第89話『共有の命』


*キツキ



 最後の階の扉の前。
 俺たちがそこに到着したのはコウキたちより遅かった。
 コウキが足を骨折したと聞いていたが……それほど移動には支障無いものなのか。
「まぁあちらは竜運の女性がいますからね。私たちよりスムーズに進めるでしょう」
 そのことを伝えるとヴァンさんは腰に手を当てて少し苦笑気味に言った。
「竜運……なんだか凄そうですね」
 くじとか外さないんだろうな、なんて変な考えが過ぎった。

「竜のおねーさんだっ」
 はいっと手を上げて言うティア。
 どうやら自己主張したい年頃らしい。
「そうです。実際は竜人が神に愛されている総称なのですが。彼女の場合は違いますね」
「何が違うんですか?」
 見たところ特に変わったような感じは受けない。
 なんだか前回会った時より性格がかなり開けていたが、コウキに聞くと中の人が違うとかいいやがるし。
「本当にそのまま運が良いんです。何が、と言うことに対しては全てと答えるだけです」
「すごいんだー」
「ええ。凄いんです」
「コウキもある意味そうでしょう」
「……シキガミは人を集めやすい体質ですが、コウキはハンターに天性の才能を感じますね」
「あいつは、そういうのが得意なんですよ。
 あいつの周りにはよく凄い人物が集まる。性格とかは全然違うんですけどね」
「人柄がそうさせてるんですかね」
「類は友を呼ぶって奴の体現だと思いますよ」
「……なるほど。やはりそう思いますか」
「そういう奴です。じゃあんまり待たせても申し訳ないので行きましょう。
 ティア、何拗ねてんだ」

 俺とヴァンさんが話している間は殆ど入ってこないティア。
 というか入れないのだろうがそれが不満なのか頬を丸くして俺を睨みつけていた。

「だってティア全然話入れない〜っ」
「やっぱりか」
「はは。すみません貴女のシキガミをとってしまって」
 ヴァンさんが目の前の扉を開く。
 ここが最後のはずだ。
「ティア、ここが終われば大丈夫なはずだ」
 目の前に広がる4度目の空間。
 他の三回は何も無い空間だったが今回だけ中央に棺が存在する。
 情報通り、あれが守護者らしい。
「うん。頑張るよっ」
 ティアも少し張り詰めた空気に手を握って答えた。


 棺が開き、鎧が立ち上がった。
 ガタンッと大きな音がして、ティアがビクッと震える。
 全身金色の鎧で、その出で立ちで強いのだと分かる。

 ガシャン、と音を立てて一歩歩み出て剣の切っ先をこちらに向けてきた。


『最後の警告だ。
 呪われたくなくば、去れ』

「呪われたくは無いが、こっちにも進まなきゃいけない理由があるんでね」
『そう、か。
 古の約束により、来る者は全力を以って排除する。
 王の悲しみに触れる者、その眼を潰し、王の憎しみに触れる者、その心を消されん。
 我等は守護者。
 ・・ ・・・・・・・
 王に、触れられぬようその迷宮を守る者也』

 その声が響く甲冑が剣を振り上げた。

 確かに感じる殺意に身の毛がよだつ。

「短縮唱歌:失われぬ黄金の光我が宝刀 金剛孔雀!!」
 ティアの歌が刃になる。
 金色に輝く黄金の薙刀金剛孔雀――。
 その一振りを持って、俺は相手へと走り始めた。



 薙ぎ払い、突き、切り返し、大振り一閃――!
 その全てが相手の甲冑の上で止められる。
「全員で硬い硬いって言ってたのコレかよ!」
 甲冑相手に振るうなんて初めてだから新鮮だが……やっぱり厄介だ!
 相手の斬りつけをかわして、一歩下がる。
 確実にこちらの間合いで勝負していないと危ない。
「なるほど、手助けに入りましょう」
 ヴァンさんの判断は早い。
 基本的に俺達に戦わせて、必要とあらば入るようにしてくれている。
 試練としての本質を理解してそれに沿うように手を出す。
 とてもやり慣れた感じで俺達も動きやすくて助かる。
 基本は俺達のための試練だから俺達だけで成さなければいけないのだ。

「収束:300 ライン:右腕の詠唱展開
 術式:水妖の演舞<アラクア・チェルド>」

 得意だと言う水系の術式を使い応戦を始めた。
 その術は相手を中心に六方向に術陣が出現しそこから水の弾が出現する術だ。
 二節の術は相手を取り囲み水の弾のようなものを取り囲んだ相手にぶつける。
 水系って聞いて想像すればそこまで強い気はしないのだが実際に食らうと厄介だ。
 あの水の弾もボクサーの放つパンチに相違無い勢いで発射されてる。
 さらに水気を帯びれば電に弱くなるし、服があれば水を吸って身体も重くなる。
 一発当たるごとにパァン! とはじけるような音を数十発聞いてその鎧が後ろにふら付いていた。
 剣は意味を成さない。切る事が出来ないからな。
 ヴァンさんは効果を見て同じ方向から弾を出したのだろう。

「ティア!」
「うん!」

 チャンスと見た。
 多分甲冑だからダメージは無いと思うが相手がこちらに向かってくる事は無い。
『千里を駆ける戦士に祈りの歌を――!』
 ティアが手を翳し、術詩を詠い始める。
 体が反応し始め俺は薙刀を構えた。
『戦士は幾多の困難を乗り越え』
 相手への距離を詰めると、相手が持ち直す前に攻撃を始める。
『その手に光を収め栄光を掲げん――!』
 二撃甲高く音を上げて打ち合うと薙刀の刃の裏で思いっきり薙ぐ。
 が――重い……!
 その止まった一瞬で甲冑も俺に向かって剣を振る!
「こん――っの!!」
 奥歯に力を入れて力づくで振りきる。
 体重が後ろに行っていたため、思いの他容易かった。
 相手の剣は俺に向かって落ちてきたが、薙刀で止めることが出来た。
 そして、足が浮いた甲冑は完全にバランスを崩し、横向きに転がした――!
『その光、我が武器に宿りてかの国に届けん――!』
 薙刀が光を帯び、術式の完成を物語っていた。

「収束:400 ライン:右腕の詠唱展開
 術式:泉の憤怒<ソス・アガルド>」

 ズバシャアアア!!!
 ヴァンさんが宣言した瞬間に間欠泉が噴出したように水が甲冑を押し上げた。
 すげ――!
 気分の昂揚とともに薙刀を掲げる――!

「悪魔よ去れってな!」
『連光錯斬!!!』

 ヒュン――!
 俺は薙刀を振り回す。
 この術は俺が移動する必要は無い。
 唯、振った軌跡と交差するように次撃を繰り出し続けるだけで良い。

 ギィン!! ガンッ! ザンッ! ガッ! ガッ!! ガギィッッ!!

 十字の光りが飛ぶ。
 容赦なく続く限りの斬撃を飛ばし続ける――!
 そしてその斬撃の特徴は水の如く防ぐ事が出来ない光の一撃だということ――!
 属性も属性だっこんな暗いところに居る奴なら光りには弱いだろ――!
 容赦無く、油断無く金剛孔雀の連撃を叩き込む。


『ふれ――る、な……!!』

「そんなの知らない! 俺達はっっ進むんだよっ!!」


 ズガァンッッ!!!

 最後はほぼ目の前に落ちてきた甲冑に金剛孔雀自体を叩き込むように斬り伏せた。
 硬かった甲冑には十字の傷跡が大量にあって初めて光の属性に感謝した。
 属性相性はあんまり考えなかったけど暗いところに居る奴等なら俺等が有利。

「お見事ですキツキ。ティアさんも良い判断でした」
「うんっ」
 スカイブルーの髪を揺らして嬉しそうに頷くティア。
「実はキツキ、シキガミを満喫していますね。いえ、良い事ですよ?」
 ……なんかちょっと恥ずかしい気がするが……
 これはこれで楽しまない訳いかないだろうと思っているのは俺だけなんだろうか。
 カッコつけすぎってことか? そうか……。
「気のせいです。ええ」

 ガガガッガゴォォン!

 丁度そのタイミングで階段が降りてきた。
 次へと進んでもいいみたいだ。
「どうします? 皆はまだ休憩してるみたいですが俺は余力あるんで。
 まぁ殆ど罠を回避してくれたヴァンさんのお陰ですけど」
「ははは。それはよかった。かく言う私も殆ど動いては居ません。ティアさん大丈夫ですか」
「うん! ティア何もしてないよー!」
 ブンブンと手を振って俺を睨んだ。
 どうしろって言うんだ。

「……今度法術を覚えましょう。そうすれば自分の身も守れます」
「キツキがるーん覚えろってー」
 覚えようとしないくせに。とは言わず俺は頷く。
 何にせよ飛ぶ以外の自分を守る術が必要だ。
「ほう。ルーンで術を?」
「ええ。安全ですから」
 俺がそれを選ばせたのは安全性から。
 俺が素人と言うのも有るし術式ラインでやるならヴァンさんのような先生が必要だ。
「……そうですね。それも良いと思います。
 手間さえ惜しまなければルーンの方が術の発動は早いですからね」
「なんか教科書になりそうなのがあればいいんですが」
「有りますよ。この間出版社に出しましたからあと一週もすれば世界に出版される本ですが。
 ルーンルナー著書の“ルーン術入門改定版”が丁度いいかと思います」
「……そんなのがあるんですか」
 なんだか俺も読みたいなそれは。
「何で知ってるんですか?」
 俺がそう聞くと銀色の髪を揺らしてにっこり笑うヴァンさん。
「もちろん、出版社に出したのが私だからです」
「何があったんですか!?」
「修行です。最後は使いっぱしりでしたが本と言う事であれば話は別ですね」
「伝説の人の使いっぱしりですか……。
 とりあえず本ならいいという言い分が気になりますね」
 言うとヴァンさんは階段を見上げて遠くを見る。
 何となく語りモードかなと予測した。

「本は知識です。それを残すために徹夜を繰り返して文章を書き続ける。
 そして本は世界の記憶です。それを書く、読む、そして収める事。それが人の進化です。
 エルフには多いのですよ。本を書く人は。
 いかに長く生きることが出来、沢山を知り覚える事ができようとも、命は有限です。
 この記憶を。この知識を書き残す事は有意義です。
 出版するというのであれば持込み、売込みをせねばなりません。
 ルーンルナー著書と言うだけで売れはするのですが折角なので近隣の城や仕官学校などに宣伝を――」

「ちょ、ちょっと待ってください。
 それ使いっ走りとかじゃなくて普通に営業してるじゃないですか!」

 かなりやり手のセールスマンだぞこの人!
 眼鏡をくいっと上げて不敵な笑みを見せるヴァンさん。
 伊達にクォーターじゃないんですよといわんばかりだ。関係ないけど。

「もちろんです。ベストセラーは間違いありません。
 教科書としても優れていますし応用すれば技術開発にも役立つでしょう」
「凄い見通しですね……」
「やはり安全性の面から見てもこれからの主流になるでしょう。
 ライン術の先駆けとして私も長いですが収束量超過の危険がほぼ無い事や
 書いて持っておけば毎度同じ威力で使えるという点でも優れています」

 さすが、としか言い様無いな。
 古い格式に拘ることなく新しい事を推して行けるという姿勢もいい事だと思う。
 ヴァンさんは神言を預かる者<ディヴォクス>というライン術士としての最高峰。
 でも惜しげもなくルーン術を推している。

「やはり、書かせて正解ですね」
「ってヴァンさんが書かせたんですか!?」
「当然です。あの人、今まで何故本にしないのかを聞いたときになんと言ったと思いますか?」

 ルーンルナーという人物像が分からない俺にその人を理解する事はできない。
 ただ事象として考えよう。
 もし何故本にしないかと聞いて“なんでそのぐらいで”と思わせるような答えを探せばいい。
 ヴァンさんは意外と難しいようで簡単な人だ。もちろん良い意味で。
 そんなヴァンさんを怒らせるのはやっぱり先生を怒らせるような感じだろう。
 意外と冗談の通じる人なのかもしれない。
 伝説から考えれば何百歳って話だけどエルフ族とかなら若いままだろうし、ヴァンさんだって十分面白い人だ。
 人の行動原理として簡単なのがやる気。やる気があるときにやる。
 やらないときは何て言う?

「……面倒くさいからじゃないですかね」

 人間、何かを成そうとするときに一番邪魔になる感情。
 それがメンドイってやつだ。
 面倒だと思った瞬間に妥協、怠惰を繰り返しどんどんダメになる。
 やる気出せなんて言葉がやる気に繋がることは無い。

「それです。面倒くさいから残さない? ありえませんね」

 どうやら当たりのようだった。
 もしかしたらルーンルナー……結構面白いぞ。

「喧嘩をしてイタ――術をお互い連発しましたね」

 イタズラのやりあいやってたのかよ……。
 術士ってそんなバカな術を作ってるのか?
 天才とナントカは紙一重だしな……。
 しかも書かせたって事はさ……ヴァンさんイタズラで勝ってるじゃん……。
 末恐ろしい人だと俺は笑って話しの続きを聞いていた。








「つかぬ事を聞きますが……」
「はい?」
「貴方は何故シキガミとして戦うのでしょう?
 神子がいるからというのは分かりきっています。
 神子とシキガミの関係は理解しているつもりです。
 それでも“何故”という疑問は残ります。
 貴方は何故戦う」

「……それは答える事ができません。
 ヴァンさんはコウキ達の味方でしょうから僕らの理由は荷物にしかなりませんよ」

 俺はそう答えてすぐに階段を上がる事にした。
 ヴァンさんは少しだけ顔を顰めたが溜息を付いて俺達に続いた。



 俺達は――戦う。
 ハンデを得た俺にはもう一つ重大なリスクがのしかかっている。
 それはとても重いことで。
 俺が友人にも刃を向けなければいけない理由。


 ティアと、一つの命を共有している。


 負けることが出来ないのだ。
 負ければそれは、死に繋がる。
 俺の死が彼女の死で、彼女の死が俺の死。

 分かるか。二人で命を分かつ事の危うさ。

 聞いた瞬間、冗談じゃないと本気でランスには怒った。
 戦う身にありながら俺達の命は一つ。
 動けなかったはずのティアの身体は俺と生命で繋がることで動いているのだ。
 もしそうじゃなければ、コウキのように動けただろうか。
 危機感を無視して痛い目を見るのは俺の性分じゃない。
 全ては未来の為に。彼女の為に。
 俺がシキガミであれば――彼女は生きる事ができるから。


 それだけではまだ理解出来ないだろうか。
 俺が友人にも刃を向けなければいけない理由。
 コレまでの全ての話を総合すれば答えは出るはずだ。
 この世界は神々が最高位。
 そして神々の中の掟を犯せばラグナロクに呑まれる。
 神々の掌の上、世界の檻<プラングル>でその余興として――俺達は戦わなくてはならない。

 この戦いは――神の遊びである。

 馬鹿げてるだろ。

 まるで中世のコロシアム。
 その真ん中で命を懸けて戦うのは、控え室で故郷を懐かしみ合った友人。
 チーム戦なんかじゃない。

 審判は言う。
  生き残れるのは、この中の一人である。

 中世の勇敢な戦士なら――そんな事は当たり前だと剣を振るうのだろうか。
 俺には自分ではない守る物がある。
 友達だからなんて甘い事を言っている奴には剣が振り下ろされ命を落とす。

 戦わずに逃げればどうなるのか?
 掌の上に居る奴を潰せないわけがないだろう?
 

 俺の言っている事が理解できるか。
 今はきっと理解できなくても後々に実感する事になる。
 小さい事では受験とかと同じだな。
 そのときが来るまでは笑っていられる。

 合格枠1人。それに4人で挑め。
 3人は受からない事がわかってるだろ?
 俺達は、さ。
 生存枠1人。それに4人で挑んでる。
 3人は死ぬ事が分かってる。

 それを神々の余興<ラグナロク>と言う。


 絶望したくなる四分の一。
 吐き気がするほど趣味の悪い劇。

 四人で纏まって神に殺されるのを待っても仕方が無い。
 全員の為に。全員に生きるための道を作るために。

 俺が悪者で構わないから。
 刃を向け合う覚悟を持ってくれ。
 お前等は優しすぎて、自分を殺す。
 自分の為に生きてくれ。
 コウキ、タケ、四法さん……!
 ここは地球じゃない。
 神々の暇を満たす無限の檻。
 俺達の命は――紙みたいなもの。

 そう、式紙と同じなんだよ。

 使って捨てる。
 俺達はそういう命だから――。


 生きるために殺しあおう。







 そして――……最後の部屋にたどり着いた。
 金色に包まれた部屋を見て、王様の部屋という確信が持てる。
 壁や床には赤い旗が飾られていたり、金の縁取りと紋様の絨毯が敷いてある。
 悪趣味なほど、祭られた王の部屋である。
「あれは――?」
 ヴァンさんが中心を指差す。
 それは今までとは違う形だが棺だった。
 歩み寄ってみればそれは眠っているというよりは――封印されているような……。
 厳重な術式に保護されていて本当に触れてはいけない気がする。
 それでも此処以外に部屋は無い。
 これが今回の試練の終わりのはずだ。


 そして――それに軽く触れた。





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