第132話『幕開けの懐古』
男兄弟の中に私は生まれた。
唯一女性であったが、女扱いをされる事は少なかった。
母親は弟を産んでしばらくして亡くなり女性の手本となる人は居なかったからである。
一般家庭で父と2人の兄は働きづめで弟を育てたのは私である。
あっけらかんとした性格は兄弟せいで、姉御肌なのはそういう面倒見の賜物だろう。
あまり友人らしい友人も居なかった。
たまに遊びに出れば身長もあったし言動もまるで男だった自分は少年達と遊んでいた。
だが歳が過ぎれば女だからという理由で遊んでくれなくなった。
元々女付き合いは良くなかったので一人で浮いてしまう。
弟も手が掛からなくなって働こうとは思っていたが十と少しでは出来るような職も無かった。
そんな時だ。変な奴が居るという話を聞いたのは。
女なのに毎日剣を振っているという。
丁度暇だったし、自分と同じような存在なのかもしれない。
だから興味が湧いた。
近くの貴族の子らしい。もっとも政略結婚がどうとか言われてあまりいい印象は無かったが。
朝早くに家から抜け出して剣の修行をしているらしい。
その子を一目見てみようと噂されていた場所へと向かう。
城壁の西側と東側には門番は居ない。
夜は巡回の兵士がおり、扉が閉められるが昼間は誰でも自由に行き来が出来た。
最近の戦争に勝利し、平穏を得たからである。
活躍した竜士団という傭兵の凱旋も自分の家の窓から見ていた。
赤茶の長い髪、白いコルセットの女の人。
パレードの先頭にいていろんな人に手を振っていた。
丁度目が合って、こちらにも手を振ってきた。
慌ててワタシも手を振りかえした。
そんな小さな思い出だけど、何故か一瞬でもいいなぁと思った。
あんな風に輝ける人になれたら、自分ももっと変わっていたのだろうか。
そんな事をふと考えたけど、すぐに諦めた。
城を出て少し言った場所に泉がある。
国の中に川があるため、こちらに来る人間は居ない。
人里付近のせいかモンスターもそうそう出る事は無かった。
そのほとりで剣を振る、――自分よりもずっと女の子らしい、あの子を見つけた。
「だ、誰っ?」
近づくとすぐにこちらに気づいた。
歳は同じぐらい。自分の半分以上ある大きな剣を持って振っていた。
「こんにちは。ワタシはカルナディア。君が噂の変な子?」
確信はあったが挨拶がてらに聞いてみた。
その言葉を聴いて明らかに不機嫌な顔になる。
整った顔、銀色の髪。素直に可愛い子だなと思った。
「……あなたも私をからかいに来たの?」
「ううん。どんな子かなーって」
「そう……」
「名前は?」
「……ロザリア。あと、からかいに来たのなら帰ってもらえますか」
物言いが冷たい。
ただ、非難を受ける事を覚悟した物憂げな表情。
それを見るのは少し辛かった。
「違うよ、別にからかいに来たんじゃ……」
否定して言葉が続かなかった。
どう言葉をかければ良かったのか子供の自分には分からなかったから。
キラキラと光を反射する湖面に視線を逸らして少し無言になる。
そのときだ。
ガサガサと森の茂みを掻き分けて赤茶の髪の女の人が現れた。
「チャオー。あら。お友達?」
ペロペロと手を振って草を払う。
その人を見て、すぐに最近あったパレードの先頭に居た人だと分かった。
赤茶の長い髪、白いコルセット。
――あんな風になれれば。なんて。
届かないから手を振って見送ったあの人。
「師匠! こんにちはっ」
途端、ロザリアがキラキラと輝くほどの笑顔を浮かべてその人を見る。
あの笑顔は一生モノのメモリアルだ。
憧れの対象を見る瞳は本当に光を沢山帯びる。
自分も挨拶をしようとその女性を振り返った。
「こんにちはっ!?」
ガッ!
イキナリ肩をつかまれて言葉が尻上がりになった。
「いやぁ〜いいよ! あたしゃ大歓迎だしっ
あ、じゃぁコレは貸してあげようっ」
そう言って持たされたのが棍棒。
木で作られたものでホウキなんかよりずっと重くて驚いた。
「ま、待ってくださいっ、その、この子は普通の子で……」
ロザリアは慌てて弁解を始めた。
残念ながら、訂正する所があった。
「いや……あんまり普通じゃないよ。
これでどうするんです?」
「ん。まずは素振りだね。
いいねー身長があるから長物が映えるっ。
ええと、名前は?」
「カルナディアです」
「そう。じゃぁカルナね。
あ。あたしはシルヴィア。ヨロシクね〜っ」
「え、あ、あの……」
ワタシ達の会話に動揺を隠せないようで、おたおたとしながらワタシたちをみていた。
「よろしく、ロザリア」
友達になりたいと思った。
たぶん、なれると思った。
だから手を差し出して笑う。
「う、うん……よろしく……?」
……
……
変な出会いだった。
きっと変な二人だったから。
過ぎ去ってしまえば、どんな事も自然なのだけれど。
それから毎日、一緒にそこで練習して稽古をつけてもらった。
その中で思ったことは、ロザリアはずっと女性らしい女性だった、という事だ。
昼食は自分で用意してきていたし、髪はいつも綺麗だった。
服は動き易いものを着ていたが、訓練場にいくまでには普通にスカートなんかを穿いていたり。
でも着替えを少し恥ずかしがったり。
対してワタシはこうだ。兄のお下がりの服にズボン。
髪は長い間切らずボサボサなのを適当に纏めていただけ。
成長が早く胸がわりとあったことで女だと認めてもらっていたようだが。
とりあえず脱ぎっぷりは師匠に褒められた。度胸とおっぱいは素晴らしいだってさ。
流石にその頃は言われると恥ずかしかったが。
修行しながら女性の嗜みはロザリアに習ったといって過言ではない。
師匠もそのイロハには疎かったので二人でロザリア先生と彼女を仰いで笑った。
ものの数日間で途端に女らしくなったと兄弟には言われた。
それはそれで嬉しかったのを覚えている。
数日経って、ローズが突然こんな事を言った。
「その、カルナ……私に付き合ってるだけなら、別に練習はしなくていいよ……?」
どうやら勇気を振り絞って言ったようで、
酷く悪い事をしたかのように重い口調だった。
だからなおさら可笑しく思えて、思いっきり笑ってしまった。
「あはっはっはっ! 水臭いなぁローズっ。
ワタシも師匠みたいに強い美人になりたいだけだしっ」
「えっあたし? 照れるね〜」
師匠は物言いが凄く素直だ。
変に謙遜する事も無く、ただその賛美を受け入れる。
戦っている時以外は少し間延びした喋り方をする。
あとご飯を凄くおいしそうに食べる。
意外と可愛い人なのだ。
今は暑かったので泉の岩の上に座って足だけ水につけて休憩している。
日焼けを余り気にした事は無いが、ロザリアが煩いのでみんな木陰に入る位置で雑談していた。
練習をしなくていいという旨を切り出す為に先程からしきりにこちらを見ていたのかと思うと少し笑えた。
「それに……ローズも可愛いし」
妹が出来たみたいで可愛いと思っていた。
自分よりしっかりしていて一生懸命。そんな可愛い妹のように思えていた。
「えっ」
「えっ」
ローズと師匠が同時に言った。
師匠がワタシとローズを見ながら面白そうに笑うが、ローズはちょっとワタシから遠ざかる。
「あれ、なんで引くの?」
「いや……うん、私はその、普通だから」
「いや、何を言ってるんだ?」
街一番の変な子な癖に。
「ふ、普通なんだーーっ」
そんなローズをみて猫みたいだなぁとか思った。
「可愛いってどんな?」
師匠が首に腕をかけてきて引き寄せられる。
「いや、妹みたいで可愛いなぁって」
姉妹には少し憧れていた。だからこんな感じなのかなぁって。
師匠はそれを聞いて爆笑。
ロザリアは真っ赤だったからまたそれに可愛いなぁと繰り返す。
――ワタシには無いものだから。
それから一緒に試合をしたこともあった。
初日は全部で一勝七敗。
男の子相手に遊んでいたから体力とかには自信があったがそれだけじゃ勝てなかった。
余り差は無かったが、ロザリアはかなり天才じみた子だった。
――悔しかった。
自分より力は無い。女の子らしいその子に力で負けてしまった。
これでは自分の立つ瀬が無い。そう思えた。
だから熱心に師匠に稽古をつけてもらって二人で競い合った。
――彼女はワタシの理想だった。
そうでありたかった。
何一つ彼女に届かなかった自分。
何も出来てない。聞けなかった色んな事を全部教えてもらって。
意外と普通の女の子したかったんだなぁと自分でも驚いた。
重ねてしまった。
あの子と自分。似てると思った。
……何かがずれて、外れてしまったから。
此処に居ること。この棍を振ること。
それがワタシたちの自然だった――。
私たちが師匠と呼んだその人は、数週間でお別れとなった。
本当にあっという間だった。
その短期間でワタシたちは驚くほど強くなった。
まだ強くなれるよとその人が笑うから信じて疑っていなかった。
ずっとそんな時間が続く気がした。きっとあれも幸せだったんだろう。
「あはは。ごめんね〜」
その時ばっかりは少し曇った表情で、頭を擦っていた。
一緒に連れて行って欲しいと、ロザリアは言ったけどあの人は困ったように笑って首を振った。
掟だから仕方が無い。竜士団は竜人位でない物にはその権利は無い。
それは私たちも聞かされていたので知っていた。
「…………いままで、ありがとう御座いました!」
本気の感謝を込めて。頭を下げた。
初めてワタシをちゃんと見てくれて、友達をくれた人。
一緒に笑った時間は沢山あって、本当の姉のような人だった。
稽古は厳しかったが、そのあとちゃんといい所はいっぱい褒めてくれた。
だからワタシ達は頑張って――彼女に追いつこうとした。
「……っありがとう、御座いましたっっ!」
模擬剣を握って、堪えられず涙を零すロザリア。
呆気なく去っていく後姿を見送りながら。
二人で声を殺して泣いた。
前戦に加わる事が決まった。
捜索隊は騎士アルゼマインが先行し既に一日。
十数名程度の騎馬隊だが、あの隊ならすでにサシャータへの道の半分は進んでしまっていそうだ。
相手も少数名の騎馬隊らしく、それを考慮した2つの道順が提案されている。
一つはサシャータから真っ直ぐ降りてくる道。
もう一つはサシャータを迂回する森側の道。
森側の道のほうが時間が掛かる。一旦サシャータを迂回するのでサシャータまでは5日の道だ。
偵察して何事も無ければサシャータで合流し、グラネダへ帰還する。
交戦があった場合無理をせず引き、いったんヴァース隊と合流して防ぐ事になっている。
国境駐留隊は千人。
国所有の兵士は二万――。
きっと何も知らなければ、大げさなものだと思うだろう。
少数隊というのは恐らくアルゼと同じぐらいの人数で移動している。
だが彼と戦って自分達が対峙する事になるかもしれないものは途方も無い敵だということに気づいた。
自分を疑いたくなる。
此処に来て全然役に立てない騎士の自分。
何の為に強くなった。
何の為にそこに居る。
皆その言葉を飲み込んで、ここを立つ。
シキガミの相手はシキガミだけ。
王の言葉はただ完結にそれを言い切った。
持ち物は少ない。
男だろうが女だろうが持ち物は同じ程度の量となる。
戦場の女はあまり多くは無い。が他国からすれば断然多い。
この国は世界の特性を見た制度を採っている。
より戦う意志が強いものが兵になる。だから女性でも上の立場に居る事ができる。
戦場に置いて女だからといって優遇される事は無い。
気を抜けば死ぬ。
なんら世界と変わらない平等な生き様を許される。それがグラネダという国だ。
「カルナ!」
自分の愛称を呼ばれ振り返る。
案外自分をその愛称で呼ぶ人間は少ない。
声の主から誰なのかは大体判断できる。
「ローズか」
振り返れば銀の髪を纏めた凛とした出で立ちの女性が立っていた。
騎士として名を連ねるに相応しい強さと優しさを備えた自慢の友人。
ロザリアは長い間一緒に居る親友である。
「遅くなった。すまない。此処に居るという事はもう先に前線の話はあったんだな」
「ああ。ローズが帰ってきたら追う手はずにな。
余り時間は無い。手短にヴァースをからかう言葉を一つ頼む」
「は? ……え、っと…………」
「考え込むな。真面目なやつめ。
アイツには適当にローズからの愛の囁きをプレゼントしておくよ」
「勝手に無いものをプレゼントするなっ!
違うっ仕事だし・ご・とっ!」
顔を真っ赤にして声を荒げるローズに手を挙げて降伏する。
「はっはっは! 城内は今日も快晴ナリ。
平和なものだったよ」
本当に何も無かった。
こんな時は王女も空気を読んで邪魔を……外に出る事は少ないのだ。
だからすこぶる平和だ。
「そうか。なら良かったよ。
一応担当配分を教えて欲しい」
「ホークアイ体勢だ」
陣形はいつも動物の名であることが多い。
その名付け親はこの国の主であるが。
「了解。他は?」
「無い。存分に当たってくれよロザリア騎士様」
「そっちも存分に働くんだな、紫煙のカルナディア騎士様」
ぐ……せっかく言ってやったのにまた言い返された。
珍しい。そういえば上機嫌に笑っているし。
「上機嫌だな?」
旅帰りだからだろうか。
いいなぁ、ワタシも混ぜてもらいたかった。
「ま、まぁ……戻ってきてすぐだ少しは高ぶっているんだ」
「ほう! 鎮めてやろうか?」
「私がお前を沈めてやろう。どの湖がいい?」
「つれないな。で、それだけか? 本当に?」
「そ、それだけだっ」
「ふーん……?」
そういいながらグルっと彼女の周りを回ってみる。
ドコと無く浮かれているそんな感じ。
何か光を見たようなキラキラとした瞳がある。
「……? なんだ? 恋でもしているのか?」
「はへ!?」
「……」
「い、いや! 今のはそんな特に何も無いっ!
頑張ってカルナ! じゃっ!」
すたすたと走り去るのは乙女のしぐさ。
今更何を、とも思ったが数週間前から随分とそう思う回数は多い。
という事は、その原因になる事があったはず。
其れに気づくことは容易かったが、正直どうすればいいのか良くわからない。
応援、か……年下はどうだろう。
余り考えた事は無かったが、手が掛かるのもそれなりに楽しい。
あの子はそれに、見た目よりずっと頼もしい子だ。
事の顛末は帰ってからか。
これは急いで仕事を終らせないと。
急にやる気が湧いてきてそそくさと馬舎から馬を連れ出す。
今回の一段と合流して、隊長として振舞う事にした。
点呼、必須事項の確認、緊急対処の事を話して、全員の返事を聞いた時点で馬に乗る。
十数名。こちらも機動力優先の偵察部隊。
一日遅れだが、十分だ。
「では――これよりカルナ隊は前線偵察に出発する!」
『ハッ!』
全員で馬を走らせる。長い坂を下りて、城下大通りへ。
そしてその途中で見上げた空が少しだけ曇って――何故か少し嫌な予感がしたような気がした。
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