第140話『友縁と因縁』


 祭壇はいつも同じ風景。
 今日は剣の山を先に見る事はなかった。
 真っ赤な絨毯真っ赤なカーテン。
 周りに奉納されたのであろう金色の装飾をした蝋燭立てには揺ら揺らと暖かに焔が揺れる。
 天井にはそ大きな天窓――その光に照らされる赤い空間。

 玉座に座るのは金色の髪をした女性。
 その空間に存在を許された俺に気づいて顔を上げるとその真紅の瞳と目があう。

『ようこそ神々の祭壇へ。
 わたくし加護神メービィがもてなさせていただきます』

 いつも同じ言葉で迎えられ――最近姿が見えるようになった神様が存在する。
 見た目はファーナと同じ。

「よ。……大丈夫?」

 俺の言葉に一息吸って、彼女は王座を立った。
 そしてゆっくりと階段を下りて俺と同じ高さの床に立った。
 軽くトラウマなんだけど、腹がすでに殴られる準備をしてるというか。
 頬っぺたかもしれないし歯も食いしばっておく。
『……そう身構えずともわたくしは暴力を振るうつもりはありませんよ』
 風林火山の山の陣を築いていた俺をみてメービィが笑う。
 動かざる事山の如しだよ。
 溜息を吐いて力を抜くとメービィがそそっとそのまま歩んできてぽすっと俺に抱きつく。
「ん? ど、どーしたの?」
『……その、触れてみたかっただけです』
 前と同じ理由だろうか。
 誰かと触れた事がない。
 触れる事がない。
 此処に居るのは俺だけで、触れる事も見る事もできるのも俺だけ。
 偶然ではあるけれど、この独占は凄く幸せな事なのか。
 結局は動かざる事山の如しなのだけれど。
 それからちょっとして、すみませんと顔を下げて少し俺から離れると一息吐いた。
 そして俺と目を合わせて頷くとさっきの続きを話し出す。

『……貴方の言葉通りファーネリアは無事ですよコウキ』

 金色に見える髪を揺らして優しく微笑んだ。
 ひたすらあの子にそっくりな彼女だから――いつものように彼女がそこに居るような錯覚を受ける。
 安心するけど、やっぱりすぐに心配になる。
「ごめん……早く助けに行きたいんだけど……
 なんか言い訳みたいだけどさ……」
『はい?』
 ぴよっと首を傾げるメービィ。
 ファーナが全く知らないものを見たときにこんな顔をする。
 変な事を教え込むと、此処でまた怒られるのだが。
「な、なんで不思議そうな顔してんのさ」
『助けに行くと言って下さったではありませんか』
「そうだけどさ……俺がもし間に合わなかったらどうするんだよっ」
『……わたくしには……何も』
「……ごめん。悪かったよ。ちゃんと責任を持って助けに行くから」
『はい……聞き届けました。

 ……ちゃんと責任を取っていただけると』

「な、なんで微妙な言い回しをするの?」
『ふふ、わたくしは反復しただけですよ?』

 クスクスと笑って、俺の反応を楽しんでいるようだ。
 なんかむず痒くなってきたので自分で話題を変える事にした。
「あ、相手のノブナガってさ! 黒いおっさん!
 アイツってもしかして、歴史的人物?」

『それは解く事ができません。
 しかしそれを気にするのは貴方にとっては杞憂です。
 この世界では皆始まりは同じですよ』

「違うよ、同じじゃない。
 あいつは戦争の経験者じゃないか」

『知識と経験ですか』
「そうそれ! ずるくね?」
『ずるくは無いです。知識と経験ならば貴方にもあるでしょう?』
「俺が知ってる戦争なんて
 『夕方の半額タイム』と『バーゲンセール』と『木曜日の割引デー』だけだよ!」
 全部個人的な理由のものだけど。
 姉ちゃんとよく奪取アンドダッシュと銘打って走り回った。
『十分ではありませんか。攻略は?』
「夕方はキープ、バーゲンは特攻、割引デーは冷蔵庫と相談が重要に!
 ただキープと特攻は店員にマークされるぞっ気をつけろっ! 先に懐柔しないとな」
 キープはバイトしてる側から言うとウザイと俺も友達から聞いている。
 バーゲンは、身を引いてもいいこと無いっ。
 でもあの集まり方はアメフトもビックリだぞホント。
 ぶつかりすぎておばちゃんの顰蹙を買うとタイムロスするぞ。
 割引デーは食品が全体的に安くなるので冷蔵庫と相談。
 朝にはチラシで確認しておけばよしだ。

「あ! いやそーじゃなくてさっもっと今ほら、役に立つ事があるじゃん!」

『しっかり語る所がコウキですよね』
「今回ばかりは語らされたよ!」
『はいっ。では、貴方があの子の為に立てた作戦を教えてくださいっ』
「え……今の俺の話聞いてた……?」
『ええ。コウキ。誰にでも初陣は存在します。
 貴方は貴方の力を持って、全力を尽くしてください。

 ――あの子もわたくしも貴方を信じています』

 何を言っても――……同じ答えが彼女から返ってくる。
 そっか……結局言い訳しに来ただけだったのかな、俺。

 勝てないかも知れないとか。
 許して欲しいとか、そういった甘えた心。

 だとしたら俺は最低じゃないか。
 何度も、言い聞かせるように。
 信じてるって言ってる。


「なぁ……ファーナは、俺と離れたかったのかな」

『……その件は助けてから聞いてみてください』
「ちょっとめちゃ表情殺してるねメービィ。教えてくんないの?」
『今は人事ですから。ダメなのですっ』
 きゅっと手を握ってダメの意表を強く表した。
「……そっか……」
『コウキ』
「ん――?」
『わたくしは、貴方と共に有る存在です』
「……うん。まぁシキガミだからね」
『あ、余りにもですね、貴方はっ肝心なモノが蕩いですっ』
「えっ? ごめん、何かあった?」
『それがダメなのです。ダメダメですよコウキ』
 またダメダメ攻撃にあっている。
 こうなると何を言っても許してもらえないのである。
 でも愚直な俺に出来ることはそれを問うことだけ。
「む。じゃぁ、許してもらうにはどうすればいいの?」

 メービィは少しきょろきょろと視線を動かして顎に手を当てた。
 俺をみてぷるぷると頭を振ってまた視線を外す。
 しばらくして、ぽん、と手を打って両手を俺の方に向けて広げて少し恥ずかしそうに微笑んだ。
 ――言葉は無い。

 別に其処まで距離は無かった。
 触れるまでほんの一歩と少し。
 他愛も無いけど、触れてはいけないような神々しさがある。
 でも良く見知ったその顔は、いつものように優しい笑顔だから――。

 吸い込まれるように、少し大きく一歩。

 手ごと上から抱きとめた。
 気恥ずかしいけど。安心した。そこに居る実感に、近い感触だったから。

「……助けに行くよ」

『――……お待ちしています……』


 背中にさっきと同じように俺を抱く手を感じて――。
 ああ、結局。支えてくれる安心を彼女から貰う事になった。
 暗くて前が見えなくて恐がってる俺の存在を、触れて教えてくれた。
 途端、焔が消えるように。消えてしまう彼女の感触。
 世界が崩れ、俺の存在もあやふやになっていく。
 声は聞こえなかった。
 後はソレを本物にしてしまうだけ。







 ――ラジュエラには会えなかった。
 多分、先に戦わないって言ったからだろうか。
 祭壇への廊下から、教会への扉を開ける。
 アキは――教壇の上に有る神子像へ祈りを捧げていた。
 月明かりを溜める神殿は神秘的な明るさで彼女を照らす。
 声をかけないほうがいいかな、と思ったがすぐにアキは顔を上げて深く頭を下げると俺に向き直った。
「お疲れ。ずっとやってたの?」
「待つのも大変なんですよっそれに……全然落ち着きませんから」
「だよね。早速だけど、ファーナは大丈夫だって」
「そっかよかったぁ……他には?」
「ほか……バーゲンセールの話しとか?」
「コウキさん、神様とバーゲンセールのお話をしてたんですか……」
 明らかに呆れた目で俺を見る。
 今回は乗せられただけなのに……。

 教えられたのは、俺が信じられてるってこと。
 何度も、何度も言われてやっとそれに気づいた馬鹿野郎だから。
 やっと俺がやらなきゃいけないことはわかったような気がする。

「後はさ」
 俺は右手を差し出す。

「俺だけじゃファーナを助けるのに足りないんだ。
 だから力を貸して欲しい」
「……当然ですっ
 わたしだって、ファーナを助けたいんですっ」

 ガシッと強く握られる右手。
「さすが団長! 心強いっ」
「まだまだ修行中ですけどね〜」
 赤茶の髪を揺らして碧眼は強く俺を見た。
 最も信頼できる友人。
 それはもう一人居る。



 荘厳な神殿というわけではない。
 基本的に食事を風呂が終れば神殿の廊下は火が消されるので出歩くには蝋燭を持って歩かなければいけない。
 窓は多いが場所によってはやっぱり結構暗くなる。
 アキが持っていた蝋燭を持って、灰色の冷たい空気の廊下を歩く。
 目指すは神官と財務官を兼任する彼の居る部屋だ。

 ノックをしてそっと部屋を覗いてみる。
 この部屋は就寝する為の部屋じゃない。
 彼が真ん中に有る書類の詰まれた机を前に座っている以外は見た事が無い。
 それは今日も例外ではなく、机に目を落としていた彼が顔を上げてこちらを見た。
 
「コレはコウキ、アキも。
 あぁ、先程キュア班の者が神殿を訪ねてきてましたよ」
「うげ。もうみつかったのかぁ。
 身代わりにふとん丸めて入れてきたのに」
「さて何故でしょうね? まぁお話が有るのならば聞きますよ。
 どうせなら隣に行きましょう。私も一息入れることにします」
 ヴァン少し疲れたと肩をグルグルと回して席を立った。
 歩いてくる彼に対して少しだけ歩み寄るとスパッと頭を下げた。

「ヴァン……今回は本当にごめん」
「……いえ。頭を上げてくださいコウキ。私も油断していました。
 私もウィンドの信用も裏切った事になります。
 申し訳が立たないのは私も同じです」
「まぁ……笑えない事態だよな。
 今回ばっかりは本当に真剣にファーナを取り返したいって思ってる」
 真っ直ぐヴァンを見て右手を差し出す。

「俺たちだけじゃ足りないんだ。協力して欲しい」
 少し不思議そうな顔をしたが、微笑んでその手を強く握り返してきた。
「ええ。当然です。
 私も微力ながらお手伝いいたしますよ」
 微力だなんて謙遜過ぎる。
 銀色の髪を揺らして、知的な顔に優しい笑顔を浮かべる。
 それは最初と変わらない歓迎。友人であるヴァンツェ・クライオンである。
 ペタッと俺とヴァンの握手の上に手が乗る。
「仲間はずれは酷いです」
「あははっ」
「おっと、コレは失礼」
 ペタペタと俺とヴァンが上から左手を乗っける。

「一先ず、私達が気持ちで負けてはいけませんから。
 リージェ様は必ず助けます。
 戦は士気からというのを見せてやりましょう」
 凛とした青い瞳が俺たちを見る。
 アキと目を合わせて頷くと同時にそれに応えた。
「おうっ!」
「はいっ!」

 三人で固く同じ目的の約束を交わす。
 百人力を約束された俺たちは隣の部屋へと移った。



 ヴァンには沢山の事を教わった。
 傭兵を使って、数で質の軍を翻弄させる作戦。
 奇襲や罠を使っての戦術。
 俺の意見を奇抜で面白いと言ったりアキの意見を手堅いと言ったり。
 言われただけでも結構頭が熱くなる戦術言葉だったが――ヴァンは俺たちを笑ったり貶したりすることは無かった。
 真剣に向き合ってまるでチェスをするように俺達に向かって詰めてくる。
 それを切り返して、回り込んで詰められて。
 その夜最善とされたのはたった一つ。
 救える『可能性』のある作戦。

 ――まだ、足りない。






 翌日は晴れ。休まる心地ではなかったが俺はギルド仲介所を目指していた。
 ギルドはずっと前にさらっと習った気がする。
 冒険者や傭兵と呼ばれる人たちの集まりで基本的に集団で大きな仕事をする人たちだ。
 お金で動くならず者という見方もされている。
 確かにそうなのかもしれない。
 俺もいくつか仕事はしたことは有るけど、お金の為にする事だったしなぁ。
 まぁ大抵はポストマンとか用心棒的な仕事だったりするんだけど。

 ギルドの酒場は今賑やかだった。
 俺が前に来た時はこんなには居なかったんだけどなぁ。
「人多くない?」
「好都合ですよ。といいますか、軍が動いていますからね。
 戦争の仕事を各国から取りに集まっているのでしょう」
 ヴァンは銀色の髪を揺らしてそう言うと眼鏡を上げてカウンターへと歩き出す。
 俺とアキもそれについて歩いて店の奥へと入っていく。
 容貌が目立つせいだろうか、徐々に視線が集まりだす。
 絶対ヴァンとアキのせいだよ……。
 長い銀の髪のヴァンは精悍で整った顔をしたクォーターエルフ。
 そして赤茶髪で可愛い顔をした竜人のアキはスタイルが抜群で目を引くのだ。
「俺端っこで丸くなってようかな……」
「え? なんでですか」
「あんまりに二人が目立つからさぁ」
 むふーっと鼻息荒く言ってみるとヴァンに鼻で笑われた。
「真っ赤なコートを着てる人に言われたくありませんね」
「ですよね〜」
 今やトレードマークの真っ赤なコート。
 買い換えるときに地味な色を選ぼうと思ったら、ファーナに拒否されたんだよな。
 皆に意見を募られて、
  “見つけられなくなる”“そんなのコウキじゃない”“アグレッシブさが分からないとダメ”
 他多数の意見により俺は赤いコートを買いましたとさ。
 別にいいけどさ。色ぐらい。


 依頼用の用紙にヴァンがさらさらと書き込んで受け付けを済ませ前金を渡す。
 ギルドのシステムは、そこまで難しくは無い。
 こちらが希望するレベルや神性位、人数を記入して、その条件以上なら依頼を受けれるというもの。
 レベルは戦女神から与えられる力で、神性位は自分の神格の高さ。
 どちらもより優れている方が好まれるが、やっぱり戦場ではレベルが高いって言われる人が強い。
 戦女神に好かれるって大事なんだなと思った瞬間である。

 重要度は緊急で高報酬。
 依頼主は――アキ竜士団。
 名前はグラネダにも結構広がっていた。
 新聞なんかにもデカデカと載っていて本人があわあわと焦っていた。

 出発は明日の早朝だ。
 軍が外に布陣を始めるのと同時。
 今日は準備に全ての時間を使う。


  ドゴォッッ!

「ハイッ次の方!」
 爽快に吹っ飛んだ誰かに南無南無を手をあわせた。
 アキが振った模擬剣に力負けするとこうなる。
 頼んでからすぐにその高報酬に目が眩んだのか志願は多数だった。

 条件は、俺たちに匹敵する、もしくは裁量に叶った場合とした。

 前半はただの傲慢に見えるかもしれない。
 挑戦するなら俺たち三人と戦ってみろってことだ。
 ヴァンを知っていた人間もちらほら居たが、俺やアキのことはやっぱり見た事が無い人が多い。
 でもアキもやっぱり武術大会で女性初優勝者だから何人か知っている風な人は居た。
 二人はさておき俺には勝てると踏んだ奴が俺を指したが、大抵が始まった瞬間に吹き飛ぶ羽目になった。
 時間もかけてられないんだ。まだ俺に二手以上振らせた奴はまだ居ない。大真面目にやってると体力もジリ貧だし、せめて初撃を防げる奴が居る。幸いこの面子の中では一番速い。逆にアキの最初の一撃に耐える人間もまた居ない。俺は世界には俺より強い奴ばっかりなんだと思っていた。それは――ただそういう、環境に居たって事で力の底上げは自然にされてきてたみたいだった。
 ギルドの建物からそう遠くはない広場でワイワイと戦っていたものだからどんどんギャラリーが集まってヒートアップしていく。
 俺たちが一人倒すたびにワァッと民衆が湧いた。
 見世物をしているつもりは無いんだけど、仕方ない。


 朝からやって、昼にはこの集め方は終るつもりだった。
 あんまり体力を削りながら相手をしても意味が無いからである。

 人ごみを割るようにそいつが現れた。


「おっ、ここか? 高額報酬の戦争依頼ってのは?」



 そいつには見覚えがあった。
 青い髪。目から真っ直ぐ傷があって、さらにそれを引っかいたような傷が二つ。
 目付きは悪いが、そいつが妙に義理堅いというのは知っていた。
 いずれ、会う事になるといわれていたから。


「よう、見つけたぞアキ竜士団、だったよな」



「――剣聖<グラディウス>……!」

「やっぱり居たな。赤いの。いやいや。シキガミ様?」


 ざわざわと辺りが騒ぎ出す。
 俺の身分は伏せられてた。
 謎の赤いのエックスだ。

「ココであったが百年目! 俺と勝負だ!」
 剣を抜いて俺に突きつけると、そう叫んだ。
 刀身は見えない。
 かすかに光が歪んで見える気がする程度。
 戦場の狂喜と銘のある剣。――ラジュエラの分身でも有ると言っていた。


 ピリピリと感じる。
 ラジュエラを目の前にしたときと同じ威圧感。
 俺はただ剣を抜かず、一歩前に出た。
 その姿に観衆がどよめく。

「……頼みがある!」

「あ゛?」
「助けたい子がいるんだ。俺の仲間が人質になってる。
 助けに行くって言ったんだ。
 でも相手が多すぎる。手を貸してほしい」
「何でその場で助けなかった」
「助けられなかった。相手にとっては殺してもいい人質なんだ」
 動けば殺すといわれた。
 一番屈辱的な挑発と去り文句。
 悔しいなんてものじゃないと思ったのは俺だけじゃない。
「……」
「相手もシキガミでめちゃくちゃ強いんだ」
「なるほど。よっぽど大事な子なんだな」
「そう――……なんていっても焔の神子、リージェ様だ」
 えええっと辺りから大きな声が聞こえる。
 騒いだのは民衆だ。ファーナに縁の多いところ……というかアイドルのような気もする。
「ああいういい子が救われないのって無いと思わない?」
「知りゃしねぇがそういう理不尽も多いもんだ。
 でもそういう子だからお前が動いてるんだろ?」
「そうだよ」
「だろうな……」

 俺たちの会話が止まって、あたりが一層ざわつきだした。
 聞き耳を立てていた観衆から憶測が尾びれ背びれを帯びて、一気に広がっていく。
 そしてそれは――叫びになって俺たちに降りかかってきた。

「なんでシキガミのアンタが守んないんだ!!」
「リージェ様はどうなったのよ!?」
「軍隊を出さないの!?」
「早く助けに行けよ!!」
「役立たずじゃねぇか!!」

 ――誰かを筆頭に罵声が飛び交った。
 恥を忍んでの行動だ。
 俺たちはただその罵声に耐えるだけ。


「るせぇ!! ゴタゴタ言うならここで傭兵百人ぶっ飛ばしてみろ!!」


 俺たちへの声を怒声で退けたのは剣聖だった。
 今にも殺す、といわんばかりの鋭い視線を投げられて民衆は一気に黙り込んだ。
 ノヴァは眼を閉じてギリっとはを鳴らした。怒りだろうか。
 でも俺がここで引くわけには行かない。
「今俺に出来ることなんて、頭下げるぐらいだけど……!
 頼む、あんたみたいな人が必要なんだ!」

 迷う事無く俺は膝をついて地面に頭をつけた。
 本気の土下座は初めてだ。
 死ぬほど情けない――。
 心削れるが、ただ俺の出来る精一杯はやらないといけない。


 あれがシキガミか、と民衆からは落胆の声が聞こえる。
 この国では英雄なんだ。
 ――国王がそうであるから。
 やっちゃいけないんだこんな事は。
 いろんな人を裏切ってるんだろう。
 でも……それだけの価値がこの人にはある。

 剣聖は俺に歩み寄ると息を吸った。
 そして空を見上げて思いっきり、叫ぶ。


「感動したァーーーーーーー!!

 心にキた!! 俺は手伝うぜ!!」


 ぶわっと頬を涙で濡らす剣聖。
 ――そういえば、そういう人だった。
 感動屋で、豪快に涙を流す人物だ。
 俺が立ち上がるのを待って、ごしごしと涙をぬぐうと、キッとした目で俺を見た。
「ただし条件が有る」
「……何?」
 手を払ってノヴァを見た。
 真っ直ぐににらみ合いをする事になる。

「終ったら俺と戦え。絶対に逃げるな」

 差し出されたのは右手。

 握手をしたら同意となる。

 眼を閉じて――


 息を吸って。


「逃げねぇ!!」


 その手を強く握り返した。
 剣聖は手を大きく挙げて、こちらの様子を窺う人々を振り返った。

「――俺は感動した!
 少年の勇気に!!
 ただ助ける為にシキガミ様が人間風情に純粋に頭を下げたその心意気!
 泣かせる話しじゃねぇか!!
 この、剣聖<グラディウス>ノヴァ!
 赤いシキガミと神子を取り返しにいってやる!!」

『オオオオオオォォ!!!』
 大きな拍手と歓声が沸いた。
 今度は俺たちにも応援の声が降る。
 それに手を振って礼を言うと後ろを振り返る。
 ヴァンは何も言わず、ただそこに黙して立っている。
 アキが少し罰が悪そうに俺を見た。
 言いたい事が分かったから最初に謝らなきゃいけない。

「……コウキさん……」
「ごめん、どうしても譲れないから」

 アキには俺の命を救ってもらった借りがある。
 俺が力を借りたのは、その仇である。
 アキを凌駕する実力がある。それは確か。

 関係は複雑だ。
 でも、目的は一つだ。関係ない。
 俺は再び剣聖を振り返った。
「コウキ・イチガミ。コウキでいいよ」
「ん? ああ。知ってるぜ。
 ノヴァ・ユース・エーニル。エルでいい。しばらくよろしくなコウキ!」
「おうっエルには色々参考にさせてもらうしね」
「ほほう。剣聖様から学ぼうってのはいい心がけだぜ?」

 ニヤニヤと笑うエルに俺もニヤニヤと笑い返す。
 割と黒い笑いでクツクツとやっているのだけれど。
 傍から見えれば危ない奴に見えるに違いない。

 アキをはらはらとさせるやり取りをしながらしばらくそこで話し込んでいた。
 もう少しやっているつもりはあったのだがお昼を少し過ぎて誰も挑戦してこなくなった。
 潮時かと考えていたころ――そいつは現れた。



「――失礼する。此処が竜士団の依頼受付か?」


 巨大で真っ黒な塊。
 太陽が真上に来てたのに、そいつがフードを被っていたからだろう。

 後々、ヴァンには呆れられた。運だけで勝てる戦争が有るなら貴方は最強だ、と。

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