第97話『最前線/交代』
叫び。
溢れる記憶の断片と目の前の絶望。
かの王国の王妃は叫ぶ。
声は感情を孕む。
感情はそれ一つで意味を持ち、強い意志に人は敏感だ。
連鎖するように――伝導して。
同じ感情を共有し――
感情を爆発させる。
ただし、その意味を知らなければ、ただのノイズ。
彼女のノイズは誰にも聞かれず、理解される事も無く。
圧倒のエネルギーの中に消える。
いくら叫んでもあの人にも届かなくて――
誰かが助けてくれることもないのだ。
通り過ぎる光は街へと降り注ぐ。
何一つ守れなかったとまた泣くのだ――独りで。
ドゴォォォ―――!
凄まじい爆風と砂煙。
小石に打たれ、風に巻き上げれ地面へと投げ出される。
「――ッ!」
ドシャッっと地面に崩れる。
力無く無惨に投げ出された人形の様に。
王妃は如何なる時も慈愛に溢れ、笑顔でいなさいと言われた。
かの国で育ち、この国を立ち上げた王妃は想う。
自らの母の言葉、そこから沢山の走馬灯。
風の隙間を見つけるのが得意だった。
その隙間から見える空や景色が堪らなく好きだった。
あの人を見つけるのもいつもその隙間だった。
雲の隙間から落ちて来て、その気分の高揚から運命人だと喜んだ。
城を飛び出して、世界を旅した。
二人の掛け替えのない友人とあの人と私。
自分達だけが幸せで満ち足りていた。
もちろん苦労もあった。悩んで挫折しかけて励まされてなんとか歩いていた。
でもそれを補うだけの喜びに満ちた日々。
帰って来た頃には国が滅び、
『おかえり』
両親が残した最後の言葉。
その最後だけ、自分の親であった両親の死際に雨の様に泣いた。
決意新たに国を再建すること20の年が過ぎ――。
逆の立場に立った自分。
あの人達に追いつけていないのに――。
ここで終わってしまうなんて。
砂を掴んで、歯を食いしばる。
終わっていない自分。
――いっそ、国と終わってしまえばよかったのに。
山のような黒い影。
その竜はまだそこに居る。
震える身体を何とか起こして、見上げる。
土煙の合間から覗くその鋼より硬い鱗。
悔しい。
憎い。辛い悲しい。
怖い。
何を優先するべきなのか感情が混乱する。
流れる涙だけがすべてで、両腕を後ろに構えた。
術式行使の姿勢。
しかもかなり特殊なもの。
その姿勢をとってから理解する。
自分がどうするつもりなのか。
禁術と言われる部類の術を思い出した。出力は桁違い。
自らの全身の術式ラインを犠牲に一度だけ放つことが出来る。
そういう術だと言うことを、今思い出したものなのだけれど。
そう、一度だけ。
――十分、と口が歪に笑う。
「――収束:9000 ライン:全術式ライン展開」
パァンッッ!
すでに限界値を超える収束。
そのマナに空気が反応して破裂する。
それが服や肌を裂いても気にしない。
唯ひたすら目の前の竜を見上げる。
――こんな私を見たらウィンドは怒るだろう。
無茶は自分の役目だといつもボロボロになって、笑って。
そんな人だから――守りたくて。
ずっと、一緒にいようって、思って――
「あああああああああああああああああああ!!!」
激痛と悲痛。
どちらの痛みも耐えることが出来なくて絶叫する。
この痛みを越えれば、終わる。
そのことを私は知らない振りをして全身のラインを空色に染め上げる。
――せめて、希望を抱いて――
最後に、唱える術は『是空・大鷹爪の舞<ラディア・グリフ・ビサナ・バラディ・ソーディア>』
正真正銘、彼女の最後の手段。
5節にも及ぶ彼女の必殺といえる最終手段。
長く痛みに耐え、それでもその場から消さなくては成らぬものがあるとき。
痛みに耐えることを決意とし、全ての術式ラインすら力に変え、そして術者の命を脅かす。
「術式:是空の<ラディア>――」
右腕に激烈な痛みが走る。
方翼の羽が広がったように空色が拡大する。
「っ大鷹爪<グリフ・ビサナ>――!!」
さらに左腕へ広がり、両翼を描いた。
鷹の爪が――彼女の命に向けられた。
さようならは飲み込んだ。
言うことが許されない術式だから。
覚悟を抱いた大空の瞳。
彼女の口が最後の一言の為に最後の空気を吸った。
――空高く。
銀色閃く鎧を纏い、戦女神が見下ろす下界。
「気になるかオルドヴァイユ。
我が何を見に来ているのか」
「ええ」
黒のような深い紫の髪を揺らす大剣の戦女神。
それにため息をついて、それでも下界から視線を外さないラジュエラ。
「――勝利への渇望。
死への恐怖。
感情渦巻く戦場が、我々の糧となる。
――そしてその感情が絶頂する瞬間。
最も我らの力を引き出す人間達を見たいだけだ」
――彼女が見下ろすのは唯一人。
その右手に炎を纏った円の武器を掲げ、
正に今、感情を爆発させるように、叫んだ。
『裂空――!!!』
黒い暗雲立ち込める空を断ち切る、虎の咆哮。
飛び立つ鷹を威嚇するその叫び。
ビリビリと戦女神に届き、その爽快な旋律に思わず笑う。
『虎砲!!!』
ピィイィィイイン!!
ギリギリまで張り詰めた弦を弾くような収束。
光が彼の色を帯び、赤く染まって焔が奔る。
その技が完成に近づいている事を嬉しく思いラジュエラが笑う。
「――そう、希望を担う者が一人居れば。
世界が変わる様を見てみたいだけ――」
詠唱が止まった。
目の前を貫く真っ赤な光。
焔を帯びた閃光。
その叫びに驚いて思わず羽ばたくことを躊躇った。
「――やめろ、アリー、――!」
その一瞬。
立ち込める砂煙をくぐり抜けて、漆黒の衣装の手が自分を掴んだことに驚いた。
「――ウィン、ド――?」
――詠唱失敗。
鷹のように広がった羽が折りたたむようにずるずると無くなっていく。
途端、ブワッと羽が飛び散るようにマナが霧散する。
その中――その手の主を再確認して、言葉を失う。
「は、――落ち着いて聞け。
国は大丈夫だ。
まだ誰も死んで無い。
だから、お前も死ぬな。頼む――」
後ろから強く抱かれて、自らの意志が戻ってくる。
行使しようとしていた術は、自らを殺すため。
それに、今頃のように恐怖した。
頷きながらその手を強く抱いた。
そして、懐かしい声が聞こえる。
「くわああああああああああああ!!!」
「術式:水精の猛毒槍<ララ・ビエラ・ラディッソ>」
――絶望にはまだ、早い。
風が更に空間を押し広げて、砂煙を追いやる。
全ての術を操る、銀髪の知性の術士。
「相変わらず間抜けな掛け声ですね」
「そっちこそネチネチした嫌な術使ってるわねー」
お互い額に血管を浮かばせて睨みあう。
懐かしいと思った。
それと、少し安心した。
その二人の仲間は、最も信頼できる人物だと思っている。
でも肝心の自分たちは――もう、かつての力を行使できない。
それだけが不安だという歯痒い事態。
傷ついた黒竜が地に落ちる。
ヴァンツェの作った氷の壁が少しその衝撃を和らげた。
「お疲れ様ですお二人とも。
あとは下がっていてください」
「アリー! ちゃんと怪我はキュア班に治してもらいなさい!」
二人が手を振る。
そして――空に炎が舞うのを見た。
時代は移り変わった。
彼女らはもう仲間ではなく、友人と家臣。
そして、
自らの立場を受け継いだ――焔の神子が謡う歌に、焔が喜び舞い踊る。
「コウキ! 一気に撃退します!」
「おっけーぃ! 気張ってくよ!」
ヒュッ――ィィンッッ!!!
影しか捕らえられないスピードで、円形の武器が赤い軌跡だけを残して弧を描く。
地面を裂き進む二線、空を舞う三線――そのまま、歌の続く限り、
いくつも、いくつも――増えていく。
「――この国には――!!!」
決意を秘めた紅の瞳。
その声は決意の言葉を叫ぶ。
「一歩も近づかせませんッ!!!」
焔の神子ファーネリアが叫んだ。
過大ともいえる彼女への加護。
それは彼女が神子である証。
人に祝福を与え、焔の加護を与え力を持つ神の子。
――そして。彼女の運命を握るシキガミ。
黒い髪と赤いコート。
右手に炎月輪を握る男の子が再びその手を後ろに翳して大きく円を描く。
『
それは彼から真っ直ぐな赤い軌道を生み、倒れこんだ黒竜に一直線に向かっていく――!
――ズドォオオオオオオンッッ!!!
全ての炎月輪が呼応し、一度に大きな爆発を起こす。
まるで竜の放つブレスのような一撃。
どす黒い煙に覆われて竜が見えなくなる。
再認識する神子とシキガミの強さ。
あんな力を、人間が持ってしまっている。
かつての自分達。
それがあの子達へ。
その事実を再確認し、過去の自分の愚かさを呪った。
ファーネリアが神子であるのは、彼女が生まれる前からの約束である。
啓示の夢に出たメービィの姿に、彼女は全くそぐわぬ美しい形に育った。
「――誇ろう。
あの子は私たちの娘だ。
何年も前からずっと耐えてきて、泣き言も言わなかった。
境遇にも何も言わず、あそこに居て――やっと、私たちの前に笑って現れるようになった。
あのシキガミのお陰だがな」
「そうね――」
彼女の辿る運命に唇を噛み、彼女の成長をその眼に焼き付ける。
神子として立派な――焔の意志を宿した姿に見入ることになった。
*コウキ
「ふぅ……これでこの国も平和に包まれ、人々は幸せに暮らすだろう……イタイっ」
「何をまとめの台詞に入っているのですかっ。まだですよコウキ」
キラキラといい汗を拭っている俺にゴスっとチョップが入る。
金色の髪に真紅の瞳のファーネリアが怒ってますという眼で俺を睨んだ。
美人と可愛いを調和させる容姿で何故か俺の神子様だ。
痺れの残る右手をパンパンと太ももに叩きつけて感覚を戻す。
裂空虎砲の痛みが色を帯びるようになって激減した。
ラジュエラ的にはそれが完成に近づいていると言うことらしい。
じゃぁ気を取り直して――
「テイクツー!
ふぅ……王国はコレで救われ二人は幸せな帝国グラネダキングダムを作りました。〜完〜」
「だから何故アナタはあの黒い山から眼を背けているのですか。意味も被ってますっ!」
はぁ、っとため息を吐かれる。
「ん〜でもどうしようか。
あいつ今の食らってまだ立ってるんだけど……
あっ! そうかっ」
「何か思いつきましたか」
「シィルならアレと話せるんじゃね?」
「おバカ。話せるわけ無いでしょ」
シィルが腕を組みながら言う。
「えー。じゃぁヴァンは?」
「私にも無理ですね。というか、言語の壁を越えているのは貴方だけでしょう」
言われれば当然思い当たるのがそれだ。
「おっそうか。ワンコとも話せる俺が巧みな話術で帰ってもらえばいいのかっ?」
ルーメンがこっちを見る。
ちなみにルーはワンコではない。カーバンクルだ。
敵が動かないのでそのルーメンを拾い上げてモフモフと撫でた。
「――大体何なんだろうな今回。
いきなり発動して、レプリカと戦うとか」
「分かりません……ですが、そのレプリカがアレだと言うなら、話すことは無駄でしょう」
今回は不測の事態。
カードによる強制参加の試練。
対ドラゴン。いよいよ試練も本気って感じだ。
俺はルーを連れて王様と王妃様の所へ行く。
「無事で良かったです」
そして、俺は手の空いている王妃様にルーメンを渡す。
「ルーが障壁と移動を助けてくれます。それでグラネダへ戻ってください」
「コウキ君、すまない」
「いえ。ファーナの意志ですから」
国のことを任せてしまうことだろうか。それとも危機に直面してしまうことだろうか。
謝られても仕方が無い。
これは俺たちの戦い。
だから謝るべきは俺たちの方だ。
「それにしてもラブラブですね。暑いと思ったらそのせいでしたか」
ヴァンが言い放った言葉に瞬時に王妃様が真っ赤になる。
ガッツリ抱きつかれてるんだもんな。
「五月蝿い。というか、足が限界なのだよ。
今は生まれたての小鹿より歩けない体なんだぞ」
それに対して王様はしれっと答える。
「あ、あ、そ、そうっほら、しっかり立たないとあなたっ」
そういう反応をみるとファーナに似てるなぁと思う。
「そうよねーウィンド折角アタシが助けてあげたのに一目散に走ってくんだもんねー。
そりゃもうラブラブのグツグツよねー」
「うるせえええ! そういうのは黙ってろ!」
真っ赤になって憤怒する王様。年を食っても恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。
王妃様は茹で上がって俯いてる。
なんか、ホントファーナみたいで可愛い人だなぁと思った。
ホント11月22日だよ。
ヴァンとシィルは楽しそうにその様子を見て笑う。
仲のいいパーティーだ。本当にそう思える。
不意にヴァンが頭を下げる。
「さぁ、グラネダへ。あとは私達が引き受けます」
ヴァンが言うと、ルーが障壁を展開し、空間を浮かせる。
二人を見送って――全員で再び黒い山を振り返る。
途方も無い挑戦のような気がする。
「いやぁ、正直、どうする?」
マジで聞いて見る。
こりゃ写真とって特攻したって勝てないぞ?
「全力でやるしか無いでしょ」
「そうですね。出来ることを尽くしましょう」
シィルの意見にファーナが同意する。
正直、相手が未知数すぎてどこまで対抗できるか分からない。
「竜ですか……あの時は――」
ヴァンが苦い顔をする。
「ん? ヴァンは何か知ってる?」
「……ええ。私達はアレと対峙するのは二度目です」
「勝ったの!?」
「いいえ。負けました」
「えええっ!? っじゃなんで?」
「竜と戦って、生き残ること。それが条件です」
人の命を背に戦って、生きること。
それがこの試練。
ヴァンが言うには壁は結構期待していいらしいがそれでも限界はあるという。
それなら俺達がやっぱり倒すなり撃退するなりしないといけない。
最初から全力でぶつかってこの状態。
効いて無いわけは無いだろうけど。
もう少し人数が欲しいなぁ……。
そう思って刹那。
黒い山の足元に誰か居るのに気づいた。
その影は結構な勢いでこちらに向かって走っている。
「いいいいやああああああああああああああああああ!!!
なんかいるなんかいるジェレイドなんかいる!!!」
「はっはっは!!! 嫌なときに来たなぁホンマ!!!」
「うん。意外と何とかなる気がしてきたっ」
俺は二人に手を振った。
/ メール