第119話『憂鬱の姫』




 ズ――ドォォォォッッッ!!!



 真っ青な多重の法術陣が広がった。
 大地を抉り、派手に土埃を巻き上げる。

「――っけほっ!
 も、もっと優雅な着地は出来ないのですかっ!?」

 サシャータの王女がそう言った。
 空の旅はやはりお気に召さなかったようで、途中ロザリアさんの進言で眼を閉じていた。
 だってそうしないと多分ずっと叫んでたしね……。
 ぶわっと、俺たちを中心に風が舞った。
 ヴァンが軽く土埃を避けるために発したものだ。
 お陰で視界がクリアになり、自分達の居るクレーターの深さに驚く。
 俺の腰ぐらい。軽く一メートルは深く行ってる。
「残念ですが、現在はコレが最も優れた着地方法になります。
 コウキ、お疲れ様です」
 ポンと肩に手が置かれる。
「おう。気分的にはなーんもしてないけど」
「……貴方はコレだけの事をしておいて、何でもない、と?」
 王女の言葉を背にしながらスタタッと急になっている斜面を上る。
 振り返って俺は手を差し出した。
 一瞬だけ不思議そうな顔をして、王女はすぐに気づいて俺の手を取った。
「術は俺の意志とは関係なく発動しちゃうからねっと」
 クレーターから王女様を引き上げるために手を貸して引き上げる。
 続いてファーナに手を貸す。軽くファーナを押すのを手伝ってヴァンは自分でそこから出た。
 アキとロザリアさんも自分で跳んで軽く出てくる。
 全員を確認して俺は後ろを振り返った。



 ――広大な平地は見ているだけで圧倒される。
 何処へ行けばいいか目指せるものが少ない。
 きっと砂漠よりは目標が見えるのだけど、平たい台地の上に俺たちは到着した。

 日差しが少し痛くて、空気が薄い気がする。
 高山病とかになるのかなぁ。
 や、ある意味高いところには耐性があるのだけど。

「で、何処へ向かえばいいのさ?」

 人間目標物には真っ直ぐ向かえる。
 目標が無いと円を描いて回り続ける。それでも愚直という言葉に相応しい。

「――サシャータは、あそこですわ」

 ピアフローン王女が指差した。
 途端、つい今の今まで霧のようなもやの掛かっていたその先に、ザァっと大きな城の影が見え始めた。

「サシャータの国は遊牧民が多いですが中心は大きな城と城下町となっています。
 ここも確かに領地内ではありますが、些か遠いようですね」
 王女はヴァンを見た。
「申し訳ありません。術はある程度詳細な位置は決められるのですが……。
 私の意識的にはこのあたりで良かったかと」
 ヴァンは頭を下げてそう言った。
 俺も確かにそう思う。
「何故?」
「この穴を見れば分かっていただけると思いますが」
 ヴァンがさっと手でその穴の方へ視線を促した。
 アレがぶつかってきたらとんでもない事になる。
 ……さっき事故したばっかりだしね。
 一応俺が着地直前に触れたので下敷きにはしたが地面と術陣に押しつぶされる形にはならなかった。
 まぁ地面と俺で押しつぶす形だったんだけどね。
 俺の視線に気づいた王女がハテナと首を傾げた。
 俺は笑顔を送ってなんでもないことを主張する。

「……なるほどですわ。
 何にせよ、こんなに早く到着できるとは思っていませんでした。
 早速城へ。きっと、今の国の戦況がわかりますわ」

 ぱくっと飴を口にして歩き始める。
 三歩ほど歩いてきゅぅぅっとお腹が鳴ってまた一つ飴を食べた。



 ここから見えてるところへは歩けば10分どころの話じゃない。
 この人数でも王女以外なら結構走れると思うけど……うん全王女含んでるぜ?
 仕方ないか、と一歩すすんで、ふとももあたりに何か重い感触を感じた。
 ポケットに何か入れてたっけ。
 そう思ってポケットに手を突っ込んで――すぐそれに思い当たった。
 ソレを掴んで思いっきり引っ張り出す。


「ルーーーーーぅ!!! 出番だぞぅ!」
「キュゥゥゥゥ!? カウッ!? キュゥ!?」

 俺はポケットからルーを引っ張り出して掲げてみた。
 どうやら寝ていたらしい。
 きょろきょろとあたりを見回してバタバタと暴れている。

「あっはっは。サボりは良くないなー!
 ほらほら。俺以外全員を囲ってよ」
「カウ? キュウ?」
 まん丸な目をさらにまん丸にして俺の願いに問い返す。
 もふもふとした首元に手をやってわしゃわしゃと撫でながら答える。
「うん。お願い」
 そう言ってルーを地面に下ろすと軽快に降り立ってプルプルと毛並みを整えた。
 後前後に伸びをしてくるっとみんなを見回す。
「こ、コウキさんっ? 何するんですか?」
「走る。いけっルーメン!」
 俺はバトルを始める主人公のように目前を指差した。
「カウ! クゥ!」
 ルーメンが答えて動いてくれる。
 ああ、俺も幻獣マスターを目指そうかな。

 キィィィン!

 その額に赤い光が宿って俺以外の全員を個々に覆う。
「走るの!?」
 アキが球体の中に張り付いて言う。
「おう」
 サンキューとルーをフードの中に移す。
 走るならポケットなんかよりずっと邪魔にならないだろう。
 久しぶりだな全力で走るなんて。

 スタンダードに横に構えて足に力をこめる。

「せェーーーー…………のっ!!!」










 ザンッッ!! ザザザザザーーーーーーー!!!

 足元から凄い勢いで土煙が巻き起こる。
 真夏の運動場で走った時みたいに盛大に。
 ほら、昼休憩って運動場土埃すごいだろ?
 まぁ主に俺のせいだったかもしれないんだけど。
 なんかいつの間にか事務員さんが休憩前に水を撒くようになったんだよな。

「風より早く! イチガミ急便とお〜〜ちゃくっ! はっ!」

 風に流れる砂埃から指を突き出してポーズを決める。
 はやい! 速かったぞ俺!
 俺はフードに手を突っ込んでモフっとしたアイツを掴む。
 ……目を瞑ってブルブルと震えている。
「お、おいルーぅ? 大丈夫かっ」
「キュゥ? カウゥ〜……」
 ブルブルと頭をふるって耳を立てた。
 うーん。怖かったらしい。
 フードの中に入ってる体験は無いからなぁ。よくわかんないや。
 悪かったよ〜とぐりんぐりん撫でる。
 相変わらずいい手触りだよコイツ。

 球体はルーメンに相対的である。
 ルーメンも意思的に動かすことは出来るが速度にあまり期待は出来ない。
 俺が走った3分ちょいぐらいは説明しがたい早さで景色が過ぎた。

「す、凄いですわっ。もう、到着してしまいました……」
 驚愕する王女。
 でも三分走ると流石にすこし息が切れた。
 ていうか、空気が薄い気がする。やっぱり山の上だからか?
「お腹が空く前に到着できた?」
「お腹は常に空いているのです」
 ピシャリと言い切られた。
「ごめんなさい」
「よろしい。それよりも……門番が見当たらない……?」
 俺の言葉は特に気にならなかったようできょろきょろとあたりを見た。
 確かに門の目前に到着しているのだが門番は居ない。
 城門は固く閉ざされており、静かなものだ。

 ルーが壁を解いて全員が地に降り立つ。
 

「誰か! 門を開けなさい!」

 王女の言葉が響いて、しばらくシンとする。
 風が俺たちの間を吹き抜けていく。

「……? 誰か答えなさい!」

 もう一度声をかけたがやはり反応は無い。
 王女が怒ったようにもうっと肩を上げた。

「本当に誰も居ないんですの……!?」


「見て参りましょうか」
 ヴァンが名乗りでて前へ出る。
「あ、俺も!」
 見たところ小脇に小さな門もあるがそこも閉まっている。
 壊すのは得策じゃない。
 もし中に篭城とかしてるんだったら大変だし。
「ルー上げてくれ」
 
「カフッ! キュゥゥ! カウ!」
「そう言うなよー。はははっ」
 ルーが喋る瞬間ぐらいに鼻を押した。
 当然、怒られた。

「……お聞きしたいのですが、シキガミ様は呪いかご病気か何か?」
「頭はいつも能天気ですから御気になさらず」
 サシャータの王女がファーナにこそこそと小さく話しかけた。
 元々いい声してるというか声がよく通るのでそれでも俺には聞こえたけど。
「うおーい。聞こえてるんだけどー?」
 少しばかりファーナに抗議を申し立てつつルーを地面に下ろす。
 
「本当のことではありませんか」
「少し歯に衣を着せるってことをしてよぅ!」
「そうですね……いつも最後の言葉は『まぁ、コウキですから』と括ることになっています」
「それ何か諦めてる! 俺に対して何を諦めちゃってんだよ!」
「動物と会話してる程度は許容すべきという諦めです」

「そのとおりだけどチクショウ!」


「ふふっなんて可愛いやり取りっ。いつもこんな風景ですのっ?」
 王女がアキに小さく話しかけた。
「ええ、本当にいつも」
 アキも同じく小さい声でクスクスと笑う。
「平和ですわね和みます」
「ほんとですよね〜」

 そんな俺達を見てヴァンが少し笑って、俺の代わりに説明を始めた。
「シキガミという存在は言語という壁を持ちません。
 なので幻獣であれど知識のある動物とは会話が成立するのです。

 まぁ基本はオカシイと思っていただいて構いません」

 すっごい眩しい笑顔で言い切る銀エルフ。
「構うよ!? 俺にはちゃんと聞こえるんだって!」
 ガッっと掴みかかってみてもその笑顔は揺るがない。
「まぁ……可哀想に……」
 可哀想なの!?
 俺的には結構お得な機能だと思ってたのにっ!
 そう言って俺を哀れんだ目で見た後またお腹を押さえた。
「ああ……お腹空きましたわ……」
 ……可哀想に……。









*ファーナ


 コウキとヴァンツェがルーメンの術によって高い壁を越えて姿を消す。

「……女の子ばっかりが残っちゃったね〜」
 アキが見回してそんなことを言った。
「あら、本当。でもお強そうな騎士様がいらっしゃるから平気ですわね」
「恐れ入ります」
 ロザリアが小さく頭を下げる。
 再び城門を見上げて少し溜息をついた王女。
「やっと少しだけ落ち着いた時間になったようですね。
 シキガミ様は嵐のような方ですわね。
 特に移動が」
 確かに数日を覚悟して動いていたものがものの数刻で終ってしまえば動揺もするだろう。
 でもそれを面に出さず毅然としているのは彼女がそういった変化に強い人間だという証拠である。
「……まぁ否定のしようが無いというか。
 飛んだり落ちたり走ったりは常なのです。
 わたくし達はずいぶんと慣れてしまいましたね」
 わたくしも始めはそう。
 いきなり準備も無く城を飛び出し、世界を飛び回った。
 アキと目を見合わせて少し苦笑する。
 その時を懐かしむようなことはまだ少ない。

 ピアフローン王女は上から下までわたくしを見て微笑む。
「それにしても……その若さで神子様とはご立派ですね」
 少しだけ首を傾げてその賛美を受け取った。
「有り難う御座います。
 でも私より年齢の若い神子もいらっしゃいます。
 わたくしが特別若い、という訳ではないのです。
 神子、というのはなるものではなく生まれた時からそうであると決まっています。
 神性の仮転生ですから。
 あとは自分がどんな年齢であってもその運命から逃れることができません」

 わたくしより若い人というのはティアの事。
 無垢で純粋。ヒトを知らない子であった。
 しかし彼には優秀なシキガミがいる。それで――うまく成り立っている。
 シキガミは神子にとっての正義でなければならない。
 そういうヒトが選ばれると聞いた。
 コウキに出会って――そうだと思えるようになった。
 理想主義ではあるけど。
 そうでありたいと願うことは多かったわたくしには眩しい。
 それを現実に変えていく彼を本当に凄いとわたくしは思う。
 だからシキガミは神子の正義。神子の味方であるものが付く。
 それは配慮なのかそれは知らない。
 たが八分の七にはその理想との残酷な別れを強いる事になる。
 そういう神子の宿命の上にわたくしは生きている。

「そうでしたか……大変なのですわね」
「ええ。特に嵐のようなシキガミと一緒に居ると」
「ふふっ可愛い方ではありませんか。
 貴方とは良く似合った方だと思いますわ……」
「っ、え、あのっコウキはわたくしのシキガミで……!」
「そうですわね。貴女のシキガミ様ですよねっ」
 何か色々な意味を含んでその人は笑う。
 なんでだろう、大人の余裕の笑みというかなんというか。
 いや、アキやヴァンツェも同じような顔をするのだが――。
 そうだ。コレはあれだ。人の慌てふためく姿を見て楽しむ悪魔の笑顔。
「そ、そこに特に意味など無いのです! めぐり合わせなのですっ!」
 反論すればするほどその人たちがニヤニヤと笑う。
 ああ、もうわたくしはどうすれば……。
「……案外意地悪な方ですね……」
 故意だということに気づいて、少し睨んで見上げる。
 かわいい、といいながら抱きついて髪が乱れないように撫でられた。
「ふふ。ごめんなさい。あまりにも貴女が可愛い恋人同士だと思ったので」
 だから、それは違うというのに。
 わたくしは小さく溜息をついて撫でられるがままになっておく。
 するとすぐ傍でお腹のなる音がした。
 
「……ああ、お腹が空いた……」


 それに少し笑ってお菓子を食べたのを見ると大人しくコウキたちの帰りを待つ。
 おしゃべりな方だ。でも王女は皆そうだと思う。
 城の中が自らの世界で、踏み出す機会なんて殆ど無いのだから外への興味は絶えない。
「お聞きしたいのですが、なぜ貴方は護衛もつけずグラネダへ?」

「ええ、それはグラネダへ向かうことが私の独断だったからですわ。
 父はプライドの高い方ですから願うことなど無いと予想しました。
 この速さでの敵の進行で被害が出てから願いをかけても遅い、と」

 少し困ったような表情を見せてそれでも視線をわたくしから外すことはなかった。
 意志のハッキリした方である。
 柔軟さも持ち合わせているようで王女の逸材かもしれない。
 成るべき人間の傍で育ったわたくしには少し眩しい。
 きっとこういう人が上に立つことでもっと国は発展できる。
 ピアフローン王女は確か現サシャータの王の次女であっただろうか。
 しかし引く手数多の才女だと聞いたことがある。
 突発な行動力を兼ねている彼女ならそうなのかもしれない。
 出会ってまだひと時ではあるがそういう感想を持った。
「正しい判断だと思います。戦争に敏感であることは良いことです」
 ――恐らくわたくしの国は戦争の多い国であった。
 ただ、その優秀さで一気に大国へと駆け上がった国。
 人に優しい国を作るから。今だけは耐えて欲しいとお父様は言っていた。
「有り難う御座いますわ。そう言っていただけると心強いですわ。
 迂闊なのは分かっていますが国の為ですから」
「ええ。きっとわたくしもそういう事態になればそうします」
 その言葉に嬉しそうに頷いてまた上を見上げた。
 わたくしもコウキたちの後を視線で追う。
 ――空が広い。
 ここより高い場所が少ないから。

 今は何故か。少しでも離れる時間が惜しい。
 そこまで長い時を離れるわけではないのに。


 それは、最近夢で会う彼女の警告。
 わかってはいるといつもそう返す。





 自らの運命は把握している。
 ……それを誰かに話すことは無いだろうけれど。
 わたくしはわたくしに会うために。
 わたくしはわたくしになるために。

 コウキが来てからというもの時間はとても早く過ぎていく。
 それはその時が楽しく充実している証拠であろうか。
 どんなに名残惜しいと思うときでもやがて過ぎオワリへと向かう。

 神子の運命は同様。
 この世界に神の器として生まれその賞賛を受ける。
 多くの場所では英雄に近い。
 獣人の村のようにシキガミに被害を食わされたと在れば違うのだろうけど。

 わたくしは幸運であった。
 恐らくわたくしの父と母は前代の成功者である。
 記憶は無くても。それでもめぐり合って幸せに。
 そうなるのならばどんなことがあっても耐えられる気がした。

 たとえ、それがわたくしでは無いわたくしだとしても。

 それはわたくしの勝手な満足ではあるが。
 
 神子である時間には限りがある。

 それは約束の一つである。
 わたくしたちが神に辿り着くまでの時間。
 決して短くは無い。ですが決して長くは無い。

 時々、言ってしまいそうになる。
 でもそのせいでこの時間が速く過ぎてしまうのはとても惜しい。
 それにコウキにもアキにもヴァンツェにも。
 それを言うことはしない。
 そう……ヴァンツェすら知らない――ということは。
 お母様もそれは誰にも言っていなかったようだ。

 その事実は。そう、秘めておけばいい。
 きっと関係ないのだ。
 皆その事実を知り、同じように過ごせばすぐにジャッジに辿り着くようになっている。
 心配させてしまうことは無い。
 たとえ負けて消えるとしても、逃げて消えるとしてもわたくしたちには同じこと。

 風前の灯。
 それでも赤く大きく燃える神子達の命は――あと一周期。

 でもそんなもの。そんなこと。
 嵐のように進む彼の前に何の意味を成さない。
 長くはならない命。

 自覚したその今だから。触れていたいと思う――。


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