第110話『束になる使用人』



 はぁ、はぁ……。
 小高い丘の上から転げ落ちるように一気に逃げた。
 ここは偶数番隊兵舎の脇道。
 全力で走って逃げた。
 スカートって走り辛い。
 ちょっと追いかけて来てたけど……うん、もう後ろには居ない。

「意外と脚が速いんだね君」

 前から聞こえた声にビクッと体が震えた。
「逃げないで」
 そっと抱き締められるように捕まった。
 キラキラと背景で町並みが光る。
 つやっぽい声が耳元で囁かれた。
 ぎゃあああ!!!
 鳥肌がヤバい。
「ッ……!」
 バッとすり抜けてまた逃げる。
 誰か助けてぇー!


 づ、はぁはぁ……!
 兵舎から道を下る事数分。
 メイドの格好で爆走するのは難しい。
 靴もいつものじゃないし、足が痛い。
「ねぇ」
「ひぃっ」
「……そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
 心なしか凹んでる。
 つか、さ、なんだろう男に言い寄られるこの感覚。
 けりてぇ……。

「何をしているアルゼマイン」
 ドスを利かせた声にビクリとした。

 声の主は金色の髪をした青年。
 端正な顔立ちに少し怒気を見せて腕を組んでいた。
 切れ長の深緑の瞳がチラッと一瞬だけ俺を見た。
 その瞬間だけ、すまなさそうな顔だったがすぐに視線をアルゼマインという青年に戻す。
 バランスのいい均衡の取れた体格で男の俺から見てもカッコイイ。
 何ていうかパーツ一つ一つと言うかどこをとっても文句のつけようが無い。

「――ヴァース……」
「答えろ――アルゼ!」




 *アキ


「もー何処行っちゃったのかなぁ」
 コウキさんを探してとりあえず神殿中を回った。
 世話係がサボっちゃダメでしょうに。
 といっても今は休憩時間だから多分戻って来るんだろうけど。

 コウキさんの久しぶりの女装にひとしきり笑って満足した。
 やっぱこうじゃないとっ。
 でまぁ笑いすぎたせいか逃げていってしまった。
 ちょっと酷かったよねーって話で燕尾服も用意したんだけど。
 早く着替えないと時間なくなるよーといいたいのだが本人が居ないのでそれも叶わない。
 ホント何処行ったんだろ――?

 フラフラと探し回って、結局見当たらなかった。
 あれ〜? お金が出るからちゃんと働くと思うんだけどなぁコウキさんだし。
 たびたび時間を見つけて酒場の手伝いをやるコウキさんはホント真面目だ。
 全ての店で好評だし。
 まぁ自分でお金を貰ってる間のお仕事は絶対だと言っていたのでサボるってない!
 と豪語していたのでたぶんもう戻ってたりするんじゃないかな。
 そう言い聞かせつつコツコツと靴を鳴らして歩いていた。
 廊下は灰色のレンガで敷き詰められている神殿。
 そういえば城側でないほうは兵舎がある。
 何気なくふっと窓の外をみると見覚えのある後姿。

 黒髪の――それだけでもうほぼ特定できる。
 黒髪のヒトって本当に少ない。
 だからコウキさんか王様。
 王様はもっと白髪の混じった髪だしあんなに長く無い。
 アレはコウキさん。間違いない。
 メイド服だしねっ!
 窓を開けて呼んでみることにする。
 一階だし此処から出ようかなとも思ったけどお行儀が悪いので身を乗り出すだけにする。
「コ――」






「何でいつも……僕の邪魔ばかりするんだヴァース!」

 あ――。
 何か言い争っている二人を目の前に、コウキさんは固まっている。
 その争っている二人をわたしは知っていた。
 最初にそう言っているのが――結婚してください! のヒトだっ!
 第七騎士アルゼマイン様。
 美人に弱いって噂なんだけど……わたしも自信を持っていいのかな……?
 ていうかコウキさん……。

「邪魔じゃない。ただ人が嫌がってるのが見てられないだけだ」
 果敢に言い放つのは第二騎士ヴァース様。
 前あったときとは少し違うイメージだが、それでも麗人なのは変わらない。
 ええと……端的に言えば凄くカッコいい。
 王子様って言われても信じるかなぁ。そんな感じ。
 ザッとコウキさんとアルゼ様の間に割って入って庇っている様に見える。

「――決闘だ!」


 ゑっ!?

 こ、コウキさんを取り合い!?
 なんとなく燃える展開にぐっと拳を握りそうになったけどなんか違うと思い直した。
 コウキさんがプルプルと震えだしている。

 そんなコウキさんをよそに二人は少し距離をとって広場に立つ。
 ざわざわと風が吹いていたのがやんで、急にシン――とあたりが静まる。
 鳥の鳴き声すらここには届かなかった。

 ヂリっと、
 フラッシュバックするのは。
 お父さんとアノヒト。

 息の詰まる感覚はこれ以上進むなという警告。
 コウキさんは更に近い場所にいるのに。

 不意に、コインが飛んだことに気づいた。
 高く上がって騎士二人の丁度中間ぐらいへ落下していく。
 それが地面に触れた瞬間が始まりの合図。
 二人はお互いの剣に手をかけていた。

 音は鳴らなかった。
 地面に着いた、その瞬間を見たそれが――ハジマリの合図。

 ギギィィィィン!!!


 剣が激突する。
 第二騎士ヴァース様は両手剣の使い手。
 噂によると鎧の上からでも斬りに行くなど鬼神的な話も多々ある。
 その話にたがわず、一歩の速さ、切り込みの鋭さ何をとっても一級の腕前。
 そして対する第七騎士アルゼマイン様は――蛇腹剣だ。
 鞭のようにしなるその刃を自在に操る。
 最初の突き出しの衝撃は凄かった。
 初見でかわせるような人は居ないだろう。

 そして――そこにおいて、一番問題なのが。

 その初撃を受けきったのが、コウキさんだということだ。
 チリ、っと焔が舞い、二刀の剣先が二つの剣を止めた。
 黒髪に赤は良く映える。

 パキィン――……!

 剣を弾ききってくるっと長い髪を靡かせながらこちらを向いた。
 本当に一瞬でも。
 今までは女装だからといって馬鹿にしていた。
 謝ってもいいともう。
 コウキさんは凄く美人に見えた。
 ああだから二人の喧嘩には納得。

 唖然とその姿を見る騎士二人。
 わたしも見守る他無かった。
 しばらくの沈黙。
 そして一番最初に言葉を放ったのはコウキさん――。


「俺は……!!!


 男だバカーーーーーーー!!!」





 やっぱ、男の子だった。





*コウキ

「っっ……!!!」

 大爆笑なさっているのは財務を預かる大臣様。
 机に突っ伏して大爆笑――しかも咽てるし。
 息も絶え絶えになりながら表情だけ真剣にして俺に視線を戻す。

 銀色の長い髪を緩めに束ねて耳が隠れるようにしている。
 青い瞳の普通にしていれば通る人が皆視線で追うようなエルフの麗人だ。
 いい意味でも悪い意味でも力添えを惜しまない人で、悪戯にも全力だ。
 今の姿は俺が来るようになってから出現するようになったらしい。
 シィルいわく、これが普通なんだそうだけど。
 エルフなせいもあるんだろうか、心が若いんだと思う。
 まぁ全然楽しくていい人だ。

「で、ふた――ふはははっ……!!」
 チラっと俺をみてまた机に突っ伏してプルプルしてる。
「俺を見て笑うなっ!」
 ツボに入ったらしい。
 自然とコブシに力が入ってくる。
「声まで……! もう貴方は私を笑い殺す気ですか……ははは!!」
「声はヴァンのせいだろーーーー!!」
 大声を張り上げて突っ込むと更に笑って机の向こうに落ちていった。
 爆笑しすぎて息も出来ないようだ。
 あっと隣に立ってその様子を傍観していたアキが手を叩く。
「コウキさん、燕尾服用意してるんですが、要らないですよね?」
 俺を見上げて自然にやわらかく笑う。
「要るよ!? なんで要らない前提で聞いたの!?
 俺男の子なんだよぅ!?」
 俺の主張にふふふっとわらって口元に手をやる。
 大笑いを堪えるセレブ動作。
「だって似合ってるじゃないですか。取り合いされるぐらい」
「それが嫌だから燕尾服を着させてぇええええ!!」
『あははははははは!!!』
 俺の叫び声が部屋に響き渡ると二人が決壊したように大笑いする。
 部屋の隅でのの字とか書いてよ……。


「で、騎士のお二人は今どうなさっているのですか?」
 きりっとメガネを光らせるヴァンツェ・クライオン。
 財務大臣をしており、今も書類の山が積まれている。
 とりあえずメガネ吹き飛ばしてやろうかと思いつつ報告する。
「ああ、とりあえず王様に突き出してきた」
 シャツのボタンを留めてチョッキと燕尾服を着る。
 サイズはぴったりだ。
 これでもうちょっとマシな仕事が出来る。
「なんと言うことを……あの方も暇では無いのですよ?」
 キュッとメガネをあげるヴァン。
 あのメガネの右側に集中的にでこピンしてやりたい。
「うん、だから騎士団長が来て大目玉だったよ」
 襟を整えて鏡を見た。
 蝶ネクタイって気持ち悪いな……まぁ慣れるかな。メイドより。
「……そうですね。騎士隊直下の長ともあろう人が喧嘩ですから。
 お疲れ様でしたコウキ」
 ほんとだよ全く、といいながら準備が整ったのでヴァンを振り返る。
「どう、どっか変じゃない?」
「はい。大丈夫です」
「アキーもういいよ〜」
 扉に向かって言う。
「失礼します……と、コウキさん着替えちゃったんですね……残念」
 ほんっとうに残念そうもしょんぼりしながら俺を見る。
 そんな顔されても嫌なものは嫌だ。

 気を取り直して、コホンとヴァンが咳払いをする。
 俺とアキが並んでたったのを見て薄く微笑んだ。
「では、コウキ、アキ。
 旅立ちまで少し時間が出来ました。
 お客人として暇をしていただいても宜しかったのですが、
 少し落ち着いていただくためにお仕事をしていただきます」
「いえっさー!」
 ぴっと姿勢を正す。
 どうせ此処で何も無かったら街に行こうかなとか思ってたりしたし。
 でもまたファーナから目を離すのは不安だなぁと思っていた。
 
「あ、わたしもですか?」
 あれ、とアキは自分を指差した。
「辞退は自由です」
「あ、いえ。やりますっ」
 きゅっと小さくこぶしを握る。
 うん。やる気があるって良いことだ。


「では。勤務についてのご説明を。
 知ってのとおりリージェ様の治療期間3日と謹慎期間3日。
 私たちはここから出ることができません。
 そこで急遽貴方たちに使用人をやっていただきます。
 とはいえ、友人ですからリージェ様との間に上下を厳しくは言いません。
 あまり粗相の無いようにお願いします。
 無いとは思いますが、外来の客人などの対応の場合は“らしく”お願いします。
 それと給与は仕事時間を換算して出発前に渡します」

 ヴァンの言葉を聞いてとりあえず意味を吟味する。
「外来って来るの?」
 ふ、まぁ今の俺には紳士でポーズがついてるから何とかなる。ハズ!
「滅多に来られません。
 一応、です。リージェ様へ会いたいお方は神殿へお通ししますから。
 私に来たお客様であればお城のほうで会見させていただきますので呼んでください。
 ああ、役割ですが、お一人は私の秘書を務めていただきます」
「あ、わたしですかっ」
 はっとアキが姿勢を正す。
 てことは、アキは秘書服……? いや、メイド服……?
 俺の中の妄想ではかなり似合うなぁ。
「そうですね。コウキはリージェ様の御指名ですから」
「そうですけど……ええと、わたしあまり文字には強くないですよ?
 一応父から教わって本も読めますが……正式に習ったわけじゃないですから」
「ええ。無ければ叩き込むまでです」
 両手を顔の前で絡ませてキラリと輝かせる。
「うわぁ……」
 思わず声が出た。
 アキはカタカタと震えながらプルプルと首を振って俺を見た。
「あう……そ、その点コウキさんなら言語の壁ないですから! 何でも!」
 ザザッと俺の後ろに隠れてしまうアキ。
 勉強嫌いって訳でもないだろうしなぁ。
 単にヴァンが言うと凄く難しそうに聞こえるからだろう。
「ていうか書類は別にいいんじゃないの?」
 そんな重要そうなお仕事をいきなり新人にやらせていいものなのか?
 俺はもう銀行に売り上げ入金に初めて一人で行った日とかもうすげぇやばかったぜ?
 とりあえず行きのダッシュとか。
 いや、どうでもいいよね。とりあえずその仕事の有無をヴァンに聞いてみる。
「ははは。はい。驚かせてすみませんがお願いするのは雑用です。
 それとも書類を詰まれる体験をして見ますか?」
 やっぱな。
 アキと入れ替わりになるようにさっと俺が避ける。
 壁をなくして一瞬パタパタとしたがキリッとたってヴァンを見た。

「雑用大好きです!」

 くわっと淀みなく言い切った。
 その選択は間違いじゃない。
 俺だってそう言うし。多分。
「いい返事ですね。
 では直属の上司はスカーレットになります。
 手が空いた際は彼女に仕事を仰いでください以上です。
 何かご質問がありますか?」
「俺は無いかな」
「わたし、この服でいいんですか?」
「規律に従いメイド服で」
「あ、はい。わかりました」
 こくりと頷いたアキ。
「じゃぁわたしスカーレットさんに言って着替えてきますね〜」
「はい。よろしくお願いします」
 ヴァンが言うとちょっと浮いた足で部屋から出て行った。
 俺とヴァンが残った空間で無言。
 ただもうちょっと言いたいことがあった。

「ヴァンの趣味?」
「見てみたいものでもあります」
「確かに」
 ガッとヴァンと男の握手をした。








 バイト。
 そう。バイトっ。
 この響きが一番あう。
 だってそうだろ?
 ちょっと変だけど喫茶店の時と服は似ているし。

 とりあえず掃除を言われたので箒を手に神殿の入り口へやってきた。
 俺の仕事はファーナの使用人。
 紅茶を入れるのも楽しいし、おやつも作ったりできるし。
 うん、楽しそうだ。

 そう、楽観していた俺の目の前に――。
 二人の男性がたっていた。
 ついさっきまで見ていた顔で、俺を見て一人は目を逸らし一人は楽しそうな笑顔を見せた。
 燕尾服の美形というか完成したスタイルの美を持った二人。

「国王様と団長の命令により今日より謹慎が終了するまで、
 貴方と共にリージェ様の使用人を命じられました。
 先ほどは失礼しましたシキガミ様。
 改めて、私はヴァース・フォン・サクライス。
 この国で第二騎士を勤めさせていただいています」

 深く頭を下げた一流騎士。
 さっき見たときとは髪型が違う。
 使用人らしくしているのだろうか、髪を上げて固めている。
 それによって存分にそのらしさ、がにじみ出つつイケメン。
 あんまり隣に並ぶと人にぶつかられそうだ。
 わかる? 俺のこと見えないぜ多分。

「やぁ。麗しき君。僕も改めて。
 第七騎士アルゼマイン・ビオード。よろしくっ」

 そして、笑顔ですっと近寄ってきて強引に手をとって握手。
 そんな彼も一流騎士で、手はその性格よりずっと苦労した手をしている。
 まぁ今見れば別に悪い奴には見えないがどうなんだろう。
 細身で長身。 橙の髪が少しウェーブしていてちょい長め。
 やっぱりアクセサリーがいっぱいついててチャラい。
 たれ目気味でシタマツゲだ。
 ふたりともすでに燕尾服で、それぞれのイメージカラーなのか蝶ネクタイの色が違う。

 正直、出張ホストかなんかかと思った。

 色々追求するべきだろうが唖然として言葉が出ない。
 青空を背景にキラキラしてる二人と、箒を持ってそれをポカンと見上げる俺。
 ピヨピヨと鳥が空を飛んで平和な日にも見えなくは無い。
 そんな俺がやっぱ最初にもった感想はこれ。

 なんか、きた。



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