第143話『労い』


 夕方にロザリアさんが俺を訪ねてキュア班病棟を訪れていた。
 そういえば夕方に会う約束があったのを思い出してちょっと冷や汗が流れた。
 結果的にちゃんと会ったからいいんだけども。

 剣を購入した後、もう一度キュア班での腕の治療に行っていた。
 遅れた挙句に手土産のケーキを盾に治療を急いでもらって大いに不評を買ったと思う。
 アキには感謝しないと。手土産のケーキの提案は彼女によるものだ。
 でもケーキを渡した班長と呼ばれる人以外には多大な迷惑をかけてしまったと思う。
 班長は俺の担当医で物凄く強気に患者に対応するお姉さんだ。今度逃げたらベッドに縛り付けられるらしい。
 怪我しないように用心しないとな。
 病院ってあんまり行ったことないんだけどそんな風に担当って決まってくるのかな。
 あ、そうか重病だと同じ人が見てないといけないからか。
 病院事情は良くわからないけどやっぱりどこの世界でも忙しいのには変わりは無いようだ。

「まさかまだこちらにいらっしゃるとは……。
 大変ですね……」
「昨日とは別の怪我なんだけど、原因は同じなんだ」
「ええ。今日の国王様を見れば大体の理由は察知できます」

 彼女は申し訳ないとペコリと一礼をした。
 別にロザリアさんが悪いわけじゃないのに。
 それに事の発端は俺の方だし。

「いや別にいいんだって」
「いいえ。私達が止めきれて居ればそうはなりませんでしたから……」

 本当に生真面目な人だなぁと思う。
 少しだけ視線を下げて悲しげな顔をしているのは俺としても居た堪れないので
笑い飛ばして先に進んでもらう事にした。

「あははっあ、で。今日の会議の話だっけ」
「……はい。今日の会議で配置が決まりました。
 私は一軍率いて先頭で追いかけます。
 ヴァース隊に宛ててアルゼとカルナ両名の件を書きました。
 コレをヴァースに渡してください」

 そう言ってバックパックから一枚の封書を取り出した。
 コレも竜士団みたいに何か仕掛けが有るのだろうか。
 ちょっとだけ見て、まぁいいかと俺は自分のバッグに仕舞った。
 後は忘れずにコレを渡す事だ。

「動き方は話していた通りで構いません。
 リージェ様を救出後、二人を私の前までおびき寄せてください。
 私の方もギリギリまで前線に近づくようにします。
 もし私や救出が間に合わなかった場合は仕方なしとして下さい」

 表情を変えずに淡々をそれを語る。
 多分心中ではきっとそうは思っては居ないだろうがこれが軍人と言う姿なのだろうと納得した。

「救出が間に合わなかった場合って時間が掛かりすぎたりってこと?」
「はい。失礼とは思いますが、可能性ですから」
「いや……被害状況で変わってくるって事だよね」
「ええ。戦争ですから仕方の無いことですが……被害が大きくなるようならその作戦は実行できません」

 申し訳無さそうに視線を流して沈黙した。
 少しだけ間があって俺は息を吸って吐くとうん、と頷いて彼女を見上げた。

「そっか。ロザリアさん有り難う」
「えっ、あ、いえっ」

 意外だったのか俺を驚いたようにみてプルプルと頭を振って髪を揺らした。

「多分……凄い反対があったと思うんだ。国王様辺りから」

 プチ切れ状態の国王様なら何かしら言ったと思う。
 まぁ怒ってるならよかった。意気消沈されると俺も申し訳なさが加速する。

「……その場の感情で無茶をするな、と言われました」
「あはは。おっちゃんにそのまま返してあげればよかったのに」
「ふふ。とはいえ戦争の会議の場ですから。
 二人を取り戻すメリットから押し固めて言えば通りましたよ」

 腰に手を当てて少し得意げな笑みを浮かべて俺に言った。
 論破してきたとは……肝の据わった人だなぁホント。
 きっと戦場でもその冷静さが買われたんだろう。

「ヴァンツェ様とも通信係を通して話を進めています。
 こちらの進み方に合わせての大体の行動は把握いたしました。
 一小隊になるそうなのでほぼ軍の方には影響がないとのことです。
 シキガミ様が前線にいらっしゃるのならば私達の出る幕は少なそうです」
「大丈夫。俺戦争初めてだから!」
「ですが、戦闘経験は多いです。貴方ならば無被害の戦争もやってしまいそうです」
「……それは過大評価なんだけど。相手も相手だしね」
「そうですね……ですが私達がそれに努めない訳には行かないと思います」
「だなっヨロシク! ロザリア隊長!」

 今まで座っていたベッドを立ち上がってロザリアさんに手を差し出す。

「はいっこちらこそ。よろしくお願いいたしますシキガミ様っ」

 すぐにその手は握られて固く握手を交わした。
 信頼できる三人目。
 より俺たちが確実に勝利する為に――また一歩進めたはずだ。

 握手を終えて彼女はすぐに城の方へと戻った。
 後日の戦いへの準備をしなくてはいけない。
 俺もキュア班の施設を出て、ヴァンたちの居るギルドを目指す事にした。





 乾いた石を蹴る音が響いた。速く走ろうとすればするほど音は大きくなって家と家の間を反響した。
 なるべく裏路地を通って真っ直ぐ走り、最も目的地まで早くつく方法を考える。
 脳内ナビでは現在大通りは買い物客で大渋滞。裏路地も子供で溢れているがまだこっちの方が安全だ。
 時折飛び出てくる子供達を跳んだり回ったりして避けているとスゲェって指差されるのに手を振ったりしながら進む。

 そんな光景を見ていると戦争だと騒いでいる大人たちを遠く感じる。
 俺もあっち側なのにな。
 今回のファーナの救出に関しては国からではなく教会から資金が出た。
 それにヴァンがいくらか足したらしいがそれが今回剣聖とアルベントを駆り出す資金になる。
 今日の残った分はそれに足してもらおうかな。
 自分には大きすぎるお金なのでお金という感覚じゃない。
 せめて銀行に入れさせて欲しい。切実に。

 細い路地を抜けて大通りに出た。
 どうしても横切らないといけない為人の間を縫って進みまた路地へと突入する。
 キュア班施設こと病院から皆の居るギルドまでは一番街から三番街へいかなくてはいけない為どうしても時間が掛かる。
 日も暮れそうで色々なお店が店じまいを始めている所だ。
 ちょっとだけ寄り道をして、ちょっといいものを購入して置いた。
 遠くを見ると少し悲しげにも見えるオレンジ色の空が広がってその夕日に向かって走っていた。

 ギルドの建物に着いた頃には国を囲う大きな塀の向こうに太陽が隠れ、明かりを灯した空間からがやがやと声が聞こえた。
 飲み食いも出来る場所で夜はそちらがメインになる。
 宿屋にせよこうやって食事どころを兼業している施設が多いような気がする。
 そうやってないといけないんだろうか。
 まぁでも単純にその方が儲かりそうだしな。折角人が集まる施設だし。
 できるならやっておくに越した事は無いだろう。
 俺は両開きになる扉を押し開けて中へと入った。

 ワイワイとしていたところ少しだけこっちへ視線が集まる。
 俺はどうでもいい人物だし皆目を逸らしてくれる。数人はこちらをまじまじと見ているが気にしないことにする。
 コウキさん、という声を聞いて振り返る。アキが手を振っていて同じ席にヴァンや剣聖やアルベントが座っている。
 一番奥の大きな席を陣取っていて、明らかに其処だけ雰囲気が違った。
 錚々たる顔ぶれなのは間違いない。
 そこに呼ばれたと言う事で今度はざわざわと動揺が広がって再び俺に視線が集まった。
 昼の奴だという声も聞こえてくる。
 居心地が悪いのでとっとと落ち着こうと思ってその一団の方を目指した。

「よー。お勤めご苦労さん」

 一番に俺に声をかけたのは剣聖だった。
 両手を頭の後ろにやってニヤニヤと笑う。
 顔の傷のせいで人相は悪いが根が悪い奴って訳じゃない。

「病院帰りだっての。割と暇だったよ」

 アキが寄ってあけてくれた場所に座りながらソレに答える。

「そぉか。その割にはいいもん持ってるみたいだが」
「コレ? コレは俺のヒミツ兵器」
「丸見えだけどな」
「なんか凄いらしいよ」
「へぇ。銘でもあんの?」

「あるけど秘密な!」

 なんだ景気がわりぃなーなんて言いながら剣聖が酒を煽る。
 俺はヴァンの方を向いてある事を聞いてみようと思った。

「ねぇ、シルメティア・オーバーってどのぐらい有名なの?」
「ぶっ!!」

 剣聖が勢い良く煽った酒をグラスに戻していた。

「コウキさん! 速攻でバレてます!」

「ごほっ……! おま……えほっ!」
「隠すつもりなんて微塵も見えませんよコウキ」

 ヴァンが呆れたように言って眼鏡を上げた。
 どうせ、無いんでしょうけどと付け足して苦笑いを浮かべてこちらを見た。

「心の壁は意思疎通を阻害しちゃうだろ〜」
「その通りです。まぁ何れすぐ広がる事でしょう。
 シルメティアオーバーは私の知る限りでは最も悪名高くなってしまった剣です。
 最近はその名を聞かなくなり、最も有名になったのは剣聖の『戦場の狂喜<ラジュエラ>』でしょうか。
 どちらかと言うとコレは現役の傭兵のお二人に聞いてみるべきですかね」

 そう言ってヴァンは目の前の席に座る二人に目をやった。
 げほげほとまだ咽ている情けない剣聖は喋る事が出来なさそうだったので獣人の戦士に目が行った。

「……私か。私が知っているのはソレの伝説話だけだな」

 むすっとした様子でアルベントが答えた。
 どうやら視線が集まるのが嫌らしい。
 あと獣人の村近くで会った時もそうだったが余り群れたがらないし喋りたがらない。
 まぁそれが性分と言うのならば仕方ないと思う。
 初めを考えれば全然ましじゃないか。

 やっとこさ酒を器官から出し切って近くにあった水を飲み干すと剣聖がこちらを睨んだ。
 顔だけで凄まれてるので身構えはしなかったが割りと恐い。

「テメー、それアレだろ! 一番街の東側の店の!」
「そうだよ。って何で知ってんの?」
「あそこの親父、メチャ頑固でいくら積んでも売ってくれねーの!」

 だんっと机を叩いてくそーっと漏らした。
 ついでにウェイターを呼びつけて詰まらせた酒を倍にして頼んでいた。
 ……悔しいらしい。
 なんだか仲良くなれそうな気がしてきたよ俺。

「へっへっへ。役得? って言うのかな?
 コレの前の正確な持ち主もシキガミだったらしいし」
「知ってるよ!

 そいつはなぁ。間違いなく世界一有名な剣だ!

 シキガミだけって全く御目が高い剣だなオイ!
 オレもスゴインデスヨ!」

 剣に向かって指差して言ってみるがうんともすんとも言わない。当然だけど。
 戦争でも決闘でもない間の剣聖は穏やかで面白い。ちょっと俺に似てるとか。
 アキからそんな話を聞いていたが、ああ、成る程。

「ダメだよーノヴァはちょっと浮気しすぎなんだよ。ラジュエラご立腹だ」
「え!? ちょ、マジ!? 五、六本剣買っただけなんだけどダメか!?」
「今度五、六人と浮気しててセーフかどうかは聞いてくるよ」
「その聞き方だと間違いなくアウト一直線だろ!」
「てかノヴァなら祭壇に行けば自分で聞けそうなもんだけど?」
「……最近さー祭壇行っても呼んでくれなくてさー……」

 テーブルに両肘を着いて顔を隠した。光が上から照り付けて上手く顔を隠す。
 絶望感を見事に表現するいいポーズだと思う。

「ヴァ……ヴァンさん、こっちで人生相談始まっちゃんですけど」
「ある意味またとない機会かもしれませんからそうさせておきたいんですが、
 出来れば後日以降にしてください」

 ちぇーと溜息をつきながら剣聖が顔を上げ、片手の上に頬を乗せてヴァンを見た。

 俺も自分の席からヴァンに視線をやるとヴァンと丁度目が合って軽く頷くと何処と無く向いた彼が今後の話を始めた――。







 朝一番で出発し、夕方には東側の国境付近のヴァース隊と合流。
 大きな戦いになるのは夜から明後日だとヴァンが言っていた。
 移動している時間は休めるが、二日酔いだと置いていかれる。
 ジャンピングスターでの移動になるかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
 そこで聞いて驚いたのがその時ギルドに居て騒いでいた全員が今回の参加者らしい。
 それぞれを分割して小隊を組み、行動を取る作戦になっていた。
 そして移動の術式の性能の不明さや俺の緩衝能力も何処までいけるのかの証明は無い。
 不安要素の多いそれらを駆使するのではなく馬車を使うという事だ。

 随分と急ぐスケジュールとなり、俺たちはそのままそのギルド近くの宿泊施設に泊まることになった。
 まあ朝一番でと言っても日が昇りきってからの事だそうだ。
 そこから移動に一日かぁ……中々遠い道のりである。

 まぁぼやいても仕方が無い。
 俺たちに出来る最善ならば。
 それに俺たちだけ先に行っても仕方ないとの事だ。
 力にぶつけるならば数の道理は何処も変わりはしないのだろう。
 もっとも、ソレが根本的におかしくなる存在が俺たちなのだろうけど。
 ぶつけるカードがあってよかったと、俺見て屈託無く笑うヴァンが割と鬼に見えた。
 俺今普通のシキガミの状態じゃないんだけどなぁ……。

 話は1時間程度で簡潔に話された。
 作戦に対しては誰も異存は無く、剣聖とアルベントが数回の質問をしていた程度。
 そしてちょっと嬉しかったのが俺が提案していた作戦の一つが採用されたこと。
 正確には俺たちが必死で搾り出した昨日の作戦がヴァンによって綺麗に纏められていた。
 アキと一緒に感嘆の声を漏らして流石グラネダの参謀を務めた人は違うなぁと言ってた。
 作戦は3つ。ソレを隊長となる俺たちが覚えておいて指揮を行う。
 ただし俺とアキは特別任務があって、どうやらソロ活動をしなくてはいけないらしい。
 ……ホッとした様なしてないような感はあった。
 誰かの命を左右するような隊長経験は俺たち二人には無い。
 だから個別に能力の有る俺たちは自分達を守り、その力を発揮しきる事が優先になる。
 別段その事に対して異論は無かった。でも――。
 アキが少しだけ表情を固くしていたのは少し気になった。


 さて。俺は宿で自分の部屋へと荷物を置いた後、戸締りをしてキッチンへと向かった。
 厨房は大体何処ででも貸してもらえることが分かった。
 営業時間外ならだが。
 アキはお風呂に向かって、ヴァンは一度城に帰るらしい。
 ノヴァはまだ飲むらしく知り合いだろう軍勢を呼んで飲み始めた。
 アルベントはそこに巻き込まれた。まぁ親睦を深めるのはいい事だと思う。

 俺たちが泊まったのは7番街の雰囲気の良い宿屋だ。というか民宿に近い。
 どうせならお風呂付の所に、と控えめながら主張したアキを尊重しての宿泊である。
 なんだか昔お世話になった事が有るようで、アキを歓迎してくれていた。
 だから今の時間帯はキッチンも空いていると踏んで小母さんに頼み込んでみると快諾してくれた。
 ついでにアキの話を聞いてみた所どうやら武術大会の時に使ってもらっていたとか。
 それ以来の来客も増えて、4番街に大きい2号店が立ったって言うんだからその人気は侮れない。
 此処を残しておいたのはその恩恵を忘れない為。
 そして今日の宿泊費はゼロでとても良い待遇をしてもらっている。
 うーん……アキってすげぇな……。
 そんな事を思いながら三角巾をきゅっと後ろにしてチェック柄のエプロンをつける。
 似合うわ〜なんて褒められつつ簡単な調理を始めた。


 もちろんデートなんて事をしている時間はない。
 別に今すぐ返さないといけないことではないので終わってからでも構わないのだが。
 安っぽくてこじんまりした私的に気分のいい宿泊施設と今日のお礼の分で感謝が溢れてやまない。
 だからか自然と鼻歌なんて歌いながら調理していると、傍観していた小母さんにその手際を褒められた。
 男の子っぽくないだってよ。

 冷たいゼリーを一つとホットケーキを二つ。
 ゼリーは夕方に閉まりかけのお店に駆け込んで買ってきた。
 一つ二十Rだったのでおいしいはずだ。
 ホットケーキを作ったのは、さっきあんまり食べてないから。
 二つを持って行こうとすると、小母さんがレモンティーを淹れてくれた。
 キッチンを貸してくれた事に感謝を言って、俺は部屋へと足を向けた――。

 コンコンと扉を鳴らす。
 片手で複数の皿を持つレストラン持ちは使えると便利だ。是非覚えて欲しい。

「アキー?」

 ちょっと間が空いて出てこないので、お風呂にまだ居るのか、という結論に至った。
 中に人の気配は無いしね。
 俺が小一時間キッチンに篭っててもう出ただろうと思って行ってみたんだけど。
 もうちょっと遅めにすればよかったなぁなんて思っていると――

「はいー?」

 少し遅れて階段の方から声が聞こえた。
 ペタペタとスリッパの足音をさせて湯気を湛えたアキが丁度部屋に戻ってきたようだ。
 階段を登ってきて俺を見つけると、パタパタと小走りに寄ってきてさっと部屋の扉をあけてくれた。

「どうぞっ」
「ありがとっ」

 明かりのついた部屋のひとつ小さなテーブルにソレを置くと椅子を一つ借りて其処に座った。

「わっわ。どうしたんですかコレ」
「さっき作ったまぁ俺はホットケーキだけだけど。ゼリーは買ってきたんだ」
「それとレモンティーですねっ」
「これは小母さんから」
「あはっ覚えててくれたんだ〜」
「ん? コレもなんかあるんだ」
「はい。武術大会に参加して、予選突破したり準決勝突破した時に作ってくれてたんです」
「そうなんだ。
 小母さんもいい人だしアキは今日グッジョブだから俺からの些細な労いだよ。
 さっきあんまり食べてないしね」

 アキが湯冷めしないように上着を着こんで向かいの椅子に座る。
 暖かいからと言って薄着をしていても風を引く事は多い。

「あはは。飲む場ですからねあそこは」
「明日に向けての話で緊張ばっかだし」
「ですね」
「食欲有る?」
「はい、なんだか食べれそうです。お腹すいてきました」
「そっかっよかったよ」
「いただきますっ」


 二人でパクパクとその軽食を頂いて、最後にストレートのレモンティーを飲んで溜息をついた。
 暖かさがじんわりと広がってホッとした気分になった。
 火にかけておいたティーポットから二人共もう一杯をついで置く事にした。
 俺は部屋の端にある小さな暖炉のような所からポットを取ってカップに注いでいた。
 ゆらゆらと揺れる湯気とともに途端に部屋の空気まで暖めてくれる。


「コウキさんは、その、恐くないんですか」

 自分の紅茶を注いでいる時にその言葉が飛んできた。
 ちらっと見ると彼女は渡された紅茶を見ているだけだったので俺も手元へ視線を戻す。
 カタカタと聞こえるのは陶器がかち合う音だろうか――。

「恐いかな……でも少なくとも迷宮よりは怖くないと思うよ」
「アレは気持ち悪い方で怖いじゃないですか……そのコレは戦争の方ですよ」

 視線を落としたままで俺に言う。
 それは分かってる。考えない方がいいんじゃないのかと思っていただけ。

「恐いね。ファーナが絡んでなきゃ逃げてるよ」
「コウキさん……」

 明日には命が無いのかもしれない恐怖。
 死地に赴くとは良く言う言葉だ。

「俺たちはさ、なんていうか、全然経験がないじゃん。
 でも、能力はある。だから最前線で一人。それが怖い?」
「……正直……その。本当は恐いんです。ファーナを助けたいって気持ちはあります。
 だから逃げようとは……でも……どうしよう、恐い……っ」

 彼女は竜人で、この世で一番恵まれている存在で。
 両親も強くて有名で、彼女もその才を受けていて。
 冒険もして、沢山戦ってきて。

 尚もまだ――戦争は恐いと言う。

 俺たちはモンスターとはやってきたが人を殺してきたわけじゃない。
 もっと単純な悪意とやってきたのが最も醜くなる人との戦いをしなくてはいけない。
 道徳の上で身を竦ませて居ては真っ先に死ぬというのがその場の不条理。
 刃を向けられる以上、俺たちはその刃をへし折って進まなくてはいけない。

「……情けない、とは思うんです……。
 わたし、肝心な所が、全然意気地なしで……こんなので……竜士団なんてっ……」

 ポロポロと涙を零す。
 ――……かける言葉が見当たらない。
 泣きたい気持ちは分からなくは無いけど。
 俺は男の子なのでそうポロポロ泣けない。
 カップを握って泣くアキによって頭に手をやった。

「ぁぅ……」

「……」


 何となくこれは前にもやったような記憶が有る。
 どうしてもこうなるとこういう行動を取るのは変わらないようだ。
 閉口した俺ができることなんてこれぐらいだという事だ。

 しばらくそのまま黙って撫でられて、落ち着いてきたのか深く息をついた。

「すみません……有り難う御座います」
「――大丈夫?」
「……っっ」

 俺を見上げてアキが表情を崩した。

「コウキさん、あんまりシリアスな顔が似合わないですね」
「うお! 失礼なっ! 今結構シリアスだったじゃんっ」
「あははっ! はい……ああ……」
「……落ち着いた?」

 そう言って笑うと、彼女はへにゃっとした微笑みで頷いた。
 なら良かったと俺も笑って紅茶を手に取る。
 丁度いいぐらいに温くなっていてすっと喉を通っていった。

「コウキさん、一つお願いが」
「うん?」
「今日は……一緒に寝ま、せん、か」

 紅茶が俺の器官に総攻撃を仕掛けてきた。

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