閑話『アキを辿る竜の道1』


 ――赤い剣が舞う。
 その大剣を扱うのは若い女性だった。
 二十に届かないであろう容姿の青い髪の女性。

 それは、始まりの小さな出来事。



 快晴の空。季節の収穫祭と併せてこの国では一つ催し事があった。
 武術大会と銘打ち国王は隊長格の兵を戦わせ競わせた。
 一般からでも参加を募り、腕と性格に確かな物があれば自ら軍に誘うようなこともあった。
 そういった話が広がり、この国にはこの季節、腕利きの猛者が集まるようになった。

 開催は二日間。一日目を予選とし勝ち残った者が後日のトーナメントに進める。
 世界最高峰の医療キュア班を総動員し、大会での怪我を癒す事で安心して戦いに挑める。
 もちろん審判役もおり、勝負アリの時点で止める。
 法術は基本的に禁止。
 だが剣技系、戦女神に賜った物に関して使用を許される。
 アルマは開催二日目のトーナメントから使用可能で一日目の予選では支給される剣から使用しなくてはいけない。

 年々参加者の質は上がっている。
 軍の隊長が優勝するケースがやはり多いがそれでも一般参加の傭兵にも猛者は多い。
 そしてこの年も前年を上回る人数が参加し――そこに、彼女の姿があった。





 会場は大きなコロシアムだった。
 黄土色の空間が円形に展開し、その中心が灰色の試合舞台。
(……うわぁ……みんな強そう……大丈夫かなぁ……)
 フワフワと赤毛を揺らしながら彼女はキョロキョロと周りを見回していた。
 やはり圧倒的に男性が多く、端の方でひっそりと順番を待つことにした。
 彼女には今回此処に来た目的があり、何が何でも勝たなければいけない。
 自信なさ気に座る彼女に何人かガラの悪い男が近寄ってくる。
「おいおい、お嬢ちゃん、此処は危ないぜ? 観客席はあっちだ」
「まさか大会に出るってんじゃないだろうなぁ? 冗談キツイぜ。怪我する前にやめとけよ」
「そそ、なんなら送ってくぜ。くはは」
「け、結構ですっ」
 なるべく関わりたくない人種に引き気味に笑う。
「ほら怖がってんじゃネェか。てめぇその禿げ頭なんとかしろよ」
「るせぇハゲじゃなえぇ剃ってんだよ!」
「あー姉ちゃん可愛いな? オレと抜けて遊ばねぇ?」
 男三人が大声で騒ぐ。
 彼女は困っておろおろと後ずさっている。

「ヤメロ。やる気が無いのなら今すぐ消えろ」

 凛とした声が通ってその声の主に全員の目が集まる。
 強い物言いと同じく鋭い目をした女性だった。
 銀色の髪を結い、銀の鎧を着こなした姿は蒼空の下に映えた存在だった。
 男は何も言わず、舌打ちや睨みをつけて、早々に立ち去る。
 どうやら凄い人に助けられたのだと思い至って頭を下げた。
「ありがとう御座います……。助かりました」
「いや、礼には及びません。
 毎年の事です。弱そうな奴に目をつけて大会出場を辞退させる良くない連中だ。
 私はロザリア。大会出場者だが警備もやっています。困ったらいつでも呼んでください。
 ――所で、貴女の名前を聞いても?」
「あ、はい。アキ・リーテライヌと申します」
 そう言って、顔を上げるとロザリアは少し考えているように顔を顰めた。
 アキは不思議そうに聡明な顔の女性をその大きな目で見返した。
「リーテライヌ殿……? はて、聞き覚えがある気がするのだが何処かでお会いしたでしょうか?」
 そこでアキは失敗に気付いた。
 偽名にしとけばよかったと後悔。
 彼女自身は無名の一般人だが彼女の父はとても有名だった。
 今は冒険者として有名だが昔は軍人だったと聞く。
(もしかしたらまだお城とかにも知り合いが居たりして……)
 考えれば考えるほど危険だと判断して笑顔を返した。
「気のせいですよ〜あはは……」
 乾いた笑いを見せながら冷や汗を流す。
 今変に身元がばれて騒がれたりするとマズい。
「ふむ……そうですか。申し訳ない」
 意外と淡白な人だな、とその人柄に感謝する。バレてひそひそと指差されるのは嫌だった。
 こう、ひっそり穏やかに何となく予選通過できればいいかな……。

 そんな悠長な事を考えていると目の前の会場で試合が始まった。

 予選のルールは簡単。
 10人程度を呼び集め最後まで残っていれば予選通過となる。
 正直その時点で腰が引けるがそんな事も言っていられない。
 しかもその10人にはこの国の騎士の人間が一人ずつ混じるそうだ。
 そうでなくとも強そうな人が沢山居るのに……。
 まぁ有る程度その強い人に倒してもらって、頑張って最後その隊長格の人と戦うしかない。
 予選を通過すれば大体の目的は達成だし、大丈夫なはずだとちょっとだけ自分を励ましていたりする。
 アキ・リーテライヌ。ぶっちゃけ緊張しまくりだった。


「――以上十名! 段上に!」

 ついに呼ばれた。人数は半分程。すでに9回試合が行われた。
 ドキドキと鼓動が歩く動作を不自然にする。

「気負いすぎて集中力を乱すと後悔しか残しませんよ」
「あ、えっ?」

 その声の主を振り返ってチョットだけ時間をかけて視線を合わせた。
 銀色の甲冑に髪。見本的な女性騎士像を象徴しているようだ。
 先ほどアキを助けた女性。凛とした瞳で彼女に薄く微笑むと彼女は段上へと上った。
 グラネダの軍隊の隊長は非常に優秀で知られていた。
 ロザリアもその一人、国を守る軍の英雄である。
 先陣を切って最前線に立つ事の多い彼女は人々から狂気の英雄と呼ばれる男勝りな隊長だったはず。
 ああ、それなら納得がいくとひとり場外でぼーっと考えていた。

「どうした? 上がらないのですか?」
「あ、わっすみませんっ」
「剣は? まさか素手?」
「わ、わっ! スミマセンすぐ取ってきます〜!」

 慌しく貸し出しの所に走っていくアキ。
 銀色の女性騎士は眉を顰めて彼女の後を視線で追った。

「あの娘……大丈夫なのか……?」

 ロザリアは呟いて自分の立ち位置に歩いた。
 10人は等間隔にリングに並び、開始の合図と共に乱戦を開始する。
 一対一より視野の広さや作戦が必要となる。
(狼の群れ中に羊を放り込んでるようにしか見えないな……)
 そう思ってロザリアは溜息を付いた。
 そして、彼女が戻ってきた事に気付いて視線を戻し――驚いた。

「……随分と大きなものを使うのですね?」
「はいっあ、あの、いけませんか?」
「いや。少し驚いただけです。気にしないで欲しい」

(アレは獣人用の武器だっただろうか……あんなものを振り回すのか?)
 獣人は毎回参加はしてくるものの大概問題を起こして退場させられる事が多い。
 生き急ぐ彼らは元々あまり気が長くないのと先ほどのように煽る輩が原因だ。
 それはさておき彼女の武器は大剣。
 明らかに彼女と同じぐらいの大きさで彼女が持てるような代物には見えない。
 だがそれを軽々と持っているとはどういうことだろう――?
 コレだけ目立てば噂にもなると思うのだが――……。
 ロザリアはあまり冒険者や傭兵に精通しているわけでもないのでその思考はどれだけめぐらしても無意味だった。
 周りのどよめきに彼女は身を縮めている。

「無理はしない方がいいですよ。引く事も勇気です」
「い、いえっ大丈夫です。ご配慮ありがとう御座いますロザリア様っ」

 アキの言葉を聞くと無表情に頷いて指定された立ち位置に立った。
 審判の指定された立ち位置に立ってキョロキョロと見回す。
 ――女性はアキとロザリアの二人だけ。
 後は男性だが恐らく訓練を受けているであろう兵士が彼女を含めて半分。
 それ以外は落ち着いた気概からみて恐らく傭兵の戦争経験者とモンスターハンターだろう。
 落ち着かない素人はどう見ても彼女だけだった。

 その様子を見て誰にも気付かれないようにロザリアは溜息を付いた。
 どうも賞金目当てに無茶をする輩は男にも女にも絶えない。
 まぁ無茶をする場なので止めはしないが、騎士道的に女性にはあまり剣を振るいたくないと思っていた。
 兵士同士なら容赦はしないが一般参加には気が引けるというのがロザリアの意見だった。
 打ち伏せることなく、場外に落ちてもらおうと決めて模擬剣を握った。

 模擬剣は国側から支給されたものだ。
 決め手になる一撃を見せ、審判に名前を言われた者は法術により場外に移動する。
 医療班もすぐ近くで待機しており死の心配はほぼ皆無。
 全員安心して迷うことなく力を振るう事ができる。

「試合は10分! 時間が来れば審査員による優劣審査で勝者を決める!
 皆後悔無きよう全力で剣を振るっていただきたい!!」

 審判の一人が声を張り上げて説明を響かせる。
 試合毎に言う必要は無いのではないかと思われるが最後に意識するのはやはり直前の言葉だ。
 その言葉を脳裏に焼きつけ、皆が殺気の様な戦意を見せ始める。
 空気が張り詰め、各々の剣を青眼に構えた。


「では! 試合始め!!!」



 ザンッッ!!

 全員が一斉に動き出す。ロザリアはその光景に驚く。
 全員アキに向かって走ったのだ。
 恐らく全員驚いてはいるだろうが――おそらくこの戦いで一番邪魔になるであろう
彼女を下ろそうという配慮だ。
 当の本人はそれが伝わるような事はないだろう。
 無造作に押し出すような剣戟を最初にたどり着いた二人の男性が放った瞬間、
彼女が目の前から消えた。
 兵士の服を着たその二人は空振った自分の剣を不思議に見る。
 彼らから離れていたものだけがその真実を見た。

 青い髪を翻し空を舞う。
 空に溶けそうなほど美しく、だがはっきりと群青の髪がキラキラと光っていた。
 綺麗な放物線を描き地面に降り立つと同時に彼女は大剣を一周大きく振り回した。
 背後を取られた二人が謎の衝撃に吹き飛び、大きく場外へと落とされその大会の役目を終える。
 笑えるほど滑稽で演技の如くの引き立て。


 アキ・リーテライヌがその顔を上げた。


(髪の色が変わった……!? まさか仮神化……!?)
 状況を分析してロザリアは身構えた。
 誤算だった。完全なる油断。誰しもがその行動から彼女を計ることができなかった。
(戦場で人を見かけで判断するなど騎士としてもってのほかだと言い聞かせていたのに)
 “か弱い女性だから”そう言われるのを嫌っていたかつての自分を嫌と言うほど思い出す。
 男性だろうが女性だろうが関係なく――強いものが上に行くこの国で、
弱いものなどこの段上にあがるはずが無かった。
 いつの間にかあの日の誰かと同じ目線で同性を見ていた。
 そして段上の全員が踏みとどまり一瞬の戸惑いを見せ――本気でかかる事に決めた。
 本当の予選の開始である。



 ロザリアは嬉しいと思った。
 アキは彼女が思っていたずっと上の結果を出し続けている。
 まず誰一人として彼女に押し勝てていない。
 よほど戦女神に愛されているのだろうか別の力なのか。今だロザリアには計れない。
 さらに彼女のような存在を羨ましいと思った。
 飛び上がり空中を泳ぐように移動する。誰一人、彼女の後ろには回れて居ない。
 戦い方視野の広さはその自信の無さそうな最初とは随分と印象が違った。
 空を飛ぶ鳥のように軽く、その愚鈍な印象を与える大剣を片手剣のように振るう。
 その華奢な体は模擬大剣に振るわれる事なくピタリと止まり、切り返しも素早い。
 此処で負けても彼女には価値がある――。
 そう口の端を歪めて彼女も男を蹴散らす事にした。


 すぐに対峙する事になった彼女は先ほどとは全く別人のように思えた。

「驚いた。最初にと思っていたんですが……どうやら実力を計り違えたようです」
「いえ……その、恐縮です……」

 だが口を開いてみれば先ほどと同じ自信無さ気な女性だった。
 そのギャップが面白いと思いロザリアは微笑む。

「ここで言うのもなんだが私の隊に来ませんか?」

 予選で負けた場合その場で帰ることも出来る。
 もしアキを負かしてしまえばもう会えないと考えた彼女は先に言っておく事にした。

「へっ? いえっそんなわたしなんかっ」
「その実力があって、何処にも所属はしていないのでしょう? ここでならきっと立派な騎士になれます」
「その、お誘いは嬉しいんですが……っ」
「そうか……時間が無いですし先に試合ですね。行きますよ」
「はいっお願いします……っ」

 彼女が歩いて来た道はまさに女を捨てたと言われる道だった。
 もちろんそんなつもりは無い。親友と二人約束したのだ。
 強い女の道を行くのだと。
(負ける訳には行かない……!)
 隊長として、今までだって本戦まで必ず出場していた。
 ロザリアは両手剣を握りアキに切っ先を向ける。
 恐らく自分と同じぐらいの力量がある。
 ここまで武力に強い女性を見たのは友人のカルナディア以来である。
 カルナディアと言うのもまた戦女神に魅入られた一人の武人。軍の騎士である。
 だが、力でその領域に至っているアキはまだまだ技術に未熟が見られる。
 仮神化するほど神に愛されているとはいえ技で此処まで至ったロザリアとは違う。
 だが驕ることなく、ロザリアは全力で彼女を倒すことに決めた。

 ガシャッと音を立ててロザリアが一歩踏み出す。
 ロザリアは銀の鎧を身につけていた。
 普段は重く光る鉄の鎧だがこんな時には本当に白く、銀色に光る白金の鎧。
 酷く天気のいいこの日、光るその鎧に誰もが眼を細めた。
 防具の類は殆どが許されている。
 フルヘルメットの甲冑を着てきた所で誰も文句は言わない。
 だが神に愛された能力者を相手に視野の狭いヘルメットや動きの遅くなる鈍重な鎧がプラスになる事は少ない。
 ロザリアはそういった意味では装備の多いほうだった。
 鎧に足具、籠手といった主要なモノはつけている。
 手馴れしたものがつける防具ほど有効なものは無い。

 シュッと風を切る音とともにアキと二・三撃を打ち合った。
 剣の速さでは幾分かロザリアに分がある。ただ重さにはどうも勝てそうも無い。
 そう気付いてからお互いの行動は早かった。

 アキが次の一撃にはすでに全力で剣を振る。
 一際大きな音が響き、剣を受けた彼女が剣ごと吹き飛ばされる。
(なんだこのデタラメな力は……!?)
 体が浮くような体験は確かにあったが素の力だけで放り投げられる事は殆ど無かった。
(だが仮神化しているその姿から想像するに彼女は――竜人位。これぐらいは当然か……!)
 身に受ける加護を十割近く引き出せる竜人なのだという確信を持って着地、
こちらに向かってきている彼女にロザリアも突進する。
 振り回しづらい大剣の範囲無いに入れば剣速差で数撃は入れられる。
 縦に大きく振り下ろされてステップの回転でそれをかわす。
 回転の勢いに乗せ両手剣を振るったがそこにすでに彼女はおらず大剣を支柱にして宙を舞っていた。
 空から降ってくる蹴りをしゃがんで避けると剣ごと彼女は更に高く飛ぶ。
当然見上げて、太陽を背にする彼女に眼を凝らした。

「術式:悔い改めよ<ポェニティアム・アギテ>!」

 二節のその術式を行使する声。
 アキこのチャンスを逃さず大剣を真下に投げた。
 嫌な予感だけ直感が全力でロザリアをその場所から飛び退かせる。
 押しつぶされるような圧力を感じ、次の瞬間――
 ――ゴガァンッッ!!
 凄まじい轟音とともにリングが砕けた。
 剣を中心に一メートルほどが半円に陥没している。
 感心している暇は無い。
 スレスレで避けていたロザリアは地を蹴り剣を振り上げる。

「くっ、あ!」

 両手の籠手でアキはロザリアの剣を阻むと体を捻ってその剣を支点に空中を動く。
 ガードはしているが格好の的。最後に一撃背からの大振りの一撃でアキを飛ばす。
 それは予想外だったのかアキは着地を失敗しリングに膝をついた。

「良く跳ぶ。戦場で剣を放す等死を招く行為にしかなりませんよ!」
「……っ」

 剣が無い状態は負けとも取れる。
 だがアキには空中があるため距離を取って対峙しても意味が無い。
 持てる限りの力を使って地面を蹴る。
 甲冑を着て居ても通常の人の倍は素早い。
(手立てがない――終わった……っ)
 アキは一瞬そう考えて、視線を落とす。
 ――だが、収まらない焦燥感。
 戦慄、
 恐怖、
 昂揚、
 集中――
 
 戦意。
 
(負けたく、無い……っ!!)
 悪あがきだって構わない。
 自分は騎士じゃない綺麗な勝ち方なんて望むべきではない。
 拳を握る。
 きっと相手は勝利を確信している。
 ――医療班は居る。
 今死にかけて倒れようとも治る。
 じゃぁ恐れるのを止めればいい。
 
 それを、覚悟と言う。

 ガゴォッッ!!
(――っぅ……!!)
 拳でリングの石を砕く。
 石つぶてが飛び散りロザリアの方にも飛んだ。
 それを避け、弾くためにロザリア足が止まる。

「――っ!?」

 アキはリングを作っていたプレートの石版を掴み持ち上げる。
 周りからは驚きの歓声が聞こえる。
 つぅっと手から血が溢れる感触と肉を切った痛さを無理矢理押さえ込んで唇を噛む。
 何がアキをあそこまでさせるのかは誰も知らない。
 彼女には彼女なりの決意があってここに来た。

「ま、けるわけには……っっ!! いかないんですっ!!」

 フワッと自分の前にその石を浮かし真っ赤になった右手を構えた。
 バキャァッッ!
「――っいっ!」
 無茶をしたのは分かっているが骨が砕けるほどの衝撃を受け手を押さえて転げまわりたい。
 回復の法術は禁止。もちろんアルマもだ。
 終わってから、終わってからで大丈夫だ。
 唇を噛んでそれに耐える。力が強いから肌や骨が強くなるわけじゃない。
 確かに多少の保護は掛かっているのだろうが肌が石や鋼鉄になるわけも無い。
 オークのように肉体に恵まれた種族であるなら或いはそうなるのだろうが。

 地に刺さる剣に向かって走る。
 ロザリアの石の飛礫を避けながら彼女を追った。
 走り出しで言えばロザリアの方が早かった。魂胆の見えたものに先に手を打つのは当たり前だ。
 多少の飛礫には構わず大きいものだけ叩き落とす。

 そして、先にたどり着いたのはやはりロザリア。
 アキを振り返って剣を構える。

「アアアッ!」

 アキは迷うことなくそのまま進む。
 そして右手で掴んでいた石を彼女に向かって投げた。
 半ば刺さっていた石が取れて痛みに顔が歪む。
 それでも一瞬戸惑い、剣筋を変えた彼女の剣をかわして左手で剣を持った。

 ガンッ!

 そして、思いきり引き抜き同じくして剣を振ったロザリアと再び剣を交える。
 間合いを広げるために細かく振り抜くアキと間合いを縮めるためにソレを捌くロザリア。
 剣の腕では負けることは無い。ロザリアはそれだけ訓練をしている。
 だが――恐れた。久しい戦争のように思われる。
 何かを得るために必死で獣が如く剣を振るアキの気迫に慄いている。
 だが負けるわけには行かないのだ、と声がする。
 女性でありながら騎士である為に奮ってきたモノは――彼女と同じものだから。

 周りからは歓声が上がり――どちらにも声援の声がある。
 ロザリアには兵士達から。

「頑張って下さいロザリア様!!」

 アキには冒険者達から。

「頑張れ!! 勝てよネェちゃん!」

 同じ魂を感じ、騎士の誇りを見せるのだと。
 同じ熱を感じ、高みへと歩む事が出来るのだと。
 剣を振るって証明する。

『負けない!!』

 応えたのは同時だった。

「――精錬なる三線<ライナー・ストラスト>!!」

 戦女神より与えられし技巧。
 剣の刃が三つ空間平行して直線を奔る――!

「断罪の一閃:無から無へ<エクスニヒロ・ニヒル>!!」

 己が恩恵竜神より賜いし技巧。
 主を主軸に一円を描く大気や法術の干渉を受けず唯その剣を生かすが為に振るわせる一閃!

 ガガガッ!! ガギィィッッ!!!

 火花のような光りが放たれ、術式として認識された技が発動する。
 剣は各々のマナの光を引き銀と赤が交差した。

「か――はっ……!!」

 アキが倒れかける。
 ココまできたら、倒れるわけにも行かない。
 踏みとどまって脇腹に深く入った傷を右手で押さえた。
 満身創痍だ。何時倒れたって可笑しくは無い。何故立っていられるのか不思議なほどだった。
 ロザリアは――唖然と、両手を見る。
 カラン、と乾いた音が鳴った。
 彼女のはるか後ろ。リングの外に落ちたのは……彼女の模擬刀。
 その手には剣は握られていない。
 最後の一撃戦は――ロザリアの放った技は三線平行の剣技だった。
 そのうちの一つだけがアキの身を斬った。
 三線平行とはいえ一振りの剣である。
 両手で握って斬ったその剣を離さずには居られないほど凄まじく強い衝撃だった。
 アキは研ぎ澄まされた意識の中でロザリアに剣を突きつけた。
 グリーンの眼光は真っ直ぐ闘志を投げてくる。

 竜の如く、強い意志だった。

 模擬剣の打撲に近い攻撃を身の中まで届かせた一撃を彼女は耐えた。
 痛々しいすがたに皆息を呑みそして――歓喜した。

「――勝負アリ!! 勝者アキ・リーテライヌに決定!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』


 ――勝利。
 アキは剣を下ろして――それに縋った。
 ドクドクと血が出ている。ああ、早く治さなきゃ。
 ペンダントを握る右手が酷く痛んだ。
 赤い石のついた母親からの形見。

「大丈夫ですか?」
「――癒しを……」

 ――ィィィン

 優しい光がアキを包んだ。
 何事かとロザリアは伸ばしかけていた手を引く。
 フワッと優しい風が舞い。
 ブルーの髪が大きく舞う。
 幻想的で同性のロザリアでさえその姿に一瞬見惚れた。
 その風が収まるとゆっくり彼女の色が戻る。
 そして次の風が吹くときには、最初に助けた気弱な女性がそこに立っていた。

「――ありがとう御座いました」

 そう言ってアキは頭を下げる。
 周りからも大きな拍手が送られた。
 上げられた顔は恥ずかしそうに、何処か申し訳無さそうに笑っていた。

「……いや、失礼しました。礼を欠いているのは私ですね。
 完敗です。おめでとうございます」

 そういって彼女に握手を求める。
 アキも慌てて左手でその手を握り返した。

「いえっそんなことないです。
 ロザリア様は怪我一つないのにわたしは立っていられるのがやっとでした」
(……怪我か。いつの間にかそんな物を恐れるようになったのか私は……)

 もっと軽い格好をしていれば勝ったのかも知れない。籠手を。或いはブーツを。
 だがそんなことは関係なくこの装備で負けたのだ。十分すぎる程だったはずなのに。
 ただ今更後の祭り。この子は自分の全てを出して勝ちにきた。
 生半可に優しく負けさせようなどと甘かった自分。

「不躾かも知れないですが一つだけ聞かせてください。貴女は竜人様ですか?」
「そんな、その、一応そうですが改まって頂く必要はありません」
「ふむ……貴女ならこの大会勝つ事が出来るかもしれない。同じ女性として尊敬します」

 女性らしさを伴ったまま強い彼女に嫉妬を抱かずには居られない。
 そうであったつもりのロザリアも上には上がいるものだと苦笑を交えた顔をした。

「……それはわたしからも。貴女のように強くなりたいです」
「ふふ。負けたものに言う台詞ではありませんよ。
 胸を張って本戦に進んでください。貴女は強いですから」

 今なら小動物のリスかウサギかと言った所。
 ただ一度闘志をむき出しにすれば暴れる竜だった。
 彼女が竜人であると確信を得たロザリアは納得して微笑むと手を離してリングを降りた。
 慰めの言葉もあったが特に気にはならなかった。
 むしろ清々しい。また今日から頑張れる。
 女性の戦友が増えるのは彼女にとってとても好ましいことだった。
 本戦で戦えなかった事が悔やまれるがきっともう一人の友人が出る。
 彼女に勝たれると悔しいのでアキの方を応援しようと心に決めて会場警備に戻った。

 数分後、再び囲まれていたアキを救出して少し親しい友人になった。

 ちなみに軍には誘っても入ってこないようだ。
 残念だが大会中はしつこく誘ってみようと久しぶりに笑った。

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