第114話『英雄の意志』

 目の前にするのは白銀の騎士。
 美しくもあり、冷たい残酷さも見えるその姿。
 剣を掲げ己が前に剣を立てる。
 騎士が剣に誓う。言葉にはしないけれど、決意とする。
 そして剣を向ける。

 それは敵意として語る。


 強くありたいと思うのは彼女の願いであった。
 貴族……とはいえ下級のもので、ほぼ一般市民と変わらぬ生活を送る者だった。
 その事に不満は無かったし、その環境は不遇ではなかった。
 毎日友達と遊んでおしゃべりをして。
 日が暮れる前に家に帰りご飯の支度を手伝う。
 ささやかで平和だった。
 一緒に住んでいた姉が結婚した。
 上流の貴族で、親は喜んだ。
 その一族になった私達にはより多くの収入が入るようになった。

 母は料理をやめ、手伝いのものが来た。
 私も手伝うことをやめさせられ、良い服を着せられ、上流の教育を受けさせられた。
 父と母は目の色を変えて私にも上流貴族に嫁ぐのだと言い聞かせた。

 平和に色づいた世界が、急に黒や金を帯びた。
 煌びやかで欲望の溢れる世界。
 嫌だった。吐き気がした。逃げ出したかった。
 そんな力は自分には無かった。普通の女の子だ。
 外の世界で生きていくには子供過ぎる。
 悪あがいて反抗しても怒られるばかり。
『姉を見習え』
 姉は――女性らしい人ではあった。
 少し高慢だったあの人だから、ああいう結婚はありだなと思った。
 歳の離れた姉は妹使いの荒い人だった。
 幼かった私からすれば姉妹で遊んでいるようなものだったから良いのだけれど。
 それでもちゃんと自分の理想どおりに生きて、理想の人と結婚を果たした幸せな人。
 その後に私がそんな目にあっているなど、遠いあの人は知る由も無い。

 あの人は自由だった。

 何故私が自由ではない?
 子供だった私には、納得するしか方法は無かった。
 押さえ込んで生きるしか、分からなかった。

 そんな時――英雄を、見た。
 トラヴクラハ竜士団である。
 強く、美しいその人たち。
 人はああも綺麗に生きる事が出来るのかと涙した。
 土にまみれてもその猛々しさは消えず。
 血に汚れても、ソレは栄光。
 数多の戦場をくぐり抜けた戦士達は賛美と誉れに満ちた英雄。

 その一人に女性を見た。
 見てみたいという衝動から人ごみを抜けて飛び出した。
 何処に出るかなどわかっていなかった。
 馬車の目の前だなんて思っても見なかった。
 目の前の事を理解するその前に、さらに視界がぐるんと回った。
「よっ! っと! ふぅ。大丈夫〜?」
 声も出なかった。
 いまさら驚いて、安堵して、驚く、何が起きたのかさっぱりでそれでも助けてくれた、それだけ理解した。
 なんと言っていいのか分からなくて、ただその人を見上げた。
 満面の笑みで、その人は私の頭に手を置いてゆっくりと撫でた。
「あ、ありがとう……」
「どういたしましてっ落ち着いた?」
 こくこくと肯くと道の端へ私を下ろした。
「もうとびだしちゃだめよ〜」
 頭に一度手を置いてそう言った。そして、すぐ馬車を振り返る。
 綺麗で、優しい。
 戦に出るものとして栄誉を受けて、しかし美しいと思った。
「ど、どうやったら! お姉さんみたいになれますかっ」
 咄嗟に訊いた。
 どうしてもその時は抑えられなかった。
 一度こちらを振り返って微笑む。

「やって出来ない事なんてないのよ」

 そのセリフは、同じく私が見上げる人の言葉だった。
 地を蹴り、空を舞い、また凱旋の馬車の上で歓声を浴びた。
 何より自由に見えた。
 翼があるかのように空に舞うあの人は何という人だったのだろう。

 ――私が成るべきモノは、何だった?

 剣を持った。
 手に血豆を作りながら全力で毎日振って。
 自分は、あの人のように。

 自分の目指した人間になる。

 両親は怒りながら私を止めにきた。

 お前は姉のようになれと。
 そう言ったのは、貴方達でしょう?
 あの人たちのように。
 自分の意志のままに生きる。

 銀の髪を結って銀の鎧を着た。
 銀の剣を抜き放って白銀の騎士となった。








 空が綺麗なので上へ上へ。
 何とかと煙は高いところが好きなのである。
 まぁ落下は怖いけどな。
 城で一番高いと噂の塔に登ってそのテラス出る。

 透き通った風。程よく冷たくて気分のいい空気。
 淀み無い景色が目の前に広がり、思わず
「すげぇ!」
 と口走った。
 夜になって街の明かりも凄く綺麗だ。炎に加護された街だけあって明かりも多い。
 平地と言うのもあって遠くまで見える。
 ココは一度ファーナ探しに来たことがある。
 そのときはものの見事に落下したけど。

 割と思いつきで行動してしまう年頃な俺はとりあえず仕事上がりに練習に出て、その足でここまで来た。
 天の川なんて、あっちじゃ見たこと無いけど。
 こっちの世界だと頻繁に見れるんだぜ。
 こんなに世界が綺麗になるんなら、空気清浄機でも海岸沿いに設置するべきだ。
 リアス式空気清浄機とか。いや、うん。テキトウな事言った。
 まぁたまには景色を見に来るのもいいね。
 そんな感じで分厚く作られた枠にすわる。
 落ちても下半身がぞわっとするだけで何も心配することは無いのである。
 便利な体になったもんだよ。

 暇を持て余して空を見る。

 ……そうか前はファーナが居たから間が持ったのか。
 今度は連れてこよう。今はほら、部屋から出れない謹慎中だし。
 いや、ん? まてよ。
 なんか、それ、で、デート? じゃない?
 俺そんなロマンチッコォじゃないしっ。
 いいじゃんこう、今日は見たかった気分なんだよ。
 じゃぁみんなで月見パーティーだな。
 珍しくないから乗り気になってくんないかなぁ。
 一人は寂しいしやっぱテキトウな理由で誰か連れ出せればそれでいいんだ。
 グルグル思考を巡らせながらニヤニヤ空をみあげる。

「そんな所に座っていると、危ないですよ」

 声がした。
 誰か来たなぁ程度の把握はしたが知らない人のようだったのであえて来るまで反応はしなかった。
「あはは。高いところ好きなんだよ俺。だから平気っ」
「落ちると大変です」
「んと――そうでもないなぁ
 ロザリアさんは俺を注意しにきたの?
 はっ! 仕事の邪魔を!?」

 その凛とした声は容姿にそぐわぬ彼女のもの。
 振り返ってみれば思ったより、というかかなり軽装でどうやら仕事ではないように見える。
「いや、そういうわけではないが。
 ここは下から見ればすぐに見えるからな。
 私が見つけたのでなくても誰かしら注意ぐらいには来ただろう」
「まぁそれもそうか」
 俺がここから落ちても大丈夫なことを知らない限りただの命知らずの行動にしか思えないだろうし。
 まぁどうせそろそろ降りようかなと思ってたところだし。
 注意にしたがってテラスに降り立つ。
「んじゃぁそろそろ戻ろうかな」
「……すまない、少しいいだろうか。
 実は君を探してココに来たんだ」
「俺?」
 探されたならココまで来させてしまったことは申し訳ないなぁ。
 もう少し早めに降りるべきだったか。
 ロザリアさんに聞き返すと、なんでもない、さっきと変わらない口調のまま――

「ああ、私と戦え」

 笑顔だよ。
 すっごい笑顔だよ。
 どうしよう。俺真っ白だぜ。
 そういうこと言うのラジュエラだけでホントお腹一杯なんだよね。
 そうとわかればというか、当然ながら練習なら俺だって構わないさ。
 あの漲る闘志っていうの? オーラ? ほらあるじゃん敵意ってやつ。
 ピンチだよ。大ピンチ。うん。
「嫌だね!」
 よし、飛び降りよう。

「っ!? 何を!?」
「じゃぁねっ俺は降りるよ!」

 言ってる間に落下が始まったが。


 てか、相変わらず、たけえええええええええええええ!!
 下は暗めで余計怖い。
 思わず一旦上を見上げた――。

「って、うあああああ! 追っかけてこないでーーー!!」

 空に人影。ロザリアさん。
 俺目がけて真っ直ぐ降下中っていうか壁走ってね!?

「馬鹿か君は!! 死ぬ気か!?」

「いや、戦う方がよっぽど死ぬ気いるんだよ!!」

 ていうか壁走ってる人に言われたくねぇよ!!

「だからといって跳ぶほどではないだろう!!」

「こっちの方が楽なんだよ!!」

「やはり死ぬ気か!?」

「死なないよ!!!」







 ズドォォオオオオオオ!!!






 結局――。
 俺はロザリアさんに追いつかれたようだ。
 壁走りって出来るんだね。すげぇや……。

 空を見上げる。
 相変わらず綺麗で、穏やか。
 その視界には、ロザリアさんの顔も入るのだけれど。

「――緩衝術式か」
「そう、シキガミ標準装備なんだ」
 俺の詳細スペックなんて、周りにはどうでもいい話ではあるのだが。


「……大きな音がして何事かと思えば……」

 今度は彼女以外の女性の声がした。
 大人びた女性の声だ。
「カルナ……」
 ロザリアさんの友人。第六騎士カルナディア。
 俺たちは今非常に近接した状態である。
 まぁいわゆる?

 お姫様抱っこって奴だ。
 ……
 ……
 ……お姫様抱っこって奴だ!

「とりあえずローズ、コウキ君……逆だ、逆」

 俺だってそう思ってる!




 心ときめく展開になるわけもなくとりあえず俺は地上へ下ろされた。
 俺だってまたやられるなんて思ってなかった。
 人生では3回目かな。体育祭の仮装のときに一回タケにやられた。
 いっとくけど死ぬほど恥ずかしいぞコレ。
「……もうお嫁に行くしか……」
 すんすん泣きまねをしながら言ってみる。
「あははっ! 嫁が見つかってよかったなローズ!」
「うるさいぞ! 今のは偶然だっ!」
「ふふっっくふふふっ! いたっ」
 どうやら凄くツボだったようでカルナさんは爆笑している。
 そんな彼女にズビシィっとチョップをお見舞いして俺を振り返った。
「まったく……私は真剣に驚いてだなっ」
「ういっす。ゴメンナサイ。まさか追ってくるとは思わなかったよ」
「私も飛び降りてまで逃げられるとは思わなかったな」
 俺も逃げる際にはどっかの怪盗みたいにハングライダー準備してたほうがいいのか。
 あれってどこに収納されてんだろ。

「で、私とやりあう気になったか?」
「どのセリフと行動みて言ってるんだよぅ!」
「何二人で組んず解れつの会話など……ワタシも混ぜろ!」
「コレは二人の事だ邪魔をしないでくれ」
「ていうかやんないし!」
「バカな! この堅物が自分からという珍事態だぞ!? この期を逃していつ!?」
「お、おお……? 何の会話かわかんなくなってきた!」
「カルナ! 邪魔だ!」
「邪魔はしない! むしろ役立つ!」
「カルナ! 分かっててやってるな!?」
「半分ぐらいはな!」


 言い合いながら肩で息をする二人を地べたに座って見上げる。
 ……美人、なんだけどなぁ……。
 良くわからない感情論だけでとりあえず言い合っているのか、なかなか決着がつかない。

「もう……はぁ……はぁ……どうでもいい……」
「ふふ、やっと……ワタシの手に……はぁ……身をゆだねる気になったか……」
「頗るゴメンだ……!」

 どうやらそういう関係らしい。
 まぁ大人の世界の事情は俺には関係ないしちょっと遠めの空を見ておいた。
 何がどうなってるのか良くわからないが。
 なにやら色々説明が足りないと思わない?

「ん? 終ったの? 空見てよ。すっげぇ綺麗じゃね?」
 ボケッと空を見上げると最後の言い合いも終ったのか二人は俺と同じく地面に座っていた。
 石の上は総じて冷たいが中庭のど真ん中はわりと視界が開けてて空が見やすい。
「ああ……はぁ。調子が狂うな本当に君は」
「俺のせい? な〜んにもしてないぜ?」
 だいたい空を見にきただけでこんだけ騒ぐことになるとは思ってなかったし。
「だからというか何と言うか……」
「まぁいきなり戦えって言われたら逃げるし。普通じゃない?」
 ほら、喧嘩するぞコラ! って殴りこまれたら逃げるぞ普通。
「……それもそうなのかもな」
「俺は一般人だしー」
「……はは、それでは、ダメだよ君は」
 空を見たままロザリアさんは眼を閉じる。
 俺に軍人か騎士っぽくなれって事だろうか。
 なんか下級兵士ぐらいにならなれなくも無さそうな気はする。
「なんでさ」
 俺は彼女の方へと視線をやって聞いてみた。

「知らないだろうから言うが、君は戦争に巻き込まれる」

 は――?
 頭が真っ白になって一瞬受け答えに戸惑う。
「……え、なんで!?」
 少し声を荒げてしまった。
 それに臆する事無くロザリアさんは俺を直視する。
「――先日のリージェ様の件もそうだが、シキガミ絡みの事件が起きているらしい。
 ノアン方面から徐々にこちらへと兵の歩みを進める動きがある。
 恐らく明日には君の元へ正式な連絡が行くだろう」
「……え、シキガミ絡み?」
 ――今までは平穏だった。
 シキガミ絡みといっても、タケやキツキや四法さんだったし。
 それがあのワカメとかエロ眼帯になると少し話が変わる。
 それに後2組、俺はまだ出会っていない。
「恐らくだがな。だから――。私は君と戦う事にした」
「まだちょっと、唐突過ぎるかな」
「簡単だ。君に勝てば。私が行けばいい。そうだろう?」
「……そっか……」

 その戦えって言うのは多分厚意だろう。
 片手で戦って勝った記録はあるけど、今とは多分全然違うはずだから。


「――俺たちが行かなきゃいけないんだな」
 ファーナもそこに含まれるだろう。
 神子とシキガミというセットだから。
「そうでもない。私に――」
「負ければ?」
「……そうだ」
 再び剣を交えて負けなければいけない。
 きっとわざと負けてもいい。
 それを踏まえてロザリアさんは言ってる。

「君は……その、言っては悪いかもしれないが戦いに向かない。
 ……ここに来てから日常の平和の象徴のようだ。
 笑顔が集まるし、何者にも壁を作らない。
 戦争なら、私たちに任せてくれればいい。
 そのためにここにいる。
 ……そういう姿を見せられて、守るなと言う方が無理だと思わないか……」

 平和を見せ付けておいて。
 ソレを守るために戦う騎士隊には心痛い選択を迫られる。

 ――自分の手を見る。

 シキガミの手は、他の人と何かが違うだろうか。
 それでも。
 多分俺は――この世界で最も恐ろしい兵器の一つ。

 彼女の感情を汲む。

 きっと、守りたいと思ったものが守れないと辛い。
 それがこの国の平和の片隅でも。





 俺たちは。そういう運命。
 まだ捻じ曲げ方が良くわからない。
 逃げてもきっと――この国に迷惑がかかる。
 きっとファーナが逃げない。そういう子だから。

 じゃぁ。前に出るのは俺の役目。

 だって俺はファーナの剣だから。




 立ち上がる。
 空はまだまだ遠い。

 手を伸ばす。

 届かない。

 指をさして


 叫ぶ。





「戦場に持って行く三か条!!!」


 眼を閉じて思い出す。

 黒い竜を前に、ただの一度も引かなかったあの人を模る。


「ひとぉつ!! 油断しない!」

 俺が最もやってはいけないこと。

「ふたぁつ!! 躊躇わない!」

 極単純。

「みぃっつ!!」



「必ず!! 生きて帰る事!!」


 俺たちに受け継がれた遺志。
 俺は戦争を生きてきた人間じゃない。
 だからきっと甘い。

「かの有名人、戦舞姫<スピリオッド>の遺言でね。
 ――この世界を生きる為に教わった三つ」


 俺たちにはきっと生き辛い。そんな世界だから。
 あの人が言葉にした意志を宿して俺は生きるよ。


「全部っ! やって出来ないことなんて無い!!」


 そう笑った俺を二人は笑わなかった。

前へ 次へ


Powered by NINJA TOOLS

/ メール