第98話『最前線/約束』


 ――約束がある。
『――っ大丈夫っ! ファーナは絶対俺達が守るから! 俺はファーナの剣だから!』
 少年が誓う。
『……! うんっそれならわたしがファーナの盾になりますっ!』
 少女が言う。
 もう、ずっと遠い記憶のように感じる言葉を思い出す。

 それは――残念ながらアタシの記憶では、無い。


 ここ最近。
 ずっと調子が変だった。
 調子が悪い意味ではない。むしろ肉体的には謎の力があふれていた。
 それは――カードで飛んできて、黒い竜を見て分かった。
 竜の存在が近く、自分に影響が出ていた。
 もし他に竜人がいれば同じ感覚を覚えているだろう。

 それと。
 声が、強くなった。

 その意味を考えようとすると頭痛がする。
 アタシの記憶じゃない何かが無理やり身体を支配していく。
 冷や汗が出るような夢を見る感じ。

 記憶が混ざる。
 アレは、――
 黒い竜。
 そうあの咆哮に酷く嫌な思い出がある。
 探そうとする自分の記憶と誰かの記憶。



「――シルヴィア。大丈夫ですか」
「――ん、大丈夫」
 そう言うのはヴァンツェ。
 前線に出たのは神子とシキガミ2組。
 何度も閃光みたいなのがあったり、大きな氷が出現したりとこちらを視覚的に騒がせる。
 竜はその2組の相手に専念しており、小さいブレスや強い風が起きている。
 ヴァンツェは中衛。
 街の壁として騎士隊と前線の中間に立っている。
 アタシも前衛に出るべきなのだがボーっとしていたら前衛組みに置いていかれてた。
 ――何かおかしいことがあたしの中で起きている。
 戦争でボーっとしてるとか、足手まといすぎて死んだ方がいい。
「アタシ前線に出る」
 多分戦えば、きっとそれに夢中になる。
 この謎のもやを忘れることが出来る。
「駄目です」
「じゃ、行ってくる――プッ」
 目の前に氷の壁が出来てぶつかる。
 不意打ち過ぎて尻餅をついてこけた。
「だから駄目だといっています。
 貴女は自らの状態も把握できないのですか」
「いったー……。
 覚えてろクソエルフ。
 大丈夫。向こう行ったら治るし。勘だけど」
 よっこらせと立ち上がって氷を叩き割ると再び歩く。
「プッ」
 再び氷の壁に激突して歩みを止める。
「もー! 邪魔すんなクソエルフ!」
「貴女が邪魔になるのを先に止めているのです」
 漂う無気力感に突っ込まれているのだろう。
 そう。間違いなくこのまま行けば邪魔にしかならない。

「――ヴァンツェ」
「なんでしょう――?」

 ・・・・・・
「アタシは誰だ」

 その言葉にため息をついて両手を挙げつつかれは答える。
「――シルヴィア・オルナイツ。
 戦舞姫<スピリオッド>の命名を持つ竜人。
 好きなものは食べ物全般。
 嫌いなものは理解出来ない物
 性格は凶暴で口が悪い。
 特技は戦争――」

 さすがエルフ。
 知識は必要なものから無駄なものまでいろいろ覚える。
 その回答に笑うアタシを訝しげに見てヴァンツェが首を傾げた。
 それを聞くともっと分からなくなる。
 だから、もう一度聞いた。

「――わたしは、誰でしょう?」


 本来なら変わることの無い答え。
 でも、不自然なこの感情。
 わたしが刈られる守らなければと言う、謎の情念。
 ブルーの瞳が大きく見張られた。
 それだけで結構悪戯心が満たされた気がする。
「――貴女は――!?」
「よしっ! 行ってくるっ!!」

 そう言って振り前線へと。

「プッ!!!」

 走り出せなかった。


「いった〜……何するんですかっ!?」



 ――誰かの鼓動が――強くなる。











*コウキ



 大きな氷柱が竜を貫かんと地面から起き上がるも、その表皮の圧倒的な硬さに砕け散る。


「術式:裂空虎砲<れっくうこほう>!!!」
 大技の大安売りだ。
 俺は本日3発目の裂空虎砲をお見舞いする。
 衝撃波に竜が揺らぐのだが、それが効いているような節は無い。
「――はぁっ! キリがありませんね――!」
 せめてどっかヒビでも入れば話は違うんだけど――。
 流石に筋肉痛の予兆を見せ始めた腕をぶんぶんと振りつつ竜の意識を奪うように俺も走る。
 ちくしょうやっぱ――無理なのかぁ――!?

「ねぇ――! これ、無理じゃない!?」
 さすがに四法さんも氷の刃を出し続けて疲労している。
「それに――ちょっと、可哀想――……!!」
 四法さんが竜に何度も氷の刃を向けるその意味を疑っている。

 炎の法術も夜の法術も――大概、出し尽くした。
 さすがに俺も焦る。
 次を考える。
 でも最大の一手は通じない。
 最悪の場合、街が消滅してこの竜は居なくなる。
 それはもっと、駄目だ。
 あそこには俺の友達が居る。

 だからなんとしてでも止める。
 今更のように――片腕である自分に、悔しさを覚えた。

 ――チュィィィン!!!

 プチブレスより細い閃光。
 プチビームと呼ぼう。
 俺がそう決めた。

 俺はそれを華麗に避ける。
 曲線を描かないので発射光が見えた後飛べばいい。
 正確すぎるその光線は俺には簡単に避けることが出来る。
 俺が出来るってことは四法さんにも出来るはず。
 というかやってる。
 神子二人は一応壁でそれを防げることが分かっている。 
 ビームがきたら即座に壁の展開をするようにしている。

 でもこのままじゃジリ貧だ。
 体力的もマナも無限じゃない。
 このままじゃ削り取られて終わる。

 一人一人を狙っていた術陣が、無数に出現した。
 面倒になったんだな、とか思っているとやっぱりそれ全部に収束が始まる。
 ――やっべ。
 異常な収束速度ですぐにその光が絶頂に達した。

 シュッピィィィンッッ!!!

 一人に3つ。
 そのプチビームが襲い掛かる。

 パキィィ!!

「――あっ、――!!」

 寒気が走る。
「ファーナ!!!」
 空から落ちるファーナに全速力で駆け寄って、衝撃緩衝を働かせる。
「だ、大丈夫です、かすっただけですから……!」
 かすっただけ、の腕から激しく血が流れ出ている。
 火傷と、その傷の痛みに顔を歪めながらも強がっているだけなのは分かった。
 俺達の情勢が膠着から絶体絶命に陥る。
 俺はこれから彼女の盾もこなさなくてはいけない。
 でも――
 俺には腕が一つしかなく、
 盾を持つと剣が持てず、
 剣を持つと盾になることが出来ない。

 そして――


 さっきの5倍ほどの数の術陣が出現した。

 それはトドメである。
 理解できた。納得した。
 このぐらいあれば死ぬだろうという適当な計算だとしても十分すぎる。
 俺には避ける事が出来ず、ファーナには防ぐことが出来ない。
 その全てが俺たちに向けられているのも、俺たちを殺し残り二人を相手する為。
 手負いになった方を先に片付ける――いい判断だ。
 アレは、動物なんかじゃない。人に近い思考を持ってる。
 ああ、そうか、だって神様だし。
 第3位ってことは別に言葉とか分かるんじゃないのか?
 まぁ今更言ったところでどうしようも無い。
 光を帯びる術陣。
 それは俺たちを死へ導く光線と成る。
 その絶望は、ファーナも同じだった。
 冷たい光を見上げて、俺の腕を強く握る。
 ああ、なんとかしなきゃ、なんとか――!
 でも、その目の前の光が絶頂に達する瞬間を見た俺の思考は――。
 ――詰んだ――。
 その一言。




「くわあああああああああああああ!!!」

 ボォオオオオンッッ!!!


「うわあああああ!!!?」
「っっっ!!!?」

 声と共に突然出現した光が竜に直撃し、竜が声を上げてのけぞった。

 その最近よく聞く声だった。
 俺は光が収まってすぐ、その声の主を振り返る。

 翻る赤茶の髪。
 アレ、と違和感を覚えた。
 いつもは青いのに。
 そう戦っているときはいつもその色は反転して、群青色の髪の色になる。
 シィルが竜に向かって放ったプチブレス。
 あれも仮神化状態じゃないと行使できないんじゃ――?

「戦場に持ってく三か条!」
 シィルは指を一つ空に掲げて、声を張った。
「ひとーーーーつ!!」
「へ!?」
「油断しなーい!!」
 びっと俺を指差しそう言った。
 油断……したつもりは無いけどずっと考えてて、結論が出ないままここにいたってしまった。
 確かにそれは俺の責任だ。

「ふたーーーーつ!!」
「わっ!?」
「敵に躊躇わなーい!!」
 四法さんに向かって指差される。
 少しだけ罰が悪そうに頭を下げた。

 それに頷くと右腕を握り十字架剣<アウフェロ・クロス>を出現させる。
 ブォッと風を切る重い音がした。

「そしてみっつ!!!」
 その切っ先をドラゴンに向け、微かに揺れた鎖が鳴る。

「必ず!! 生きて戻りなさい!!!

 わかった!!!?」

「お、おうっ!」
「は……はいっ」

 俺たちの返事を聞いて満足げに頷くシィル。
 その力強い光を帯びた目が俺を見る。
「――今回だけ、アタシが剣やったげる」
『――え?』
 ファーナと声を重ねてシィルを見た。
 でももうその言葉を聞き返すことはできない。
 髪の毛がブルーに染まる。
 仮神化――目の前の竜と、同等の力を得ることの出来る肉体。

 今回だけ、剣。
 その言葉を思い出そうとした。
 遠い日の約束。
 でも盾になると言ってくれたのは、彼女じゃないはずなのに――。



「術式:茨が舞う如く<ルソ・デール・スランファ>ッ!!!」

 ――竜舞姫<スピリオッド>と呼ばれるが所以。
 それは広く果てない戦争の大地。
 必ず一対多の状況で勝ち進む彼女につけられた命名。

 踊るように鎖を這わせ、竜が如き力で鎖を引く。
 黒竜の足に巻きついた鎖を蟻のように小さく見える人が、引く。

 ――竜が浮いた。

 唖然とした。
 声も出ないほど。
 強い――何だよ、それ――!

 驚いている間に、彼女は既に剣をその手に戻し、空高く舞い上がっている。


「術式:降り注ぐ流星の如く<スティ・ラグマ・テンスター>!!!」

 浮いて無防備な体勢の竜に容赦なく降注ぐ剣の嵐。
 その剣が鱗を貫く事は無いが、まるで同じもので殴りあうように、大きくその身体が揺れる。


 ――命名とは、力である。
 命名を受ける事でその能力に対する上限の開放、相性の向上など、能力が格段に上がる。
 その説明を聞いたのはヴァンに命名のことを聞いたとき。
 でも、その理解と納得が追いつかなかった。
 この世界についても知らない俺がそれを知ったところで何かと結びつく事が無かったから。
 だから――今。それを理解する。
 命名を受けた者である彼女の異常な力。

 アキじゃない、シィルの実力――それを、アキの身体で再現している。

 空中でのくるくると踊るような連撃に俺たちは見入る。
 緋色の術式ラインが弾ける様に光り、剣を打ち放つ。


「術式:竜王の踊るが如く<ドラグ・フォン・ヴィーヴァ>ッッ!!!」


 迷宮を破壊しかけたその技を目にする。
 ――ズドッッ!!
 十字架剣が緋色の光を帯び、縦横無尽に飛翔する。
 ガゴンッッ!!!
 大地に当たれば抉り、竜に当たれば弾き飛ばす。
 俺たちの目の前も例外じゃなく、派手に爆発するように踊り狂う。
 鎖が竜を捕らえ、大地に何度も打ち付ける。
 心配なのは地震とかの方だが、今その震源に居る自分を心配するべきか――!

「や、やりすぎだシィルーーーーーーーーーーー!!!」


「うっしゃラストォォ――!!」

 まだあんの!!?
 俺は「もう止めてぇぇ! 大地が泣き出しちゃうよぉぉ!」的な事を叫ぼうとした。
 ていうか、ファーナが真っ青だ。
 いろんな意味で。

 大きく息を吸って、彼女が緋色の術陣を展開する。
 あれ、法術つかえたんだっけ――?
 でもそんな疑問は、次の瞬間に消え去る。

「術式:竜神の咆哮が如く<マキナ・サン・クラマ>――!!!」

 竜神から頂いた術式の最後。五つ目の術式。
 本当にさっきの黒竜の咆哮と同じモノだと悟る。
 空中から落下しながら、彼女がその術陣を拡大する。

 ブルーの術陣が徐々に緋色を帯びて、彼女の目の前で輝く。
 そして――。



「くわあああああああああああああああ!!!」


「やっぱそれかーーっ!!」
 少し間抜けな叫び声が響き渡る平原のど真ん中。
 真っ白な光が生み出されドラゴンを直撃する――!!

 確実に今のはダメージになったはずだ。

 ――すげぇ――!

 ドラゴンが落ち、大きな揺れと風に顔を背ける。
 
 そして空から降り、無事着地したと思ったシィルが倒れた姿を見た。
 アレだけのことをすれば当然か。

 一瞬、終わったかのような安堵をした。

 次の瞬間には土煙の中からの気配に、俺は鳥肌と冷や汗が一気に身体を走った。
 ヤバイ。
 いつも、この勘は死の宣告。
 やっと分かってきたような気がする。
 その気配だけには敏感な俺だから。
 その感覚に警告の声を出す。
「シィル! 避けろ!!!」

 土煙から一瞬、ドラゴンの姿が覗く。
 ――口の周りに大きく輝く光。
 最初と同じ竜の咆哮<ドラゴンブレス>――。

 王様を助けたのはシィルだ。
 プチブレスで一部だけ相殺して、自分達だけ切り抜けた。
 さっきのは広域を狙った大きな術陣。
 今回は――違う。

 右腕で抱えていたファーナがいきなり、走り出した。
 危ないのに――!

 たった一人を狙って、小さく纏めた術陣。
 さっきと同じかそれ以上のマナが収束して彼女一人を狙ってる。
 王妃様が抱いた絶望を抱くことになるのは俺達。
 きっと、ファーナはそれが嫌で走り出した。
 その声は炎の壁の出現を唱え、怪我を負っていない左腕で収束している。

 心臓が高鳴る。
 また、俺は、あの子を失う事になるのか。

 ――いや、このままじゃ、二人とも。

 既に身体は――二人の元へ駆け出していた。

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