第105話『魔女の洗礼』

*ファーナ

 フラフラとしながら目的を達成した。
 そう、もともと簡単な事なので一人で大丈夫なのだ。
 お店の方にも酷く心配されたが、後は帰るだけだと礼を行って店を出た。
 竜士団封書も結構役立ったらしく、とても感謝された。
 ソードリアスの職人は腕はいいが人を選ぶ。
 竜士団ともあればその武器の名が上がる事は約束されたも同然。
 だが――彼らに見合った武器でなくてはならない。
 正に神に匹敵する武器――聖剣や神槍と言われるその武器を。
 やる気を出せば届くと言うものでもなく、確かな技術や積み重ねが必要だ。
 わたくしの渡した材料からストレイのお店は予想以上の物を仕入れてきてくれた。

 コレをコウキに。
 落とさないように、濡れないように大事に仕舞いこむ。
 自分の剣の変わりに装着してみて、その軽さに驚いた。
 こんなにも差が出るものなのか。
 ちょっと嬉しくなると、気分がよくなった。
 雨によって限界まで沈んでいた体調が良くなって、今なら走って帰れるのではと思えるほど。

 はやく、彼にコレを渡したい。

 束の間の双剣気分を味わいつつお店を出る。

 雨の降りそそぐ曇天の下。
 一瞬晴れたかのような気分でソレを見上げたが、視線を下ろした瞬間に怖気が走る。

 不気味に――雨の中に佇む一人。
 鋭い目でこちらを見て、歪に笑う。
 その対象が自分だと気付くのに時間は掛からなかった。
 水を散らしてこの雨の中を走る。
 布にくるめたまま腰に装着しているソレを一瞬だけ心配して、走っても特に濡れないし邪魔にもならない事に安心もした。

 その相手が追ってくるのを確認して、3番街の廃工場まで走ることに決めた。


 廃工場は新しく7番街に移った工場の跡だ。
 沢山の工場の跡なのでまだ騒いでも大丈夫――なはず。
 ひとまず走ってきた限りでは人影は無い。

「――何か御用でしょうか……? はっ……」
「あら、随分とお疲れですね」
「ええ、運動はあまり得意ではありませんので。
 そんなことはお気になさらず、ご用件をお聞きしたいのですが?」
「では――貴女がまずファーネリア・リージェ・マグナスである事をご確認したいのですが?」
「はい。申し遅れて申し訳御座いません。
 焔が神子ファーネリア・リージェ・マグナスと申します。
 あなたの名前をお聞きしても?」

 その問いに可憐とも言える笑みで小さい動作で微笑む。
 この空間には酷く似合わない。
 彼女から発せられる背筋が凍るほど明らかな殺気。
 戦闘準備の為に雨避けのマントは脱ぎ捨てた。

「ええ。私は覇道が神子、オリバーシル・アケネリー。
 魔女の村から参りました。
 卑下た身分では御座いますがどうぞよろしくお願いします――ねっ」

 ――ズォッ!

 翳された手に危険を感じて横に大きく跳んだ。
 案の定自分の立っていた場所に黒色の波動が通り過ぎると後ろの壁が何かに食べられたかのように急に消えた。

「あはははっさすが実践慣れをなさっていますね――!」
 急に壊れたように彼女が大笑いをする。
 正直そんなことに反応している暇は無い。
 体勢を立て直した瞬間術式を唱える。
「収束:500ライン:右腕の詠唱展開固定!
 術式:炎虎の咆哮ライネガンツ!!!」


 ボゥ――!!
 焔がその女性へと真っ直ぐ向かう。
 炎の向こうで笑ったまま、その焔に直撃した――!
 それは壁を大きく焼きながら砕き割ると外の空へ消えた。
 その場所に彼女の姿は跡形も無く――。
「あっ――!?」
 急激に奔る激痛に悲鳴を上げる。
「あらあら、過激な術をお使いになるのですね。
 でも、遅過ぎます。
 そんなのでは私ごときに勝てませんよ?」
 
 そう言ってから彼女は指を立てた。
 人差し指の先には何も無い。
 詠唱も無く。ただその先をわたくしにむかって突きつけた。
 何か来ると思って身構える。
 身構えて動かない姿に彼女は笑ってみせた。

 ドヅッ……!

 彼女の指先から放たれた何かに脇腹辺りを貫かれた。
 心臓を狙われていたら確実に死んでいた――!
 その傷に耐えながら、薄笑いの女から離れて――
 ふらついて後ろの壁にぶつかる。
「っ――!」
「あら、そんなに驚かなくてもいいのに。
 ふふっ今日は遊びに来ただけですから。
 魔王様にも殺すなと言われていますし。
 意地悪な方でしょう?」
 そんな人はしらない。
 そんな事はわからない。
 でも、ソレが敵だとわかるから――。
「……っ!」
 歯を食いしばって、彼女を睨む。
「まぁ凄い顔。
 ふふっリージェ様は気丈なのね。気に入ったわ」

 そう言って近づいてく来る。
 ――もう、終わり。
 こんな場所で、こんな形で。

 非力な自分を恨むような暇も無い。
 ただただ――武器が欲しいと願うのに。

 今更の様に何も通じない事に気づいて愕然とする。


「そうそう。貴女は今“神子<みこ>”では無いもの。
 だから殺さないわ。ふふっ。
 またシキガミ様と一緒のときに、もっと嬲ってあげるっ!
 あははははははははははははははははははははははっ!!」


 ドッ!
 さらに激痛が走る。
 傷口をけられたのだ。
 叫んだけど、思考では、そんなこと微塵も気にしては居なかった。
 何故。繋がっていないのか。
 今まであったその繋がりを手を伸ばして届く何かと勘違いして虚空を泳がす。

「繋がって無いんだものね!
 失くしたんでしょう!?
 貴女が神子である理由を! 彼がシキガミである証拠を!」

 何度も蹴られてその度に体が叫ぶ。
 血が床に、壁に散る。

 ただ、ただ。その名を想う。

 己がシキガミを――。


 タスケテ、コウキ――



*コウキ


「いっった――っ!?」
 急激に頭痛が走った。
 怖い――っ!?
 振り返れば後ろに剣を振りかぶったゾンビが居る時並みの直感。
 本来なら前触れがあって一日中気分が悪かったりするのに。
「こ、コウキさん!?」
「やば、これ、は――!? ファーナは!? ねえ!?」
「落ち着いてください! 今探してるでしょ!?」
「――っ!」

 だめだ、だめだ!
 落ち着け俺! やばいけど、怖いけど――!
 アキのときみたいに間に合わないなんて許されない――!


「あ、アキのときと同じだ……! 同じだけど……!」
 何度も言っているが俺は悪い予感をあんまり外さない。
 何故かこっちの世界に来て、凄く感化されてるのか、ヤバイ。
 感情に直結するぐらいの直感で、スタンガンを当てられたみたいにバチっと全身にその信号が駆け巡る。
「わたしのときと同じ――?」
「そう、同じ……急ごう。マジで」
「はい――!」
 雨の中を全力で走る。
 場所は直感。
 2番街ストレイの店を通り過ぎて二つ道を曲がる。
 鑑定屋を通り過ぎて更に東の3番街の工業区。
 この工業区は廃れてきているのか人があまり多いように思えない。
 新しい工業区が7番街でかなり栄えているのだけれど。

「は――っはっ――! 何処だ!!」

 肩で息をしながら鍛冶屋や何かの型を作っていたその大規模な工場の跡を見回る。
 途中で焦れてルーを置いてアキに先に行くと伝えて全力で走った。
 後は見えなくなってもルーが匂いで追ってくれるはず。

「――ファーナーー!!」

 何処だよ。
 何処。
 なぁ、頼むから。
 この嫌な予感が

 嘘であってくれと願いながら。





 その姿を見つけて、愕然とした――。





 広い廃墟となった建物の一つ。
 派手に穴が開いていて、多分焦げた後からファーナがやったものだろう。
 そこから見えた場所には真っ赤に染まって倒れる彼女。
 いくらなんでも――あんまりだろ――……。

「ファーナ!!!」

 守る守ると言ってきた。
 その度に恥ずかしそうに頷いたり、よろしくお願いしますと頭を下げた彼女。
 その約束を破るつもりは無かった。
 でも、守らせてくれないのはあんまりだろ。

 またかよ。
 なんで皆俺の居ない所で絶大な無茶するんだよ。
 なんで俺の手の届かない所で……。

「ファーナ、なぁ、ファーナっ!」
 肩を叩いて意識の確認を取る。
 人命救助の訓練とかでやった記憶がある。
「――、かは……コ……ウキ……?」
 薄く目を開けて俺を見た。
「ファーナ! 大丈夫か!? んなわけないか!」
「――……っん、す……すみませ……」
「いいよっ無理しないで。頷くだけでいいけどキュア班まで運んで大丈夫か?」
 コクリと頷いて、ゴホゴホと咳き込む。
「あ――っファーナ!」
「ゴホッ! ――はぁ……いえ。大丈夫です。
 見た目よりは平気ですから……」
「見た目が血で真っ赤な奴を大丈夫だとは言えないだろ」
「そうですね……申し訳ありません……。
 そこの、壁を見てください……」

『六天魔王見参』

 恐らくファーナの血。
 灰色の壁に大きく手で描かれた
「どうやら――……とても危険な人物に遭遇してしまったようです……」
 ふら、っと指を泳がせてパシャン、と音を響かせた。
「あ、――」
 呼吸はある。小刻みで荒々しい。

 ――今度は、死なせない。

 死なせたくないけど――
 片腕で担いでいく形では傷が開いてしまう。
 手当てすら満足に出来ない。

 やっぱり。
 このままじゃ救えない。
 このままじゃ足りない。
 このままじゃ――俺は――。




「コウキさん! ファーナ!」
「カゥ!」

 だから――二人が来てくれた時には泣きそうなほど嬉しかった。





 アキが手当てをして、ルーが運んで。ついでにルーを早く動かすために俺が走った。
 意外と屋根の上って走れるんだぜ、と経験者が語ってみる。
 まぁマジで廃墟の上から王国付キュア班まで一直線で走った。




 王国の一大事――とまで大事にはならなかった。
 王様曰く、
「悪いのはファーネリアだ。自分の立場も弁えず、勝手に外出してこの結果だ」
 ズバッと一言だった。
 門番も咎められず、俺たちにも罰は無かった。
 おっちゃんは――……王様は立派な人物だ。
 人の上に立って自分の立場を弁えた判断、言葉。
 ファーナには罰がある。
 傷を治し、迷惑を掛けた人物に謝ってくる事。
 その後に3日間の謹慎である。
 人に会うことは許されない。もちろん俺たちも。
 そう、大きくて騒然とするはずの事件が――きっちり、お城の中で片付く事件へとなった。
 

 傷は――なんとか塞がった様だ。
 日が暮れて――夕食を断って、彼女の部屋の前でずっと経過を聞いていた。
 面会を許されたので俺はファーナに会いに行くことにした。
 本日の治療は終了。
 複雑骨折のときもそうだったが傷が大きいと何度かに分けるのだ。
 傷を塞がせるのを急ぐと濃く傷跡が残るんだそうだ。
 この傷も3日程の時間がかかるようだ。

 ――扉を前にして立ち止まる。
 ……相変わらず、この向こうに彼女が居ると実感できない。
 ヴァンが居るかどうかわからない部屋を叩くのと同じはずなのに……。
 酷く大きな穴のようなものを感じる。

 今日は散々だったからな。
 騎士に負け、シキガミなんてたいしたこと無いと言われるわ、
 ファーナは怪我をしてやっぱりなんて後ろ指差される。
 それに牙を剥いて怒るのは俺ではなくロザリアさんだけだったけど。

 別に立場が気になるわけじゃなくて、ただ弱い者扱いは酷く俺の心に刺さる。
 認められて居たのはシキガミという神性地位のお陰。
 戦えばこんなもんで、誰かに劣ってしまえばすぐに貶される場所だった。


 コンコンコン……。

 三度だ。マナーだって習った。
 寝ていたら、部屋に戻ろう。
 もし入るなと言われたら……謝ってから。
 彼女の名前を呼ぼうと思って――緊張からか、いきなり喉が渇いて何も喋れなかった。

「――コウキ?」

 ――俺が喋る前に。
 彼女の声がした。
 いつも通りの――やさしさを含んだ彼女の声。
 繋がって居ないのは俺だけ。
 たぶんそうだ。

「あ……うん。今いい?」
「ああ、ええと……っすみません、いいのですが、その……っ」
 なにやら中でごそごそと動いているようだ。
「なに?」
「あ、痛――」
「大丈夫かっ?」
 何か無茶をしたのだろう。
 扉を開けて、部屋に入る。

「あ」
「うあ」

 外の光がなくなってきて、もうすぐランプを入れる時間。
 丁度暗くなって手元が見え辛くなくぐらい。
 だから、白い肌は全体的に艶かしくて。
 ボタンを外したシャツを羽織った姿のファーナと思いっきり目が合った。
 迷わずそのまま下に目が行く自分を抑えることは出来ない。
 どうしよう、と二人で何も出来ずに固まること数秒。
 俺が後ろを向くのと同時に彼女もシーツに包まって、傷の痛みに呻いていた。

「――っ、あっご、ごめんっ!」

「いた、あぅ……っその、うう……治療中ではしたない姿を見せてしまいました、
 申し訳ありませんっ」

 心臓が高鳴ってどうしようもない。
 それを紛らわせようととりあえず話を振ることにした。

「えっと、傷はっ!? 開いたりしてない?」
「はい、大丈夫です……」
「ええと、それは全体的に大丈夫だと思っていいの?」
「あ、はい。コウキが凄い勢いで運んでくださったそうですね」
「ああ、アキに言われたよ。まさに風でしたって」
「……本当に迷惑を掛けてしまって申し訳ありません」
「うん。今回はちょっと怒ったぞ」
「ぅっ……」

「ホント、心配したんだからなっ! また、死んじゃうのかと思ってさ!
 また――救えないのかと思って……っ!」

 俺のせいだと何度も何度も心がボロボロと自傷していく。
 だって、ファーナだけは、守れてるって……どっかで思ってた。
 彼女はずっと俺に守られてくれるんだって、思ってたから。
「……ごめんなさい……」
「いや……うん。ごめん八つ当たりした」
「いいえ。悪いのはわたくしですから。
 お父様の仰るとおり、傷が治れば迷惑を謝って、謹んで謹慎の罰を受けようと思っています。
 ええと、コウキ。もう大丈夫なので、こちらを向いていただけますか」
「おう」
 振り向けばベッドの上にちょこんと座った状態の彼女がいた。
 シーツに包まったままで頭だけ出している。
 てるてる坊主みたいでちょっと笑えた。

「怒りに来て頂いたところ申し訳ないのですが少しだけお願いを聞いていただけませんか」
「ん? 別に怒りに来たわけじゃないけど、なに?」
 無事だった。
 その事実が見れただけでも酷く安心した。

「ありがとう御座います……そこに――包んだままついている剣を取っていただけますか」

 彼女は俺に礼を言うとシーツの隙間から指を出して自分の部屋の端に立てかけてある剣を指差した。
 彼女が使っているのは炎術志向の剣、西方の剣だ。
 それとはもうひとつ、茶色い布に包まれて、まるで双剣のようにそのベルトに装着されていた。
 その包みをベルトから外して持ち上げると、思いのほか軽くて驚く。

「ではそのまま包みを解いてください」

 俺は言われるがまま片腕でするするとその包みをといて――その布の中を目の当たりにする。


 真紅の飾りが印象的で俺が触れるとオレンジ色の光を放った。
 手元が見えなくなってくる部屋で、その剣の形をはっきりと見た。
 刀身は俺の腕肘から先より少し長い。
 鞘はがっちりとしたつくりで、赤と黒のセンスを感じさせるものだった。

「ソードリアスの名工、鍛錬<レオングス>と名を馳せる鍛冶の名工の作品です。
 刃は焔属性の宝石を使用し、シン原石の半分をその剣に使っています」

 その剣に魅入ってしまった俺はその剣の柄を持ち、引き抜いて目の前で立てた。
 赤色を帯びた刀身に芯となる鉄が埋まっている。
 凹凸が多いが刃は透き通って綺麗だった。

「――シルヴィアと共に出かけた城下で、このような封書を使った事を覚えて居ますか」
 そう言ってファーナは自分のバッグから封筒を引っ張り出した。
「竜士団封書……?」
 そうそれは選ばれたものしか使えない便利なサインがされた脅迫封筒。
 いやもっと栄誉のある言い方ができるのだろうけど俺はそうやって記憶している。
「はい。それを使ったのは二番街のストレイの店です。
 シン原石と属性宝石を渡し残りは剣の代金としていただきました」

 あの時俺は――アイリスに引き摺り回されてた。
 そういえば途中で一度二人の姿が見えなかった気がする。

「……コレを、取りに行くために……?」
「はい。軽率で申し訳ありません。
 貴方がロザリアに負け、無残に剣を折られひれ伏したと聞いたので……」
「あははは。まぁ折られたけど無残って程じゃなかったはずなんだけどなぁ」
 ひれ伏してもないし。
 はぁ……このお城の騎士への信仰はすごい。
 後からぽっと出の俺はまぁ外雇いの傭兵みたいなもんだ。
 まぁ信用って難しいし。

「それを貴方の剣に」
「え……」
 なんだかとんでもないことを言われた気がして、びくっと背筋を伸ばした。
 ああ、いや初めからそういう話で進んでいたのはわかるんだけど……。
「いや、だってこれはファーナが」
「はい。わたくしが貴方のために作らせました」
 ちょっとまってくれよ。
 宝石剣だぞこれ。美術品だって言ってもおかしくない。
「そうじゃなくて、属性も炎だからコレを使えばもっと強くなれるし」
 ファーナの法術の補助に。
「ええ。貴方が強くなることがわたくしの強くなることです」
「……」
「受け取って頂けないなら何故わたくしが皆に迷惑を掛けてまで取りに行ったのかわからないではないですか」
 ぷぅっと頬を膨らませてひざを抱える。
「……それなら熱が治ってからでも誘ってくれればよかったのに」
 それならもう少しましだった。
 たぶん。
「……それは、その……。
 ……コウキは剣を砕かれたときに望んだではありませんか。

 剣が欲しい――と」



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