第102話『武騒』


*コウキ


 朝は清々しい空気。
 まぁ空模様は多少優れないがまだ雨は降ってない。
 いつもと同じように目を覚まして背伸びした。

 昨日は楽しかったなぁ。
 いつもと同じ時間。
 見慣れた金色の頭を見つけて声をかけた。
 
「あ、おはようファーナ」
「ん――おはよう御座いますコウキ」

 俺を見つけてファーナが少し赤い顔でにこっと笑った。
 ファーナは王女様だが、朝はここに来るようになった。
 本来ならメイドさんが洗面器的なものに水を溜めて部屋まで持っていくのだが、
旅に出るようになって、自分でやるようにしたいと自分付きのメイドに言ったんだとか。
 この時間にはもう使用人と呼ばれる人たちは朝の準備を済ませ働いている。
 朝食、清掃、鍛錬、礼拝――。
 礼拝にはファーナも参加する為この時間に起きている。
 まぁ神子様だし。
 俺はいわゆる朝練をすることにしている。

「ファーナ。頼みがあるんだ」

「あ、はい? わたくしに出来ることなら構いませんが……」
 結構いきなり話しかけたので驚いた風にこちらを見た。
 なんか動き方が可愛いなぁとか思いつつ笑いながら俺の要望を言ってみた。
「法術教えてよ。忙しくなかったらでいいからさ」

 最近、ラジュエラ打開策を考える事が多い。
 そして――まだ覚えられない法術。
 こいつもまじめに習えばきっと何かしら役に立つはず――!

「ええ。構いませんよ」
 朝の礼拝が済んだファーナをつれて神殿地下の広場を練習場に。
 ヴァンに教えてもらえば? だって?
 ふぅ……それはもう何ヶ月か前に終わった話さっ……。

「おはよ〜」
 丁度そんな時に声がした。
 アキが眠そうに目をこすりながらふらふらと歩いてきた。
 結構遅くまで話していたんだけど、大丈夫なのか?
「あ、おはよう御座いますアキ。眠そうですが大丈夫ですか?」
「うんー。おはよ〜」
 ……アキは見事に寝ぼけている。
「おはよアキ」
「おはよー」
「アキ、タオルじゃなくてタオ・ルー持ってきてるけど、大丈夫なのか?」
「うんー」
 絶対大丈夫じゃないだろ。
 ルーメンはまだ気持ちよさ気に寝ている。
 しかし気づかずそのままポフっとルーを水場の上に起き、水道の水を出した。
「アキ、一度部屋に――」
「しっ。待てファーナっ」
 すっとファーナの後ろに回って肩を持って行動を止める。
「こ、コウキっですが……」
「ルーの位置が絶妙だっ。見てよちょっとずつ落ちてる」
「あ、あ〜……」
 止めないといけないけど見ていたいこの結末。
 桶に水をためて使うのだが、その中にルーが落ちるとどうなるのか……。
 ここで起きないとか動物としてどうなんだルー。
 ――そして。その時が来た。
 丁度アキがうつらうつらと水を出しっぱなしにしたまま船をこいで、水が桶から溢れた。

 ――ズル――ッ!

 ルーがその水場の上から落ちそうになった時――ピンッ! と耳が急激に跳ね上がった。
 さすがに危険を感じたのかピョンッと勢い良くそこから跳ねた――!
 おおっとかちょっと感心したが、次の瞬間――

 ドムッ

「ぷっ!?」
「カゥ!?」

 バシャーーーン!!!

 正面に立っていたアキの顔に激突して結局桶の中に落ちた。
「きゃっつめた――っあ、わっルーちゃん!?」
「カウゥーーキュゥゥーー!」
 ルーは風呂嫌いだ。
 たぶんまたトラウマが増えたな。
 バシャバシャと暴れて水を撒き散らすルーを拾い上げると、
バッと俺の手から逃げてブルブルと水を散らした。
 毛が長いせいか水気は抜け切らない。
「あっはっはっ! 朝から面白いもん見たーっおはよー」
「カウゥ! キュゥゥ!」
 ルーがこちらを向いて見てるなんてあんまりですぅ! と叫ぶ。
 吠えると言ったほうがいいのだろうか。
「だって面白いじゃん?」
「キュゥーーー!」
 師匠のバカーーー! と叫んで逃げていった。

「逃げちゃった……ルーちゃんに謝らないと……
 ていうかわたしもタオル無いし……うぅ……」
「アキ、コレを使ってください」
「あ、ありがとファーナ……おはよ〜って、さっきも言ったっけ?」
「ふふっお早う御座いますっ」
 ファーナが微笑んで二つ持っていたタオルのひとつを渡す。
 寝癖用と顔を洗う用だっけ。まぁいいんだけど。
「おはよ。んじゃぁ俺ルー拭いとく。スカーレットさんに見つかるとやばいし」
「あっいいですよ。わたしが追いますから」
 わしゃわしゃと濡れた所を拭きながら慌てて俺に言う。
 その様子に不適に笑いつつ俺は数歩進んだ。
「ふっふっふ。俺は追わないぞ」
「えっ? じゃぁ……?」
「だが!

 ルー! ゴーハーンだぞー!」

 ――ステテテテテッ!

「キュゥーン!」

 ハーイ! と嬉しそうな顔で尻尾を振りながら倍速で戻ってきた。
 ソレを捕まえてわしゃわしゃと拭き始める。
「ほら、簡単っ! よしよーし。拭いたらメシなー」
「あはははっコウキさんに呼ばれるとゴハンがおいしい気がしますからねっ」
「あ、それはわかりますね」
 二人の言葉をききつつとりあえずルーを拭く。
「あっこらっぷるぷるするなっ散っちゃうだろ〜」
「クゥー」
 ルーをもしゃもしゃと拭いてあとは自然乾燥に任せる程度に。
 このタオルは洗って返そう。じゃないと嫌な顔されそうだし。
 動物嫌いって訳じゃなさそうだけど、厳しい感じだ。
 まぁ飲食店に勤めてた俺にも良くわかる。
 食中毒なんかには特に気をつけなきゃいけない。
 厨房に入るときは肘までしっかり洗うっとか。良く姉さんに言われてたかな。
「よし。こんなもんかな」
「ルーちゃんごめんね〜?」
 拭き終わって軽くパタパタと体を振るルー。
 水は散らず、短めの頭の毛がモフッと広がった。
 ドライヤーで乾かしてやるべきなんだろうけど、文明の利器はここには無い。
「カウッ」
「大丈夫ですってさ」
「ありがとっそれじゃご飯ですねー」

 ――皆で食堂に向かう。
 すでに朝ごはんは用意されていて、忙しそうにスカーレットさんが動いていた。
「お早う御座いますスカーレット」
「お早う御座います皆様。もうすぐ用意が整いますので座ってお待ちください」
 それでも挨拶は欠かさず静かに礼をして、またススッと歩き去る。
 人数がいるから忙しいのだろう。
 でも心なしか楽しそうというのが職人の領域だなぁと思う。

 ――静かな朝を終えて。
 礼拝が終わったらファーナと会う約束で俺は朝練へ。
 ――なんか足取りがふらふらしてたけど大丈夫だろうか。
 聞いてみたけど、はい、と答えて行ってしまっただけだった。
 修行にはアキにも誘いをかけてみたが、なんか騎士さんと約束があるらしい。
 昨日、アイリスを送ったときにばったり出会ったらしい。
 第6騎士紫煙のなんとか様とお手合わせがなんとか。
 良くわからないがその名前が出た途端ファーナがすごい慈しみの笑みを浮かべて
「頑張って……帰ってきてください」
 と言ったのを覚えてる。
 よくわかんないけど……大変なんだなとパンにかじりついていた。



 ――少し日が高くなってようやくお城全体が朝日に照らされた頃。
 そういえばファーナが遅いかなぁと思って剣を振りやめた。
「しょうがないなぁ」
 俺は剣をしまってての指を二本立てて額に当てる。
「イチガミ〜瞬間移動!」

 説明しよう!
 神子<みこ>とシキガミは心の繋がりが発生するため、なんとなく気持ちとかいる場所とかがわかるのだ!
 それにより居場所を探知し、瞬間移動するのだ!
 ……気持ちだけ。

 なんか神殿にいるっぽいんだけど、反応が弱い。
 く……やはり俺にはまだ使いこなせないというのか……。
 こうなったらテレパシーでも試そうか。
 感情がリンクするし行けるんじゃね?
 うーん……テレパスする内容が全然思い浮かばない。
 もしもーし。修行しませんかー。剣じゃなくて法術だよー。

 ……
 ふぅ……。
 無駄な事した。
 とりあえず行ってみるか。

「コウキ様」
「ん? あ、スカーレットさん。何か?」
「失礼いたします。取り込み中でしたでしょうか」
 ……今のが取り込み中にみえたのか。
 まぁ独り言とか言ってなかったし考え事してたようにみえる……よな。うん。

「大丈夫。あ、タオルならあそこ干してあるよっ」
「はい。それは構いませんが――リージェ様が、熱を出しておられました」
「――ああ、やっぱり」
「ですから、この後の予定を……」
「うん。了解。お大事にーって言っといて。後でお見舞いに行くよ」
「はい。ご配慮痛み入ります」
「いや。わざわざありがと」
「いいえ。リージェ様の為ですから。それでは失礼致しました」

 彼女の後姿を見送って空を見上げる。
 ――昼からは雨なのかなぁ。
 頭上に見える雲の塊を見つつ思ってみた。



 ――うーん。一人で修行も悪くは無いけどさびしい。
 そう言えばアキが騎士の人と戦う的な事を言っていたけど……いや、あんまり俺はやりたくないな。
 でもちょっと見てみたいから行ってみようかな。

 なんだかんだ、この城の敷地は広い。
 神殿は城に向かって右側、兵舎が左右に分かれていて。
 俺がさっきまで居たのは神殿の中庭になる。




 兵士さん方はいろいろお仕事がある。
 警備もそうだが町を巡回したり検問もしている。
 護衛の依頼を受けたり、他にも割られた仕事は多々ある。
 公務が殆どそうだな。
 まぁぶっちゃけ役所と同じだよな。
 こういう文化が時代に合わせて分割されたりするんだよな。
 警察は手荒いことが多いから柔道だって必修だし。
 こっちは体術もそうだけど剣術か槍術のどちらかが必修だった。
 知らなくて王国兵になっても叩き込まれる。まぁそういうもんだよな。
 騎士が確か大臣的な何か役割を負ってた気がする。
 財政はヴァンだったけど。戦争じゃ軍師って聞いたしなぁ。
 剣が振って強ければいいって訳じゃないんだなぁ。

 神殿から城への階段を上る。
 神殿は地形的にはお城より下だ。
 だから円筒形のヤツが城から神殿へ降りるように長く伸びている。
 ちなみにアイリスが俺を蹴飛ばした思い出の場所でもあるんだぜ。
 ……もうお尻しか覚えてないけど……。
「シキガミ様!」
「うおっ!? シリガミ!?」
「ちがいますっそ、そんなこと言ってませんからっっ」
 確かにいきなりトイレットペーパー扱いは酷いよな。
 ちょっとびっくりしすぎてポロっとでちゃったよ。
 俺の目の前でぷりぷり怒ってるアイリスに笑いかける。
「あっはっは。ごめんアイリス。神殿に御用事?」
「はい。お姉様が居るときに遊んでいただこうと思いまして」
 レモン色のフワフワした髪を揺らして元気の良い笑顔を見せた。
「おお、いいね。だが今日はここを通せないぜ!」
 バーンと俺は扉の前で両手を開いた。
 少しだけ引いて少し身構えるアイリス。
「えっ何故ですかっ?
 まさか、シキガミ様までお父様の手先に!?
 ヒドいですっあんまりですっ」
 いつも通りすばやい展開をしてくれるアイリス。
 すごい妄想力だなマジ。
 俺は違う違うと右手をペラペラと振って否定を表す。
「いや、ファーナ風邪ひいたんだって。お見舞い程度にしときなよ。
 うつると大変だ」
「あ、そうでしたか……」
 残念そうな顔でしゅんとなる。
 ああ、ファーナと遊ぶの楽しみにしてたのか。
 なんか励まさないと――。
 と、言葉を捜すまもなく、彼女は次の言葉を俺に向けた。
「シキガミ様はどちらへ?」
「俺は兵士さんの練習場とかを目指して迷う予定」
 俺の様子にちょっと視線をはずしてすぐにぽんと小さく手を合わせて言った。
「まぁ。あっでは、ご案内役をさせてくださいっ。
 わたくしも時間が出来たところですからっ」
「あ、マジで? 有難いけど……いいの?」
「はいっ是非っ」
 元気良く髪を揺らして承諾してくれた。







 ――ドォン!

 音が弾ける。

 ――城の右側に位置する兵士の練習場。
 5番隊使用中の札。後にも時間ごとに各隊の番号が書いてある掲示板があった。
 そこで繰り広げられる戦い。
 一人は良く見知った顔。
 アキが髪の色を青く染めて、十字架を縦横無尽に投げつける。
 相手の人はヒラリと木の葉のようにソレを避けて彼女へと向かう。
 あの人は――誰だっけ。

 ピシュ――ッ!

 鋭い剣筋が光の線をつくりアキを襲う。
 ソレをアキの大剣がその大きさを生かした形で防ぎ、隙を突いて離れては剣を飛ばす。
 息をつく暇も無い見事な攻防。

 なんとなく、その剣の動きを追う。

 ――綺麗だな。
 洗練された動作。
 ラジュエラ的な圧倒感を覚える。
 まぁラジュエラは例外に入るんだろうけど。

 キィンッ!!! キィンッ!!!
 ズッ――!!!

 三発の攻撃の一度を避けずあえて受けてアキが踏み込む。
「怪我が――」
「だ、大丈夫ですシキガミ様。キュア班が待機していますから」
 体が勝手に助けに行こうとして、ソレをアイリスに止められる。

 ギリギリの攻防の一瞬、こちら側を向いたときにアキと目があう。

「頑張れっ!」
「ファイトですアキさんっ!」

 余裕が無いのか頷いて――でも、今までよりもさらに力強く踏み出した。
 体を一回転させる振りからの大薙ぎが直撃し、四角い段上で相手の人が吹き飛ぶ。
「く――っ!」
 ギリギリ落ちない程度の場所で何とかとどまって、アキを見る。
 次の攻撃態勢に入った彼女は大きく剣を投げるために弓なりに体を反らせている。

「隊長! 負けないで隊長ー!」
「ロザリア様!」

 周りには結構な人が集まっていた。
 女性と男性は半分ぐらい。でも皆あのロザリアって人を応援しているようだ。
 完全にアウェーか。
 なるほど、コレはちょっと戦いづらい。
 ならせめて俺らだけでも味方しようか――。



 ――結局。アキは負けたけど。

「お疲れ。すごいなアキっ」
「お疲れ様でした。本当に、すごい戦いでした。
 武術大会の決勝のようでしたっ」
 俺とアイリスが段上を降りたアキに言葉を送る。
「ありがとう御座いますっ。応援ありがとう御座いましたっ」
 深々と頭を下げて本当に安堵した笑みを見せる。
「まぁ完全なアウェーだったしね」
「あはは……やっぱりチョットだけやり辛かったです」
 アキは小さくそう言って頭に手をやる。
 やっぱ全力って訳にも行かないしな。
「でもこういう場所だと技術の差がきっちり出るよな」
「ええ、ロザリア様は凄く剣に長けてますし、勉強になるんです」
 アキが珍しく力説する。
 まぁ見てる分でも凄くためになった。

「ロザリアは国随一の剣士ですからっ。
 武術大会からチャンスをつかみ、
 隊長への道を駆け上がった、
 超美人剣士、ロザリアです!」

「し、失礼。アイリス様……大げさ過ぎます」
 銀色の髪をした女性――身長はアキ程で、凛とした真面目な人という印象。
 王女にからかわれて真面目に恥ずかしがっている。
「ロザリアっ見事な戦いでしたっ。
 今度やはりわたくしにも教えてくださいねっ」
「それは危険なのでダメです――?」
 そこでふと俺の存在に気づかれた。
 気配は断っていたのに。いや、そんなこと出来ないけど。
「あ、ロザリアは初めてお会いになられるのですね。
 このお方はお姉様のシキガミ、コウキ様ですっ」
 バーンと効果音つきで俺が紹介される。
 王女から、という経由だと俺すっげぇ偉そうじゃね?
「ああ、貴方がシキガミ様でしたか。
 噂は聞いております。第5騎士ロザリア・シグストームと申します。
 以後お見知りおきを」
「コウキ・イチガミです。
 って、あんまり固いの好きじゃないからもっと雑兵を扱う感じで。
 出身が冒険者なんであんまり礼節がないんですよ」
「ふっ、はははっ雑兵っ残念ながら私はどの兵にもこうです」
「5番隊のツェガルとミロンが鬼のように厳しいと言ってたかなぁ。
 でもそうでもなさそうですし?」
「ウチの隊のものと面識が?」
「あはは。神殿の門番やってた二人のことなんだけど」
「ああ、なるほど。聞いておりますよ。とても気さくで良い方だ、と。
 とりあえずあの二人には、みっっっちり稽古をつけることにします」

 おお……可哀想に……。
 笑顔で言い切るあたり、この人は天然の鬼だ。
 かの門番たちの顔を思い浮かべながら南無南無と手を合わせる。
 いい人たちだったんだけどなぁ……ごめんよ。


「ところで、シキガミ様。よろしければお手合わせ願いたいのですが」


 ――どうやら、俺の方が先にいっちまうみたいだ……。


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