第88話『王の呪い』
*コウキ
――やっとと言えばやっと。
俺たちは最後にたどり着いたんだろう。
扉ごとに一つ区切りがある。
その最後の扉と思われる4つ目。
それが目の前に静かにあった。
「長かったなー」
「疲れたわ」
「本当です。でももうひと頑張りです」
「あっはっは。いやぁ俺も滅茶苦茶疲れたよ」
プラプラとしながら笑うとファーナがジトッとした目でこっちを向いた。
「コウキはぶら下がっているだけでしょう」
「そうよ。女の子に担がせるなんてサイテー」
再び俺の商品<ケツ>が叩かれる。
「ちょっとまて。シィルが勝手に担いだんだろぅ! ぶら下がるのも辛いんだぞっ!」
「あたしのか細い腕で大の大人一人を運ぶなんて……っすんすん」
「嘘泣きすんな! 大体俺なんか剣と同じようなもんだろ!」
あの剣、実は滅茶苦茶重い。
重剣士ってほんと凄いなと思えるぞ。
持って振るぐらいは出来るかもしれないが……。
シィルみたいに投げたり、タケみたいにブン回すのは無理だと思う。
「でも荷物は荷物よ」
言葉にフィルター無しで俺の現状は表現された。
「スミマセン!! この荷物めがお邪魔ですみません!」
そうそのまま正に荷物。
目が付いて喋ったりするが。
「よろしい。宿に着いたらマッサージね」
「うげぇ。いいよ。俺のゴットハンドは今まで癒せなかった凝りは無いぜ!」
「……二人とも後でいいですから」
「ファーナもやる? マッサージいいと思うよ」
「え、遠慮しますっもぅ……行きますよ? 準備はよろしいですか?」
「いいよー」
「シィルがいいならいいよ。下ろして」
肩から下ろされて片足で降り立つ。
俺の右足は添え木にしているのは剣の鞘で包帯で脚と一緒にグルグル巻きにされている。
「ここで一端休憩ですね。この後どうなるのか良くわかりませんが一先ず休むぐらいはできそうです」
扉を押し開ける。
俺達の番じゃない。
もう俺たちの役目は終えている。次はキツキ達が――……。
まぁでもあの二人なら反則みたいなモンだし大丈夫だろ。
――コッコッ。
俺達の足音が静かな空間に響く。
アレだけ喋って今更静かなのも意味が無い気がする。
もし敵が居た場合、俺たちが居る事はばれてるわけだし。
いつかのワカメみたいにいきなり矢を撃ってくるとかも考えなきゃね。
地下の空間は埃だらけなんだけど何となく湿っててやな感じ。
地下生活っていうのも考え物だなぁ。
そういえばこの階はさっきの階より湿ってる。
水脈に近いのか地上が近いのか。
どっちもありそうだけどやっぱコケの生えた道はズルズルして歩きづらい。
片足でケンケンしてる俺もやっぱり歩きづらい。
ああ……健康体が羨ましいぜ。
「――ん。特に敵は居ないわね」
シィルの髪の色が青から赤に変わった。
信号的に言えば危険っぽいんだけど竜人独特の仮神化の影響で反転する。
元の色が赤茶っぽいシィルはネガ反転したみたいに青に変わって戦闘態勢になるのだ。
「やはり、わたくしたちの出番は無さそうですね」
ファーナが安堵の溜息を付いた。
「ってかココはエッライジメジメしてんのねー休むに休めないわ」
「戻っても座れるような場所は少ないですし。大人しく待ちましょう」
シィルは両手を上げてはぁいと言うと大人しくその場でストレッチみたいな簡単な体操をやった。
運動の後はそうした方がいいってタケが言ってたけどやっぱ本能的にやるのかなそういうの。
俺はキョロキョロと見回す。
ルーに荷物を持たせているとはいえ俺の持ち荷物は結構多い。
「ファーナ」
「はい?」
「あそこ乾かせない?」
「どこですか?」
「あの角っこ。右奥は階段下りてくるから危ないし。こっちなら大丈夫だろ」
「――そうですね。少し時間も空くでしょうし」
ファーナが俺の指差した場所まで行って手を翳す。
「ええと……――いきます。
収束:5 ライン:右手甲の詠唱ライン展開
術式:
――ジュゥゥゥゥ……。
その一片が熱された鉄板を押し付けられたように水気を無くして行く。
丁度荷物を置いて三人が座れるぐらいの大きさだ。
「……もしかして触ったらやけどするぐらい熱かったりする?」
「……手加減はしました」
俺は壁沿いにその一角に近づいて片手をその上にそっと掲げてみる。
真夏の煉瓦って感じだった。
よく考えたら沸騰って100度だよな。そりゃ熱い。
冷たいところを一気に沸騰させる熱量だ。もうカロリーとか気にしていられない。
「まぁでもすぐ座れるようになりそうだなこれなら」
「座る前に倒されちゃったりしてね〜」
「それでもちょっとぐらい休んでもいいだろ」
「それもそっか〜」
『はぁ〜』
まぁ物の数分で暖かい床になったそこに全員で腰を落として一安心の溜息を吐く。
俺が壁側で隣がファーナ。その向こうはシィル。
上着を下に敷いてその上に座った。その方が叩かれまくったケツに良さそうだ。
「ほほー……」
シィルがじいっとこっちを見ている。
「ん?」
何があったんだろうと俺が目をやると不敵に笑った。
「いやいや。何でもないのよ」
「……?」
俺が首を傾げると更に笑顔になって今度はファーナのほうを向いた。
「ね、ファーナっ」
「はい?」
「もうチョット寄ってよ。こっち狭い」
「あっはい」
ズルズル。とシィルが迫ってくる。
む。俺も寄るべきかと思ったがもうこれ以上動けない。
「あ……すみません」
「や、いいけど……」
ファーナが俺に密着する形になる。
モゾモゾと俺の右側で動くのでなんか凄く気になる。
ファーナは正座で座っていて荷物はシィル側。
「し、シィルぅ。そっちそんな狭かったっけ?」
「狭い狭い。よいしょっ」
「あー! 寝転ぶのかよ!」
「何? コウキも寝転びたいの?」
「そうじゃないけどさ」
「いいじゃん。丁度良い高さのファーナにでも寄りかかれば」
「えっ」
ファーナが俺を見上げる。
――滅茶苦茶、近い。
「ちょっと、おいっコラッシィルっ! そんなしたらファーナが潰れちゃうだろ!」
「コウキが潰れればいいのよ」
「なるほどぉ! ってなるか! そっち寄ってくれって」
「しょうがないわねーチョットだけ寄ってあげるわ」
シィルが起き上がって荷物を持つ。
そしてズズズッとその荷物が押された。
「ああ、助かる――ってこっちに来るのかよ!」
「よいしょ。ああもう疲れたわ。コウキのせいでありえないほど疲れた」
ああ、お姉さん、俺から発言権を奪うのをやめてください。
「ファーナ……俺はもうだめな子だ……」
左足を寄せておれがすんすんすることにした。
「あ、あのシルヴィア」
「すー……」
赤い髪のお姉さんは静かに寝息を立てていた。
寝ているフリにしても……彼女の横暴を咎める権利が俺には無かった。
………………ちくしょおおおおおおおお!
「……ごめん、俺立ってるから」
――結構時間も経ってる。
軽く寝るくらいいいんじゃないか。そうも思うし。
「いえっ構いませんっその、わたくしはあまり大きくはありませんし」
「いやぁ……でもさ」
「大丈夫ですっ」
「そう……?」
「はい……その、わたくしは寒がりなので、居てくれると、うれ、しい、です……」
小さくなっていく語尾に俺が赤面した。
「そ、そっか……っ」
か、カイロ代わりだ! そうだ!
使い捨てカイロは買った事は無いけどよく喜月から貰った。
メチャ暖かいなあれ。汗かくんだよ。
でもあったかいから良く使う。
基本的に体温高い俺はあんまり要らないといえば要らなかったけど、あるとやっぱり暖かい。
姉ちゃんとか冷え性だし、喜んでたなー。
何て考えていると、ファーナが俺の肩に寄りかかってくる。
ああ。全然構わないぞ。全然構わない。
そう言い聞かせながら揺らぐ炎を見る。
――なんか見てるだけで暖かいなあの焔。
遠赤外線効果ってあるよなあれもあるんだろうか。
結構近くにあるんだがホント動く炎は見ていて飽きない。
うーん。なんかファーナらしいな。その在り方が。
見ていて飽きない。
いつも何かを頑張っているし、一生懸命だ。
マッピングも綺麗だし。
「ん……? 何か、その、わたくしに?」
どうやら気付かれたようだ。
どうもこうもない心の動きって、ほら、伝わりやすい。
何を思っているかって言うのがわかる事は少ないけど感情がリンクする事は多い。
近ければ近いほど――リンクする。
「いや。何でもないけど、その……いや俺変なにおいとかしね?」
上着を一枚脱いでいるとはいえ、腐臭が心配だった。
「ん……。いいえ。コウキですね」
「そか……」
聞いて後悔した。
すっげぇ恥ずかしい……!
「コウキ」
「ん……」
「コウキも寝ていてくれて構いませんよ。わたくしは少し火の番があるので起きています。
何かあればわたくしが起こしますから」
「んー……いや。俺が起きてるよ」
「ですが、わたくしが休んでしまうと焔が消えてしまいます」
「俺の方が働いてないしさ。ファーナ眠いだろ? 全力でこの部屋見張るし。カンテラに火をいれよう」
ゴソゴソとカバンを漁る。
やっぱりキャンプだってやってきたし、そのぐらい俺だって持ってる。
長旅だしね。個人で持ってないと役に立たない物も多い。
「すみません……」
「気にすんなって。俺なんか一生癒えない心の傷になっちゃうぞ」
俺は脚を指差して茶化してみる。
「ふふ……たまにはいいです。コウキも役に立てない辛さを実感してください」
「うわぁ……もう十分辛いのにまだしなきゃダメかなー」
ソレを言うと、ファーナが少し悲しそうな顔をした。
――ファーナも辛いんだ。
俺は何も言わずに見なかった事にして火の玉から火を頂いてカンテラに灯した。
ソレをカバンの上に置いている剣の更に上。これでバッチリだ。
「うし。んじゃいいよ」
「はい。すみません……」
コテッと、再び俺に寄りかかってくる。するとゆっくりと灯火が消えて行った。
重さをんまり感じないけど、暖かくて。
熱を共有してるみたいな不思議な感覚。
腕越しに――この動悸だけでもばれないように。
「――これでもないか」
小さくシィルが呟いたが――俺にかけられた言葉ではなかったので聞き流した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……! ガゴォン!
音が響いてファーナとシィルが目を覚ました。
「ん……!」
「何の音……!?」
「階段だよ。降りてきた。準備して行こーぜ」
シィルは立ち上がって思いっきり伸びをして首を鳴らした。
昼休みのご飯後に寝るぐらいは休めたと思う。
ファーナが目を擦りながら少し寝ぼけた感じで俺を見る。
「オハヨ」
「お早う御座います……」
律儀に礼をして膝元に手を置いてうな垂れた。
……眠いのか。
「ファーナ。水飲んで。ついでに顔も洗っちゃえ。どうせ最後だし」
「ん……はい……」
大人しく俺に従うようだ。
……なんか、うん。面白いな。
顔を洗って水をのむ。
そしてフゥっと一息ついて俺とシィルを交互に見ると満足げに微笑む。
なんかすっきりしたっぽい。
そしてゴソゴソと準備を済ませて立ち上がった。
「お待たせしました。では行きましょうっ」
「はいよ〜っこらせ」
俺たちは階段を上る。
例によって例の如く俺は担がれました。はい。
世界は非情だった。
この世界は強くなろうとする者のみを祝福し、力を与えた。
ただ祝福されすぎる者に、その力を抑制する不幸を与える。
これも世界の運命。
シキガミに起こる四度に一度の不幸はそのためのものだった。
「宿命の不幸<ファートム>」
そう呼びかえられたりもする。
竜人にすれば天意裁判がそうであるし、他上位加護者にも違う形で訪れる運命。
失う事を恐れない者の結末は――死。
ソレを恐れる者は――力を求める意志を失くすしかない。
それでも尚求めるのなら。
その不幸を覆す力を。
最後の扉を開けた俺達を待っていたものは……。
「来るなァーーーー!!!」
誰かの叫びを聞いた。
紫の雷が巨大な氷の上を走る。
赤い風が突風に乗って一気に闇を押しつぶしに掛かる。
壮絶な光景だった。
衝撃の惨劇だった。
その全てを押し返して空間全体に衝撃が走る。
全員が中に浮き上がり壁に叩きつけられた。
「ガ――っ!?」
無抵抗なまま1メートルほどを落下して、打ち付けられる。
なんとか気を保って両腕を使い状態を起こし現状を見る。
何がどうなっているのか、全く理解が追いつかない。
何なんだ。
何がどうなってどうして何故――!!
全員が、キツキに刃を向けるのか。
「どうなってんだよ……! タケ! 四法さん!」
大剣を、双頭矛を構えた二人に問う。
「……っ知らねぇよ!!」
「……襲ってきたのは――八重君、だから……!」
――信じられない言葉が返って来た。
何でだよ……嘘だろキツキ……!
「キツキ!! 何やってんだよお前!!」
声を張り上げる。信じられないという昂揚と怒りに近いものが混じっていた。
「――……一応言っておく。取り憑かれた」
「はぁ!?」
いつも通りの調子。
なんら変わりなくキツキは言う。
「取り憑かれたここに居た迷宮の王様って奴にな」
「――な、何だよっ体が勝手に動くとかか!? お払いがいるのか!?」
ほら、祈祷師がすごい祈ってる間にうねり狂うような感じで払われていくんだろ?
「いや。それは無い。一応俺の意志で動いているしな」
「じゃ、じゃあ何で……!?」
キツキは一度思考するように視線を逸らして、すぐに俺に合わせた。
手に持った金剛孔雀は構えたまま油断無く話し始める。
「――……わかった。とりあえず皆の疑問を埋めるべくあった事を話そう。
俺達が今さっきの階で会った4人目の守護神は倒した。
そして3人でココに最初に入ってきた。
ココにあったのは王の墓。
ここが最後の試練の場であると確信し俺達はその棺に触った。
それが。王の呪い<エングロイア>の発動条件だった。
エングロイアは本来ならその王に身体を捧げる呪いだ。
だが俺がシキガミであり、意志の強さも有った為その呪いは殆ど効かなかったといって良い。
だが――影響を及ぼした部分がある。
俺は今までほぼイーブンでほんの少し戦うのを拒む方で理性を持っていた。
それが逆転した。
6対4が4対6に。
わかるか?
俺はお前等を殺せるよ。コウキ」
無機質な表情でキツキは言った。
誰も何も言わず、キツキと俺の対話を見ている。
「はは、冗談だろ?」
壁に背を預けながら、ズルズルと立ち上がる。
「冗談?」
「そんな事言って俺をびびらせようってのか? そうはいかね――」
笑って。冗談だって笑い飛ばそうとした。
ザンッッ――!
ゴト……。
まるで光のような速さで。
キツキは俺の目の前に居た。
目の前に四角い枠のようなものがあって、そこから出てきたように見えた。
「殺せる」
何の戸惑いも無くそう言った。
耳元で囁いて、武器に付いた血を払って、三歩下がった。
『――コウキ!!!』
沢山の声が重なった。
俺は鋭い痛みの走った左腕をぎこちなく、見た。
「うで、が……」
落ちた。
ブシュっと、激しい血が流れ出た。
おぞましい程の量の鮮血が流れる。
滴る血が、真っ赤な血溜まりを作る。
左腕が無い。
双剣が持てない。
戦えない。
シキガミとして、役に立てない。
痛い。
キツキが、なんで。
痛い。
俺は。
痛い……!!
「うああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
絶叫した。
痛みに絶望に渇望に恐怖に。
「キツキ何やってんだてめぇええええ!!!」
――最初に動いたのはタケヒト。
それを火蓋に更に戦いが激化する。
「アスカも援護や!! ルーメン!! コウキに障壁!」
自らも術式を展開する準備をしながら指示を出すジェレイド。
同時にシェイルがタケヒトの援護を始めた。
「コウキ!!!」
倒れるコウキに走り寄るファーナとルーメン。
タオルを一枚取り出し、腕をきつく縛る。
コウキには――戦いを見る余裕すらなかった。
そして――、一人。
「――」
静かにその色をブルーに変えて。
「穿つ十字架<アウフェロクロス>」
十字架を剣に変えた。
その色は髪の色に似た青。
瞳の色は緋色。
高々と――その剣を掲げた。
術式ラインは赤く浮き上がり、両腕、両足に伸びる。
芸術のような曲線と直線。それが真っ赤になり、彼女の力となる。
そして笑った。ニヤリと口端を上げて不敵に。
「ああ、ここは意見が合うみたい」
そして――鎖の音と共に、戦舞姫が踊り始めた。
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