第112話『騎士の夢』



 誓った意味は遥かに昔の記憶の中に。
 過去に捨ててきたみたいに懐かしい。

 あの人は今何処に。



 僕達は自分達の国を逃げてきた。
 僕とヴァースは同郷の貴族。騎士だった。

 剣はめっぽう強かった。
 貴族階級である自分はその国での騎士を約束されたようなものでもあった。
 でもそれが気に入らない。
 階級など無くても実力で同じことが出来る。
 腐った大人たちが蔓延る大きな国の一部になんて、何の価値も無い気がした。
 そこにいてそいつらと同じように国の大きさにだけ満足してぶくぶく太りながら腐っていくのは嫌だった。
 でももしかしたらその国を変えることも出来るかもしれない。
 そう思って、一度は騎士になった。

 ――そのときの僕には想い人がいた。
 親の知り合いで幼い頃から知っていた。
 気品に溢れ、意志の強い人だった。
 大きな目に宿る光が彼女の強さみたいで大好きだった。

 自分は王都に住んでいたが、彼女は近隣の小さな町の長の娘。
 会う機会は自分で作った。
 何度も足を運んで。
 「好きだ」という言葉を言おうと思ってから。
 ソレを実際に言うことが出来たのは1年と言う長い時間を要した。
 「結婚してください」はもっと時間が掛かるだろう。
 それでも。待っていてくれる。
 彼女は僕にいつも優しく笑ってくれる。

 その時だ。戦争が起きた。
 最近閉鎖的になっていた隣国が攻めてきたのだ。
 戦力はこの国のほうが圧倒している。
 だから勝利はゆるぎない。
 そして、騎士の僕にはチャンスだった。
 ここで実力を見せ付ける。
 それによって上層に少しでも手が届けば……もっとマシなことが出来る。

 そこからは怒号の戦果を挙げた。
 戦女神にも魅入られて、更に強くなるために剣を振るった。
 丁度その時だ。
 僕と一緒に前線に配置されたヴァースにあった。
 彼は僕と同じ不満を国に抱き、僕と同じ考えで剣を振るっていた。
 意気投合して共に戦場を駆け剣を振るった。

 そこで誤算があった。最前線では、後ろのことは分からなかった事だ。

 最前線を片付けて。
 勝利を謳い、嬉々として僕達は故郷へと道を戻る。
 戻る前に彼女に会って行こう。
 そういう私情で隊の最後尾からこっそりと道を外れた。
 ヴァースに見つかったが両手を合わせて頭を下げて見逃してもらった。

 勝利を伝える一番が彼女で何が悪い。
 僕達の昇進は確実だし、何よりこの身は生きていると。
 ついでに言えるといい。勢いの言葉だから。

 そう――結婚してください。





 焼け野原に想う。

 何故もっと早く言わなかった。
 何故僕は此処に居なかった。
 何故国はこの場所を見捨てた。

 あの子の名を叫んで探して。
 もしかしたら国に逃げたかと急いで帰って。
 あの町の事実を問いただした。

 別隊で2つの町が襲われた。
 前線部隊に殆ど兵士が行っており、助けられる町はひとつだったと言う。

 経済的に、場所の重要さ的に見てあの町よりももうひとつの町の方が重要だった。


 最前線には。
 剣すら振らずに戦争を眺めていただけの隊もあったというのに。

 国の上層貴族を殴った僕の昇進は無くなった。
 もうこの国に意味は無い。

 家を出ることにした。
 元々あった僕の名は、アルゼマイン・リーディス・アクスト。
 勘当同然で、苗字を捨てさせられた。
 ついでにセカンドネームも捨ててきた。

 僕は、彼女の名だけ頂くことにした。

 アルゼマイン・ビオード。




 唯一、無二の戦友であるヴァースにだけそれを伝えることにした。
 逃げるのか、と言われて、そうだ、と答えた。
 きっと失望されたに違いない。
 だから早々にそこから去ることにした。

 僕は英雄になりたかった。
 何でも救える。
 守りたい人を守れる人間に。
 ここじゃあそれは叶わない。

 でも国を作るほどの人望はないし、知識も無い。
 新しい国に行く。
 次は敵かもね。なんて友人に手を振って。


 国を出る前に、兵に捕まった。
 僕が出家したというのはもう広まったらしい。
 日ごろの嫉みからかずいぶんと大勢で殴られた。
 前線では一番若かったが、ガンガン年上の奴らに対して文句を言ってたし。
 半分くらいは、素手で何とかしたけど。
 甲冑が出てきたぐらいからは流石にどうにもならなかった。
 剣は持っていたが抜かなかった。
 当然相手も剣を抜いていないからである。
 殴り殺されるかもしれないが。
 武器を持たない相手に剣を抜くことだけはしない。
 当然の騎士道である。



 そこに、乱入してきたのがヴァースである。
 妙に軽装で、それじゃぁまるで旅に出るみたいじゃないかと、言ってやった。
 ああ、そうだ。そう答えたそいつに、もう何も言わずに背中だけ任せて。
 意識の持っている間だけ出来る限りの武を尽くした。

 キュア班で目が覚めてヴァースは勝った、とだけ笑った。

 次の門はすんなりと通れた。




 そこから2,3年は流れ者。
 フラフラといろんな国で此処でもない此処でもないと傭兵や冒険者を繰り返す。
 そして、新興国の話を聞いたのはルアン・バ・アルクセイド。
 大きな国で、とてもいい国だった。
 ヴァースとここでも面白いか、と話していた頃だ。

 その国より少しノアン側。
 だが区域はアランで、滅びた国の再建らしい。
 新しい国の名を、グラネダ、と言うらしい。
 その名を聞いてすぐに行ってみることにした。
 名だけで既に気に入っていたのだが。
 さぁその国の意志を聞きに行こう。

 意志の成すの国へ。


 その国は――想像以上だった。

 丁度僕達が見た英雄凱旋。
 神壁の英雄バルネロ。
 戦王トラヴクラハ。
 鉄拳のウィンド――国王である。
 身震いした。この国には守れないものが無い。
 守れないことに厳しい。
 僕だってそういう人間になりたい。



 二人は自分達よりも十は歳が行っていたがそこまで行っている様に全く見えない。
 というか、王妃に子供がいるというのすら嘘のような美しい人だった。
 妙に仲睦まじい国王と王妃。
 腹立たしいので少しいたずらすることにした。

「美しい王妃様に使える事ができるのは光栄です。
 是非僕と結婚してください」

 国王様とボッコボコに喧嘩して。
 王様が大人気ないとバルネロ様に止められるまでやっていた。
 拳での実力差から一方的だったけど、この国にこれた僕からの精一杯の誠意。
 拳が剣であるといったその人に剣を抜いて全力だったが――歯も立たないとはよく言う。

 作れるか。
 愛する人間が何処に居ても救える世界。
 少なくとも。此処なら――。
 それを叶える事が出来る気がした。













 国を捨てたわけではない。
 守りたかった祖国はまだ遠くに存在する。
 家族にはいつでも帰って来いといわれた。
 父は私の誇りであり、母は私の自慢でもある。

 国の体制の不十分はずいぶんと長い間嘆かれていた。
 長い平和に浸ったせいで戦争を経験しない騎士が家柄だけで上層へ行った。
 援護派遣では少人数で無茶をさせて全滅させたり、逆に無意味な大軍を行かせ甚大な被害があった。
 経済状況が悪化すると税が上がる。
 階級が下がればそれは生活に大きな影響を与え、生活が困難になり国を去る。
 それが珍しいことではなくなった。
 更にそれだけではない。
 王政の限界が来ていた。
 それなのに権利を他に任せる事無く、無理な政治が続く。
 王に縋る腐った貴族。
 下を見ず、自分達だけのことしか考えないその人たちは、安易に税を上げる。
 ――腐ってる。


 変えないといけない。
 なんとかしなくては、と騎士になった。
 だが歳も経験も圧倒的に足りない。
 成果をあげるべくは戦争。
 そう都合よく起きるものではないが――天恵かそのチャンスがあった。
 襲われた村には悪いとは思うが、この戦争は自分にとって大きなチャンス。
 自分から先陣へと名乗りを上げて、最前線で戦った。
 そこで出会った戦友がアルゼだ。
 最前線で意気投合した。
 国を変えるために。握手をして互いの成功を誓った。
 その日、戦女神の祭壇へと招かれた。
 アルゼも――同じことがあったと驚いていた。

 戦女神の祭壇に招かれることは珍しい。
 戦女神の加護を受ける者は英雄を約束されたようなものである。

 そして、加護を受けた自分達は当然のように飛びぬけた戦果を挙げ。
 目標に近づいたことに喜んで揚々と故郷へと戻っていた。
 途中、何故かこそこそとわき道に逸れて行くアルゼを見て引止めに行った。
 どうやら恋人が居るらしく、道をいっぽんずれるらしい。
 どちらを回っても同じだが先頭は逆の道を行っている。
 ――規律上、こんなところで逸れる様なことはあってはいけない。
 特にこれから上に行こうというのにこんなミスで足が止まるのもばかげている。
 我慢しろと言うのに手を合わせて頭まで下げられたら、頷かない訳には行かない。
 仕方なく、そいつを行かせて、必ず合流しろと釘を刺しておいた。


 最後の休憩に寄った町に、既に王都軍が居た。
 ――この軍がここにいると、王都には軍が居ないことになる。
 また何か馬鹿なことをやっている。
 聞けばここも小隊の軍勢に襲われていたらしい。
 それを聞いて、何処が襲われたのかを問うと、アルゼの向かった町の名が出た。
 そこからルアン方面に真っ直ぐ2時間ほどだろう。
 この町と同時に襲われたらしく先にこちらを救った。
 もう一つの方にも後から行ったが既に遅かったらしい。
 一度こちらに戻って明日すぐ王都に戻る。
 そう言う父親の顔には疲れがあった。

 アルゼは――大丈夫だろうか。


 王都に着く前にアルゼと合流した。
 覇気は無く、ぼぅっとした様子で、何を問いかけても答えなかった。

 あの町には恋人が居た。
 後の話だが死亡の確認もされている。
 何故あの町を救わなかった。
 何故あの無駄な軍を置いておかなかった。
 何故この国は無力過ぎる。
 叫んで上層貴族を殴ったアルゼには昇格が無くなった。
 抗議にでた自分にもそれが降りかかりそうだった。
 それを止めてくれたのは父親である。


 程なくして父親は病に倒れた。
 心労も過労もあったのだろう。
 結構いい歳の人だったので仕方が無いとも思えた。
 昇進した私の元にある日アルゼがたずねてきた。
 騎士隊を辞めたのは知っていたがそれ以来あってはいなかった。

 どうやら旅に出るらしい。
 理想の国を探しに行く。もしくはつくりに行く。
 此処では無理だと、苦笑う。

 逃げるのか、といった。
 そうだ。と言われた。

 自分が上層についてみて。
 この国が腐っていることに気づいた。
 絶望しかけていた。
 この国は。もう崩壊を決めている。


 ずるいじゃないか。
 そこに一人は過酷過ぎる。

 そう思った自分の甘え。
 自分の居る世界の腐食に飲まれ、崩れるだけ。

 見えない希望に手を伸ばす苦痛にいつまで耐えればいいだろう。
 だから――歩いて光に向かう彼を羨ましいと思った。

 それを、見抜いたのは父親である。
 この国の古株で、軍ではつい先日まで最高責任者であった。
 愛国心が強く。
 国の為にと、体を壊した父である。


 お前も行くといい。
 私達は平気だ。この国は古い人間には優しいからな。
 お前は私の自慢の息子だ。
 この国で腐っていくことは無い。
 歩いて世界を知りなさい。
 その剣を振るうべき国を見つけなさい。
 仕える国を見つけるのも人生だ。
 私はな。今。この国にいて幸せだ。
 お前は違うだろう。
 だから見つけに行きなさい。創りに行きなさい。
 私の息子であるお前に出来ないことは無い。


 私達は、お前の幸せを願っている。



 この国では。恐らく伸びることは無い。
 根腐りを起こした植物のように、枯れて消えるだけ。
 守れないことに涙した。
 感謝して、誓った。
 貴方のような誇り高い人間になるからと。

 国を出る前に、一先ずあいつを呼び止めておくことにした。
 どうせなら一緒の方がきっと楽しいだろうし強くもなれる。

 探し当てた時には唖然とした。
 多勢に無勢のなかでそいつは剣を抜かず戦っている。
 思わず止めに入った自分の姿に甲冑の兵士が襲い掛かってくる。
 どうやら英雄昇進した自分が気に食わないらしい。

 それらを全力で殴り倒した。
 拳をボロボロにしたアルゼをキュア班に預け、城に向かった。
 それに対しての文句ではない。
 ただ丁度いいと思ったのだ。
 自分の隊の人間が、武器を持たない彼に対して暴行を振るった。
 その責任の為に騎士を辞める、と。
 そうすれば父の名を汚すことは無い。
 引き留められもしたがそれが騎士としてのけじめだと押し切った。


 自分が抱いているのは――単純なもの。
 広く国を作るために携わることが出来、父のように誇りを持って国に仕えたい。
 腐って朽ちるような国ではなく。
 明快に進み続ける国がいい。
 それを見つけることは難しいだろうけれど。
 その指針になるということもできる。
 そしてその国には――劇的に出会うことになる。


 名持ちの英雄が勝利を謳う凱旋。
 若い王が改革をし、貴きお方が人を集める。
 この国は理想である。
 その名を持ってそれを証明する。

 理想郷<グラネダ>――!



 そして。
 そこで一人少女に会う。

 一目見てそのお方が――王女である事を分かった。
 貴き人に似ているから。
 つい今、久しぶりに会ったがよりあのお方に近くなっている。
 外見で言えば正王女様もそうではあるのだが。
 作り出す空気がやはり違う気がする。

 神子と言う存在の意味は詳しくは知らなかった。
 シキガミという人間が何を置いて信用されているかも。
 国王がそうであるように、その現れるシキガミも導く者としてふさわしい人間なのだろうか。



 もし、その方に挑んで――。
 出来ることなら。
 貴き人を守れるのが私には出来ないかと願うのは――愚かか。


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