第129話『指針』
サシャータからの帰還は割と盛大だった。
街の外に行くまでに詰め寄られて、パレードみたいになっていた。
ファーナが王女とバレてそこから俺がシキガミだとかヴァンがグラネダの官僚だとか。
色々騒がれてはいたけど。
アキ竜士団の英雄凱旋は街を出るまで大騒ぎだった。
凱旋っていうか、有名人に群がるって感じだったけど。
これを機に噂が広がって、竜士団の本当の再結成に繋がればいいな。
それをいうとアキは微妙な表情で笑って頷いた。
まだ色々迷いはあるのだろうけど。
俺はそれを応援している。
ので、精一杯竜士団の宣伝をしてきたら街を出てすぐアキに怒られた。
何故を聞いても頬を膨らませるだけだったけど……。
やっぱイメージ悪かったかなぁなんて。
言ってたら今度はファーナにペシペシと叩かれたんだけど。
……うん。
どうやら俺が悪いらしいので素直に謝っておいた。
「……早かったな」
王様は報告に来た俺達を見て、意外そうに言った。
グラネダに戻ってきてすぐ、俺達は早速王様に報告にやってきた。
今日の航空は順調で、強いて言うなら高度があったせいか軽くみんなでブルブル震えてた程度だ。
街の郊外に着地して、初めてグラネダの城門が閉じている様子に驚いた。
喧騒はあったし、呪われた雰囲気とはだいぶちがって安心したけど。
そこから人の出入りのある小さな城門から入って、軽く検査を受けた。
というか顔見知りだったので談笑しながら通してもらえた。
ロザリアさんやヴァンやファーナもいるし、素通しでもよったのだが形式的にはやっておくという感じ。
そこを通過して城へ戻ってすぐの状態だ。
部屋に来たのは俺とヴァンとロザリアさんの3人。
あまり大人数で行っても仕方ないという事で俺達だけだ。
相変わらず広い書斎に座る王様。
背に大きめに広がるガラスからは外の広い景色が見え、沢山の光が入ってくる。
こういうところを見ると現代調というか、おっちゃんがやらせたのかなと思う。
ヴァンが一歩前に出て軽く会釈をする。
「サシャータは無事に救われました。
ピアフローン様より、お手紙をお預かりしております」
ヴァンは懐から手紙を出して王様に差し出す。
それを受け取って手馴れたようにペーパーナイフで切ると手紙を取り出して読み始める。
そして何か印だろうか、ふわっと手紙が光って、納得したように頷くとそれを丁寧に折りたたんだ。
「……本物か……うむ。よくやった。
しかし早かったな」
呆れたように俺達を見回して笑ってみせる。
「ええ、神子との交戦はありましたがすぐに逃げられてしまいました。
国が目的ではなかったようです。
事件の解決は騎士ロザリアの活躍が大きかったです」
ヴァンが言って少し身体を引いてロザリアさんを見た。
「シキガミ様の力添えあっての功績ですが……そう言っていただけるなら光栄です」
「いや、来てくれたのがロザリアさんで助かったよ。ほんと」
俺の言葉におっちゃんはそうか、と笑ってヴァンに続きを促す。
「それにジャンピングスターですね。
あの移動時間の短縮も大きいです」
「はっはっは。だろうな。これが発達すればもう何処へ行くのにも楽になる。
今はシキガミとヴァンツェが居なければ使えない高級品だがな」
高級品っていうほど俺が高級じゃないんだけど。
「一回見ただけの設置術式を言語発動させられる奴はコイツしかないしな」
「すごっ!」
今更だけどヴァンって凄いよな。
さらさらとやってのけるからそういう感覚は薄いんだけど。
ヴァンは涼しい顔で軽く笑うと「そうでもないですよ」と謙遜する。
「まぁ、発展も一歩ずつだ。
ご苦労だった。私からも礼を言う。
それでロザリア、早速で済まないがカルナ隊から引継ぎを行って城の警備を頼む。
カルナ隊はアルゼ隊と合流後に前線捜索隊だ」
「了解しました」
ビッと姿勢を整えたためガシャっとかかとの金具がなる。
「シキガミ隊も城で待機してくれ。
他のシキガミとの交戦連絡があったようならきたらすぐに飛んで欲しい」
「了解っ」
おっちゃんの視線がとんできたので俺はそれに頷く。
報告としてはそれでおしまい。
ロザリアさんは早速部屋を出て任務に向かった。
ヴァンも詳細報告や仕事があるため早々に去って行く。
部屋に残ったのは俺だけとなった。
俺も行けばよかったんだけど、おっちゃんには聞きたいことがあった。
「おっちゃん、聞きたいことがあるんだ」
「ん? なんだ」
おっちゃんは仕事を再開した手を止めず、俺の言葉に答えた。
「……おっちゃんはシキガミのときの記憶って無いんだっけ」
「ああ、あんまりな。
ヴァンツェに聞いているものと少し思い出せるところがある程度だ」
ぺラッと書類をめくって、判子を押す。
すぐに次の書類に手をやってそれを読み始めた。
その姿を見るとあんまり邪魔をするのも良くないな、と思った。
小さい頃、父親がよく本を読んでいる姿を見た。
洋書で俺にはちんぷんかんぷんだったが、本を読んでいるとき父親は静かで邪魔をしてはいけなんだと子供心ずっと思っていた。
だからなんとなく。邪魔をしてはいけないという気になる。
「シキガミ同士の大きな戦いってなんか思い当たる?」
だから俺は手っ取り早く、聞きたいことを聞くことにした。
おっちゃんは「んー……」と低い声で唸って、少しだけ手を止めた。
「……ある、な。記憶にも断片的だが。
私が体験した一番大きな戦いは、親友との戦いだよ」
「親友……? 友達、と、戦ったってこと?」
「ああ。紛れもない親友だった男と戦った。
夢人<ムト>と言ってな。向こうでも10年来の友人だった。
……恐いかコウキ君。友達と言ってるやつらと戦うのが」
おっちゃんは俺を見て、その言葉を投げてきた。
恐いに決まってる。
だって、友達と戦うんだぞ?
俺はさ、友達って会うたびに一緒に笑ってさ、馬鹿やってさ。
長く仲良くやってく奴等って、思ってたんだ。
いっぱい助けてもらった。キツキにも、タケにも。
「恐いよ。戦いたくないしさっ。
そ、そのシキガミとの戦いってさ、どんぐらい被害が出た?」
「ああ、グラネダの後ろに崖があるだろう。
あれを辿ると世界を分ける十字傷に行き着く。
それを作ったのがどうやら私らしい」
でけぇ……。
でも俺も、ソレと同じ事が出来る力を受けた。
「……私もキミも。
望んで、此処に居るわけじゃない。
でもどうやら私たちに与えられた力は、人並み以上のもののようだった。
それをどう使うのかは私たちに任されている。
だからそれをどう使うのかは、キミ次第だ」
そう、俺達が正しく使う事でそれは世界に不幸を与えたりはしない。
「……その友達は、どうなった?」
「さぁな。もしかしたら死んでいるのかもしれん」
さらりと言い切って、ひとつ書類に判を押した。
そしてすぐ次の書類に目を通す。
「……やっぱり覚えてないのか……」
「ああ。残念だがな。
最近少しばかり思い出せるようになったがまだまだ断片的だ。
何故私が生きているのか、その経過は定かじゃないが。
後悔も出来ないし、悲しみも少ない」
「……ごめん」
「いいさ。だがコウキ君。
私には記憶も殆ど無く、友には残酷だが悼む心も余り無いが――。
……一つだけ自慢できる事がある」
「自慢?
王様になったこととか?」
そういう職業にはなれることは稀有なことだから。
そんなことを自慢するような場面ではなかったけど、一応それだけ言って見た。
案の定違うみたいでまた豪快に笑われた。
「はっはっは。まぁそれも結果的にそうだがな。
私は、どうやら神子を守りきったようだ」
つまり守りきる事ができるという証明。
それが生きているということ。
彼女が生きたから、おっちゃんは国王になった。それが結果ということ。
「まだまだこれからなんだよキミは。
血反吐を吐いて、涙を流して。
それでも渇望して生きて進み続けるなら、きっと得られる結果がある」
「……でも俺と同じ環境に居て結果を得られない7組が居る」
神子と合わせると、14人。
俺だけで得られる幸福には、興味が無い。
友達、恋人、家族。
そう呼べる誰かと一緒だからずっと楽しい。
「ふむ――キミは、それらすら、救いたいと?」
「そうだよ」
友達だから。
ただ一つある俺の単純な想い。
ファーナは当然。
「もし、神子とシキガミだけで競って、神子とシキガミだけで纏まるなら俺はそれをなんとかした。
でもサシャータに行って、俺の知らないところにまで被害が行ってて……。
人が多すぎて助けられないかと思った……。
……コレが。
コレが本当に戦争ってなって、手が届かなくなると……」
いつのまにか身振り手振りをしながらおっちゃんに説明をしていた。
手に余ってこぼれる誰か。
――あの世界では俺達だった。
だから、要るだろ?
全部助けてくれる人がさ……。
「っはははははは!」
話の途中で、おっちゃんが盛大に笑い出す。
「な、何で笑うんだよ!?」
「いや、コウキ君の顔が面白くてな。
こんな顔してたぞ」
目を寄り目にして口を尖らせたあからさまに変な顔をする王様。
「してないよ!」
「キミは英雄になりたいのか?」
言葉を聴くと大それたものに聞こえる。
「いや、そうじゃないけど……やりたい事はそうなんだ」
ちょっと考えれば、そうだった。
なりたいわけじゃないけど、それを成したいのは間違いない。
栄誉は必要ないけど助ける力は欲しい。
「ふぅん。やればいいと思うが?」
「なっ……!?」
「簡単に言いやがってとか思ったか?
言うさ。簡単に出来る事があれば私がやってる。
青いな小僧!」
笑った顔のまま俺を指差す。
そのしぐさが悔しくて屁理屈で応戦する。
「青くないっむしろ赤いっ」
赤いコートが俺の目印。
おいそれと脱ぐと皆に見つけてもらえないんじゃないかとたまに思う。
「問題は服じゃない!
キミが成そうとしてるキミのエゴはな、キミがそのままじゃ到底叶わないさ」
「じゃぁどうすりゃいいんだよ!?」
「私だって、どうにかしたいさ。
答えを用意してやれないのは残念だが。
私は私の味方に対して、常に最善の判断を下す事を正義としてる。
キミは、君一人で背負いすぎだ。
キミには仲間が居るだろう?
そいつらは、そんなにも頼りないのか?」
「そうじゃないけど……」
「キミは右を向きながら左を向けない。
ならキミが右を向いている間は、左は仲間に任せるだろう?
キミがサシャータでロザリアの力を借りたように有力な人材にそれを任せる事も必要だ。
悩めよ。決断はお前にしか出来ない。
愚直に強くなることも、考えて強くなることも。
ああ、進む事はやめるな。止まるな。置いて行かれるぞ。
キミには今何ができる?」
今、俺に出来ることを問われた。
記憶は無いし、手がかりなんて無いだろうとは思ってた。
なんだってやろうとは思ってる。
だから訊ねた。
でも
俺よりもっと愚直に強くなれる奴がいる。
俺よりもっと考えて強くなれる奴がいる。
俺に出来ることってなんなんだ。
ソレが知りたかった。
だからおっちゃんの言葉の中に、探してみる。
俺ができそうなことを、ひとつだけ。
「……進む事をやめないってところかな……」
「そうか。頑張れよ若造」
「…………ありがとおっちゃん」
「おう、このおっちゃんにゃ眩し過ぎる話題だった。
それに、私はまだ、ムトの死を見ては無い。
アイツ等なら、どっかで平和に暮らしてる。
そう思ってるよ――」
話を聞き終えた俺は一礼して部屋を出た。
友達と戦った。
それだけで結構なショックだった。
俺は戦わないつもりだ。
でも、おっちゃんだってそうだったに違いない。
現状、俺が戦う以外の道は見えていない。
ただひたすら強くなることは念頭にある。
でもそればっかりじゃ、足りない。
仲間、かぁ。
確かに俺は恵まれてるんだ。
俺が頼ってきたアキやヴァンは世界でも有数の優秀な仲間。
それに俺にとってはかけがえの無い友人だ。
だから巻き込みたくないんだ。
その方法を聞きたい。
その方法に最も近い人はおっちゃんじゃなかった。
確かに良く考えれば同じ立場の延長に居て、その過程は失ってしまった人だった。
後悔を引き継げない。
記憶を失わせたという事はそういうことだ。
成長しない……シキガミは――。
同じことを繰り返す。
戦って守って壊して直して。
それをずっと、ずっと。
――なんか、おかしくないか。
俺達は神子を助けるために此処に居てさ。
俺達の前にも同じような人たちがいるのに同じ道しか歩けない。
ずっと停滞して変わらないこの戦争。
……会って聞かなきゃいけない人がいる。
役者が揃って。
一気に回転し始めた俺達の戦争。
そこに存在する何故に答えてくれるのは――。
『ようこそ神々の祭壇へ。私加護神メービィがもてなさせていただきます』
靡く金色の髪。
彼女が一礼から顔を上げ、さらさらと髪が纏まって行く。
一度閉じた真紅の眼を開いて俺を見る。
やっぱり見た目そのものはファーナにそっくりだ。
それもそうだろう。
ファーナは自分を神性の器、メービィは神性そのものであると言っていた。
「おっすメービィ」
俺がそういうと薄く微笑んで少し髪を揺らす。
王座に座っていた彼女が立ち上がって階段を下りた。
そして少し俺を見上げてペコリと頭を下げる。
『……こんにちはコウキ』
何故か少しだけ照れたようにそう言って俺を見た。
なんか俺が恥ずかしい。
「え、あ、おう。どうしたの?」
『別に、あの、特に問題はありませんっ』
小さく頭を振って再び笑う。
「うそだぁ。
そうそう、睡眠不足だと挙動不審になりがちだからちゃんと寝ないとダメだぞ?」
『貴方はわたくしを不健康な子供か何かだと思って居ませんか?』
食生活から睡眠時間まで幅広く応援しますイチガミ健康機構。
久しく見ないと心配になるのが親心なんじゃないだろうか。
きっと俺のはそれに近い何かだ。
「だって心配なものは心配なんだもん」
『神を何だと思ってるんですか貴方という人は……』
まったく、と溜息をついて、クスクスと笑う。
そして少し間をおいてちょっとだけ視線を強くして俺に視線を送る。
『それで――本日はどのような疑問が御座いますか?』
空気が少し冷たくなったような錯覚。
この部屋はいつも赤く暖かいけれどメービィが覚悟を決めたような瞬間に少し冷めた気がした。
きっと緊張したのは俺のほうなんだけど。
だから少し焦って口を開く。
「ああ、なんか漠然とだけど。
シキガミの意味を教えて欲しいんだ」
『シキガミは以前も話した通り神子を守る――』
ファーナが言いかけた説明を俺は手で静止の合図をする。
「いや、そうじゃなくて。
俺達は神子を守るために召喚された。
それは何年も前から。
ラグナロクの為に何度も続いてるんだよな?」
神子とシキガミの戦争は、ずっと続いているのか。
まずそれを聞く。
『……ええ。そうです』
肯定の言葉をきいて俺はさらに続ける。
「おっちゃんがどうなって今に至るのか、それはメービィには言えないんだよな?」
『はい。他人を暴く事は許されませんから』
此処までは大体聞いたことであるし、予想通りだ。
問題はここから。
「じゃぁ、シキガミがどうなるのかは?
勝った奴が。負けた奴がどうなるのか。
現に勝っただろうおっちゃんは生きてるけど記憶を失ってる。
絶対そういう生き方をするしかないの?」
まず俺達が絶対に辿り着くであろう話。
負ければ死だというのは聞いている。
生きた後に記憶喪失というのは何故なのかは聞いていない。
『絶対ではありません。
ただ――そうですね、そういう選択をされたのだろうと思います』
「選択?」
『ええ。選択です。彼らが辿った道の最後にそういう選択があった、という事です』
「じゃぁ、他にもあるんだな?」
『ええ、きっとそれはあなた方次第ですけれど……』
相変わらず答えは明白なものがもらえない。
未来だからだろうか。
仕方無い事だろうけど。
「そっか……」
考えてみる。
その選択肢を増やすためにできる事を聞くべきなんだろうか。
『申し訳ありません、わたくしにはこのような答えしか用意できなくて……』
「や――いいよ。まだ質問もあるし」
『珍しいですね』
「ああ、今日は長いぞっ」
『はいっ頑張りますっ』
少し気合を入れてぎゅっと拳を握る。
なんかよりファーナらしいというか、なんというか。
だから少し気分が和んでとりあえずぐりぐりとメービィを撫でてみる。
『な、なにか?』
「意味は無い!」
頑張ってるやつは撫でるのはウチの親父からの受け売りだ。
染み付いたそれはなんとなくの他無い。
『そ、そうですか……』
「でさ、続きなんだけど」
『はい』
「俺、神子とシキガミは全員救いたいんだけど何をしておけばいいと思う?」
進みあぐねている。
もし今立ち止まったらタッチの差で届かないものもある。
方向が欲しい。
せめて指を差すだけでも。
守るために強く成る事。
乗り越えるために知識を得る事。
仲間と協力して進み続ける事。
今までやってきた事全部はこれからもすること。
次へ行くには次の事を知らないといけないだろう?
『……返答に困りますね』
「だろうけどさ……無い、かな」
やれる事は全部やってる。
それでもまだ足りない気がするから。
此処に訊きに来た。
これまでを繰り返すだけで本当に足りるのだろうか。
『いいえ……あります。貴方がすべき事――……』
そう言って、メービィは俺を指差した。
/ メール