第109話『戻ってきた!』


「秘技・荒ぶる獅子のポーズ!」

 神聖な聖堂の教壇の上。
 俺は中華拳法が如くそのポーズをバシッと決めた。
 力を込めてチョット震えた。カッコいいぞこれは。
 まるで小学生の頃に戻ったようだ。
 別に目立ちたがり屋じゃないんだ。信じて。
 だがこれはインパクトに欠ける。次だ。
「新・セクシーポーズ!」
 ……ありえないな。
 ちなみに新とか言いつつ前回と姿勢が変わってない。
 次。

「大技、線 香 花 火 ! サワワ……」

 さわさわ感を出すために両手でサワサワやりながら顔を下に向けた。
 そこで俺を見上げるアキとガッツリ目が合った。
 どうしようもない感が拭えないが某お菓子屋のマスコットの如く舌をだして視線を背けた。

「コウキさん何やってるんですか?」


「どぅわ!?」
「ちなみに“震えるお爺ちゃんのポーズ”から居ますよ?」
 いつから!? と聞く前に先に言われてしまった。
 そのプルプルとしたポーズから最初から居る事が発覚した。
「荒ぶる獅子のポーズ! 荒ぶる獅子なの!」
 くわっと同じポーズをしてみせる。
 ふよっと頭にハテナを浮かべたままスルーされた。
 悲しいよ……。
「最後のサワワってなんですか?」
「こう……ほら、涼しさ?」
 こうバチバチ始まる前のこうモリモリサワサワした感じだ。
 あの大技が分からないなんてなってないな。
 ていうかセクシーには突っ込んでくれないんだ。オーセクシー……。
「て言うか左手戻ってきて最初がそれでいいんですか?」
「他に何やれっていうんだよぅ!」
 俺だってテンションがどっかいきそうなのを必死に机の上で堪えてるんだって!
「今ですよコウキさん! 伝説のポーズ……!」
 無茶振り!?
 伝説のポーズ……!?
 ええと、伝説の……!

「せ、せ、

 セクシーポーーーーズ・レジェンド!!!」






 ※想像にお任せいたします。






 ……
 …………
 酷い辱めを受けた。
 もうお嫁にいけない。
 シクシクと教壇の上で丸まって顔を両手で押さえる。
 違うんだもっとこう、あっただろ俺!
 何でよりにも寄ってセクシーポーズでなおかつ伝説に対応しちゃったんだっ!
 笑われるなら本望と思ったが流石に馬鹿っぽくて笑ってくれてないし恥ずかしい子じゃん!
 
 不意にアキがぽんと頭に手を置いた。
 ピクッと反応して指の間から彼女を見る。
  薄く笑っていて、でも真剣に俺を見ていた。
「お帰りなさいコウキさん」

 懐かしい。
 そういえば最初にいきなり居なくなった時も、彼女はそう言った。
 庶民的で暖かい感じ。
 でも俺はそういうのは大事だと思う。
「……ただいま」
 指の間から彼女の笑顔を見つつ小声で言った。
 うんっうんっと満足げに長い髪を揺らして頷く。
「あははっこれで料理も存分に出来ますね」
「おうっやっとだよホント――?」
 笑いながらいって、彼女の異変に気付いた。
 お爺ちゃんじゃないけどプルプルと震えて俺の左手を握る。

「馬鹿っ」
 ぎゅうっと手が握られる。
「うえっひどいっ」
 下を向いたまま吐き捨てるようにそう言った。
 もう認めてきたからいいけど。
 ものの真意とは違う意味で使われているようだ。
「もう、ホント馬鹿ですよコウキさん、何でこんな時まで、笑おうとしてるんですか」
「へ!?」
 泣く所って無い。
 だって俺は嬉しいから。
 そうだろ?
「さすがですコウキさん!
 おめでとうございますっ!
 凄いです!
 うあっ……!

 よかった……!! ぁ……っ!

 ホントよかったです……!
 もう辛そうに笑わないですよね……っ!
 わたしたち、全部元に戻ったんですよね……!?

 ――また、笑って旅が出来るんですよね……!! ひぅ……!!」


 ――ああ、うれし泣きって言うのもあったよな。
 ボロボロ泣くアキに右手を乗せてちょっと困った。
 泣きやんで欲しいけど嬉しいから出てるんだ。悪い事じゃない。

 毎日を大切に思っていた。
 それは俺だけじゃなくてアキも。多分みんなそうだ。

 皆で戦って、俺やアキが料理して、ファーナが時々加わって。
 ヴァンに教えてもらって、世界を歩いて――馬鹿やって笑う日々。

 ヴァンが居なくなって、次にアキが居なくなって。
 俺の片腕が無くなって。ファーナも大怪我をして。


 ヴァンとアキは戻ってきた。
 俺は腕を取り戻したし、ファーナもここに居れば順調に回復するだろう。

 俺達の始まった場所でまた俺達は癒され、集った。
 オーケーじゃん。治療は受けた。
 傷が癒えれば俺たちはまた歩けるから。
 それだけ俺達は強くなったから。

 つられて、ちょっとだけ泣きそうになった。
 それを俺のポリシーで堪える。

「よぉしっ! とりあえずファーナに報告だと思うんだ」
 我等が神子様に。
 なんかいまだになんか繋がってないぞ?
 届け俺電波!
 ゆんゆんと電波を飛ばしながら教壇を降りた。
 ふふ、いい机だったぜお前。
 ゴシゴシと涙を吹き払って、アキも笑う。
 ――いつもの柔らかい笑みで。
「ですねっ! あ、でも今安静なんですよ。寝てたら諦めて明日にしないと」





「おはようございま〜す……」
 そろそろと部屋に侵入した。
「こ、コウキさん、寝てたらダメだって今さっき言ったばっかりじゃないですかっ」
 コソコソと二人で抜き足差し足で部屋に入って扉を閉める。
「だっていっぺんはコレやっとくべきだよ寝起きドッキリだよ!?」
 事務所にアポなしだぜ。
 ふっ……普通なら掴まるな。
 ここなら友人割引のシキガミ優待券で一日牢屋ぐらいで釈放されるんじゃないか。
 まぁそんな阿呆な理由で掴まりたくは無いけど……。

 暗い部屋。
 カーテンが閉められていて本当に光はほぼ無い。
 ベッドの傍に行って少しだけカーテンをずらす。
 外はでかい月だけホント明るい。
 カーテンは何処に行っても結構分厚い生地だ。

「――はぁ――」
 ファーナが少しだけ大きく息をした。
 そういえば――。風邪だっけ。
 なら尚更起こさない方がいいか。

 ――どうしても。
 伝えたくて。
 何かを言おうと思ったけど。
 ……やっぱり、我慢するか、と息だけ吐いた。

 アキが額からすっかり温くなった布を取って水を含ませた。
 静かに少し水分が残るくらいに絞ってファーナの頭に載せる。
 起きる様子は無く、小刻みに呼吸をしている。
 ――今日は本当に無理をさせた。
 あとはファーナだけ。でも確実になる事は約束されてる。
 俺ばっかりのせいで風邪をこじらせたりすると大変だし。

「コウキさん」
「……?」
 ちょいちょいとアキに手招きされる。
 カーテンをそのままに俺はベッドの脇へと歩み寄った。
 何も言わずアキは指で指し示す。

 ――布団から手が出てる。
 熱いんだろう。体温は高いほうだと言っていたし。
 それでも流石に人の子。病気になれば熱も上がる。
 体温が高い人が苦しむって相当熱があるってことだ。
 かなり危ない事だってある。
 だからこういうときはホント寝ることも大事。

 その手に触れてみる。
 左手で。
 ファーナ。
 ――ファーナのお陰で俺は失った物を取り戻せたよ。
 ありがとうって、一番最初に言いたかったんだけど。
 だから……うん。
 元気になってくれよな。

 きっともう少し前ならこの言葉は言わなくても伝わった。
 今は何も繋がっていない。
 手は妙に熱い……辛いだろうに。

「ん――」

 パシッと俺の左手が握られて、ズルズルと布団の中へと連れさられる。
 起きてる? と小さくアキが聞いたが俺にもよくわからない。
 ただ表情とかは全く変わらない。
 ……事故か。仕方ないよな事故なら。
 たとえ美少女の布団の中に俺の左手が潜入していようと。
 アキの冷たい視線に冷や汗を掻きつつ、左手を引き抜こうとするが結構しっかり握られてる。
 どうしよう、とアキを見た。
 すぅすぅと小さい寝息が聞こえる。
 外は雨上がりでもう虫の声がしていた。
 蒸し暑いような感じではなく、少し雨で冷たい感じの気温。
 日本育ちの俺にはこのぐらいの湿度が丁度いい。

 くあっと欠伸が出た。

 はぁ……。まぁいいか。
 そう思って脇のイスに腰掛けて、ベッドの余ってる部分に頭を預けた。
 だって疲れたし。人の寝息サウンドのマリョクって凄いよね。
 マジ眠い。

 アキがゴソゴソと動く音が聞こえて、俺の隣にぽんと衝撃を感じたので振り返る。
 イスを持ってきて、ファーナの肩辺りのスペースで同じように頭を預けていた。
 どうやら同じ目にあってくれるらしい。
 俺の右手を枕代わりにする事にしたようでベストポジションを模索している。
 大事だよねベスポジ。頭がベストプレイスにハマって落ち着いた。
 聞こえるのは二人の寝息。少しだけ暑い部屋は人のぬくもり。
 てかこのベッドやべぇ。ふっかふかだわ。
 すげぇ気持ちい――……。

 もう、そこから後の記憶はない。
 心地よい暖かさだけを感じて正に眠りに落ちた。












 きっと疲れてた。
 息が詰まるような真剣な試合。
 ソレより前からホント色々気を使う日々。

 ――世界が違ったら有り得なかった解放。
 強く望み、成せばいい。
 死ぬ確率を持ちながらでもかけた何かが手に入るというのなら。
 本気で望む人間は多い。
 それだけ欲深いと言う事。

 目を覚ました。
 右手にはあんまり感覚が無くて左手は妙に暖かかった。
 動かそうと思うとどちらも動かないことに気付いた。
 ぬあっ? 重い……。
 なんだよぅ、と顔だけ右を向いた。
 そういえばアキが隣りで寝てた。
 すぅすぅと寝息を立ててファーナと寄り添って寝ている。
 俺の腕は枕というか何というか――。
 あぁ、血が通って無いのか。
 あるよね。自分でやっててもなるし。
 まぁ一番問題なのはその手がまた頭じゃなくてもう少し下にあるって事だ。
 感覚は無いが確実に――
 胸の下……じゃね……?

 わざとじゃない。
 わざとじゃないっだって俺寝てたしていうかどうしようもないし腕枕だった時点で
 もうダメだったと気づくべきだったって言うかそういえば寝るときの時点ですでに
 二箇所ともアウトだったじゃん俺さぁなんでどうでもいいやとかおもっちゃったの
 ねぇ俺の馬鹿野郎おおおおおっ!!!
 問題の左手。
 昨日の夜は手を繋いだ状態だった。ああそれだけ。

 両手で包み込まれてるって言うか、むしろ……。
 唯ファーナが横を向いててかつ両手は顔の前に見えてる。
  うああああああ!
 表裏両方にお肌の暖かさを感じるんですがこれどこでしょうねぇ!?
 挟まれてるんですか!? 脚とかフトモモとか!?
 そうですか!?
 ファーナの顔があそこで手がそこであそこですよねこれヤバくね!?

 俺はちょっとマジで焦りつつ手を動かす。
 俺はヘビ!! パーフェクト諜報員なナイスガイだ!!
 はははは助けてぇぇ!
 焦ってバレたら終いだ!
 ゆっくり丁寧に優しく……別にエロくねーよ!?
 天国と地獄って音楽あるよね!
 そんな感じ――
「んっ……?」
「や、……?」
 そうその丁度手が抜け切る前。
 俺は同時に目を覚ました彼女らと目が合った。
 もうバチコーン☆って感じだ。



 おはようございまああああああああああああす!!!






 ――
 ……
 ……
 ゆらゆらと湯気が上がる。
 ソレを正面から受けると紅茶のいい匂いが香った。
 昼食後の一服に一杯の暖かい紅茶を入れた。
 その昼食というのは怪我に良い様に、とここのメイドさんが栄養のあるものを作った。
 まぁ味が結構濃かった。
 ファーナは小食だし、少ない量に栄養を持たせれば濃くもなる。
 そこで今日は紅茶も少し濃く入れる。
 茶葉はよくわからない。けど入れ方は何となくで覚えた。
 モーニングの時間には甘めの紅茶。
 夕食の時間に向けて濃い目、渋めにするのが良いようだ。
 結構夕食並みの食事だったので紅茶は渋め。
 ストレートで出す。
 ミルクや砂糖はいいんだけど、何となく栄養バランスを気にしてみた。
 店ならダージリンとかお勧めなんだけど、この時期に丁度いい茶葉があると言う事でソレを使っている。
 基本的にはどれもストレートで飲んで美味しい物だ。
 ミルクティーは教えてもらった歴史からはインドからのヨーロッパへ持っていくと、
 茶葉が腐って味が悪くなるからミルクを入れた的な話がある。
 へぇ。うん。まぁそんなもんだ。
 あとはミルクティーにするならアッサム、とまぁ何となくで覚えてる。
 後、俺が店で本気で覚えたインド紅茶テクもあるんだけど、いつか隙を見て披露しよう。

「おまたせしました」
 すっとファーナの前に置いて身を引いた。
「ありがとう御座います」
 ふっと花のように笑顔を見せて紅茶を手にした。
 スッと流れるような動作で口元へとカップを運ぶ。

 今日になって風邪はケロッと治ったようだ。
 今朝の治療も順調のようで本当に明日には完治するそうだ。
「――……おいしい。腕は鈍っていないようですね」
 カタッと小さい音を立ててカップを置く。
「まぁね」
「本当によかった。で、今回は何を?」
 頭の羽飾りを揺らして首を傾げる。
 その様子にビッと親指を立てた手を突き出して言ってやった。
「ラジュエラに勝って来たぜ!」
「……」
 ちょっと凄い眼で見られてるぞ今。
 笑ったと言えば笑ったんだけど半眼でありえねーコイツみたいな顔だった。
「いや、まじだって! 俺嘘ついて無いよ!?」
 信じてもらえないと腕が戻ってきた理由が話せないじゃないか。
「ええ……嘘じゃないのでしょうね。どうでしょうアキ」
「うん。いつも通りずるいですよね〜」
「ですね」
「ね〜」
 何か二人で分かり合ったように頷いている。
 俺は膨れつつ一先ずアキの紅茶を淹れていたのを彼女に出す。
「ありがとうございます〜
 ふふふっコウキさん」
「何……?」
 視線を逸らす。
 今はあまり顔を合わせたくない。
 その様子に気付いたファーナがクスクスと笑いながら言う。
「ふふふっコウキ、折角可愛いのですからこちらを向いてください」(−1)

「やだっ!! なんだよちくしょー!!」
 窓から見える太陽に向かって吼えた。
 俺の身に起きてる事態は日常ではない。
 ただ戻ってきた。
 そう、俺はまたこんな事をしているのかと言う絶叫。
「コウキ、レディは太陽に向かって吠えたりしませんよ」
 レディではない。
 だが、今それを反論する事は許されない。
「ハイ、申し訳ありませんリージェ様ッ……!」
 しっかりと返事をして頭を下げる。
「ふふっ。分かれば良いのです。可愛いコウキ」(−2)
 ファーナが満足げに紅茶を楽しむ傍らに立ってティータイムを演出していた。
「あはははっそれにしても凄くお似合いですよコウキさんっ」
 アキが俺を上から下までしっかりとチェックしてフフフッと笑う。

 プルプルと震えるとソレにあわせて俺の髪が揺れた。
 メイド服はスースーするしパンツで歩いてるだけみたいなスカートを穿いて歩くなんて女の子ってマジ凄いよな。
 はは……
 そう。女装です。
 黒髪ストレートのカツラが出てきて、今日一日の服と渡されて、
 ついでにファーナが治療と謹慎だからその間のお世話だそうだ。
 アキとファーナで面白そうに化粧を施して、キャァキャァと着付けされた。
 でも俺は匙投げずに頑張っている。何でかって?
 ヴァンいわく、給料が出る。
 ……俺、ガンバリマス……。

 何にせよバツゲーム女装。
 俺は後……何回、女装をすればいいんだ……?
 ふふふっと儚い涙には二人とも突っ込んでくれない。
 妙に嬉しそうにニヤニヤと二人が俺を見る。
 しかもたち悪いのが見るだけで突っ込まない。
 ああ、誰か助けてくれよ。
 ここいらで良識のあるヴァンが燕尾服とか持ってきてくれないかな、いや、マジで。

「失礼します。すみません遅れました。
 コウキ――いつも通り可愛いですね」(−3)

 ははっと楽しそうに歯を輝かせて笑う。
「開口一番がそれかよ! 全然嬉しくないよ!」
「それは失礼を。ですからちゃんとお詫びをかねてコレをお渡しします」
 マジかっ!
 正に魔術師、空気の読める男だ。
「えっ!? 燕尾服とかにしてくれんの!?
 さすがヴァン!」
 満面の笑みでヴァンに抱きつく。
 マジさすがヴァン!
「いえ。このお札を持って置いてください。女性の声になります」
 前言撤回。

「ちくしょォォーーーー!!!」

 特殊な布に包まれたぺラッとした紙を一枚渡された。
 色々難しくもない簡単な象徴文字が並んでいる。
 無駄な努力も甚だしい。
 楽しいと思うことには余力を残さない。
 コレの為に午前は仕事してないってさ。
 ヴァンの技術の結晶、ていうかルーンを使った護符の一種らしい。
 勉強がてら作ってみた、ということだ。

「あ、あ〜あ〜」
 おお。これが名探偵七つ道具で名高い変声機か。
 確かに声が変わっている。
 喋ってる俺自体も驚き。元の声が丸々高くなってる。
 まぁ姉ちゃんみたいな声だなと思った。
「あ、凄いですね。本当に女性になったみたいです。しかもなんだか可愛いです」(−4)
 アキが感心しながら俺を傷つける。
 無意識なのがなお痛い。
「……本当に可愛い女性になってしまったようですね」(−5)
 ファーナも驚いている。
 つまり声さえなんとかなれば女と相違ない、と日々思ってたわけだ。ちくしょー。
「かわいいってゆ〜なっ!」(−6)
 言ってなんか心痛んだ。
 違うんだ可愛い子ぶってるんじゃないんだ!
「あはっ! ごめんなさい、でもこの可愛さをどうしても伝えたくって」(−7)
「誰にだよ! 可愛いじゃないっ!」(−8)
 俺が否定するたびにアキがうふふ、と笑うのは何でだろう。
「コウキ……もう可愛すぎてコウキと呼ぶのも可笑しい気がします」(−9)
 逆だああああ!!
 コウキで男だから可愛いって言うのは間違ってる事に気付いてくれ!!
「もぉ、ヴァンー! この二人なんとかしてくれよー」
 あからさまに俺を陥れようとしている二人に耐えかねて、最後にヴァンに振った。
 ふむ、と二人をみて溜息を付くと、もう一度俺を見た。
 一歩離れて上から下までマジマジと見られる。
「ば、ヴァン〜?」

「ええ、コウキは可愛いですよ?」(−10)


「うわああん!」

 自分で自爆しながら放った言葉に耐え切れなくなって走り出した。
 チョット内股で腕は外側に振りながら――。
 涙なんか流れてません。






 ――風の通る小高い丘の上。
 遠くでは兵士の威勢のいい掛け声が聞こえた。
 きっと練習に励んでいるんだろう。
 心地よい風に、撫でられて心が洗われるようだった。

 遠く見える街も賑わいを見せていて。
 暖かい陽気になった今日。
 普通に見れば最高の日。
 今日も一日頑張るかと笑ってただろうケド、今日だけは曇った顔で溜息を吐いた。

 俺はメイド服で体育座りだったからだ。

 ロンゲのカツラをヒラヒラしたカチューシャで留めて、
 動き回っても落ちないようにアキにセッティングされた。
 誰か俺をプチッと潰してくれないかな……。



「――お嬢さん、何かお悩みでも?」

 不意に声をかけられた。
 誰だ、見るからにボンボンなお兄さんは。
 ――最初に目に入ったのは橙に光る髪だった。
 男性にしては長めの髪で丁度耳が隠れるぐらい。
 空色の服で――なんでボンボンかというと装飾品が多い。
 ピアスにブレスにネックレス。リングもなんか高そうなのが付いてる。
 体格は細長いって感じ。
 あだ名をつけるとすれば……シタマツゲかな。
 顔が近いので立ち上がって引いた。

「ああ、これは失礼――僕はアルゼマイン。
 優美なる、第七騎士さ」

 別にきいてねぇし……。
 無駄にキラキラしながら俺に手を差し出す。
 なんだろう、コイツ……
「悩みがあるんでしょ? 僕に話してごらん?」

「い、いや、ホント何でもないのでお構いなく……」
 一歩引いて視線を合わせないようにする。

「そっか……じゃぁ僕と結婚しようか」


 ダダダッと全力走ってその丘を降りた。

 ――絶対今日は厄日だああああああぁぁっっ!


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