
 長い棒は飾りか! はは! テメェのチン○もその根性みてぇな短さだったんだな!!」
 
 半分ほど聞いてわたくしは耳をふさいだ。
 その、あまり聞いていい言葉が発せられていない。

「コウキ来てます!!」

 コウキの避けた場所を白い線が通る。
 速い――!
 そして更にその線は止まることなく一直線の槍の突きが繰り出される。
「俺じゃねえええええ!!」
 そのまま二・三撃の突きと薙ぎをかわし、更に双剣で槍の先を止めた。
 ――何となくその攻撃をグラネダの騎士と重ねた。
 回転、手捌き、突き出し、引き返し、薙ぎ……。
 やはりその疑視感を拭えないまま手を翳す。
 どうしてもその光景が――あの人にしか見えない槍使いは似るのかと考えた。
 ――ズビュッ……!!
 さらに一撃、風を斬る重い音が響きコウキの脇腹を掠って服を裂いた。
「ぎゃー! 俺の一張羅がー! ちくしょうっ」
 喚きながらまたその位置を詰めようと踏み出すが、それを許さない槍捌きが高速の突きを繰り出す。
 二撃を捌いてさらに一歩踏み込んだコウキに石突の突きが襲い掛かる。
 剣を片方弾かれたが捻転からさらに一歩踏み込んだがそこに振り下ろされた。
 危ないと声に出しそうだったがコウキは手甲でそれを受け止め弾いた。
 ――やはりそうだ。
 
「下がってくださいコウキ!!」

 叫ぶとコウキは瞬時に槍の範囲外にと出る。
 本当に彼の反射神経には舌を巻く。
 きっちりと避けれる範囲で避けて限界まで近づいてみていたようだ。
 今度は逆にコウキへと詰めようと相手が踏み込んでくる。

 ジャラララララッ!!!
 鎖の金属音が長く鳴るとズンッとその甲冑がバランスを崩して地に膝を付いた。
 シルヴィアはいつの間にかわたくしとは反対側、敵の後ろに回りその隙を突いて鎖を投げたのだ。
 その瞬間に体が反応する。
「収束:100 ライン:右腕の詠唱展開固定!」
 このチャンスを逃すわけには行かない。
 急いで術を紡ぎ上げて術式ラインを走らせる。
 集中してマナの流れを感じてその流れを最大限までラインの上に乗せ限界できっちり流れを止める。
 あとはそのラインの上に乗せられたマナが次の変化の為に言霊を待つ状態。
 そこではじめて術式を宣言し――成功させる事ができる。

「術式:炎虎の咆哮<ライネガンツ>!!!」

 真っ赤な術式ラインから放たれるブルーの炎。
 それは人一人を簡単に飲み込めるほどの大きさで丸く固まり陽炎で軽く景色が歪む。
 最も炎として質が高いものが作りやすい術を行使する。
 術が有効なら直撃すればただでは済まないはず――!
 直撃を目の前にして、甲冑が飛び上がる。
 あの重い鎧を着てどうしてあんなにも高く跳ね上がる事ができるのか……!

「ぅりゃあああっっ!!」

 ガシャンッッ!!!
 甲冑がひと一人分跳ねたその上。
 コウキが声を上げてその甲冑を足蹴にして蹴り落とす。
 丁度両肩に当てる形で勢いを失った甲冑は蹴られて下向きに加速する。
 コウキは踏み台にした勢いで更に高く飛び上がっている。
 一撃目の法術はすでに甲冑の下を通り抜けた。

「連式:炎虎の咆哮<ライネガンツ>!!!」

 当たらないのなら無理矢理当てる。
 それを考えて実行する事を作戦と言う。
 まことながらそれは難しい事で実際考えた通りになることはほとんどない。
 それをアドリヴでカバーして動く事ができる事で現場での優秀さとする。
 コウキはその点において天性の勘、反射、思考すべてにおいて非常に優秀だ。
 彼の作るチャンスの一つをわたくし達が確実に生かしてこそ――仲間。
 再び術式ラインと相反する色の炎が空間を奔る。

 ボゥッッ!!

 甲冑に当たった瞬間、その炎が弾ける。
 火の線が体を走り尚進もうと甲冑の表面を駆け回る。
『ガアアアア!!』
 叫びのようなものを響かせて鎖から逃げ出す。
 ――どうやらちゃんと法術は有効なようだ。
 ブンッ! と体と槍を回転させ炎を払った。
 白い煙を引きながら再びコウキに向いて走り出した。
「うわっ!」
 コウキも同様に走りこんでた為法術は撃たなかった。
 甲高い金属音が何度も鳴り響き再び二人が均衡する。
「あっつ!! あっついぞこいつ!!」
 勿論それは先ほどの法術のせいだ。
「大人しく上向きに倒れて焼肉プレートになれええええええ!!」
 滅茶苦茶な事を言いながら突きの嵐の中を踊るように掻き分けて進んでいく。
「焼肉出来るようになってももうお肉無いでしょ!」
 シルヴィアが剣を閃かせるがそれも大きく風を斬る。
 あてても阻まれる事は分かっている。
 案の定それは鎧に阻まれて止まるが大きく体勢をふら付かせた。
 二人が左右に分かれて引いてやはりコウキのほうへと鎧は向き直る。

「うっは! 槍ってメッチャ厄介だなコンチクショー!」
 ――防戦。
 なるべく攻めようと言う姿勢も見えるのだが鎧に歯が立たないコウキは防戦に講じる事になっているようだ。
 私もなるべく隙を見て何発か法術を放つがやはりギリギリと避けられてしまう。
 大きな隙がないとやはり――。
「ファーナっ」
「はい!?」
 シルヴィアがいつの間にかわたくしの隣に立って腕を組んでいた。
 ――妙な事にいつも目立ち過ぎて困るぐらい暴れるのに今は大人しい。
 というより、何も出来ないのが正解なのであろうが。
「もっとおっきいの無いの?」
「術の事でしょうか?」
「うん」
「――あります。ですがわたくしは動くことができません」
 自分には大きなマナ損失になるが術として精度の高いものを知っている。
 黄昏の紅蓮の弾丸<アドル・イグニス・バレット>と
 夕闇の漆黒の弾丸<ネート・アウバリス・バレット>……。
 3節で平行連式できるこの術は火力も高くわたくしとも相性が良い。
 以前使用したときよりもずっと強い力で使える今なら――
コウキやシルヴィアの技に匹敵するような威力で使用できるかもしれない。
「うん。じゃ、それお願いね。ダメだったらアタシが気絶覚悟でプチブレスするから」
「……! はいっわかりました……!」
 シルヴィアは簡潔に淡々とそれを言う。
 ――なんだろうか、彼女に少し恐怖を覚えた。
 失敗した後の行動を話すのはそのフォローを任されているから。
 マナの損失に戦力の損失……何にせよ失敗すれば痛手になってしまうだろう。
「……ふぅ。ファーナ、お願い」
「はい」
「……アレはアタシ等じゃ倒せないから……」
 言ってふっと笑うと一転してまた厳しい顔になった。
 戦場に向かう騎士のような、凛々しい瞳に映るのは甲冑の槍騎士。
 それに重剣士が刃を剥き銀色の鎖を鳴らす。

 自分たちには倒せない。
 そんな言葉は彼女らしくないと思った。
 コウキにしても彼女にしてもネガティブな発言をしないのが特徴だ。
 シルヴィアが負けを示唆させるような言葉を出すのがとても珍しい。
 確かにコウキだってずっと剣とその持ち前の素早さで何とかかわし続けては居るのだけれど、
最初に比べてやはりスピードが落ちてきた。
 服が破れているのに怒っているような叫びも時折聞こえる。
 それに剣はもう意味を成しておらずただ防戦のみを強いられている。
 長い間歩いている事もある。体力にも底が見え始めている。
 シルヴィアがそこに加わるが、全てその甲冑に阻まれる。
 鉄をも曲げるような力であの剣を振り回すシルヴィアですらあの状態なのだ。
 無駄遣いもしたとは言え彼女は受命者たる実力は相当なものだ。
 そうその彼女が今、コウキに任せて動かない程――疲れている、のだ。
 よく見れば。
 彼女は肩で息をしてなんとか足を動かしているように見える。
 時折のピンチはコウキがフォローして防戦を続ける。
 ……っ、何時まで持つのか分からない。
 コウキだって弱音は吐かない。ただ自分で何とかするために頑張る。
 わたくしに頼ってくれるような事は――無かった。


 剣となってくれている二人は――もう、限界が近いのだ。
 ここに着て二人には負担をかけている。

 だがここに来て自分が役に立ったと言う実感が多い。
 ――今までコウキに頼りっぱなしだった自分が。
 少しずつ、少しずつ……成長の成果を出していた。

 ヴァンツェに言われた本を読んで術を覚えた。
 無限なる灯火<ルーフス>のようなものも役に立っている。
 遠距離からの攻撃でコウキ達の負担を減らせた。
 街を歩いて地図を見上げた。歩いたあの日見て覚えて書く事を覚えた。
 そしてココで、地図を書くことになった。

 助けなければいけない。それを感じた。
 コウキをシルヴィアを。
 先に進めさせなければいけない。

 今度は役に立たなくてはならないのだ。
 試練は順調。
 シキガミを試した後はわたくしたち神子。

 心臓が高鳴る。
 激しい緊張に襲われた。
 コウキと一緒に戦っている時にはこんなにも緊張した事は無い。
 この技を使う時はいつもこんなに緊張するのだろうか。


 西方の剣を両手で持ち、その刃を甲冑へと向ける。


「収束:1000 ライン:喉の詠唱展開」


 術式ラインを展開する。
 喉元から肩、胸、背中の術式ラインが真っ赤に浮かび上がる。
 肌から指一つ程度の隙間で大きく太いラインが喉元に通っている。
 そのラインは紋様のようで一人ひとり違う形をしている。血管のように様々なのだ。
 収束量超過をしては大怪我をする。
 しかしそれに怯えて惜しめば術は発動しない。

 喉の詠唱ラインは術士の生命線だ。
 その為か収束量も大きくなっている。

 両腕では足りないと判断した。
 片腕七百の収束量ではきっと大きさが足りない。
 先に放った術でも叫ばした程度で動きになんら支障は与えてない。
 ならば。収束700を二発放つより、収束1000の一発を確実にぶつける。
 量より質。
 ――自信がある。こと炎に関しては誰にだって負けない。
 剣に術式ラインが浮かび上がる。

 熱く。唯熱く。

 焔の神子が――紡ぐ。

「術式:新空の白銀の弾丸<カエルム・アーゼンタ・バレット>」

 ――ィィィィッッ……!

 身体の底から溢れる力を術式ラインへと乗せていく。
 この術式は初めて使う。
 紅蓮と漆黒と並ぶ三つめの術式。
 そもそもこの術は1000が基準値。それ以下は発動しない。
 一度も試した事はないヴァンツェから教えてもらったのがつい先日と言うものだ。
 集中力は過去最高。
 後はその時を待つのみ。





*コウキ



 縦横無尽な槍の軌道。
 正直、こんなにも厄介だとは思わなかった。
「――っは!」
 声を張って、身体を動かす。
 全力で全ての攻撃を回避する。それしか方法が無い。
「コウキ!!」
「何!?」
 声に反応して後ろにも攻撃が行き始める。
 槍を中心で操作しているため、リーチが縮んで俺も一歩近づいた。
「コイツの動きとめるよ!」
「いいけど!! 同じ事は出来ないだろ!?」
 ガキィっと金属音が響く。
 前後から挟んでも全く意味の無い相手だ。
 手数を減らして体力を持たせる程度にしかならない。
「別の方法!」
「それは!?」
「わっかんない!」
「わかったよ!」
 余裕の無い攻防の中でその返事を返す。
 考えている暇は殆ど無いが実行はしなくてはいけないようだ。
 大きな円を描いて振られた槍の一撃をかわすとそのまま後ろに向かって刃が進む。
 ――シィルが危ない。
 強がって動き回っているが彼女がもう体力もマナも限界なのは知っている。
 動きが大分悪く、それもあってあまり近づいてこなかった。
 
「わっ!」
 ガチッとその一撃を危なげに受ける音が聞こえた。
 ヤバイ。
 そこで気付いたのがファーナの詠唱。
 それと、心の動き。

 酷く落ち着いていて――闘志は熱いのに感情が冷たい。
 一瞬視界に剣をこちらに向けたファーナを見た。
 覚悟を術に。
 その刃を敵に。

 瞬時にやらないといけないことを理解した。
 俺たちは弱い。長い戦いで疲労を重ねればまだこんな奴にも負けるのだ。
 シィルの体力消耗は誤算だとはいえ、彼女が全力を出せればもう終わっていた。
 ――その為の試練だとしても、俺達の命が掛かっている。
 試されて、乗り越えて。
 繰り返しの中に居る俺たち。

 強くなるために。

 踏み出すんだ……!

「と・ま・れぇぇぇええ!!!」

 槍を弾いてまた一歩踏み込む。
 もうそこは俺の圏内。
 だが効かない剣はもう意味が無い。
 俺の仕事はただファーナの的に仕立て上げるだけ。
 ガシャアアアア!!!
 シィルと挟んでいたことによって出来た隙に思いっきり足を蹴り飛ばす。
 いっっっったっっ!!!
 本来生身なら――軸足の位置がずれるほどの衝撃で蹴られればそのまま倒れこむだろう。
 だが相手は甲冑。それは分かっていて蹴りを放ったのは一瞬でもこちら向きに体勢を崩させるためだ。
 声に出さずに歯を食いしばって痛みに耐えた後、その足でもう一度胴体を蹴り上げる。
 数センチ程度だが甲冑が浮き上がる。

「シィルっ!!!」
「はいッッよッ!!!」

 ガギィィィンッッ!!!

 シィルの渾身の一撃が更に高く甲冑を空中へと飛ばした。

『ファーナ!!!』

 二人で叫んだ。
 金色の髪が微かにゆれ甲冑を見上げる。
 その揺ぎ無い視線は甲冑に向けられ唯一つ、発動の一言を放つタイミングを待っていた。




 ――周りに居る、剣を振り上げた死体たちにも気付かずに。

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