第118話『恐ろしい呪い』
「さて、アルゼよ」
「ハッ」
遠い目で彼らを見送った王が振り返る。
アルゼは畏まった騎士らしい態度でソレに答えた。
――普通はそうである。
ただ、コウキの周りが、少し平和すぎる空気があるだけで。
ソレは王にしてもアルゼにしても重々承知であったが。
息を吸って首を傾げる国王。そしてその空気と一緒に疑問を吐き出す。
「訊くが……本当にロザリアでないとダメだったのか?」
王が見る騎士隊、特に3隊以下にはあまり差が無いように思える。
遠征はどの隊もこなすことは可能であるし、かつて何度もロザリアも遠征には出ている。
「ええ。その方が足回りが安定します」
確かにアルゼの言う通り第一隊と第七隊にはよく遠征が掛かっているし、迅速な対応は可能なのだろうが。
「ふむ……。まぁよかろう。
浮つかぬ配慮でなければ、それで」
「はい。最善の処置と自負しています」
間違いではない。
確かに、理由をつけて彼らについていくものを決めればそうなる。
王はソレを聞くと、そうかと苦笑して城への路を辿る。
アルゼもソレについて歩みを進めた。
そして扉を通って空が見えなくなる前に一度アルゼが彼らの飛んでいった方をへ視線をやって目を細めた。
――すぐに、その眼を閉じて目の前へと視線を戻した。
いろいろ、事情はある。
術陣の作用を聞けば大体の察しはつくと思う。
おっちゃんの言うところのジャンピングスターなる術で俺たちは10キロかそんぐらいをぶっ飛んだ。
飛んでる間は数分に満たない時間だったと思う。
なんせ空中で緩衝術が既に発動したし。
ティアと一緒に飛ぶのと同じ速度ぐらいで飛んだわけだ。
目も開けづらい飛行の最中。
俺はふと思いついた。
目標の場所に着く。
と言うことは――。
所で俺は今、人生で一番死んでいいと思ってる。
「こ、コウキ……」
「事故とはいえ……」
わなわなと恐ろしいものを見るようにファーナとロザリアさんが白い目で俺を見ている。
実はつい一瞬前まで皆同じポーズだった。
そう、事故とはいえ……
王女様の真上に、着地しちゃったああああああああああああああ!!!
全力の不可抗力。
なんせ声より早く動いていたらしい俺たちの叫びが王女に聞こえるわけも無く。
一休みのためか馬を下り路に立っていた女性に全力で突っ込んでいってしまった。
「呼吸はある!! 脈も正常だ!!」
わたわたとその人の救命活動にいそしむ。
外傷も無いし……多分大丈夫だと思う! 思いたい!!
「……どうやら気絶していらっしゃるだけのようですね」
アキが覗き込んできて少しぺたぺたと触る。
俺と同じ検診結果だ。
それに実は心のそこから安堵した。
「ルー! タオル出して。水は俺の使うから」
「カウッ!」
俺は水筒を出してルーのタオルを待つ。
ガッ!
「えっ?」
俺の手から水筒がもぎ取られた。
そしてそのもぎ取った主は水筒の用途にふさわしくゴクゴクと水を飲んでいる。
「……んぐ……っ、くっはぁ……!」
一気飲みして息をついたところで俺と目があう。
容姿はすこしぽっちゃりとしたお姉さんだ。
おっちゃんが美人だといったのは肌が綺麗なためだろうか。
グリーンの長い髪を編んでいて、赤茶色のフードを被っていた。
法衣のような服を着ていて一見しては王女様と言う風には見えない。
まぁそういう変装でもあるのだろうけど。
まん丸な目を開けて、助かった、とつぶやいた。
「だ、大丈夫ですか?」
「も、申し訳ありません! その、私はなんてはしたない事を……!」
わたわたと動くその動作がなんとなく愛らしい。
俺も自然とそれに笑って言葉を返す。
「いや、水ぐらいいいっすよ」
というか、俺たちの方が事故ったんだけど。
「申し訳ありません……! い、いつの間にか気絶していまして……!」
ペコペコと謝ってくるその人を見るとなんとなく俺も早く真実の吐露と謝罪をしなくてはいけない気になってきた。
「いや、実は――」
と、俺が喋りかけた時、俺の横に人の気配が寄ってきて振り返った。
俺に寄って来たわけではなく、その王女様に寄ったのだが。
白銀の鎧を着た女性が王女に目を合わせるように視線を低くする。
「ピアフローン様、覚えておいででしょうか、先日お会いしたグラネダの騎士のロザリアです」
「まぁ、ロザリア、どうして――……と言うことは、
騎士隊の方々でいらっしゃるのですの?」
俺たちを見て目をまん丸にするピアフローン王女。
とてもじゃないが俺たちは騎士隊にしては若い。
「はい、私達は先行派遣ということで選りすぐりの精鋭、
――特別部隊が貴女を護衛させていただきます」
「特殊部隊と申しますと?」
「はい。ここにいらっしゃいますコウキ様はシキガミ様で御座います」
俺を見てピタッと止まる。
「……こ、こんな、少年が?」
「い、一応……コウキっていいます……」
名前の主張ぐらいしておいたほうがいいだろう。
俺が名前を言った後丁寧に水筒を返してもらった。
「コウキ。……貴方がシキガミ様というのは本当なのですわね?」
「本当ですけど」
「……うーん……ごめんなさいね、貴方を貶す訳では無いのですが……」
信用できないというか若すぎると言いたいのだろうか。
まぁ俺は軍事でこういうことするのは初めてだし。
自分が強いなんて己惚れても無い。
どう答えるか迷っている一瞬、ロザリアさんがぽん、と俺の肩を叩いた。
「彼は強いですよ。
それに、ここにいる人たちは全員が一騎当千だと思ってくれて構いません。
己惚れではありません。事実です。
シキガミのコウキ様。
神子のリージェ様。
竜人のアキ様。
元大神官のヴァンツェ様。
それに、幻獣カーバンクルまでついているのです。
実力は私が保証します。
私たちが先行している理由は強さと少人数という身軽さです。
力の証明は嫌でも道中ですることになるでしょう。
この部隊は騎士隊ではありません。シキガミ隊です。
何卒ご理解を」
――迷い無く、そういい切って頭を下げる。
聡明で物言いのハッキリした彼女らしい言い方だった。
俺も慌てて彼女に習って頭を下げる。
「――そうでしたか。ああ、面をおあげになってください。
貴方は私の命の恩人です。邪険にしている訳では無いのですわ。
その、ただ、あまり戦いに向いて無さそうな顔立ちで驚いただけなのですわ」
「……よく、言われます。けど、命の恩人って、ちょっと大げさじゃないですか?」
俺の言葉に王女様が少し笑って、首を振る。
「いえ……その、お世話になる事になりそうなので最初にはっきりさせておきますわ。
私は、とある呪いに侵されているのです。
人にうつる類のものではないのですが……」
真剣に俺たちを見回して、そんなことを言った。
「呪い……?」
呪いってあるんだ……。
まぁ法術っていうのがあるぐらいだし、呪うぐらい出来るんだろうけど。
少し言いづらそうにしていた王女は意を決したように俺を見る。
「はい……4週ほど前……。
……サシャータに突如魔女を名乗る女性が現れたのです」
――魔女。
最近聞いた言葉である。
ただそれが相手の神子だということを聞いただけではあるが。
「魔女っ?」
一番最初に大きな反応をしたのはやはりファーナである。
「はい……一度私の前に現れ、霧のように消えてしまいました」
王女の前に跪く俺達と同じように彼女も姿勢を低くした。
「会話の途中失礼します。私はファーネリア・リージェ・マグナスと申します。
その方は、銀色の髪で、顔に独特な紋様を刻んだ方ではなかったですか……っ?」
ファーナが少し声を張って王女に聞いた。
その容姿は多分ファーナを襲った神子のもの。
「はい、恐らく……」
ファーナの怒りが少しだけ伝わってきた。
関係ない人を巻き込んだことによる怒りだ。
その正義は、俺も正しいと思う。
「……有り難う御座います。先日、わたくしもそのお方に襲われました。
本当に殺されかけてしまい3日も動けない状態に……」
あの時は本当に……というか。
もうそんな過去のこと風味に言ってるけど、実際まだ1週間経ってないからな。
コレが世界の差。
「そうでしたの……お察しします。
辛かったでしょう……と言うことは、呪いには……?」
恐る恐るといった風に訊いてくる。
「呪いにはかけられておりません。恐らく半分殺すつもりだったのでしょう。
その代わりこのあたりに大きな穴をあけられてしまいましたが……。
幸い、医療の発達した国ですので優秀な医師の手によって綺麗に治りました」
ファーナの経過は本当に幸運だった。
「そう、だったですか……と言うことは私は幸運なのかもしれま……。
いえ、やはりあまり幸運でも無いです……」
そう言って、顔に手を当てる。
……? 呪いの内容、か?
そういえばさっきから凄く言いたく無さそうである。
恥を忍んでお伝えしますと最後に決心を固めた。
グゥゥ、と誰かのお腹が鳴った。
全員の視線は、顔を覆ったかの国の王女へ。
「なんて……! 恐ろしい呪い……!!」
アキが驚愕している。
ズギャーンとかアキの後ろに優雅な文章体で文字を書いてやりたい。
分かっていただけますか、と小さく涙を拭く動作をするサシャータの王女。
「本当に、お腹が空いて仕方が無いのです……。
ああ、お腹が空いた……。
先ほども、お腹が空きすぎて、意識が朦朧としていまして……本当に命の恩人です」
どうやら、原因はソレらしい。いろんな意味で。
「いやいや。呪いって事は仕方無いですよー。
あ、ファーナ火を弱くしてもらっていい?」
ジュワーっと俺の手元でフライパンがいい匂いを漂わせている。
昼は食べていないし丁度いいので皆で昼食をとることにした。
アキが前菜サラダをささっと作りソレを本当に美味しそうに王女は食べている。
「はい……しかし難儀ですね。本当に何を食べても一刻程度しか持たないのですか?」
「ええ。お恥ずかしながら本当に何を食べても、です。
でも確かにお昼や夕食を食べる前のようにすぐに空腹を体が訴えるのです。
先ほどもそれに耐えようと、していたのですが……数刻ほどでもう意識が……
本当に……あ、お野菜美味しいです……」
美味しそうにソレを食べる王女。
アキ特製のドレッシングが掛かっている。
あの味は中々再現できない。レシピは謎にされているのでなんとしても再現せねば。
「恐れ入ります。コウキさんが結構持ってきてるので沢山食べてくださいね〜」
アキがサクッっとさらに野菜を切った。
全員での昼食だしまだ全然足りない。
「た、沢山は食べたくないのですが……」
シクシクとやりながらもサラダを食べる王女。
「あ、それもそうですね……」
「ご好意は頂いておきますわ……」
「と、言うことは私たちのせいではなかったようですね」
こっそり安堵の溜息をついた俺にヴァンがクスクスと笑いながら言ってくる。
「そうみたい。まぁトドメはさしたんだろうけど……」
倒れる寸前でぶつかって最終的に気絶しただけ。
でも呪いか……食べ続けていないといけないって辛いなホント。
精神的にもお腹にも大ダメージである。
「早速コウキの言うれいぞうこと言うものが大活躍ですね」
「ここで使うんなら冷蔵庫の意味は無いけどな……」
今回の旅に際して、一つ工夫をしたことがある。
ヴァンに頼んでルーンの符札で冷気を出すものをもらった。
ソレをルーに持ってもらっている食品と一緒に空間圧縮してもらっている。
――そう。
俺は文明の利器、冷蔵庫を手に入れた。
コレで食材の持ち運びが断然しやすくなる。
料理のレパートリーもマンネリしがちだったところがグンと広がる。
もう、ルーメン様様である。食事が終ったら撫で回そう。
王女の意向もあり、野菜多目の品目だ。
多く持ってきたのはある意味正解だった。
「ふむ……シキガミ様は料理も上手なんですね」
ロザリアさんが黙々と食べていたがはっと気づいてそんなことを言った。
ささっと作った野菜炒めではあるがこっちには俺特製ソースがある。
パンもあわせてソースを染み込ませて焼く。
チャーハン的な使い方ではあるが、上手い具合に焼くととっても香ばしく上手いんだぜ。
あんまり強い味のモノではないが癖になる風味を生み出すモノである。
コレはアキのドレッシングと唯一対等に張れる特製モノである。
うん、ちょっとした流行とも言う。ヒミツ的なノリがね。
「ホントコウキさんレパートリーが広いですよね〜」
「アキほどじゃないよ」
「うふふまたまた〜」
「あははいやいや〜」
厨房の取り合いをする好敵手アキと笑顔のにらめっこをしつつ手をすすめる。
今日はじゃんけんに勝ったんだ。
俺から視線を外したアキがぷぅっと頬を膨らませた。
食事を終えた俺たちは旅の準備を整えた。
「皆さん、準備は宜しいですね」
ヴァンがそう言ってみんなを見る。
「……お腹が空きました……」
『早い!?』
全員が王女をいっせいに振り返る。
「い、いえ。いいのです……耐えて、みせますわ……!」
ぐぅぅ、とお腹がすでに空腹を訴えている。既に限界近い感じだ。
ああ、王女様が泣きそうである。
「コレは本当に由々しき事態ですね……」
ファーナがうーん、と考える。
こんな調子じゃ本当に前に進めない。
「ええと……あっ、そうだ、お菓子とかでも大丈夫ですか?」
アキが自分のカバンをあさって何かを取り出す。
――それは、お茶の時間にたまに取り出して食べてる飴みたいなお菓子だった。
原料が砂糖じゃなかったから正確には飴じゃないけど。
「……あまり大丈夫だとは言いたくありませんが、口にしていれば幾分かは緩和されるかと思います」
すごく不本意そうに頷く。
まぁ本当は節度ある食べ方をする人なんだろうな。
「では、コレを差し上げます。
食べ続けていれば自然と満腹感はありますし。コレは一つで長く持つので」
アキがにっこり笑ってソレを差し出す。
「……有り難う御座います。本当に何から何までお世話になってしまい申し訳ありませんわ」
素直にソレを受け取って一つを口に含む。
これは本当に早く解いてあげないと可哀想だ。
俺はヴァンに視線を送ると、頷いて再びみんなの視線を集める。
「では、皆さん。サシャータへ出発しましょう。
術陣を展開してありますので。こちらへ」
ヴァンがそういうと、ヴァンの足元から水色の光が術陣を描く。
「……? あれ、ジャンピングスターじゃねこれ?」
「そうですね」
――流石だ。一回見ただけなのにもう術式で再現してしまっている。
本来設置するものであるがこんなものを道端に描いておいて置くと大惨事に繋がる可能性が高い。
「って事は……」
「そうです。実際コレが一番速いですし。
もしかしたらサシャータまで一刻も掛からないかもしれません」
「えっ!? そんなに早く到着できるんですの!?」
ピアフローン王女が声を驚きの声を上げた。
その反応も当然である。ここからあと2日半の道のりが数分。
カップめんを突きつけられたラーメン屋ぐらいショックだろう。
「はい。可能です」
そう屈託無く言い切った。
体験済みの間違いのない意見である。欠点は知らされていないけど。
「――さすが、元大神官様です」
ヴァンがなんともいえない微妙な顔で笑う。
まぁさすがにこれから絶叫マシーンに乗ることになるとは言いづらいのだろう。
俺は王女様が乗っていた馬を放して、帰るようにとルーに話をつけさせた。
動物同士が話してるっていう奇妙なのか普通なのか良くわからない光景を見てしまった。
俺は聞こえるけど、会話が成り立つわけじゃないからルーにやってもらったのだ。
うーん。ファンタスティック。
素直にすたすたと歩いて帰途を歩む馬を見送って俺は術陣に入った。
全員で俺を囲うように触れて最終確認を行う。
「王女様」
「はい?」
「高い場所はお嫌いでしょうか?」
「いいえ。何といっても私は高台育ちですからっ」
ふふん、と何気に得意げな王女を背に、全員を見回す。
もう何も言うまいとみんなは首を振った。
ジャンピングスターの恐ろしさは身をもって知ってもらうことにしよう。
「アラン・キ・サシャータ」
ヴァンの声が聞こえてパチンッと指が鳴った。
ソレと同時にふわっと俺たちの体が浮き上がる。
「きゃああああああぁぁぁあああああああああ!!!」
高い場所と、絶叫マシーンは違うよな。やっぱ。
/ メール