第142話『虹の魔剣』


 陽気な街を歩く。
 兵士達が大量に居なくなったため、町に男性の姿が少ないように思えた。
 一般兵士は戦争毎の志願でなることもできる。
 だからだろうか。
 この近くでの戦争は珍しい。
 それなら国を挙げてここを守ろうと言う意志なのだろうか。
 いつも夫婦で並んで売っていたあちこちのお店には、いつも通り声を張る女性の姿が見える。

 戦争というものの意味をわたしは知らない。
 ソレを体験した事が無い。
 戦争を預かる一団を名乗る為にはやはり乗り越えなければならないもの。
 ――やっぱりわたしには早いと思う。
 竜士団はもっと大きな責任の上にいる。
 勝手にその名を使って動く賊だっていた。
 今の自分達はその賊に等しいのだ。名ばかりで実力を伴わず全く実績が無い。
 成ると言うのならば――この戦争で成果を出さなければ。

 正直、戦争は恐い。
 モンスターをどれだけ倒しても同じヒトを殺すことができるだろうか。
 お父さんもお母さんもそれは割り切っていた。
 それが使命だから――私達は命を獲るのだと。

 わたしがお父さんに言った言葉は嘘じゃない。
 竜士団を再建しようと。
 でも、もうお父さんは居ない。
 『……危うすぎて作れなどしないさ。トラヴクラハ竜士団は、な』
 あの時の言葉を思い出す。
 全ての出来事を鮮明に覚えていた。
 何故お父さんはトラヴクラハ竜士団は作れないと言ったのか。
 剣聖に敗れてしまった結果は有るのだけれど、あの人は強かった。
 あの時には分からなかった意味。
 今だからこそ身に沁みるその名の重さ。

 あの人に近づかなきゃ――そう、少しでも。


 戦争を乗り越える為にやる事。
 ……とりあえずコウキさんの治療中に、彼の剣を見繕ってくる事になった。
 コウキさんはこの際だから、とほぼ貯金の全てとなる宝石をわたしに渡した。
 冒険者がお金を貯めておく手段としての常套手段だ。
 値は変動するがコレは稀少なレッドダイアだ。ソードリアスでしか採れない高価な石。
 それを換金してくれと言われ、鑑定屋さんのバラムの小父さんにお店を紹介してもらった。
 グラネダで一番大きな宝石店へ紹介状を貰ってしまい、一番綺麗な服に着替えた後そのお店へと向かった。
 丁寧なしぐさで出迎えられ、もの凄く緊張したのだが――。
 ここでちゃんと売ることが出来ないと、生死に関わってくる。
 強気の対応をしようと笑顔で竜士団の名を口にした瞬間に相手が凍りついたのは今でも申し訳ない。
 一応本物確認と言う事で竜士団の封書を求められた。
 もちろんその封書はわたしにも作る事ができる。
 なんとなく切り札だと思っていたけど出さなくてはいけないのならと懐からソレを出す。
 その後は相手の物凄い低空姿勢な対応と全力の接待が続いた。
 その末この宝石についた値段は――。

 四百万R。

 ――こんな額がポケットから出てきた事になるのは驚いた。
 お店を後にするときに店員全員がわたしを送り出し深々と一礼をしていた。
 足取りがぎこちなくならないようにするのがとても苦労した。
 ええと、たぶんこの額があれば、この国の一番街に家を買える。
 発展してさらに高騰を続けるこのグラネダの一番街にだ。
 どうやったら一年経つか経たないかでコレだけを稼ぎきれるのだろう……。
 わらしべ長者と言う話をコウキさんから聞いた事があるがそれだろうか。
 というかコウキさん、これはずるい。
 わたしの功績を訴えてすこしはお小遣いでももらえるかな〜なんて考えつつ
紙幣で重い皮の袋を携えて一旦キュア班の建物へと向かった。





「…………えっ?」
「えっ?」
 コウキさんはスリスリと怪我だった部分を擦りながら首をかしげた。
 黒髪の癖っ毛っぽく横はねしている髪が揺れる。
 彼はブラウンの瞳でわたしを驚いたように見ていた。
「ごめん、聞き間違いだと思うからもう一回言ってくれない?」
「はい……これが現金四百万Rです」
 見せた方が早いと思って休憩室に余り人が居ない事を確認して小声でその事実を言ってカバンを開いた。
 なんだかとてもイケナイコトをしている気分だ。
 慣れない量の現金にドキドキする。
「は!? こ、こんなしたっけ!?」
「わたしが竜士団の封書を渡すと、出てきちゃいました」
「あ、ああ……そういえばそんなのがあった……けど……」
 ふらぁっとコウキさんが貧血を起こした風な演技で椅子に両手をつく。
「アキ……!」
「は、はいっ」
「早くそれを剣に……! 剣に変えてくれ……くださいしますぅ!」
「い、いいんですかっ! なんか変ですよコウキさん!」
「聞かないで! とりあえず行ってくれ!
 じゃ無いと貧乏・オブ・ザ・ゴッドが降りてくる!
 すぐ後ろで微笑んでるぅぅ!」
「……でも、コウキさんがやらないといけないと思います」
「な、なんでさ? このキングオブ貧乏性に高級品が買えるわけないよ!」
「何の自信ですかっ
 ファーナが大変なこのときにぬくぬくと腕掻いてていいわけないでしょうっ!」
「治りかけってすげーかゆいよね」
「ねー。さぁ、行きましょうよっ。
 商談はコウキさんの方が得意でしょ〜」
「八百屋のおばちゃんとはちがうんだからさー!」
 相手に不快を与える事無くやってのける彼の値切りは真髄に迫っていると思う。
 ちょと大きさが違うだけ。
「コウキさんなら大丈夫ですよ」
「へ!? いや何でそんなことに……」
 そんなのは決まっている。
 わたしはふふんと得意げに腰に手を当てて指を立てる。

「だってコウキさんですから」

 凄く不満がありげな顔でわたしを見上げていたコウキさんがはぁっと溜息を吐いて立ち上がる。
「……それ呪文か何かなの?
 わかったよ。行くっ」
 言うが否やササッとキュア班の病棟の待ち合わせ部屋から顔を出す。
 きょろきょろとキュア班の人が居ない事を確認すると、いこうっとこちらを振り返った。
「なんでそんなにコソコソ……?」
「だってなんか昨日の抜け出た件とかで叱られてて。
 治療途中で居なくなったらまた大目玉なんだろうなぁ……」
 廊下を歩きながらぷぅっと頬を膨らませる。
 自業自得な気がしなくもない。

「――あー! イチガミさんが逃げてる!」

 いきなり後ろから声が聞こえた。
「うぇっ!?」
 コウキさんと一緒に振り返ると白衣の女性がカルテを持ってこちらを指差していた。
 キュア班衣服は純白で少し特殊な服だ。
 上がコートのように長くて、女性はその下にスカートを、男性はズボンをはいている。
 どこに居てもキュア班の人間だとわかる清潔感漂う服だ。
 その服を着た女性がツカツカと廊下を歩く。
「やっべっ! 逃げよう!」
「え、ええ? あの人は……?」
 コウキさんに手を引かれて走り出しながら少し振り返る。
「待ってください! まだ治療が終ってません!」
 相変わらずキュア班の人は走らない。
 どうやら廊下を走らない事を遵守しているらしい。
「俺の担当医!」
「逃げちゃまずくないですか!?」
「あれっやっぱりアキが行ってくれるの?」
「あ、コウキさん! そこ窓から出て裏口から一番街へ走りましょうっ」
 まっすぐ見えている窓から裏口が見えていた。
 コウキさんが軽いステップであいていた窓から飛び出る。
 後ろから聞こえた引きとめの声に申し訳ないと心で謝りながら
わたしもソレに続いて窓から出て裏口へと走った。








「それにしても砕けたなぁ……」

 地精宿る剣。
 その見事に粉砕された刃を見る。
 今俺がこのヒビの入った部分から欠片を折ろうとしてもびくともしないそんな固さの有る剣なのに。
 まぁ漫画みたいに竜をぶっとばす所を見ているから不思議ではない。
 直撃ではなくて良かったと切に思う。
「でもコウキさん、一回お城でお腹に貰ってたじゃないですか」
 アキが手を出してきたので剣を渡す。
 俺と同じように折れない事を確認して、呆れたようにフッと薄く笑った。
「良く死ななかったですね」
「思うに、手加減してくれてたんだよアレ」
「そっかぁ……国王様って優しい方なんですね……」
「……うん……」
「……」
 引きつった笑顔で顔を合わせて、なんだかなぁと言う風に溜息を吐く。
 俺から言わせれば、アレは内部破壊の必殺技か何かだと思う。
 外傷は無かったけどめちゃくちゃ苦しかったもん。
 剛ではなく柔でという拳の道もあの人だからこそ使い分けられるものなのだろうか。

 俺たちが目指したのは一番街の武器屋。
 老舗が多く、いい剣も多々見かける。
 実は前にちょっとウィンドウショッピングをしていた際にいいなーと思っていた剣がある。
 まぁウィンドウショッピングなんて冷やかしなんだけど、実際欲しいものは覚えているものだ。
 こうやって買いに戻ってくることも考えておくと邪険にはできない。
「欲しいものってあったんですね!」
「まぁ人並みにはあるよ。実は」
「ちなみに、どんなのなんですか?」
「なんかかっこよかった」
「なんですかその曖昧な覚え方は……」
「じゃぁ大火山丸!」
「なんですかそのネーミングセンス……」
「今俺がつけたんだっ」
「大納得です。でもホント珍しいですね。
 食べ物以外で欲しがるって」
 まぁあまり無闇に欲しいとは口にはしないけど。
 今は特に砕けてしまったから余計に欲しいを口にしなくてはいけない。
 どうやら自分で買えそうでよかった。
 功績の半分ぐらいはアキのお陰では有るのだけど。



「たのもー」
 カランカランと小気味良い音が鳴った。
「いらっしゃい!
 おや、可愛いカップルさん? デートにゃこの店は向かないぜぇ? はっは!」
「か――!?」
 ボンッとアキが真っ赤になってちょっと後ろに引いて扉で頭を打ってた。
 俺も少し驚いたけどそれに笑えて冗談でそのまま話しを続ける。
 引っ張るとなんかへんな空気になるしね。
「ちょっと剣を一つ触ってみたいんだけど」
「おう。どいつだい?」
 満面の笑みで腕を組んで俺に聞き返してくる恰幅の良い店主だった。
 鼻の下にヒゲを蓄えていて、慣れたエプロン姿は貫禄が有る。
「おっちゃんの後ろにある奴」
 俺が指差すと店主が後ろを振り返って「あー」と低い声を出した。
「残念だ兄ちゃん。こいつぁ売りもんじゃねぇんだ。
 よくじゃぁんなとこに飾るなって言われるんだがよ」
 こんな綺麗なのにもったいねぇだろ。と店主が苦笑する。
 買い物上手とよく言われるが、単に馴れ馴れしいだけとも言う俺の言動に腹を立てない出来た人だ。
 その虹色を纏う剣は店主の言うとおり、綺麗で線の細い剣だ。
「あれっそうなんだ。なんだ。めちゃカッコイイのに」
 最初に思った感想はそれだ。
 剣を見ただけで価値が分かるほど精通していないが、直感に語りかけてくるものはあった。
「だろう。キミぐらいの子には特に人気だよ。
 何故か目を引くだろう?
 反射する光が虹色に見える。芸術品に近いものがこの剣には有る」
 店主はケースに入ったそれに触れる寸前で手を引いた。
 何かを恐れるような目でそれを見てふるふると頭を振る。
 ゆっくりと俺たちを見て、悟らせるように口を開いた。

「だが――こいつはな、呪われてるんだ」

「呪われてる?」
 最近良くお世話になる言葉だ。
 といってもあの人の呪いはメチャクチャで目的がさっぱり見えない。
 多分その呪いとは違うものだ。そう思って店主の返答を待つ。
「ああ。買った奴が不幸にも死んじまうんだ。
 私も信じて無くてね。2度この剣を売ったが――結局戻ってきた。
 そして、決定的な事件もあってね」
「事件?」
「そう。強盗がきたんだ。
 この剣も盗まれてね――だが、その強盗はすぐに捕まった。
 剣に足を刺されて動けなくなった姿でね」
 言うと溜息を吐いて視線を部屋の端にやる。
 どの剣がやったのか、それは悟るべきだろう。
 俺たちは生唾を飲んで剣を見る。
「それ以来はウチのお守りでね。
 ……この方がこの剣にとってはいいんだ」
 その話を聞き終えて、アキがくいくいと俺の服の袖を引っ張った。
 振り返るとふるふると顔を振って口を開く。
「コウキさん……やめましょうよ。
 この手のペナルティは絶っっ対コウキさん当てますし」
 そんなバカな、と言いかえそうとしたが余りの絶対の瞳の強さに閉口した。
 色んな所を信じてもらっているようだ。
「んなわけないよー。
 おっちゃん、その剣、銘があったりするの?」

 店主は顎に手を当ててふむ、と息をつく。
「ああ。絶望の虹<シルメティア・オーバー>、だそうだ。
 一説によると伝説のシキガミ様が使ってたとかな。
 だがその英雄も悪魔になったらしい」
「おっ――国王様とは違うの?」
 危うくおっちゃんと言ってしまうところだった。
 店主にしても国王にしても俺からすれば人生の大先輩ことおっちゃんである。
 店主はカウンターに肘をついて体重を預けるとああ、と頷く。
「国王様じゃないさ。その親友だったって話だよ」
「親友……もしかすると、ムト?」
「おや、知っているのかい?」
「聞いたことあるのは名前だけなんだ。
 その話、聞かせてもらっていい?」
 俺は続きを頼むと店主が少し眼を閉じてうろ覚えだが、と口を動かす。
「御伽話みたいなもんだ。それでも聞くかい?」
「お願いしますっ」
「しますっ」
 アキと一緒に頭を下げると店に客が居ないのを確認して、
俺たちにカウンター横のソファーに座るよう勧めた。
 長くなるんだろうと俺たちはそこに素直に腰掛けて
壮年の店主が店奥に向かってお茶を出すように言う姿を見ていた。






 そのシキガミが英雄となったのは20年も前にあった大戦争の時だった。
 グラネダがマグナスという国号で、アルクセイド、サシャータとは同盟も無く中立国だった。
 その頃から大国だったアルクセイドに、シキガミの神子が居た。
 かつては――神子の保有国だった。
 マグナスには宗教は及んでおらず、教会も拒絶されていた。
 神を信仰する習慣は全く無かったのである。
 貿易以外は徹底的に否定的だったマグナスはそういった他国習慣を徹底的に排除した。
 宣教師を侵入不可とし、国内で見つけた場合は処刑した。
 何人もの宣教師が殺された事に聖神国家を名乗るクロスセラスが激怒し、マグナス国に向けて大軍で攻めてきた。
 当然それに対抗してマグナスからも軍が出され――戦争となった。
 マグナスは数で圧倒的に劣勢だった。
 じりじりと押され、自国の周辺にまで大軍が押されてしまう。
 が――それはかの軍の罠であり、森での火刑により奇襲をかけるとその情勢は一気に盛り返す。
 食料が燃え上がり、クロスセラスは引き始めたがそれにマグナスは追い討ちをかけた。
 そこでようやく中立で傍観を決め込んでいたアルクセイドが動き――。
 クロスセラス側について彼らに食料を補給したのだ。
 情勢はそこでまた反転する。

 実はアルクセイドは戦争をやめ協議をするように言って食料を与えたのだが、
クロスセラス軍は追撃の怒りに腸を煮え繰り返していたのだ。
 戦争は子供の喧嘩のように喩えられることが多いが実にそれはその通りである。
 大人とはいえ感情で動く事の多い人間は、いつも争いが絶えない。
 宗教で纏まっている国ほど、同胞を殺されたとなれば纏まって動く。
 そしてアルクセイドの目の前で再び戦争が始まった。
 戦力は五分でお互いが全力で殴りあい、共倒れは必至だと思われた。
 その戦争は3日続いた。一日ごとに半分になるような熾烈な戦いだったと言われている。

 英雄と呼ばれる彼が現れたのはその時である。
 そのぶつかり合いの中心に軍を真っ二つにするような虹を架けた。
 両軍はその美しさにぴたりと戦争を止め、その剣主にひざまづいた。
 アルクセイドの神子、白金の神子シートリミスがシキガミ、ムト。
 その手にあったのが『錬銀の絶華<シルメティア・オーバー>』という銘の剣。
 国民の誰もが彼のを崇め敬い、神子を救うと信じた瞬間だったと言う。

 しかし非情にもそれは現実とはならなかった。
 彼は大切な神子を失い、国に戻った時には酷く疲弊した様子だった。
 沢山の非難を浴び国の荒れように王城で保護していたようだが有る日突然失踪した。
 『こんな世界は要らない』と言葉を残して。
 その時はもうマグナスの国はドラゴンによって滅ぼされた後で世界は混沌としていた。
 英雄の堕落は瞬く間に国に広がり、多くの者が絶望した。
 剣の名が変わったのはその時だといわれている。

 そして――世界を分ける大地震が起きた。
 地は裂け世界を覆う眩い光に誰しもこの世界が終ったと死を覚悟した。
 だが世界は終っては無かった。
 大きな十字傷ができ、かつて交流があった国とは離れ離れとなった。
 ソレを繋ぐことに大きく貢献したのがドワーフの一族である。
 彼らによって10年の歳月をかけて架けられた橋。
 アルクセイドから――希望の架け橋<エル・パースメン>。
 沢山の憶測が行き交ったが真相はわからない。
 ただムトがやった、という声は強かった。
 アルクセイドの国はそれ以後ムトの名を口にはしない。

 そして、その後ひっそりと魔剣の噂が出回る。
 英雄だったムトの剣。
 それが人を巡り、今グラネダで眠っている。






 長い話を聞き終えて二人で大きく息を吐く。
 ――あんまり無関係でもない。
 俺の脳内で補完出来るのは国王とムトが戦ってできたという十字傷の場面だ。
 叫びが聞こえてくるような鮮明さで思い浮かぶ。
 友達と対峙する場面であの剣を振らないといけなかった理由。
 無念を叫んで剣を振る彼に――あの剣はどう応えたのだろう。
 剣が応えてくれるなんて変な話だけど。
 俺には一振り、俺の言葉に応えてくれる剣がある。
 今までだって――色んな剣が俺に応えてくれてたんだ。
 分かったような口を利くわけじゃないけど、あの剣はまだ何かを訴えている。

「――おっちゃん。やっぱり俺、あの剣が欲しい」
「……キミも頑固だね。でもダメだ。
 兄ちゃんは若いんだ。もっといい剣にめぐり合えるさ。
 似たような剣ならいくらでもある。ちょっとまってなさい」
 そう言って立ち上がった店主を慌てて引き止める。
「剣は悪くないよっ! なぁ、おっちゃん!
 俺――。
 俺、シキガミなんだ」
「シキガミ……様?」
「いや、いいんだ。そんなエラくないし。
 俺、今の話でそのムトって人のこと、ちょっとだけ分かった気がする。
 今……ファーナが攫われててさ、神子が居なくなった絶望感っていうか。
 世界が要らないって言う言葉の意味とか。俺分かっちゃったよ」
 自分でも珍しいぐらい。
 何かが同調しているように思えた。
 心なしか遠めに見える七色に光る剣の光が大きくなる。
「それは、何故?」

 店主が眉間に皺を寄せ片眉を上げて俺を見た。
 アキもそう言った俺の方を見て次の言葉を待っている。
 頷いて、何となく剣を一瞥して店主に視線を戻す。
 鈍感だと言われる自分にしては妙に珍しい。
 それの何故は自分で今考える事は無かったが――自然と口から言葉が出る。

「……好きだったんじゃないかな。

 たぶんそれだけ。
 世界は要らないっていうのは、極端な話だけど」

 何かしらの意味があったと思う。
 キザな告白か何かだろうか。自殺の意図だったのかもしれない。
 その叫びに呼応して堕ちて見せたというのなら何時も主人に従ういい剣だ。

「私はその英雄ムトと神子が恋仲だと――ああ、言わなかった、な」
 店主は一瞬考えるような顔をして驚いた顔をした。
 キラキラと虹光を放つ剣を目にしたから。

 剣が――俺の想いに応えてくれる。

「俺も守ってやるって言った子が居るんだ。
 どうしても助けてあげないといけない。
 今あの剣が必要なんだ!」

 店主は恐る恐る剣に近づいてガラスのケース毎持ち上げる。
 そして俺たちの座る店の端の席にソレを持ってきてテーブルの上へと置いた。
 ポケットから鍵を出して、二箇所の鍵を外してその蓋を持ち上げる――。

「触っていいの?」
「……どうぞ」
 店主が頷いて品物を丁寧に持ち上げると俺へと差し出してきた。
 ソレをそっと受け取ると、意外な重さに驚く。
 細身だから軽いと思ったが、そうじゃなくて圧倒的な質量を感じる。
 それでも片手剣だ。申し分ない質の剣である。
 気分が高揚してきた。新しいものを買うというのは期待に胸が膨らむ。
 ――ひと息に剣を引き抜くと、甲高い音と一緒に剣が虹を引いた。
 呼吸を忘れそうになる程綺麗な刀身。
 俺の気質のせいだろうか、虹が少しゆらゆらと陽炎のように揺らいだ。
 ピシュッと音がしてピタリと揺れずに止まる。
 いい剣だ。
 初めて自分の腕ほどある剣を振ったが、案外大丈夫そうだ。

 店主は信じられないと言うような顔でその様子を見て、剣を振りやめた俺に言う。
「――私は長い事武器商をしていますが……っ!
 剣が持ち主を選ぶ瞬間を見たのは初めてです。
 私や、そのほか誰がその剣を振っても、そんな虹は見た事がありません……。
 呪われているなど、まるで嘘のようです……ええ……」
 剣に見惚れている店主。
 この剣が本物の名剣だとわかったからだろうか。
 剣が好きでこの商売をやっているに違いない。

 だったら余計に手放さないだろうなぁと思った。
 コレクターってなんか執着心が凄いじゃん?

「俺にください」
「だ、ダメだっ、いかに綺麗に見えてもそれは呪われている剣だっ!」
「宝の持ち腐れって言うじゃん」
「め、銘の有る剣は最低でも一千万は下らない代物だぞっ」
「呪われてるんだろ? 百にまけてよ」
「いくらなんでもそれは……」
「じゃぁ即金にする。二百。アキ、二百全部出して」
「は、はいっ」

 机の上に二百万が置かれる。
 全部の意図を即座に理解してくれたんだろう。
 カバンの中身は見せないように現金だけを机に置いた。
 即金には価値が有る。なんせその場で支払いの保障されたものだ。
 特に銀行がまだまだしっかりしていないこの世界ではかなり魅力的だと思う。
 店主はそのお金をみて、俺たちを訝しげに見た。
 こんな子供が、と思われているのかもしれない。
「――剣が俺を選んだんだ。
 俺もこの剣を選ぶよ。お願いしますっ!」
 そしてその店主に俺は頭を下げる。

 店主が唸っていたが――ふるふると頭をふってカウンターの裏に回った。
 そして紙を一枚もってそこにさらさらと文字を書く。
 しばらくするとペンを置いて紙を俺の方へすっと移動させた。

「――ここに、キミの名を。
 今度こそ、戻ってこない事を祈ってるよ」

「……! ありがとうおっちゃん! いいの!?」

「私にだって人を見る目はある。
 キミは――信じられるいい目をしている。
 だからキミとその剣を信じてみようと思ったのさ」
 ぐっと握手を交わして、その紙を読む。
 二百万で契約成立なり。そして譲渡の約束と商品と権利証の受け渡しの事が書いてあった。
 俺がその紙に名前を書いて、おっちゃんに返す。
 不思議な文字だな、と驚いていたが慣れた手つきで書類に判を押すと、
 領収書を切るからと代金を要求した。
 俺は机に置いてあった二百と言う大金を持ってみた。
 お金って言う実感がねぇなぁと思いつつ店主へと渡す。
 貧乏性は主に小銭に働くんだな。うん。
「……大変だったろうに、こんな金集めるの」
 ペラペラとそれを数えながら言う。
 百枚を数えて、パチンと指を鳴らす。
 コレは俺も店で練習した。だってかっこいいし。
「……うん。苦労はしたよ。おっちゃん達より苦労してるんだ俺」
 苦労に関しては負けてないと思う。
 稼いだ事に引け目はない。堂々と苦労しているといっていいはずだ。
「まぁ私が兄ちゃんぐらいのとき、どうやってもこんな金は集められなかったよ。
 商人なんてやってても金集めだけはどうしても思い通りとは行かないからな。
 認めるぜ兄ちゃん。たいした苦労人だ」
 壮年の商人に褒められて、気をよくした俺は礼を言って笑う。
 二つの束をあっという間に数え終えた店主は領収書を切ると俺に渡す。
 所持権利証を取り出してその説明を受ける。
 どうやらモンスター化してなくなり鑑定屋に戻った際に
自分のものだと言う証明になり優先的に戻してもらえるらしい。
 確かにそれは有難い。

 剣を装備して、背中の軽さが解消された。
「ありがとなおっちゃん!!」
「有り難う御座いましたっ」
「毎度あり」
 双剣が回復してテンションが上がって大声で店主に礼を言うと店を出ようとした。
 アキが一歩先に出た所で店主が俺の襟首を掴んだ。
 ぐえ、と言ってその店主を振り返る。
「兄ちゃん。ほら」
 店主は俺にぴっと一枚紙切れを向けてスッとポケットに入れた。
 それがお札だと言う事はすぐに分かったけど。
「えっ?」

「デート代だ。しっかりやれよっ!」

 ぐっといい笑顔で親指を突き出していた。
 訳も分からずとりあえず親指を突き返した――。


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