第99話『不幸の日々終焉』



 最後、マナを出し切って、気絶した。
 あの術は本来連続して使えない。
 マナが足りなかった筈。
 使用できたと言うことは彼女はかなりのマナ保有量があるということ。
 まぁプチブレスを多用できた時にはもう分かっていた事なんだけど。

 気だるい意識の落ち方をして、真っ暗な世界に居た。
 でも、その世界が何なのかを理解してて、自分の足で立っているという意識を持った。

 真っ暗。何も無い。
 でも歩き出す。
 あたしの約束を果たすために。

 長いような短いような時間を歩いた。
 すると目の前に寝ている小さな女の子を見つけた。
 小さい頃の自分に似ている。
 ひいき目に見ても可愛いと思ってそのほっぺたを抓んだ。
「ん……っ?」
 その子は目を覚まして、ごしごしと目を擦った。
 ……かわいい……。
「……おかあさん?」
 小さくアタシを見て言った。
 生んだ覚えは無いけど。
 でも散々言われてきたから子のこのことは知っている。

「おはよう、アキ」

 抱き上げて、ぐりぐりと撫でた。
 む〜っと眠そうな目をして、撫でられるがまま。
 でも嬉しそうににこ〜っとアタシをみて笑う。
 ああ、こんな可愛い子なのか。
 だから、ぎゅっと抱きしめて、その感触。

 だんだんと、アタシの輪郭がしっかりしてくる。
 彼女に、アキ・リーテライヌという輪郭を返す。

 愛しいわが子に、逢えた、と、感動する。




 世界の記憶が、アタシに返ってくる。

 約束だった。
 天意裁判に飲まれたとき。
 アタシはあの黒竜と戦った。

 そして、竜に及ぶ活躍を見せた。

 黒竜を殺す寸前に、一つだけ願いをかなえてくれると言った。
 何故黒竜を殺す前かって?
 殺してしまえば、天意裁判は成功する。でもそれは殺さなくても同じ。
 結論を言えば――

 アタシは、竜になった。

 竜は殺しても死なない。
 転生輪廻を越え、存在するモノだからだ。
 本来ならばこの世界には干渉するモノではない。
 稀にその天意裁判の為に表れる門番である。

 そのトドメの瞬間は夫が子を守る姿を見た。
 だから。今度はアタシの番。

「あの子を守らせて」

 そう願った。


 アタシの抱いていた小さな子供は、アタシと同じ大きさになって。
 アタシはその子をまだ強く抱きしめていた。
「さって。アタシはそろそろ帰らなきゃ」
 ぽんぽん、と背中を叩いて、その子に笑う。
 成長した姿が見れて良かった。
 もう逢うことは無いだろう。
 実質神となれば、親子血縁という関係は消え、ただ無表情に世界を見下ろす者となる。
 全知全能にして平等。それを神という。
「お、お母さん!」
 でも今。
 この置き去りにされた奇跡の空間でアタシはまだ母親で居られている。
 それを奇跡といわずになんと言う。
「何? 早く友達助けなさい。約束があるんでしょ?」
 アタシがその子として過ごした記憶を渡して、ああ、とその子は声を漏らした。
 何をすべきかは分かったはず。
 アタシがこの子に上げれる最後。
 いい母親じゃなかったけど――あたしは満足。

「お母さんっっお母さん――!!」
 何を言えばいいのか纏まらないのだろう。
 だからその大きな瞳からぽろぽろ涙をこぼして泣いている。
 冷たいようだけれど、もう時間が無い。
 ここも――終わりを迎える。

「ん。大きくなったねアキ。
 こんな可愛くて優秀ならアタシも自慢しがいがあるよ。
 あ、でももうちょっと自信もって行かなきゃだめよー?
 女は度胸! あ、胸はあるもんね〜。じゃぁ先手必勝!
 ねっ?
 あっ竜の咆哮はアタシがアンタにあげる最後ね。
 大事に使いなさいよ〜?」

 いろいろ言ってみたが、そんなアタシに目を白黒させている娘。
 まぁ仕方ない。

「行ってらっしゃい。気をつけて。コレが最後でごめんね」

 腰に手を当てて頭を撫でた。
 それが、最後。
 世界がアタシ達をかぎつけて、崩壊が始まった。
 急に足元が無くなって落ちていく娘を笑顔で見送る。

「ああ、あああっふぇ……! ありがとう、お母さん――!」

 泣きそうになってる、というか、泣いている情け無い娘。
 ああもう、ちょっと可愛いく育てすぎでしょうに。
 
 それが――最後のアタシと娘の会話。

 さぁ、起きなさい。アキ・リーテライヌ――。

 アンタはまだやることがあるでしょう。

 アタシはその闇の先を目指して歩き出す。
 ここで――アタシの存在は、消えた。






*コウキ


 何が出来る。
 何がある。
 俺に何があった。
 紅蓮月
 炎陣旋斬
 裂空虎砲

 どれか、一つでもドラゴンを退けることが出来たか。

 何も無い。
 何も出来ないのに俺は――



 炎の壁の前に立っていた。

 俺は剣だから。


「コウキ!!!」
 ファーナが俺を呼ぶ。
 でも、そこにいたって変わらない。
 呼吸をするのも忘れて俺はドラゴンを睨む。

 守らなきゃいけないのに。
 どうしても、思い浮かばない。
 お願いだ、
 奇跡でもいい。
 何か方法を――!!




「コウキさん!!!」



 アレ、と、思考が中断する。
 シィルは寝ていたはずなのに。
 ファーナもその視線を彼女に戻す。
 いや、シィルは俺をコウキさん、なんて呼ばない。
 妙に懐かしいと思った。
 何を考えれば良いのか分からなくて、何度か竜と彼女を視線で往復した。
 それも――ひとことで俺の行動が決まった。

「さがって下さい!! わたしが、盾になります!!
 お母さんがつけた額の傷が見えますか!!?」

 ――言われて、初めて竜の額に目を凝らす。
 黒いその鱗。
 そこに何度もぶつけていた成果か、亀裂が入っていた。

 ――すげぇ。シィルすげぇよ……!

 今、消えたことを悟った俺はその存在にかつて無い感謝した。
 活路が見えた。
 希望が戻ってきた――!



 俺は自分で分かるほど、全力で笑って、グッと指を立てた。
「よしゃあああ!!」
「コウキ! はしゃいでる場合じゃないです!!
 あれをどうにか――!」
 ブレスを止めなくては。
 でもそれは――

「いきます!!!

 術式:竜神の咆哮が如く<マキナ・サン・クラマ>――!!!」



 そう、それは彼女の母親――さっきまでシルヴィアだった彼女が使っていた技。
 竜の如く咆哮の光線が一直線に相手を飲み込む。
 圧倒的な火力でまさに竜の力である。
 それを何故彼女が。
 違和感は無い。その緋色と成った瞳は一直線に黒い竜を映し出す。

 大きく息を吸い込んだ彼女が叫ぶ――!!





「ふにゃあああああああああああああ!!!」




「弱そう!! 弱そうだよアキ!!」
 流石に俺もその瞬間に突っ込んでしまう。
「しょ、しょうがないんですよ! 叫ばないとブレス出来ないんです!!」

 その弱そうな叫びは、正しく竜の咆哮。
 同じ光、同じ質量。

 光が広がり、耳鳴り見たいな音鳴り響いた。

 少しだけして、地面が見えることを確認して目を開く。
 俺は生きてる。
 ファーナも耳を塞いで倒れているが俺と同じように恐る恐る動き出す。

 ――完璧に、相殺しきった。

 目の前には青色の髪が揺らめく。
 大丈夫か、と聞かれたけど少し耳が遠くて聞き取りづらかった。
 頷くと、ふわっと少しゆるい感じの笑い方。

 ――感触が蘇る。
 剣聖<グラディウス>の前で血を噴出す彼女。
 腕の中で体温を失くす彼女。
 笑えと、儚く最後の希望を言う彼女。
 触れられて、泣いて。
 叶えられない現実に叫んだ。
 
「……笑ってくれないんですかっ?」

 生きればッッ明日でも明後日でも俺は笑うから!!!

 嘘じゃない。
 俺はいつも笑ってた。
 でも――やっぱりシィルを見るたびに、何かが引っかかっていた。
 シィルがなんで居なくなったのかわからない。
 でも。
 きっと、それはさようならじゃなくて――「ありがとう」だ。



 途端に、懐かしい鼓動が戻ってきた。
 シンクロするファーナとの鼓動。
 見えた希望から湧き出る勇気。
「あはははははははっっ! よしっファーナ!!!」
 そういう前に、彼女は唱えていたけれど。
「短縮唱歌:魔を絶つ銀の刃、炎月輪!
 最後ですよコウキ――!」
「おう!!」
 俺の右手に、希望の炎が宿る。
 その炎は赤い円を描き、圧縮されて――ひとつ、円の武器を俺にもたらした。
 それをぐるぐると肩慣らしに回すと赤い軌跡を引いて円を作る。

「――アキ、壁の後ろに下がって」
「はいっ」
 スタッと素早くファーナの作る壁の後ろへと下がる。

 見事な盾の役だった。
 俺もあのぐらい役に立つ剣にならなきゃ立つ瀬が無い。
 いいこと思いつた。
 試してみようと思う。

 俺から竜までは距離がある。
 今、呆然と俺たちを見下ろす形になっている。
 今このとき。コレしかない。

 だから――俺の全てを叩きつけてやる。


 直接剣を叩き込むように、強く。

「術式:紅蓮月――!」

 炎月輪がその赤さを増し、更に炎を得る。
 でも、まだその炎が足りない。

「連式:炎陣旋斬――!!」

 周りに迸る炎。
 壁の向こうならきっと大丈夫。
 俺ですら、熱い。
 右腕を焼くような痛みがあった。
 それでも、その三回転をして、俺は竜を睨んでいた。

 そしてそれが、最強の一撃であるように――!!!

「連式:裂空――!!!」

 バーナーが燃え広がるような炎。
 それを――全力で解き放つ!!!


「虎砲ーーッッッ!!!」


 迸る炎を逆再生するように炎月輪が吸い込む。
 そして、俺の手の中で一瞬赤から黒へと変わり、俺の手から解き放たれた。
 絶対に負ける気がしない。
 確信に近い自信を持って俺の手から正しく俺の最強の一撃が放たれた。


「くらえコンチクショーーッッッ!!!」




 ィィンッ!!!


 一直線。
 危険を察した竜が少し頭を動かすが――あの炎月輪は俺自身。
 狙った場所を必ず貫く意志がある――!!

 パキィィィ――!

 その黒から、真っ白な光が生まれる。
 まるで、ラジュエラの放った裂空虎砲のよう――。
 それは、紛れも無くそうだった。
 炎月輪は俺の意志。
 俺の狙った位置に光となって飛んだ。



 ――ズ――パァァァアアアンッッ――!!!


 その額にジャストミート。
 ヒビから、一閃。
 体中にそれが広がり、ガラスのように竜が砕けた。

 ――竜のレプリカが崩壊する――。
 
 黒い破片はキラキラとガラスのように光り――消える。
 この世界のモンスターである。
 言葉も無く、ただその存在の足跡だけ地面に残して。

 俺は手を高く上げる。そして、グッと拳を握った。



「うわぁっっしゃああああああああああああ!!!」

 叫んだ。
 人生で一番嬉しいかもしれない。

 遠くで、兵士達の喚起する声が聞こえた。

「コウキさん!!!」
「コウキ!!!」
「おふっ!!?」

 その勢いの良すぎるタックルに全員で倒れこむ。

「二人とも良かったっ!! 流石ですコウキさん!!」
「心配しました!! お帰りなさいアキ!!」
「大丈夫か!! お帰りアキ!!」

「――ふぇ、ただいまぁ……!!」

 泣いたり笑ったり。
 テンションが上がりまくってよく分からない。
 でも、嬉泣きだ。間違いない。





「おいアスカぁ、ワイら、完っっ全空気やぞ」
 こそこそと三人に近づきつつ、姿勢低めでひそひそと会話する。
「う、うん。でも、感動的なシーンだし、てか、ほら」
 あたしの指差す先にジェレイドがぱっと視線をやる。
 三人は感動的なシーンで止まったまま――

『スーー……』

「寝るんかい!! お前らそこで寝るんか!!」
「あっ。あたし達コレを連れて帰る為にここに居るんだよきっと」
 ポンッと手を叩いて思いついたことを言ってみる。
「ええんか! あの思いしといてそれでええんか!」
 まぁそれもそうなのだけれど。
「だって笑ったまま寝てるんだよ? ていうか、仲良いよね〜ホント」
 なんていうか危なっかしいんだけどほほえましい。
 恋愛で言えば修羅場なんだけど、危ないままでも成立してる三人がとても凄いと思う。
「……はぁ。まぁええわ。今の試練やったらそこら辺に箱あるやろ。もっていったり。
 しゃーない。ワイが運ぶわ――お?」
 ジェレイドが見た先にあたしも視線をやると、金色毛並みの動物がパタパタと走ってくる。
「あ、ルーちゃんが来てくれたっ」
「カゥゥ!?」
 ルーちゃんは3人を心配して大丈夫ですかっとあたし達に問う。
「うん。大丈夫だよっ。3人とも寝てるだけだから運んであげて」
「せやな。笑ったまま寝とるし。はよベッドで寝させたりや」
「カゥ! キュウ?」
 はいっと元気よく返事するのがホント可愛い。
 あたしたちもついでに運んでくれるらしいのだけれど――。
「ワイらはええわ。
 あ、後で箱もっといたるから街に来いって伝言だけよろしゅうなぁ?」
「カゥ!」
 なんとなくそう言ったジェレイドの魂胆が読めた。
 多分箱を手に軽く強請る気だ。
 イイモノ食べさせろって。
 まぁコレばっかりはあたしも賛成なので何も言わない。

 わたわたと回収して走るルーちゃんを見送る。
 最後突然止まって、戻ってくると、一言「キュー」と鳴いてまた走って行った。
 ああ、ほんといい子だなぁルーちゃん。
 三人に代わってアリガトウを言いに来たのだ。



 晴れた空を見上げる。
 何事も無かったかのような空が広がり、気持ちのよい天気だった。
 ちょっとひんやりするなぁと思ったら、自分の氷のせいだ。

「でもちょっとぐらい飛ばないように足元固めてたって主張してもいんじゃない?」
「ワイはええわ。箱持ってフルコースねだってみよーやっ」
 二ヒヒと歯を見せて笑うジェレイド。
「そっちのが強欲じゃん!」
「ええやん。王国の王女様なんやろ?
 うっは。今ので3つかぁよぉやるわ」
「3つ!? ていうか、あたしらは!?」
「ノーカン。つかワイら4度目の不幸やからコレのことちゃう?
 今ので3つも報われんけど。無いワイらも更に報われへんし」
 ま、空気やったけどと付け足すジェレイド。
「あーーもーーー! フルコースね!!」
「やな。さーて。宿開いとるかなぁ」
「あっそっか今日はフルコースじゃないんだ……」
「ま、しゃーないわ。不幸の日不幸の日。はっはっは」
 言ってジェレイドはゆっくりと歩き出す。
 あたしも並んで――不幸の日だったけど、三人を思い出すと笑えて。
 今度ネタにしようとか思いつつ、招待されたグラネダの街へと歩き出した。


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