第131話『死は復活』



 戦女神と剣を交えている時は、それ以外のことを考えちゃいけない。
 余裕なんて無いけど一瞬でも油断してしまえば、そこに神速の一撃が切り込んでくる。
 最も戦闘に集中した最高の状態だ。

 宝石剣がチリチリと火花を放つ。
 その熱とは対極に俺と打ち合うラジュエラは何時にもまして涼しげだ。
 腹立たしい事にその理由は俺にも分かる。

 俺の手の内は全部バレてる。
 確かに片腕の時なんかよりずっと打ち合いはマシにはなったんだけど――。
 ただ、均衡が続くだけ。

 大きく弾かれたついでに体勢を立て直して、構えを解いた。
 ちょっと気になる事を聞いてみたくなったから。
「――ラジュエラってさ、神隠しとか使えるの?」
 表情をピクリとも動かさず同じように彼女も構えを解く。
 構えが無いという状態なだけでいつでも反応はするつもりだ。
「いや……使えないな。君が死んだ時に我が貰い受ける」
 その涼しい返答は祭壇に来たばっかりのときの雑談のようだ。
「そういうもんなのか」
「そうだ。君に宿るそのスキルそれも、歴代の猛者が烈火の如く修行して作り上げた結晶だ」
 道理で凄いわけだ。

 技術に工夫をしないわけにはいかない。
 両手で神隠しも出来るんだけど、それはいざって時にはったりを使ったりしながらじゃないと使えない。
 もっとこう――俺の、足りない何かを補うものが欲しい。
 何が足りないのかは、剣を合わせて模索している。
 ただ、それは、似通った剣を合わせて見えるものなのかどうか……よくわからない。

 そうだなぁ……戦い方とか変えてみようかな。
 千里の道も一歩から。何事もチャレンジしなくちゃ始まらない。
 とりあえず2刀を神隠しできるのはいいんだけど手元に剣が無くなるのがいただけない。
 効率を考えて4刀?
 でも4つも持ち歩けないなぁ。
 ここやファーナが居るならまだしもなんだけど
「そうでもない。君のベルトにはまだ装着可能だ」
「えっ、そうなの?」
 剣の鞘というのは大体形状が決まっていて、ベルトなどに通せるようにするために金具がついている。
 俺の場合は腰から前へ長さに余裕のある細い革ベルトをその金具を通して巻きつける事で剣を固定する。
 確かにまだベルトの長さに余裕はあるので腰位置にもう一対ぐらい持てそうだ。
「てか、詳しいなっコレ拾い物なのに……流石神様?」
 というか、また思考を読まれたのか。
「あぁ、我が渡した物だからな。あと、キミは今全て口にした」
 腕を組んでしれっと言うラジュエラ。

「何だとぅ!?」

 ――ずっと身元不明の落し物だと思ってたコレがラジュエラ特製のベルト……。
 俺はそんなディスティニーを毎日持ち歩いていたのか……!
「気づかなかったのか? ほら、この紋章と同じだ」
 ラジュエラが自分の肩とベルトのバックルを指差す。
「あ……うあーーー! ホントだ! おそろだ!?」
「神意賜宝<しんいしほう>。長く使ってもらって嬉しい限りだ」
 おそろには触れてもらえなかった。
 まぁ多分慣れきってるんだろうけど。
 なるほどこうやってラジュエラ一派が増えていくのか……!
「――じゃぁ、最初に、俺に剣をくれたのは、ラジュエラだったのか……!」

「言っただろう、無対を専門で扱うのは君が最初だ。
 門出の祝いもしないほど戦女神は無礼ではないよ」

 クスクスと笑う戦女神。
 ――ヴァンが言ってたな。
 神様からの賜り物みたいな時もあるって。
 小箱がそうだしなぁ。
「そっか……そっか!
 あ、なんかすげー納得した! 有り難うラジュエラ!」

 なんか今となってはどうでもいいけど謎が解けた瞬間のこの感覚。
 まさか身元不明の拾いベルトが……うん、誰かの遺物じゃなくてよかった。
 もっと不自然がってもよかったんだ。
 俺からすればあの時も今も落ちてくる道具はすべて受け入れる状態が整っている。
 バッチコイ。
 ただ幸運な落し物――そんな物だと思っていた。

「あまり良い物では無かったがな」
 こと戦いに置いては俺のほぼ全てをプロデュースする凄腕のトレーナーが居る。
 まさか最初の最初から仕込まれていたとは恐れ入った。
「そんなことないよっめちゃくちゃ使いやすかったし」
 確かに次に拾った地精剣のほうにすぐに換えろって言われちゃったけど。
 粗品のシャーペンだって俺は5年使えるしね!
 まぁ粗品と一緒にするのはアレだけど。
「つまりあれだ。ご祝儀的な何かだ!」
 俺専用入門キットと思えば全然事足りてる。
 俺的にはとてもいい物だ。
「……あぁ……まぁ、君にはそうなんだろうな」
 凄く微妙な顔をされる。
「ついにラジュエラにまで!?」
 なんなんだろう。俺だから仕方が無いという何か計り知れないものが容認されている。
 きっと俺には知りえる事は無いんだろうけど。



「さて……雑談は終りだ。
 仕上げるぞコウキ」
「仕上げるって……?」
 クリーニングに出した服みたいな感じ?
 いや、ほら。パリッとなって帰ってくるじゃん? あの仕上げた感。
「キミは今、いくつ小箱を開けた?」
「んと、11だ!」
 ゼロの試練って奴から順当に6つまでは1つずつ。
 地下迷宮で2つ。ドラゴンで3つ。
 ついに指だけのカウントじゃ足りなくなった。
「半分だな」
「半分だよ」
「先の予想は?」
「……4と5で後二回じゃない? たぶんだけど」
 嫌な見通しだけど。外れて無さそう。
 全部3にしてもあと三回。というかここにきて一個ずつは無いだろうなぁ。威力的に。
「ふむ。試練も際だな」
「仰るとおりで」
 死にそうになりまくってるもん俺。
 俺のせいな所もあるんだけどさ。

「いや。見事な見解だよ。
 実に正しい。試練とは常に自らより上を課されるものだ。
 だからキミもそれに備えて力を求めている」

 そうだ。
 別の道も探してなくは無いけど。真っ直ぐ行く以外の道が見えない。
 探す事を考慮してその道中にヒントでもあればと思う。
 願うしか無いというのも心許ないけど……。
 求めれば与えられる世界。ここはそうだ。

「そんなキミを讃え、キミを完成へ導こう」


 ――神様が抽象的なことを言っている時は変に切り替えしちゃいけない。
 余計に訳が分からなくなる。
 特にラジュエラはすぐに行動や結果にしてくれるから。
 それに従おうと思えるのだ。

 その異様な空気を肌で感じて剣を構える。


 ――ラジュエラが今までとは決定的に違う動きをした。
 飛び上がったかと思うと床の無い場所を蹴って直角に俺に向かってくる。
 脳が一瞬にして戦闘の態勢へと切り替わる。

 鋭い突きを避け同時に薙ぎの剣を防ぐ。
 宝石剣で斬り返すと瞬時に引いたラジュエラはおらず空を切る。
 心臓がバクバク言ってる。
 恐いといえば、恐い。
 それよりも冷静に、狩ることを。狩られることを考える。

 ラジュエラは俺をみて、口も動かさず問う。
『――目が覚めたか』

 確かに雑談から一気にこうなれば目は覚めた。
 ただ、神性として話してくるような機会は滅多に無い。
 それはそれでめずらしいんだろうが俺にとっては会う方がスタンダードだから。

『問う、名は何と言う?』

 頭全体に響く。
 何だろう、脳の奥底に沁みる。
 ぐわん、という揺らぎに一瞬襲われる。
 なんだこれ……?


「……た、しは……っ


 ……、きな……」


 はぁ!?
 口を押さえて辺りを見る。
 ただ、周りには幾戦もの双剣と灰色のコロシアム。
 そして、こちらを真っ直ぐに見るラジュエラ。
 喋ったのは間違いなく俺。
 でも喋る意志は全く無かった。
 俺の声でも――無かった。

「うお! なんだ今の!? なんだ今の!!?」

 自分とラジュエラを見てその真意を知ろうとする。
 彼女は剣の切っ先を俺に向けた。

「さて――。
 キミにもそろそろ自覚があるだろう。
 キミはプラングルに近い。
 キミ達は約束を目の前に、決戦を行う」


 交わる大剣。薙刀。双頭矛。
 一度その余興を見た。
 身を貫く冷たい刀身は今思い出しても身震いする。

「――……それは嫌だ!」


「ああ、知っている。
 キミがキミであるのなら、キミは其れを成す。
 支えを得たのだから。
 世界を変える為に――キミ達が戦うんだ。
 だから。
 再び別れを迎える。

 サァ、仕上げるぞ――!

 必死で抵抗して見せろ! コウキ!!」



 ぞわっと、鳥肌が立った。
 マジで恐い。
 単純に、死ぬっていう恐怖。
 勝てないってわかっている相手に刃物を向けられた気持ちは分かるだろうか。
 そうだ、何も持ってない時に銃口を向けられた気持ちってとか。
 生命の危機って、そう何度もあわないと思う。
 あって生き抜いている人が居るなら迷わず褒めていいと思う。
 生きるという衝動は、闘志になる。
 細胞単位で思考して、血液を丸ごと力に変える。
 そんなありえない消耗をして、限界にまで能力が引き上げられる。

 ラジュエラが走ると、空気の壁ごとこっちに向かってくるみたいだ。
 その勢いだけに圧され、受けの体勢になる。
 上下に振り上げられた両手。逆手にその剣は持たれている。
 口をあけて得物に齧り付く虎のような気勢。
 その声は聞こえないが何かの技だろう。
 俺はそれを知らない……!!

 逃げることも立派な手段だ。
 ただし、逃げられれば。
 裂空虎砲で応戦――!? いや向こうが断然速い。
 俺が下がろうにも、相手の口の中である。

 ガシャンッッ!!!

 高鳴った鉄の音。
 服の袖が裂けて、足にも噛まれたみたいに大きく傷が入った。
 ボタボタと血が流れているが、其れを気にかける余裕が無い。
 寸で下がって、体の左半分が重傷。
 ただ下がる以外の選択だと、死んでた。
 全力で見えただけの斬撃を叩き落して、この様である。
 ラジュエラは容赦なくさらに踏み込んでくる。
 死にたくない。痛い。いつも。
 左手は殆ど使い物にならない。
 頭にあたらなかっただけマシだ。
 彼女の二撃を弾いて呆気なく蹴り飛ばされる宝石剣。


 背筋が凍る。
 死ぬ――。





  ガゴンッッッ!!

 ラジュエラが最後の一撃を放った。
 剣だと思って全力で後ろにとんだのに、追って来て真下に掌底で叩き付けられた。

  ――痛い――。

 傷口から血とか色んなものが溢れた。
 死んだんだと思う。



「――ようこそ“プラングル”へ――」



 死に行く俺には不釣合いの歓迎。
 その意味は――なんだったんだろう。




























 呪いが解かれれば、呪詛返しという現象が起きる。
 呪いとは常に発言し、その居場所を必要とする。
 消えない。
 一見無茶苦茶に聞こえる制限呪詛を使ってアレだけ大きなものにしたのにも関わらずそれは解かれてしまった。
 ――その一部始終は知っている。
 ふふ。あの子は本当に、面白い。

 呪詛紋様がズルズルと身体を這う。
 それは本当に激痛を伴い、動けなくなる。
 一つ解かれる毎にずるずると身体を這って広がっていく。
 王女と騎士と国。一度に三つ。
 数日は動けないだろうか。
 痛いし。
 ああ、次はどうしようか。
 魔王様は世界征服に精を出しているし。
 着いて回らなくてもあの人にも呪いをかけたからアルマやシキガミ能力に置いては大丈夫だ。
 だからあの人が負けることも考えなくていい。
 でもたまには会って情報を渡さないといけない。
 3日に一度だっただろうか。
 ああ、そういえばそろそろ3日経つのかも知れない。
 仕方が無い……。
 そう思ってふよふよと浮き出す。
 術式回路にマナを注ぐだけで痛いのに。

 ……ん?
 ――痛い、をいつの間に気にするようになった?

 いや、それもどうでもいいのだけれど――。

 妙に、痛い。
 体中のあちこちが。
 いや、でも――。どうでもいい。


「……あら」

 あるものに気づいてふよふよと飛ぶのをやめて、地に降り立つ。
「あら、あら」
 光り。神性の高い人間が死ぬ時には大地ではなく空に還る。
 息を止めてから数時間。
 最も美しいといえる。
「貴方も、この世を去るのかしら?
 未練は無くて?」
 衣服は鮮やか。銀色の鎧は少し血に汚れているが立派なもの。
 どこかの騎士なのだろう。装いには見覚えが無くは無い。
 でもどこの国も同じように上等な鎧。
 綺麗なマント。それが血に染まる瞬間は堪らなく好きだ。
 穢れるですって。その言葉。
 私には最高に綺麗な瞬間なのだけれど。
 最も純粋に人である死の瞬間は誰にも平等。
 ねぇ――?

「そう……じゃぁ私が生かして差し上げましょう。
 嘘ではありませんよ。ええ。
 その代わり私の役に立って頂く事が条件ですが」

 縋る。
 なんて醜い人間。
 ねぇ、そうでしょう。

 いつだって高みから見下しているだけの癖に。
 いざとなれば最下層の人間に助けを求める。

 私は高みに居ても。
 誰にでも。
 手を差し出す。
 ねぇ偉いでしょう?
 でも、裏切られるのはキライだから。
 呪いをかける。


「そうですね。貴方はヘビさん。
 あらあら。かなり誑かしているようですね。流石ヘビさん」

 記憶を覗きその魂と対話する。
 この切り返しはどうかと思うが悪い気はしない。
 この男は本当に面白い人だったに違いない。
 割と男を見る目には自信がある。
 忠義に走る騎士もちゃんと夢中の矛先を仕事ではなく女と両立すればいい男だ。
 発言が突飛じゃなければ多分かなりだろう。

「あら嫌ですわ。こんな醜女に、そんな言葉は勿体無いですわ。
 そう……では貴方にも。
 幸せな夢をあげましょう」

 光の残る彼と視線を合わせる。
 動くのが辛い。必要な儀式だから仕方ないのだけれど。

「失礼――」

 触れるのは唇。まだ暖かい。
 魅了というのは眼でやるより口でやる方が早い。
 まぁ、それは現実と同じだから。勇気があるならやってみればいい。
 魔眼の呪詛もあまりやりすぎると動けなくなる。今回はコレでいいだろう。
 此処に居るということは魔王様がやったに違いない。
 それで深手の傷一つというのは大したものだ。

「――あ、ああ。ビオー……ド……」

 彼に言葉が戻ってきた。
 呪詛が効いて来たんだろう。

「――……貴方が生きていてくれてよかった。
 私の騎士様――」

 手を合わせ祈る。
 また呪詛紋様が増えたのだろう。ズルズルと痛みを感じる。
 流石に一度に4つ分の痛みを感じると堪えた。
 フラッと体がゆらぐ。
 地面に転がる感覚ではなく、すぐに誰かに抱きとめられた。
 どうも慣れない。騎士を従者にするのは二度目だが。
 その扱いの丁寧さはおそらく女性を知り尽くしている。
 何故今更――その暖かさを気にするのだろう――。

「あぁ……ありがとう。
 連れて行ってくれませんか……魔王様の所へ」

 ザッ、と騎士が立ち上がる。
 先ほどまでの光は無い。
 ただ忠実に私の命を守る。私の騎士。
 何故、騙している私を見る目は皆温かなのだろう。
 ただ人形のように私に仕えるだけだというのに――。

 ヘビは彼を象徴する剣から名づけたモノ。

 蛇腹剣の騎士――名前は。知らない。


 私は眼を閉じる。苦痛から逃げるため。
 この痛さだ。しばらくは眠れない。空を飛ぶ気を張らなくていいぶん幾らか楽になった。
 痛みは増えたが――。そっちはすぐ消える。

 身体を這いまわる呪詛の痣は数日動き回り穏やかになる。
 もう痛みには慣れたはずなのに。久しぶりに痛いことを気にした。
 流石に多かったのだろうか。



 あと幾つ罪を重ねれば――私はこの痣に壊されるだろう――?


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