閑話『アキを辿る竜の道6』
*アキ
走っていた。
早くあの人にこの事を伝えようと思って。
あの人の思惑通りになってしまっているのはちょっと不満だけれど。
帰り道は月明かりに照らされていて十分明るい。
気分が昂揚しているせいかさらに明るいように思えた。
片道数時間。
歩けばそんな距離を1時間掛からず走破した。
間違いなく今過去最高にテンションが高い。
流石に家を前にして息を切らして息を整えるように少しだけ歩いた。
顎から汗が落ちるほど体が温まっていて何をやっているんだろうと一瞬思ったが
嬉しいのだから仕方無いと結論付けた。
月を見上げながら上機嫌に家路を歩く。
優勝の証の剣が腰でキラキラとしている。
細身の剣で軽くて使いやすいのだが逆に軽すぎて困った。
重い剣に慣れているとやっぱり多少は重いほうがしっくり来る。
だからこの剣はやっぱり飾っておく事になるだろう。
家の中で飾って置ける場所を探す。
やっぱり自分の部屋に置いておくべきだろうか。
棚の上……? いや、あそこは人形達の居場所だしなぁ……。
釘とか打って飾ってみようかなぁ。
家に着く。
明かりがついてない――?
おかしいな。お父さんが居ればもう明かりはついているはずなんだけれど。
わたしを置いて寝るなんて事はした事の無い人のはずなんだけど。
いや疲れているなら全然構わない。
だからちょっと心配になってそっと家に入った。
「ただいま〜……」
静まり返った家。
なんだか折角いい気分で帰ってきたのに冷たいなぁ……。
とりあえず荷物の為にトコトコ自分の部屋に向かう。
ついでにそっとお父さんの部屋をのぞいてみた。
――あれ、居ない……。
部屋にとりあえず荷物を置く。剣は布にくるめたまま、棚の中にしまった。
布には特殊な術式が書き込まれていて、モンスター化を防ぐ事ができる。
長期においておくならそういう施しをしておかなければならない。
この家は家自体がそういう術式に保護されているらしいので大丈夫だ、とお父さんは言っていたけれど。
で――お父さんは何処に行ったんだろう?
おかしいなぁ……まだ祭りの方に居るのだろうか。
それはありえる。
それかお昼から何かお仕事をやってまだ帰ってないって事もある。
遅くなるような仕事も良くやっていた。
でもこのタイミングでやらなくてもいいのにっ。
なんだか段々腹立ってきたので下の階に下りる。
ランプに火を入れると何故かちょっと和んだ。
コレが火の加護かなぁなんてポワポワした気持ちでお風呂に入る事にした。
火の術印にマナを通すとすぐにお湯が出来上がる。
相性が上がったせいかいつもより簡単に終わった。
小さい実感だがとても有意義だと感じて鼻歌を歌いながらシャワーを浴びた。
ポカポカした体でお風呂から出て食材を取る。
帰る前にチョット買い物してきたので良い物が作れそうだ。
あっしかもコレ相性上がったから火が楽に使える。
料理でさらに気分が良くなって上機嫌に料理を始めた。
優勝祝いって事で美味しいもの。チョット奮発して買った。
賞金は沢山貰ったけど、無駄遣いも良くないし。
破った服の変わりになる動きやすいものと新しいブーツを買って帰った。
――旅に出るなら、と足に一番合ったものを選んで。
そして食卓に二人分を並べる。
遅いなぁ……。
お父さんが怪我をしたりすることはあまり考えられないけど、心配だった。
なんていうか心配もしているし、褒めてもらいたくてうずうずしている自分は子供。
待つために椅子に座ろうとして――……一枚の紙に気付いた。
何で椅子の上に?
アキへ
優勝おめでとう。
バルネロには勝ったとは言い難いがあの気難しい男に負けを宣言させただけでも立派だ。
誇らしい気持ちになった。
ペンダントの件は謝っておく。
神子様に返していただくようにロザリア殿に頼んだのは私だ。彼女を責めないで欲しい。
甘くなって負けるようでは伸び悩んだときに折れて伸びなくなる。
その気持ちを忘れるな。
急な話だが……私は家を出て行くことにした。
天意裁判<ジャッジ>が近い。
今までは竜の特権を与えられやり過ごしてきたがもう私も長くは持たないだろう。
すまない。
愛する娘へ。
立派に育ってくれて嬉しかった。
お前はお前の道を見つけると良い。
頑張れ。
「なんで……っっ」
なんで、わたしに何も言わずに行っちゃうのかな……!
バンッ!!
家をはじけるように飛び出す。
帰ってきたときと同じように。いやそれよりも早く走る。
月明かりを頼りに道を走る。
少し、雲が空に見えた。
ガサッと草の陰からモンスターが出てきた。
そしてわたしを追いかけてくる。
「――今は相手してられないの!」
それでも襲い掛かってくるモンスターを倒す。
大剣を振り回して大きな熊を一刀両断。
そしてまた走り出す。一分一秒が惜しい。町に行って聞かなければいけない。
父の部屋にはいつも愛用している金色の鎧が無かった。
だからアレを着て歩いているのでとても目立つ。
でも目に入ればと言う話であの人は気配を断つのがとても上手い。
注目されてもどこどこに居たという印象が残るだけで何処に行った、までは分からないことが多い。
居たのは分かっている。行き先を知りたい。
あの人に――! 追いつかないと!
街についてから街中を駆け回った。
一番街や二番街でよく飲んでいた父はココには知り合いが多い。
そのお店で沢山の人に聞き込みをしたけど全く知らないといわれた。
色々な打ち上げや祝杯がなされていてあまり聞いてくれる人も居なかった。
夜の街を走り回る。
優勝者だったので色々と冷やかされたがそんな声は全く耳に入れてなかった。
「オイ! 待てよ!」
「っ!? なんですか!」
「だから、人の足踏んどいてそりゃねぇだろ!」
「すみません、急いでいるので。不注意でした。申し訳ありません」
「はぁ!? そんなで許されると思ってんのか!?
優勝者だから何しても許されると思ってんのかぃねーちゃんよ!」
「だ、だからごめんなさい、急いでるんです」
酒臭い男に絡まれる。
大会を見ていたのだろうか。妙に絡んでくる。
「誠意がみえねぇ! ねーちゃん金持ってんだろ? 金くれよ金」
「お、お金ですか……」
「あーいてぇな足が! 折れたぜこれ! おい!」
ああ、イライラする。
でもここは穏便に……。
「は、はい」
青いお札を一枚出して渡すとそれをひったくるように持って何処かに行った。
――……気にしても居られない。
私はまた町を走り出す。
もう夜も遅く、お店も閉まりだした。
空いている酒場は全て回った。
もう、打つ手が無い。
もう――お父さんには、会えない。
「う――あっ」
涙が出てきた。
どうして――
何も言わないなんて、酷すぎる。
その為の旅に付いて行きたかったのに。
わたしが勝ったから出ていくなんて酷すぎる。
負けてしまえばよかった。
たった一人の家族なのに。
居なくなるなんて、酷すぎる。
誰も居ない噴水の広場。
その中心で一人声を殺して泣いた。
結局子供だったわたし。
きっと先に事実を聞いていたらきっと大会には出なかった。
お父さんと暮らし続ける方が幸せで、迷い無く暮らせる。
ジャッジに巻き込まれるのだって構わない。
お父さんと一緒なら。乗り越えれる気さえした。
優しく撫でられる記憶も強く叱られる記憶も一緒になって溢れる。
何で居なくなるのか理解できない。
巻き込んでくれるのは全然構わない。
これじゃ何のためにわたしは強くなったのか全然わからない――っ。
目標だったものが無くなって。
その辛さだけが悲しくて。
涙は一向に枯れなくて。
泣き続ける。
時々通りかかった人が声をかけてくれたけど。
何も答えることなく放っておいてくれと泣いた。
多分。その場で寝てしまったはずなんだけれど。
目が覚めたら自分の家で。
どうやって帰ったのか全く覚えていなかった。
起きるのがとても億劫だったけど頑張って起きて。
いつも通りの身支度を整えて水分が足りない気がして何か飲もうと部屋から出た。
階段を下りてテーブルを見る。出かけた時のままの食事が残っていた。
きっと冷たくなって美味しくないだろう。
それを考えるだけで憂鬱になった。
でもテーブルにひとつ、変化があって驚いた。
――……一人分が食べられている。綺麗に彩りようのパセリまで。
テーブルに近寄るとまたメモを見つけた。
『ご馳走様おいしかった』
それは――紛れも無い、父親の文字で。
娘を想う最後の優しさだった。
「アキちゃん、手伝い有難うね。あ、コレ今日取れたやつから。
今が旬だからねぇパング肉」
「あはっですね〜。今が一番美味しいです。
ラジーの方もまだ残ってるのでまた明日にスープにします」
「うん。栄養もあるしお肌にもいいってねぇ。
アキちゃん若くて可愛いんだから、そろそろ好い人見つけなよ?」
「なんなら俺が」
「アンタは黙ってなさい」
「はい……」
「ふふ。仲いいですね〜。じゃぁわたし帰りますね」
「あぁ。ありがとねぇほんと」
「はいっ。それじゃまた」
老夫婦の放牧のお手伝いをしていた。
そろそろ引退か、と呟くおじさんが営むラジーやパングの牧場だ。
市場へとラジーやパングを引き連れて歩き、得意の肉屋さんに卸したりする。
先日も売りに行った。中々言う事を聞いてくれなくて困ったが。
ちょっと高い場所にあって、これから山を下る。
道を真っ直ぐ降りればサイカの村は意外と近い。
少し帰る気分では無いので寄り道をしてみる事にした。
森の中にラトラスという紫の果実がなっているのだが今が収穫時なのだ。
さすが実りの時期。色々美味しいものがあって嬉しくなる。
そういえば久しぶりに遠くから神子様の姿を見た。
シキガミ様の事でお告げがあったようで名をコウキと言う黒髪の少年だそうだ。
どうやったら会えるのか分からないが見かけるようなら声をかけてみてもいいかもしれない。
長い月日が過ぎ去った。
もう1年も前になろうか。
ガサガサと森に入りながら思う。
あっという間だった。過ぎたから言える。
お父さんが居なくなって数ヶ月塞ぎこんだ。
でも村の人が気にかけてくれたりして、どうにか持ち直した。
何か仕事を、とココを紹介もしてくれた。
まったりとした仕事で老夫婦もとてもいい人でとても癒された。
お肉を持っているのであまりぐずぐずもしていられない。
モンスターとかに会っても大丈夫だがお肉が痛まないか心配だ。
最近はこの辺に出没するのを止めたのか余り会わないのだが。
お肉の入った袋と果実を持って帰るように上着を脱いで即席の袋を作る。
汁の出るようなものではないので大丈夫だ。
地面から手ごろな石を探し出して木を見上げる。
「よっ」
おいしそうな実の付け根を狙って小石を投げる。
ピンッと綺麗に当たって落ちてくる。それを地面に落ちる前に取ると袖で拭いてかじりついてみた。
うん。美味しい。
この生活に戻ってからは本当に何も無かった。
ずっと平和で穏やかな日々。
それに慣れてしまった。
一人で食べるご飯もやっと美味しいと思えるようになった。
大会の優勝賞金も殆ど使わずに持っている。
銀の剣はあの日以来棚から出していない。
自分を押さえ込んで、隠して。
穏やかに――生きていた。
諦めていた。
「あ゛あああああぁぁぁぁっっっ!!!」
いきなり叫び声が聞こえた。
穏やかな月夜に似合わない必死な叫び。
誰かモンスターに襲われている――?
わたしはその声の方向に走った。
閃光のような光が崖の方で見えた。
手遅れになったら大変――。そう思って全速力で木々の間を走った。
間に合って――!
満月だった。
崖の上から見える景色は壮大でこんなにもこの大地が広かった事を思い出させてくれる。
断崖絶壁の吹き上げる風は水飛沫を帯びている。
下に大きな滝があるそうなのだが事実かは知らなかった。
ちょっと開けた場所で崖からも十分な距離がある場所だった。
そこに、誰か倒れている。
荷物を捨ててその人に駆け寄った。
「大丈夫ですかっ!?」
叫んだが返事が無い。
――だが息はある。
うつ伏せに倒れていて、背中に傷があるのが見えた。
触れてみるとべったりと血が付く。
「――っペンダント――!」
そう思って、胸元に手をやるが――それは無い。
あの日以来、部屋の鍵付きの小箱にブレスレットと一緒に大事にしまってある。
――もう、使う事は無いと思った。
怪我をしても自然治癒に任せていたし、大怪我なんて無いと思っていた。
それは結局自分だけの話で人のことじゃなかった。
自分だけで精一杯だったわたし。
瀕死の人を見る。血があふれ出して止まらない――。
放っておけばその人は死ぬ。
居なくなる。
「助けなきゃ――」
助けなくてはいけない。例えこの人が悪人でも。
もう。
もう……!
わたしの前から、誰かが居なくなるなんて許せない事だから……!
応急処置の為その人の服を切らせてもらう。
背中は縛りづらい。上着を脱がせて白いカッターシャツに真っ赤に広がる血を見た。
眩暈がした。それでもその服を折って、その人をきつく縛る。
そして背負うと揺らさないように走り出した。
折角貰ったお肉だったけどその場に置いて。
時々苦しそうに唸っていて気持ちが焦った。
ハングリーベアなら恐らく丸腰じゃ勝てない。
強いタイプと当たればわたしより早く動くし高く飛ぶ。
この辺りには居ないはずなんだけど見かけたと有れば必ず討伐隊が要請されるほどの敵だ。
「……っがっっ……!」
その人が口から血を吐いた。
背中から器官までとどいてるの――!?
爪で引っかかれたって事はグールウルフだろうか。
ああなら事は更に急がなきゃいけない。あの爪には毒があるのに――!
「どうしたアキちゃん!」
村の入り口辺りを走っていると前から声をかけられた。
「だ、ダルフ小父さん、っ人が、倒れてて怪我してるんですっ背中……!」
「ナンだってー! そいつぁ大変だっ! アキちゃん、そいつぁワシが運ぶ!
家帰って先に準備しときな!」
「あっはいっ分かりましたっ」
その人はダルフ小父さんに任せてわたしは先に走る。
自分の家に駆け込むとお湯を作って、お父さんの部屋に場所を作った。
そして自分の部屋に入ると机の奥のアクセサリー用の小箱を取り出す。
「お母さん――っ!」
そしてベッドの枠に隠していた鍵を取り出してそれを開く。
――ふわっと開いた瞬間に光を放った。
お母さんが待ちくたびれたと言っている様だった。
ペンダントを持って部屋を出ると丁度ダルフ小父さんが到着した。
お父さんのベッドに仰向けに寝かせて――ペンダントに、祈りを捧げる。
この人の傷を癒して下さい――!
フワッと白い光りを帯びて、その傷口に集まる。
「う――っ」
苦しげに一度その人が呻いて、すぐ穏やかな寝顔になった。
「――よ、よかった……間に合ったぁ……」
「ふぅ。しかし一体誰だコイツぁ? もしかしてついにコレかああん?」
よからぬ指を立てて突いてくる。
ダルフ小父さんはお父さんが居なくなってからわたしの父親代わりを買ってくれた人だ。
豪気な人で手荒いが不器用なだけな人だ。
「ち、違いますよぅっ森で倒れてたんですっ」
「捨て子にしちゃでけぇしな……黒髪ってのも王様ぐらいしかみねぇしな」
言われて初めて気付く。
真っ黒な髪をしていて、少年――といえる顔立ち。
わたしよりも少し若いだろうか。歳は近いハズ。
最近それと同じ話を聞いた。
黒髪の少年。――焔の神子リージェ様のシキガミ――……コウキ様。
「……まさか……?」
「どうかしたか?」
「……いえ。でも、もう大丈夫ですダルフ小父さんありがとう御座いました。
後はわたしが見ておきます」
「おう。ってぇ女の子が一人で大丈夫かい」
「わたしを誰だと思ってるんですか?」
「……へぇへぇ。強い女はもてねぇぞ?」
「ほ、ほっといて下さいっ」
ちょっと……いや、かなりグサッときた。
男の人は自分より強い女性を敬遠するらしい。
……確かに男っ気の無い自分に納得してみる。
「はっはっは! じゃぁオレぁこんで帰るわ。しっかり見てやれよ」
「はいっありがとう御座います」
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