閑話『アキを辿る竜の道5』



 周りを見ると審判も対戦相手だったバルネロも跪いていた。
 自らも慌てて膝を折ると顔を下げた。

「顔を上げてください。貴女に渡さねばならぬ物があります」

 顔を上げるとその全身が視界に入った。
 金色の柔らかい髪に凛とした真紅の双眸。
 まだ少女のようだがどこか大人のようにも見える。
 彼女はゆっくりと付き人から何かを受け取るとそれをアキに見せた。
 彼女が持っていたのは銀のツルギでもなく、ましてや賞金でもない。
 アキが最も求めていた――形見のペンダント。
 それを焔の神子がゆっくりと彼女の首にまわし、あるべき場所へと戻す。

「あ……ありがとう御座います……っ」

 また涙が溢れてきた。
 よかったと心の底から思いながらそのペンダントを握り締めた。

「泣かないで下さい。貴女は勝ったのです。
 難攻不落、山の如く動かぬ騎士団長バルネロに貴女は傷を負わせたのです。
 誇って下さい。貴女は強いのです。
 そしてこの国で最初の女性の勝者です」
「ふ、あっそ、そんな……っ恐れ多いです……っ」

 勝ちにしても不明な部分が多い戦いをした彼女はなんとも言い難い気分だった。

「良いのです。
 騎士団長も女性に甘いと分かったのですから次からは初戦からこうして戦っていただきます」
「神子様……」
「冗談です。咎めてはおりませんよバルネロ。貴方は立派な紳士です」
「恐れ入ります……」

(凄い……騎士団長様がからかわれてる……)
 アキはそんな事を思う。
 真紅の眼が自分に向き直るとまた自分に向かって微笑んだ。
 自分よりは幼い女性だと分かるのにどうしてか緊張してしまう。

「そのペンダントはロザリアから預かっておりました。
 ロザリアはトラヴクラハ様より貴女へと預かったと申しております。
 貴女が勝つと信じておられたようです」
「そうでしたか……」

 彼女からすればただの嫌がらせにしか見えないのだが。
 それは後々直接聞くので今は不問にしよう。
 それにそう言われればこの不当な勝ちにも意味があるような気がした。

「それと後にロザリアが謝罪をしたいそうです」

 謝罪とは頼みとはいえ彼女に嘘をついたことだろう。
 すぐにその意図は読めたので頭を左右に振った。

「……いえ。構いませんわたしには不要です。
 お手を煩わせました。申し訳ありません。
 我が父トラヴクラハにはわたしから言っておきます」
「――そうですか。わかりました。
 もう一つ言伝を預かっておりますが、これは貴女の意志次第なので改めてお聞きします」
「はい」
「――……焔の洗礼を受けられますか」

 洗礼を受ければ属性加護を得る事が出来る。
 属性加護は焔。必然的に水や氷に弱くなる。
 炎術系に特化し攻撃的な暗示を受けるようになる。
 

「強制では有りません。現にこの国の騎士達はバルネロ以外は他の加護を受けています。
 貴女が旅に出る人なのならば、色々な可能性があるります。
 だからわたくしファーネリア・リージェ・マグナスが焔の神メービィに代わり問います。

 貴女にわたくし達の加護は必要でしょうか」

 真紅の眼はアキの緋色の目を見て止まった。
 元々アキの眼の色はグリーンの眼をしているのだが激情の反動からか今だ姿が戻らない。
 ただ今はそれを焦るような気持ちも無く、その人を見上げた。

「はい」

 アキは考える間を殆どいれずそう答えた。
 彼女は彼女の意志で受けたいと思ったのだ。
 場に流された訳ではなくその思いからだった。
 焔の激情は時に自らの身を焼く。
 今日のアキがそうだった。
 自らの感情を制する事ができず、力を無駄に使って暴走する。
 それはあってはならないことだ。

 焔を知れば。それを制する事ができるのだろうか。
 焔を極めれば。あの騎士の様に冷静でいられるのだろうか。
 焔のように紅いその眸に食い入るように見入っていた。

 彼女はふっと優しい笑みを浮かべ、そして嬉しそうに頷いた。

「言伝の方は焔の洗礼を受けよ、と。
 必要は無かったようですね」
「――よろしく、お願いします」

 確信に近い直感が働く。
 授かるべきであると。


 その言葉を聞くと審判と騎士団長は深く礼をしてその場から去っていった。
 どうやらここですぐ行われるらしい。

「見世物のようですみません。
 本来ならば神殿で行うべきなのですが……」
「構いません。ちょっと、緊張しますね」
「ふふっそれもそうです。
 リーテライヌ様はそこに立っていてくださるだけで良いので緊張なさらなくても大丈夫です」

 よく凛とした表情の中に笑顔を見せる。
 その顔は歳相応に見え微笑ましかった。
 一度アキに背を見せゆっくりと大らかに両手を上げた。
 ざわめいていた会場がどんどん静かになっていく。
 そして腕を下げながら再びアキを振り返る。
 冷たい汗が背中を流れた。
 とても神々しい存在に見えた。
 白いドレスを着たファーネリアがその真紅の目をアキに向ける。
 刺すような視線ではなく、慈しむ様な澄んだ瞳で。


「――それでは。貴女に。洗礼の歌を」


 言って――眼を閉じた。


 透き通った声だった。
 周りの空気に馴染むように広がって、込められた祈りに体が熱を持つ。
 見上げる空のように爽快で日差しのように暖かい歌。
 小さな彼女だがこんなにも――凄い存在だとアキは思う。


 彼女の声が会場に響く。
 構造のせいか声が響きやすく皆が聞き入っているようだった。
 光る――。
 指で輪を作った程度の光が見える。
 赤やオレンジの光がフワフワとアキの体の回りに集まり、体に触れるとふっと消える。
 それは精霊と言われる存在で彼女へと焔の精霊が集まっているのだ。
 何処にいたのだろう。
 会場の至る所からその光は現れて二人の元へと集まっていく。
 試合が終わったばかりで温まっていた体から適度に温度が抜けていく。
 焔の精霊が集まり、アキのアルカヌム・ウェリタで起きた彼女の異常を取り除く。
 不思議な感覚だと思った。
 体から吸い取られていくのに力が抜けるような感覚ではない。
 むしろ違う力に満たされていくような気分だった。

 ファーネリアが歌う。踊るように精霊が舞台の上を漂い、歌の主とアキを歓迎する。
(――綺麗……吟遊詩人さんでもこんなに上手い人少ないのに)
 そう思いながらファーネリアに感心している。
 会場の人々も唯その姿に見惚れた。
 歌が終わりに近づくにつれて、段上が少し白い光を帯びる。
 そしてアキの周りに象徴である焔が現れた。
 温度の無い焔が一瞬アキを飲み込んで燃え上がった。
 少し驚いたがなんともないことを確認してだ自分の髪の色が元に戻った事を知る。

 ファーネリアが深く礼をする。
 精霊の光りが彼女の周りで名残惜しそうに浮遊してゆっくりと消えた。
 そして大きな拍手とざわめきが戻ってくる。
 夢から覚めたみたいに不思議な気持ちだった。

「――大丈夫ですか」
「はい……ありがとう御座いました」
「――反転なさっているのを見ておりましたが近くでみれると感激ですね」
 驚いたようにアキを見るのは完全に少女。
 神々しい先ほどの姿とはまた印象がかけ離れている。
「え、あっそういえば戻りましたね。もう大丈夫です」
「そうですか。良かったです。
 これから大会の閉会式と授与式になります。
 正式な授与は――国王様よりされます」
「はい」

「――それでは御武運を。貴女に焔の加護がありますよう――」

 ファーネリアが優雅に礼をしたのと同時に――高らかに管楽器が鳴り響いた。
 閉会の式の始まり。
 大きな拍手と同時に皆が立ち上がり本戦に出た選手が段上に上がる。
 そして最後、颯爽と登場する黒髪の王――ウィンド。
 やっぱり少し気が引けたが膝をついて頭を下げた。
 再建された国の初代の王となる彼はまだ若いといえる外見だった。
 彼かれ言わせれば随分と老け込んだと笑い飛ばすだろうが。
 やっとらしくなってきた彼は――誰もが認める王となった。

「――楽にしてくれていい。
 皆ご苦労だった!
 大会に参加してくれた事に感謝する!
 今回は初の女性優勝者だ。彼女に拍手を!」

 声を張って空に向かって両手を挙げコロシアム全体を見回した。
 雨のように降りそそぐ拍手にアキは立ち上がって礼をする。
 嘘みたいで夢見心地だったからか緊張は無かった。

「先見の戦いも見事だった。貴殿の意志の強さには感動を覚えた。
 洗礼もあった。ご苦労だったアキ・リーテライヌ殿」
「はっ。恐れ入ります」
「うむ。では――!
 優勝の証、聖銀の剣を。アキ殿、ここに」
「はい」

 ウィンドは付き人が両手に持つ布を解かせそこに見える銀の剣を持った。
「おめでとう」
 それをアキに手渡すとそう言って彼女を讃えた。
「ありがとう御座います」
 アキは二歩下がってその剣を抜いた。
 銀色に光を発し、すぐに収まる。
 綺麗だと感想を持ったがそれよりずっと嬉しい気持ちが湧いてくるのが分かった。
 剣を胸の前で持ち、真っ直ぐ立てると国王に向かい小さく礼をした。

 そしてその剣を大きく振り上げ観衆に向かって剣の光を見せた。

 再び拍手と歓声に包まれる。

(お父さんは見てるのかな――?)

 剣を仕舞いながら少しだけ探してみたが見つかりはしない。
 ちょっと残念だったが後で報告もするし大丈夫だと括り国王の言葉を待った。

「――よし。後は皆で祭りを楽しんで欲しい。
 今年も実りを豊穣の神に感謝し、この戦いを戦女神に感謝する。
 これにて!!
 武術大会を閉会とする!!」


 最後の歓声と拍手。
 疎らに拍手は消えて行き、人々は会場から去っていく。
 選手も騎士以外は殆ど居なくなってアキも退場するべきかなと考えて振り返ると騎士に囲まれている事に気づいた。

「へっ!? わっ!? ど、どうなさったんですか皆さん!?」

 ぐるぐると回るアキがおかしいのか騎士達が笑顔で彼女を見る。
 ちょっと回りすぎてふら付いた所王様に支えられる。

「ははっいや見事。毎年の事なのだが好きに勧誘するといいと言ってある。
 閉会したあとからが争奪戦だ」
「そ、そうなんですか?」

 整列っと王様の一声。
 段上の騎士たちは隊号順に一列に並ぶ。
 七人の騎士隊長が一同に揃う光景は珍しいものだった。

「では私から。第5騎士ロザリア・シグストーム隊。
 予選から見解は変わっていない。是非私の隊に来て欲しい」
 ロザリアが最初に前に出る。
 実は敗者復活枠で本戦にも出ていたのだが二回戦で敗退している。
 その後は警備の任に戻ったが控え室に出入りできたのはその為だ。
「第6騎士カルナディア・テンペスト隊。
 右に同じく。待遇は保障するし何より君が欲しい」
 やっぱり鳥肌がたってアキは苦手だと苦笑いする。
「第3騎士グランズ・ボーグリッツ隊。
 戦えなくて残念だ。だが見ているだけでも実力は分かるつもりだ。
 俺の隊は平民出の奴が多い。来るなら歓迎する」
「へぇ意外だな。君もアキ君狙いだったとは」
「うるせぇ色モノ。黙ってろ」
 
「では某が。第1騎士バルネロ・ディーン・クロストロフ」

『えええ!?』

 騎士二人が声を上げる。
 グランとカルナがその人を見上げた。
「総隊長が自ら!?」
「なんだ不満か」
 壮年の顔がグランの反応に笑う。
「いえ……本当に珍しいな、と」
 正直な感想を述べるカルナ。その言葉に皆同様に頷く。
「ふむ……某も同じ意見だ。アキ殿は非常にいい強い力と心の持ち主だ。
 まだまだ貴殿強くなれる」

「じゃ、ワシが最後か。国王のウィンド・トール・マグナスだ」

『えええええ!!』

 後ろから声がしたのに驚いてアキが驚いて振り返る。
 ニヤニヤと確信げに笑ってアキを見ていた。
「こ、国王様!?」
 カルナが珍しく声を荒げる。
「何だよ。ワシも欲しいぞ。
 主な仕事内容は神子付きの護衛。
 基本的に第1騎士隊だが近衛兵だ」
「けほっけほっ……!」
「ロザリアが咽てるぞ。王様、そいつぁ破格待遇過ぎやしませんか」
 グランズが王様に言う。態度は変わらないが彼なりに丁寧なつもりだ。
 元々ウインド自体が気にしないので咎められる様な事は無い。
「それじゃ理由だが。
 ますその歳なら私の娘らと近い存在になれよう。
 バルネロが誘うぐらいだしな。何よりトラヴクラハの娘だ。信用にも足る」

 なんだか遠くなってきた意識を何とか留めて思考する。
(えっと……、第6、第5、第3、第1、近衛兵? 神子様付きのええええええええ!?)
 目の前ではトラヴクラハの娘という事実で皆目を丸くしている。
 バルネロとロザリアは知っていたので頷くだけだったが。
「そりゃ強え訳だわな」
「ふ、ふふっいいなぁますます可愛いっ」
「第7騎士アルゼマイン・ビオード。是非結婚してください」
 全員の間をすり抜けてアキの前に出てきた男がギュッと両手を掴んでそういって来た。
 競争率が高すぎて傍観を決め込んでいた騎士面々の一人だった。
「ああ! アルゼ抜け駆けはずるいぞ! アキ殿はワタシが貰い受けるのに!」
「あの、嫌です」
 何となく本能で言葉を発してしまった。
『ぐはぁ!』
「一刀両断だねぇ。第7隊と第6隊は撃沈な」
グランズがカラカラと笑いながら二人を後ろに引き摺る。
「第2騎士ヴァース・フォン・サクライス隊。
 ここまでくれば争奪戦に参加しない道理は無いと判断した。
 総隊長殿ほど有名な隊ではありませんが前線に立つ事が多い最も活躍できる隊です。
 貴女のような方が必要な隊です……是非ご検討を」
 今まで後ろで黙っていた男性の一人が一歩前へ。
 端正な顔の男性で貴族出なのだろう、セカンドネームが有る。
 そういえば最も女性ファンの多い騎士が第2騎士だと聞いた事があると思い当たる。
 納得のいく容姿と強さを備えている彼ならばと言うところだろう。
「第4騎士アレン・ゾード・チェリサーム隊。
 ……特に言う事無い。どの隊にも入るのが嫌ならウチに。
 あまりチヤホヤしないぞ。他の兵士と同じ扱いだ」
 最後に前に出たアレンと名乗る彼もまた貴族の出の騎士だった。
 自らにも他人にも厳しいと言われるが優秀な人の多い隊だと聞いた事がある。


 ――実に爽快な光景だった。
 全隊とさらに近衛兵まで勧誘がきている。
 今度こそ本当に卒倒しかけてヴァースに支えられる。
 本来なら背景にお花とか散らして恥ずかしがったり恋したりするんだろう。
 そんなものが許されない緊迫した彼女の返答待ち。
 正直試合より生きた心地がしなかったと言うのが後の彼女の名言である。

「あ、あのっ全部無理ですっわたしは、そんな騎士とか向いてないですっ」
 ワタワタと何処を見ればいいのかわからない眼で答える。
 グルグルと視線をまわしているとまた目が回ってカルナに抱きかかえられた。
「何。なってみると意外と馴染む」
「ううっその、わたしは騎士じゃなくて――竜士団に」
「何!? まだあったのか!?」
 グランズの目が輝いた。
「……竜士団を再建します」
「何っ!? やっぱ無いのか!?」
 チョット残念そうに言っている。結構興味があるらしい。
「そういえばグラン、竜士団がどうとか言ってなかったか」
「ああん!? やっぱアレンてめぇ俺の話きいちゃ無かったな!?」
「ははは」
「竜士団は最強の騎士団だ! 戦争を集結させる誇り高い一族なんだよ!」

 怒鳴るグランを笑いながらかわすアレン。
 実に仲の良い騎士達。
 それにその言葉は嬉しかった。

「そうか再建となりゃこんなトコ居る場合じゃねぇな!」
「こんなトコとは失礼な」
 意外にも助け舟を出したのはグラン。
 彼もまた英雄に憧れてその武器を振るう人間。
 彼女の邪魔をする気はサラサラないようだ。
「――そうか。成すべき事があるなら。それを成すといい。
 皆、残念ながら今回はダメなようだ。諦めて仕事に戻ってくれ」
 国王がそう言うと騎士が皆一列に並び礼をする。
 そしてあっさりと自分達の仕事へと散った。

「健闘を祈る」
「ご武運を。また戦女神のめぐり合わせが有れば戦場で会おう」
「はいっありがとう御座いますっ」

 ロザリアとカルナディアとは握手をした。
「それとすまなかったアキ殿……貴女に嘘をつくような真似をして」
「いいえ。それは悪いのは父です。大丈夫ですわたしが叱っておきます」
「おお。天下のトラヴクラハを叱るとはさすが優勝者だ。今度ワタシの部屋に来ないか」
「いいえ。遠慮しておきます……」
 それは全力で断って二人で残念がるカルナディアを笑う。
 そしてすぐ別れの時は来た。
 二人はいつでも訪ねてくれとアキに手を振った。
 とても名残惜しいと思ったが彼女は笑顔でその言葉を受け取り彼女等を見送った。

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