第115話『力の証明』


 翌朝。
 俺は訓練場に居た。

『お願いします!』

 そう叫んで剣を引き抜く。
 相手のロザリアさんも同じく、よどみない動作で剣を抜いた。

 ――前よりずっと真剣。
 でも練習だ、という俺の意見が通っているはず。
 まぁここまできて手加減とか無いんだろうけど。

 無対双剣。それがどれだけ凄いこと?
 俺にはあまり量ることが出来ないが強いと言われるのならそれで構わない。
 そうでなければ、意味は無いと思う。

 神経を研ぎ澄ます。
 俺はカウンター系の方が得意だ。
 いつもラジュエラが特攻してくれるからだろうな。
 だから、俺からの攻撃というのは珍しいのである。

 じっと相手を待つ。
 俺が動かないと判断したらくるだろうか。わざと隙を見せるのもありか……?

 右手右足を前にした構えを解いて両手を軽く下に、体を開いた。


 タンッ!!

 淀みない判断と動作で一直線に俺目掛けて彼女が走る。
 鎧があるとは思えないほどの軽快な動作、まさに戦女神を髣髴させる動き。
 白銀一線俺の頭目掛けて振り下ろさせる。
 練習……まぁ……もう建前だよね。

 剣が頭上に間に合わない。
 体を屈めてぐるっと捻る。
 パキィンッッ――!!
 転々で引いた宝石剣で剣を受けて少し力をこめる。
 キィン!
 高い音で弾いたが次の一閃がすぐに襲い掛かる。
 次の二撃を地精宿る剣で受け流すと俺の反撃が始まる。

 ためる形になっていた左足に力を要れ一歩踏み込み宝石剣を一直線に突き放つ。
 ギィィンッッ!!
 スレスレで彼女はステップを切り返しソレを避けたが重い音と共に鎧が少し削られる。
 ――剣の性能が格段に上がってる。
 ファーナに有り難うだなホント――!!
 次を打ち込む前に彼女が蹴りを放ってきたのでソレをよけ、お互いに距離をとった。


「――兵は皆外へ出ろ。本気で行くぞ……!!」
 細身の剣に白銀の光が宿る。
 ――ヤベェ。マジで本気だぞあれ。
 唖然と傍観していた兵士達がワァっと叫んで外へと出て行く。
 今日はアイリスは居ないし、アキも居ない。
 この中には俺たちが二人だけ。

 ってわけじゃなく、騎士面々がじぃっと俺たちを見てるわけだ。
 今朝一番に戦争のお知らせとこの練習試合という本気を申し込まれた。
 俺寝起きだよ? うん、しか言えないよねマジ。

 彼女が本気って事は俺も本気で技なんかを使えって事だろう。

 ていうか、使わないと死ぬね。
 壁の法術だろうか、騎士が四隅と前後の入り口で術式を展開させた。
「この中なら何をやっても大丈夫とかなの?」
「ぶち破らなければな」
 彼女がココで笑うのは高ぶりのせいだろう。
「あはは。俺、結っ構ぶち破るの得意だぞっ?」
「ははっ国王様と同じ事を言うのだな。
 大丈夫だ。騎士面々が総力を挙げて作った壁だ。

 破れるものなら破ってみろ。

 いくぞ!!!」

 ガガシャンッッ!

 走ることで地面を砕く。
 何度もその光景は見た。
 踏みつける一瞬に力を込めて、最大速度で弾丸みたいに突っ込んでくる。

 ――同じく。俺も。
 高速で舞台の中心に辿り着いて、何発も打ち合う。

 ああ、俺は――もう、何度も戦場を体験していた。

 命を穿つ直線と曲線。
 一瞬のチャンスを得るための囮の剣。

『術式:精錬なる三線<ライナー・ストラスト>!!!』

 三線が同時の一撃。
 これのせいで前は東方の剣が砕け散った。
 今回は違う。

 俺の右手には紅蓮の宝石剣……!!

『術式:紅蓮月!!!』

 炎を帯びる。
 待っていたと言わんばかりに燃え上がる。
 加護属性のお陰かいつもより長い範囲を守れる。
 その三線を受けきり、尚相手に向かう――!

『連式:炎陣旋斬!!!』
 相手の懐にもぐり、そこでの回転。
 歪な捻転になるが発動手での避けにくさならそこが一番だろう。

 連式は技を重ねて発動することができる。
 一式、二式と続くと発動は個々。
 どちらにもそれなりに使いようがある。連式だと当然消耗は激しい。
 そのかわり強力に技を使うことができるから俺はそうする。

 袈裟斬りのような形から横に円を描き、逆の手はしたから切り上げるようにと連撃を入れる。
 押し出す形で態勢を崩させ、次の攻撃態勢に――!
 と思ったところで体が先に反応して、ソレに備える。

『術式:――車輪の十線<ローティ・フィニス>』

 円を描く縦の斬線が俺に降注ぐ。
 ソレは全て頭上からだが空一面といっていい10方向からの剣戟……!!
 しかも――また並列!!

 反射神経だけでその十線の重なる一点で、双剣を交差する。


 ズガギキィィッッ!!!


 重っっ!!!

 みしみしと軋む筋肉ごと一気に地面へと押し込められる。
 コレは流石にヤバイ……!!

 右膝を突いて剣を受け流し、横へと転がる。
 流しきれなったのか技のせいか、ざくっと左足の脹脛辺りの肉が切れる。

 気にしない! 気にしたら負けだと何度も言われた。
 そのとおりである。致命傷で無い限り気にしてる暇があるなら次の攻撃を成さなければならない。
 それ以外は死だった。
 その結果は。何度も何度も何度も。
 俺の体が記憶してる。

 ――だから。今。ラジュエラには感謝をしてる。

 鬼教官め……!!

 あのフフフ笑いが思い浮かんでぞっとする。
 術の為に跳んだ彼女に向かって右足で踏み切って、今度は俺からその差を詰める。
 斬りの際は左足を庇うようになるべく右足を軸にする。
 それを知られてしまうと、今度は右足を斬られる羽目になるので左も順次使うし、空中戦もやり始める。

 ギィィッッ!!
 宝石剣が打ち付けられると先ほど出来た鎧の傷に十字になる形でさらに傷がつく。
 丁度心臓の辺りである。
 ――そこを狙うか――!

 ギンッガギギキッ!!!

 思い切り振り下ろした地精宿る剣も同じその傷を通る。
 持ちろん狙っている。
 彼女もすぐソレに気づき、同じような位置には剣を届かせないように気をつけ始めた。
 突き主体に切り替えて、俺との距離をとる。
 その突き出された剣を高く弾き上げてさらに距離を詰めようとするが、彼女が下がるステップと共に再び剣が戻ってくる。
 レイピアらしい使い方である。厄介だ。
 突きを受けておいて左腕の服を切らせる。
 スレスレでの回転から彼女の懐へと踏み込んだ。
 回転での地精の剣は篭手で止められ、再び横薙ぎの剣が背中から迫ってくる。
 俺も篭手でその剣撃を受け止め、後ろに飛ぶ彼女に再び一直線にプレートに宝石剣が傷を刻む。
 一歩、そこで本来なら下がって間合いを取ると思っていた所に彼女が逆に踏み込んできた。
 まずい、この間合いは剣が届く。
 このタイミングは絶対に決め技を持ってくる――!!

『術式:裂空!!!』
『術式:煌きの百突<ステリア・ハスタァ>ッッ!!!』


 星みたいな光。
 水面に映る無数の光が一直線に俺に向かう。
 ソレが全部、見えたその状態がきっと集中力の全開。

 彼女の三つ目の術式。
 だから俺も三つ目の術式を展開する。
 左手の地精宿る剣に、轟々と体の力が集まっていく――!!

『虎砲ォォォーーーー!!!』

 ガシャアアアッッ!!!
 触れた剣のいくつかが高らかに音を立てる。
 振り切った剣の直線上に居なかった彼女と斬線がそれでも何十が身を貫いた。

 右腕を貫いた剣を引き抜いて彼女と距離をとる。

 体の中心ではなく、端のほうばかりだ。
 まだ全然立てる。
 むしろここからが正念場である。

 あはははっ、笑えて来た。
 いつもどおりだ。
 此処からが俺の勝負。


 右手を振り上げる。
 力の抜けた手から宝石剣が高らかに放り出された。







 ラジュエラは最後に残念だがと告げた。

『残念だが、我は主に4つ目の技を与えることが出来ない。
 なぜならそれは主の右腕。それに相当する』

 だが、笑顔を湛えたまま言葉が続く。

『だが、主は、グラディウスに辿り着こうとしている。
 すでに自分で剣豪を名乗ればいいだろう。
 そこらへんにいるやつよりは大変な苦労の上に主は存在している。
 主が剣を振ってきた日数も、実践の時間も、死を感じた回数も。
 信念がそこに辿り着いている。解るか?
 主は主の技を持っているじゃないか。

 技はくれてやれないがそれに名をくれてやろう。
 主は名づけるのが下手だからな。
 主の技とし、共にすればいい。

 主の技の名は――!』



『術式:神隠し<かみかくし>――!』






 絶対約束位置。
 その場所へと剣が落下する。
 俺には見えている。感じる位置である。
 だが、他人にはあの剣が頂点位置から見えなくなる。感知すら無理だと聞いた。

 炎の加護が成す最大術。蜃気楼に近い現象でその存在すら隠すその名を“神隠し”。

 でなければ、ラジュエラに刺さった理由も説明できない。
 執念が隠した剣に神隠しなんて大層な名前もらっちゃったぜ!
 というのが俺の感想である。
 俺はその間。ただ蜃気楼のように踊る。導く。

 屈折した幻想ではない。
 隠しているのは現実。


 ロザリアさんに詰め寄って片手で打ち合う。
 そのまま動かないでいると、何かを感じたのか俺を押して切り込み始めた。
 ソレを飄々と受けながら下がる。
「――っ!?」
 彼女が踏みとどまった。そこに再び切り込む。

「――どこに……っ!」

 探してる。俺の誘いには流石に気づいたようだ。
 視界には映らない感知できないのは恐怖だろうか。

 俺は彼女に蹴りこみ、篭手で剣を受ける。

「ここだよ」

 彼女の目の前に剣。
 ソレを弾いた彼女に詰め寄る。 空に舞う茶を帯びた剣は地精宿る剣――。

 そして俺の右手には宝石剣。


 ザンッッ!!


 懇親の一突き。
 心臓を貫くことにならないようにその手前で止めた。

 止まったことによって、呼吸が荒かったことに気づく。
 長い戦いだった気もするし短かった気もする。




「認めない……!!!」

「……!?」


「一騎当万なんだろう!?
 なぜソレにふさわしい戦いをしない!?
 まだ私に君は手加減をしているのか!?」



 ドゴッッ!!!


 思いっきりの蹴りが横っ腹に入った。
 軽い呼吸困難だ。
 傷の上から蹴られて、結構派手に血が飛び散る。

 こんなのばっかりだな……。



「ゴホッ……っ!」

 フラフラと立ち上がる。
 そこに容赦の無い突きが右の太ももを貫いた。


 痛い……!





「どうした。甘いぞ。君はこの程度で終るのか?」



 女だからと言って舐めると痛い目を見る。


 もう、何回言われたんだっけ……。
 学習しろって。


 敵。

 敵だ。俺を殺す敵意を持った、モンスター。




「そんな体裁では。女の子一人守れ無いのも頷ける」


 頭の後ろのほう。何かがプチンと弾けた。


 ヨシ。

 キ
 レ
 タ。




『術式:神隠し』

 同じく、高々と放り投げられて消える宝石剣。
「そんなせせこましい技で――!?」

 ズガッッ!!

 体術だけで彼女に割り込む。
「この――!!」
 両足にあまり力が入らなかったせいか蹴ってくれといわんばかりの態勢で横向きに体が揺らいでいた。
 そこに当然の如く鉄の蹴りが入る。
「ゴッはっ……ッッ!」

 肋骨折れた……!
 けど、……!


 その勢いを貰ってさらに転がった先。

 地精宿る剣を手にする。



 ザンッッ!!

 投げておいた剣がさらに足元へ。

 ソレを引き抜いて――双剣を構える。

「馬鹿だな。私にあてなかったのか」

 答えない。
 俺は俺の考えを此処で言えるほど後に手が無い。
 ただし、闘志だけそこに在ると言う宣言をするために構えは解かない。

 俺とロザリアさんの距離は二十歩程度。
 残念だが俺にはもう歩くことすら体力の無駄遣い。

「――距離があるな。後悔するぞ」



 掠れてきた視界で、彼女は剣を後ろに構えた。
 まだ技があるようだ。
 多分、遠距離の。

『術式:追い穿つ千里<メガロ・ファー・グラウン>――!!』



 光の一閃。
 それはプチブレスに近いものがある。
 斬撃という鋭さと素早さを失わない列記とした剣技。

 悲しいかな、俺には守ると言う術が無い。

 流血の量も限界。死ぬ一歩手前。

 そこで何が出来る。

『最強が二対あれば、もう超えられるものはないだろう?』

 戦女神が言うとおり。
 その最強を二対準備しなくてはいけない。

『術式:裂空ッッッ!!!』

 左手を振りかぶる。
 踊る炎に俺の意志に呼応する地精。
 バキバキとマグマのように燃え上がる刀身が爆ぜる。

『虎砲ォォォ!!!』

「叩き落とせえええええええ!!!」


 ゴォッッッ!!! ズガシャアアアアン!!!

 白銀の剣筋を叩き落して壁にぶつかる。
 練習用の岩を削りだした舞台が盛り上がって弾ける。


『連式ィ!!!』

 怒りのままに。
 感情のままに。

 人の傷に触れた代償を思い知ればいい。

『裂!!』

 覚悟がある。

 純粋なる紅蓮宝剣<ファーネリア>が真紅の光を帯びる。

『空!!』

 何があっても生きて守るから!

 赤い光が黒く変色し、光を収める。

『虎!!』

 ソレを笑うことはさせない。

 黒い光がひび割れ、その隙間から白い光が漏れ始める。

『砲!!』

 俺の信念が挫けないためにソレを証明する。

 そして全ての黒が消え、純白の光を帯びる――その剣撃は完成した“裂空虎砲”。


「これで全力だチクショオオオオオオオオオ!!!」

 信念の元に。
 全力でその剣を振りぬいた。



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