閑話『アキを辿る竜の道3』
準決勝戦となったアキの二回戦目。
登場したアキに会場が割れんばかりの歓声が飛び交った。
熱気、期待、羨望……そういった感情が叫びとなって彼女に届いた。
――そして、相手の入場となった。
再びどっと沸くコロシアム。
アキが入場した時よりも黄色い声が多い。
薄紫のウェーブした髪をフワフワと揺らしてフゥッと煙草の煙を吐いた。
「ふふっどうも賑やかだな今年は。そう思わない?
ああ、すまない。ワタシはカルナディア。カルナと呼んでくれ。皆にもそう呼ばれる。
君がアキちゃんだね。ふふっ可愛い」
彼女はアキの前に立つとにこやかにそう言った。
カルナディアそういえば彼女には負けるなとロザリアに言われた事を思い出した。
見れば彼女は艶っぽい魅力の持ち主で肩から胸元まではだけた服にプレートの装備を纏っていた。
自信を象徴するように紫のラインも入っており、特徴の強い人だと認識した。
その手には細長い槍を持ちそこにも紫を使った装飾がなされていた。
「えっあ、アキ・リーテライヌです。よろしくお願いしますカルナディア様」
「あははっカルナでいいって。ああそれかお姉さんでもいいね。君みたいな妹歓迎〜っ」
「へ、あの……」
「最近の子は皆冷たくてさぁ……中々妹になってくれないんだよね。
えっ勝ったら妹になってくれる? ホント?」
「いや、言ってませんよっ!?」
「うふふ。じゃぁお姉さん頑張っちゃおうかな。うんうん。
最近ロザリアも構ってくれないし。ウォンチュ!」
「ええええっ!」
「ふふ。ふふふ。あーんな事やこーんな事もやっちゃうから。ふふっ」
屈託無い笑顔で笑うカルナディア。手を心持卑猥な感じで動かしているが同性である。
アキが何となく身に危機感を覚え数歩引いた。
遠くで友人の試合を見に来たロザリアが会話を想像してコメカミを押さえた。
「なぁーに悪いようにはしないよっ強いようだし。
副隊長にして毎日愛でるから安心してよ」
「けけけっ結構ですっ」
「やーぁん。ショックだよー。ふふふふっやっぱり、初めはチョット強引じゃないとダメかぁ。
うんうん。そうだね。一から良さを教えてあげないとダメだね」
ゾワゾワと背筋に冷たいものを感じながらアキは震える。
恐怖は恐怖なのだが凄く苦手だと。
会話が進むに連れて地が出てきているのかニコニコと笑いながらも嘗めるようにアキを見る。
城の中でも色々噂の絶えない彼女だが――アキも恐らくその性癖の人だろうと直感した。
「審判さん、始めてもいいよ」
半ばどうしたものかと傍観していた審判に試合を進める許可がでる。
「そ、それでは! 準決勝1試合! アキ・リーテライヌ!!」
『わああああああああ!!』
「カルナディア・テンペスト!!」
『きゃあああああああ!! お姉様〜〜〜〜!!』
声援に答えって投げキスや笑顔を見せるカルナ。
自分も多少は答えたほうがいいのかとも考えたが恥ずかしいのでアキはやらない。
「双方準備はよろしいですか!!」
「はいっ」
「おうとも」
「では!! 試合始め!!!」
今回最初に動いたのはカルナディアだった。
薄紫の髪を風に乗せて流れるように槍を抜き放った。
先ほどとは全く別人のような気迫でその動きだけで会場がざわめいた。
普段は好色家で変人扱いのカルナディアだがそれを周りに黙認させるだけの実力を持っていた。
ロザリア曰くそれさえ無ければいい友人だった、と。
彼女の友人で居られるのはロザリアが彼女のタイプではないからだと言う。
事実その通りで気さくな友人付き合いをしている。
アキは本気で狙われている。
また勝たなければいけない理由が増えた。
アキはその初撃の突きを寸でかわし大剣を持った手を大きく振った。
その剣は空振りし、次の瞬間には石突が鳩尾に迫ってきていた。
大きく体をそらし顎スレスレを通過する。
そのままの勢いで後ろへと翻り、右に動いた棒を見て左からの攻撃に備え剣を構えたが――
ガッ!
後ろに宙返りで跳んで着地する前に右側から打撃を受ける。
空中での体勢が崩れ、片足で着地するが更に右肩に追撃の突きが入り大きく後ろに引いた。
タンタンッとカルナは二歩踏み出して体ごと回って大きく薙ぐ。
迫ってきた刃をアウフェロクロスの鎖で何とか受け止めたがアキは勢いに乗って数メートル飛ばされる。
目にも留まらぬ連撃にコロシアムが一瞬息を止めたように静かになった。
だがひと段落ついてアキが剣を構えると再び大きな歓声が響いた。
「――ホント強いんだ。意外だなーそんな可愛い顔してるのに」
「お、恐れ入ります……」
「うーんっますます気に入った! ふふふ!」
(きゃあああっ怖いーーっ)
アキは心の中で悲鳴をあげる。
正直モンスターよりもずっと厄介だと思った。
本来、槍の間合いは長く剣より有利だとされている。
しかし、アキの場合は違う。
彼女は鎖つきの大剣でそれを投げて使うのが主な戦法だ。
鎖を掴んでも、彼女の意志で剣と鎖は収める事が出来る。
距離がながければ長いほど彼女は優位だ。
――シュシュッ!! ガッ!!
だがアキは苦戦を強いられていた。
彼女の移動が絶妙でかわすのが精一杯の状態だった。
(速い……!!)
二撃三撃と続く彼女の突きは国内随一の速度を誇る。
突きを弾かれれば大きく彼女の体を回って薙いでくる。
避けたと思えば下から上へと斬り上がる。
殆どが突きに近い攻撃だとはいえ、かわし続けるのは無理だ。
この大会だけは強引にでも勝たなければいけない。
体を売るぐらいなら傷をつけてでも戦場にいるべきだと考えたアキが行動に移った。
次の突きの攻撃もアキはギリギリで避ける。
引き戻しでも切り裂ける羽刃が付いており当然ギリギリで避けてしまうとそれが戻ってくる。
だがそれを恐れずに相手の槍の柄を握った。
刃先寸前までスライドし、刃先側を掴んでいた手の肉を斬られたがそこで刃が止まった。
「――!」
「っ! せやっっ!!」
力を総動員して横に振り回す。
ビュっといい音を立てて槍が風を斬った。
モチロンそれはカルナが槍を放したからだ。
武器を放すことは殆どの場合死を意味する。
だがカルナは彼女の力を分かった上で力比べでは勝てないと踏んだ。
そのあっけなさに一瞬気を取られたアキに全力で走って膝のレガースで思いっきり蹴った。
どんな怪我をさせても治るという安心が遠慮のない戦いをさせる。
アキはその蹴りを思いきり額に受け流血した。
ガシャン、と彼女は槍を手放し、段上を滑る。
額に怪我をすれば割と派手に血が出やすい。
カルナが槍を拾い上げたのと同時にアキも立ち上がり彼女を睨んだ。
「すまない。大丈夫か?」
「はい。まだやれます!」
そういった所でカルナはやはり騎士だった。
気に入っているのもあるがやはり女性の顔に傷を負わせるのは快くない。
騎士として恥ずべきだと後悔したが逆に言えばそれを行わずには居られないほど追い詰められたのだ。
声をかけず畳み掛けるべきだった。
だが気にする様子も無い返事を聞いてより彼女に惚れ込んだ。
本気で彼女は手に入れるべきだ。狩人の目をして彼女を見る。
(溢れる血を拭いている彼女ですら可愛い……舐めて上げたい……)
有り余る欲を抑えて彼女なりにその微笑ましい光景を見ていた。
――……逆にアキは危機を感じていた。なんかまたゾワゾワする。
恐らくこのまま戦っていては彼女に勝つことは到底無理だ。
ロザリアに勝ったのも奇跡。運がいいという自負はある。
何が何でも後二回その奇跡を続けなければいけない。
自分の守るべきものがある。何が何でもあのペンダントだけは取り返したかった。
帰ったら絶対に文句言って旅に連れて行ってもらうと心に決めて――血を拭った。
溢れるので服の端を破り、グルッと頭を縛る。
「ありがとうございます」
「気にするな」
その間待ってくれていたカルナに感謝を述べ再び構えた。
――シン……と静まり返る。
コロシアム全体に二人の緊迫感は伝わってきているようだ。
「――悔い改めよ<ポェニティアム・アギテ>!!!」
超重量を持たせるその一撃を放った。
空中に居る事で真価を持つその一撃。彼女が投げた位置よりも大きく下がって、容易くカルナは避けた。
「甘い!!」
そして一気にその距離を詰め寄ってくる。
槍使い独特の素早い動きで自らの間合いへと入った瞬間に突きを繰り出す。
「断罪の一線:無から――無へ<エクスニヒロ・ニヒル>!!」
アキはむしろそれを待っていた。
手元にはアウフェロクロスが戻っている。
それを見た瞬間にカルナはアレがアルマだという事を気にかけなかった事を後悔した。
槍と同じか、鎖次第ではそれより長くリーチを持つ事のできる武器は
ただ振り回すだけのこの技にも大きく使う幅を広げ居ていた。
「幻影の雨<レド・レイン>!!」
空気が暖かくなりアキは辺りに歪む4人のカルナディアの姿を見た。
その全てが同じように攻撃の態勢をとり、今にもその槍を振るおうと両手に力を込めている。
(驚いてる場合じゃない……!)
何なのかを理解する前に行動を起こす。
四方から迫ってくる突きの雨。
ジャララララッッ!!
その彼女に対してアキは鎖を使った。長い鎖を鞭のように素早く一周させる。
幻影が消えていく中で一人だけが身を引いた。
「見つけた!!」
ブオンっ!! と風を切って剣を投げる。
カルナはその槍を少し姿勢を低くして避け再びアキに向かった。
「――取った!」
ヒュッッ!
剣を投げた状態のアキに槍を向ける。
――と、同時に、彼女の顔の真横に大剣が戻ってきた。
アキが引き戻した大剣。
槍を雑に避けて、少し脇腹を切りながらアキが大剣を手にする。
そしてそのまま真下へと力を込めた。
ザンッッ!
アキの剣がカルナの肩を切り裂いた。
――歓声、それと同時にカルナは槍を落とした。
「そこまで!!」
審判の止める声が入る。
アキには申し訳ないと思う気持ちがあった。
それはカルナと同じ理由。同性でも女性相手に傷をつけると言う行為にやはり抵抗があった。
それを感じるのは自らの身を大事にしているからだろう。
誰に対してであってもあるべき配慮だが――女性にはやはり特別な意味がある。
だからその気持ちは正しい。
キュア班が現れ、治療がその場で始まった。
まずは傷口を見て、溢れ出る血を止血する法術が使用された。
その後、切断面を繋ぐように傷口の置くから順に処置が施される。
本当に数分の処置であっという間。
アキの方にもササッと現れて額や小さく付いていた傷を余す所無く治してくれる。
今段上のスタッフが女性ばかりなのは配慮あってのことだろう。
血のあとをサッと暖かいタオルで拭いてくれ、なんとなくさっぱりした。
「大丈夫ですか?」
「――もう、大丈夫だ。ありがとう。お礼がしたい後でワタシの部屋に……あっ何故逃げる」
キュア班の女性は顔を真っ赤にして逃げ去る。
「もうお怪我は御座いませんか」
「はい。大丈夫ですありがとう御座いました」
そう治療班に礼を言って彼女は立ち上がった。
傷は見る影も無く服に付く血がむしろ不自然に見えた。
早速の全開っぷりにアキもクスリと笑った。
血に濡らした服を着て――アキを見て笑う。
「素晴らしい試合だった。ありがとう」
そう言って左手を差し出すカルナディア。
アキもそれに応えてその手を握る。
「勝者! アキ・リーテライヌ!!」
『ワアアアアアアアアアアア!』
それと同時に審判が声を張った。
「はい……ありがとう御座いました。本当に序盤、負けてしまうかと思いました……」
「ふふっ謙遜するな。誇っていい。
本当に奥ゆかしいのだな君は……食べてしまいたいっ」
「い、いえ……」
さっと手と視線を放して離れる。
この人は本当に苦手だ、という意識が残る。
「ありがとう御座いましたっ」
アキはもう一度深々と礼をして立ち去る。
カルナディアはその後姿を名残惜しいと少し眺めて自らも長い髪を翻した。
そして控え室にニヤニヤとする騎士の面々にヤレヤレと言った風に肩を竦めた。
どうやら色々と聞かれそうである。
「よう。お疲れ。残念だったな」
「うるさいなぁ。例えお前等とて同じようなものだろう。
あの子が可愛すぎるんだ自らの武器など霞んで見える」
「おいおいなんだそりゃ」
「いいから行って来い。次はお前だろ。いいから総隊長に揉まれて来い。性的に」
「嫌だっての! 総隊長の前で同じ事言ってみろよカルナ! 吹き飛ばされるぞ!?」
カルナディアは同僚のグランズを見て溜息を吐く。
基本的にお調子者で平民から実力でのし上がった彼は貴族らしさは無い。
実力は大会に出てここまで来れるぐらいのものはある。
口と顔は悪役だが根では優しい良い奴だ。
彼を知ってさえ居れば気にならなくなる。
「ワタシは大丈夫だ。女性だからな。変わりにグランにと頼んでおくよ」
「おいっ!? 何しようとしてんだっ!」
ただ彼が次に戦う相手が全開優勝者の総隊長と呼ばれる第一軍の騎士団長だった。
何度も手合わせをしていたようだが彼が勝ったようなことは一度も無い。
叫び訴えるグランを無視して顔を上げると控え室の入り口に見慣れた顔がやってきていた。
「お疲れカルナ」
「ローズか。聞いてくれ。負けた」
「知っている。残念だったな。私も嬉しいぞ」
「ローズ……言ってる事が矛盾している。それはワタシが負けたのが嬉しいみたいじゃないか」
「ああ。嬉しいな。これで無駄に威張られなくて済む。是非とも優勝してもらいたいものだ」
「威張るつもりは無いが……優勝を彼女にか? ワタシに辛勝じゃ到底総隊長には及ばないぞ?」
「まぁ……総隊長に負けろと願うのも不謹慎な話だがな。それでも奇跡が見たいんだよ」
「ローズ……あの子に惚れたか? ダメだ。アレはワタシの妹にだな」
「……もしかしてと思うがまた誘っていたのか?」
「当然だろう」
その言葉にはぁっと溜息を吐いて騎士隊が誤解されてなければいいけど、と呟く。
ローズというのはロザリアの愛称。
騎士隊は兄弟のように仲が良く愛称で呼び合う。
それも総隊長と呼ばれる人間の下で育ってきた実際に兄弟弟子達だからである。
「……グランお前総隊長に勝ってあの子に負けて来い」
「初めの山がでか過ぎるぞ……」
「なに。ちょっと死ぬ気で禁止された技を乱発すれば勝てるかもしれないだろう」
「アホか! それこそ大目玉確定じゃねぇか! 規則は大会中一つだろ!」
騎士達には規則があった。大会中に使える技は一つのみ。
情報漏洩を防ぐ為に必要な事でもあった。
「しぃっ声は荒げるな」
「ぐっ……だが技を使っても勝てるような相手じゃないだろ……。
本当にアレは山の領域の人間なんだぞ」
「……だな。まぁいいもし奇跡が起きたら考えておいてくれ」
「奇跡、ねぇ……」
「そもそもローズが最初に負けたって言うのが奇跡だもんねぇ……」
「負けた。仕方ないだろう。彼女は強いさ。私も何度も誘ったからな」
「あ、ズルイぞ。彼女はワタシの元で可愛がるっ」
「カルナ隊はダメだな。濃すぎんだよ」
「ワタシの可愛い部下達に何と言うことを言うグラン!」
「ははは! じゃぁ俺は試合いってくらぁ」
膨れるカルナをカラカラと笑ってグランは試合会場へと逃げる。
あとで報復してやると邪悪な顔をしてカルナが呟いて、ローズがまたかと溜息を吐いた。
残るは最終日。
彼女は決勝戦へと導かれその目的を果たすだろうか。
黄金の影をみるロザリアは少しだけ期待を持っていた。
彼女なら、あるいは。
女性でありながら、かつ一般の人物でありながら優勝してしまうかもしれない、と。
キュア班の凄さを見た。
控え室で怪我を確認したが跡形も無かった。さすが王国のエリート。
ペンダントを使えば同じことが出来るだろうけれど生身でそこに達している人たちを凄いと思う。
アキは傷のあったところを興味深く触ってみて本当になんとも無いことに感心していた。
もう控え室には誰も居なかった。
今日はコレで試合は全て終わり、観客の人たちもぞろぞろと帰っている。
反対側の控え室には騎士達が居るのが見えた。
仲良く話す姿は兄弟のように見え、あんなに仲がいいのかと感心してしまった。
隊に入ればあんな風に友人が沢山出来るだろうか。
それはそれで魅力的に思えた。
この国の女性の騎士団は有名で筆頭が先ほどの二人となる。
だが騎士の正装をした自分が酷く似合わない気がしてそれは止めておいた。
宿に帰ればまた宿の小母さんが祝ってくれた。
少し夕飯は豪勢なものを振る舞って貰い暖かい気分になった。
ペンダントを見つけられなかったことを謝ってきたがもう大丈夫だと笑ってみせた。
部屋に戻って先日と同じくベッドに倒れこむ。
今度は寝過ごすわけには行かない。
大会は朝で終わり閉会式が行われるのはその後すぐだ。
正式に優勝者には賞金と剣が授与され、後は純粋に外に出ているお店で買い物を楽しんだりするのだ。
そして夜に聖火祭。
神子様が歌って願いこのお祭りの最後を飾る。
優勝した人間はその際に焔の洗礼を受けることが出来るのだ。
強制ではないのだが火の属性と相性が良くなると言われる。
ナチュラルよりは特化した方が強くなりやすい。
アキは受けてみたいなぁとは考えているようだ。
攻撃特化しやすい焔の属性の相性を持てば更に強くなりやすい。
考えとしては単純だが最も理に適った答えである。
(試合が終わったら、なるべく早く帰りたいなぁ……。多分お父さんも来てるんだろうけど。
会ったりはしないんだろうな。恥ずかしがるし)
当然本人に言わせればそうでは無いのだが、アキから見ればそうだ。
一緒に歩かないなどと言うのは絶対恥ずかしいからだと思っている。
アキに直接言われれば伝説の竜士団長もただの父親だった。
ゆらゆらと揺れるランプの火を見ながらぼうっとしている。
何となく眠れなかった。
父親も見ている。それが気になっていた。
内緒で出てきたハズなのにおかしいなぁと考えながらあの人に隠し事は出来ないな、と悟った。
自分でも沢山の交渉をしてきて、嘘を見抜くのが得意だと言うぐらいだった。
妙に納得してふぅっと息をつく。
ああ、絶対文句言ってやろう、と。
今日はじめて見た前回の優勝者――騎士団の総隊長を思い出す。
あの人は正直格が違う。そう感じた。
――自分の父親に近い感覚。そんなのを感じた。
戦いになれば容赦はせず、騎士道を貫き続ける人。
何となくこの時点で苦手意識があった。
(でも勝たなきゃ――)
ペンダントを思う。
強くなるための彼女の心の拠り所だった。
母親の記憶は曖昧で不器用にぐりぐりと撫でられたり強く抱きしめられたりしている記憶が多い。
それでも強い人だったのは覚えている。
だから憧れた。
その人に繋がるたった二つの形見だ。
失ってはいけないと思う。
それを取り返すために。守るために。
負けないと誓って、眼を閉じた――。
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