第120話『突進とパンダ』



 壁を越えた俺達が見たのは形容しがたい光景だった。

 街は、ある。
 人も、いる。

 でも、誰も……一歩も動こうとしないのはなんでだ……?

「もしもーし」
 恐らく見張り兵だろう。
 俺が目の前に来てもピクリとも動かない。
 恐る恐る肩を叩いてみたが本当に時間が止まったように動かない。

「ヴァン、どうする……?」
「……少し、降りてみましょう」

 もし本当にこの中がおかしくてみんなが近づかない方がいいならそうした方がいい。
 まずは調査の必要がある。
 俺達はその見張り城壁から飛び降りる。
 大きな音を立てない為にヴァンが術を使ってゆっくりと降りた。
 抱えていたルーも下ろすとふんふんと地面をにおっている。
 まぁもうこの街自体がきな臭い。俺達も慎重に街を見回した。

 サシャータの街は石造りの少し幻想的な雰囲気の街だった。
 レンガのような暖かな色ではないが景観的に懐かしさと優雅さを象徴する
 それが活気が無いせいで寂れた空間となってしまっている。

 人は居る。立っているというか……。
 まるで人形みたいだ。
 城の方を見たまま固まっている。
 俺も白のほうへ視線をやってみたが城が建っているだけである。
 でもあそこで何かがあったことは確かだろう。

「ヴァン、さっと城まで見に行く?
 危なさそうだけど……みんなで行くよりは動き易いし」
「そうですね。とはいえ一声ぐらいかけて行きましょう」

 正門の横側に小さい扉がある。
 守衛小屋のようなちいさな建物に入って門番らしき人から鍵を借りた。
 とっ、盗ってないよ! 借りただけだっちゃんと返すしっ!
 ガチャガチャと扉をあけて、ギィッと外をのぞき見てみた。

「あ、コウキさん」
 アキにすぐに気づかれて指差された。
「どうでしたかっ」
 ファーナと全員が歩いてきて門の前に立った。
 俺とヴァンは門を一度閉めて顔を見合わせた。
 正直真実を言うのは気が進まない。
「な、何かあったのですか……!?」
 王女が俺達の様子に少し声を荒げる。頷いてヴァンが答えた。
「ええ。非常に申し上げにくいのですが……
 もしかしたら、手遅れなのかもしれません……」
 それが俺達が街を見た感想。
 魔女の呪いっていうのがあるのなら、本当にそれにかけられたような時の止まった街。
「そんな……!」
「ソレを確かめるために俺達はもう少し城の方へ進んでみようと思うんだ」
 俺がそういうと王女が一歩前に出た。
「わ、私も行きます……!」
 よほど心配なのだろう。
 そのキモチも分かるのだが、本当に中は危険すぎる。
 ヴァンがすぐに中とその様子を説明する。
「ダメです。中の様子は明らかに危険です。
 人々は皆城の方を向いたまま人形のように動かなくなり、
 まるで時間が止められたかのような状態です。

 あの城には――明らかに、何かあります」

 シンとした空間が広がる。
 あそこには、確かに嫌な感じがある。
 なるべく近づきたくないけどそれは知る必要がある。
「イヤですわ! 私はその事実を知らなくてはなりません!
 そこを退きなさい!」
 ちょっとヒスっぽい感じが怖い。
 こういうお客さんて凄く苦手だったなぁ。
「ま、まぁその落ち着いて。
 一応人数的には間に合ってるし、王女様を護りながらもある程度は進めると思うよ。
 でも、シキガミが出てきた場合……護りきれる保証は無いかな。
 それか殆ど死ぬことを覚悟して逃げることになると思うけど」
「望むところですわ!!」
 威勢がいい王女様だ。グラネダまで飛び出してきただけの事はある。
 俺はそれじゃあ、とみんなを見回す。
 作戦会議の始まりだ。




 相手は神子とシキガミ。
 それは恐らく、だが。
 この街の異常事態と王女にもかかっているらしい呪いも加味して城に行くのは危険だと判断された。
 だがもちろん王女は行くと答えた。
 城に辿り着くまでになんらかの妨害かもしくは直接原因が出てきたとしても戦闘があると見込まれる。
 ならば正面からそれを引き付ける役目として俺とファーナが必要不可欠だ。
 王女はなるべく安全な道をとおり、安全に中を確認して戻ってくる必要がある。
 なので彼女付きの護衛はロザリア。それとルーメン。
 ヴァンツェとアキは正面突破へと加わることになった。



 ――俺達が先陣を切って走る。
 見知らぬ街を軽快に走って跳んで。
 今のところ立ち尽くす人形達以外には何も無い。
「なんだか、この4人が凄く久しぶりな気がしますっ」
 アキが走りながら楽しそうに言った。
 俺はメンツを見回す。
「んっあ、でもそれもそうか」
「だってあれはお母さんですもん」
 シルヴィア。まぁ外見的には変わってない。
 いつも通りの俺達である。
 人を避け走り続け、すぐに正門の前に着いた。
「さて、懐かしんですぐですが……」
「早速だよなっ」

 俺が剣を抜いて構える。
 アキも大剣を具現化させて、鎖を鳴らした。
 全員が戦闘態勢に入って異様な威圧感を放つ目前の敵を見る――。



 フードを被ったその人は俺達を見るとクスっと笑う。
 ――人形じゃない。
 おそらくこの現象に絡む人物だろうなと思う。


「あらあら。いらっしゃいませ。
 寂れた街にようこそリージェ様。

 改めまして皆様。初めまして。
 私が覇道が神子、オリバーシルと申しますわ。
 以後お見知りおきを。

 それでお体はもう大丈夫でしたか?」

 クスクスと薄く笑う。

 なんだろう。
 一言ごとに、違和感を覚える。
 言葉じゃないな……なんだろう。

「あなたが……! この国をこんなことにしたのですか!」
 ファーナが叫んだ。
 怒りの感情をあらわにした珍しい表情。

「ええ、そうです。それが、何か?」

 それに全く悪びれる様子は無く本当に不思議そうに聞き返した。
「何か? ではありません! すぐに元に戻しなさい!」

「……何故?」

「この惨状をみて悲しむ人が居るでしょう!
 この人たちは生きなくてはならないでしょう!
 この国はまだ発展し多くの人を生かすのです!
 それを異国の誰かに簡単に壊されてなるものですか!」

「そう、そうですね。ふふっ大衆正義ですね。
 あははっ貴女が神子で本当に良かった」

「ふざけないでくださいっ早く――」

「では。私を殺してください。
 そうすれば呪いは解けますから」

「……っ」

 面と向かって言われると、流石に戸惑う。

「殺さないのですか?
 それでは偽善者ではありませんか。
 私を殺せば貴女の正義はなるのです。
 さぁ、殺してください」

 ――ファーナが息を呑む。
 怒りと戸惑いが混じった感情。
 俺達が早速試されてる。

 正直このやり取りに意味を感じない俺はエアリーダーという存在をかなぐり捨ててみることにした。
 ファーナが結論を出すべきなんだろうけど、言葉を真剣に考えすぎている。
 まぁもともと在るような無いようなエアリーダーというかエアコンというか。
 冷風の最中に送風で突入。


「や、殺さないから。早く呪いは解いてよ」

 どーんと傍若無人をかます俺。
 なんていったって向こうもそうじゃないか。
 理不尽なわがままに対抗するにはこちらもわがままになるしかない。
 理屈一辺倒で何とかしようとしても無理な時だってあるんだ。
「なっ……!」
 俺を見てファーナが唖然として頭を抱えて溜息をついた。
 それに笑っておいて俺は視線だけ前を見る。
 目前の彼女はびしっと何故か嬉しそうに俺を指差した。

「貴方は……ワンコ君ですねっ」

「ワンコ!? なんでいきなり俺が犬扱い!?」
「だって、犬の鼻のように貴方の勘は良いでしょう?
 ふふ、無事にリージェ様を見つけられて良かったですね」
「そりゃ一発でそれ知ってる人に教えてもらえたから……」
 そう言ってる途中で嬉しそうに自分を指差すフードの女性。
 そういえばあの雨避けマントに見覚えがある。
「ま、まさか! 自分でやっといて自分で教えるとか変なことやったの!?」
「まぁ、変とは失礼な。
 人殺しと人助け。ふふっとても矛盾しています。
 でもやりました。それなりに楽しいことでしたし」
「じゃぁもう一回。お願い」
「それは嫌。だって怒られたもの。
 私だって機嫌を損ねることぐらいあります」
「そこをなんとかっ」
 パンッと手を合わせてお願いしてみる。
 その女性はふらふらと何かを考えるように少しゆれてふっと俺を見た。
「……では、条件があります」
「よしこい」
「貴方が欲しいですわ」

「ダメです!!!」

 間髪入れずに大声が響いた。
 流石に敵の女性も少し驚いたようで少し後ずさった。
 俺もびびった。というか少し耳に来た。
「……では……。交渉は決裂ということで」
「他の条件は?」
「無いですね。私を殺せばいいと思います」

「では遠慮なく」


 ズドォォォッッ!!!



 ヴァンが本当に無遠慮に手を翳して光を放つ。
 またどこかでこの流れを見た記憶がある。
 ……エロ眼帯か。

「…………貴方は、エルフ? それともお仲間かしら?」

 むせることも無く同じ場所からまた声が聞こえる。
 袖で口元だけを覆いローブをした女性はそこに居た。
 予想通りだったのだろうかヴァンは動じず手を上げたまま彼女に言う。
「そうかもしれませんね」
「じゃぁ貴方がいいわ。一緒に世界を壊しましょう?」
「……何故壊すのです?」
「気に入らないでしょう?
 国は自分達の都合の為にすぐに戦争を起こす。
 奴隷なんてそこらへんに転がってる制度でしょう?
 結局力在る者が世界を治めるのなら力のある私がやっても同じこと。
 あはははっ。
 簡単でしょう貴方にも。暇つぶしに国つぶし。
 同じでしょう?」


 ――かつて。それと同じことを言った人だった。
 それを知るアキは驚いてヴァンツェを見た。
 遠い目をして彼女を見つめ、そしてすぐに睨み返す。

「同じ……ですか。
 そうですね。同じ事はしました。
 戦争勝利国を焼き払い、私自身の正義を全うしたつもりでした」

「それでいいでしょう?
 こんなに世界は醜いのに。

 誰かに縋って生きるしか能の無い国民も。
 税を搾り取り太り続ける貴族も。
 少し恵まれて生まれただけで、嫉妬をする愚かな人間達。
 傲慢強欲。日々矛盾。

 私達は上にいるんですよ?
 薄汚い人間達のはるか上。より神に近い存在。
 それが人を裁いて何が悪いのです?」

「しかし私達は神ではない。
 力を得て、調子に乗っているのは貴族も貴女も変わりないことです」

「私がやらなければ、誰がやるというの。
 こんな世界、一生変わりはしないわ。
 だから……。

 変えるの。私が。
 呪いでも何でも使って。
 方法はどうであれ理想にする我侭は皆同じでしょう?」




 ヂリヂリと目の奥が痛む。
 脳ミソが視覚情報から何かやってる感じ。


「もういいですね……。
 貴方達とは恐らく一生分かり合えないでしょう。
 まぁ一生とはいえ短い時間ですが、よろしくお願いします。
 では、私はお暇させていただきますわ」

 そう言ってすぐに興味なさ気に背中をみせた。
 それだけ余裕だということ。俺達は嘗められてる。

「そうはさせません。
 少し私に付き合ってもらいます」
 ヴァンがそういうと、顔だけこちらを振り向いた。
「あら、忙しいのでご用件は短めにお願いします」
「正確には言葉では無いので――短いとは思いますよ」


 ピィィィンッ――!

 耳鳴りのような音と光。
 同時にヴァンの術式ラインが水色の光を帯びる。
 神言語詠唱――!

 俺達はヴァンから距離を取って構える。
 法術陣が重なって術が発動する。

 敵の女性の周りに術陣が展開。
 そして槍のような光がいくつも彼女に向かって伸びた。
 囲むように伸びたその槍を同じ数の術陣で受け止める。
 あちらにも詠唱は見られなかった。
 ――なんだ、この戦い……超レベル高くね?

 ヴァンは続けざまに右腕をアッパーのように振り上げる。


 ズドッッッ!!!

 下から上に突き上げるような青白い槍。

 術陣を使って押し上げられるように上へと飛び出た彼女が城門へとふわっと飛び乗る。

 城壁の一部はヴァンの最初の一撃で少し崩れている。

「残念ですが時間切れですね。
 貴方も魔女相当な術士のようで、本当に惜しいです。
 あははっでもパンダ君に詰られて死んでしまえばいいんです。
 では、よろしくお願いしますね」

 彼女が言った後に城門がギィっと半分だけ動いた。



「さァ……みんな。

  醜くなぁれ。

 あははははははっ!」


 そう言って自分は落ちるように城壁の上から消える。

「追います!」
「了解!」
 俺はファーナの言葉に答えて扉に向かう。
 扉からはガシャッと音がして武器が出てきた。
 続いて、白と黒のはっきりとした鎧の騎士が姿を表した。
 武器はハルバートであろうか。
 斧槍と言われるその武器は突いてよし薙いでよし引っ掛けてよしの優れものである。
 ただ、使い方がトリッキーなので本当に多芸な人間向きだ。

「噂のパンダ君の登場だよ!」
「見世物の動物ではないようですが」
「俺だってワンコ君だぜ!」
「ワンコ君お願いします!」
「行って来ますわん!」


 タタン! と勢い良く踏み切って双剣を引き抜いた。
 槍と戦うのは不利ではあるがやって勝てないことはない。
 相手が相当な使い手なら苦戦は強いられるが最悪みんなには先に行ってもらおう。

 近づいた俺に最初に浴びせられた一撃は石突側の一閃。
 かなりのスピードで鼻先を掠め、二撃目に来るであろう突きの体制に入った。
 ビュォッッ!! と重い音がして俺の横を通った。
 引きにあわないように弾いて俺は懐に進むが、今度は下から石突が高速で上がってくる。
 かなり回転を上手く使う上級者だ。
 中々近づけないかもしれない――が!
 顎を上げて避けた状態から一気に姿勢を下げて踏み進む。

『術式!!』
 後一歩半で届く位置。
 剣を振ればあと剣半分ほど足りない。
 だが――!

『紅蓮月!!』

 リーチを伸ばすのであればこの技が使える。
 特に相性のいい炎術志向剣の宝石剣を振るには最適だ。
 左肩を目掛けて縦に振りぬくとけたたましい金属音と共に焼きついた様な跡が残った。

 その白黒の騎士は短くハルバートを持っておれに突き刺すように振ってくる。
 左手の地精宿る剣がその硬い剣の面でソレを弾く。
 体を捻って大きく開いての懐に入った。
 もう一撃――!
 下から上へと切り上げる宝石剣が再び肩へ当たる。
 その勢いのままさらに相手の周りを回るためにステップを切ると、相手の逆回転の肘が脇腹に直撃した。
「うわっっ!」
 といってもプレートが入ってるから勢い良く飛ばされて距離をとることになっただけだ。
 長モノには隙を見つけて入り込むのが一番の肝だ。
 剣を構えて相手を見据える。

 と、既に異変が起きていた。
 シュゥゥっと煙を吹いていた左肩が熱を冷ましていき――動かなくなった。
 あ……溶接してしまったようだ。
 コレはラッキー。

 俺は相手に向かって突進する。


『術式:明暗の照突<パンダ>!』

「――どぅ!?」
 片腕を振りかぶりその渾身の突きを俺に浴びせてきた。
 白と黒に分かれたその斧槍の白い方が完全に上を向いた瞬間、ソレが消えた用に見えた。

 ガギキィィイ!!!

 剣を交差した場所で突きを受け止める。
 突進状態だった俺はかなりの力でソレをとめ、余った力の成果軽く体が上へと浮いた。

『術式:明暗の影斧<パ・パンダ>!!』

「うおおお!?」
 斧槍の影が伸びそこから盛り上がってきた巨大斧が俺を切り裂きに掛かる。
 一か八かだったがそれに靴を合わせて蹴り上がる。
 振り上げの勢いに乗って高く俺は飛び上がった――!
 一応金属が靴の裏に仕込まれているので何気に防御に使える。
 俺と同じ事を考えたのかそうであることが前提だったのかパンダも同じように空中へと来ていた。
 てかパンダ強い!! やばいぞ!?
 次はパパパンダか!?
 パンダパパンダパパパンダ!?
 そんな思考のうちに相手の騎士が俺と同じ高さまでやってきた。

『術式:――!!!』
『術式:明暗の乱斧斬<パ・パ・パンダ>!!!』


 マジできやがった……!!
 ぶわっと影と揺らめく陽炎のような軌跡が見えた。
 それが幾重にも重なって明暗の軌跡を描く――!

 全神経を集中させる。
 その交差する一線を探す。
 この空中戦で――勝つ!

 体の急所を縦に狙った線が多い。
 ならばその縦にそって切り返す!!!

 弾けぇぇええ!!!

『裂空虎咆ッッ!!!』


 ――ィイン!! ズバアアアァァアン!!!


 地精宿る剣で打つその一撃は切るではなく殴るに近い。
 爆風と空気を押し切るような衝撃に飛ばされて城の塔へパンダが激突した。

 ズダァァンッッ!

 俺も結局地面に激突する。
 緩衝術式が無いと確実に死んでるんだよね。
「よしっ! 終った!」
 裂空虎砲は強い。
 強いけど……

 ゴゴゴゴ……バガァァァアン……!!

 し、城にも大ダメージ……!!
 盛大に崩れる塔を見ながら背中に冷や汗を感じた。
 ……緊急事態だし。許してもらおう。

「コウキ! 大丈夫ですか」
 ファーナが走り寄ってきて気遣ってくれる。
「一応無傷、かなっすごくねっ?」
 剣を収めて笑うと
「流石です。では早速ですが城内へっ
 あの魔女を追わねばなりません!」
「あいよ!」

 そして俺達はそこから走って城内へ進入する。

 そこで――俺は違和感を決定するある出来事に出会った。





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