第130話『直進』
指差されたその先を追って一度は振り返ってみたけど何も無かった。
「俺……?」
それは要するに自分のことだと気づいて振り返りながらそう言った。
メービィは小さく頷いて胸に手を当てる。
『ええ。あなた自身に――』
少し息を呑んで、メービィがその真紅の目をこちらに向けた。
「まさか内なる力が!?」
滾る必殺技が眠っていたり……!
『いえ、貴方には見つけなくてはいけない“モノ”があります』
しなかった。
『な、何故そこでうなだれるのですっ』
メービィはおろおろとした様子で俺を見た。
「ううん……ちょっと俺の心がまだまだ甘かったってことさ……。
俺のピュアな心を玩びやかって!」
まぁ明らかに俺が変な期待をしたんだけど。
そう上手くもいかないものである。
『そ、そうですか……何故だか知りませんが申し訳ありません……』
「あっはっは! いいよ。で、俺が見つけるモノって何?」
真面目だな〜なんてぺろんぺろん手を振って、メービィに聞き返した。
真摯ではない俺の態度に怒ったのだろうか、少しだけ頬を膨らまして視線を逸らす。
『もう……ぷっ』
すかさず、指で頬っぺたをさす。
「ははははっファーナみたいだなっ!」
にてるなぁなんて漠然と思う。ファーナと違って髪飾りが無い。
あとちょっとだけファーナより大きい、かな?
もうちょっとは気にしてる背が伸びるのかもな。
『……っ!』
頬を押さえたメービィが真っ赤な顔でこちらを見た。
怒ってるというか、泣きそうな顔。
今度その表情に戸惑う事になったのは俺。
「あ、ごめん! 痛かったかっ?」
爪でも刺さったか!?
ちょっと冷やっとした汗が流れる。
そういうつもりじゃなかったんだ。
メービィの頬を抑えた手をとって、肩を掴んで寄せる。
怪我はしていないようだ。よかった。
「大丈夫――?」
真っ直ぐ向き合って、その意図を確認しようとした。
メービィは何度か、何かを喋ろうとしていたような動きをした。
声にならないって言うんだろうか。
その何故を知ろうと言葉を出しかけた瞬間に。
その世界は、真っ黒になって消えた。
なんだか良くわからないまま、会話が終了した。
すごく納得がいかない。
そして、グラネダの神殿へと俺は戻される。
目の前には神を祭る祭壇を模した部屋があるが、ここには実際あまり意味は無い。
聖域であるここに入る瞬間に招待が可能らしいので一度此処を出なくてはいけない。
何で入る時しかダメなのか。
まず俺達が別の部屋に入る、別の空間に入る。そういった行動を置き換える為だ。
世界の変換は俺達に認識させてはいけない。
俺達は部屋に入った、という行動の次に、メービィの祭壇に着いたという事実を得なくてはいけない。
だから聖域に居る、という事だけでは足りず、俺達はその行動を行う必要があるらしい。
ぶっちゃけここまで喋られて、良くわかんなかったんだけど……。
「まぁあれだろ? 部屋に入るにはノックして扉開けろって事だよな?」
普通の礼儀だろ? と軽く答えた。
『まぁ……コウキですしね。そんな感じです』
と認められた。
さて、そんな過去のお話はさて置き。
俺はとりあえず一旦部屋を出て、扉を閉める。
うーん。怒ってたら召喚してもらえない可能性もある。
あと、扉の前でメービィを先に呼ぶと、ラジュエラが俺を呼ばなくなる。
空気を読んでくれる戦女神様だ。流石だ。
とりあえず扉を叩こうと右手を上げる。
「あーと……メービィ。なんかごめんかった。
とりあえずもっかい通して」
ギィ――
言って、扉を押す。
再び俺は、祭壇へと招かれた。
『ようこそ神々の祭壇へ。私加護神メービィがもてなさせていただきます』
決まり文句は遠くから聞こえる。
空間は、赤に包まれている。
赤い絨毯、壁に掛けられた赤い布。
焔が灯り、しかし天窓から光も入っている広い空間――。
だから、少し疑問があって俺は手を挙げる。
「あの、メービィさん、質問があるんですが」
俺は早速入り口から質問を投げる。
『はい、なんでしょう』
返答はすぐだ。
この空間自体は彼女自身の空間で、俺の声や彼女の声が聞こえないという事は無い。
別に気にしなくてもいいといえばいい。
それでも俺はこの質問をせずには居られなかった。
「なんで俺の位置今回こんなに遠いんですか」
説明すると、今までは入り口からメービィの座る王座までの距離は20メートル無いぐらいだった。
でも、今はどうだ。
明らかに倍、とかそういうレベルじゃない。
俺の目の前に、超長い廊下が出現している。
メービィはその先に居るんだろうけど。
まず、姿が見えない。どこに居るんだ?
『そ、それは、その……』
歯切れが悪い。
やっぱり怒ってんだな!
「よし、わかった。とりあえず走る!
ちょっと待ってろ!
くおあああああああお――!」
ダンッ――!
俺は数分走った末に辿り着いた最後の一歩。
そこで大きく踏み込んで飛び上がる。
「ごめんなさーーーーーーーい!!!」
バンッ! ズザーーーー!
空中で既に土下座のポーズ。そしてそのまま華麗に着地する。
エアリアル・土下座と後世に響き渡る必殺技である。
嘘だ。
「はぁはぁはぁ……」
超疲れた。
本気で走って数分ってどんな部屋だよ! こんなの部屋じゃねぇ!
とりあえず走ってる間に俺が何やったのかを復習しつつ
走ってる間にどうでもよくなって、
走ってる間にハイになってきて、今に至る。
とりあえず謝っておいた。
顔を上げると、なんだか凄く困惑した目でメービィが俺を見ていた。
『わ、わたくしは貴方の何を讃えればいいでしょう……?』
「はぁはぁ……気持ちだけ……受け取るぜ!」
なんだかちょっと悲しいし。
『そうですか……その、そこまでされてしまうと、わたくしも今更言い難いのですが……
その、少し、驚いた、だけで……その……
ちょっと、人と同じ触れ合いが、は、初めて……で……
その……どうすればいいのかわからず……』
王座に座る少女が顔を隠して語る。
……さすがファーナの本体である。
恥ずかしがり方も神様なりに大きい感じである。
まぁとりあえず、俺がいきなり仕掛けたのが悪いようだ。
謝っておいて正解である。
「はぁ……なら良かったよ。
頬っぺたにグサッと行ったのかと思った」
『それは、まぁ……ありましたけど……』
「ぷって言ったしな!」
『貴方のせいでしょうっ』
「ごーめんって!」
『貴方はっ! わたくしを神だと思っていませんねっ!?』
「え、うん」
俺は立ちながらとりあえず自分の服を調える。
エアリアルやりすぎると膝がテッカテカになっちまうから注意が必要だな。
服はそういう材質では無さそうだけど。
『……知ってましたけど……はぁ。
もう……いいのです』
うん。ファーナに似てる。
凄く弄りたくなるなホント。
一つ一つの反応が楽しいし。
でも、俺がそう行動するのは――。
「なぁ……メービィ。
前より、ファーナに近づいてる?」
性格が。行動が。
少しずつ、ファーナに近づいている。
殆ど同じにすら思える。
『……貴方に知られてしまうという事は、相当近づいているのでしょうね……』
メービィは視線を下げて、小さく息を吐く。
『わたくしは、貴方に見えるようになった』
自分の両手を見て小さく握る。
『……そして、もう、触れられるようにもなってしまった』
言って再び、席を立つ。
王座から歩いて降りて、俺の前に立った。
そして一度俺を見て、自分の手に視線を落とす。
何を考えてるのか良くわからない。
とりあえずその様子を見ていると、意を決したように手を握って俺を見た。
『……えいっ!』
「おっ? な、なに?」
バッっと抱きつかれた。
さすがに少し驚いてどうすればいいのか迷う。
『……触れます』
「う、うん……」
『暖かいです』
「まぁ、生きてるし……」
なんだか、ドキドキする。
メービィからも体温は感じる。
実体があるようにしか思えない。
『……有り難う御座います、コウキ』
言って、俺を解放する。
触れられていた暖かさが無くなるのは少し寂しい感覚。
満足げに笑うメービィ。
でもなんだか悲しげにも見える。
『では、貴方の探しモノの続きをお話しましょう』
話を振られて、はっとする。
此処に俺が来た理由の話。
「あぁ……じゃぁお願い」
なんとなく頬っぺたが熱い気がして、そっぽむいたりしてみる。
良くわからない。何かを抱えてる。――なんだろ。
メービィは背を向けて手を広げる。
そして王座へと数歩歩き、また振り返る。
赤いスカートが広がってゆっくりと元に戻る。
『ええ。貴方が探すべきなのは、片割れ、貴方の分身』
またえらく抽象的なのが来た。
「……モノの名前は?」
うーんと考えるポーズで聞いてみる。
『名を暴く事はできません。
しかし、貴方が手にすべきモノに違いありません』
俺が手にすべきモノ……片割れ。
「……フライパン、返し?」
二つ無いとな。
メービィはフライパンの裏をお玉で叩いたら丁度いい効果音の顔で俺を見ていた。
『……貴方はそんなものを得て何をする気なのですか?』
ジト目で俺を見て口元に手を当ててそう聞いてきた。
「ホットケーキとか? あ、お好み焼きも作るぞ!」
焼きソバだっていいじゃない!
あ、なんか夢膨らむじゃん。
『いえ。この際貴方の作るものはいいのです。お馬鹿っ』
「ひどい! 旅のひと時ぐらい、いや、むしろずっと楽しみたいじゃん?
おいしいご飯は活力元だと思いませんか奥さんっ」
今俺はしゃもじを持って叫んでもいい。
ご飯がおいしいことは幸せな事なんだと世界に知らせなくてはいけない。
『主夫は貴方の方でしょうっ』
「仰るとおりさ!」
腰に手を当ててどーんとその言葉を受け取る。
食事当番は交代制だが、もうそれも何年目かよくわかんない。
こっちに着てからもそうだし。
『……不毛ですね……。
ですが、わたくしから与えられる事はここまでなのです』
メービィが頭を横に振ると金色の髪を揺れる。
神様の規定は色々難しいらしい。
聞くとなんとなく理由は分かるんだけど、それを毎回聞いても俺にはどうしようも無い事が多い。
だからメービィの精一杯のヒントを貰って考える。
「そっか……。
そうだな。ありがと! なんとなくわかったっ」
『ええ――しかし、本当はわたくしが指を差す必要など無いのです。
貴方はちゃんと辿り着きますから。
だから、今までどおりで構いません。
貴方らしく真っ直ぐ歩いてください』
胸に手を当てて微笑むメービィ。
返答に困りますね、なんて最初に言ったのはそういう意味だったんだろう。
屈託無く俺を見るから、俺もそれに笑い返す。
「おうっ!」
愚直に走るだけ。
俺がさっき走ったこの部屋みたいに真っ直ぐ。
それで良いと言ってくれるならそうしようと思える。
進む事をやめない。
俺に出来ることはそれ。
答えはあんまり変わらなかった。
探すものを探す。そんな状態。
でも――すっきりした。
このままでいいと言ってくれる誰かが居る。
それはいつも――。
「――……! くっ! ……撤退だ!
こいつはシキガミだ!!
ヴァース隊にも伝えて、下がるんだ!!
絶対にコイツと戦うな!!!」
アルゼマインは叫んだ。
宵闇に怒声が響く。
すでに兵の半分は逃げていた。
あとは勇猛で忠実な部下達が残っていたが、彼らにも同じ事をしろという命令が下った。
剣幕に気おされ、歯を食いしばって、一人、また一人と背を向ける。
その背を確認する事は無かったが、そこに誰も居なくなったのは気配でわかった。
「ほう――。見事な引き際だな。
だが、主は引かぬのだな?」
「当たり前だ! 僕が此処で引く訳にはいかない!
だが……! 足止めぐらいはさせてもらう……!」
アルゼが剣を構える。
蛇腹剣が甲高い音と共に剣としての形をとる。
「はは、その意気や良し。
だが――その判断だけは間違った。
全員で引くべきであった。
先にも言ったとおり、追う事は無い。
面倒臭いからなァ――」
「一つ答えろ……!
お前は、本当にシキガミか……!?」
「あァ、いかにも――」
面倒くさいを身体で表現しているのだろうか、ソイツは首に手を当ててゴキゴキと音を鳴らした。
漆黒にとける髪。
薄気味悪いほど青白くみえる肌。
大きな鎌を地に着け、鈍くその刃は光っている。
それに黒の鎧を纏った――アルゼから見れば、死神のような男であった。
「死に行く騎士へ名乗ろう。
覇道がシキガミ。
名は――そうよなァ、
六天魔王<ろくてん まおう>と言おうか。
いずれ世を統べる王となろう。
さァ……そこを退け。
邪魔だ小石風情が――」
アルゼの目の前の隊は4,5人だった。
ただし、神子が居る様子は無い。
神子とシキガミの成す心象武器、アルマの存在は神子の歌によりシキガミが出現させるものと聞いた。
――だが、その男は。
面倒くさそうに、大きく得物を構える。
一々言動や行動に虫唾が走る。だが、その一つ一つに戦慄を覚える。
あの武器を彼は最初は持って居なかったのを確認している。
それに一振りの威力としては絶大。
目の前に転がった英雄達十人の亡骸は、一振りで築き上げられたものだ。
それもこともなげに、片手で、だ。
「一撃で決めるぞ」
「お断りだ……!
面倒くさかろうが何だろうが、少し付き合ってもらうぞ!」
「そいつァめんどくせェ。お断りだ――!」
恐怖はある。
だが、此処をタダで通してしまっては後ろに配置されているヴァースやカルナにも被害が出る。
最悪、立ち向かう事によって死ぬ。
避けなければいけない。
コレは、シキガミといっているが、アルゼの知っているシキガミとは違うモノだ。
全力を持って排除すべきだと、本能からの警告。
そのすべての技を持って排除に当たる――。
その剣戟は、ただの一度聞こえたのみであった。
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