第127話『救国の騎士』



「っ……」
「大丈夫……?」
「大丈夫です……この程度の痛み、日常茶飯事ですよ」
「ああ、でもすぐ良くしないと」
「……お、お願いします……ぁっ」
「ん――」




 ――ロザリアさんの血を頂くために指を少し切ってもらった。
 即効薬を口に含んで回復も込めて舐めとる。

「卑猥です」
「ええ、卑猥ですね」

 ファーナとヴァンから冷ややかな眼と生ぬるい視線が飛んでくる。
「な、なんだよぅ! 別にちょっと血貰っただけじゃん!
 なんていうか仕方ないじゃんかよぅ!」
「そうですよっ、その、何も卑猥なことなど……っ」
 どんどん語尾を小さくしてごにょごにょ言ってるロザリアさん。
 本当に見たままだとなにもしてないけど俺が悪いみたいになって二人からの視線が……
「視線が刺さるっ!
 くそぅ! いつかヴァンにもかじりついてやるからな!」
「注意しておきます」
 ヴァンが苦笑いで一歩引いた。
 そしてファーナの笑顔が怖い。

「とりあえず!
 これで血の盟友<エンブレム・ブラッド>の権限がさ!」

 俺たちには反則的に使える魔法がある。
 神子とシキガミが一緒に居る事で使えるようになるカードが行使し、俺たちの補助用のものだ。
 大きさはタロットカードって感じか。

 無翼移動<リージョン・バッシュ>
 運命無視<フォーチュン・キラー>
 血の盟友<エンブレム・ブラッド>
 俺が知っているのはその3つ。
 他にもあるらしいけど、俺は教えてもらえなかった。
 二人同意でないと使用できなかったりどちらでも使用できたりどちらかにしか使用権が無いものがあるみたいだ。
 で、まぁ俺が行使できるものとしてはエンブレム・ブラッドがある。
 たぶんファーナにしか使用権が無いものってのもあるはずなんだけど。
 それはまだ一度も使った事ないみたいだ。

「……勝手にしてくださいっ」
 何故かファーナにとても拗ねられている。
 俺本気で特に何もしてないぞ?
 そんな、ほら、やましい意味で指をくわえたわけじゃないし……。
「なんで拗ねてるんだよぅ。指? 指がダメだったの?」
 もっと普通にくわえれば……普通にくわえるってなんだよ。
 首からいけばよかったのか? や、その方がなんか危ないよなぁ。
 うーんとヴァンに視線で助けを求めるがわからないという風に溜息とともに両手を挙げられた。
 ファーナにもう一度問おうと思ったとき、遅れた答えが返ってきた。

「……そんなこと。
 ……エンブレム・ブラッドは……
 ひと時でも貴方をシキガミではなくしてしまいます」

 ――そんな、くだらない事を拗ねてるのでは無く。
 ファーナと繋がる事も無く、ただ無力に人となる俺を憂いている。
 伏目になった赤い瞳が迷うように揺らぐ。

「まだ運命無視<フォーチュン・キラー>の方が――……いえ……
 どちらも変わったものではありませんね……はぁ……」

 俺が無茶をするのは構わないと思ってる。
 でも俺が無茶をする事はファーナへの心情の負担が大きいと気づいたのはつい最近。
 それでも、今は……。

 シキガミのカードにこういう大きな力がついている理由。
 それが何故なのかは今回痛感している。
 つまり、こういう事態を片付けるため、である。
 善し悪しを別に集められる神子とシキガミが起こす問題を片付ける為だ。
 きっと本来のフォーチュンキラーはこういったところで使うもの。

「ファーナ……。
 あの、今更だし自分で言うのもアレだけど。
 俺さ、仲間に恵まれてるんだ。
 だから、俺が一瞬ちょっと力を貸すだけで解決するかもしれないんだ。

 ……本当なら代償を払ってさ、フォーチュンキラーじゃん。
 でも、あんな不確定なリスクを殆ど負わずに助けられるんだ」

 何が起きるのか分からないし、あまつさえ、命だって奪いかねない。
 そんな敵が現れる事がない今回の幸運。
 ロザリアさんは人間的に真っ直ぐだし信用できる。
 きっと俺だから適当にやってると思われてるんだろうけど。
 一度は剣を交えた。本気で戦って分かる事があるなんて、漫画の中だけだと思ってた。
 でもそうじゃなくてさ……。わかるよ。
 タケと俺が全力で競って親友になったように。
 そこにある本気を感じ取って、その強さを讃え強く信じる事ができる。
 ぶつかって乗り越えて。そういう理解だってあった。


「ええ――……ロザリア、ご迷惑をおかけします」
「いいえ。私がお二人のお役に立てるなら光栄な事です」

 ――やっぱり、わからない。
 ファーナの晴れない感情を受けたままそのカードは俺の手に渡された。



 白銀の騎士が切り立った崖の上に立つ。
 台地が何かの影響で盛り上がったような場所。
 周りが平たいので此処に上がっただけでホント周りは良く見える。

 ――ロザリアさんは、視界にサシャータを収める。

 エンブレムブラッドの行使により、一時的にロザリアさんはシキガミの能力を得る。
 神性第2位クラスでの術行使が可能になれば呪いの重ね掛けで強さを上回れるんじゃないのか。
 完全な確信ではない、希望。



 軽いのかな……。


 俺は自分の力を把握できてなくて、軽々しくファーナを守る事を放棄してる?
 カードを使って叫ぶ事は俺じゃ何とかできないって認めてるって事だけど――。

「……なぁファーナ」
「はい?」
「俺は別に、シキガミを放棄しては無いぞ?」
「?」
「いや……うん。そんだけ」
 ぬー……。なんて言えば良いのか。
 そんな俺をみて、ファーナがああ、と小さく声を上げてクスクスと笑う。

「ふふっなんだかコウキらしくありませんね」
「そう?」
「ええ。もっと考えなかったのですが」
「……ごめん」
 馬鹿は重々承知だけど……。
 無意識に気負わせすぎるのもよくないと思ったから言ってみた。
「いいえ。視野が大きくなるのは良い事です。
 今は……貴方の信じる事を行ってください」

 ファーナと目が合う。
 相変わらずの真紅の目は真っ直ぐに俺を見て笑った。
「ん。ありがと……」

 カードを翳す。
 そのカードの先には街を見据える騎士がいた。

「んじゃ行くよ!」


「了解ですっ」
 真っ直ぐな意志を込めた凛とした返事が返ってきた。
「結構厳しいかもしれないけど頑張って!」
「はい!」
「アキにも使って十秒しないうちに倒れたから!」
「えっ!? は、はいっ! 覚悟します!」
「何故わざわざ不安を煽るのです」
「いや、必要かなって」
「貴方はいつも一言余計なのです」
「あの、なるべく早くしていただけると有難いのですが……っ」
 結構ロザリアさんの決意がぐらぐらと揺らいできているようだ。
 ぺしっとファーナに叩かれる。
 それに笑って再びしっかりとカードを構えなおした。
 するとそこにファーナの手が添えられる。
 フォーチュンキラーを行使するような決意を。

 ――シキガミは、俺だけの力じゃない。
 本当は、神子を守るために俺に貸された力だから。
 俺が簡単に手放す事を決めてはいけないのだけど――。

 俺の手の上に触れるファーナの手。
 熱く流れる感覚があってそれをきっとマナって呼ばれるものなんだろう。
 カードがゆっくりと光を帯びる。

「――貴女に問いますロザリア。
 貴女はこの力を何の為に使うのでしょう?」

 ロザリアさんはあの国から目を離さない。
 不安を与えただけの俺の一言とは違った意思確認。
 それに彼女は息を吸ってゆっくりと答える。

「私には約束があります――。
 私は王の命に従う騎士であり、それを誇りに思います。

 ――かの国に。
 無力を嘆く王女が居ました。

 助けて、と。

 人に縋り、涙を流していました。


 私は……
 この国の騎士ではありません。
 あの王女の騎士でもありません。
 ですが……。
 それでも。
 私達の国がそうであったなら
 アイリス様やリージェ様であったなら
 きっと今と同じ事をしようとするでしょう。

 真剣に。
 国を守りたいと思う人が居る。
 しかし戦争においては無力になりえます。
 それを守り、助けるのが騎士の役目ではありませんか。

 あの方を救いたいというのは私の勝手な正義です。
 自分ですら良くわからない未知の能力に託すなど恥以外の何者でもありませんが――

 もし、力を貸していただけるのなら。

 その恥を受けても、私は全力を行使し、



 私の正義を全うする事を誓います!!!」




 清々しいほどの正義に真っ直ぐな人だ。
 強いからこそ、やるべきことをハッキリさせるとその強さは際立つ。

 俺からもう言う事はない。
 ファーナも頷いて強く俺の手を握る。

「いくぞっ!!」

 今度こそ本気の確認。
「はい!!」
 屈託の無い返事に俺は手に力を込める。
 カードはさらにその光を増し、さらに少し、熱を帯びた。


「エンブレム――!! ブラッドッッ!!!」













「あ――!」
 これが、シキガミの世界なのか――!

 絶頂のような肉体の高まりに自分が笑っているのか泣いているのか良くわからない。
 数秒で倒れたなんて話も頷ける。

 背中から小さな衝撃を受けそれが身体に吸い込まれた。
 焼けるような熱さ。それに闘志が私を奮えたたせる。
 体中にある術式ラインを把握できるような優れた集中力。
 尚も眼中から外さぬサシャータを見てただの一言を言うのを思い出した。
 内側から広がって破裂しそうな感覚を押さえ込んで、己が使命を果たす為の呪語。

 こんな力を持って、背負わされて。
 あの人は毎日あんなに笑っていられる?

 術式ラインを認識して自分の眼に限界までマナを込める。
 加護を得ている為だろうか随分とそのマナ量を注いで余裕があることに驚く。
 魔女……この眼を行使することはそうである事を認める事だ。
 アレと同じ存在であることを。

 だとしてもそうである事で救えるものがあるなら。
 ――汚名を受ける事など苦ではない。

 術の行使で真っ向勝負など今まで経験は無いが――
 負けてやる気など一切無い……!!

 右腕を伸ばして目標を定める。
 自分でもわかるほど目の前は赤く染まって行く。


「その国の呪い!! 解呪せよ!!」


 ――ピィィン――!

 言葉とともに、目の前の赤は白に変わった。
 甲高い音とともに術陣が展開され、白く鋭い光を帯びる。
 中心から文字のようなものが流れ出て術陣へと散らばる。

 体から大量にマナが放出される感覚に少し足がふらつく。
 しかし――結果を見届けるまでは倒れる訳にはいかない!

「く……!」

 肉体が悲鳴を上げる。
 眼の端に映った髪の毛は――黒。
 正に、自分はシキガミになっているようだ。
 無理やりな仮神化。恐らくそれが大きな負担になっているのだろう。
 竜人に届かないこの身体では十に満たない時間を耐える事も出来ないのか――。

 ふいに、がくっと膝の力が抜けた。
 ここは高台で視野の都合上私は崖のすぐ傍に立っていた。
 倒れる――落ちる……!
 それでも、眼の中のあの国からは眼を逸らさない。


 肉体の限界を感じた。
 身体の末端から、激痛を感じ始める。
 視界に見える国に、真っ白な光の亀裂を見た。


「砕けろぉぉぉぉおおおお!!」



 今更、自分が倒れもせず、落ちもしてない事に気づいた。
 その熱を帯びた声の主は、自分と同じ景色を亀裂を見て叫んだ。

 彼だけじゃない。
 銀の賢者も、金の王女も。
 支えられて、自分はそこに立つ。

 ――。
 仲間に、恵まれた。
 彼の言葉は本当である。
 彼自身が実行するその姿に皆が動くのだ。
 優しくて暖かい仲間にそこまでされたら、応えない訳にはいかないだろう。
 仮神化の痛みを噛み殺して。
 耐える。

 ――!



 パキィィィ――!!!



 真っ白な破片となって、砕けるその姿を見た。
 同じく、私の中でも、意識がはじける。
 落ちるみたいな不安。
 でも。
 あの人の笑みを見たから――。
 安堵して意識を飛ばした。


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