閑話『アキを辿る竜の道4』



 翌日はさらに人が多かった。
 アキの前にも3位と4位を決める試合。
 カルナディアが同じ控え室に当たり内心焦る。
 やはり隊に入れという誘いを断って試合に行くカルナを見送った。
 どうも妖しい雰囲気を漂わせるあの人が苦手で苦笑した。
 でも一応彼女を応援しながら控え室からその戦いを見ていた。
 ――その戦いは昨日よりも熾烈に見えた。
 止まる事の無い剣と槍。全く遠慮の無い様に見える大きな打ち合い。
 デモンストレーションに過ぎない事は分かっているがそれはきれいだと思った。
 魅せる剣筋と戦う剣筋。それを彼らは分けて使っている。
 素人目にはきっとその差は分かりづらいだろう。
 シビアに戦いをすればそれこそ命を狙う直線が多くなり軌道は鋭く単純な物だ。

 カシャアアンッ!

 甲高い音を出してその優劣が決した。
 槍を弾かれたカルナが両手を挙げる。
 それと同時に大きな歓声が巻き起こった。
 今のはギリギリの拮抗した戦いだった。余興の舞として、十分な物だった。

(こんなものなのかな、試合って……)

 物足りなさを感じた。
 カルナは昨日と比べれば全然覇気が無い。
 突きを主体にした鋭い動きをする人物だったのに。
 そう思うとすこし、詰まらないと感じた。

「やぁ。負けてしまったよ」
「……今のが勝ち負けに入るんですか?」
「おや? 分かるのかい? それなら言うけど今のは前座として頑張って盛り上げたつもりだよ」
「……そんなのでいいんですか?」
「ああ。我々騎士はな。祭りを楽しんでくれればそれでいいと思っている。
 騎士同士が当たれば暗黙の了解で綺麗な剣技を見せるようにしている」
「何でですかっ他の参加者は皆本気なのに……っ」
「もちろん、他の参加者と戦う時は本気さ。
 手の内を見せすぎないようにするのが我々の意向だ」
「悔しくは、無いんですか」
「悔しいさ。だからまた挑むよ。明日にでも」

 そう言って女性の騎士は笑う。

「だから安心して。君には皆本気さ。ワタシもなっ」
「……はい……分かりました」
「ふふ。可愛いな君は。なぁ本気でウチの隊に来ないか? 君ならもっと強くなれる」
「いえっわたしは他にやるべき事がありますから」
「むぅ……諦めが悪くて申し訳ないが理由を聞いてもいいかい?」
「わたしは――」

「竜士団を再建するために。旅に出たいんです。
 その為に――……第一歩として。強くなりたいんです」


 凛とした光を帯びた目で彼女はカルナディアを見上げた。
 意志を持った瞳が一番輝いて見える。
 その輝きをカルナディアは彼女に見た。
 だから彼女は微笑んだ。
 
「そうか。貴女は竜人だったのか」
「――はい。黙っていて申し訳ありません……」
「いや、仮神化<アルカヌム・ウェリタ>している時点でほぼ分かってはいたんだが。
 最低でも第10位からしか見られない現象で髪の色が変わるほど影響を受けているなら、
 竜人か……名持ちの者になるだろう。
 と言うことは君はとても愛されているのだろうな。竜神に――」
「はい。わたしの父も、そう言ってました。
 その加護は天賦の才だと」

 カルナディアは惜しいと思う。
 彼女がこの国に留まってくれればどれだけ心強いだろう。
 ――かつてかの国にいた、あの姿を思い出す。

 彼女等が騎士を目指したのは、幼い頃に見たその背中を追うためだった。
 勝利の凱旋で先頭に立つあの人。幼い頃の自分達には知りえなかった人。
 ローズとカルナはその姿を見てあんな風になるのだ、と決めた。
 幼いその日から――剣を取った。
 最初は女が剣を持つなと叱られ続け、それを振り切って二人で王国の兵士となったのは遠い昔。
 夢を見て、血と汗と涙を流して、今、ここに居る。
 黄金の背中には届いていない。
 だがこの国の騎士団には満足している。自分の役割も分かっている。
 夢を見る彼女を、引き留める事は過去の自分の冒涜だ。
 自分が最もやって欲しくなかった事を他人に強いるのは愚かだ。

「そうか――そうか。頑張ってくれ。ワタシは応援している。夢有る女性の味方だ」

 素直に微笑んで彼女に頭を下げた。

「はい――……! ありがとう御座いますっ」

 その言葉を受け取ってアキも頭を下げる。
 そして顔を上げたと同時に、カルナに抱きつかれた。

「わぁっ!?」
「――うん抱き心地もいい。ふふ。本当に可愛い。そっちの条件でいい。妹になってくれ」
「あああのぅ!?」
 ゾワゾワと背中で艶かしく蠢く指先が不安と色々な物を動かして危機信号を放つ。
「ふふっいやだなぁ……可愛がるだけさ……ね?」
 ツゥッと背中を指が這った。
「ひぅっ! あ、ははは! わたし、試合始まりますので!! 失礼します!!」
「あっ……」

 自分の腕から消えるように逃げ去っていくアキの背中をカルナは残念そうに見送った。


(はぁはぁはぁー! 危なかったー! こわかった〜!)
 全力で逃げてきた段上。
 違う意味で息が上がってしまった。その呼吸を整えつつ、目の前を見上げた。




 息が止まった。その場に立っていた存在に恐怖して。
 鳥肌が立つのと平行して彼女の髪の色は真っ青に変色した――
 周りから見た人間は何事かと声を上げた。
 見た目には立っている騎士の前で彼女が戦闘モードに入ったように見えたからだ。

 グラネダの銀の騎士団長、バルネロ。

「――これより! 決勝戦、騎士団長バルネロ・ディーン・クロストロフ対
 アキ・リーテライヌの試合を始める!! 双方準備はよろしいですか!!」

 巨躯は山のように見え、アキは数歩足を引いた。
 審判の声を聞くには騎士団長。
 実際彼女とは頭三つほどの身長差があり、毅然とした態度でそこにただ立っていた。
 それだけで彼女を数歩引かせる威圧感があり、息が詰まるような空間密度を作り出していた。

「――お初にお目にかかるアキ・リーテライヌ殿。
 某はバルネロ・ディーン・クロストロフと申す者……以後お見知りおきを。
 娘達がご迷惑をおかけしている」
「――っ、――む、娘って……あの、カルナディア様とロザリア様でしょうか」

 何とか声を絞り出した。掠れて聞きにくい声だがアキにはそれが精一杯。
 ただ鎧を纏い立っているだけの存在をこんなにも恐れるのは久しい。

「そう……血の繋がった親子では御座いませぬが……騎士の絆で繋がった列記とした某の娘たちで御座います。
 妙な癖をもっておりますが根は皆良い子だ。許してやって欲しい」

 その言葉には優しさが伺えた。
 少しだけ緩和された気がしてそれでも髪の色はブルーのまま彼女は答える。

「はい……カルナディア様はわたしを応援してくれましたっ。
 だから大丈夫ですっ全然っ……チョット苦手ですけど」
「――そうか。ありがとう。して、貴女は竜人様とお見受けする。
 仮神化……見事な反転が貴女には見られる」
「はい。仰る通りです」
「――そうか――……数奇なる運命の子。貴女は戦場に居れば不幸を沢山見る。
 その覚悟があってここに立つのだろうか?」
「はい。守るべき人たちの為に。この力を役立てたいと思います」
「しかと聞かせていただいた。
 では。その覚悟を戦場に立つ者が試してみよう」

 ズァッ――!
 今までとは比べ物にならない威圧。明確な殺意が飛んで来る。
 アキだけではなく周りの人々が皆同様にその心象的な衝撃を受けていた。
(殺される!)
 息が詰まる。戦意が萎縮していく。泣きたくなる。

「――どうなされた。仮神化が解けておられるぞ」

 絶対的な恐怖だった。
 何をやってもこの人には絶対に届かない。
 かつてコレと同じ事をやった人は、半狂乱になって振るった自分の剣を一切掠らせなかった。
 ダメだ。
 ダメだ。
 ダメだ。
 逃げて。逃げないと。
 アレはもう人じゃないのだ。
 神の領域のモノ。
 命名者――トラヴクラハと同じ領域。
 触れられない。
 届かない。
 負ける。



「……あ――……!」

 涙が出る。
 まるっきり大人と子供。
 大人のように強いのだと、威張る子供を叱り付けるような。
 逃げ出したい恐怖はいつだって――絶対的な存在に怯えるからだ。
 アキはまた数歩下がる。そこで、あれ、と、気付いた
 すでに後が無かった。いつの間にか。
 随分と遠くにいるのに、こんなにも怖い。
 それはまだあの騎士の一撃の範疇に居る事が分かってしまうからだ。
 きっと、その一撃は見えない。何時来るのかも分からない。
 理屈じゃなくて全身全霊が恐怖する。
 いきなり足の力が抜けて、座り込んでしまう。
 その気が狂いそうな空間の中で――異変が起きた。


「ああっああああああああああああ!!!」

 追い詰められた人間は逆上し、冷静を失って襲い掛かる場合が多い。
 再びブルーに染まった髪。そしてアウフェロクロスが出現する。
 その剣の赤みがかっていたその模様すら青く染めて自らの目の前に突き刺した。

「わたしには!! この大会で得なければならないものがあります!!
 ここで……!! こんな所で引くわけには行かない!!!」

 下げていた顔を上げてその騎士を睨む。
 グリーンだった瞳は緋色に変わった。
 髪の色、武器の色。そして瞳の色まで変える強い加護を持っている彼女に騎士は驚く。
 髪や武器の色が変わるのは知っていた。
 加護の力の干渉はそこまで来れば絶大。
 彼女の身の回りの術式ラインが真っ赤になって浮き上がった。
 加護が溢れてマナが溢れている。
 術式ラインがそれを受け止め、彼女の肉体の力として戻している。
 彼女は恐怖を振り払い、竜の咆哮のように声を張った。
 人として恵まれすぎた加護を受けその中で彼女は更に愛されてきた。

 その、力が。――溢れる。


 だんっ!!

 アキは十歩以上の距離を一歩で詰める。
 赤い術式ラインが彼女の軌跡を残し、光の残光が真っ直ぐ残った。
「断罪の一線:無から無へ<エクスニヒロ・ニヒル>!!!」
 迷わずその技を行使する。
 ブルーの髪とブルーの剣はその色に反して赤色の軌跡を帯びる。
 正円の軌跡は途中で斜めになり、歪な円を描く。
 剣が騎士のすぐそばで彼を避けるように曲がったのだ。
 それが聞かないと分かれば次。
 彼女は容赦なく大剣の剣戟を浴びせ続ける。
 縦横無尽に剣を振り回し、鎖が不意を付いて振られる。
 だがおかしい事に全て彼の手前でその勢いの方向を変えた。

 アキは全力でその場から飛び退き、高く飛び上がる。
 射程距離が円錐状となり彼女の剣の届くところが全て攻撃範囲。
 その鎖は自在に伸縮し、剣はその重さ故に高速で地面へと吸い寄せされる。
 彼女の得意技であり、決めの技である。

「幾多の罪を赦し賜え<ジャド・ジュレーヴ>――!!!」

 真っ赤な華だった。
 彼女の放つジャド・ジュレーヴ。
 その剣の軌跡が真っ赤な線と曲線を描き、無数の目に焼き付けた。
 最後に放ったポェニテティアム・アギテの輝きが相手に当たった瞬間に一気に弾けた。
 その瞬間は蓮華のように綺麗に散り――空のブルーに消えた。

 凄まじいマナ放出量に当てられて、会場の一般人では何人かの人が呼吸困難などに倒れた。
 コロシアムの一対一に過ぎない戦いは戦争に匹敵する凄まじさで展開する――!

 ただその中で誰もが目を疑う光景があった。

 銀の鎧を纏うかの騎士は。

 ただそこに佇むだけであった。

 一歩も動かず。山のように。

 彼女が放つどんな攻撃も。

 一つも騎士の元には届いていない。

 どれだけ力を込めても。


  掠りもしない。


「――っ!」

 叫んでいる。
 一人の少女が呟くような声で。それでも必死に訴える。
 不安定な自らをギリギリで制御しながら。
 ただ、一つだけ。

「――――い」

 身に余る大きな剣を振るう。足りない。
 身に余る力を受け入れ体に負担をかける。足りない。
 身に余る術を行使し火花のようなマナの光りを散らす――足りない!

「――下さい」

 涙が出るが拭う暇もなくただ剣を振るう。
 視界がぐちゃぐちゃで本当に何がなんだか分からなくなった。
 だからもう、分からないまま剣を振るった。
 騎士がその言葉に気付くのにそう時間は掛からなかった。


「返して……下さいっ……!」



 ズガッッ!!!

 生身を叩く音がした。
 訳がわからない様子で、アキは剣の先を見た。
 その剣は騎士バルネロの右手一つで止められ、掌から零れた血が剣を伝った。
 現に今までバルネロは全ての攻撃を拳だけで受け流していた。
 力だけを込めて真っ直ぐに放たれる攻撃は容易く流す事ができた。
 アキは呆けたように騎士の姿を見上げて――

 負けたのだ、と理解した。


 自らの剣は一度も届かなかった。
 あの人には今までの攻撃が全て見えていて全部を弾いていた。
 燃え尽きた感覚が、体を支配していく。唯呆然とその場に立ち尽くした。
 見上げる事でしか見えなかった顔が目の前に居る事に気づいた。
 泣きながら目を瞑って拳を振るう子供の手を取ってその目を開かせた親のように。
 その顔は優しく笑っていた。

「某に傷をつける事が出来た。貴女の勝ちだ。アキ」

 呆けていて言葉も出ない。
 思考が追いつかない。彼女が失いかけていたものが徐々に戻ってきていた。
 彼女より先に審判の兵士が声をかける。

「し、しかし、総長殿!」
「良い。私は元々、そういう約束でココに立っている。
 ココには騎士の体面など気にしているような人間はいないのだよ」
「で、では……」

 兵士は下がってゆっくりと手を上げた。

「決勝戦!!! 騎士団長バルネロの降参により!!
 アキ・リーテライヌの勝利!!!」



 ――しん、としていた。
 誰一人言葉を出さず、ただ文句も言わなかった。
 パチ……パチパチ……!
 一人、二人が拍手をする。
 

「因って優勝は!! 挑戦者アキ・リーテライヌ!!!」

『わああああああああああああああああ!!』
 パチパチパチパチパチ!!

 会場の人間が総立ちして拍手を送る。
 その拍手が信じられなくて、まだもう少し理解の追いつかない頭の整理をしていた。

 そして、大きな拍手が少しだけ小さくなった時に彼女は泣き出した。

(勝った……っ勝ったよっお母さん――!)

 最初にそう心で叫んだ。
 もう無理だと思っていた。
 でも諦めたくなくて我武者羅に剣だけを振っていた。
 そして今はもう目的を達し、母親の形見を取り戻せる事だけで胸が一杯だった。

 急にコロシアムが勝利の騒ぎとは違うざわめきを含み始めた。
 アキは気付かなかった。
 よくわからない感動が押し寄せてきて、涙が止まらなかった。
 髪もブルーのままでその力が抑えられていないようだった。

「良い試合でした。リーテライヌ様」

 自分に向けられた声に涙を拭いながら顔を上げた。
 でもその声の主は自分よりも低い位置に居た。

「――……リージェ様……っ?」

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