第116話『成長と在り方』
人生で初めて――死んだ、と思った。
一撃目も防ぐのがやっとだったのに、二撃目。
しかもあきらかに出力違いのモノが連撃。
彼の逆鱗に触れたのは意図的。
男の子だから、きっとそういうのを気にするんだろうなという思いつき。
怒らせることが目的で、ソレを達成した。
私が怒らせたのは、竜に対等な虎であった。
二撃目の振り下ろされて、虎の咆哮のようなソレが一直線に私へと突き進んでくる。
逃げれたか、いや、足元は崩れていたし、幅と速さのある攻撃だ。
避けきることは不可能。
走馬灯が見えた。
ズドォォォォォ!!!
眼を閉じた。
凄まじい出力の空気の揺れ。
恐怖に体が身構える。
「何をしている!!!」
檄が飛んで体が跳ねた。
私の目の前には――幾多戦争を共にした戦友。
兄弟に近き親しさの英雄達。
そして私たちの師である団長。
彼らが私の前で壁を張っている。
「なんだよこのデタラメな……!! ドラゴンかよ!!!」
グランズが叫ぶ。
その間にも騎士全員で張った壁に次々とひびが入る。
「壁を張れェ!!!」
カルナが叫ぶ。
反射的に私もその壁として参加するために術式を走らせた――!
その間にも一枚、また一枚と割れ、再展開の術式をつむぎだす。
『オオオオオオォォォ!!!』
騎士隊の叫び。全力を持って自らを壁とする……!!!
ゴォォォ――………………!!
遠く、空気の揺れる残響を残して、光が消え去った。
実に10秒ほどだろうか、しかしその時間は果てしなく長く感じ、黒竜並み……いや、それ以上の消耗だった。
壁を斜めに展開し、空にあの攻撃は逃げた。
皆が居なければ確実に死んでいただろう。
「はっ……っ……!」
立って居られなくなって膝をつく。
――奇跡だ。私は生きている。
「大丈夫か、ローズ」
「……、私は……いい、コウキ君を……! 彼は凄い傷を負っているのに……!」
無理をさせた。
本当の力がどうしても知りたかった。
私の我侭である。
彼に本当にその力があるのか。それだけが知りたかった。
謝らなくてはいけない。
彼の体に傷をつけたことも。
彼のプライドに傷をつけたことも。
それでも。
彼の価値に気づけた今。
感動が収まらない。
なんて賢い子なんだろう。
自分の力を知った上で、ちゃんと最低限の力で私に勝った。
ズルをしたのは私のほうだ。
なんて強い子なんだろう。
力もそう。想いもそう。
私の言葉に答えて、怒った。
あの子の言葉はちゃんと全部聞こえた。
総隊長とヴァースとアレンは瓦礫や騒ぎの収集。
カルナが私についてくれている。
「オイ! こいつ爆睡してるぞ!」
「なんだ、大丈夫そうじゃん」
グランズとアルゼが笑っている。
なんて――意志の強い人。
――彼の周りは、笑顔が集まる。
「う――ぁっ……!」
涙が出る。
なんでだろう。
悔しくは無い。
清々しいほど、負けた。
「ローズ……?」
泣いている私をみて、カルナがソレを隠した。
私に肩を貸すと、人目につかないほうから抜け出て城の裏。
そこで親友に抱きついて、ひたすら泣いた。
きっと、自分が情けなくて。
立派に生きようとする意志に感銘を受けて。
理想だとわかっていて傷つけた事に憤って。
今此処に思い浮かぶのはかの英雄。
私もあんな風に生きたい。
強く優しく。楽しくただ守り、生きる。
それが、できますか。
『やって出来ない事なんてないのよ』
色あせた記憶。
そこに新しい色を塗る。
『全部っ! やって出来ないことなんて無い!!』
*アキ
「コウキさん大丈夫ですか〜っ?」
朝の地震で飛び起きて何事かとその原因を辿った。
行き着いた先では訓練場が半壊してるし、騎士隊総動員で作業してるし。
何があったのかを聞くとロザリアさんとコウキさんの本気の決闘があったらしい。
ロザリアさんとコウキさんはどちらもキュア班で治療。
満身創痍のコウキさんが勝利。
ほぼ無傷のロザリアさんが敗北。
……コウキさん、頑張ったんだね。と聞いた時に思った。
ファーナの次はコウキさんが入院とは……あまりいい時期ではないのに。
まぁ丁度良く出発は先であるし焦る必要は無いのかもしれない。
「アキ……大丈夫に見える?」
包帯をグルグルと両手両足に巻いた状態。
ところどころまだ血もにじんでいたりする。
「あんまり……」
うわぁ……痛そう……。そういう感想でコウキさんを眺める。
「だよね……。でも、今日退院は自然治癒より全然良心的な日数だよ。
昼には全快するって。すげぇよな。ファーナみたいに抉れたわけじゃないから楽なんだって」
「そうですね。まぁ無事で何よりですよ〜。
何があったのか詳細聞いていいですか?」
コウキさんを見て首を傾げる。
困ったように腕を組んで同じように首を傾げた。
「かくかくしかじかなのさ」
「実はその言い回し何も解らないですよね」
何も事実を伝えてない。
そういう伝えたよという表現が文章上でされるだけであって、
ソレを実際に言われたところで何も伝わりはしないのである。
まぁ当然では在るが。
コウキさんは笑って両手の平を水平に肩をすくめる。
「実際俺にもよくわかんね。
朝練習試合して、本気で戦えって言われて。
本気いやだったんだけど、ちょっとキレてぶっとばしたらあんな感じだった」
「そう……えっコウキさんも怒るんですかっ?」
コウキさんといえばそれはまぁ平常通りに女の子呼ばわりされた時ぐらいにしかプリプリしなかったのに……。
頑丈な石造りの練習場が半壊するぐらい怒るって何をやったんだろう……?
「まぁそれなりに挑発されれば……。
あーでもロザリアさんだしなぁ……最低だ。後で謝ろう。うん」
多分怒らせた方に非があるのだろうけど。
ここまでやられたのに謝りに行くという発想がまた律儀なコウキさんだなぁと思う。
病室に二人で適当に世間話なんてしつつまったりとしているとふいに扉がノックされた。
「すまない、コウキ君はいるか?」
「どうぞー」
「失礼……おっと、竜虎両名が揃っていたか」
扉を開けたのはカルナさん。
ぴくっと体が反応した。
でもなんでもないふりをしている。
「先ほどは済まなかった。ローズの代わりに謝らせてくれ」
カルナさんが深く頭を下げた。
コウキさんはベッドの上でパタパタと手を振る。
「や、むしろ俺が謝りに行かなきゃって思ってたぐらいなんだけど」
「……君は紳士だな」
頭を上げてむぅっとした顔でそういった。
「照れるね!」
てへーなんて舌を出して笑う。
あはは……。コウキさんらしいところである。
「正直ローズ方が不安定でな少し会うのは控えて欲しい」
「そうなのっ? なんかあった!? ごめんなさい!」
わたわたと慌てて色々身振り手振りするコウキさん。
無傷って聞いたけどなぁ……。
そんなコウキさんにピンとでこピンをしてカルナさんが言葉を続ける。
「まて、落ち着け。大丈夫だ。一時的なショック状態だと思う。
ローズも傷つき易いのに人を傷つけて自己嫌悪している。
少し精神状態が不安定ですぐに泣き出す。頼むから会わないでくれ」
今度は眼を閉じて会釈程度に頭を下げる。
――騎士隊のメンツとか、だろう。
隊長の威厳というものもある。涙というのはそういうのを簡単に壊してしまうから。
コウキさんは罰が悪そうに頭をかいて溜息をついた。
「……そっか。なら会わないよ。あったらごめんって言っといてくれると嬉しい」
「ああ。確かに受け取ったよ」
カルナさんはしっかりと頷いて笑った。
友人思いのいい人である。
「で、君たちに用があるのはそれだけじゃない」
わたしのほうを向いてそう続けた。
「昼を回ってから、すぐ国王様のところへ行って欲しい。
リージェ様も連れてだ。
ヴァンツェ様もいらっしゃるだろう」
「えっそれって……」
「特例だ。今回は急ぎだから謹慎云々は抜き。仕事だぞ? シキガミ様」
そう言ってウィンクしたカルナさんにコウキさんは正直にうぇぇと返した。
もちろんそのしぐさではなく、その仕事のほうであろう。
まだわたしはその内容を知らない。
コウキさんの全快を待つ事で一体何が――?
*ファーナ
謹慎中という身で、部屋から出れない。
朝の地震で目を覚まし、その強い感情に打ち震えた。
暖かい闘志。
守るために。その怒り。
断片的な声。それを聞き届けて、どうしても出たいと思った。
でもそれはわたくしを呼ぶ声ではなかった。
これ以上迷惑をかけるわけには行かない。
祈りが届くだろうか。
――コウキ。
わたくしは貴方を信じています。
すぐに心穏やかになったのだろうか、叫びが消えた。
全力を出し切ったような脱力感。
その感覚はわたくしにもあってベッドに倒れた。
朝の食事までもう少し時間がある。
ソレまで体を休めよう……。
朝を過ごして昼。
謹慎中の私の部屋に許されているのはメイドと執事だけである。
そこに現れたのはいつもの姿のコウキとアキ。
「ファーナ。おっちゃんが呼んでるって」
開口一番のセリフがソレである。
朝の事も色々聞きたいのだがこれからあることもなにやら怪しい予感がする。
そんなコウキをペコっとアキがチョップする。
「今更かもしれませんがおっちゃんはヤバイですよコウキさん!
国王様っていいましょうよぅ〜」
「え〜? おっちゃんはおっちゃんじゃね?」
まぁ家族の事になるとアレでも一応は国の主なのだが……。
コウキに限ってはまぁいいと思わなくもない。
「お父様が、ですか……それはわたくしも?」
「うん。もう外に出る許可はあるってよ」
「そうですか……では参りましょう。
旅立ちのしたくはしておいた方が?」
「いいかも。という俺の勘!」
きらっと歯をきらめかせる。
まぁ当人はどうでもいいような感じではあるのだけどわたくしだけ準備できていないのもおかしい。
「ではしておきましょう。少々お待ちを。すぐに出来ますから」
大概の荷物はルーメンが持ってくれている。
あとは自分で持つものの簡単な整理や装備をするだけである。
アキがさっと手伝ってくれたお陰もあり、本当にすぐに準備を整えた。
途方も無い事実。
総表現出来るだろうか。
数日のうちに国が落ちた。と。
先日には話しに上がっていた。
その日のうちに出発しても間に合わなかったようだ。
今日の朝に訪れた使者によると、サターシャのノアン側が侵略され本都だけが囲まれている。
周りの国はもう落ちたも同然の状態だとか。
本国だけ、外部から高い壁で遮断することによってなんとか持ちこたえているようではある。
それは――シキガミの仕業。と。
「そこで、コウキ君。ファーネリア。二人が出なくてはいけない」
コウキは知っていたのだろうか。
特に反論するわけもなく地図をみて頷いた。
コウキは――戦争が始まることに違和感を感じないのだろうか。
何故今……?
まぁ世界事情にはコウキが一番疎いことはわかっているのだが。
「で、朝は王女がいて彼女が案内してくれるはずだったんだが……。
痺れを切らせて先に出てしまったようだ。
彼女だけでは正直何も出来まい。
頼む、彼女に追いついて助けてやってくれ」
「任せてください!!!」
コウキが胸を叩き快諾した。
「無駄に元気なのが何故か腹が立つのですが」
「えっなんで?」
ジト目で彼を見てふん、と顔を背けた。
「……しりませんっ」
わたくしが顔を背けてる隣の会話が聞こえてくる。
「コウキさん、ファーナも一応、お・う・じょ・さ・ま」
そう区切って言われるほど王女はしていなのだが。
ちょっとコウキの反応が気になって振り返る。
「知ってるけど……。その王女様とファーナは何が違うの?」
――ああ、なるほど。
結局わたくしでも誰かでもそういう態度を取るらしい。
……特に考えてないのだろう。いつもどおり。
「ファーナ、コウキさんはな〜んにも変わってないみたいだよ?」
アキが呆れ気味にコウキを指差す。
噛み付かれかけてその指先をすいと逃がしてカチっとコウキの歯が鳴った。
「そうですね」
いつもどおりアキと笑いあう。
「えっていうか何処に俺が変わる要素が?」
数日。
ちょっとだけ、ゴタゴタとあって。
心苦しい日々があけて。
ちょっと変わった心の形。
わたくしは自覚を持った。
立場と、実力と。
もっと鍛錬が必要であり、もっと賢い行動をするべきだ。
広い視野を持ち、広い心を持ち、広く行動をする。
アキも戻ってきた。
この世界を再びわたくし達と歩む。
コウキも――少し。たくましくなった。
より強い意志がその瞳に宿ってる。
コレからわたくしたちに降りかかってくるものは何だろう。
カードの試練も終盤。
その前にやることが出来た私たちはソレを行わなくてはいけない。
神子とシキガミの行動を止めることができるのは同じ存在。
きっと大きな何かが起きる。
そんな予感を胸に父の話の続きを促した。
ソレが大きな物語の始まり。
子供だったわたくしたちの終わりだったのかもしれない。
/ メール