第147話『始動』

 今朝方は薄い雲が見えるだけのいい天気だった。朝早い時間は空気が冷たくて深呼吸をして息を吐くと白い塊になってすぐ霧散した。グラネダ周辺気候は四季がちゃんとあって今は秋ごろらしい。
 空を見上げてファーナ大丈夫かなぁ、と呟いて少し気落ちした。
 バシャバシャと冷たくなり始めた水で顔を洗う。目覚めは良かった。頭のてっぺんがちょっと痛い気がする以外の異状は無い。

 今日気がつくとベッドで寝ていた。アキが目の前に居たぐらいしか覚えては居ないけど、昨日俺が何やったのかは聞いておきたい所である。ただちょっと気づいてしまって申し訳ないけど顔を洗いにきたらしいアキがなぜか宿から出る手前でストップしている。
 考えたくは無いけど、昨日はやっぱりなんかあって俺に会い辛いか只今何か理由を考えている真っ最中であろうか。

「アキー!」
「はひ!?」

 なんか面白い反応してくれると思ったので先に呼んで見た。変な返事が聞こえて、建物の扉が少し開くと、顔だけ出してちらりとこっちを確認してくる。それに手を振ると観念したように出てきて、水場の方へやってきた。

「おはよー」
「お、お早う御座います……良く気づきましたね……」
「だって俺とアキしか泊まってないしここ」
「そういえばそうでしたね。ここ使ってないはずなのに手入れが行き届いてて……忘れちゃってました」
「わかるわかる」

 俺から言わせれば此処は今まで泊まったどの宿よりも旅館っぽい作りだ。小さいけど露天風呂があったり庭園があったり。個人的にはすごく和むし馴染むことが出来る。

「昨日さ」
「は、はいっ」
「……昨日、俺、なんかした?」
「…………お、覚えてないんですか?」
「剣を手入れする所と、何故かアキを避けるところだけかな」
「あ……ああ! なるほど! はいっ何もありませんでしたよ!」
「そうか! って! なるかっ」
「細かい事は気にしちゃダメってお母さんなら言いますよ〜」
「えー。うん。じゃぁごめん」
「いいですよ。本当に何も無かったですし。むしろわたしがコウキさんに何があったのか聞きたいぐらいですよ」

 そういえば俺の方の経緯いきさつは何も話していない。その過程を長々話してもしょうがないと判断してその起きた出来事を示す一言を放つ。

「虹剣と話してた」

「……ちょ、調子が悪いなら、もうちょっと部屋で休んだ方がいいですよ……?」

 気がすごく気の毒な子を見る表情で俺を見た。俺だって剣と話したくて話しているわけじゃない。
 神様に動物に、ついには無機物との会話に到達してしまった俺を誰が可笑しくないと言えようか。世間一般の枠組みから言えば最初の一つ目でアウトである。

「ちがうよぅ! 不思議発言なのは何となく分かるけどさ。
 虹剣になんか様子見されたみたいなんだ。
 ふははキミは選ばれた! みたいな? すごくね?」
「コウキさん、そろそろそこら辺の木とかに話しかけるようになったりしないですよね」

 まずそこを心配してくれたようで困ったような笑みで俺を見た。俺もあんまりなりたくは無いけどよ。どうやら話しかけてくるのは避けられないようだし。

「……なってたら止めてね」
「まぁ、コウキさんですし……。遠くから見守る事にします」
「そのセリフを諦める言葉にするのやめない?」
「諦めてるん訳じゃないですよ〜。認めてるんです」
「見解の相違かな」
「そうですよぅ」

 くすくすと笑って髪を括ると溜められた水で顔を洗い始めた。ヴァンと同じ髪型になっていつもそれをなんか新鮮だなぁと思う。でもまじまじと見ているのもなんだったし、俺はじゃぁ部屋に戻るからと言ってその場を後にした。
 何はともあれ、何も無いなら良かった。と安堵して俺は部屋に向かった。





 俺たちがヴァンと合流の約束をしたのは朝食後すぐだった。荷物は何時も旅用で簡単に纏まっていてすぐに持ち出せる。宿のおばちゃんはいつでも来てくれと俺たちを送り出してくれた。
 今朝起きた時からずっと焦る様な気持ちはあった。でも、作戦であるし団体行動だから時間を守って進まなくてはいけない。助ける確率が上がるのなら俺がその衝動を我慢するしかないのだ。
 気を紛らわす為にアキと会話して本当にいい所だったと話しながらヴァンとの待ち合わせ場所に着いた。そこにヴァンの姿は見えず黒いフードを被ったスゥさんが立っていた。俺たちを見ると、小走りに駆け寄ってくるとペコリと頭を下げた。赤髪のファーナの従者はフードを被っていて髪を隠している。彼女は街へ降りるときはいつもその格好だった。

「お早う御座います、コウキ様、アキ様。ヴァンツェ様より伝言を預かっています」
「えっ? 何?」

 俺たちをみるなり早速挨拶と矢次にその事を伝えた。俺たちは二人で眼を合わせて首をかしげるとソレを聞き返す。

「今朝方のグラネダの崖上の見張りからの定時信号が無く、城側が少し作戦変更の会議を始めました」
「定時信号?」
「ええ。崖の上には見張りの一隊が付く事になっていて、朝と夕刻に異常がないなら煙が上がります。
 しかし今朝は確認できなかったので異常事態が発生したと取っています。
 申し訳ないのですが、軍議が終わるまでは傭兵隊と共にギルドに待機していてくださいとの事です」
「そんな……」

 一刻も早く助けに行かなくちゃいけないのにと、気持ちが焦る。

「お気持ちは察しますが――まだ、続きがあります」
「続き?」
「はい。ヴァンツェ様はその“上から”の方が気になるようです」
「気になる……まぁ、あの魔女はそうきそうだけど。他は馬に乗ってたよ?」
「ええ。ですが、魔女が上から来る確率の方が高いとおっしゃっておりました。
 ヴァンツェ様がどのように采配を下すのかは分かりかねますが、コウキ様に焦れて先行してしまわないようにとの事です」
「……しない。わかった。ありがとう。ギルドの方に行っとくよ」
「はい。お伝えしておきます。では。私はこれで……」

 スゥさんはそれだけ言うとまた深く礼をして近くに止めていた馬車へと乗り込み、颯爽と走っていってしまった。恐らく役目は伝言だけだったんだろう。でも状況を早く伝達してくれるのはありがたい。
 俺たちはそのままギルドへと行き、ヴァンを待つ事にした。


 グラネダのギルドは朝から賑わっていた。というのも今日の為に集められた人たちがそこに勢ぞろいして待っていたからだ。
 ギルドに入ってすぐ、ノヴァが気づいて飲んでいた水を煽ると俺たちの方へと寄ってきた。その様子にみなの視線が集まる。

「よう。お二人さん。ヴァンツェはどうした?」

 俺たち二人をみてからそう聞いた。総指揮はヴァンで、俺たちはヴァンと一緒に此処に来る手はずだった。

「今朝の軍議が入ったって。崖上からの定時信号が無いから崖上が怪しいってさ」
「へぇ、今時崖上なんてバカも居るのか。死にたいのかそいつら?」

 ノヴァは心底呆れたように顔を顰めた。

「さぁ。シキガミが居れば落ちて死ぬってことは無いけど」
「落ちて死ぬ事が無いからって、わざわざ谷に吸い込まれに行くこたぁ無いだろうよ。
 あそこはな、崖に吹き付けて上げる風より崖下へ行く風の方が強いんだ。跳んだ所で崖底まで一直線だぜ?
 たまに変なタイミングで崖底からすげぇ吹き上げも有るらしいが、その時期は一定じゃないしな。
 まぁいいか。じゃぁヴァンツェ待ちか?」
「おう。此処で作戦決定まで待つようにってさ」
「わかったぜ大将。
 おいお前ら! 作戦が変わる。敵の動きが変わった。参謀が来るまでここで待ちだ!」
『うーす!』

 ノヴァが言うと全員が返事をして、またしばらくするとがやがやと雑談を始めた。
 俺たちも奥へ行き、アルベントとノヴァと席を一緒にして待つ事にした。






 俺はいろんな人とギルドの仕事の話がしたいなと思って席を巡ってみる事にした。
 ノヴァやアルベントと話しても良かったんだけど、出来れば達人級の仕事をしてなさそうな人と話したい。その理由は分かってもらえるだろうが、賢く稼ぐ方法は知っておきたいじゃない?
 だからノヴァにここのギルドをメインに働いてる人たちを教えてもらってその席にむかった。

「ちわーっす」
「おう、これはこれは。噂の若大将のシキガミ様。ご機嫌麗しゅうございますか?」

 そのテーブルに居た俺年が近い、というかその中で一番若そうな茶髪の男が俺にそう言った。
 気を使ってるのか嫌味なのか良くわからなかったけど、とりあえず笑って置く事にした。

「あっはっは。強いて言うなら調子は良いけど気分は良くないよ。
 このテーブルはノヴァからすげー術士が一杯いるって聞いてちょっと話を聞いてみたくて」
「貴方ほどじゃないですよ」
「俺なんか全然だよ。っていうか敬語じゃなくて良いよ。シキガミ様って何? 俺もそう思うし」
「……見た目通りの人だなキミは? 大将はもっとどっしり構えてないと嘗められるぞ?」
「そこまでケツの重い人間じゃねぇし。でも今回の依頼は俺のだから大将ぐらいやるよ。
 でも本業は皆と同じだし。あ、ギルドとかって稼ぎどうなのかなぁ。
 俺フリーで探しモノと敵討伐ぐらいしかやった事無くて」
「あれ、意外と話せるな大将。シキガミだっつーからどんな坊ちゃんかと思ったら。庶民派だ」
「貧乏出身だからさ。財布に50リージェしかない悲劇の状態だって理解できる」

 ガッ、と目の前の人と握手を交わして頷くとそのまま笑い始める。
 その場に集められていた殆どはノヴァやアルベントと縁の有る術士達だ。中には色んな国から誘われるような凄い術士も居て、すごく頼もしい。確かに俺やアキやノヴァ、アルベントは近接戦士なので術士が多いほうが助かる。近接の戦力に問題はないと見て、回りの強化に出た人選なんだそうだ。
 まぁともあれ、冒険者の先輩達である。俺はその興味と愛想の限りを尽くしてイロイロ聞きまくった。
 何処のギルドが一番いい報酬くれるかとか。待遇がいいだとか。
 最終的に庶民派大将という称号を貰って皆で笑っていた。いいじゃない庶民派。だって俺一般人。それをファーナの前で言うと自覚しろって怒られるんだけど、こうやってるとやっぱり庶民派である性格だけはどうしても直らないなと思った。



 ヴァンが現れたのはそれか二時間程度してからだ。珍しく荒々しく扉を開けて俺たちを呼んだ。
 駆け寄った俺たち四人を確認すると一度深く頷いて、遅くなって申し訳ないと言ってから話し始めた。

「先の伝言どおり、敵は上から来ます。
 どうやら二手に分かれていますが十中八九リージェ様は魔女に連れられてこちらから来るでしょう」
「なんでだよ? 崖には強いかぜが吹いてるぜ?」
「ええ。ですが、『もし上からこちらに渡る手段がある』ならば主力隊はこちらから来ます。
 そして主力隊につれられたリージェ様のこちらに居るでしょう。そうでなくては意味が無い。
 相手は魔女と魔王を名乗る者です。当然、常識で謀っているとは思えませんから。
 魔女は一度この街を訪れていますから。その事を調べずに戻ったとは到底思えませんよ」

 ヴァンが物凄い早口でそれを言い切る。状況が切羽詰まって居るのがわかった。だから俺たちもソレを聞いて理解する事に神経を傾ける。
 彼は一歩引いて俺たちと皆を見回すと少し声を張った。

「さて。今回の作戦の変更ですが、まず移動がなくなりました。
 私達は王の配置となる城の目の前の森に潜伏する事になります。
 城と街に残す兵も考えて騎士隊の二つの隊が割り当てられています。
 そして、小隊の狙いとなるであろう王には今回囮となってもらいます」
「王様が囮!?」

 俺だけじゃなくて大体の人が驚いて少し声を上げた。ヴァンは頷いて皆を落ち着けるよう掌を見せて頷く。

「ええ。囮です。上から見れば一目瞭然の陣形で待機します。
 そうすればならずグラネダのトラン側へ降り立ち、王のところへと向かうでしょう。
 私たちはその森に待機し、その他は変更無く先日の通りの作戦を遂行します」

 ヴァンはソレを言い切って俺へと目を向けた。

「ちなみにコウキ」
「うん?」
「貴方も国王と共に囮です」

 そのちなみな付け足しは凄い個人的に面談を受けた気分になった。
 元々囮役っていう話はあったから、どうするのかとは思ったけど。

「……わかってるよ。他の変更は無い?」
「ありません。急ぎましょう。時間がありません」
「うっし! じゃぁみんな出発だっ!」

『おう!!』

 一同が返事をして俺たちは歩き出す。城からは軍の行進が轟き、大通りを突き進んでいるのが見えた。



「……コウキ、この一隊と仲がいいですね」
 ヴァンツェはアキに小さく声をかけた。彼女はあはは、と笑ってコウキに目をやる。
 コウキは一団の中心に居て皆でワイワイと盛り上がっている。
「ヴァンさんがちょっと遅れている間にコウキ隊になりましたよ」
「それは遅れ甲斐があってよかった――ですが、さすがと言わざるを得ませんね」
 傭兵隊にして良かったとヴァンツェは思う。騎士隊をつけても恐らくあんな風には――ならなかったとは言いづらいが、ものの数時間とはいかなかっただろう。恐ろしいほどの適応能力を見せるコウキに感心しながら西側の城門を目指す。


 城門付近で最後の作戦確認となった。俺たちはヴァンを前に一列に並ぶ。
 腕を後ろにしてヴァンが皆の顔を見回しながら最後の言葉を出していた。

「コウキ、貴方は囮役、正面からシキガミをひきつける役となります。
 術士は皆を透明化、若しくは視覚避けを使用して移動をお願いいたします。アルベント隊、ノヴァ隊で魔女と周辺員を挟撃し、私とアキがリージェ様救出に回ります。
 細かい立ち回りと術はそれぞれ指揮をお願いします。以上! 検討を祈ります!
 コウキ、何か一言」

 ヴァンが言うと俺に視線が集まってしまった。こういうのはあれだ。ノリで言ってしまえばいい。時間を置くと気まずくなる。というわけで俺はほぼ反射でぐっと拳を握って空に突き上げて声を張る。

「よし! 帰ったらうまいもん食うぞー!」
『うおおおおお!!』

 そう言ったのも終わったら皆で語ろうという約束をしたからである。この隊の人たちはホント色んな経験があっていい人たちだ。言った後に皆べしべしと頑張ろうぜ大将、と俺の背中を叩いてそれぞれの隊につく。
 俺は別移動で王様の所へ行かなくちゃいけない。だからここでお別れとなる。

「それではコウキ。御武運を」
「コウキさん、頑張りましょうっ」

 アキやヴァンとも。だから全力で差し出された手を握ってぶんぶんと上下に振った。

「おうっ! 二人も変な魔女に騙されんなよっ!」

 二人と握手をして見送った後、俺も正門方面へ向かい、囮部隊に合流する事にした。


 それが戦争の始まりの出来事だった。

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