第108話『剣である証明』
ィィ――ン――……
甲高い残響。
緊迫した空気を切り払って息を吐くラジュエラ。
光はコウキに直撃した。
後から思い出したように地面から吹き上がった土煙がその死に様を隠した。
「――ふむ。そんなもののようだ。メービィ様」
彼女は剣を下ろして、後ろを振り返る。
金色の髪を揺らす紅の双眼の女性がその様子を静かに見ている。
――ファーネリアが神性メービィと名を持つ焔の神である。
ソノ顔に表情は無く、ただ少しゆっくりと眼を閉じて息を吐く。
「……そのようですね」
ふわふわと宙に浮いたままそう言う。
彼女がこの場所に存在するのは、ラジュエラの招待だ。
彼の腕を治させるため――尤もメービィにその力が無いため自分の力の一部を貸したのだが。
一度彼を作っただけはあって見事完璧な彼を作り直した。
「なんだ、もっと残念そうにしないのか?」
その様子をラジュエラが見上げる。
もっとヒトに近くなったと思ったが見込み違いかと首を傾げる。
「残念……」
「そうだ。もう我々よりヒトに近いのだろう?」
言葉を反復する彼女にラジュエラが言う。
メービィはスッと眼を開いて彼女ではない、ソノ場所を見る。
「いいえ――、残念などではありません。
わたくしの剣は、まだ折れていないのですから」
ドッッ――!!!
風が吹き荒れる。
コロシアムに吹く風は渦を巻いて、上へと吹きぬける。
ラジュエラはなるほど、と笑って再び剣をあげ振り返った。
「――ッ!」
息を呑むラジュエラ。
その視線の先には、漆黒の髪を揺らし、真剣な無表情から人懐っこい笑顔を浮かべるシキガミ。
赤い印象的なコートを風に揺らし、その紅い剣を掲げるコウキ。
その左手に握られているのは炎月輪。
焔を帯びるその剣は赤と銀に輝き――それを握る彼の眼はまだ闘志に満ちている。
「さぁコウキ。剣である貴方を、証明してください」
「オス!」
左手にある感触に歓喜した。
俺の武器。
俺たちの武器。炎月輪。
直前でその感触を感じて裂空虎砲を振った。
あとコンマ何秒という時間でも遅ければまた腕が飛んでいただろう。
「それとっ!!」
腕を組んで空から俺たちを見下ろすカミサマがプゥッと頬を膨らませる。
「お?」
「後で言いたいことがたっっっっっっくさんあります!!!」
あははは、と空笑いだけしておく。
いや、実は前から凄い時間空けたしな……根にもたれてるのか……。
「ふむ。ようやく乙女の鉄槌だなコウキ」
「まぁ……ラジュエラよりは優しいと思うから、頑張るよ俺」
フッとラジュエラがすかした笑顔で俺を見る。
「そうか……無言対罵倒一年ぐらいだろうが頑張れ」
もちろんその無言の方が俺だろう。
「……俺、すげぇ泣きたい」
「ああ、後でたっぷり泣かせて貰うといい――それとも、ここで泣いていくか?」
「――断る!」
右手にファーナから貰った焔の宝剣。
左手にメービィから預かる焔の輪剣。
無対である俺だから。
この二つを双剣だと言える。
投擲の用途を持つのは元々は炎月輪。
久しぶりに使用する感覚に笑いながら思いっきりバック走を始める。
もちろん距離が無くては意味が無い。
普通のヒトが十の歩みをかける道を彼女は一。
距離を有効と見るならそれと同じ速度で離れればいい。
それが出来れば苦労は無いんだけど――!
剣を投げるだけ投げてそれを避けられると呆気なく追いつかれる。
――シュキィィィッッ!!!
ラジュエラの剣が閃き、それを宝剣が受ける。
タイミングを絶妙に計り、後退を止め彼女の一歩を利用して俺が踏み込む。
炎月輪の最大の利点は投げて使える事ではなく――
抜刀に要する時間が皆無な事。
俺を鞘としてほぼ無制限に生成されるこの武器。
ここが剣の為にある空間であるお陰か、または彼女が居るお陰か両方か――
理由は何でアレ、ファーナが歌を歌っている状態と同じ。
今ここでなら炎月輪は常に俺の手の中にあるっ!!
「術式:紅蓮月!!!」
両手に炎月輪を構えてラジュエラの剣にあわせる。
彼女も同じく剣を真紅に染めて俺に向かってくる――!
炎月輪を手に持った状態ではリーチが短い。
この武器はカタチが特殊すぎる。
双剣にもなるのだが、投げるという利点を失うことになる。
円形だからこその飛距離だってある。
手に持った状態では刃の広さが唯一の利点だろうか。
お陰でシビアに打ち合いなんてしなくても刃を防ぐことは可能だ。
炎月輪は――刃であり、盾。
攻撃を最大の防御にすることの出来る喩え易い得物の一つだと思う。
そして、防御を攻撃にする事だってできる。
――ダンッ!!!
剣を受けた手を押し込んでラジュエラの目の前に迫る。
甲冑の足倶が鳴る。
体を固定して態勢だけを守る為に前に重心が寄るその一瞬身を引いて――
反射神経の塊みたいな彼女だからすぐに後ろにへと体を戻す。
ガガガガッッ!! ゴォォンッッ!!!
ズガッッ!!!
状況判断に一瞬の油断も許されないやり取り。
ヒビが入るほどに一歩に力を込め、剣だけを離さないように歯を食いしばって剣を振る。
チリチリと焼けるような神経だけの情報伝達。
体から脳への伝達などを待っているような暇すら今は惜しく、体全部が俺じゃないみたいに動く。
ラジュエラの鎧に宝剣が叩きつけられる。
ピキィ――!
ソノ音を放ったのは剣ではなく――鎧。
直感。
チャンスだ。
今しかない。
今回しか無い。
ラジュエラが鬼のような形相で一歩を踏みとどまった。
爆発みたいに舞台がひび割れて、弾ける。
ソノ様子に、ヤバイと本能が言うのだけれど。
此処でこの剣を振らずして何処で振るのか。
「ああああああああああああ!!!」
俺の宝石剣が赤い焔を纏って正円の月を描いた。
術式の宣言を省略し、パリパリとマナが溢れて己が身を焼く炎となる。
そんなものを気にしているような暇なんて微塵も無い。
ただ、この剣を、振る。
ラジュエラの双剣が最強の剣技を放つために白い光を帯び、直線を描き始めた。
相手を袈裟斬りに両方から全力でソノ剣を交差させる。
距離はほぼゼロ。剣が届く距離である。
普通の人間なら踏み込まない一歩そこに彼は踏み込んできた。
賞賛に値する。
彼は無謀のようでありながら紙一重の勇気を見せることの出来る人間だ。
彼はこの世界に来た日から今日まで、ほぼ実践の中で生きてきている。
人の中で尤も生きることに長けた人間だ。
神業と呼ばれる切り替えしは最強と呼ばれる双剣の誇り。
それを見切って避けるような人間が、この世に何人居ようか。
彼女が生を謳歌した時ですら、それはかの剣聖一人であった。
強いと呼ばれる動きには、それぞれの信念がある。
何を守って何を捨てるのか。
いつ引いていつ守るのか。
すべての能力で分けた時、判断の相性がすべてを決める。
彼と自分の能力の差は、彼が直感で埋めている。
その直感ですら、彼の生き方を物語る。
最高のひと時であった。
殺してしまうのを惜しいと思えない程。
だから、驚くほど自然に。
彼を裂く為に剣を振る――。
その彼の剣が届く前に自分が剣を振り切るほうが早い。
勝利は――確信だった。
ドドォンッッ!!!
体を襲う衝撃に剣が揺らぐ。
背中で、何かが弾けた。
それが彼がやったものだということは明白。
――今度の悪あがきは、彼の必殺となった――
視界を焔が遮って、体中を駆けた。
その中で、壱神幸輝だけを見ていた。
揺らがず、炎に焼かれ、剣が肩に刺さろうとも――唯一つを成す為に。
宝石剣が自分の胸の前。
切っ先が心臓を向いて、その片手剣を両手で突き出す。
最後の、一瞬は、こんなにも速い。
ザンッ!!! ガキャァァ!!!
赤い剣が体の尤も重要な機関を壊して、想いを熱に変えた剣が体を焼く。
ああ、残念だ。
この体を貫く痛みを感じながら、そう思う。
この才能の塊のような人間と同じ時代を生きたなら。
自分はきっともっと強かった。
自分にもこんな才能があれば。
失うものなど何も無かったはずなのに。
生前の後悔の記憶。
それが蘇るのはコレが一種の死である為。
忘れてきた思いのはずだった。
捨ててきた想いのはずだった。
たった一人が守れなくて、何故最強などと謳うのか。
たった一つが叶わなくて、あんなにも涙するのだ。
そのたった一つ。
それを貫くたった一人の人間。だからこそ――。
仰向けに倒れた。
グルグルと世界が回る酔ったような感覚。
体を走る痛み。世界を構築する意識が自分を再構築していく。
この心象世界丸ごと自分。その中での敗北はありえないと思っていた。
動かなかった指先に力が戻ってきた。
涙でくすんでいた視界がはっきりとしてきた。
自分の世界がこんなにも青空が広がっていたか。
空を仰いで想う。
「イチガミコウキ」
彼を見ないで転がったまま。
今はとてもヒトに近い状態だ。
擬似的にだが死んだ。そのショックのせいだろうか。
「――、おう」
「……生きて守る事は大変だ」
柄にも無く語る。
いつもはくだらない激のような話をして終わるのに。
「……ああ……」
「…………もし、私のような目にあっても君は生き続けるか、?」
自分がそういったのは何の為だったか。
「……俺はそうさせないっ。
ズルしてでもなんでもっ。
俺が幸せになるために。みんなを幸せにする為にっ!
生きて欲しい人たちの為に!!!」
俺がやっていくことは。
ずっと変わらない。
笑ってて欲しいから馬鹿やって。楽しいから笑って。
料理して旅をして勉強をして。
ずっと幸せで居ること。ただそれだけの願い。
「……できないから言っているのに。馬鹿だな君は」
それだけなのに。馬鹿扱いはひどいだろ。
でもそれは間違ってない。だから――
「馬鹿じゃないと出来ない事もあるって知っといてよ」
笑ってそう返した。
「ああ――それは楽しみだ……」
コロシアムの祭壇が消えていく。
この世界から落ちると同時に、不安を覚える。
俺は彼女を殺したのだろうか。
神性は最後まで喋ったし動いたのも見た。
血はすぐに止まっていたし――。
「案ずるな。死んでなど居ない。神性がヒトに殺されるなどありえないのだよ」
俺の目の前に現れてそう言ってすぐ消える。
手に入れたものの安堵。
そして何よりも、安心感。
心に欠けたものが満ちて――。
「ありがとう……っラジュエラ!」
ただ純粋に嬉しさで溢れて、彼女にそういった。
すべてを貰ったことに感謝する。
与えられた腕で。
口にした約束を守る。
与えられた技で、
俺は生きていくから。
世界が連鎖した。
赤で満ちた世界。
誰かの部屋もこんな感じだったと想って少し笑った。
そしてその赤い絨毯の上を歩く。
「ようこそ神々の祭壇へ。私加護神メービィがもてなさせていただきます」
今はもう見え方が変わった。
そこに居ない人物といつも話していたはずなのに。
今日はやけにはっきり見えて、凛とした瞳で俺を見る。
見つめる外見も、ちょっとした動きも。
すべてがファーナと瓜二つ。
「――おめでとう御座いますコウキ。
ついに勝利なさったのですね……?」
本当に嬉しそうに笑って玉座を降りた。
「おうっ! まぁ本気かどうかはわかんないけど」
『……コウキ言いたいことを申しても宜しいでしょうか?』
じとっと俺を見る。
ファーナもよくそういう眼で俺を見ることがある。
てかしょっちゅうだな……。
「どんとこいっ」
腕を組んで全力で受けてたつ姿勢をとった。
『無茶しすぎです!
何故わたくしを最初に頼らないのですかっ』
「そ、そりゃぁほら、……」
何か言い訳を――と想ってメービィを見る。
酷く不機嫌で泣きそうにも見える。
「……ごめん、そのカミサマらしさっていうか、頼り甲斐?」
『わたくしには無い、と?』
ふーんと言いながら更に俺に近寄る。
「あっはっはっは。あっメービィ久しぶり!」
『何ですかそのあからさまな話の逸らし方はっ』
「なはは。だってメービィには頼りたくないし」
『な、何故ですっ!』
「もういっぱいいっぱい迷惑かけてるし?」
『……』
「今回も結局助けてもらったわけだし。
ファーナにも助けられてるし。
結局繋がってるんだから、面倒見て貰わないとだし?」
はぁ。結局手のかかる子だよなぁ俺。
壊して、直して。
そんな手間をかけてしまう。
『……わ、分かっているのならいいのですっ。
その……できれば。なのですが。ご相談いただければと思います。
貴方を見ているといつもハラハラして。
目が回りそうなほど早く日々が過ぎていくのです……』
伏目がちに声を小さくしていくメービィ。
申し訳なくなってきて、ぽんぽんと頭に触る。
今日までの俺の道。
毎日に意味があって、毎日が充実していた。
だから早い。
でも過ぎる日々の先を考えれば。
たどり着ける場所がある。
「ああ、だからすぐ俺たちは此処に着くよ」
ちょっと複雑な顔でメービィが顔をあげる。
『……本当に……?
貴方が此処に来ると言うことは――
貴方は、もっと辛くて、悲しい道を歩むことになるのですよ……?』
「っはは。何大丈夫」
『……?』
「俺はまだ此処に着てから一度も、不幸な終わり方なんてしてねーもん」
全部奇跡。
俺が体験したミラクルワールド。
あっは! 全然いいじゃん。
全部巻き込めばいい。
そう俺の力とか誰の力とかじゃなくて良いから。
そこに辿り着いた結果だけ。
自信があるってわけじゃない。
「ぜーーんぶっ何とかする!」
そうなれ! そう世界に叫ぶだけ。
『……ふふふっあはははっ貴方は本当に、面白い方です』
「もう馬鹿だって言えば良いと思うよ」
『いえ。わたくしには貴方は英雄ですからっ』
ぱぁっと眩い笑顔で言い切る。
ぞわっと来た。こう、似合わなさ過ぎる。
くああああ! 全力で背中に冷や汗っていうかっ!
恥ずかしがりやなのにこういうところはズバッと言うよなちくしょぅ!
「……づあ。ごめんホント馬鹿でごめん」
俺もよく歯に衣の話はあるけど欠片の自信無さにダイレクトアタックでもうすみませんでした。
『何故あやあまるのですかっ?』
「……うっす頑張る」
視線を外してそういう俺をみて、メービィがふふふ、とちょっとだけあやしく笑う。
『はい――何度も思うのですが。
本当に貴方でよかった』
「いや、偶々なんでしょ?」
『いいえ。コウキですからっ』
「そ、そう?」
『はいっわたくしのゆ、勇者様ですからねっ』
かくいう彼女も顔が真っ赤だったりする。
どもるぐらい恥ずかしいなら言わなきゃ良いのに。
でもだから余計恥ずかしい、つか。
「早く俺を此処から海に捨ててええええ!!
はずかしぃぃいぃいいい!!!」
マジで恥ずかしくて弾ける。鼻水が止まらない。
何だよ仕返しか!? お礼参りなのか!?
うふふ笑いで楽しそうに俺を見るファーナ。
ああやっぱり仕返しだ。
メービィに笑われながら世界を後にする。
アリガトウとドサクサに紛れて本当のお礼だけ忘れないようにいっておいた。
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