第122話『大衝撃!』


 穿つ十字架剣<アウフェロクロス>を正眼に静かに立つ。
 ――なんだろう、赤い光が少し穏やかに成る。
 そういえば剣の術式ラインの中央にしか発動時にはマナが込められないんだっけ……。
 剣のラインにも数本ある。
 上限的にはまだ大丈夫……ということは――。

 具現している状態のアウフェロクロスにマナを込めていく。
 ラインは、幾つあるのだろうか。
 お母さんもわたしも法術はあまり使わないから、それを知る必要はなかったのだが――。

 金色の糸が剣を覆い始めた。
 術式ラインのマナ保持の光である。
 ――おもったより、ずっと大きい数字で剣がマナを保つ。
 しかも、まだ入る。

 わたしの剣の収束を見て、騎士が動き出す。
 意志が乱れない。だからその収束を続けたまま剣を振るう。

 キィンッッ!!

 突きを横薙ぎに弾く。
 収束――1000、2000。
 金色は好きだ。お父さんの色。
 徐々に剣を覆う光にさらに気分が高揚する。

 ガァンッッ!

 3000――4000。
 剣の絵取るように描かれる金の模様。
 大きな剣をさらに大きく見せてくれる。
 剣の範疇に踏み込んできた相手に切り返しの一撃を当てる。
 金属の擦りあう甲高い音。
 その一撃の後に後ろによろめいた騎士。
 その隙に収束をさらに高める。
 収束5000――!

 パキィッッ!!


 金から一瞬光が爆ぜた。
 収束量超過<リダンダル>だ。
 そこが限界という事。

 ――凄い。
 自らの持っている剣の凄さを今知った。
 ああ、宝の持ち腐れとはこういった事なのだろうか。
 ファーナですら、千に届かない収束で術を使う。
 わたしが術を使おうと思ったら身体のラインではその半分程度しか収束できない。
 術士として恵まれている人は大体身体に千以上の収束を行えたり並列して行使できたりするものである。
 確かにわたしも口周りに咆哮のラインがあるが
 コウキさんの裂空虎砲みたいにあえて剣に収束するような機会は無かった。
 宝石剣ほど密度の高い収束ラインがあるわけじゃない。
 でも大剣の大きさでラインを持って収束すれば、こんなにも大きな収束ラインになる。

 金の糸はアウフェロクロスよりさらに一回り大きい剣を模った。
 大きな剣がさらに大きく見える。
 物質的ではない質量に満たされた剣は見るものを圧倒する。
 ――戦う父を見たときと同じ感覚だ。
 大きく勇猛である戦王に良く似た剣。


 ――涙が出る。
 お父さんも、お母さんも、此処に居た。
 わたしが弱虫だから、一緒に居てくれてる。
 竜人である誇りを胸に。
 己が武器を掲げ
 世界を見届ける者に。

 とりあえず!
 友達の信用は取り返さないとっ!



 ――動き出すのはわたし。
 初撃、鎖を鳴らして剣が真っ直ぐ飛んでいく。
 躱し方が変わった。
 騎士は後ろへ飛んでハルバートで剣を弾いてやり過ごすとわたしに向かって走ってくる。
 今回は本気なのだろうか、速い――!

 ほんの三歩ほどで距離を詰められて、最短距離での突きが放たれる。
 金の糸を纏うアウフェロクロスの鎖を張って何とかソレを防ぐ。
 相手が引きを見せた瞬間に鎖を更に長く持ち、鞭のように撓らせて相手へと巻き付ける。

 ガシィッッ!! ギギギッ!!!
 鎖を引くとお互いに引き合い、鎖が金の光を散らした。
「――んんんーーっっとぉ!!」
 ガシャンッッ!!!
 大きな音と土が舞って騎士の身体が浮いた。

 ――チャンス!
 相手に詰め寄って、同時に剣を引き寄せる。
 騎士は両手を縛られているし足も浮いていて完全に身動きが取れない。
 わたしはこれが絶好の好機であると判断してそこに全力を注ぐ事にした――!

 ガギィィンッッ!!

 手元に戻ったアウフェロクロスを突き当ててその甲冑に刃が通る事が阻まれる。
 ――それでいい。
 金色に光る剣で更に相手を押し上げ、ゼロ距離で剣を突きつけたままの体勢を取る。

『術式!!!』

 本来は口元であるが収束場所として最もマナが多い場所としてそこを選んでいた。
 でも今。収束済みの剣がある。

 金と赤の光が散る。
 明暗の騎士にむかって最後、ありったけの力を注いで――!!


『竜神の咆哮が如く<マキナ・サン・クラマ>!!』


 剣が纏っていた金は法術陣へと姿を変える。
 金に重なった赤い術陣が更に円を描き――その発動の瞬間が来た。


「くわあああああああああああああっ!!!」


 ――ピィィン――ドォォオオン!!!

 耳鳴りと、その後に凄まじい衝撃に見舞われた。
 予想外で思わず目を閉じた。
 そして軋む身体に鞭打って何とかその術が放出されるのを耐える。
 バキバキと足元が地面の石を砕き、半円どんどん潰れていく。
「あ、ああああっ!」
 突き上げるようにその剣を掲げて持って――景色が真っ白になるほどの光を受けた。


 ――そして、数秒。
 その放出が終了して、大地に剣を刺す。
「は――ハァ――……」
 今のは、重かった。
 騎士が何倍も軽いと思える放出量。
 周りに騎士は居ないようだ、と感覚だけで察知して、見上げるとヴァンさんが丁度やってきた。
「お見事ですアキ、大丈夫ですか?」
 わたしがすっぽり入るほどのクレーターが出来てしまった。
「は、ハイ、なんとか……」
 たぶん、ヴァンさんが衝撃緩衝の法術をかけてくれたんだと思う。
 コウキさんが着地した時と同じような状態だから。
 ヴァンさんの伸ばした手に捕まってそこから這い出る。
「今のは凄かったですね。宛らルーンルナーのアビスショットです」
「アビスショット?」
「ええ、ルナーの術です。
 底なしの威力を持った魔法のような術ですよ。
 にしても、見事に消し飛びましたね。

 城が四分の一ほど」

「え゛っ!?」

 ゴォォォっと風の吹き荒れている城を見上げた。
 見事に円形に何かに打ち抜かれた形をしており、パラパラと破片が落ちてきていた。
 戦慄を覚えた。
 どっ、どうしよう……! コウキさんがやった以上の被害が出るとは思わなかった。

「なんだーー!? 何が起きたのーー!?
 うお!? 城が欠けてる!!?」
 コウキさんが城の窓から身を乗り出して叫んでいた。
「ご、ごめんなさい!! 大丈夫でしたか?!」
「アキがやったの!? すげぇえええ!! 俺らは平気ーー!」
 コウキさんの後ろでファーナも手を振っていた。
 二人とも平気だったようで胸をなでおろす。
「し、城を壊さないでくださいーーー!!」
 どこからか王女の声がして、ビクッと背筋が立った。
「どどっどうしましょうっ!?」
「お二人も無事なようですね。さぁ私達も上がりましょう」
 ヴァンさんは頷いて何も無かったかのように城を見上げた。
「スルーなんですか!? スルーしちゃうんですか!?」
「城が半壊でも国が助かるなら安いものでしょう」
 フッと前髪を後ろへかきあげる。
「う……そうなのかもしれませんが……」
「有事ですから細かいところは気にしなくていいですよ。
 シルヴィアのように笑っていてくれて構いません」
「あっはっはやっちゃったね〜!
 ……とかですか?」
 案外自然に言葉がでて自分でちょっと驚いた。
 今のは凄くお母さんっぽかった!
「おお、是非それで」
 面白そうにわたしをみるヴァンさん。
 残念ながらわたしにはわたしの心があるのでどうもそれで突き通せるほど大きくいけない。
「ああ、本当にいいんでしょうか、だめですよねあはは……」
「非があるのは相手側ですからどうしようもないものです。
 さぁ行きましょう」
 そう言ってヴァンさんは小走りに城へと向かう。
 わたしも置いていかれないように追いついて、並んで走り出した。

「そういえば。お札はまだ必要ですか?」
「あっ! もうっ要らないです! こんなの格好悪いじゃないですかっ」
 背中につけたまま戦っているわたしを想像すると酷く情けない。
 確かにコレのお陰で少し強くはなったんだけど……。
 早速それを剥ぎ取ってべりべりと破って捨てるとクスクスと笑われる。
「なんだか、少しシルヴィアに似ましたね」
「望むところですっ」
 ぷっと頬に空気を入れる。
「叫びも受け継ぐんですね」
「だっ……だって叫び易いんです!」
 くわあっと叫ぶのはホント、楽なのだ。
 最初のふにゃあっていうよりはずっといいと思う。
「ええ、シルヴィアも同じ事を言っていました。
 ウィンドには竜のアクビームなんて呼ばれていましたね」
 プチブレスで焼かれてましたけど、なんて冗談交じりに言う。
「あくびじゃないですよぅ〜」
 うーん、真面目に叫び方考えたほうがいいかなぁ、なんて思いながら走る。
 ――こんな勝ち方でも、十分力の証明になっただろうか。
 わたしは少しだけ浮き足立って二人の元へと急いだ。










*コウキ

 光と凄い揺れが起きて、廊下で激しく転倒した。
 新手の爆弾でも破裂したのかと思った。
 で、外を覗くとどうやらアキとヴァンが戦闘に勝利したらしい。
 始めはヴァンが何かやったのかと思ったがヴァンが笑顔でアキを指差して、
アキがそわそわしてるので犯人はアキという事に決定した。
 あとで真相は聞くがとりあえず今は魔女探しを続行している。
 城の中はどの部屋をあけても人っ子一人いやしない。
 じゃぁ城の人たちは上手く逃げたって事なのかそれとも魔女がなにかしたのか。
 その真偽も確かめなければならない。
 俺達はとりあえず謁見の間か王室に辿り着くために走っている。

 ――謁見の間はすぐに見つけた。
 少し広めに開けられた空間。
 国旗が大きく垂れ、彩られた空間。
 外が暗いため城内は少し暗めだ。
 本来ならランプや上についている大きなシャンデリアに火がともるのだろうがそんな人間はここには居ない。
 ――誰も居ない。
 玉座は二つあって、多分王様と王妃様が座るんだろう。
 赤いカーペットが真っ直ぐそこに伸び、俺達はその上を歩いて一応近くまで歩いた。
「居ませんね……」
「ここじゃないってことは……どこ?」
「わかりませんが次に急ぎま――!?」

 ザザッっと二人で飛びのいて同時に身構える。
 丁度王座の前にいつの間にかその女性が立っていた。

「あらあら。もう、ここまで来てしまわれたのですか」
 フードを被る女性がその姿を見せる。
 さっきまでそこには居なかった場所にフッと現れた。
 神出鬼没というか、瞬間移動的な何かができるんだろうか。
 それはそれで凄く厄介だ。
「コウキ……! 彼女だけは何としてでも此処で止めます!」
 ファーナが俺の目を見ずにそれだけ言った。
 その意図がイマイチつかめず、問い返す。
「えっ、おっ? それってどういう――」

 その答えはすぐに返ってきた。


『黄昏の時を満たす聖杯』

 体が反応する。
 ドグン、と正に血が燃え上がるように熱く巡るのを感じた。
 俺の眼が、彼女の敵を捉える。

 ああ、この感覚は酷く久しい。
 そして――凄く、嫌だ。
 まるでマリオネットになってしまったかのように肉体は支配されて、殆どが俺の意志とは関係ない。

『混沌を凪ぐ風』

 俺の両手に握られた円の投剣はまるで血のように真っ赤に燃え上がった。
 その剣の輝きたるや光ればまるで月の様に光を返す。
 そしてソレをもって魔女へと走り出す。

『その手に余る憂鬱を掴み目指すは光の都』

 その歌を聞くこと事態は凄く久しい。
 確か歌うだけでは発動しない。
 条件が1つ。ファーナ自身であること。神子であることが必須である。
 ファーナのマナを喉の詠唱に込めて使うことによって初めて俺が動くらしい。
 そこにコインとカードの契約関係とかもいるらしいんだが。

『陽炎の灼熱』

 すぐに、フードの女性の目の前。
 自分の動きが人間離れしてんのはもう承知している。
 だから、ピクリとも動かない彼女に牽制だけしておけばいいと思った。
 炎月輪が閃く。

 ドゴォン!!!

 大きな音と共に部屋に誰かが乱入してきた。
 それに動じる事無く、俺は武踏を続ける。
 破片を切り、炎月輪が更に燃える。

『断章との狭間に廻る廻る廻る』

 炎を纏ってぐるぐると回って。
 その炎の飽和とともに一気に弾ける様に大地を走った。
 そしてすぐに俺は後ろへと大きく跳んでファーナの場所に戻る。

『踊る月下の焔の唄』

 明暗の騎士がそのフードの女性との間に立っていた――。

 その身を挺して彼女に襲い掛かる炎の盾になったようだ。
 ただ騎士は酷く、ダメージを負った姿である。
 白い部分に焦げた色が入り、さらに甲冑の隙間から血が溢れている。
 その後ろに立っている彼女からクスクスと笑い声が聞こえる。

「ふふふっふふっそんなに、焦らなくても宜しいのに」

 酷くマイペースな声がする。
 また俺の中で何かが喉元まで出かけて、もどかしい状態になる。
 そう、声だ。

 聞いたことがある。

「パンダさん、ありがとう」

 ガシャンっと音を立て、明暗の騎士は倒れた。
 ――おそらく、アキとの戦いでだいぶ疲弊していたのだろう。
 もう動かないだろうと思う。

 フラッシュバックする。
 チラチラと、記憶が。

「ワンコ君も手加減してくれたんだね」

 その声の主の方へ、視線が行く。
 風圧のせいだろうか、フードが脱げていて髪が流れるのが見えた。
 銀色の髪が風に揺らいでいて、ちょっと前髪の横側あたりで癖っ毛があって。
 肌は傷と刺青が目立った。でも特徴的に大きな眼が俺を見ていた。
 ちょっとだけ人懐っこい笑みが酷く懐かしくて――。

「ありがとう」

 俺の脳裏で誰かが言った。
 それは毎日のようにきいたし、毎日のようにその顔も見ていた。

「ファーナっコウキさん! 大丈夫ですか!?」
 アキとヴァンが到着して、その声が聞こえた。

「あああああああああああっ!」
 大声を上げて指をさす。
 失礼な、なんて聞こえた気がするがそんなことを気にしている場合じゃない。
 俺の中で完全一致した違和感の答え。

 確かに髪の色は違う。瞳の色も違う。
 髪の長さとか声とかしぐさとか、どちらかというと、本質に近いところ全てが似ている。





「ねえちゃん……っ!?」


前へ 次へ


Powered by NINJA TOOLS

/ メール