閑話『アキを辿る竜の道7』


 ダルフ小父さんを見送って洗面器にお湯を溜めてタオルと一緒に持って上がった。
 とりあえず凄い汗をかいていたようだから体を拭いてあげないと。
 牧場のおばあさんとかを看病する時に良く拭いてあげた。
 何となくやろうと思ったことなんだけど――。
 お、男の子の服を脱がすのかぁ……しかも同年代の。
 途端にすごく恥ずかしい気がしてきた。
 周りには同年代の子って居ない。
 居ても皆街に嫁いだりしてこの村は過疎化している。

 男の子を前にして固まる。
 父親ならまだ普通に出来ただろう。
 でも――何故かわたしは何もせずに赤面している。
 やましい事は考えてない。無い!
 ほ、ほらっ年頃の女の子だし……。
 全くその通りであって純な自分にハッとすると
心を無にしてお湯が冷めてしまう前に作業と割り切って取り掛かることにした。

 ボタンを外す手が震える。
 今起きられたら、凄く恥ずかしい。
 わたしが襲ってるみたいだ。
 だから細心の注意を払ってそのボタンを外す。
「ふぅ……」
 そしてその作業が終わる。
 意識するなっ……しっかりわたし!
 ドキドキしながらその人を見る。
 体には――傷……?

 なんだろう……沢山小さな傷がある。
 それは……例えば、倒れて付いたみたいな小さな傷。
 全部治ってはいるのだけれど――傷として残ってしまっている。
 ちょっとだけ……可哀想な気がして指先でその肌に触れた。
「……っ」
 ピクリと彼が動く。驚いて手を引いた。
 だが彼はまだ寝ているようだ。
 また自然に体に目が行ってしまう。
 筋肉的な起伏には鍛えてる感はある。
 ただ少年的でお父さんみたいにゴツゴツしていない。
 はっ何マジマジみてるのっ。
 ぷるぷると頭をふってタオルを絞った。
 そしてそっとその体を拭く。

「ん……」
 ビクッとわたしの体が跳ねる。
 起きた……!?
 いやっ起きてない……。
 もう一度体を拭き始める。
「ふ……」
 ……
 ……拭いてみる。
「ん……」
「お、起きてます……?」

 ……起きては居ない。
 規則正しい寝息を立てている。本当に寝てる。
 も、もしかしてこんな感じで進めないとダメなのかなぁ……?



 はぁっはぁっ……!
 なんだかもうギリギリだった。何がと言われれば黙秘させてもらうが危なかった。
 妙に動悸の激しい胸を押さえてすっかり水になったそれを捨てに階段を下りる。
 裏口から外に出て何となく激しくその水を捨てるとわたしもお風呂に入る事にした。
 この熱いのはお風呂のせいにしよう。そうしよう。







 そして――夜が明けた。
 遅くに寝た割にはいつも通りに目が覚たので、彼の様子を見てみることにした。
 部屋をのぞいてみるとまだ寝ている。
 一応水差しを机に置いているのだがそれも減っていない。
 まだ一度も起きていないのだろう。
 とりあえず自分の朝食を簡単に済ませ、今日は看病してみる事にした。

 お昼を前に彼は目を覚ました。
 なんだか魘されていてどうにかしてあげたいと思っていたら、いきなり跳ね上がるように目覚めた。

「大丈夫ですか?」
「……うん。大丈夫」
 思ったよりも低い声。
 やっぱり男性なんだなと思った。
「背中の方の怪我は治させていただきました。他に痛む場所はありますか……?」
「治した? え、あの怪我を?」
 言うと背中を見ようとしたり触れてみたりしている。
「治ってる…… どういうこと?」
「あ、はい。私のアルマを所有しているので、僭越ながら治させていただきました」
「アルマ……? えっとここは…」
 混乱の最中にあるようだ。なので出来るだけ最低限の言葉で彼の言葉に答えることにした。
「はい。サイカの村です」
 そう言うと彼は何となくまた混乱したような顔をしてベッドから足を下ろした。
 一人で考えているようなのでこちらからも質問を投げかけてみる事にした。
「あの……なんであんなところに?」
 なるべく彼から視線を外さずその一挙一動を見守る。
 もしかしたらと言う可能性はまだ捨てきれない。
「あんなところ……あの谷のとこ? ……ごめん俺何も知らないいんだ」
 本当に申し訳無さそうに頭に手をやる彼。
 何となく毒気を抜かれる。
「……なにも?」

「……信じてもらえるか分かんないけど。俺、空から墜ちてきたんだ」

 空から――落ちてきた少年。
 本人も訳がわからないと。
 それは――殆ど確信に変わってきた事実を口にするに十分だった。

「……貴方は、もしかして……コウキ……様?」

「?」

 その名前に反応する彼。
「俺、名前言ったっけ……?」

 それが――。
 運命を動かす少年との出会いになった。

 涙が出た。
 彼を助けた事には意味があった。
 わたしは誰かの役に立てた。
 誰かに失わせずに済んだ……っ。


 不思議な話を沢山聞いた。
 デンキがどうとかガスコンロが凄く料理しやすいとかアイエイチがダメだとか。
 なんだかとっても話し上手で話が面白い。
 色々友達と楽しく過したりなんだかそんな生活に憧れるわたしには全部輝いてて――。


「アルマって何?」
 興味しんしんな顔で聞いてくる。
 無邪気な子供って感じで可愛いかなと思った。
「アルマですかっ? アルマはコレです」
「これ……?」
 さわっていい? と聞いてきたので頷いて手渡す。
「はい。これにマナを通していただくと発現します」
「……マナを通す? マナって?」
「え、えと、マナは人の中にも自然界にも存在する、無形の力です。
 その無形の力を”アルマ”に通すと違う形になって現れます」
「ふむふむ。魔力みたいな感じか……」
「マリョク?」
 その単語は聴いたことないので聞き返してみる。
「あぁ、いや、こっちのこと。どうやってマナって使うの? 気合とか?
 ふんっっっ!!!」
 こちらが何かを言う暇もなくとりあえずやってみるコウキさん。
 わたしのマナじゃないと反応しな――

 キィィィィィィィィィィン!!!

「な、なんだぁぁぁ!?」
「きゃぁぁっ!!」

 嘘――!?
 わたしにしか使えないはずなのに……!?
「あれ……なんともない」
 確かにお父さんには使えなかった。
 それなのに――コウキさんには何故使えるのだろう……
「だ、大丈夫ですか?」
「あははごめんアキ。変なことしちゃって……うわっ! 部屋すっげ綺麗!!」
 その声にわたしも辺りを見回す。
「え? ええええ!?」

 部屋が綺麗だった。
 十日に一度自分の部屋を掃除するのと同じ時にこの部屋も掃除をしていた。
 ――いつ、お父さんが帰ってきても良い様に。
 色褪せていたカーテンや、色濃くなった木々が新品みたいに新しい色を帯びた。
 コウキさんの寝ていたベッドも少し泥が付いていたりしたのだがそれも無い。
 このアルマは修復や治癒を願いに乗せて発動するものである。
 周りの物が綺麗になったという事はコウキさんが物をとても大事にする人なんだろう。


 コウキさんが訪れて――色褪せた生活に色が付いた。
 灰色だった気がした部屋が赤に茶色に暖かく色づいた。
 食卓にも赤や緑や乳白色の彩のあるものを作って――久しぶりに二人でご飯を食べた。
 もくもくと口の中一杯に食べ物をほうばってコウキさんはおいしそうに食べてくれている。
 なんだかそれだけでも嬉しかった。
「ん?なんか付いてる?」
 わたしの視線に気付いて頬っぺたをペタペタと触っている。
「いえ、そうじゃなくて……あんまり人に食べてもらったこと無くて」
 自信とかは無い。誰かに食べさせる事を考えた料理は作っていない。最近までは――そう。
 でもそれを表情で美味しいと表現してくれている彼を見ているのが楽しかっただけ。
 彼はハッと気付いたように笑って惜しみなくその言葉を言う。
「美味しいよ。アキって料理上手いんだなっ」
 面と向かって言われると凄く恥ずかしい。
 そう意識して作った事無いし……お父さんも美味しいって食べてくれてたし。
 味覚は普通なほうだと思っていたけど。
「そんなこと無いですよっ……私なんかっえぇっと……比べたこと無いですけど」
「へぇ〜俺も作れるんだぜ料理。また教えてよ」
 いつの間にか凄く溶け込んでいて、そこに居る事が違和感が無い。
 何でだろうとっても不思議な人だはじめてあったのに。
 ずっと前から仲が良かったみたいに、お互い笑いあって。
「はいっ喜んでっ」
 楽しい食事が続く。

 無くしたものが、戻ってきた気がした。



 病み上がりのコウキさんは家に置いてわたしは神殿に行く事にした。
 神子様もきっと待っているに違いない。
 そしてその予想は当たっていた。
 報告に行けば神子様も嬉しそうだった。
 むしろそわそわしていた。早く会いたいようだが恥ずかしいようだった。
 ああ、なんだかこの二人なら似合うなぁと思ったりした。
 明日連れて行く約束をしてその日は謁見が終わった。
 神子様はあの国の第一王女様。
 限りなくわたしと同じ一般人の感があるコウキさんだが大丈夫なんだろうか。
 何かあったらあったでまぁ面白いからいいか。

 そして――家に戻って。


 あの人は居なくなっていた。
 服は残っているのだけど、コウキさんは居ない。
 一応外のほうも探したんだけど――何処にもいない。

「ああ、ダルフが市場に連れてってたよ」

 ダルフ小父さんが手伝わせていたらしい。
 畑仕事をしていた村の人にそう聞いた。
 じゃぁ……神殿に今日連れて行けばよかった……。

 すれ違いに後悔しながらコウキさんのことを考える。
 落ち着きの無い人だからなぁ……楽しいけど。
 たまに話すぎてる自分に気付いて黙るけど沈黙が耐えられないのかすぐに次の話が出てくる。
 汁物が安心して飲めないのがコウキさんのお話の良くないところだ。
 あと夢中になりすぎると料理が冷める。
 ああなんだか久しぶりに一つの事を考えているような――いや。

 それよりも今日は何処まで行ってしまったんだろう。
 ダルフ小父さんは農家さんで今日も野菜を運んでいったはずだけど……。
 それを手伝ったのかなぁ。結構軽いけど、小父さんは重そうに持つ。
 そういえば今年はいい値段で売れる野菜があるからそれを売るって言ってたなぁ。


 ――むぅ。帰ってこない。
 日が沈みかけた空を見てもう居ても立っても居られなくなった。
 帰ってきてる途中なら迎えにいけば会えるだろうし。
 また教われてたりしたら大変だしっ……。
『強い女はもてねぇぞ』
 ……
 ……
 ……
 ……もう、ちょっと……待ってみようかな……。
 普通のか弱い女の子って感じの方が男の子って好きなのかなやっぱり。
 うー……信じてお料理……? あ、でもコウキさんに教えるって約束あるしなぁ……。

 日が暮れて――辺りに火が灯る。
 ……っ心配だ。
 本当に、大丈夫なのかな。
 その、昨日だってモンスターにやられてたばっかりで。
 その存在だって知ったばっかりなのに。
 机に突っ伏して色々考えを巡らせるが――やっぱり最悪の結果に行き着く。

「――っ」

 待てない。
 もう、待てない。
 自分は気の長い方の性格だと思っていたがそうでもないようだ。
 所々でお父さんにシルヴィアに似ていると笑う事があったがこういう所だろうか。

 コンコンっ
 ガタンッ

 立ち上がるのとノックが聞こえるのは同時だった。
 ――コウキさんかな。
 そわそわしながらその扉へと近づく。
「どちら様でしょう……?」
 期待してたりしてなかったりしながら扉を開く。
 
「いよっただいま〜でいいのかな?」

 人懐っこい笑顔を浮かべて夜よりも黒い髪の人が現れた。

「コウキさん!? も〜どこに行ってたんです……っ!?」

 ちょっと文句言ってやろうと思っていたのだが後ろに居る人に気付いてそっちに目をやった。
 銀色の髪の眼鏡をかけた男性と金色の髪の赤い目をした女性。
 一人には物凄く見覚えがあった。というか――

「りりりりリージェ様!!?」

 驚いてどもりまくった。
 どうしてこんな辺境に!? というかコウキさんと会ったんだっ!?
 あ、あれっ!? 何がどうなってこうなってるの!?

「――アキさんでしたかっ! そういえば、遠い所を今朝は有難う御座いました」
「いえっいえっ滅相も無いですぅっ!」

 ホントもうコウキさん帰ってこなかったら明日朝一で謝りに行くぐらいの勢いだったのだ。
 コウキさんは両手をパンッと合わせて頭を下げた。

「んで、いろいろとあってセインの国境の山から歩いてきたんだけど、暗くなっちゃって。
 どうかっ!
 どーーーーーかこの可愛そうな旅人に一晩の寝床を与えてやってくださいませんかっっ!?」

 ホント何がどうなってセインの国境に居たのかわからないが……
 とりあえず――戻ってきてくれた。
 だから溜息を付いて家に招く事にした。

「そ、そんな言わなくても貸しますよぅ。すみません汚いところですがどうぞ〜」
 こんな事ならコウキさんに頼んで全部新品にしてもらえばよかったかなぁ。
 掃除はマメにしているつもりなので大丈夫だとは思うが。
「いえ。有難う御座います。感謝します」
 リージェ様は本当に気にした風もなく綺麗に笑ってそう言った。
 何となく嬉しそうな感じなのは何故だろう。
「すみません。お世話になります」
 そして銀色の髪の――……王女様の付き人と言えば……あのヴァンツェ様に相違無いだろう。
 この国では有名な人で壮絶な美貌と敏腕の財政管理の人。
 また建国時代からの賢人でずっと変わらない容姿からエルフだといわれている。
 実際見てみればエルフの耳をしているし限りなくそれっぽい。
「再びっおっじゃましまーすっ。
 そんで、ただいまっ心配させてゴメンね?」
 ちょっと申し訳無さそうにまた手を立ててわたしに謝るコウキさん。
 ……人の気も知らないでよく言う。
 なんだかちょっと腹がたった。
「……もぅ……えいっ!」
 下げられた頭に右手の中指でおでこを弾く。
 ぺちんっといい音がした。
「あいたぁっ」
 くるっとその場で一回転して戻ってくる。
 痛かったらしいチョット涙が出ている。
「いいですよ。本当に……無事でよかったです」
 頬を膨らませながらドアを閉める。
 でも帰ってきてくれてよかった。だから小さく溜息を付いて許してあげる事にした。
「うー。ゴメンってー」
 オデコをさすりながら本当に申し訳無さそうに言ってくる。
 なんか可愛い。もうちょっといぢめたくなる。
 だからふーんっとわざと口に出してから。二人を食卓に招いてご飯の準備をする事にした。

「お食事は今用意しますね」
 わたしはエプロンをつけながら三人に言う。
 コウキさんも多分疲れているだろうし。
 今日は――と思ったらすぐにコウキさんは立ち上がった。
「あ、手伝う手伝う」
「シキガミ様は座っててください」
 チョット嫌味を含みながら背を向ける。
「嫌」
 が、全然動じない。
「えぇっ!?」
「いーじゃん。料理教えてくれるって言ったろ〜? あと、シキガミ様言わないっ」
 ピシッと指を差される。
 エプロン貸してね〜と予備のエプロンを取り出す。
「でもっ……」
 フリフリのエプロンを迷うことなく着こなすコウキさんに言葉が詰まった。
「まぁまぁ。二人ともちょっと待っててよー。アキシェフの渾身の料理が」
「こ、コウキさんっ」
 コウキさんのことだからまたテキトウに期待させるような事言ってしまうとコウキさんを止めに掛かる。
 しかし遅かった。
「爆発するから」
『!?』
 二人が真面目に驚いた。
「しませんっ!」
 わたしは手元のお玉で思わずコウキさんの頭を叩いた。
 ほんっっとにもう!

「すみませんでしたっ」
「……何がですか?」
 料理中にコウキさんがそういって来る。
 何に対してかは分かっていたが振り返らず素っ気無く答えてしまった。
「勝手に出て行って心配かけたから」
「それはさっきいいって言いましたよ?」
 なんだか冷たい言葉が自分から出てくるのに驚く。
 怒っているんだろうか。いや……そんなはずはないのに。
「む……でも、怒ってる」
「怒ってないです」
 なら不毛だこんな会話は。
 でもなんでこんなに感情冷たい感じなんだろう。
「……ホント?」
「……ホントです」
 何となく疑問は残った。でも怒ってない。そのはずだ。
 すると突然コウキさんがジャガイモをむいていた手を止めて包丁を置いた。
 そしてまな板スレスレまで頭を下げた。

「すみませんごめんなさい俺が悪かったです!
 何処の馬の骨ともワカラナイ俺を拾って看病してくれたにもかかわらず
 礼の一言もいわずに消えるなんて酷すぎるっていうか
 心配かけさせるなんて最低でしたほんとすんません!」

 一気に謝罪の言葉を並べる。
 流石に焦った。
 どうすれば止まってくれるのか考えてコウキさんに言う。

「も、もう〜だから、怒ってないです。
 コウキさん頭を上げてください。
 ……その、さっきまではちょっとだけ拗ねてましたけど……
 と、とにかくっ大丈夫ですから〜っ」
「……ホント?」
 むぅっとあまり信じてない目でわたしを見る。
「ホントですって」
 今度はホントにホント。
 だから彼に笑顔を向けてそう言った。

「――よかったぁ。アキに嫌われたらどうしようかと」

 それが極上の安堵の笑顔になって帰ってきた。
 思わず息を呑む。
 コウキさんのいい所は表情がコロコロ変わって裏表が無い所だ。
 素直にその感情が顔に出る。
 だから――

「〜〜っ嫌ってなんかないですよ〜」
「ありがと〜っさすがアキっ!」
 そう言って手を握ってブンブンと上下した。
 こういう所が子供だなぁとおもう。
「はぁ……わたしもごめんなさい」
「え? なんで謝るの?」
「いえ……コウキさんがすっごく素直で……なんだかわたしの方が悪い気がして」
 正直に認めれば多分さっきのは怒っていた。
 久しぶりに怒るなんて感情を思い出した気がする。
 だからその想いが晴れた今は気分がいい。
「そ、そう?」
 素直って言われる事になれてないんだろうか。照れくさそうな顔をした。
 そんな彼も可愛いと思う。弟が居たらこんな感じなんだろうか。
「ふふっじゃぁお料理済ませちゃいましょう。
 あんまり待たせてしまっては失礼ですからね〜」
「アイサーっ」









 ――そんな思い出話を皆でした。
 懐かしい懐かしいといって笑う。つい数ヶ月前の話なのに。
 光陰矢のごとし。過ぎ去った日は全てもう戻ってこない。
 だから思い返して笑う。より深く記憶に刻むために。
「思えば、奇妙なめぐり合わせですね」
 ベッドに座ったファーナがクスクスと笑う。
 コウキさんが椅子をガタガタと二足で立つように傾けながらバランスをとっている。
 ルーちゃんはコウキさんに近いベッドの上に乗って丸くなっていた。
「へぇーアキって凄かったんだな。
 ていうかメチャ強くない? スゴクネ? かっくいー!」
 ピシッと指を差してニカッと笑う。
「凄くないですって。わたしあの日以来剣すら青くならないんですからっ。
 ホント全力でマグレです。ビックリするぐらいただの奇跡ですっ」
 自分で自分の基準を青くなる事に決めてしまっているが。
 でもあの時はビックリするほど強かったと自分で今思う。
「はははっそーんな力まなくてもいいのに」
 コウキさんはニィっと変わらない顔で笑う。
 幾度と無く見てきたこの笑顔を可愛いと思う。
「振り返ってみれば結構思い出あるねー。
 ルーも一杯事件起こしてるしねー」
「カゥー」
 ルーちゃんを起こして抱きかかえる。
 多分おきては居たんだろうけどまだ子供なのかもう眠そうだ。
「あっははは別に謝らなくていいんだぞ。楽しいから」
「ルーちゃん可愛いもんね〜っあっわたしもお腹撫でたい〜」
「や、やめろよぅ男の子の秘密がぁー! アキのエッチー!」
 適当な事を言うコウキさんからルーちゃんを奪い取る。
 ルーちゃんの抱き心地撫で心地は最高級のぬいぐるみに勝る。
「エッチでいいです」
「マジで!? エッチエッチー」
 子供……。
 ジトーっとコウキさんを見る。
 笑顔が苦笑いに変わってそのまま頭を下げた。
「スミマセン! ガチで怖いんで睨むのやめてもらえませんか!」
「ふふふっ。あ、そういえばアキ、今年は参加出来ませんでしたね」

 ファーナが話を戻してくる。そういえば出ていないけど大丈夫なのだろうか。
 グラネダを目の前にしたルアン・デ・ミルビに今滞在している。
 今日は買い物をして明日に備えたのだ。
 夜は大体誰かの部屋に集まって駄弁ることが多い。今日はファーナの部屋に居る。
「あ、もう終わっちゃってるよね〜流石に」
 豊穣祭はもう時期を終えた。
 村はもう冬越えの準備に入る頃だろうか。

「まぁ今年も優秀な人に声をかけてはいるでしょう。
 今度城に行けば戦えなかった腹いせに練習試合を申し込まれるかもしれませんね」
「ええっ!? それ困っちゃうなぁ……」
「何故ですか?」
「だ、だって、もう勝てないよ。全部奇跡なんだよ?」
 ロザリア様にも、カルナディア様にももう遠く及ばない気がする。
「でもアキはもうあの時のアキでも、弱くなった貴女でもありません。
 新しく生まれ変わったのですからね」
「新式アキって感じだね」
 シャキンッと指を立てて会話に入ってきた。
 どうやら狙っていたらしい。
「なんですかそれ……」
「だって新しいじゃん? じゃぁアキ弐号?」
「だからコウキさん……ネーミングセンスがありえないです」
 無いどころかマイナスで振り切れているじゃないだろうか。
 コウキさんの子供にはどんな名前が付いてしまうのだろう。
 あ、そうか母親がつければいいから大丈夫だ。
 わたしも流石にコウキさんよりはネーミングセンスがあると自負している。
「ぐはっひ、ひどい……っ俺だって俺だってネーミングセンスあるんだぞ!」
「ミミタロウとかですか?」
「チクショウ! いぢめられたぞ! 今日妙に苛められてる気がするっ」
「気のせいですよ〜」

 コウキさんはからかいやすい。しかもからかって楽しい。
 わたしもクスクスと笑ってフワフワといい毛並みのルーちゃんを撫でた。
 とても可愛らしい。

「――はい。ファーナ。ルーちゃんプレゼント」
「あ。はい。もう部屋に戻りますか」
「うん。今日はチョット頑張ったからね〜」
 わたしは立ち上がると背伸びして体を伸ばした。
 うん。
 ……うんっ補給完了。
 仲間成分を容量一杯まで補充した。


 これなら。きっと。

 守るために――戦えるから。


「ばいばいっおやすみ〜みんなっ!」


 笑顔で。
 また明日と口々にする皆と別れた。
 扉を出ると、少し泣けたけど。
 涙を拭いて口を噤んで――約束の場所へ。





 この話は――走馬灯。
 淡い光に照らされてグルグルと回り動くシルエットのごく一部だ。

 少女の見た記憶の回想。
 それは遠い昔の理想だった。

 目覚める前。鼓動する。
 もう少しもう少しだけ――幸せな夢を見させてください。その願い。

 それは竜と鼓動する少女の夢だった――。

 彼女の眠るその姿にドラゴンの影が住み着いている。
 その色だけ彼女の髪に宿り力を貸してきた。
 そして今。その影が形だけの声を上げた。

 ――まだ。その時じゃないから。

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