第135話『長い悪戯』





 キュア班が優秀なのは俺もお世話になった事があるから良くわかる。
 ファーナが大怪我をしたと聞いてお見舞いに行く頃には、キュア班の建物から出てきて
女の子3人で笑っていた。
 どうも大怪我は大げさにするものではない。
 その3人の様子を見て一安心すると声をかけていこうか、と考えてやっぱりやめておいた。
 楽しそうだし。

 ファーナが何らかの固い決意で戦ってるのには気づいた。
 ただ、嫌な感じはしなかった。
 一旦地下までは走って行ってみて、ファーナとアイリスが戦っているのを見た。
 アキが声を張って二人の動きを指示する。
 その様子をみてると部活動を傍から見てる気分になった。
 やってる事は結構アレだけど。
 頑張ってるなら大丈夫だ。俺はその場から足早に去った。
 ――何となくだけど。見られたくは無いんだろうなって。



 朝のうちは兵士の訓練に混じってきた。
 結構知り合いも増えて、混ざりやすくなったなぁと思う。
 練習が終り、そろそろお昼だ。みんな共同の食堂があってそこへ向かっている。
 俺も腹減った。そう思ってすぐ、足がフラフラと神殿へ向かい始める。

 空には雲が多い。
 晴れ晴れとはしてはいないが過ごしやすい気候ではあった。
 神殿まで歩いて戻って、食堂を目指す。
 食事は基本的にスゥさんに言うと一つ一つを運んできてくれる。
 宴会とか帰宅祝いなんかのときは一気に並べてくれるけど、それが作法なんだって。
 さすがお城。うーん俺のような一般ピープルには窮屈だなぁ。
 食堂に到着して扉を開こうとしてピタッと止まる。

 ……。
 俺の勘が告げている。
 今此処を手荒く開けてしまってはいけない――。
 その何故を解決する為のヒントは、中から聞こえてきた声である。
 おおよそ俺の予想のつく声ではあるが男女の笑い声。
 
 俺は両開きの大きな扉をほんの少しだけ開けて中の様子を見てみることにした。

「ふふっヴァンツェ様、それは言いすぎですっ」
「いえ、やはりこの味が落ち着きます」

 神殿にはヴァンと、メイドのスカーレットさん、後数人の神官さんが住んでる。
 この時間神官さんはこの神殿ではなく、城下にあるもう少し大きな神殿で働いてる。
 だからこの時間は城に居ないで財務をこなすヴァンとスゥさんだけ。
 ヴァンは大体仕事で忙しいので呼ばれるまで部屋を出る事は無い。
 食事は大体俺たちと合わせる様にスゥさんが図ってくれる。
 別段ヴァンが先にそこに居ること自体変な光景じゃないし、今まで何度もこういう光景はあったんだと思う。


 ただどう見てもやり手大臣と恋するメイドの図である。


 スゥさんがあんなに笑う所は見た事が無い。
 なんか見ちゃいけないものを見たな……。

「あれっ何をやってるんですかコ――」
「……!!」
 声をかけてきたアキに超反応して、口元で指を立て言ってから両手合わせて土下座で黙ってもらった。
 お願い静かにしてという渾身の表現である。
 結果的にぽかんと俺を見るアキとファーナがそこに居るのだが方法は違えど効果は抜群だったようである。

「……何をしているのです?」
 小声で尋ねなおしてきたのはファーナ。
 俺はジェスチャーで全てを伝える事にした。
 というか、全て見て判断してもらう。
 手招きして隙間を指差すと再び成り行きを見守る体勢になる。かなり低姿勢で。
「覗きなんて趣味悪いですよ〜……」
 そういいながら嬉々としてさっと同じように隙間に目をやるアキ。
 ファーナも少しだけ周りを気にしてからササッと俺とアキの間につく。

「あ、あの、ヴァンツェ様っ……」
「はい?」
「その……お、おかわりも沢山ありますので、よろしければ、お持ちしますが」
「ああ、お願いします」
 クスクスと笑ってその好意を受け取るヴァン。


「……見事にやり手大臣と恋するメイドの図ですね……」
 俺と全くの同意見らしいアキが息を呑んで小さくそう言った。
 大きくそれに頷いてチョットだけ上に注意を向ける。
「……だよな……いっつもこんなのなの?」
 俺の真上のファーナにそのまま聞き返してみる。
「……いえ、その……意外ではないですが育てられた身としては今更あまり見たくなかったというか……。
 妙な恥ずかしさを感じます……」
 煮え切らない感じで言う。
 という事は、ファーナはあまりこうなっているのを見たことが無いという事なんだろうか。

「……二人はそれぞれわたくしの父母のような存在ではありますが……。

 恋仲では無かったはずです……」


 だから今更見たくなかったと。
 でも何故かはしらないがスゥさんが歩み寄ろうとしている。
 ヴァンはいつも通り涼やかでそんな彼に気後れしている。
 そんな空気を感じる。勇気となりえるきっかけを探している自信の無い声。
 もどかしいけど、俺たちが入っても会話が止まるだけ。

「――……はぁ」

 頭上で溜息が聞こえた。
 その直後にファーナが覗く姿勢をやめて真っ直ぐに立つ。
「ファーナ?」
 俺の言葉には答えず、扉をノックした。
 さっとアキと一緒に何事も無かったかのように姿勢を整えてファーナの隣に立つ。
 さっと扉を開いてファーナが堂々とそこに入る。

「失礼します、スゥ、わたくしたちは今日はお城でお昼を頂く事になりました。
 申し訳ありませんがお昼はヴァンツェに……」

 矢次にそう言ってスゥさんと眼を合わせた。

「あ……」
「お先に頂いています」
「ええ、ごゆっくりっわたくしたちはお城の方へ。
 ごめんなさいスゥ、もう少し早く決まっていればよかったのですが」
「いえ、ごゆっくり……楽しんできてくださいね」
 ヴァンと話していたときとは違う、固い表情に戻る。
 でもファーナだからだろうか、少し困惑した表情を残して頭を下げた。

「ええ――……こんな機会は滅多にありませんし。
 これから先も少なくなってしまうでしょうから」

 それは自分に対して言っているようで、彼女に対しての言葉。
 真っ直ぐ彼女を見て、微笑んでファーナは踵を返した。

 石造りの神殿を歩く。
 扉を閉めて廊下を歩き出すファーナに黙ってついていくと、入り口を前にして俺たちを振りかえる。
「さぁ、お昼は抜きですっ」
 満面の笑みで両手を広げる。
 最初に不満を漏らしたのは俺の口じゃなくて腹で大きくぐぅっとなって二人の視線が俺に来た。
「口答えは許しません」
 ピッと俺が指差される。
「腹が答えたんだよぅ」
 手を挙げて視線を遠くにする。
「背中とくっついててください」
「ひどいっ! 腹が減っては戦は出来ないんだぞっ!」
 日本古来より伝わる真理の言葉だ。
 おいしいごはん食ってなんぼの生活ってもんだ。
「城下に食べに行く〜?」
 アキが俺たちを見てどうどうと宥めながら提案する。
「ダメです。わたくし達は緊急待機状態です。お城にいなくてはなりません」
「あ、そっか」

「一食ぐらい抜く事などよくあることではありませんかっ」
 くー……。
「あぅ……」
 ファーナのお腹がなってお腹を押さえて少し下がる。
 此処にはまだ食堂のいい匂いが来ている。
「ま、まぁね。別に平気だけどさ」
 ぐぅー……。
「……」
 普通にお腹は減っている。
 夕食まで我慢……お腹は限界を訴えているがまぁ何とかなるだろう。
「あははっほら、練習の後だし仕方ないよ〜」
 きゅー……。
「はぅ……」
 そういえば二人は朝ごはんを抜いて練習に行ったんじゃなかったっけ……?
 今朝は俺とヴァンとルーだけで食べてたし。


 三人がそれぞれ視線を外してお腹を押さえる。
 流石三大欲求の一角……おなか減った。
 まぁ気を利かせればこんな事もあるよね。
 でも平和な場所に居て食事抜きなのがなんともだなぁ。
 旅の途中とか、モンスター多すぎて食べれないとか良くあったんだけど。
 お腹減ったって言ってる暇も無かったからなぁ……。

「カゥー!」
 足元がもさもさする。
 精一杯背伸びしてルーが二本足で立っている。
「――ルー……
 やったぞみんな……ごはんが来た!」
「キュゥ!?」

 ガッとルーを掴んで抱き上げる。
「カゥ!? キュゥ!? キューー! クゥゥゥ!」
 食べるんですか!? 食べられるんですか!? 僕お肉少ないしおいしくないですぅーー! やめてぇぇぇ!
 と叫んでる。
 バタバタと暴れるルー。
 ルーぐらいの大きさになると暴れられると結構持ちづらい。
「大丈夫だよルー。痛くない痛くない」
 そう言いながら暴れられないようにガッと強く抱く。
「そうそうっルーちゃんっこれは重大な使命だから」
 スッと腕まくりをして手を払うアキ。
「お手伝いしますっ」
 ファーナがそれに続くいてじりじりとルーに近寄る。
「カウゥゥーーー!」










「おや?」
「どうなさいましたか?」
「いえ……聞いた事のある鳴き声がしたもので」

 ゆっくりと食後を過ごしていた。
 紅茶を傾けて喉を通す。
 自分が最も飲み慣れた味は心から落ち着けるものだ。
 ここに住んでいた数十年――。
 自分と彼女の二人は従者として、育て親として過ごした。

「――……リージェ様は、大きくなられましたね」
 なってしまった、というのが御互いの本音である。
「ええ……そうですね」
 スカーレットが頷いて少し遠い目をした。
 自分と同じ場所で同じ時間を歩いた数少ない人物である。
 久しぶりに少し思い出話をする事にした。
 幸い時間はある。
 自分が持っている城の仕事で急ぎのものは無い。
 今は此処での仕事ではなく、従者としての仕事が一番重要だ。
 だがそれも必要は無いのかと思うようになった。
 思えば彼女は王妃が旅立ったのと同じ年頃となっていた。
 自立心の強い二人の友人のお陰で彼女はより世界を知ったし、自律を覚えた。

 人の子の成長は自分達にとっては目まぐるしい。
 自分より遅く生まれ、確実に早く死ぬ。
 余談だがエルフの民は友好的だが、人の子を犬か猫のように思っているとする説がある。
 愛で教え、自分達の後をついてくる。
 いくら可愛がっていても、家族だと思っていても――自分より先にいなくなる。
 まぁペットとまでは言わないが自分達と同じ区分のモノではない、とされている。
 エルフ達は本の文化をいち早く築き、残しながらも長く生きる事ができる。
 法術も彼らの技術であり、もっともそれに長けた人種である。
 長く生き、正しく発展し、真理に至る。
 それが彼らの生き方である。
 だからヒューマンのやり方は意地汚く、生き急いでいて愚かだと評価する。
 だが人が産み増える勢い、土地に順応し栄える様はエルフには無いものだ。
 彼らの人生のスパンは短いが、瞬く間に世界で最も栄えたヒューマン。
 そして――もっとも竜人へと辿り着いた者が多いのもまた彼らなのである。

 自分はそのエルフとヒューマン、オークと魔女の混血である。
 今や混血というのは珍しいものではない。
 ただ数十年前になると激しい人種差別があった為に異形の子として蔑まれた。
 自分に4つの血が流れていると知り、その時代よりも前に更に混血であった父母に驚く。
 二人が惹かれあった理由は分かるが、運命と言うべきか――。
 自分は生まれるべくして生まれた失敗作のような――。
 自分の生を嘆くような事は無かったと思うが……そう言われた事もある。
 結果に苦笑する事しか出来ないのは自分だけなのだろうか。


「……悲しいですね」
 瞳を伏せてスカーレットがそう言った。
 感情を露にするのが珍しいと思って彼女を見る。
「……一体何が?」
「……私たちは……あの時からずっと此処に居て、姿は殆ど変わっていません。
 しかしリージェ様は此処で生まれて――大きくなった」
「人の子の成長は喜ぶべきものですよ?」
「……そう、なのですが……」

 言葉を詰まらせて、俯く。
 言いたい事は分かる。
 自分も体験している。
 ウィンドとアルフィリア――二人の友人がそうだ。
 自分を置いて老いていく。
 それは世界と生まれのせいだ。
 羨ましいと二人は言うけど――……。
 そう思うのは自分も同じだった。
 ただ偶然とはいえスカーレットのような同じ時間を過ごす者として共感出来る者が
傍に居る事は嬉しい事だった。



 少し話がずれるがスカーレットをこの国に連れてきたのは自分である。
 昔の、今や綺麗な英雄伝と語られるようになった戦争。
 国の再建の当初起きた戦争で、ここからさらにアラン方面森の戦いだった。
 弱小国故に法術戦を地にして大軍との交戦を強いられた。
 今は無きユークリタスという国だが、此処がマグナス国時代では強大な軍事国家として知られていた。
 実際かなりの苦戦を強いられた。
 1万5千対3千弱――こちらには真っ向勝負ではなく地の利を使った奇襲や
クラハや自分が前に出る事によっての目くらまし的に相手を脅し、退かせていった。
 一騎当千と言われても実際戦って相手に出来るのは数十程度がやっとである。
 鍛えられた軍隊とは相当厄介で小隊で的確に追い詰め相手を潰す。
 力でゴリ押ししようとしても十の隊を数える前に消耗してしまいやられてしまう。
 ――そう、やはり人数を持つ方が有利で、軍事に秀でた国であったからこそ
そこに抜かりは無く強敵だった。
 その時は現役だったアキの父親トラヴクラハと国王ウィンドの猛攻と、
現総隊長バルネロの鉄壁の防衛により、相手は撤退を余儀なくされた。

 その撤退の際に森に火を放たれた。
 元々火計の策も用意があったのだろう森に燃え広がる早さが尋常ではなかった。
 双方撤退となったがどちらも減った兵は三分の一。我が軍の勝利は歴然。
 前線から焼ける森を駆け抜け、撤退の途中――。

 目の端に燃え上がる一軒の小屋が映った。

 まさかと思って足を向け、その小屋が使われていない廃屋であればと願った。

 そこで出会ったのが――スカーレットである。
 炎に包まれる家屋を見つめ呆然と佇んでいた。

「何をやっているのですか! 早く逃げなさい! 焼け死んでしまいます!!」

 手を引いて、またグラネダへと走り出した。
 森へ広がる火の勢いは独りの人の法術でどうにかできるようなものではない。
 出来たとしても荒々しく同等に森を吹き飛ばすような行為だ。特に自分はそうだった。
 ほぼマナを消耗していた自分は走って逃げる事が精一杯。
 森から出て初めて、彼女がひとつ涙を零した。
 折角作った居場所を失って悲しいと、小さく言った。
 彼女はあそこに一人で住んでいたらしい。
 オークとヒューマンのハーフの彼女はどちらからも疎まれ居場所を追われ森で
独り暮らしていたようだ。
 その体験は自分にもあった。
 神官となった後、大神官に抜擢されるまでさまざまな種に純血で無いことを笑われた。
 ただ自分には親友達との約束があってそれに耐え続け、
代々エルフにしか受け継がれなかった大神官の抜擢を受けることができた。
 ただ心が痛み、少し病んだ時期もある。
 そこに共感を覚える事が酷く嬉しく感じた。
 だから――彼女を連れ城に戻った。

 当時、城には使用人は数人しか居なかった。
 深刻な人不足で、自分の使いとして彼女の居場所を与えたのである。
 ――スカーレットは働き者であった。
 意外ではあったが気が利き料理も上手くそして本当の意味で力持ち。
 教えたことはすぐに覚え、数年で腕利きの使用人の長として働くことになった。
 ウィンドも手を叩いて彼女を賛美していた。
 国王や王妃の誰に対しても分け隔てない態度にスカーレットも徐々に心を許し
仕える者として急速に育った。
 ある意味この国を影から支えてきた大役者なのだ。

 そしてリージェ様が生まれ、神より啓示を頂き神殿を作った。
 苦渋の決断の末に王に彼女らと共に住むよう言われ、それに従った。
 王であるが故に――決断せざるを得なかった。

 リージェ様は神子として生きる事となり、正王女にはアイリス様が選ばれた。

 神子が生きる確率は低い。
 正常な判断だ。国王として当然だと思う。
 国王は親としての自分への自己嫌悪と不甲斐無さを悔いていた。
 親友の私にしか頼めないと、深く頭を下げた。
 しかし使用人を付けない訳には行かないと選ばれたのがスカーレット。
 そしてその日から神殿での生活が始まった――。



「……もう……十年ですか」
「そうですね……」

 早いと思う。過ぎ去った日々だから言えるのかそれとも楽しかったと言える日々だったからだろうか。
「……私の過ごした日々は、此処に着てからやっと意味が生まれました。
 感謝しておりますヴァンツェ様。
 貴方が私を連れてきてくれなければ、私はあそこで死を選びました――」
「物騒ですね……」
「私の命に意味は無いと思っていましたから」
「とんでもない。貴女が居たからこの国も在るのですから」
「……光栄です」
 照れているのか眼を閉じて頭を下げる。
「大げさですよ。感謝しているのは国王も王妃も同じです。
 もちろん私も」
「は、はいっ……その、リージェ様やヴァンツェ様が外に出られるようになってからは
余りお役に立てておりませんが……」
「いいえ。私たちには此処を守っていて頂けるだけで安心して戻ってくる事が出来るのです。

 自信を持ってください。貴女も母親なのですから」

 ボンッと音がした気がした。
 同時に物凄い勢いで目の前からその人が消える。
 言い切った後に褒めすぎたのか、と苦笑する。
 恥ずかしがり屋で生真面目なのは間違いなく彼女の性格。
 それを見事に受けた王の娘。
 あの子は有能に育ったと実の親に対して胸を張って言える。

「こ、紅茶のおかわりはいかがですかっ?」

 思ったよりリターンの早かった彼女がささっと準備を進める。
 もう少し話相手になってくれるらしい。
 それに少し笑って、頷く。
「ええ、頂きます。貴女も座ってゆっくりしてください」
 その紅茶を頂く事にして、彼女にも隣の席を勧めた。
 二つ紅茶が淹れられ、隣に恐る恐るといった風に座るスカーレット。
 思えば席を隣にするのは初めてかもしれない。
 長く一緒に居るのに不思議な感覚があった。

「失礼します……」
「どうぞ。緊張などしなくともいいのですが」
「……従者ですからっ」
 キュッと背筋を伸ばしてこちらを見た。
 まぁ確かにそうではあるのだが。
「そ、それにその、ヴァンツェ様には……」
「はい?」
 言いよどんで目を逸らす。
 何か変な事をしただろうか。
 まぁさっき逃げたのを見れば、理由ははっきりしているが。
「すみません、軽口で母親などと。
 しかしリージェ様は貴女に同じ感謝をしていると――」
「……はい。知っています。
 ……本当に私などにそれが務まっていたかは定かではありませんが」

「大丈夫ですよ」
「……ありがとうございます……」

 そう言って紅茶を口元に運んで、小さく息を吐いた。
 女性らしい可愛らしさがそこに在ってじっとそれを見つめてみる。
 紅茶を置いてちらっとこちらを見た彼女と目が合う。
 すぐに逸らされたが、何故か彼女の言葉を待ってみようと微笑んでみた。
 しばらく天井と紅茶と窓を視線が行き交って、彼女が息を呑んで話し出す。


「……私はここを守っています……ずっと。
 もう、あの森のように失うのは恐いですから……。
 ……いつでも戻ってきてください」

 此処が在るのは彼女が居てくれるから。
 それは重々承知であった。
 彼女はとても勇気を出して今の言葉を言ったのだろう。
 紅茶を置く時に少しだけカップを置く音が震えていた。
 恐らく気恥ずかしいだけだとは思うけれど。


「ええ。ありがとうスカーレット。そうさせてもらっています」

 クスクスと笑いながら言う。
 言われずともそうだ。
 彼女には礼を言っても言い切れない。

「…………いくじなし…………」

「はい? 何かおっしゃいましたか?」
「……いえ、私の事です」
 何故か不機嫌そうに紅茶を口にする。
 昔からだが満足に出来ない何かを溜め込んで膨れる事がある。
 それはあの子とて同じでそれをからかうのが意外に楽しかったりするのだが。
 まぁ、苛めすぎるのもよくないなと最近は思うようになった。


 私は――コウキほど八方美人でもないし恋愛朴念仁でもない。
 自分が苛めるのは好意を持つ人のみであるし意図的であることに間違いはない。
 要するに――。

「ん、好きですよ」

 ガタンッと彼女が肘をぶつけた。

「やはりこの紅茶の味が一番ですね。大丈夫ですか?」


 だがこの性分は、ずっと変わりそうも無い。
 恨みがましいような恥ずかしがっているような複雑な視線を頂きながら紅茶を飲む。
 いつも違うフルーツの味がする。
 それも彼女の細やかな気配りのひとつ。
 この味は今日初めてであるが。作った本人は気づく様子は無さそうである。

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