第93話『ソードリアス』


 南方の町ソードリアス。
 気候は温暖。カラッとした暑さで植物も熱に強いものが生えている。
 大きな川の側にあり、近くには鉱山があり資源も豊富だ。
 沢山の国と国交があり、グラネダも関係しているらしい。
 建物はほら、南方諸国って感じ。真っ白で四角い感じの建物が多い。
 商人も多く街は買い物客でごった返している。
 ジェレイドあたりが溶け込んでその辺で商売できそうだ。
 日差しが強いせいか褐色に肌を焼いた人たちが多い。
 なんとなく資源都市というのに納得がいく。


 朝飯は薄いケーキみたいな生地にこの地方にしかできない果物のジャムを塗ったパン。
 いや、4日も眠ってたしめちゃくちゃお腹減ってたからか、美味かった。

「うまい……うまいぞ! ちょ、光っていいかっ!?
 美味いぞなんだこれっ」
 死に上がりと同じぐらいの感動を覚えた。
 微妙に挙動不審な俺を見てヴァンが笑う。
「ははは。確かケワナという川沿いに生える果実で、
 水分の多いこの地方では栽培の盛んな果物です。
 この地方の特産で、遠方には持っていけません」
「えっなんで?」
「木から離すと3日程しか持たないのです。
 ですからここに来なければ食べられない貴重なものです。
 まぁここの方は毎日のように食べられるのですが」
 ヴァンは言って同じくパンを口にする。
 さらに横ではむぅっと唸りながらモグモグパクパクと食べるシィル。
 食べる方専門だと言い続ける彼女は割と味にうるさい。
 そんな彼女がもりもり食ってるてことは合格なんだろう。俺も好きだし。
「まぁでもジャムぐらいなら持ってけるでしょ」
「そうですね。他の町では高級品です。上手くやればいい儲けになりますよ」
「えっマジ?」
「ええ。商人の間でもよく取引されているようです。
 他国には果実自体が出荷できないのと、
 場所もあまり無いのであまり沢山栽培のできない状態のようです」
「おお。なるほど……だったら、ここで買ってけば安いんだな」
「ええ。殆ど日用品ですからね」

 そうか。じゃぁまた買っとくか。
 大量に買って道中で売ってみるのもいいかもしれない。
 とりあえずアイリスのお土産用として確保するとして、ファーナを見た。
 俺と目が合って妙にニコニコと笑った。
「な、何?」
「いえ。久しぶりに朝が朝と感じる気がして楽しくて」
「む、そう?」
 そう言われると気恥ずかしくて、頬を掻いた。
「そうそう。気絶してても朝ぐらい起きなさいよ」
「無茶言うなよぅ」
 起きれないから寝てるっての。
 そんな俺達のやり取りを見ながらファーナもパンを口にして、おいしいと言った。


「んでさっこの後どうするのさ? もう次?」
 そう聞くとファーナが少し申し訳なさそうに言う。
「いえ、一度グラネダに戻ってみたいのですが……。
 エングロイアによる影響などが気になるのです」
 ヴァンも頷くということはもう話はしてあるのだろう。
 シィルはカフェオレを飲んで顔を顰めている。どうやら苦めらしい。
 俺は口にしてないミルクを持ってそれに少し足す。
「こっからグラネダってどのぐらい?」
「そうですね……あまり戻るに望ましい距離ではありません。
 真っ直ぐ戻れば4週はかかるでしょう」
「……。あの、ひと月かかるんですけどファーナさん」
 すると視線を下げて、小さく言う。
「……ですが今、コウキの腕が……」
「気にすんなって。
 どうせ戻っても俺の腕は戻ってこないし。
 それよりはとっとと行って片手剣に慣れる練習しないといけないと思わない?」
「……貴方の前向きすぎる発言には毎度舌を巻きますが……。
 次は四度目の不幸――
 ああ、そういえばついにそれに名がついたようです。

 宿命の不幸<ル・ナク・マリカ>だそうです」

 何となく、赤と黄のシマシマを思い浮かべた。
 私はそれを愛している、がテーマだったかな。
「今更だなぁ。ルナクマリカって覚え辛いし いっそマックなら良かったのに」
「なにそれ?」
 カフェオレを飲み終えてシィルが会話に加わってくる。
「流れ作業な味だけど、たまに食べたくなるんだぜっ!」
 何回か、タケに奢られた記憶がある。
 アレは自分では作れない味だ。
 二百円で二個食えるし。学生には優しかったな。
「コウキつくれるの?」
 心なしか、彼女の眼が輝く。
「いや、アレはお店ものだし同じものって作りにくいんだ。
 まぁぶっちゃけサンドイッチにハンバーグ挟んでるだけだけど」
 もっとパンらしいパンを使うこと前提だが――。
「食べたい!」
 ビシッと手を上げてそれを主張した。
「……いいけど」
 あんま燃費の良い食べ物じゃないことは知らないんだろうな。
 でも、シィルは良く動くから大丈夫だろうとも思う。
 むしろ気に入られてしまいそうな気がするのは何故だろう……?
 うーん。豪快にかぶりつくの好きそうだ。似合うんだよな……偏見だけど。
 何となくドラゴンなイメージの彼女は、尻尾を振るように髪を揺らして席を立った。
 ……片手だからファーナに手伝って貰わないと。
 そう思って、彼女に目をやると満面の笑みで頑張りますっと答えた。




 ファーナとルーを連れてジャムを買い漁った後、二人と分かれて協会へ来た。
 もちろん祭壇へ向かうため。
 町って言うのは基本水場と聖域を考慮して作られる。
 聖域周辺ってのはモンスターが出にくいんだって。
 確かに町から少し離れなきゃモンスターには遭えない。

 ……まぁ、俺は聖域の中でモンスターよりやっかいなのに会ってるんだけど。

 ――無限に刺さる剣。
 剣の全てが双剣で、コロシアムの中心に立つ女性はいつものように微笑む。

「ようこそ、戦女神ラジュエラの祭壇へ。意外とすんなり来たなコウキ」
 双剣の戦乙女、ラジュエラ。
 静かに佇んでいるその姿にはいつも威圧感を覚える。
「おっすラジュエラ。双剣が使えないのにまだ加護はしてくれてるんだな」
 いきなり聞いてみた。
 気になるんだもん。
 ラジュエラはそれを聞いてなんだ、とスカしたあと
「当たり前だ。
 君が腕を失った程度で弱くなる訳が無いだろう」
 妖艶に笑った。
 女性らしい笑み。その意味は全て戦意に終結する。
「……ラジュエラ」
 彼女の期待をまだ俺は裏切って居ないということなんだろうか。
「なんだ?」
 いつものように無表情に問い返す。
 その眼に視線を合わせて、真剣に言う。
「俺は強くならなきゃいけないんだ」
「ああ」
「腕が欲しい義手かなんかでも良い。
 剣さえ持てれば何でもいい」

 俺は彼女に対してだけ、目に見えて我儘だ。
 ……彼女が俺に対して我儘なのと同じつもりだ。
 腕のことを彼女に訊くのは彼女なら俺の要望を満たす返事が出来ると信じているからである。

「――何故双剣であろうとする?」
「えっ……」
「我は双剣でなければ加護しないわけではない。
 加護するものが皆双剣を取るのは強制しているわけではないのだよ。
 己を磨き、信仰し、戦に向かうものを加護するのが我々の役目だ」


 ――確かに彼女の言うとおり。
 技や力の加護は消えていない。
 彼女に片手で生きろと言われたなら――そうするだろう。
 でも、まだそうは言われていない。
 

「――でも。両手が無いと守れない物が多すぎる」

 考えの端が口から漏れる。
 両手なら守れていたものが守れない。
 両手なら成せていた事ができない。
 それは俺にとって耐え難い苦痛。
 ただでさえ不幸の看板背負ってんのに。
 これ以上誰かに迷惑をかける訳にはいかない。
 俺は助ける側じゃないと納得できない。
 健全者だった俺のただのわがまま。

 でも俺は信じてる。

 この世界で。

 望んで――成らない事なんて。一つも無い。




「――では……君に、試練を与えよう」
「試練〜?」
 俺は多分あからさまに嫌な顔をしてラジュエラを見た。
「嫌そうだな?」
 理由は分かっているのだろうか、ニヤニヤと笑ったまま俺を見る。
「もうその響きが嫌ってほど毎日付きまとうんだよぅ」
「ふふ、まぁそうだな。君自身には毎日が試練だ。
 今更一つ二つ増えたとて変わるまい」
「あ、そっか。……ってなんかイイカンジに丸め込まれた気がする」
 頭を捻る俺を無視してラジュエラは続きを話し始めた。

「今君の居るソードリアス――。
 その地に天声を送ろう」
「てんせい?」
「そう。戦女神の天声は、聞いたその地で武道会を開かねばならない。
 ソードリアスはな、もう2度その大会を開いている。準備に遅れを取ることは無いだろう。
 大会の規模はそこまで大きくは無い。概ね2週間のうちにその大会は行わる。
 2週で集まる人間など知れている。
 君はその中で勝ち進めばいい。どうだ?」
 どうだって言われてもな……。
 俺は自分が誰かにとってどの程度強い存在なのかまったく分からない。
 基準も無ければ強さも無い。
 ただ運良く俺の基準で勝てるモンスターは大体分かってる。
 パーティー内では……一番弱いんじゃないかな。
 シィルとヴァンは比べるまでもない。俺はすでに負けている。
 んで、ファーナとルーだけど……
 法術を使われるとまったく勝てる気がしない。だってそうだろ?
 だって俺燃えるし、眠らされたら寝るし。
 ……弱ぇえー!
 唯一、裂空虎砲だけがそれをチャラにしてくれてるだけで
「……片手で?」
「ああ、もちろん使わなくても構わない」
「そうじゃないよ! どこの武術の達人だよ!」
「ではやめるか……」
「うわぁい! 楽しみだな武術大会! どうやって勝とう!!?」
「死ぬ気で頑張れ」
「チクショーーー!」
 悔しがる俺の姿を見て愉しそうに笑う女神様。
 邪神と同じ存在なんじゃないか……?

「何。この程度君なら簡単だろう」
「簡単に言うけどさぁ」
「では内容を変えるか。我に」
「あ、武道会頑張りますっイエスッッ!
 嫌な予感がして瞬時に課題をオッケーする。
 生徒が宿題にウダウダ言うと先生って上乗せするよね。
 そうしたら黙るもんね。増えて欲しくないから。
 それに似たルーツを感じ取って高速OK。オーダー入りますッ。
 大方後に続く言葉は「勝ってみろ」辺りだ。
 無茶いうな。
 両手で勝てないのに片手でどうしろって言うんだっ。
「……ふむ。ならばそうするといい」
 ニヤニヤとやはり含み笑いしたまま彼女は言う。
 ああ、何にせよラジュエラは愉しいんだよね……。


「よしっ……よし!
 じゃぁちょっと今日は勝つためにクレバーにいくぜYO!」
「そうか」
 誰も突っ込んでくれないことなんて分かり切ってた。
 でもやった。誰か俺を褒めてくれ。

 シャキィ――!

 引き抜いた東方の剣が甲高い音を立てる。
 手入れは欠かしていない使い慣れた銀色の曲刀。
 刀というよりは中東の剣に酷似している。
 それでもこの曲線はモノを斬るに相応しい――。

 ラジュエラの剣の速さを片手で捌ききる事は出来ない。
 後ろに下がる空間を常に意識して片手で踏み込むには肉を切らす覚悟でなくてはならない。
 致命傷で無ければ怪我は構わない。
 勝てる可能性があればたとえその傷が深くても大丈夫。

 剣の切っ先を向けて対峙する戦乙女も同じく剣を抜いてゆらりと陽炎のように揺れた。
 そして俺を見てまた、“らしい”笑顔を浮かべる――。
「――っ本当に君は、面白い」
 その笑顔は本当に綺麗なのだけれど――やはり、ぞっとする。
 きっと戦場に立つ男達はその笑顔に酔い、戦いへと奮起するのだろうけれど。
 わからなくも――無い。

 俺は右腕にぎゅっと力を込めた。
 左の軽さが気になる。
 片手の戦い方を知らない。
 まぁいい。どうせ――戦わせられる。

 まずは――攻める!


 ラジュエラに向かって走りこむ。
 足は地面につけた状態になるように。
 そして、必ず、二刀で守らせる――突き。
 俺の武器は基本的に突きの動作には向かないリーチが無いのは何より、大きく隙が開きすぎる。
 ラジュエラの目の前で全力で踏み込んで体全部を武器にしたような突き。
 最初は、俺と差の無い速さで動くラジュエラ。
 なめられているといえばそうではあるのだがだからこそコレは必ず成功する――。
 ガギィ!!
 そしてその剣が交差して俺の剣を止める。
 もう……一歩っ!
 さらに深く踏み込んで完全にラジュエラの圏内。
 だが恐れず。
 その鎧の中心に勢いの乗った蹴りを入れる。
 鎧は思ったよりずっと重い。
 全力で蹴ったぐらいじゃよろめくのがせいぜいだ。
 ――普通なら。
 だが、俺は普通じゃないことを自覚した。
 すでに骨を犠牲に鎧を蹴り倒した経験がある。
 一ミリでいい。浮き上がれ――!



 最初から全力。
 女だから? 年上だから? 本気で殺しにくる奴に手加減はいらない。
 同じように。
 鏡のように。

 殺しにかかればいい……!

 それを習ったのはこの場所だ。
 “戦い”を理解して飲み込んだ最善の形。
 俺が生きるために、学んだことだ。
 ――でも。
 それを他の誰かに望まれたとき。
 俺は……それをすることを恐れる。
 彼女は戦うために其処に居る。
 人は違うだろ――!


 何かを手に入れる為に!
 何かを貫き通す為に!
 何かを伝える為に!
 何かを守る為に!

 それがお金でも土地でも人でも信念でも呪いでも――!

 誰かを、殺すためじゃない。

 俺は此処で殺すための力を手に入れるんじゃない。
 俺は此処で――……


 ラジュエラの体が浮く。
 よし……! 後は――

 ガッッ!!

 体が衝撃と共にラジュエラから距離を取り始める。
 俺が動いたんじゃなく、ラジュエラが同じく俺を蹴る事で距離を取った。
 わき腹辺りから来た衝動。
 甲冑に蹴られたなら結構後でくるな、なんて思考の一部が流れた。
 姿勢を崩したラジュエラに俺が近づくことは不可能。
 俺が考えることの大抵はラジュエラの出来ることだ。
 同じ行動が出て当然。
 ただ――俺が取ってラジュエラが取らない行動が一つある。

 身体がほぼ反射的に次の行動を取る。
 俺はあの場所には届かないけれど。

 武器なら、届く。

 ビシュゥゥッッ!!!

 直線軌道で銀色の曲剣が肉を穿ちに空を舞う。
 その一振りは当然、彼女の剣一つで捌かれる。

 お互いの着地が同時。
 ――走り出しも、同時。
「術式:紅蓮月ッ!!!」

 ガギィィン!!

 交差した二刀に地精宿る剣が交差する。
 二人を中心にして衝撃のような熱風が生まれる。
 一閃するごとに不利になる。
 ラジュエラの剣を捌ききるにはもっと上手くかわさなくてはならない。
 剣を届かせるためには以前よりずっと早く回転しなくてはいけない。
 足捌きを最適に。単純、的確に。
 右手の剣は隙を狙って大振りに――。
 剣を振って上半身を一緒にしゃがみこませた上を剣が掠める。
 薙いで回転させた体に沿って剣が付いきて服を裂くような瞬間もあった。

 何十を打ち合って離れたときに、腹筋と背筋が軋む。
 ――上半身の安定が足りない。
 もっと鍛えなきゃだな……でも――今足りないでは済まされない。
 生死の鬩ぎ合いの中でひたすら考える俺の生きる可能性。
 ラジュエラは本気だ。剣が既に1対目の彼女の双剣。
 ただいつもと違うのは、愉しそうに笑う表情が無い――?

 まぁそれは、些細な問題である。


「コウキ」
 そして彼女は鋭い視線で見たまま俺を呼んだ。
「何」
「やはり、試練を内容を変更だ」
「えっそんなぁ女神様が二言だなんて」
「口答えは無しだ。

 君には、我を超えてもらう」

「……何で変えたか聞いていい?」
「簡単な事だ。君になら出来る」
 いつだって言うのは簡単。
 出来ると見込まれた方は必死。
「……やんないとだめ?」
「だめ」

 ――ああ、俺はどうしてこんな試練好きな人たちに囲まれているんだ。
 メービィといいラジュエラといい――!


「うあああああああああああアアアアアアアアッッッ!!!」

 溜まった熱量を声に変える。
 爆発に近い声量で叫ぶ。
 最も簡単なストレス発散だと言える。
 混乱の解決にも最適。

「よっし……!!」

 歯を食いしばる。
 俺の試練。
 俺に立ちはだかる壁。
 双剣の戦女神、ラジュエラ。

 越えるつもりは甚だ無かった。
 ずっと壁で居てもらうつもりだった。

 だが――越えなくては、得られないものが出来てしまった。

 なら。
 俺の望みの為に。

「ラジュエラ!! 決めた!!」
「聞こう」
 両手を組んで笑うラジュエラ。
 この答えを知っているかのように。


「最優先で――!!

 ブッ潰す!!!」


 俺の中にある試練の中でもっとも優先。
 ラジュエラを越える事が今出来なければ、片腕に負けてしまっている自分に屈することになる――。
 冗談じゃない。
 俺は片腕になったからといって、弱くなっていくわけじゃない。
 片腕になったから――強くならなければいけないと強く思ってる。
 だから――この切っ先はラジュエラに向けて、高らかに叫んだ。
 もう一度剣を振り上げた俺は――

 俺は戦女神のように笑っているだろうか。


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