第106話『紅蓮宝剣』
俺の声のせいだった。
俺の弱さのせいだった。
そのせいで、彼女は外へと出てしまった。
傷を負わせてまで叶えるものではなかったのに。
最低だ、と自分を罵る。
「それに……んな勿体ないことせずに、自分の作ればよかったのに……」
俺はいいよ。なんとかするから。
じぶんでなんとかする、のは慣れてる。
なんとかできる。
足りなければ努力で補ってやる。
でも……努力で補う時間が足りなくなってきた。
あと何年修行を積んでアレに勝てというのか。
良い剣を持つこと。ソレが一番単純なパワーアップ。
めぐり合う事しかしなかった俺。
自ら求める事は今回が初めて。
そんな仕方の無い馬鹿野郎に彼女が剣を。
俺には酷く似合わない気がした。
「良いのです。
貴方に贈りたかったのです。
わたくしにはありますから」
言って――くすくすと笑って俺を見る。
宝石に使われているのと同じ真紅。
その目を見ると、息が詰まる。
「わたくしのアルマは銘を壱神幸輝、
未来を――切り開く力があります。
でも迷ったならば、頼って欲しいです。
わたくしはいつでも貴方の力になりたいです。
わたくしだから解れる事があります。
わたくしは貴方の神子ですから。
隠し事などわたくしには通用しないのですから。
諦めて、わたくしの余計なお世話を受入れてください」
余計なお世話と自分で言う。
俺には勿体無いこの剣のこと。
「なんで、俺を助けてくれるのさ」
「貴方がわたくしを助けてくれるからです」
「別に、ほら、放って置いてもさ、何とかするじゃん、俺」
「はい。だから、余計なお世話だと申しました」
「だったら!
放って置いてくれていいんだぞ!?
俺頑張るから!
もっと!
ファーナがそんなにならなくていいように!
皆と笑ってやってけるようにさっっ!!!」
怒るみたいに声を荒げた。
たぶん俺は怒ってた。
あんまりにも俺が情けない。
プライドなんてものがあったんだろうか。
自分で何でも出来るって信じてたんだろうか。
あの笑顔を守っているのは俺だと――思っていたかったんだろうか。
そんなガキな俺は半切れで溢れる感情がとまらない。
最低だ。最悪だ。
そうだイチガミコウキなんて――ただ理想を振りかざす子供だから。
思い通りに行かなくなって諦めてるつもりで焦っていた。
いつだって剣さえ振っていればどうにも要るのか要らないのか良くわからない才能を総動員してなんとかなってきたんだから。
両手なら、もしかしたら今の課題だって届いたかもしれない。
無理になってから虚勢を張って何とかすると叫んでいれば何とかなるって思っていたかった。
「――そんな貴方だから。
わたくしが守ります」
「やめてくれよ!
守られて俺は弱くなりたいんじゃないんだ!」
「はい――わたくしはただ貴方が立って居る為の杖となりましょう。
それでも、迷惑ですか……?」
「違う!
そうじゃなくて!
俺はそんなことに苦労して欲しいんじゃなくてさ!
ただもっと楽に笑ってて欲しいから、
ただ、幸せに生きて欲しいから――」
「はい。わたくしは幸せですよ、コウキ」
「――っっ」
「幸せです。貴方のお陰ですよコウキ。
……だから……貴方にも――」
本当に優しい笑みを浮かべて彼女はベッドを降りた。
シーツをマントのように巻いて内側で持っている。
片手だけが俺に近づいてきて、頬に触れたとき。
馬鹿みたいに呆けた顔で。 ボロボロ涙を零してた。
俺の名前の意味は幸せに輝く人――ではない。
『皆を幸せに出来る、輝ける人であれ』
親にそう教わったのはいつだったか。
でもずっと――無意識にそれを心にとどめて、実行しようとしていた。
名前の意味は、何時だって自分を表す正義だから。
「ねぇ……っ?
それ、まじで言ってんの……っ?」
「はいっ。
貴方が作る料理は皆が楽しみにしています。
貴方と話す時間はいつもすぐに過ぎてしまいます。
貴方が頑張るから、皆が頑張ります。
貴方が笑わせるから皆が笑います。
気付いていますか――。
皆貴方が中心で貴方を慕っています。
でも貴方ばかりを苦労させるのはわたくしは悲しいです。
ほんの少しで構いません。
わたくしに貴方のお手伝いをさせてください。
貴方の背負うほんの少しでも、わたくしは喜んでお手伝いしますから。
貴方がわたくしたちを幸せにする為の苦労と同じ苦労を、貴方の為にさせてください
貴方が幸せになることも――大切な事ですから」
言葉にしてもらって初めて解る。
俺の強がりはバレてた。
馬鹿みたいに騒いで楽しいって思っていたかった。
それしか取り柄が無い俺も役に立てていた事。
それを嬉しいと思うから自然に口にする。
「――ありがとう」
「ほんと、馬鹿だ、俺……」
「ええ、承知しています」
「はは、酷くない?」
「言葉の意味さえ解るなら、貴方は本当の意味で賢い方ですから」
「……うーん。それはどうかな」
「ふふっ……そうですね」
何やら含みを持ってファーナに笑われる。
やっぱりお馬鹿な俺は、まだ解ってない事があるようだ。
「さぁ、受け取ってください」
俺が彼女から何かモノを受けとるのは初めて。
――俺は基本的に食べ物しか貰わない。
拾ったものならすぐに返せるし。
返せないからだろうな――プレゼントは。
「貴方にはぴったりだと思います」
鞘を持って俺の体に寄り掛かる。
軽い――すぐに何処かへ行ってしまいそうな感覚に焦る。
左手があればすぐにでも彼女を抱きとめるのに。
その左手の代わりに彼女は剣を収める鞘を持った。
それに合わせてゆっくりと剣をしまう。
「“純真なる紅蓮宝剣”と、名を、頂いたそうです」
「うん。なんかぴったりだ」
「わたくしと同じなのですよ?」
「えっ?」
「ファーネリアという名には“純真”の意味があるのです……が、あ」
「……」
「……」
純真はファーネリア。
彼女は焔を指し赤。宝石を出してくれたのも彼女である。
じゃぁさ、
この剣の名前って
“ファーネリア”なんじゃね……?
へーい! ソーレソレソレ!
ソォォイ! ヤッ! ハッ!
ワーッショイワーッショイ!
いや、今の掛け声に意味は無い。
照れ隠しだ。
こっから見えてるファーナも真っ赤だし。
脳みそはこんな。何をどうすればいいのかさっぱりんごぅ!
た、頼む今俺を見るなっ! 赤いどころの騒ぎじゃない。
「あ、ありがとうっがんばるぞファーネリア!」
「は、はい!?」
剣に語りかけたつもりでやっぱり彼女が返事をする。
わかっててやったつもりなんだけど、すげぇ恥ずかしかった。
「いやっ、超大事にする!」
「はっはいっそうしていただければ光栄ですっ」
ぎくしゃくと笑いあって俺は東方の剣の代わりにそれを装着してもらった。
後ろに二つ剣がある。
その安定感に少し安堵する。
「ありがと、ファーナも寝てないと」
「はい。お気遣いありがとう御座います」
たぶん俺がいると無理して起きてる。
だからささっと退散することに決めた。
気恥ずかしくてどうしようもないし。
ファーナがベッドに戻って小さく手を振ってくれる。
その姿に笑って俺は扉を閉めた。
扉にもたれかかって溜息をつく。
俺の為。
俺の為……?
ああああ!
なんか良くわからないけど。
急に凄く恥ずかしくなって。
マジでよくわかんないんだけど急に――。
コブシを握って笑いたくなる。
空っぽだった何かが満ちてきた。
俺はまた剣に巡り合って。
剣を振る意味を再び取り戻して。
支えられていることに気づいて。
感謝で胸がいっぱいで。
「ありがと……っ!」
本気で感謝して。
再び。
剣を振るうために。
超えると誓ったあの人の元へと走った。
*アキ
「報告します!」
二人の人が机の前に立って敬礼をしている。
一人は男性で資料を片手に一歩前に出た。
「現場は一時封鎖、あまり派手ではなかったようで目撃者はゼロ。
現場の壁には六天魔王見参と書いてありました。
壁に開いた穴からは法術の影響は感じられませんでした。
リージェ様の方からは炎の術跡がくっきり残っているのですが、
もう一人の襲撃者のほうには術としての影響が見られません。
魔法――それに分類されるモノとなるようです」
一人が言い終えて一歩下がる。
するともう一人の女性が一歩前に出た。
その人は見覚えがある。
キュア班でファーナの担当をしている人だ。
「リージェ様の怪我の状態は良好です。
3日もすれば跡形もなく消えるでしょう。
現れたのは神子だそうです。
オリバーシル・アケネリーと名乗った銀色の髪の女性だそうです。
年頃はリージェ様と同じぐらい、細目で薄笑いの多いとの事。
それと――魔女の村出身と言ったそうです。
彼女の言動からこの町には遊びに来た、とのことです。
ですが一応騎士隊の方へ警備の強化を要請します」
「以上です、ヴァンツェ様」
「私からも以上です」
わたしは唖然としてヴァンさんの座る机の横に立っていただけ。
その報告は二人のキュア班の人からだ。
一人は現場からの結果報告。
ひとりは術をしながらファーナから聞いた情報だろう。
「――……了解しました。ご苦労様です。
もう少し現場は調べてみてください。
リージェ様の治療は後日も抜かり無きようお願いします」
『ハッ! 失礼いたしました!」
兵隊よりも兵隊らしく見えたりしてやっぱり唖然とその人たちを見送った。
「アキ、何をそんな面白い顔をなさっているのですか?」
クスクスと笑いながらわたしに言う。
「いえ……ヴァンさんって、やっぱり凄いじゃないですか」
「報告は確かにさせましたが、礼儀正しいのはあの二人ですよ」
うう、それはそうなんだけど……。
そこにそう落ち着いて座っていられるのがもう凄いのに。
ファーナを送り届けて、それをヴァンさんに報告に来た。
ついでに凄かったコウキさんとか現場の状態を軽く説明した。
屋根って意外と走れるんですね、とか。そういうと笑われたけど。
ファーナは回復すると聞いて安心した。
もうお見舞いは大丈夫なのだろうか。
「……でもなんだか凄い人に会っちゃったみたいですね」
「ええ、魔女の村とはまた因果なものですが」
「あはは。もしかしてヴァンさん魔女の村出身だったり……なんちゃって……?」
笑顔がちょっと動かなくなったのでどうしようもない感を出しつつ曲がって見た。
「そう見えますか?」
ギッっと椅子を軋ませてわたしを見上げる。
「いえ、というか、わたしまだ魔女というのも全然理解できてなくてっ!
え、絵本とかで悪役だったりすることがおおいかなぁとか、
お年寄りの方が多いのかなぁぐらいでしか……」
ちょっとわたわたと取り繕った感が否めない。
でも本当にわからないからどうしようもない。
ここでヴァンさんが魔法使いなんです、といったところで「やっぱり!」といえてしまいそうなものでもある。
ヴァンさんは何を言うでもなく少し椅子に深く座りなおして手元の資料に目を落とす。
「魔女、とは。
この世界でいう魔法――それを駆使する事の出来る人を指します。
私たちは詠唱をしなくては術を駆使できません。
魔法はその詠唱を省き、自然界へ干渉しそこから術を行使します」
「ヴァンさんの神言語とは違うんですね?」
「はい。神言語で言っていることと法術を使うことは同じですからね」
「そうなんですか……でもなんで魔女って言われると問題があるんですか?」
「ええ何故でしょうね。
同じ人なのに。
少し特別なだけで――迫害される」
「……えっと……」
「では少し歴史の授業をいたしましょう。
今ではもう廃れた習慣の話です。
魔女と呼ばれる一族が魔女村と呼ばれる村に住んでいた時がありました。
一族は銀の髪が特徴で闇神に愛される一族でした。
女性に多く現れる特異体質のようでした。
その一族の登場時は竜士団のようにあがめられた存在でした」
「あの……先に聞いていいですか……」
「はい、何でしょう?」
ブルーの瞳がこちらをみた。
恐ろしいほど綺麗な顔立ちの人が真剣にこちらを見る。
身構えなくてもいいんだけど。いつも緊張する。
話の腰を折って申し訳ないがそれによってわたしの聞く姿勢かわってくる。
「ヴァンさんとは関係があるんですか?」
「……あります」
椅子を回して体ごとわたしの方を向いた。
「私はクォーターエルフと日々言っておりますが――
父がエルフと人間のハーフ……
そして――母がオークと魔女のハーフです」
――ヴァンさんが自分を明かした。
それは酷く珍しくて違和感だらけな気がした。
あ、あれ、わたしが聞いてよかったんだろうか。
無知なわたしには聞いたからといって何を変えることは無いのだけれど。
それはきっととっても大切なことになる。
「――聞かせて下さい。魔女のことを」
わたしは――聞きたい。
ヴァンツェ・クラオインという人物の不確定さに慣れてしまって誰も気にしなくなっていた。
でもそこにたった一つのキーワードが出た。
「魔女の村は――もうありません。
人の手によって焼かれましたから。
人として最も賢い者がエルフ。
最も強い者がオーク。
最も欲深い者がヒューマン。
最も恵まれた者が――魔女です」
「え、でも竜人が一番恵まれてるって聞きますけど……」
「竜人は言ってしまえば神性4位になれば誰でも良いのです。
神性としての血族……第四位になれば竜人とする、という約束なのです。
そうではなく、自然と生まれた種族としてのヒトの事です。
貴方は竜人と竜人の子ですが、ヒューマンの部類です。
非常に多種族な世界ですからまだ把握しきれていない種族だっているのかもしれませんが――。
現存する種族は最も多いのがヒューマン。一般に人間と言われる最も繁栄した種。
次にエルフ。自然を愛する知識の種。
ドワーフ。大地に愛される力の種。
フライヤー。翼人です。翼をもつ翼の種。
オーク。集団を嫌う生命力の種。
そしてここからは極端に少ない異端と扱われることの多い種です。
テング。一人から生まれる空を歩む種。
ドラキュラ。吸血種。ただ一人の運命を待つ夜の種。
――ウィッチ。魔女です。突然に現れる異能の種」
さすがは先生だ。
なんだかメモがとりたくなる。
「じゃぁウィッチを聞くんですけど……自然界に干渉できるのは遺伝なんですか?」
「そうですね。初めの一人からはずっと遺伝だったようです。
自然干渉能力は本当に魔法ですから。
自然を使うことで、法術と同じ現象を生み出す。
まさに魔法です」
「なんで女性だけ?」
「さて……。それは知りかねます。
生まれてくるのがほぼ女性だったというのもあるのでしょう。
男性が生まれるというのは稀だったようです」
「じゃぁヴァンさんは――」
「ええ。ほぼ奇跡の男性なのでしょうね。
そして――私には、神言語を理解する能力があった。
彼女らは自然現象魔法を無限に使用する。
私は自発現象法術を有限ですが最大に使うことが出来る。
――魔女の血は相当危ないものです。
もしこの戦いに参戦してくるとなるのなら……必ず脅威となるでしょう」
ヴァンさんは――ファーナの心配をしている。
わたしにそれを教えてくれたのは警告だろう。
自分より術に強い人がこれからは敵に回るのだ。
しかもそれが魔法使いとなればさらに厄介な話で――。
もっと――わたしもみんなも強くなる必要があるようだった。
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