第138話『奪取』



 体感するのは、二度目。
 衝突という言葉が正しく、そこには一切の油断も許されない状況が広がっていた。

 斬線に気を使いながら、相手に攻め込んで後ろへと後退させようとする。
 後ろに居るファーナはこちらを見ながら上からの攻撃を気にしなくてはいけない。
 だが魔女は傍観を決め込んでいて時折俺の動きに手を叩いていたりする。
 というか彼女が米粒程度にしか見えないほど空高くに離れているというのも
この武器の危険性を示しているのだと思う。
 内側に居るうちは思ったよりも安全なのかもしれない。

 大きな鎌が上から下へ。
 縦に走る斬線は薄く光を帯びてる。
 昼間だと少し見えづらいが――見えないわけではないので気づければ避け易い。
 ファーナと一緒にステップで横に躱してそこで相手と対峙する。
「なんだよそれ! アルマ!?」
「何だと聞かれて易々と答える馬鹿はいねェだろうよ」
 黒い騎士は姿勢を変えずそう答えた。
 あの鎌はシキガミが出す武器だと思うんだけど……。
 あちらの神子は歌っては居ない。

 俺の場合ファーナが歌っている間は武器は消えずに手に存在する事ができる。
 歌を聞いている間はほぼ体がいう事を聞かない。
 その場で最も最短距離で肉を切らせて骨を断つような戦いをすることになる。
 ファーナの意志でそれは変えられるのだが常に俺にそういった思念のようなものを
送らなければいけないらしい。
 短縮で歌うと数十秒だが俺の意思で戦う事が出来る。



「いくぞ! ファーナ! こっから投げよう!」
「はい! 唱歌しますっ」

 とにかく今は――こいつらと俺たちだけの戦いにする為に、
俺たちはもっと離れなければならない。
 あちらが遠距離攻撃というのならこちらも遠距離攻撃だ。
 炎月輪で狙い撃ちして遠ざけるしかない。

『血より燃え上がりて真紅』

 手に確かに感じる感触だけを確かめて、すぐに体は捻転を始める。

『月より舞い降りて聖円』

『魔を絶つ銀の刃』

『炎月輪!』


 この武器を取ると、俺の戦い方は全く自分で作ってきたものと違うものになる。
 戦いの幅が広い事は喜ぶべきなんだろうけど。

「久しぶりに!! どっこらしょおおおお!!」

 ブンッッ!!

 自分の腕が空気を押しのけて炎月輪を飛ばす。
 続けて二つ目、三つ目、と連続で赤い軌跡が宙に舞った。

 ギンィン!!

 一つ目を弾いて、大きく鎌を振り上げる。
 そして残りの二つが一つの残線で重なる瞬間に思い切り鎌で叩き落される。

「――まだです!!」
 ファーナがすかさず飛んだ先の炎月輪を指差すと連続して。
『炎を束ね宙を舞い、月の元に舞い降りぬ!!
 二対の輪の咆哮極炎の舞踏――烈火!』

『覇・陣!!!』


 赤い光がカッと漏れ、その瞬間に大爆発が巻き起こる。
 久しぶりに見たけど威力は抑え目にしたんだろうか。
 もっと派手に何でも爆発するイメージだったんだけど、道の幅程度の爆発で収まってた。
 それでもダイナマイトが至近距離で爆発したようなもんだから痛いとは思うけど。
 自分達も神子とシキガミに違いない。
 俺たちはやっとこの力を使うに相応しい次元に到達したんだろうか。
 強すぎると感じた力を思うがままに操れるようになっているのか。
 やってみないと分からない。

「……効かんなァ……」


 炎月輪は分厚い石の壁だって粉砕する威力で爆発するのにその中に居て平然と立っていた。
 そのをただ一歩も動かずに佇むその姿に愕然とした――俺たちは強くなったと思ってたから。

 すぐに俺は自らの剣を抜いて駆け出す。
 一歩二歩、と左右へ振って鎌の一閃をしゃがんで避ける。
 振り切られ、空いた懐へと飛び込むと関節目掛けて宝石剣を一閃する。
 それを後ろへと飛びながら躱すと振り切った鎌が同じ勢いで戻ってきた。
 ソレを剣でとめると、剣ごと思いっきり引かれる。
 刈り取られるその前にその剣と相手の柄の部分を軸にしてぐるっと跳び避け
再び少しだけ距離をとる。

「――まるで猿よのォ」
「猿? いま犬も言われてるのに……あと雉が来たら俺一人で桃太郎だぞ」
「雉も鳴かずば撃たれまいつってなァ喋るとろくな事にならんぞ若造」
「戦ってる相手によく言われるよ」
「はは、そんだけしゃべりゃ誰だって言いたくならァ」
 どうやら一人桃太郎を達成してしまったようだ。
 いや、だからといって何があるってわけじゃないけど。

 大鎌は懐に入りやすいが槍の様に十字形なのだがその片方が異様に長い。
 しかも三枚刃だ。キレテナイなんて冗談は言えない。
 切れ味抜群だ。
 見たところ振り切らなければ斬撃が飛んでいかない。
 全部は無理かもしれないがなるべくは止めるようにしよう。

 踏み込みは一歩。
 ラジュエラの見様見真似の神速の歩み。
 相手が長モノで構えている状態ならコレですぐ懐内に飛び込める。
 驚いたのかさらに後ろへと下がる相手だが、当然前に出る俺の方がずっと速い。
「術式:炎陣旋斬!!」
 一回転して鋼鉄で固められた足に思い切り俺の方へと向かっていた。
 それに剣を合わせたがそれごと景気良く蹴飛ばされ、大きく宙に舞った。
「――うわああ!!」
 分厚い鎧だから殆ど斬撃が効かない。

「術式:紅蓮の踊りバムゥバウンド

 俺が退いたのにあわせて法術を打ち込むファーナ。
 ボゥ! と相手のシキガミが鎧ごと大きな焔に包まれる。
「もう一度行きますよコウキ!!」
「おう!!」
 宝石剣と地精剣を収めて、徒手空拳の状態で着地する。
『炎を束ね宙を舞い、月の元に舞い降りぬ!!
 二対の輪の咆哮極炎の舞踏!!』

 体が大円を描きながら一歩大きく踏み出す。
 両手の炎月輪は赤く焔を纏って、俺に合わせて波状に奇跡を描く。

『烈火覇陣!!!』

 ズバァァァン!! ドゴォォォン!!

 直撃――!
 さっきよりも力を込めて放ったその一撃はさらに大きく爆発し、その余波に眼を閉じる。
 これで立ってたらバケモノだ。
 もくもくとでる土煙の向こうを凝視する。

 そして数秒で――アイツはバケモノだ、と俺の中では決定した。

 無傷。そしてくるくると鎌を回して地面に突き刺す。


「もう、よろしいでしょうか魔王様」
「あァ……こんなものか・・・・・・ァ」


 興味を失ったかのように視線を逸らして欠伸をした。
 あれ――おかしくないか。傷一つ無い。
 魔法か何かだろうか。だって直撃だ。
 俺だってあそこに立ってたら木っ端微塵に吹き飛んでるはず。
 力量が違いすぎたのか。
 そんなに化け物じみているのかアイツは――……。

「どうせ風前の灯ですから。力が無い事は分かってます」
 風前の灯とは、風が吹くところにある火のこと。
 よく日本の建物では提灯や灯篭といった風を避けるものをおいて有るのを見るだろう。
 それはその風除けがなくなった瞬間に酷く消えやすくなってしまう。
 そんな儚い焔の喩え。

「どういうことだよ!」
「ワンコ君は……そうですね。
 貴方は何も考えなくていいはずです」
「何が、いいたいのですか……!」
「ふふふ……私は別に……何も言わなくてもいいのですが聞きたいですか?」
 言葉に妖しさを含む。
 聞いてはいけない気がする。

「結構です!」
 ファーナが強く否定する。
「――まぁ、そう言わず……。

 ワンコ君、この間貴方は、シキガミではない時がありましたね」

「え……? え……そうなの……?」
 俺がそう答えると長い袖ごと手を当ててまぁっとつぶやく。
「そう……知らされても居ないのですね……カワイソウに」
 本当に哀れだという眼で俺を見る魔女。
 蚊帳の外で何なのか本当に分からないんだけど……。
「隠し事は、宜しくないと思いますよお姫様?
 心は常にイーブンでないと……ねぇ。ふふふ」
「隠してなど……っ!」

「神子とシキガミは信頼において成り立ちます。
 頼れる、守ってもらえる。必要である。
 そういった願いの繋がりです。多少でもそれがあれば構いません。
 コインを渡せば、そう。契約は完了です」
 一番最初に、そうした。
「……で?」

「では――」


「貴方は、何故そのコインが外れたのか、知っていますか?」
「コウキ! 耳を貸してはいけません!!」

「そのコイン……カードとコインの契約は、神子にしか外すことが出来ません」
「や、やめてください……!!」

「つまり――お姫様はなんらかの理由。
 そうなんらかです。


 貴方を遠ざけた。
 貴方を諦めた!
 貴方に失望した!」


 俺を指差して魔女が叫ぶ。

「そして――お互いの心が遠ざかる。
 相手を疑う。
 信じられなくなる。
 その距離は、カードでは埋めることができません」

「――大丈夫。だってほら、カードはなんとも無いし」


 カキンッ


 コインが地面に落ちる。
 コバルトブルーの数字で1と書かれた硬貨のようなコイン。

「ファーナ……?」

 貴方を遠ざけた。
 貴方を諦めた。
 貴方に失望した。

 魔女の言葉が脳裏を駆ける。
 突き刺さったみたいに、チクチクと心臓が締め付けられた。
 ファーナは大きく見開いて。

 俺と目が合ってすぐに――その眼を逸らした。

「ち、違うのです!」
「何が?」
 そう言ってきたから理由を聞こうと思った。
 眼を合わせてもすぐに逸らされる。
「あ、あの……!」

 ふわっとファーナの後ろに突如、魔女が現れる。
 ファーナを掴んでまたその場から消えて、シキガミの後ろへと下がった。
 ザザっと騎士たちが飛ぶようにその神子の隣についてファーナの首に剣を突きつける。
「は、放――っ!」
 彼女が少し暴れて言葉を放つと、剣が少し引かれて、つぅっと血が流れ出す。
「ファーナ!!」
 俺が走り出そうとすると足元目掛けて飛んできた衝撃弾に止められる。
「動かないでくださいね。
 お姫様もあまり喋ると二度と喋れなくなってしまいますよ?
 まぁ、シキガミの居ない貴女など、赤子同然というところですが」

 あちらの完全優位だ。
「あ、コレ私の私物ですがどうぞ。
 術を禁止する効果があります」
 そう言いながら手錠をかける。
 此処から見えるのは輪っかと鎖。
「……迷惑なものを有り難う御座います」
「どういたしましてっ」
 屈託無い顔で笑ってそのまま俺たちの方を見た。

「悲しいでしょう?
 裏切られたから。
 そしてこの結果は最も愚かしい――それが貴方らしいのですが。

 どうせこの戦いに参加しても貴方は犬死するだけですよ――ワンコくん?」

 流し目でこちらを見ながら右手を上げる。
 その指先には青いコインが見えた。
 カードは俺の手の中にある。
 ファーナとコインはあちらで、俺はシキガミじゃない。
 限りなくアンフェアな状態になった。

「リージェ様! その人を放しなさい!
 貴方達には殺せないはずです!」
 ヴァンが俺の右隣に立って声を張る。
 アキが左隣に立って、剣を構えた。
「そう、そうね。殺してはいけないわ。
 でも、残念ですね。私は魔女ですから。
 何も困りませんね」

 全員が息を呑んで固まった。
「……どうやって?」
「ふふヒミツ、というとワンコくんが突進してきそうですね」
「……」
「睨まないでください。
 私の使える術は少ないのですが。
 呪いというのもその一つ。
 しかし、魔女だからでしょうか、命を繋ぐ程度ならば可能です。
 ですからなんら抵抗無く――

 殺せます。だから武器を捨て、動かないでください」

 ――隙が無い。
 魔女、という彼女の方はいい。
 問題はシキガミの方。一部たりとも隙を見せない。
 動いたらまず斬撃が飛んでくる。
 避けなければいけない時間を考えると
彼女の首に刃物が通ってしまうまでに辿り着く事は不可能だ。
「コウキ……殺さないで居るのは恐らく何らかのデメリットがあります。
 ですが……従う方が賢明と見ます」
 ヴァンが小声でそう言った。
 確かに、呪いをかけて操り人形みたくできるならソレは凄いメリットになるだろう。
 でもそうしない。
 言葉の上ではいとも簡単に殺せると言っているが何かダメになることがあるんだろう。
 俺は剣を地面に置いて立つとアキも剣を収めてヴァンも棍を投げた
 ファーナは何か言おうとしたが騎士に連れられ馬に乗る。

「悔しいですか?
 恨めしいですか?
 誰が悪いのでしょうね?

 あはっ!」

 本当に愉しい、と俺たちを見る。
 アキとヴァンが悔しそうに拳を握る。

「それではお三方。私達を見送ってくださいね」

 魔女は軽い足取りで踵を返すと、ふわっと自分のシキガミの後ろへと乗って走り出した。
 ファーナはアルゼらしい騎士の前に乗って一度だけこちらを振り返った。
 ごめんなさい、と口が動いたのと、涙が見えた。
「ファーナ!!」
 俺たちは動かない、
 魔女もまだこっちを見てる。
 別に嘘がどう、とか。
 失望がどうとかファーナが何を思ってたのかは知らないけど。

 俺はファーナに剣を預かった。
 王様に言ったように俺は英雄になりたいわけじゃないし。
 ただひとつ悔しいと思ったのが――おっちゃんに言われた一言。

『私は、どうやら神子を守りきったようだ』

 おっちゃんが言ったように、俺は守りきらなきゃいけないんだ。
 ファーナは俺を必要だと言った。
 何があったのかは知らないけど。
 必要ないのならそれはファーナから直接聞くべきだ。
 馬が走り出す。
 追いたい衝動を噛み殺して、叫んだ。



「――助けに行くから!!!」


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