第125話『計画』


 数時間放っておいてくれと、王女に言われた。
 俺達は彼女を部屋に置いてしばらく休憩する。
 部屋の前にはロザリアさんが立っている。
 その間俺達はこの城に掛かった呪いの解呪方法を探す事にした。

 王女の隣の部屋、使用人の部屋を使わせてもらって談義をする。
 アキとファーナが椅子に座って、俺はベッドに腰掛けた。
 ヴァンは窓際にもたれて、腕を組んでいる。
 ルーが膝の上に乗ってきたのでもぞもぞと撫で回す。
 和む……あ、そうじゃなくて。


「ヴァン、さっきの続きなんだけどさ」
「続き?」
「そう。ヴァンって、何者? の続き」
「ああ、そうでしたね」

 ヴァンに視線が集まる。
「わ、わたし達もきいてて大丈夫ですか?」
 アキが恐る恐るという風に俺たちに聞く。
「構いませんよ。とはいえ困った事に私はその質問が一番の難題なのですが」
「え? それはどういう意味でしょう?」
 ファーナがヴァンに聞き返す。
 ヴァンは申し訳なさそうな表情を見せて、俺のほうを見た。

「コウキは以前、私に歳を聞きましたね。
 私は術を使って気にしているような振りをしてはぐらかしました」
「あれっそうじゃなかったの?」
 俺の問い返しに微笑んで頷く。
「ええ、エルフにとって歳月などあまり気にすべきものではありませんから。
 貴方達よりもずっと年上なのは明確です。

 ただ、生きてきた年数……それは……私にも分らないのです。

 私はヴァンツェ・クライオン。
 ウィンドと旅をしてきた事も、大神官だった事も、財務管理だった事も嘘ではありません。

 しかし私はそれ以前の私を知りません」


「記憶喪失、とか?」
「そうなのかもしれません」
 それすら、分らない。
 不確定な存在だ、と苦笑いを残す。
「でも、ヴァンツェは自分が混血である事を知っているではありませんか」
 ファーナが少し鋭い視線をヴァンに向ける。
 もしかしたらヴァンの嘘の可能性だってあるのか?
「ええ、私の血筋は神が明かしてくださいました。
 しかしこの世界にはいくら調べても、何処を旅しても、私の存在はありませんでした。

 正確に、私が“誰”なのか、それはわからないのです」

 ヴァンは、多分本気。含み笑いもしないし、出来る空気もない。
「……何故っそんな大事な事を、わたくしに黙っていたのですっ」
 ファーナが声を大きくした。
「私がヴァンツェ・クライオンである以上、この事は人には伏せるようにしています」
 しかしいつものようにヴァンは落ち着いた様子を崩さない。
 ヴァンはヴァンツェ・クライオンである。
 
「自分を探そうとしないんですか……?」
 そんなヴァンにアキが再び尋ねた。
 確かにずっとヴァンにはそんな素振りは無かった。
「そうですね……」
 ヴァンは少し憂いを帯びた瞳で俯く。
 思わない訳は無いと思う。
 でも、ここにいる理由を知りたい。
 だから俺も口を挟まずただヴァンが答えるのを待つ。
「今は……自分の過去よりも見ておきたい未来があるのです。
 前も言いましたが私の時間は、皆さんの時間とは違います。
 私の為に止まって頂く訳にはいきませんから」
「なんだよぅもっと早く言ってくれれば手伝ったのに……」
「すみません……ですが、心配には及びません。
 私はリージェ様の従者であり、コウキの友人でありアキの父の戦友です。
 戦果武勇は語るに及びませんが貴方達と共に在り共に戦う事を誓います。
 私の事は、二の次で全く構わないのです」
 本当にそうなのだという意図で真剣に俺達を見回す。
「ヴァン……。
 でも、あのオリバーシルって人は知ってるみたいだったじゃん?
 “かつて、世界を変えた貴方なら”って……ん? 暇つぶし時代?」
「さて、それはどうでしょう。
 しかし魔女の言葉に耳を貸しすぎると身を滅ぼしますよ」

 魔女……あの人は自分でもそう呼んでいた。
 それにしても姉ちゃんに似てたなぁ。
 まぁ召喚されてるのはシキガミ側だけだし神子ってこっちの世界に生まれるものっぽいし。
 あの人はただの姉ちゃんじゃない……。
 濃縮十倍姉ちゃんだ……。
「じゃぁ次はヴァンの記憶探しかなぁ」
「コウキ……」
 ヴァンが何か言いたげだ。
 別に野次馬精神が無いとは言わないけど、ヴァンだって俺の友達だし。
 手伝いたいじゃん? 困っては無さそうだけど。
「分かってるよ、俺達のことが終ってから、だろ?」
 冒険の理由として。
 俺達がまだその先だって旅をする。
 ただそれだけの約束。
「……そう、ですね――」
 ちょっとだけ驚いた顔をして、笑いにくそうに表情を緩ませた。

 まぁ、おっちゃんもそうだけど、記憶が飛ぶっていう可能性もある。
 だから多分そういう複雑さを込めた顔。
 でも、多分記憶がなくなっても、また一緒なら多分俺はそうすると思う。
 やり直しでも、きっとこの世界は楽しいから。
 そういう約束は、アリかなと思う。




「さて、そろそろお城の呪いの解き方を考えなければいけません」
 ファーナが紅茶を置いてみんなを見回す。
 盗ってきたんじゃないぞ? ルーに持たせてるんだ。
 まぁ人になんだかんだ言いつつみんなも自分の要る物を沢山持ってもらってる。
 紅茶セットもファーナが持たせているものの一つ。
 ほんとルーのお陰で旅は快適だ。
 それはさて置き城の呪い。どうやって解決すればいいのか……。

 王女様の呪いは解けた。
 限定の呪語とか言ってたけど何かそれが関係するんだろうか。
「ヴァン、王女様のは解けたんだよな?」
「ええ、『恋をしている限り太り続ける』という呪いでしたね」
「彼が死んで恋が終ったから……ですよね……」
 アキが悲しそうな顔になる。
 恋が終った。それは幸せな方向ではなく、悲劇を生んだ。
 アキがそういう表情をするのは責任を感じているからだろうか。
 それなら俺にだって同じ責任がある。
 そんな空気をしていたからだろうか、
 ヴァンが窓際から数歩部屋の中へと進んで俺達に言う。
「最後に手を下したのは私です。
 私達は何も知らなかったのです。
 事故などというつもりはありませんが――彼の刃は私達の命を狙っていました。
 私達は戦争をしていますから。
 悲しむなとは言いません。
 慣れろとも言いません。
 ですが、誰かの死を乗り越えて進まなくてはいけない事を忘れないでください。
 ――私達は、最も死と近い場所にいますから」

 きっと、そういうことをしているつもりは無かった、といえば、
 自覚が足り無さ過ぎると子供のように怒られる。
 グラネダだって巻き込みかけた。
 人も死んだ。
 俺にだってもう、早く試練を終らせなきゃいけない事は分かってる。
 このままだともう俺とかだけじゃどうしようも無い事が起きる。
 ……もう起きてるけどさ。
 俺達のせいじゃない。
 でも神子とシキガミという力があるからこそ、こういうこともできる。
 連帯責任? そんな感じだ。
 俺達がいくら関係ないって言っても『神子とシキガミ』という強大なモノとしてこの世界には既に認知されている。
 だから結局俺ができる事って言えば、ソレを止める云々じゃなくて、早く終らせる事。
 ……でも、まだ見つかってないんだよなぁ。
 このまま試練を進めても、俺が戦う運命にぶつかる。
 それが嫌なのに――。
 時間が過ぎるほど、世界を不幸にする存在が居てしまうから。
 なんとかしないといけない。

 俺は今回で分かった。
 ……犠牲者っていうのかなぁ……流石に心痛いし。
 戦争って実感は無いんだけどさ……。もっと大勢でやるものって感じだし。
 でも、死んだんだ。
 悲しんでる人が居た。
 その絶望感は、知ってる。
 ……姉ちゃんもそう、悲しんだ側。
 だから俺も含めてそういうやつがなるべく少なくなるようにしなきゃいけない。
 俺は生きるよ。手の届くところは助けたい。その考えは変えなくてもいいはずだ。

 ヴァンが苦笑いして話を続けた。
「話が逸れましたね、お城の呪いですが……。
 恋が終ったことによってのろいが解けました、
 では国が国である限りという事は何が無くなれば条件が終るでしょう?」

「……国を終らせる、ですか?」
 ファーナがヴァンに訊ねる。
 国を終らせるってまた大きい話だよホント。
「……そうですね。難しい条件です。
 国を成立させているものを無くさなくてはいけません」
 ヴァンの言葉にファーナが少し考えて言葉を出す。
「……国を成立させているのは王家では?
 その名の下にこの国はサシャータなのですから」

 国の成り立ちは政治のやり方によるのだろうがこの世界でもおそらく力在るものの元へと人が集まる。
 戦争して、纏まって。
 小さな世界を大きくして行く。
 戦争が多いのは世界が小さい証拠だろうか。
 いや、大きくても同じは同じか。

「ええ、と、なると……」
「……」

 ヴァンとファーナが黙り込む。
 何に至ったのか分からないが俺はルーの鼻を押していた。
 キュ、っと小さく鳴いて目をパチパチする。
 国か……国って何で出来てるんだろう。
 俺はさ、そういうことは考えずにただ生まれて、そこに属していたという感覚。
 ヴァンは国を作った側だろうし、それが何であるかが分かるんだろうか。



「――……私が死ねば、この国は、救われるのですわね……?」


 俺達の間を抜けた声は、掠れた、少し悲しい声だった。
 何時からそこに居たのだろうか、王女が扉を開けてそこに立っていた。
 フラフラと少し頼りない足で、部屋に入ってくる。
「……王女、無理はしないでください。
 それにそんな方法は」
「国のためなら――、命など惜しくはありません。
 この国にもうサシャータを名乗るものは私しかいません。
 ……王家の者は恐らく生きていたならばグラネダか、アルクセイドに亡命したでしょう。
 ですから……」

「ダメだっ!」

 どうせ、そんなこったろうと最初の言葉で思ったけど。
 んなことさせるはずが無い。
 俺の言葉に頭を振り、目の端に涙を浮かべる。

「――……もう、いいのです、シキガミ様。
 国は、もう死んだも同然です……。
 私が生きていたところでなんになりましょうか。

 それよりも……私もイグベルのところへ行きたい……!」

 ――分からない。
 なんで、そうやって死んだ人間を追おうとするのか。
 残された人ではなく、俺も死んだ人だったから。
 姉ちゃんには生きろって言って来た。
 勝手だけど、俺のこと何て忘れて幸せになってほしいと思った。
 想いがあると思う。
「イグベルって人もそれは望んでないよ」
「それは……」
 絶望の淵の王女にも、かの騎士が守ったものは分かっていると思う。
 死んで行く側の勝手な願い。
 それを背負わせる事になるのは分かる。
 でも、願わずには居られないんだ。
 たった一人の姉でも恋人でも。
 ……幸せになってくれって、願わずにはいられない。

「……それでも、あの人に居て欲しかった…………――」

 そう願うほどに、その人を想っていた。
 だから、そのイグベルって人が幸せだった事は容易に想像できる。
 それを利用されたんだ。
 きっとそれは許せない行為。


「だから、あの魔女を見返そうと思う!」

 バッと立ち上がった俺の膝からルーが転げ落ちた。
 動物らしくスタッと床の上に着地してプルプルと頭を振る。
 俺は皆を見回して少し笑う。
 国が国である、というのがちょっと意味わかんないけど。
 なんとなくどうやって解決すればいいのか分かった気がする。

「しかし……どうやって?
 サシャータがサシャータでなくなるには私が居なくならなくてはいけません」
「国が国である限りだから、名前が変わったって一緒だよ」
「ではどうやって?」

 王女が涙を拭き首を傾げた。
 ルーを含めた全員の視線が俺に集まる。

「……とりあえず、怒らないで聞いてね?」
「ええ、とりあえず提案としてききましょう」

 俺はコホンと咳をして皆を見回す。
 コレはきっと俺達の正解。
 簡潔に簡単に、そして犠牲者なんか出さない方法で国を元に戻す。
 いや、元には戻るかは王女次第。
 俺達が行うのは


「この国をぶっ壊そうぜ!」



 全員の声が揃って、驚きの声。
『えええええええええええええええええええ!!!』






 国をぶっ壊す。
 というのも、城から何からの有形のものを壊そうということだ。
 国民が、王女がこの状況を見て「国じゃない」と思える状況であれば。
 この場所、は救われる。
 国って、いろんなあり方があるとは思うけど、結局国民にとって国とは帰るべき家のある場所だ。
 だから城も家も含めて壊してしまおう、そうしようという判断。
 なんていうか割とそういうのは得意なパーティーだ。
 王女は難しい顔を顎に手を当てて固まる。やっぱ悩むか。
 でも色々考えてコレが最良だと俺は思う。

「命は取り返しつかないけど、家は作れる。
 でも帰る場所だから、そこに小さな国を感じるんだと思う
 だから、皆の居場所を壊そう。
 そしたら国じゃなくなるからどう俺の国民的意見?」

 そう思うだけだけど。
 王女が死ぬなんて事よりはずっといいかなと思う。


「――……壊して……国としてもう一度ここに直るのにどれだけ時間が掛かるでしょう」
 王女は眼を閉じて溜息を吐いた。

 長い時間が掛かると思う。
 沢山苦労すると思う。
 俺にはこんな提案しか出来ない。こんな簡単な事しか出来ないけど。
 絶対に、あの人の思い通りにはならないから。
 絶望を選択させようとする、その思惑。
 許せるものじゃない。
 だから俺の出来る小さな抵抗。精一杯の努力である。

「長い時間が必要かもしれません。
 ですが、貴方の元に集まる人間の力を合わせればきっとすぐです」

 ――ファーナが王女に微笑みかける。

 よっし。
 そんじゃいっちょ、ぶっ壊し大作戦といきましょうか――!


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