第113話『世界事情』


 本日も外はなかなかの陽気。
 雲は多めではあるが気候はとても快適だった。
 こんな日はあの子が来そうだなぁと虫の知らせのようにはっと思いついた。
 自分の部屋はいつもどおり片付いていて、いつでも部屋には人を呼べる。
 なんとなく人と話したい気分でもあるし、心なしかコウキの言うところのデンパというやつでも念じてみようか。
 というのも。
 謹慎の時期になってしまい書物を読むぐらいのことしかやることが無い。
 それでもいいのだが少しぐらい誰かと話せても良いのではないかと思う次第でもある。
 それを甘えと言われてしまうのなら特に我慢も厭わないが。
 むむむっとアイリスおいでデンパだけ一瞬やってみて、あるわけないと窓から書物に視線を変えた。
 まぁ、ちょっとした思考の気分転換である。


 コンコンコン
「はい?」
 響いたノックの音に返事をする。
 お茶でも来たのだろうかと先ほどのことは全く考えていなかった。
「ファーナー。お客さんだよ」

 えっ……。
 そう驚いてしまったのは言うまでも無い。
 コウキがドアを開けその先に見えた彼女を見て、願ってみるものだなぁと思った。





「いいなぁお姉様。いいなぁっ」

 いつものように部屋に来た妹と話をする。
 この妹は正王女と呼ばれる母親によく似た容姿のわたくしの妹である。
 金の明るい髪色で淡いキラキラと輝く長い髪。
 整った顔立ちに容姿や立場を感じさせない元気な笑みを見せることが多い。
 姉の自分よりも長身で、スタイルがいい。ここには疑問を感じざるを得ない……嘆いても仕方の無いものではあるが。
 しかしちゃんとわたくしを姉として慕ってくれていて、出来た妹だと思う。

 ところで「いいなぁ」と言われているのは今の境遇である。
 わたくしの後ろには執事が立っている。メイドもだ。
 この状況は特に珍しいものではない。
 本来は人払いをしてお茶などを楽しむ場であるが後ろの方々は友人である。
 別に今ぐらい座ってくれても構わないのだが先ほどから「自分、勤務中ッスから」しか言わなくなったのである。
 どうやら来るたびに楽にしてもいいのですよと言われる事に挫けそうな自分を律しているようである。
 それに便乗して隣のメイドも「わたしも勤務中ですから〜」とにこやかに言うのだ。
 なかなか手ごわいがそろそろ折れる時期ではないのかと見ている。
 そうわたくしの後ろには――二人の人が立ってる。

 一人はバトラー。
 コウキ・イチガミ。
 彼らの国ではイチガミ・コウキが正しいらしいが名はコウキのほうである。
 わたくしの従者ではないがわたくしを導く者として世界に呼ばれ一緒に旅をする仲である。
 今黙ってキリッと立っていて真面目な固い人間に見えなくも無いが本来は柔軟性抜群の普通の男の子である。
 魅力の多い人で方々からの信頼、特に関わった人間は必ず彼に乗せられるという変わった性質を持っている。

 そしてもう一人はメイド。
 アキ・リーテライヌ。
 丸い雰囲気のわたくしよりもいくつか年上の友人。
 わたくしから見ても可愛いを人にしたような方で顔や仕草や言動の何処をとっても可愛いと思う。
 あと驚くほどスタイルが良い。
 そんな反則的な魅力の持ち主で、さらに強さも兼ね揃えた才色兼備と言わざるを得ない人である。
 わたくしとは外で出来た初めての友人。

 コウキは訪ねてきたアイリスを連れてきて、そこにアキがお茶を持ってきたという状態である。
 もちろん引き留めた状態でここにいるのだが。
 本来ならもう二人バトラーがいる。
 お城からの召集のため一時席を外した状態だ。

 まぁ何にせよ、このふざけた状態を注意する気にもならないのが現状である。
 ここまでされると楽しんでおかなければ損だというものだ。
 というわけで友人二人を背につかの間のお姫様気分。
 皮肉を言っているわけでもないがこの二人は従者として最高級だ。
 そう、このまま旅に出れてしまうほどに。

「シキガミ様は、バトラーの経験がおありなのですか?」
「いいえ。しがないレストランのウェイターでしたよ……フッ」
 コウキがそう答えるとあまりに似合ってなくて全員で吹き出す。
「ぷっ」
「あははっコウキさん変なの〜」
「本当に敬語が似合わないですね……」
 コウキは全員からの非難に溜息をついて姿勢を崩した。
 ちょっとすねたような顔から言葉をだす。
「分かってたよぅ。でもたむろしてていいの?
 俺スゥさん手伝ってくるよ?」
 スカーレットという本物のメイドがわたくしには一人付いている。
 彼女はわたくしがスゥという愛称で呼んでいるがそれが浸透したようである。
 臨時メイドとバトラーの二人の統括は彼女に任せてある。
 だが基本的に昨日でやりたいことはやってしまったようで
 今朝時間を取るかもと聞くと好きにしてくれて構わないと言われたのである。
 元々彼女だけで成り立っていたし、手が足りなければ数人城から借りることもできる。
 別に困るほど仕事が合ったわけではないのだ。
 まぁ護衛とわたくしの謹慎の都合から見てもここにいてもらうのが一番である。
「良いのです。わたくしたちの相手が貴方達の仕事です」
「それいつもと変わんないよ……」
 それもそうである。
 とはいえここにいる以上何か話してくれるとありがたかったりする次第でもある。
「いえ、目を離してくれるのならそれで構わないのですが」
「アキ、俺脅されてるの? 脅されてない?」
「気のせいですよ」
 アキとフフフと笑って見せるとコウキは追求を止めた。
「そうかぁ。まぁ今日はあんま仕事ないって言ってたからご飯だけ手伝いに行こうか」
 本人達もそれを分かっているらしい。
 人数が増えたので食事の準備は時間が掛かるのだ。
「そうですね。それがいいと思います」
 アキが頷くとそのタイミングで二人に椅子を勧める。
「さぁ、二人とも座ってください。語らうならそこに立っている必要はないですから」
 もうそこに立つ理由など無いので二人は大人しくそこに座った。
 それにわたくしは満足げに頷いて、団欒を始めることにした。
 やはりこの状態が落ち着く。



「それにしても……お姉様が一大事だったと言うのに駆けつけることが出来ず申し訳ありませんでしたっ」
 アイリスが頭を下げた。
 今となれば一大事だったのか良くわからない程綺麗に回復している。
「いいえ。構いませんよ。今わたくしは元気ですから」
「でもっも、もしそれが最後だったらと考えると、今でも涙がっっっ」
 言ったそばから本当に涙を流しだすアイリス。
「ちょっ、アイリスっファーナ生きてるって!」
 コウキが慌ててフォローをするがぐしぐしと彼女は止まらない。
「でもっでも……っ」
 ――お互いを認識して。短期間ではあるが、こんなにも彼女はわたくしを慕ってくれている。
 その理由はわからないが……。自分自身は彼女にどう扱われようと受け入れるつもりだった。だから嬉しいことである。
 自分は彼女にとっては都合の悪い立場の人間だ。王族の家族間のいざこざはあらゆる場所で起きている。
 自分だってその原因を作る一つかもしれないのだ。もちろん彼女の力にはなるつもりだがわたくしはこれ以上の立場は求めない。
 きっと純粋である彼女だから。わたくしは彼女を宥める為に少しだけ手を伸ばして震える肩に触れた。
「アイリス、泣かないでください。
 わたくしたちはソレを承知で旅をしています……」
 慕ってくれるからこそ、彼女が悲しむ事はこちらも悲しい。
「でも……っお姉さまや、シキガミ様やアキが居なくなると、悲しいですっ」
 この子はとても素直な物言いをする。
 わたくしとはまるで正反対だ。
 ソレを羨ましく思うことも多い。だからこそわたくしを姉として接してくれるのだろうけれど。
「……そうですね。わたくしもコウキやアキが居なくなると悲しいです。
 ですから絶対、居なくならないでくださいね?」
「うん。まぁ今のところ頑張って生きてるよ」
「わたしもです。アイリス様も居なくならないでくださいね?」
 アキがアイリスに上手く切り替えした。
「わたくしはもちろん! どうあってもこのお城から出られませんし!」
 元気一杯に答える彼女にみんなで笑って話を続ける。

「そういえば。黒竜騒動の時にアイリスは大活躍していたと聞いたのですが」
 それこそ街で聞いた話だ。意識が朦朧としていたのであまりハッキリと話を聞いていなかった。
 街で身を挺して神殿に誘導する姿があったとか。
「えっそ、そうでしょうかっそのお姉様達に比べれば全然何もできてなくて……」
「いいえ。貴女は王女ですから。民を守るために働けたのならそれが一番です」
「そうそう。実際前線はヤバイよアレ。3回は死んだと思ったね」
 言われてから自分でも考えてみる。
 黒竜を見た時と……多方向の光線と盾の件だろうか。
 コウキが出した数字はどうやら適当のようだ。
 アキと目を合わせて笑う。

「あっ! シキガミ様! 腕が!」
 話の途中にぴくんっと跳ね上がるようにコウキを指差すアイリス。
「え、うん。昨日治ったんだっ」
 左手を出して見せてピースするコウキ。
「昨日……?
 申し訳ありません、訳がわからないです」
 当然の説明不足に首を傾げるアイリス。
 コウキはどう説明したものかと苦笑いした。
「コウキさんですからね〜」
「まぁ……コウキですから」
 二人でコウキをジト目で見る。
「いいじゃんかよぅ……俺すっげぇ頑張ったんだぜ?」
 軽く笑いながらその左手でクッキーを摘んで口に放り込む。
 ――何の違和感も無い。
 何があったかを嬉しそうに説明する。それが、彼であるべき姿。

 全てが戻ってきた。
 ここに全て。
 コウキやアキが笑っていて――自分もヴァンツェも。
 再び始まる。
 その道のりへスタートする。

 今の平穏からは想像できないような事態が――起ころうとしていても。


















「今日は急な召集ですまない。全員の迅速な行動に感謝する」

 国王が席を立って声を上げた。
 ウィンドと称するグラネダの王である。
 歳は王としては若いが国をその一代でここまで大きくしたという実績がある。
 アルクセイド、サシャータ、グラネダの同盟を組んでいる中でも一目置かれた存在だ。

 アルクセイドは名君と名高いマルドナーガ王の統治する国で最も大きな国である。
 サシャータはグラネダよりさらに北方、台地の上に聳える国である。
 国の大きさはグラネダと大差は無いが最も多くの町が連なって出来ている国である。
 グラネダは丁度その高台の入り口に橋をかけ、国交に大きく貢献している。
 この3国が結びつくことによって長くは平和であったと言える。

「さて、騎士諸君に招集をかけたのは他でもない」

 王が見回すのは騎士7人。
 それとヴァンツェであった。
 元々参謀や法術隊の指揮を任されていた軍師の一端である。
 そこに居ることの不自然さは感じさせない。
 王が次につむぐ言葉を皆で待つ。

「ノアン・ル・レイクレインから軍が出て、数日前ルアン・ル・メイナーを落城させたという情報を覚えているだろうか」

 ノアンは今のグラネダの位置よりかなり北方である。
 レイクレインといえばグラネダからは二月ほどをかけていく距離で、夏気候時期以外は近づくことは出来ない。
 閉ざされた国ではあるが国交が無いわけではなかった。
 国は周辺集落と連盟して大きくなる。
 レイクレインはメイナーとは対等に連盟し、レイクレインの国を作っていた。

「自国同士の紛争かと思われたが――そうではないようだ」

 時折国の中でも紛争などということはある。
 グラネダ内にもそういった事が無いわけではない。
 それに騎士隊が借り出されることも珍しい話ではないのだ。

「どうやら黒装束の軍隊がそのまま近隣諸国を制圧して回っているらしい」
 ぴくっとその言葉に反応したのは第七騎士アルゼマイン。
 何か勢いで言葉が出そうであったが、自律して話を聞き続ける態度に戻った。
「戦争……ですか」
 そう聞いたのは第二騎士のヴァースである。
 少し憂いた顔で王を見上げた。

「ふむ。まぁ聞け。
 メイナーからさらにラディオ、グランシュ、フェルデゼ……
 信じられないと思うが、ソレが三日のうちに陥落したそうだ。
 それぞれは小さな町ではあるが一日に移動する速度が異常すぎる」
「……サシャータに来るみたいですね」
 机の上に広げられた地図の町の名前を目で追いかけ、その順路から先を予測する。
 ヴァンツェがフェルデゼで指先を止め、少し思考を挟んだ。
「……何が目的かは分かりませんが、かなり危険ですね。
 フェルデゼを落としたと言うことはこちら側にも回っているかもしれません」

 指でレイクレインの地からサシャータまでの道を辿り、グラネダまで。
 さらにグラネダと同じように高原のすぐ下にあるフェルデゼからぐるっと横周りに道をさす。
 サシャータに向かうには高い台地の細い道をひたすら登らなくてはならない。
 現時点ソレをするメリットはあまり無いと言える。
 情報が先に通っているため、上からは策が打ちやすい。
 確か上れないように幾重にも門が閉めれたはずだがとヴァンツェが思考する。

 サシャータは遊牧民の多い国で兵力はそこまで多くは無い。
 まとまりの無い国のように見えるがいざとなれば多くの騎兵がいる。
 ――そう、馬が多いのだ。
 グラネダの馬の殆どはサシャータからのものである。
 軍勢になればソレは有利。
 前線はやはり対法術装甲の馬とそれに相応の人間が最前線である。
 いくら法術が存在しているとはいえ対策が全く無いわけではないのだ。
 故に、戦争を行う場合、法術は主にサポートとして。
 もしくは切り札として大きなものを使うことが最も優れている。

「ふむ……。察してもらえるとは思うが、サシャータから使者が来た。
 人数は未確認だが三晩のうちに四つ落とす勢力だ。油断は出来ない」

 王が頷いて騎士を見回す。
「遠征と言えばヴァースとアルゼマイン。
 二人に任せたいのだが……どうも釈然としないところがある」
「と……言いますと?」
 聞き返したのは第一騎士バルネロ。
 静かに腕を組んだままの状態で王を見る。

「まず、この異様な速さ。それと身軽さだ。
 レイクレインからフェルデゼまで2週は掛かる道のりを3日で移動している」

 王が指す道はグラネダからアルクセイドまでの道のりと変わらない。
 さらにフェルデゼからココまでも同じ距離である。

「軍隊ではなく、小隊レベルだ。
 なんらかの法術補助を使っての馬の移動ならばできなくもないだろう。
 それと、これは勘だが」

 机に両手を置き、体重をかける。
 俯いて一度目を閉じたが、息を吸って騎士達を見た。

「シキガミが関与している」

「シキガミ様が……? 何故……?」
 信じられないと言う顔をするのは第五騎士ロザリア。
 その目の前に座っている第六騎士カルナディアも少し訝しげな表情に動かした。
「先日、神子リージェが襲われた事件を皆知っているな」
 城の中では噂で持ちきり状態だった。
 先日謝って回ったファーネリアに少し緩和された状態ではあった。
 なにしろ話題の少ない城である、変に尾びれ背びれが付かないように本人に回らせた王は賢明といえる。
「神子に襲われたそうだ。焔の神子であるファーネリアが、他の属性を持つ神子に。
 時期が良すぎる……国状態の下見の可能性もある。
 シキガミの中には力を持ったことでそういったことに乗り出す者もいる。
 権力誇示であろうが理想国家建設であろうが世界征服であろうが――。
 それを出来る力があるという理解をしたら、どう動くだろうか?」

 それは――彼自身が同じ人間を見たからいった言葉。
 ヴァンツェはソレを知っているために押し黙って次の言葉を待った。
 そういう人間が選ばれている可能性は大きい。
 それは、今回参加した神々の属性にも由来する。
 焔、氷、紫電、疾風、不動、法則、黄金、そして――覇者。
 それぞれはシキガミの持つ性質に相違ない。
 その気質の人間が現れれば。
 国も大きく動かすことが出来るのがシキガミの沙汰である。

「なら……我々が国をあけることは、不利になるのでは」
 ヴァースが王に進言する。
「確かに。私の読みでは向かうだけでもうサシャータの落城は免れないと判断している。
 一応その旨は使者のものにも伝えたのだが。
 その使者……どうやらサシャータの姫だったようだ。
 熱心に頭を下げられたてな。
 先行小隊を出すことにする」

 同じ王を担う者として国に対する愛は変わらないと感じた。
 その熱意には応えるべきだ。良い王により良い国が出来る。
 そう則る彼の判断は先行小隊の派遣であった。
 軍としての隊は援軍として後に到着する形になる。

「小隊ですか……それはどのような編成に?」

「目には目を。歯には歯を。シキガミには、シキガミを。
 神子とシキガミが姫と先行してもらう」

「待って下さい。彼らはまだ子供でしかも軍人ではありません」

 声を上げたのはヴァンツェ・クライオンである。
 彼らを子供と言うのは彼が付き添ってきたその過程を見ても十分だ。
 世界に対して無知すぎる。戦争に対して、免疫がなさ過ぎる。
 そんな中に連れ出すのは無謀だ。
 その反対の空気は騎士全員も同じようで、一様に声を揃えて反対した。

「僕も反対です」
「私も」
「だが、コレは使命だ。彼らにしか出来ない。
 騎士の誰か一人が小隊の指揮を。
 良ければ彼らの仲間、アキ・リーテライヌにも付いていってもらうつもりだ。
 ヴァンツェ、お前にもな」
「……」
 黙って考えるヴァンツェ。
 彼の言葉を待つことは無く王は話を続ける。
「シキガミに当たるのはシキガミ以外ありえない。
 冷酷な者であればこの世界の者は初見で必ず殺される。
 だがシキガミ同士には制約がある。
 お互いを殺すことが出来ない理由がある」
「失礼ですが……シキガミのコウキ様は一度、ロザリアに負けているようです。
 ロザリアと同等だと言うのなら誰が行っても同じでは?」

 厳しい指摘を口にしたのは第四騎士アレン。
 容赦ない物言いだったがそれはすぐに反論がくる。

「ロザリアの話では片腕で戦っていたと聞きました。
 ですが、彼は双剣です。
 ヴァースと僕の喧嘩を仲裁する程の勇気と実力があります」

 そこでロザリアはハテナ、と首を傾げる。
「……? シキガミ様は片腕を失くしていたように見たが?」
 ロザリアが左腕を押さえながらアルゼマインに問う。
「いや、両手がありますよ」
 場のせいか敬語を使うアルゼも昨日見たままの彼のことを答えている。
「ああ、そう言えば昨日、生えた、と嬉しそうに言ってましたね」
 記憶に少しニヤつきながらヴァンツェが言う。

 シン、と会議室は静まり返る。
 イチガミコウキへの『あいつ何者……?』感が募るばかりだ。

「……戦力としては不足ありません。
 彼は本気で一騎当千、もしくは一騎当万に値します」
 薄い笑みをたたえて、ヴァンツェはそう言った。
 数万といえばそれこそグラネダクラスの兵力。
「ヴァンツェ様、それはいくらなんでも……」
 大げさだと、カルナが笑う。
 だがその彼女に本気であるという視線で見返すと、次第に笑顔が薄れていった。
「……先日彼が手に入れたのは、名持ちの剣と左腕。
 双剣主として戻り、全力を出すにふさわしい剣を手に入れた。
 彼は平民の出のせいか、剣に頓着をしませんでした。
 まだソレを手に入れた本気の彼を見たわけでは在りません。

 彼は戦女神を超えて、左腕を手に入れました。
 真偽を確かめる術は在りません、祭壇に赴こうが神は他人を明かしません。
 しかしその話。彼は嘘を吐かない人間です。
 左腕をなくして、それでも取り戻した事実は私が証明します。

 ソレを踏まえて。全てが事実であるなら。


 ――彼は神をも殺せる力を手に入れたことになります」



 場が凍ったように静まり返る。
 誰だって信じられない。
 彼がそういうそぶりを見せる人間ではない。
 ロザリアが、強く拳を握って唇を噛む。
 その姿を見つけたカルナは、視線を下に逸らして見なかった事にすることにした。

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