第103話『剣騒』


*コウキ


「――ひとつ、聞いても?」
「どうぞ?」
 銀色の髪を結った銀の鎧の女性が小首を傾げた。
 聡明な顔立ちでブルーの瞳。
 全体的な雰囲気はヴァンに似ているような気がしなくも無い。
 ただ、ヴァンより鋭い感があって、――なんだろう。
 恐いっていうか、苦手感がある。
「貴方は双剣だったのでは?」
 俺のひらひらと靡く左の腕に視線をやって彼女は首をかしげた。
「そう。左手は……友達に貸しにしといたよ」
 まぁ、アレは仕方ないよな。
 自分でもこの結果には驚きが隠せなかった。
 馬鹿だった俺の出した最悪の結果。
「そうでしたか……無粋でした。非礼をお詫びいたします」
「はっはっは。いいよ」
 そう言っても彼女は気まずそうに視線を下げて頷くだけ。
 やっぱり真面目な人なんだな。
「別に俺は気にしちゃ居ないわけじゃない。
 だけど、誰かに気にされるほどの事じゃないんだ。
 片手を失った俺を見たかの戦女神はこういった。

 “君が腕を失った程度で弱くなる訳が無い”」


 戦乙女は俺を信じて疑わない。
 それが何故なのか俺には良くわからないが。
 信じられているうちは頑張る。

「俺は、片手だからって、弱くはなってないよ」

 俺はあの言葉を信じる事にした。
 決意と作戦と技術でラジュエラを超える事にした。
 ――剣を抜いた俺を見て、ロザリアが笑う。
 戦いに歓喜する人間を見たことは無かった。
「――ああ、本当に私は貴方に失礼な事を言ってしまったようだ。
 私は全力で貴方と戦わせて貰います」
 同じく剣を抜き、真っ直ぐ自分の前に立てた。
 銅像があってもおかしくないぐらい、その姿は似合っている。
「うわ、余計な事言わなきゃよかった」
「ふふ、覚悟してください」
「片手――勉強させてもらう」


 ――フィンッ!!!

 細身の剣から発せられる音は異様な程軽い。
 リーチがあるくせに素早く線を描く恐ろしい武器だ。
 剣が軽い為だろう、あまり剣を合わせる事はしない。
 剣をあわせて吹き飛ばして次の一撃を飛ばすアキとは正反対だ。
 確実にこっちの動きを見ながら攻撃してくる――!

 つええええ!

「――っ、どうしました、防戦ばかりですが?」
「は、ははっ、んじゃぁもうちょい頑張ってみる!」

 思いっきり挑発だ。
 でも、乗らないわけに行かない。
「シキガミ様〜! 頑張ってくださいっ!」
「コウキさん頑張って!」
 後ろから黄色い声援。
 あ、やべ、これ負けられなくない?
「うおおお! ロザリア様! ぶっ飛ばせー!」
「チクショー! そんなヤツグシャグシャにー!」
 こええ……。
 まぁ……お二方は可愛い人だしね……。
 ついでに目の前に居るその人も美人だし。
「モテる男も辛いのだな」
 さすがにその言葉には苦笑する。
「全力の誤解なんだけど」
 偶々こうなってるだけだし。
 でも俺も打ち込めないまま終わったんじゃ格好がつかない。
 真似で申し訳ないが――俺は、彼女と同じ脚を踏み出す。

「!?」
 キィィンッ! ガキィ! ギィンッ!!
 剣が大きくはじかれる。
 左右に同じ軌道を描いて、きっちりお互いの真ん中で衝突した。
 一瞬ロザリアが凄く驚いたようだが、そこは実践の差かすぐに持ち直して少し距離をとった。
 彼女に見えたパターンの一つで、地になっているのだろうか。
 でもとても洗練された動きで、隙が少ない。
 攻撃されたとしてもすぐに引ける態勢で切りつけるのだ。

 右手を大きく振りあげて突進する。
「――甘い!」
 ピシュッ――!
 ほぼ無音で放たれる突き攻撃。
 でも大丈夫。俺、音よりも速く刺された事があるし。

 ズ――!

 頬を切りながら俺の圏内に踏み込む。
 シュン――ギィッ!
 は――やっぱり、キツイよな鎧相手は――!
 フットワークは俺の方が軽い。はず。
 鎧に弾かれたのに負けじと俺は二撃目を振る。

 ギィンッッ!!

 激しく響いた剣の金属音が一際高く鳴り響く。
 流石に二撃目は剣に追いつかれた。
 右手から東方の剣が空高く打ち上げられる。
 位置を彼女の横へと逃げて、胴体へ斜め上に突き上げるようにショルダータックル。
 彼女と距離をとるために、彼女の正面に居てもリーチのあるあの剣に追いつかれる。
 バランスを崩して彼女に一度体勢を整えるために離れてもらう。
 俺はそのタイミングで地精宿る剣に手をかけて、抜き放つ。

 ――俺は双剣に選ばれて、今まで双剣を使ってきた。
 俺にある唯一の武術でそれ以外は考えられない。

 ――片手でだって双剣を使う事は出来る。
 誰になんと言われようと――コレが壱神流!

「――らあああっ!!」
「――なん、のっ!」

 ほぼ一瞬で間をつめて、剣を袈裟に振る。
 ついに彼女は剣で受けるようになった。

「――なんてなっ!」

 キィンッッ!
 主を失った地精宿る剣は弾かれて遠くへ飛んでいく。
 ズザッッ!!
 剣を残して俺は地面をすべる。
 安定するために踏みつけようとしている足を払って体を宙に浮かせた。
「なっ!?」
 完全に驚いて、受身の態勢に入るロザリア。
 彼女が倒れるタイミングで俺が立ち上がる。

 俺は右手を振りかぶる。
 そこに剣があると確信して。

 パシ――。

 東方の剣が右手に戻ってくる。
 計算とかじゃなくて、落下位置がわかってた。
 剣を操る感覚っていうのが研ぎ澄まされるとこうなる。
 地精宿る剣は左に15歩の位置に落ちてる。
 手放すのは剣術のため。
 この感覚は――その為にあるのかもしれない。

 ラジュエラには持って特性を知るようにといくつもの剣を握らされた。
 剣の振り方もそうだが自分の剣の位置を追うようになった。
 感覚でしかないソレだが――俺はその位置を把握している。

 あとは首元へ振って止めるだけ。
 押し倒した状態なのが少し申し訳なくてチョットだけ戸惑った。
 その瞬間――ロザリアの目は、まだ光を帯びて――。
 俺の剣がその瞳に映った瞬間。

「精錬なる三線<ライナー・ストラスト>……!!」


 ギィンッッ!! ギィィンッッ!! ガギィッッ!!!


 一度衝撃が剣から腕に伝わってきた。
 でも、それは三度の剣戟。
 すべての攻撃が剣の同じ箇所に重く当たった。


 ピキィ――!

「あ――」
 確かに、そんな音を聞いた。
 剣の悲鳴。
 やばい。全力で冷や汗をかいた。

 シュッッ!!

 そんな一瞬にも、さらに攻撃が来る。

 パキィ――!

 何かの破片が飛び散る。
 ――ああ、これは――。
 また、この終わり方か。

 ィンッッ!!

 バキィィンッッ!!!


 ――砕けた。
 銀色の切っ先が俺の喉元にあり、その前を東方の剣が見事に砕かれて――
 今、段上へと落ちて滑っていった。



 勝ちたいと願う。
 唯一の手には無碍にも答えることの無い折れた剣だけ。

 剣が欲しいと願う。
 その手には折れた剣だけ。

 無いものを願う。
 これ程貪欲な自分に気づいたのは、いつだろうか。


「――負けた。降参」
 俺は両手を上げてソレを表明する。
 練習試合は潔さが肝心だ。
 片手剣の動きもいくつか勉強できたし。
「っ……は……はぁ……ふぅ……」
「ごめん、大丈夫? 結構泥臭い戦い方したけど」
「――いや、構わない……
 一日に二度も、呼吸を忘れるほど集中して戦う事になるとはな……ふぅ……」
 深呼吸をしている彼女に手を差し出す。
 彼女は微笑んで俺の手を握って立ち上がるとそのまま固く握手をした。

 パチパチパチ――!

 アイリスとアキの二人が拍手を始める。
 そこから疎らに。すぐに全員が拍手をくれた。
「凄いですシキガミ様――!」
「ホント……。わたしなんて開始数秒で術式使わないと間に合いませんでしたよ」
 アイリスとアキに慰められる。
「うーん。まぁ俺の戦い方の泥臭さと言えばラジュエラの折り紙つきだからね。
 一応攻撃パターンもいくつか見えちゃったし」
「パターン?」
 俺の言葉にロザリアが訝しげに顔を顰めた。
 俺は剣を抜いてその見えた動きを実践する。
「そうそう。無意識にこう、いう、の、からこーう、いう、のーとかを何度か繰り返しちゃってる。
 直したほうがいいかも……まぁシロウトの意見なんで適当に流してもらっても良いと思うけど」
 俺に漬け込まれるようだしなんか直したほうが良いんじゃないのかな〜とか思った。

「――なるほど。それはとても参考になります。
 貴方は実践に長けていると見ました。
 騎士道で言えば、剣を主が為に使い――
 貴士道では剣を使うものは優美であるべきだと言われるのです。
 ですが命を懸ければ当然勝つために手段を選ばないべきで、貴方のような変則的な戦いも対応できるべきであります。
 貴方達と戦えて本当によかった」
 思ったより好感だったようで深く頭を下げられた。
「よかったですねロザリアっ」
「はい。その、あまりはっきりと指摘してくれる人が少ないので。
 こういう機会も少ないものですし。本当に有難いんです」
 少し声を小さめに苦笑してそういうロザリア隊長。
 しかも女性だしなぁ。男も負けてから指摘しようとか思えないだろうな。


「に、しても……砕けちゃいましたね……その剣」
 アキが見事に折れた俺の剣を見ながら言う。
 俺の愛用東方の剣。
 ちょっとした曲刀風味で切れ味のなかなか良いものだった。
「あー。まぁいいよ。どうせそろそろいろんな事情で使えなくなりそうだったし。
 コレだけ派手に壊れてくれれば諦めもつくからさ」
 旅の最初に拾ってずっと使ってた。
 拾えたのはビギナーズラックって奴だったんだろうな……。
 その後も何本か拾ったけど、あまり良いものじゃなかったし。
「良ければ城から代用を出しましょうか」
 罪悪感だろうか、ロザリアが申し訳なさそうにそう言ってくる。
「いや……いらない。ありがと」
「そ、そうですか……」
「今度の剣は自分で探さなきゃ。
 もっと良いものと出会ってくるよ」
 コレはたぶんそういう運命。

「……貴方があの瞬間迷わなければ私には勝機が無かった。
 偶然とはいえ済まない。
 ですが、ひとつ」
「?」
 ロザリアが胸に手を当てて俺を青い瞳で直視した。

「女だからといって甘く見て手加減すると死にますよ」

 何度も何度もそれはわかったつもりで居るのだけれど。
 肝心なときにいつも出てくる。
 だから――男は馬鹿だといわれるのだろうか。

「肝に銘じとくよ。――ロザリアさん。ありがと」




 壊れたのは――もしかしたら別のもの。
 モノを大切にする。それはいい事だ。
 でも俺はその為に強くなろうとしなかった。
 限界はやっぱりこういう形で――納得のいくような行かないような。





 短かったが試合時間を終えた。
 彼女も他の兵士を鍛えないといけないし次の予定もあった。
 アキは今日2戦やって1戦目は勝ったらしい。
 カルナディアという騎士。
 負けると凄く危なかったらしい。
 何があったのかはあまりにガタガタ震えているので聞けなかったけど。
 そのまま午前いっぱいを練習に参加させてもらって、昼で終了となった。
 一般兵訓練も結構きつい。
 しかもこの後もまだ警備と交代なんだって。
「今日はありがとう。貴方がたのお陰で訓練も楽しかった」
 俺とアキがロザリアさんと再び握手をする。
「王女様が見てるってだけで張り切ってたよ」
「あら、そうでしたかっ? いつも通りではないですか」
「そりゃそうだ」
 ん? とそのやる気の元は首を傾げる。
 王女様が見てるから、頑張ってるんだって言ってるのに。




「そうだ。ファーナが風邪だって」
 雨の前触れにいつも横跳ねしてる髪がさらに元気になる。
 ソレを感じて空を見上げて、なんとなく突っかかってるソレを口にした。
「えっ! あ、そういえば朝フラフラしてた……。大丈夫かな……」
 アキがそわそわと俺と神殿のほうを見る。
 訓練場から神殿へと歩きながら3人でさっきのことで話していた。
 驚きなのがアキとアイリスの背が殆ど変わらないという事実。
 いや、今話してる内容とは全然関係ないけどな。
「是非お見舞いに行きましょう!」
 ズボッと俺の腕とアキの腕を小脇に挟む。アイリス。
 そして返事も聞かずにずんずんと歩き出した。
「おおっ? あれっアイリス、授業は?」

「わたくしの予定にお姉様のお見舞いより優先の高いものは御座いません! さぁ!」

 酷く楽しそうに俺とアキをずるずると引きずる。
 サボりか。俺はサボったことは無いけど。
 だってお金払ってるんだぜ学校。行って授業聞かないと損だ。
「あははっアイリス様早いー」
 笑いながらずるずる。

 3人の笑い声が城に響く。

 道行く先に紫色の人影があった。
「ぃっ!?」
 アキがびくーんと背筋を伸ばした。
「あっカルナっ見てください! 両手に花です!」
 アイリスが俺たちを引きずってその人に近寄る。
「これはアイリス姫。羨ましいお姿で」
 主にアキを直視しながらそう言う。
 ――ああ、この人がアキの苦手なカルナディアさん。
 どろどろと嫌な汗をかきながらそっぽ向いている。
「ちょっとまて! 俺も花か!? お花に見えますか!」
 男はなんだ? なんとなく筋肉隆々の銅像を抱えてる姿しか思い浮かばない。
 両手にファンタスティック抱えてやがるなそりゃ。
「見えます!」
 間髪居れず返ってきた。
「俺の繊細な心にダイレクトショーーック! 俺、あと30分はメシが喉を通らないよ……」
「ぷっ短いじゃないですかっ」
 アキにクスクスと笑われる。
 その顔に何故かカルナディアさんがむっとして
「ん、貴方はシキガミ様か? 噂の?」
「いえ、噂は結構です。こっそりシキガミのコウキっす」
 きっちりお断りを入れて挨拶をする。
「失礼。私は第六騎士のカルナディアだ。気軽にカルナと呼んでくれ」
「俺も適当にコウキと呼んでください」
「ははっ面白い。君とは一度シマを掛けて争いたい」
 動かない笑顔でずいっと俺に近寄る紫の麗人。
 編まれた長めの髪が宙で揺れる。
 目付きが鋭くまぁ黙ってみればイケメンに見えるかもしれない。
 そんな人にずいっとこられたら冷や汗が流れる。
「ちょっと待ってください。なんすかシマって」
「いろいろ範囲の問題があるだろう? 私も本気で挑ませてもらうよ」
「何!? 何の!? えっ!?」
「ハッハッハ。まぁいい。今日は機嫌がいいのでね。
 申し訳ないが姫。私はこれから会議なのでそろそろ失礼します――
 アキ殿……ふぅ」
「ひゃああああああああ!?」
 去り際にふっと息を吹きかけられて叫んで飛びのくアキ。
 人間、誰でも苦手な人って居るんだな……。
「はっはっは! それでは失礼――良い一日を」
 片手をあげてひらひらとやりながら去っていく女性騎士。
 ――カッケェ……。

「シキガミ様っ」
「ん?」
「今恋する乙女の顔でした! 恍惚でした!」
「ぶっ! ナイナイナイ!」
「いいえっ! わたくしの視力は計るのを諦められた程凄いのです!
 キュア班の健康診断の視力の欄は“計測不能”!
 千里眼を凌ぐ万里眼です!」
「それすげぇ!」
 ていうかどこまで見えてんだそれ! ナントカ族とか目じゃねーよ。
「え、ええと、とりあえずコウキさん、ああいう人……好きなんだ?」
「えっ、いや、別にそんなことはないけど。
 ああいうことを恥ずかしげも無くよくできるよな。
 俺もやろうかな」

 二人より3歩前に出て右手を上げて横顔が見えるか見えないかぐらいに振り返る。

「それでは失礼――良い一日を」

 ピシッと決めたつもりでキランと歯を輝かせながら二人を振り返る。

『あはははははははは!!!』

「チクショウ! わかってたけどチクショウ!!」
 アキとアイリスに爆笑される。
 俺のガラスの『俺カッコいい魂』がミキサーでボロめの雑巾にされたぐらいのショッキング。
 まぁわかってたんだけどね! ぐぅ!
 こう、ドキッ……コウキさん素敵☆みたいなほら……もう……すんません。うん。
 考えて自分で無いな、と括って心の中で謝った。

「はぁ〜っ。コウキさんっ、似合わないんですねーっ」
「知ってるよぅっ!」
 アキが口元を押さえたまま半ば泣きそうになりながら笑っている。
「シキガミ様は、シキガミ様なのです! ふふっ!」
 いいながら再び両手に花状態に戻るため、俺と腕を組む。
「くそぅ。いつかぎゃふんどころかふんがーって言わせてやる」
「ふんがー」
「ふんが〜」
 ほぼ同時に二人が言って顔を合わせた。

「はやいよ!!」

 なんだこの連携!?
 ちょ、悔しいぞっ!?

『あっははははっ!』

 二人がまたはじけるように笑う。
 あまりの爆笑に俺もつられて笑ってたけど。





 神殿までその笑いの余韻が続いて、何を話しても笑われた。
 俺もゆるかったからそれで嬉しかったんだけど。


「――わたくしも。旅に行きたい――」

 不意に。
 笑うのを止めたアイリスが言う。
「シキガミ様と。アキさんと。ヴァン先生と」

 ――そこに彼女の名前が無いのは。

 彼女の望む位置がそこだからだろうか――。


「何故……わたくしはここから出ることが出来ないのでしょうか……」
 ぐっと、俺たちの手を強く抱く。
「アイリス様……」
「何故、わたくしが選ばれなかったのでしょうか……

 毎日、楽しくて

 毎日、新しくて

 毎日、――、居られて」


 俺たちの居る場所が輝いている。
 そう、見えるのだろうか。

「お姉様だけ、ズルイ……。
 わたくしも、友達と一緒に世界を旅したいです……。
 世界を走って、先生に教わって、友達と笑って、恋をして、

 ねぇ、わたくしを、ここから出してはいただけませんか」

 アイリスは俺も、アキも見ては居ない。

 目の前にある神殿のファーナの部屋。
 ただその一点を見上げる。

 アキは――何もいえないのか口をつぐんで目をそらす。
 俺だって言ってやれることは――ない。

「――行こっか」

「……はい……」
 少し、沈んだ空気。アイリスが言って、アキは不安げに頷く。
 俺が行こうと言ったのは彼女の部屋。

 雨が――パラパラと降り出してきた。


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