第104話『異変と喪失』

*ファーナ




『あっははははは!!!』




 楽しく笑う3人。
 酷く嫉妬を覚えるのは何故だろう。
 そこに居るはずなのは、わたくしだと主張でもするつもりなのだろうか。
 そんなのは横暴。
 人の輪の形はいつでも一緒な訳ではない。
 人の輪はいつも同じ人となすものでもない。

 だから。そんな自分に気づいて嫌になる。
 馬鹿らしいとどこかで自分が言うのだけれど。

 ――羨ましいと思った。

 あんなにも自然に笑えるあの子。
 楽しそうに笑う友人にも、二人を笑わせているあの人にも。
 自分があそこに居たら、あんなふうになっただろうか。
 ――ならない。
 それがあの子の性格で、才能。
 わたくしには備わっていないもの――。

「――わたくしも。旅に行きたい――」

 不意に。
 笑うのを止めたアイリスが言う。
「シキガミ様と。アキさんと。ヴァン先生と」
 ――そこに自分の名前が無いのは。
 彼女の望む位置がそこだからだろうか――。
「何故……わたくしはここから出ることが出来ないのでしょうか……」
 ぐっと、コウキたちの手を強く抱く。
「アイリス様……」
「何故、わたくしが選ばれなかったのでしょうか……
 毎日、楽しくて
 毎日、新しくて
 毎日、――、居られて」
 わたくしたちの居る場所が輝いている。
 そう、見えるのだろうか。
「お姉様だけ、ズルイ……。
 わたくしも、友達と一緒に世界を旅したいです……。
 世界を走って、先生に教わって、友達と笑って、恋をして、
 ねぇ、わたくしを、ここから出してはいただけませんか」


 ――それはできない。
 彼女とわたくしとでは、命の意味が違う。
 わたくしは市民と変わらない。
 象徴としての存在も確かなのだけれど。
 王女として君臨する彼女は将来ココを背負うために色々成さなければならないことがある。
 わたくしは知っている。
 彼女が勉強としてはほぼ全ての過程を終わらせている。
 あとは書物を朗読するだけの授業を疎ましいと思っているのだ。
 そんなものは後ででも、読める。
 読めというのなら読むというのに。

 彼女は――……一番自由に見えて一番の不自由。
 そう、もし街に住むような町娘であったなら、迷わず彼と旅する事を選んだだろう。
 “其処”に居る事が幸せな事なのだと――わたくしが証明している。



 元来から自分には嫌らしい癖があって、人の輪に入るのを躊躇う。
 要するに人見知りをする。
 まったく名前も顔もわからない大勢に対しては平気だが、顔と性格を知られている友人に対して臆病になる。

 だから、逃げる。
 チャリ――パシャ……。
 すこし抜かるんだ道を歩く。
 恥ずかしい――。
 こんな自分なんて見られたくない。
 どうってこと無いのに、涙がたまって、ボロボロと泣く。
 いつもの光景。ただそれだけ。

 大丈夫。わたくしは、ひとりでも。

 ふらふらと頼りない足取りで、歩くことにした。


 ――それにしても風邪が酷い。
 時期はずれなのも然る事ながら、旅の疲れが一気に出てきたのだろうか。
 頭はフラフラ……クラクラするし、足は棒になったようでガクガクとしている。
 自分でもなんで動いているのか良くわからないぐらいだった。

 そんな状態ながら歩くのを止めない。
 理由があった。
 コウキにそれを、と思って、ベッドから起き上がった。
 気だるさに少しだけ負けそうになったけど、彼の為だから頑張れる――。

 ただ、それだけ。

 門が近くになった。
 ――少し気合を入れて咳払いをする。
 本気で咳き込んで、それを諦めた後、
 雨避けのフードを深めに被って、息を止め歩き出す。
「――、リージェ様、どちらへ?」
「っ城下へ。すぐに戻ります」
「護衛をつけます」
「結構です。先に下りてるはずで、すぐに合流しますから」
 当然嘘だが。
 いきなり消えたりするのが当然なわたくし達をみればさして違和感のある話ではない。
「そうでしたか……ですが――」
「お気遣い感謝します」
「い、いえっとんでも御座いません。どうぞ、お気をつけて!」
「ありがとう御座います」

 城門を抜けた。
 見送られている間はしっかり立っていなければ。
 振り返らず道を下る。

 坂道をこんなにも辛いと思ったのは初めてだ。
 何度もコケそうになって。
  ――泣きそうになる。





*コウキ




「――ファーナが、いない……?」
 神殿についてすぐのことだ。
 わたわたと色々な部屋をあけて見て回っている彼女が俺たちを見つけて飛びつくように走ってきた。
「は、はい……っ申し訳ありません、少し目を離したときに、居なくなって――。
 ご存知ではありませんかっ!?」
 いつも毅然として態度を崩さない彼女が珍しく慌てふためいていた。
 肩で息をして必死だと目が訴えている。
「すみません……見ては無いです」
「そうですか! 申し訳ありません、失礼します!」
 タタタッと今度は本当に走ってファーナを探し出すスカーレットさん。
 必死だ。
 ……。

「コウキさん場所わかるんじゃないんですか?」
 アキがそう言ってきた。
 たぶんわかる。方角ぐらいはなんとか――。
「んとー……」
 雨だからかアホ毛の電波が悪い。
 湿っちゃうもんなー。だめだよなー。
 ちょっと集中して額に指を当てる。


 ――アレ?


 なんも感じない。
 コレだけ神経を集中しても何も感じないのは初めてだ。
 まるで、一人だったときみたいになった。
 何も感じない。
 何も聞こえない。

 おかしい。

 だから、背筋が凍るほど、驚いた。


「――わからないぞ……? あれ、ねぇ、マジ……?」

 耳を押さえて、目を閉じる。
「コウキさん、ファーナを――」
 アキが何かを言った。
「ごめん、ちょいまって」
 集中する。
 眼を閉じる。耳をふさぐ。息も止める。自分の鼓動しか聞こえない。
 何も無い、真っ黒な空間になったみたいで、突然悲しさを覚える。

「ファーナが――消えた……?」

「……? どうしたんですかコウキさん」
 どうしようもない感覚に唖然としていた俺にアキが声をかけた。
「あ、……いや――ファーナを探さないと。今日は電波弱いみたいだ」
「でんぱ?」
 やっぱりアイリスからそういう言葉に対して不思議そうな顔をする。
「ファーナを感知する力だよ」
 実際には違うけど。
「そうなんですかっ」
「そう。でも今までこんな事無かったのにな……。
 とりあえず探そう。
 風邪なのにウロウロしてるんだから連れ戻さなきゃ」
「はいっ!」

 ――その矢先に授業をサボろうとしていたアイリスは授業に連れ戻されたが。
 最後の言葉は「お姉様を――! お願いします――っ!」と涙した姿だった。
 感動の名シーンではあったかもしれないが、無駄なので口上だけにする。



 ファーナは何処へ行った。
 探すしかない。あのメイドさんみたいに。
 もしかしたら何か危険な事に巻き込まれたのか。
 でも、嫌な予感は無い。

 考えるんだ。
 ファーナはあんまり一人では外出しない。
 それは自分の立場を弁えての事だろうし、とても賢いと言える子だ。
 何かがあれば誰かと付き添って出かけるのが常だった。
 殆どアキかヴァンなんだけど。
 役に立ってないな俺……。……そうじゃなくて。
 そう、まぁここの敷地内での生活で誰かに何処へ行くかを言う必要は無い。
 目撃者が必ず出るからだ。
 神殿内ならもうスカーレットさんが探しきっただろう。
 今更神殿を探すのは無意味。
 そして城の方へ彼女は行った。
 でも――城へ?
 王様になにか報告があっていないとか?
 ありえなくは無いけど、大体帰ってきた初日で全部報告したしな……。
 なんか書類みたいなの書いて提出もしてたし。すげぇ……。
 俺たちやアイリスを探しに来たなら多分すぐに来れたと思う。
 城の敷地内では城と神殿。
 兵舎もあるがあまり近づく事は無いだろう。
 残るは城下か――まぁそこが一番大きな分岐でもあるし。
 外なのか中なのかをハッキリさせるにはそこへ行くべきだろう。

「よし。門番さんとこ行こう」
「えっ?」
「まず、外に出てない事を確認して、そのあと城の中かな。
 あんまり居ないみたいだったら祭壇も考えとかないと」
「そ、そうですね。それに外だとまた話が変わってきますから……」
「おうっ」
「――コウキさん、こういうとき凄い頭回りますね……」
 ほえーと俺を見て感心してくる。
「へへっよせいやい」
 なんて言いながら前髪をかきあげてみたが何も言われず、むむっと考えるように次の言葉を繋ぐ。
「はい。買い物の時とかも、戦いのときとかも……」
「あっはっは! 新鮮な食材を素早く買うには作戦が必要なんだぞぅ。
 とりあえず雨だし雨避けマント持っていこう」
「はいっ」

 言いながら足早に俺は歩き出す。
 時間が惜しい。
 マントのついでに惰眠を貪るルーを腹に仕込んで部屋を出る。頭が入りきらずに出ている。
 部屋の前ですぐにアキと合流して二人で小走りになりつつ城門へと辿りついた。
 門番は時間を早朝から昼、昼から夕方、夕方から深夜、深夜から早朝と4つの分割で結構グルグルと人が変わる。
 早朝に門を通れば通った人物の名前が記されてそこに記録されるのだが。
 引継ぎ段階でその人物全てが記録されている名簿を読んで覚えておくのは無理だ。
 朝にはすでに朝一の買出しにも出るし、結構な出入りがあるのだ。
 それにファーナは神子として信用された立場がある。
 言ってしまえば信用される。
 何で今回そんな嘘をついたのかよくわからないが――。

「すみませーん。ファー……えと、神子様知らない?」
 以前ファーナと言って、は? という顔をされた事がある。
 アレは俺等に流行っている愛称であって城ではリージェ様か神子様が一般的なのだ。
「リージェ様でしたら――あ、アレ、シキガミ様は城下にいらしたのでは?」
「いや? 今日は訓練場にいたよ。ファーナは外に出た?」
「は、はい、皆様とは待ち合わせがあると――」
「そっか。服装とかわかる?」
「はい……白い雨避けのマントをお召しで……あとは旅に出るような格好をしていらっしゃたように思います」
「ありがとっ。
 メイドのスカーレットさんにはすぐ追いかけて連れて帰るって言っておいて」
「は、はいっ了解しました!
 一応城から城下の警備に当たっている者へ連絡を入れます!
 お気をつけて!」
「アキ、行こうぜ」
「了解であります〜」

 二人で半ば走りつつ俺は小脇に抱えてる最終兵器。
 最初から行使するけどな!
「ルー! ルゥゥメェェン」
 モシャモシャと毛をと言う毛を逆立たせるように撫でまくるとパチィっと目を覚ましてブルブルと頭を振った。
「カッカウゥッ!?」
「大事件っ! ファーナを追いたいんだ!」
「キュゥ!?」
「はへぇ!? じゃなくてっ! いなくなったんだ! 頼むよ匂いを追ってくれ!」
「カ、カウッ!」
「サンキュッ」
「キュゥ! カゥキュゥウ!」
「アキ、ルーが大分匂い薄いって! 急ごう!」
 俺は頭の上のフードを押さえながらアキを振り返る。
「ハイっ!」
 了解の合図と共に二人でぬかるんだ道を走り出す。







 ――元々あんまり無茶はしない人だった。
 俺みたいに夜の訓練とか行って無謀に町の外に出たりとか。
 戦女神と喧嘩したりとか。
 
「カウゥー……」
「あ……そうか。もう匂い無いか」
「人が多いですもんね……雨も結構大降りですし」

 グラネダの城下は雨でも結構な人が居た。
 まぁお昼なんだから当然なんだけれど。
 傘をさして歩く人たちや、俺達のようにマントでそれを凌ぐ人たち。
 急ぐ馬車が水をあげて走り、泥水が跳ねる。

 この暖色の煉瓦の街並みは温かみがあっていいとおもう。
 雨が降ればやはり冷たくなってそんなことなど気にはならないのだろうけど。

 行き交う人々に視線を送る。白い雨避けマントは結構居るのだけれど。
 1番街から7番街だっけ。結構な広さがこの都市にはある。
 ぶっちゃけその中から探すのは至難の業。
 それこそ白い雨避けの女性なんて多いのだから。
 

「よし……」
「? どうしたんですか?」
「イチガミ……アーーイ!!!」

 くわっとピース状態の指を目の上下にあててカッと目を見開く。
 こうする事により集中力、洞察力が大幅に上昇し、たとえ後姿でもその布の質を見抜き彼女を発見する事が出来る気がするのだ!

「……コウキさん、ふざけてる場合じゃ……」
 アキが拳を握ってプルプルとしているのでヤバイなぁと感じつつ俺は辺りを見渡す。

「見えた!! 居たぞ!」
「うそ!?」
 俺達はその後姿へと走る寄る。
「すみませーーん」
「やっぱり自信ないんだ!?」

「はい?」
 若干糸目で茶髪の町娘と言うのが良く似合う女の子が振り返った。
「あの、それと同じ雨避けの女の子捜しているんですが……人違いっす。すんません」
(間違えてるじゃないですかコウキさん!)
(だってしょうがないだろこの後姿とか!)
 前から見えれ全然別の子だった。
 半ばアキに引っ張られつつそこを退散しかける。

「あの、それって、金色の髪で、赤い眼をした方ですか?」
「――えっ?」

 声を上げてその子を見る。
 薄く――笑った顔で、俺達を見ていた。

「知ってるの!?」
「ええ、知っています」
 にっこりと町娘の子が俺の言葉に答える。
「教えてもらえませんか、探してるんです!」
 アキがチョット声を荒げてあ、と口を押さえる。
 小さくポンポンと方を叩いて俺がチョットだけ前に出た。
「ええと、二番街ストレイのお店をご存知ですか?」
「……ストレイ?」
「ええ、武器屋さんですよ。
 自分のお店でソードリアスなどの有名な工場に直接仕入れにいくんですって、
 材料を持ち込んでのオーダーも受けているみたいでとても人気のあるお店なの。
 一番街にある無駄にキラキラしたお店とは違うわ。
 もっともその人お店からでて誰かを追って行ってたみたいなんですけど」
 細い眼を更に細めてその子は言った。
 さすが住人だ。情報量が違うぜ。
 俺はその情報から一致した微かな記憶を引っ張り出す。
「……あっ思い出した! アレだ、爺さんから紹介状もらった所だ」
「ええ――確か、お母さんが竜士団封書で――……ええと……」
「行ってみればわかるって。ありがとうっ」
 情報にコインを一枚。
 なんでもギブアンドテイクだな。
「あ、ありがとう……」
 その言葉を聞きながら俺達はその場を後にした。



「――ふふ。犬みたいで可愛いシキガミさんですね」
 ――茶色の髪が、銀色に変色する。
「彼も相当な主なのだろうけど――魔王様には及ばない――ふふっ」
 ズズ――彼女の肌に赤く禍々しい紋様が広がる。
 それをそのフードを深く被って隠すと人込みの中へと踏み出す。
 先ほどとは別人のようになった顔。地味な街人のような顔ではない。
 瞳は大きく、茶の色を持っている。顔は整っているが真っ赤な紋様が大きく顔を覆っていた。
「……この国ももうじき魔王様に呑まれるというのに。のんきな事……ふふっ」
 服の端を靡かせて雨の道を歩く。
 その白い雨避けは防水性が高く雨や泥水を弾く。

 ただ、
 その服の端に紅く付くソレが、異様なのだけれど。

 誰もそのことには気付かない。

 黒くなっていくその跡を彼女はああ汚いと嗤う。

「ああ、でもあの子はトモダチなんかと旅してるんだ。
 ズルイわ。ズルイ。ふふふっ。
 もっと不幸にならなくちゃ。
 ねぇ――魔王様」

 小さく独り言。
 誰の耳につくわけでもなく、パシャパシャと水を跳ねさせて雑踏に消えた。

 役者が――揃った。

前へ 次へ


Powered by NINJA TOOLS

/ メール