第124話『悲劇取引』


『ええええええ!?』
「ほ、本当ですかコウキ!?」
「お姉さんがシキガミなんですか!?」
 ファーナとアキが叫んで俺にそう訊いてきた。
 俺だって正しい答えを言っているわけじゃない。
 その返答を待つ事長い長い1秒ほど。

「違います」
「だよねっ」
『えええええええ!?』
 普通に否定された。
 まぁ予想通りではあったけど。
「ち、違うのですか!?」
「あれっわたし達の驚き損ですか!?」
「うん」
 アキががっくりとうな垂れた。
 うん。コレばっかりはゴメンだな。

 そんな俺たちに向かって、ぴるぴると魔女が手を振る。
「違うといったのはシキガミであることです。
 私はシキガミ様ではありません」
「あれっじゃぁ……」
「しかし、姉でもありません」
 二重に落とされて更に凹むアキ。
 まさに掌で踊らされているようだ。

「私には兄弟はおろか親も存在しません」
「まぁ……ていうか、神子、だもんな。
 そりゃないよね……」

 何を思って言ったんだ。
 そう、良く似た別人である。
 なんて言うんだっけ、コピー人間じゃなくて、ドッペルゲンガー? だっけ?

「でも……弟、ですか……いいですね。弟。
 上さえちゃんとしていれば理想の弟を育てる事も出来ます。
 ふふっ、私だったら、そうですね。
 こんなところには居なかったでしょうね。
 その理想の弟と逃げて暮らします。
 何があっても守ってもらって、守ってあげます。
 無いものなど語っても仕方の無いことですが。ふふふふっ」

 ぞわぞわっと背中に鳥肌が……。
「こ、コウキ、違うのですよね?」
 何故かファーナがそう確認してくる。
 体の底から競りあがる鳥肌を押さえ込んで答える。
「う、うーん……ネジが10本ぐらい無い姉ちゃんかも」
「10本も無いなら別人ですっ」
 ペシっとファーナに叩かれる。
 まぁ確かにずれ方が半端無いけど。
「じゃぁドッペルさん」
「オリバーシルです」
 今度は本人から突っ込まれる。
 クスクスと面白そうにしてはいるが。
「……」
「……」
 とりあえず全員を見回して、俺だけがそう主張しているらしい。
 うーん。これは多数決で完敗じゃないか。
 勝訴への道は険しい。
 てか俺のほうも根拠ゼロに近いんだけど……姉ちゃんだと思ったんだ。
 まぁてか姉ちゃんなんてこの中じゃ俺しか知らないわけだし。
 主に俺が勘違いしたんだと思う。

「おし……。オッケー。
 仕方ないよ。ドッペルさん」
「オリバーシルです」

「結構似てるんだ、髪の色とか目の色が違うだけで声とか体形とかドッペルさんそっくりでさっ」
「オリバーシルですっ」

「や〜ホント今思えば仲のいい姉だったしね?
 似てて驚いたんだドッペルさん」
「オリバーシルです!」

「どろり濃厚オリバーソース?」
 シルもソースも変わらないよな。
「殴っていいですか」
 やばっ魔女にダイレクトアタックされるほど怒らせてしまったようだ。

「ごめんオリバーさん」
「お……む。
 いいでしょうワンコ君、では私がお姉さんになりましょう」
 名案、と言う風に手を打った。
 本気なのかそうじゃないのか良くわからないけどそれは良い冗談だった。
「はははっいや、必要って訳じゃないんだ。
 兄弟って言ってもさ、そういう関係があるだけでいずれそれぞれの人生を生きるじゃん?
 だから、俺にはもう必要ない関係だよ」
「あら、折角弟が出来るチャンスだったのに……残念です」
「頭が蕩けそうな会話ですが……敵ということを覚えていますかコウキ?」
 ガッっとファーナに頬っぺたを摘まれた。
 割と痛い。
「いひゃは。ほ、ほほへへふっへ!」
 覚えてるというアピールをすると頬っぺたが解放される。
 ひりひりとするホッペを擦りながら再びオリバーさんを見た。


「で、呪いの事なんだけど、解除してもらえない?」
 交渉を続ける。
 最悪この人からこの呪いに関するヒントを貰わなくてはいけない。
 オリバーさんはふむふむ、と何かを頷いてそしてその眼を俺に向けた。

「良いですよ。貴方が弟になってくれるなら」

「よし!」
「ダメです!!!」
 ゴンッ
「ぷもっ!」
 ファーナに思いっきり殴られた。グーでした。

 頭を抑えて蹲る俺にオリバーさんが言う。
「あら、意地悪なお嫁さんが居ても歓迎です」
 むしろカムみたいなポーズで俺たちを迎えようとしている。
 とても寛大な人のようだ。
「その言い方だとお昼のドラマみたいにどろどろねちょねちょしちゃいそうだからやめようよ」
「だっ誰が意地悪なっっですかっ!
 コウキっだから彼女は敵だと何度も言っているでは在りませんかっ」

 ファーナの言葉にすぐに答えたのはオリバーさん。
「ふふふっそうですよワンコくん。
 私は敵。貴方の。皆様の。
 不毛なお話がお好きなようですね。
 ふふっきっとそれが貴方の持ち味なんでしょうけど」
 ファーナが俺の前に立って交渉を始めた。
 多分余計な事ばっかり言う俺をこれ以上喋らさないためだろう。

 そこからの会話は単純だった。

「要件だけを済まします。
 早くこの国の呪いを解きなさい」
 ファーナが強気な口調でそう言った。
「お断りします」
 相手も同じく態度を変える事無く答えた。
「では、強行に……」
 そう言った瞬間にアキとヴァンが構えた。
 俺も姿勢はそのままだが剣は抜いている状態だ。

 ふわふわと何処を見ているか分からないような視線だった彼女が急に鋭くこちらを睨んだ。

「いらっしゃい焔の方々――」

















 何十と言う攻撃。
 雨のように降り注ぐ剣に眼がくらむほどに光る法術。
 焔が舞い剣が舞い。

 そのなかでたった一人の魔女が――攻撃も防御も行わず、無傷だった。


 ――攻撃が、当たらない……!!
 やっぱり瞬間移動のようなことが出来るみたいだ。
 剣を振った瞬間にはそこに居ない。
 ヴァンが無差別方位に術を打つ合図をしたので全員でファーナの後ろへ下がった。

 ファーナが壁をすぐ展開し、ソレと同時にヴァンが指を鳴らした。

『術式:暴風の刃<ストル・ファーブラス>!!!』

 凄まじい音で強烈な風が吹き荒れると共にピシピシと壁や床に亀裂が入る。
 壁の後ろの俺たちも眼を腕で顔を守るようにする。
「ふふふっ! 無駄ですよ!」
 ――その風の中をものともせず、ついに彼女が歩みを進めた。
「やっぱり、貴方は特別なのですね。
 私と同じ、魔女の血が流れている」
 語りながら、ヴァンへと近づく。
「……そのようですが、生憎貴方と同じでは在りません。
 クォーターですから」
 いいながらヴァンはすぐに次の手を打つ為にその術式ラインに光を持たせた。
 青い光が両腕に走り、続けざまに風の大きな弾と水の大きな弾が出現する。
 それを魔女に向かって打ち放ったが、相手の透明な衝撃弾により大きくはじける。
 ソレは読めていたのだろう、更にルーンの札を投げ、光が爆ぜる。
 凄まじい連続行使で俺たちは動く事が出来ない――。
 というか、光のせいと早すぎて何手出してるのか正確に見えない。

「言い訳ですね。一番強いのは魔女の血です。
 取引をしましょう?
 貴方が私に協力するならここの手を引いても構いません」
「私にそれに応じるメリットが?」
「――そうですね。貴方自身のメリットとしては――」

 ビュゥ――!!

 風が吹き抜けた。
 ――何かを話していた。
 それは俺たちには聞こえない。



 ヴァンが術を止めて御互いに静止している。
「ヴァ、ヴァン? どうしたっ!?」
 声を上げた俺に、静かに、とヴァンが手を横に上げた。

「……どうでしょう?」
 クスクスと薄笑いを浮かべたまま魔女が言った。
 ヴァンは静止したまま。
 何かを考えている。
 ただひたすら魔女を睨んでいるように見える。

 状況は全く把握できていない。
 とりあえず二人はドンパチ派手に術を打ち合いながら密談があったようだ。
 ヴァンに何か起こることは考えづらいけど……妙な空気だ。
「……了承はしかねます。
 確かに魅力的なのかもしれませんが」
「あら。それは残念ですわ。このお話は上手くいく自信がありましたのに」

「残念ですが――
 私は過去の私にはもう興味がありません。
 私はヴァンツェ・クライオン。
 言語の神より神の言葉を預かる者です。
 それ以外の、誰でもありません」

「ふふふふっ。そう。でしたら構いません。
 かつて世界を変えた貴方なら――この戦争を変えることも出来たでしょうに」

 ――? ヴァンが難しい顔から戻らない。
 何の話だろう。
 ヴァンツェ・クライオンはヴァンのこと。
 俺だってそれ以外の名前は聞いた事が無い。
 かつて、世界を変えたって、ヴァンが?
 まぁ世界を変えるぐらいはもしかしたらあるかもしれない。ヴァンだし。

 銀色の髪を揺らして、少し背の低めの魔女はペコリと一礼をした。
「ごめんなさい、私の用事は終りました。
 ではごきげんよう。またお会いしましょう」
「ま、待ちなさい! まだわたくし達の要件は――!」
 ファーナが叫ぶ。
 俺達も同じ。まだ要件は残っている。

 そんな俺達に何故かキョトンとする魔女。
 そして、ああ、と思い出したように手を叩いた。

「ああ、呪いですか? 解いて差し上げる事はできません。
 この国に掛かっている呪語は『国である限り国民は人形である』です。
 王女には『恋をしている限り太り続ける』という呪語制約があります。
 一番初めに試して面白かったのでパンダさんにも同じような呪いをかけて私を守ってもらいました。
 ふふふ。頑張って解呪なさってください」


 今度は俺達がキョトンとする番だった。
 ――なんなんだ、この人。
 さっきまであんなにもったいぶっていたのに。
「と、解いてくれないの?」
「解けませんから。たとえ私が死んでも」
 手をぴろぴろと振って本当に出来ないのだとアピールする。
「な、なんでもったいぶったの?」
「交渉材料でしたから。振られましたけれど」
 そう言って視線だけヴァンに行かせた。
 ヴァンはいまだにその魔女を睨んでいる。
 その視線にクスクスと笑って魔女が一歩引いた。
「では。私は失礼します――」

 ――フワッ……

 言いたい放題言って、俺達の前から消えた。
 驚くほどあっさりとした引き際だった。
 振り回されっぱなしだ……。

 しばらく呆然と、その消えた場所を見ていた。






 ――ぶっちゃけ、あれだ。
 意味がわかんない。
 城に座り込んで深い溜息を吐いた。

 姉ちゃんに似ているあの人。
 この呪い。呪語。
「ねぇ、ヴァン。結局なんだったのさ?」
「……分かりません。
 私に前世があるような話でした」


「……ねぇ、この際だから訊くけどさ……?
 ヴァンって何者?」

 ――そのヴァンについての正確な話は知らない。
 何処で何をしていた人とか近年のものなら知っているが……例えば前回のシキガミ戦争。
 それ以前はしらない。
 顎に手をあて、眼を細めるヴァン。
 そして、何かを喋ろうと口を開いた。


 ダダダダッバタン!!

「――! シキガミ様!」
「カウゥー!」

 うぅーん! ナイスタイミンッ!
 思わず下唇を噛みながら地団駄踏みたくなる。
 入り口の扉を開いて現れたのは白銀騎士ロザリアとルーメンだ。
 別行動だって言ってたけど、結局ここまで来てしまったようだ。
「うおう! えっ!? ど、どうしたの!?」
 飛びついてきたルーメンを抱きとめる。
 凄く興奮しているようなのでもさもさと撫で回してやる。
 ヴァンに目をやると苦笑して後でお話します、と身を引いた。
「報告です、私達は魔女と遭遇しました」
 ぴしっと俺の前に立って一度敬礼する。
「会ったの!?」
 いいながらそれに返して楽な姿勢をとってもらった。
「はい。一応進行はルーメンのお陰で退ける事に成功しました。
 一旦見つかったので皆さんに合流したほうがいいと思いこちらへ。
 戦闘があったようですが大丈夫でしたか?」
 周りの様子を見てロザリアさんは少し厳しい顔になる。
「あ、うん。さっきまで居たんだけど……ヴァンに宗教勧誘して帰っちゃった」
「そうでしたか……こちらも、危なかったです。
 魔女の眼のチャームにかけられて、一時取り込まれそうになりましたが。
 ルーメンの壁法術がソレを阻んで阻止してくれました」
「カゥっ」
「おおっルーメンさすがだっ!
 で、えーと、王女様は?」
 きょろきょろと見てみるが彼女の姿は見えない。
 どこかに置いてきた……とかは、ないよな……? まさか、と冷や汗が流れる。
「ルーメン、下ろして差し上げてください」
「キュゥ」
 ルーがすぐそれに応えて王女が空中に現れた。
 どうやら浮遊空間に入れて姿を消しておいたらしい。確かにこれなら安全である。
 ルーを一緒に行かせて置いてよかった。

 王女は空間から解放されるや否や、一目散に王座のほうへと走り出す。
 そっちには――……倒れた騎士が。

「――イグベル!!」



 ――明暗の騎士に向かって。
 その名を叫んだ。
「イグベル! いやっ! イグベル!!」

 名前を連呼する。
 きっとこの国の騎士。
 王女とは、何か深い仲だったのだろう。

「酷い……! 酷いですわ……!」
 王女は騎士に縋り泣く。
 彼は……死んだ、のだろうか――。
 ヴァンとアキが近寄って、その生死を確かめる。
 ――二人の表情が嬉々としたものに変わる事はなかった。
 悲しいし罪悪感もある。ただ殺したという実感は無い。
 直接手を下したわけじゃないからだろうか。アキは――どうなんだろう。
 でもこれは確実に俺のせいだ。
 ――彼は俺達の戦争に巻き込まれた。

 泣き続ける王女にヴァンが優しく語りかけた。
「……王女。貴女の呪いは解けました。
 貴女と彼には、この国とは別の呪いが掛かっていたのです」

 肩を震わせて、嗚咽の止まらない王女は顔を上げない。
 でもヴァンは頭を下げて、続ける。
 俺とアキの相手をして、尚彼は立ち上がって魔女を守った。
 一体、何がそうさせたのだろうか。
 その呪いの内容はそういえば聞いていない。
 聞いている限り、呪いの内容は簡単なものだ。
 何かを重りに、そうさせる。
 何とかである限り、なんとかであるという制限。

「貴女に掛かっていた呪いは『恋をしている限り太り続ける』事。
 彼に掛かっていた呪いは『恋をしている限り魔女が王女に見える』という魔女の呪いです。


 ――彼はシキガミと竜人を相手して一歩も引かず、
 最後の最後まで王女を守るために盾となった騎士でした――」



 その思いの大きさを利用して、魔女は悲劇を生み出した。
 王女は泣き止まない。
 広い謁見の間に、小さく、その嗚咽が響いた。


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